Belkaリターンズ   作:てんぞー

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現代の王達-4

 月のない夜、街灯のみが夜の闇を晴らしていた。

 

 そんな夜の闇の中で、住宅街の屋根の上から遠くの様子を眺める。闇夜の中でも見える様に訓練はされているし、遺伝子的に改造も施されている。特別な道具がなくても闇の中は良く見える。後は遠くを見る為に双眼鏡を用意すれば、魔法なんてものを使わなくても確認する事は出来る。そうやって双眼鏡を使って確認する視線の先で、住宅街脇の道路を走る車の姿が見える。赤いスポーツカーなのはいいが、少々成金趣味ではないか、と個人的には思うが、まぁ、それは今考えるべきことではない。

 

「後数分で指定ポイントへと到着しそうだな」

 

「そうですか。では動きましょうか」

 

 横へと視線を向ければ何時かの戦闘装束に仮面を装着したハイディの姿がある。それに合わせる様にこちらも服装を変えてある―――が、無論、バリアジャケットなんてものではなく、全身を覆うフード付きのローブだ。願掛けの意味も含めてエレミア一族で使用するローブを用意してきた―――少なくとも相当ニッチな学者でもない限りは、ローブの意匠からエレミアだと理解する事は出来ない。今回は戦闘が予想されるため、これぐらいになっている。ともあれ、車が法定速度を守っているのは管理局の局員らしいな。

 

 そう思いながら先回りする様に跳躍する。宵闇を背に、音もなく大跳躍をハイディと並んで果たす。一応、車の方からは見えない様にこちらの体を壁にするようにハイディの横に並走する様に跳躍、移動し、素早く屋根から屋根の上へと移動して行く。既に高町ヴィヴィオが帰り道に通るルートは把握している―――護衛の庇護者がいるとはいえ、それでもルートを変えずに帰ろうとするのは立場を考えると不用心の一言に尽きるだろう。或いは数年も経過すれば警戒心が落ちるのだろうか?

 

 そんな事を考えながら高町ヴィヴィオが乗る車が来る場所へと先回りし、屋根の影に隠れる様に立つ。夜の住宅街に起きている人間の気配は一切存在しない。予めそうなる様に手を回していたのだから、それも当たり前なのだろうが。

 

「緊張しているか?」

 

「いえ、特には。貴方と私がいてしくじる理由もありませんから」

 

「嬉しい事を言うじゃねぇか―――そんじゃ期待に応えますか」

 

 確認する。

 

 この住宅街は戦場として用意したものであって、予めとある細工を通して住民が起きれない様にしてある。その為、戦いが発生しても何ら問題が無い様にしてある。ここを、帰り道として高町ヴィヴィオは毎回通っている。そして今回も通ろうとしている。無月の夜、夜の明かりは街灯だけとなっている。家の明かりは家人が眠っている為、全て消えている。故に、

 

 ―――車が入るのと同時に街灯が破壊されれば、完全な闇が世界を支配する。

 

 街灯の配線が切れる。同時に発生する夜の闇、光源は夜の星々と車のみになる。それでも突然発生した闇に車の動きが一瞬で鈍る。その瞬間に屋根を蹴りながら一瞬で体を射出する様に加速させ、車のボンネットへと飛び出させる。全身の筋肉を動員させ、足へと集中した瞬間的な移動が次の瞬間、片膝を突く形でボンネットをへこませながら着地させる。

 

 正面に視線を向ければ、金髪のサイドテールの少女―――高町ヴィヴィオ、そして茶髪のサイドテールの女、エース・オブ・エース高町なのはの姿があった。フードに顔が隠れている為、此方の表情は見えないだろう。だが、それに一切気にすることもなく笑みを浮かべ、口を開く。

 

「こんばんわ。夜のデートはいかがかな?」

 

「すいませんけど、好きな人がいるので遠慮します」

 

「残念。拒否権はないんだな、これが」

 

 言葉が終わるのと同時に左手を振う。反応する様に左手を持ち上げたなのはの手には既に待機状態が解除された杖のデバイスの姿があった。左袖から延びる様に叩きだされた鎖は一回デバイスとぶつかり、弾かれ―――蛇の様な鋭さを担ってデバイスを避けるようになのはの手首に絡みつき、

 

「らぁ―――」

 

 フロントガラスを粉砕、横へと扉をぶち破る様に引き抜きながら車の外へと引きずり出した。それと同時に自分の姿をボンネットから蹴り飛ばし、助手席から飛び出してくるヴィヴィオの拳に蹴りを叩き込んで迎撃しつつ、車の後方へと着地するハイディの方へと向けて蹴り飛ばす。しっかりとその姿が弾かれたのを確認しながら、なのはの姿が遠くへと行かない様に鎖を引き寄せ、道路をワンステップ踏みながらなのはへと向かって軽い跳躍で踏み込んで行く。それに反応する様にデバイスを両手で構えるなのはが踏み込んだ此方の頭を目標に石突を叩き込んでくる。

