「―――
「聖王教会と私のコネ、凄いでしょ?」
威張るようなもんではない、となのはに答えながら聖王医療院から拘束される事もなく退院する事が出来た。隠れている人間の気配もなく、本当になのはが一人で此方を案内している、という状況だった。本当に自分のやりたい事を貫くというスタイルは嘘じゃなかったらしい。改めて目の前の人物に対して呆れを半分感じながら、感嘆する。例えそれが法としては間違っているとしても、それでも我を押し通す姿勢に関しては自分と同じような部分がある。そこは完全に褒めていい所なのかもしれない。そんな事を思いながら医療院の横の駐車場へと向かえば、そこには何時か見たスポーツカーの色違いがあった。
「同じ車種のを買ったのか」
「ううん、保険が下りたからね、色違いのを融通してもらったの。元々はフェイトちゃんの車なんだけどね、私は買うの面倒だから借りてるの」
という事は破壊したのはフェイト・T・ハラオウンの車だった、という事なのだろう。まぁ、車の持ち主と保険会社に関してはご愁傷様という言葉しかない。必要な事だったので、そのことに対する謝罪の言葉は浮かんでこない―――当たり前だが、それを悪いとは思っていないのだから。だから、へぇという程度にしか聞かず、ドライバー席に乗り込んだなのはの横、助手席に座り、パーカーのポケットに入れていたケースからサングラスを取り出し、それを装着する。息を吐いてシートに寄りかかったところで、
「あ、ベルトはちゃんと装着してね」
「そう言えば法のサイドだったな」
シートベルトを装着する迄は車を動かさないのは見えているので、黙ってシートベルトを装着する。それを確認したなのはもシートベルトを装着し、車を動かし始める。エンジンの音を鳴らさない、魔導エンジンの車は僅かに大地から浮かび上がると静かに大地を滑る様に駐車場から医療院の外へ、そして公道へと進んで行く。その行く先は解らない。だがなのはの格好は肩を出したカットソーのシャツにジーンズと、かなりカジュアルな格好だ。このまま管理局へと向かうようには思えないし、彼女も彼女で、管理局や聖王教会とは別の思惑を抱いて動いているように思える。
だが、そもそも今の自分に何かをしよう、というやる気はない。連れて行きたいところがあれば勝手に、という気持ちだった。徹底的になるとこういう気持ちになるんだな、とどこか納得しつつ息を吐き、車の外、流れて変わって行く景色に視線を合わせる。
「そう言えばまだ君の名前を聞いていなかったね」
「知ってるだろ?」
「調べてはあるけど……君は名乗ってないでしょ?」
「ヨシュア。ヨシュア・エレミア。君もさんもいらない。ヨシュア、だ」
「うん、じゃあヨシュア。私は高町なのは、改めて宜しくね」
こいつ、頭おかしいんじゃないのか、なんて事を思いながら溜息を吐き、適当に返答する。実際高町なのはという女は一種のキチガイだと認めなくてはならない。引退するべき怪我を追っても戦場にしがみつき、自分の信念を貫き通した結果大団円に物事を終わらせている―――
歴史を紐解けば、そういう存在は時々現れる―――ベルカが悲劇で終わったのは
全部そいつに任せて他の奴は寝ていればいいのだから、ある意味楽な人生かもしれない。
―――何不貞腐れてるんだ、俺。
溜息を吐きながら想像以上に腐っている自分の姿に軽い呆れを感じる―――ある意味、一族の使命が終わっていない方がまだ精神的には良かったのかもしれない、と思う。そうであればまだ救いはあった。だから今、新しく何か生きがいを見つけなくてはならないのだが、そんな気分にさえなれない自分の頭の弱さがダメなのだろうか。
そんな事を考えている内に静かに走る車は山間部から高速道路へと移り、ミッドチルダの都市部を視界にとらえ始める。見え始めるのはミッドチルダ中部の都市の一つだ。比較的に北部に近いその都市へと向かって車は走っている。そこになのはの家があるのだろうか、向かったところで何をするのだろうか。疑問は尽きない。それでも特に質問する様な気にもなれなかった。だから黙って、なのはの車が進む先へと案内を完全に任せていた。最新の技術によって風は車内に入りこんで来ない。だから軽く風を感じたくて、肩肘をドアの上に乗せる様に、そして顔もその近くへと動かし、
「ヨシュアは妹がいるんだよね」
「あぁ、愚妹が一人な」
「愚妹なの?」
「ま、俺と比べるとどうしようもなくな。それでも可愛い唯一の肉親さ―――」
