高町ヴィヴィオがターゲットだと決まれば、後はそこからどんどん計画を構築していけば良いだけの話だ。ハイディの親類という言い訳を使えばSt.ヒルデに入るのは難しくないし、連絡を取り合えるように携帯端末のアドレスも交換した。これでハイディと連絡を取り合う事が簡単に出来る様になった。ならここから何をするのか? その答えは簡単だ。
―――ストーキング。
ストーキングという言葉にはネガティブなイメージがあるが、その行動には犯罪―――特に性犯罪のイメージが付きまとうからだ。が、実際のところは言葉を変えれば調査、或いは情報収集という風にも取れる。警察や探偵がストーキングしていると言われれば、あぁ、仕事で誰かを追っているのだろう、という結論に辿り着くだろう。そこに疚しい気持ちは存在しない。自分が行う事もそれと同じだ。実際、個人の生活ルーティーンなんてものは情報屋に行っても購入できるものではなく、専用の探偵でも雇用しなければ解らない事だ。
だったらそこらの探偵よりも腕前と、そして隠形に自信のある自分自身でストーキングし、調べ上げてしまえばいいのだ、という結論に辿り着く。そこまで到達すれば後は簡単だ。完璧に気配を遮断した様に、過去のエレミアが暗殺の下調べとして諜報を行ったように、気配を殺し、姿が見られない様に視線とカメラの存在に気を使いつつ、
ヴィヴィオの下校姿を追いかける。
重要なのは顔も体も隠さない事であり、そして頭髪の色、顔の印象をアクセサリーなどで変えておく事で、怪しそうな姿を一切しない事になる。何より気配さえ覚えればある程度見えない位置にいても追いかける事が出来るのだから、態々視界に入る範囲で追い続ける必要はない。護衛らしいベルカの騎士も、結局はモノレールに乗る所までしか護衛しない。そこから南へ一時間、ミッドチルダの首都へと向かい、
駅で降りた所を茶髪のサイドテールが特徴的な女―――高町なのはに車で迎えられる。
初日で追いかけられたのはそこまでだった―――二日目からは姿、服装を変えてバイクで駅の近くに待機する。ヴィヴィオがなのはに迎えられ、帰宅する道を途中まで進み、そしてそこで追跡を止めて違う道へと入る。
次の日は違うバイク、違う格好で追跡を止めた場所で待機し、ヴィヴィオの乗った車が通ってくるのを確認し、追いかける。学校を出た、駅に入った等の確認は協力してくれるハイディがいる為、スムーズに行える。それを利用して追跡三日目はヴィヴィオが住んでいる場所を特定する。
そこから数日、感づかれている場合を想定して休みを入れ、交友関係に関する情報収集の方に力を入れる。こうやって高町ヴィヴィオという高等部一年生のデータが集まり、行動や生活圏、関係のある人物とかが解ってくる。まずは高町ヴィヴィオが16歳の少女であり、クラスメイトのコロナ・ティミル、リオ・ウェズリーとは非常に仲が良いという事。
彼女が聖王のクローンである事は秘密ではあるが、聖王の血筋であるという認識をされており、信仰に近い人気を獲得している。それが不思議とクラスの外へと出ないのはその話をクラスの外へと広げない様にクラスメイトが注意しているのと、ある程度の情報操作が行われているから、らしい。その為、ヴィヴィオが聖王のクローンその人、であるという事実は学院内では広がってはいない。意外と狭いコミュニティだと思わせられる。
このヴィヴィオだが、週に一度はベルカ自治区の教会ミッドチルダ本部へ、何らかの用事で向かっているらしい。この時、帰りは遅くなり、夜、暗くなってからになる―――つまり、これが狙い目になってくる。だが、それはそれで問題が浮かび上がってくる。
◆
「―――エース・オブ・エース、そして金色の死神ですか」
「調べてみたら保護者として”エース・オブ・エース”高町なのは、そして”金色の死神”フェイト・T・ハラオウンが登録されてたわ。説明する必要もないと思うけど、2人とも超A級、或いはS級の魔導士で、例のJS事件の功労者達だ。今の空戦魔導士でお世話になっている連中は多いだろうよ」