 

 左手人差し指で軽く弾きながら受け流し、内側へと踏み込みながら肩を喉へと叩き込み、押し出すように肘を胸に叩きつけて体を吹き飛ばす。なのはの姿が民家の壁に衝突するのと同時に、操作を失った車が壁に衝突し、光が消える。

 

 再び、完全な闇が世界を支配する。衝突の音を聞きながら、一旦ハイディとヴィヴィオの存在、声を完全に頭の外へと排除し、なのはにのみ、意識を向ける。叩きつけられた壁からよろよろと立ち上がるなのはの姿はあの有名な白いバリアジャケット姿―――ではない。私服姿、それも少し上品なもので、少しだけ良い所へ行く為の、お洒落な格好だった。とはいえ、今の攻防でそれも多少切れて台無しになってしまっている。

 

「―――魔封、鎖……!」

 

 魔封鎖は魔力を封じる性質を持った鉱石を加工する事で生み出される鎖―――主に犯罪者の拘束等に使われる道具だが、見ての通り、相手が空戦魔導士だったりすれば一気にそのアドバンテージを殺すのに使える―――特に自分の様に魔法を使わない人間、或いは先天的に魔力を持たない様な存在にとっては、最高の武器だと言っても良い。

 

「どうよ、お得意の空は飛べないぜエースさんよ」

 

「う……ん、困……たな……ぁ……ねぇ、レ……グハ……」

 

 肩からぶつかった時に大声を出せない様に喉を潰した。その影響かなのははしゃべるのが苦しそうであり、そして声も全く出ていない。これなら声で助けを呼ぶ事も出来ないな、と確認する。

 

Sorry(すみません) Master(マスター), error(エラーを) detected(感知しました), failure(助けは) for rescue(呼べそうにありません) call.』

 

「まぁ、まともに相手するわけないんだけどな」

 

 全力で鎖を引く。こっそりと手首に絡まっていたそれをほどこうとしていたなのはの動きを無視して鞭の様に振い、しならせながら鎖その物を()()()()()()()。武器ではなく、鎧や鎖は重みとなり、装着しているのであれば贅肉、或いは骨格の代わり、延長線上として慣れれば扱える。故にやっている事は感覚的には腕の延長線上のものをしならせているだけだ。だが最高で切っ先が音速を超える事すらできる鞭という武器でそれをやれば、その先に何か重りがあれば、

 

 当然、その先にいる重り(なのは)がすべての負担を得る。

 

 血管が圧力に耐え切れずに弾けて切れる―――が、なのはは空中で態勢を整え、重心をズラし、衝撃を受け流すように動きながら、反対側の壁へと叩きつけられた。武術を、或いは武道を学んだ人間の動きだ。しっかりと受け身も取れている。だが、

 

 致命的に状況と相性が悪い。

 

 鎖を引き、振い、反対側の壁に叩きつけながら震脚で道路を砕いて舞い上がった石を掴み、それを肩、肘、手首、そして指を順番に動かすようにスナップさせ、全力で投石する。殺人的加速力を得た石は壁に叩きつけられたなのはの姿へと向かって飛翔し―――寸前にガードに入った腕に衝突し、皮膚を破りながら肉に守られた骨を砕いた。その口から苦悶の声が漏れる。

 

「さて……ぶっちゃけ嬲るのは趣味じゃないんだよな。寧ろタイマンでガンガン行くのが一番好きなんだが……まぁ、今回に限って油断も慢心も、敗北の可能性を欠片すらも残さねぇからな。入院する程度で済ませておくからこれで勘弁してくれ―――」

 

 返事が来る前に石を投げた。体をかばう様に壁を背にするなのはの足に直撃し、その姿が一段、崩れる。また石を補充して投げ、逆側の足首を砕いて立てなくする。更に投石し、大丈夫な方の腕を砕いてガード不能の状態へと追い込む。そこからさらに石を連続で投げつけ、折らずに体力を奪う様に体に打撲傷と切り傷を狙ってつけて行き、ある程度体力が減ったところで攻撃を止め、一切距離を詰める事もなく、いつでも投石が出来る様に待機をしながら視線をなのはへと向ける。

 

 相手はエース・オブ・エースと呼ばれる人間だ、油断も慢心も出来ない。

 