言葉を放ちながら左手に握った握り飯に齧りつく。場所は再びミッドチルダ南部の公園、ハイディと偶然の再開を果たした場所、語り合ったベンチになる。間に再びあの野良猫をはさむような形で、ベンチを二人と一匹で占領する様に座っている。左手で握っている握り飯はダールグリュン邸を出る前に自分で簡単に作ったものだ。残念ながらそこらへんのスキルがジークリンデには存在せず、ヴィクトーリアに関してはスキルがあってもそれを従者たちが中々手を出させてくれない為、昨晩のあまりものを勝手に拝借しつつ、おやつ代わりに作ったものだ。
個人的に食べ応えのある方が好きなので市販の握り飯よりも大きめに、笹の葉を皿代わりにし、肉を巻いてある。複雑な味付けはしておらず、昨晩の焼肉を巻いて作った握り飯は肉自体に味がある為、味付けとかを考える必要はない、楽な料理だ。携帯しやすいし、ゴミも少ない。個人的にはかなり好きなものだ。それを食いながら、話す。
「ぶっちゃけよう―――ヴィヴィ様この二大魔神と一緒に暮らしてる」
「一気にめんどくさくなってきましたね……」
「なぁーご」
俺にも寄越せ、と視線で訴えかけてくる黒猫に握り飯の欠片を渡し、満足させながら納得する。VIP相手にしては異常に警戒が低いというか、温いというか、護衛が少なく感じられたが、それも当たり前の話だ。おそらくこのミッドチルダ、無差別級で二桁にランクインするレベルでの強さを持つ魔導士が二人も一緒に生活しているのだ。下手に護衛をつけるよりも、保護者の二人に任せておいた方が遥かに安全だ。
「砲戦のプロフェッショナルに近接戦のプロフェッショナルですか―――落とすのに苦労しそうですね」
「んだなぁ、なるべく相手にしたくはねぇけど、逆に言えばチャンスでもあるしなぁ―――」
結局のところ、根っからの戦闘狂でもあるのだ、自分も、ハイディも。血は争えない。なのは、そしてフェイトという超級の魔導士がいると聞いて、逆にやる気に燃えているのだから救いようがない。そう、逆にやる気が湧いてくるのだ。
だからこれでほぼ、確定した。
「
「えぇ、
目的はもはや決まっていたのだ―――古代から続くベルカの因縁に決着をつけよう。それは自分とハイディの間にある共通の認識だった。ハイディはハイディで昔からクラウスから継承された記憶に悩まされ続けてきた。そしてそれをどうにかしたいとずっと悩んできた。だからこそ真夜中の通り魔となって、様々な強者を倒してきた。だがそれでもクラウスの記憶は薄れない、どうにもならない。エレミアと出会ってしまえば怒り狂い、本来の体の持ち主の心でさえも侵食してしまう程にその想いは強い。ハイディもいい加減、そんな勝手を終わらせたい。
そして俺は、こんな馬鹿げた昔の因縁をずるずると引きずりたくはない。もし自分が結婚して、子供を作ったとして、その世代には綺麗さっぱりとした時代を用意したい。妹にこんなくだらない因縁の犠牲になって欲しくはない。だからこれはきっと、その為に運命が用意した舞台だと自分は思っている。
オリヴィエ・クローンがミッドチルダにいると武者修行の間に風の噂で聞いて急いで戻って来てみれば、戻ってきた夜にクラウスの子孫と―――ハイディと出会う事が出来た。探そうとした矢先に再びハイディと出会い、そして聖王のクローンはなんとクラウスの子孫と同じ学院で時を過ごしていた。それもお互いに、全くそれに気づく事もなく、毎日すれ違う様に時間を過ごしている。
高町ヴィヴィオは多くの学生、人に慕われ、華やかな時を過ごす。
ハイディ・E・S・イングヴァルトは理解される事も笑う事もなく孤独に時を過ごしている。
果たして自分という事情の分かる理解者が出てくるまでハイディは一体どんな日常生活を送っていたのだろうか―――彼女は自分が最後の血族だと言っていた。それはつまり、もはや彼女には肉親が存在しないという事を示すのではないのだろうか? 事実は解らないが、そうであったとしたら家であっても彼女は孤独だったのだ。それにあーだこーだ言うのは幸せな人生を送っている第三者として間違っているだろう。不幸な人生だと蔑むのも、見下すのも間違っている。だけど、
見過ごすのは気持ちが悪い。
―――そう、気持ち悪いんだ、見過ごすのが。そしてそう感じられるほどに彼女に好意を向けている。
言い訳をするのであれば、ここまで自分は気安い男ではないと断言しておく。出会ったばかりの人間に対して心を開かないし、身内以外は勝手に幸せになっていればよい、その程度にしか思わない。ハイディの境遇や背景は同情の出来る事だし、かわいそうだとは思うが、
―――やっぱり惹かれてるって事かね。
ヴィルフリッドに引っ張られ、惹かれているのだろうか。これも決着をつければ解る事だろう。まぁ、少なくとも不義理な事はしたくはない、とは思っているが―――そこら辺に関しては後々考える事としよう。
そう思いながら指先にくっついていた最後の米粒を舐め取り、軽食を終える。
「一番現実的なのはこの聖王教会の帰りに襲撃する事だ。この時護衛のベルカの騎士は存在せず、高町なのはかフェイト・T・ハラオウンのどちらかが迎えに来ている。だから俺が保護者の方の相手をすればヴィヴィオがフリーになる。俺が愉しんでいる内にお前が決着をつければそれで終わりだ」
「そんな作戦で大丈夫なんですか? 穴だらけですけど」
「別に穴だらけでもいいんだよ―――最終的には襲撃者が俺達だってバレなきゃそれでいいんだし。模擬戦の類だったら間違いなく不利だけど、純粋な殺し合いだったらまず間違いなくソッコで殺し落とせる自信はあるしな。そこらへん、お前も良く解ってるだろ?」
あぁ、とハイディが声を漏らしながら頷く。
「あの知覚できない動きですか。アレ、原理的にはどうなっているんです?」
「覚えたいならやめておいた方が良いぞ? アレは才能じゃなくて資質を要求するもんだし。他人の呼吸を覚えて、自分の呼吸をそれに重ね合わせ、完全に同期させながら相手の無意識の領域を探るって作業が第一段階だからな。慣れてくると呼吸合わせなくても無意識がどこら辺にあるか解ってくるもんだけど」
これがまためんどくさい。無意識の内側に滑り込む事によって相手は視認していても認識が出来ない。そういう状況が発生するのだ。つまり、視界の外側に存在し続ける事と一切変わりがないのだ。しかも一対一でしか使えない。これが対多だと同時に複数の人間に合わせるという物凄く面倒な作業がある上、現実的ではなくなるからだ。対人最強の技術の一つである事に間違いはない。
「視線の動き、体捌きでハイディちゃん、意識誘導できる?」
「……いえ、覇王流は合理ではなく獣的な勘を無理やり発現させる剛拳に近い流派ですから、あまり相性は良くないでしょう」
「だろ? ま、心配なさんな」
相手が誰であれ、所詮は数十年分の経験しか持たない人間、舐めている訳ではないが―――どう足掻いても数百年を超えるエレミアの殺戮の歴史には届かない。無論、経験が戦いに必要な事の全てだとは言わない。重要なのは経験、そしてそれを反映できる肉体だ。だからこそ基礎は鍛え続けなければならない。経験が最も色濃く反映されるのが基礎の動きなのだから。技術は余分なアーマー、パーツでしかない。
「それよりもお前の方は大丈夫なのかよ?」
「いえ、問題ありません。覇王流はもう二度と聖王に敗北しません。聖王の鎧が発動しようとも、正面から砕く技術を覇王流は身に着けました―――まさしく執念の賜物と表現すべきものですが」
「んじゃ、心配するだけ無駄だな、これ」
「えぇ、無駄です。心配する必要はありません。貴方も私も」
戦ったからこそ理解する、お互いの実力を。そしてもはやこの凶行を止められる人間はいないという事を。止めようとさえ思いもしない。
だから実行は―――近い。
私、ベルカさん。今あなたの背後から殴りかかるの。
私、ベルカさん。今あなたの背中の上でストンピングしてるの。
恐怖、ベルカさんの囁き。受話器は握りつぶしてしまうから直接耳元でささやいてくれる新しい怪異なのだ……。背中を壁に押し付けて待機していると壁を突き破って出現するスペシャル演出付きだぞ!
という訳でそろそろ戦いのお時間ですよ