 もしかして一発逆転できる手段を持っているかもしれない。或いは限定的な奥義の類を習得していて、近づくのを待っているのかもしれない。もしかしてこの状態から得意の砲撃魔法を放てるのかもしれない。或いは、そんな風に何かが出来るのかもしれない。出来ないのかもしれないが―――それが安心する理由にはならない。”エース”の称号を得る人間というものは基本的にどこか、完全にぶっ飛んでいる。理不尽だと表現しても良い。高町なのは、フェイト・T・ハラオウンは両者ともにぶっ壊れた強さを持つエースだ。だから、やるなら徹底的にやる。

 

 奇襲する。飛行手段を奪う。攻撃手段を奪う。分断する。防御手段を奪う。回避手段を奪う。助けを呼ぶ手段を奪う。

 

 レイジングハートを封じ込めて、バリアジャケットを展開させなくて、喉を潰して言葉を話せない様にして、手足を砕いて、体力を奪って―――それで何もしない様にずっと、ハイディの方が終わるまでなのはを監視していて、それが終わって逃げきれてから安心する。

 

 それがプロフェッショナルの仕事である―――勝たなきゃいけない戦いでガチメタを張らない方が頭可笑しいのだ。故に淡々と戦闘ではなく、張ったメタ行動で相手を()()して、そしてそのまま相手が何もしない何もできないのを監視している。ヴィヴィオの方に視線を向ける必要すらない。

 

 ハイディは絶対に負けない。それが真実だからだ。だから石を手の中で転がしたまま、何時でも投げられる状態でなのはを見張っていれば、

 

 全てが始まって数分が経過したところでどさり、と誰かが倒れる音が響く。視線を向けるまでもなく、気配と足音から誰が立っているのかは解る。だからなのはへと視線を向けたまま、言葉を背後、ハイディの方へと向ける。

 

「で、どうだった?」

 

「なんでこんな事に拘っていたのか……そう思える程の雑魚でした―――えぇ、もう思い残す事はありませんね。彼女はオリヴィエではありませんでした……ただ、遺伝子が同じだけの肉人形でした」

 

 つまり無価値であった、そうだとハイディは言っているのだ。これだけやらかしておいて無価値だったと断言するのは少々天罰が下ってもしょうがないのではないかと思ったが―――どこか、ハイディの声には晴れ晴れとしたものが、重圧から解放されたものがあった。長い間苦しめてきて病魔から解放されたような、そんな感じをハイディの声から受け取れた。その理由も解る。

 

 オリヴィエが存在しないのであれば、悩む必要はない。

 

 少なくとも―――今は存在しない、だから完全な自由を手に入れたという事になる。心の中でおめでとう、と言葉放ちながらなのはを束縛している魔封鎖、此方側を外し、何時でもなのはが自由に逃れられる様にしておきつつ、背中を向けずに数歩、後ろへと下がる。

 

「―――ま、運が悪かったと思って諦めてくれ。しばらく娘と一緒にゆっくりできる休日が出来たとでも思って入院楽しんでくれ……俺が言えたもんじゃねぇけどなぁ!」

 

「行きましょう。これで私達は自由です―――これからは普通に生きていけます」

 

 ハイディが背を向けて闇の中へと跳躍し、即座に姿を消す。その姿を追いかける様にこちらも闇の中に溶ける様に気配を霧散させ、そこから跳躍して現場から離れる。月のない、光の夜の闇の中で、先頭を跳躍して離れて行くハイディの背中姿を追いかけながら、ローブのフードの下で笑みを浮かべる。

 

 ―――本当に彼女はこれで終わりだと思っているのだろうか。

 

 違うだろう。寧ろこれが()()()だ。

 

 管理局のエースを、そして聖王教会の最重要人物を襲撃するだけして、ただで終わると思っているのだろうか。ハイディはどこか抜けている所がある。それがヒントになってきっと、ハイディを、そして此方を()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その為に願掛けにエレミアのローブを着ているのだ―――気づいてくれなきゃつまらない。

 

「悪いな、ジーク―――」

 

 血筋が、本能が戦いを求めている。

 

 鍛えればどうなる―――強くなる。

 

 そして強くなれば―――敵が欲しくなる。

 

 敵がいないのは退屈なのだ。だから、これからの日常は刺激的(vivid)になるだろう―――。




 修羅の業からは逃れられないのだ。

 vividの闇は深い。

 そして魔法を封じたチェーンデスマッチ(投石ハメ)という戦い方。実は投石って慣れれば割と極悪というか、当たり所が悪ければ結構人を殺せるもんで、残弾とか気にしなくてもいいし、こういう状況なら遠慮なく使える武器なのです。

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