時折なのはの方から向けられる質問に答えながら、移動の時間を潰した。
◆
やがて高速道路から降りて市内に入ると真っ直ぐ住宅街へと―――向かわなかった。それどころか都市の中心部へと向かい。そこからどこかへと向かおうとしていた。記憶しているなのはの家とは全く別の場所だ。管理局とも関係ないし、聖王教会管理の土地とも違う。本当に予想がつかない状況になりながら進んで行くと、やがて目的地に到着したのか、とある建物の前で速度を落とし、駐車場へと入って行く。駐車を完了させ、エンジンを切った所でなのはがついたよ、と言葉を放った。その言葉に従い、シートベルトをはずしてからスポーツカーから降り、
そして建造物へと視線を向けた。
「―――公民館か」
「うん」
公民館―――ミッドチルダのそれは
なお、一部ダールグリュン邸の様に納金する事でその土地内では自由に魔法を使える様契約している所もある。その為、ヴィクトーリアやジークリンデは態々施設を借りる必要がなかったりする。
「こっちだよ」
なのはが慣れた様子で正面に向かうのを見て、再び溜息を吐きながらサングラスの位置を軽く調整し、その姿を追いかけて歩き始める。利用するのも初めてではないらしく、入口を抜けた所で受付が挨拶をし、普通に通してくれていた。此方に視線を向けてくるが、高町なのはというビッグネームの前ではどうでもよかったのか、直ぐに視線が外された。
「ここ、それなりに使ってるのか?」
「あの子の友達がこっちの方に住んでるからね、それなりに使う回数も多いんだ。私は仕事のせいでずっと相手をしていられるわけじゃないし」
そう言いながらなのはが案内した先は公民館の多目的ホールだった。ただそこは今、とある目的の為に一色に染め上げられており、誰もが同じことに打ち込んでいた。拳が振るわれ、蹴りが振るわれ、踏み込み、バックステップ、シンプルだが特に形のない格闘技の正体はストライクアーツ、打撃をベースとした徒手格闘技術だ。今、この公民館のホールはストライクアーツの練習場として解放されていた。
ホールの入口を抜けて、邪魔にならない様に端の方へと移動してからなのははホールの奥、角へと視線を向ける。それを追う様に視線を向ければ、そこには三つの人影が見える。一人はツーテールのプラチナブロンドの少女、もう一人は黒髪ショートヘアーの少女―――そして最後に金髪サイドテールの少女。コロナ・ティミル、リオ・ウェズリー、そして高町ヴィヴィオの仲良し三人娘の姿だった。三人ともスポーツウェア姿であり、動きやすい格好をしていた。
そしてそれで行っているのはシンプルな組手だった。ヴィヴィオ対リオというカード、魔法も使わずに拳と蹴りのみで戦っている姿を披露していた。ヴィヴィオが踏み込み、拳を繰り出そうとすればそれをリオが円の動きを利用して受け流し、その腕を絡み取ろうとする。だがそれにいち早く反応したヴィヴィオが腕を取らせないために腕を引き、逆に蹴りを繰り出してリオの狙いを外す。だがそこにほとんどダメージはない。下段蹴りを受ける直前に硬気功で体を軽く固め、ダメージを軽減しているのが見えた。魔法が乗っていない素の動きだからこそ良く見え、そして解る。リオの方は武術の動きが色濃く出ている。どこかでちゃんとした師を得て、そして才能を振いながら磨いている最中だ。
それに比べてヴィヴィオは、
「無様なもんだなぁ、アレ」
「あはは……」
実に無様なものだった。拳、蹴り、それを打ち出す動きは悪くはない。打ち出す時に体重を乗せ、重心がブレ無い様にちゃんと動いている。おそらくはそこだけ、誰かに見てもらい、教えてもらっているのだろう。だがそれ以外の動きが致命的、というよりは壊滅的だった。基礎は汲み上げられているが、基本が見えていない、そういう状態だった。或いは教わるべき師を持てていない―――いや、組み立てる前のパズルを見ている様なものだった。最終的なイメージはあるけど、全く組み上がっていないという形だった。
リオはしっかりとした、合理によって組み立てられた技術によってヴィヴィオと相対する。だがヴィヴィオはまるでその先を理解しているかのような、そんな動きでリオの動きを先回り、回避し、そして攻撃を重ねる事で打点を稼ぎ―――そして勝利した。傍から見ればヴィヴィオの圧勝だっただろうが、その戦闘内容は呆れの一言に尽きる。究極的にはアレは、
天性の才覚によって最善の動きをその場で選び続けているだけだ。
格上だろうが同格だろうが、全く関係ない。圧倒的才能で必要な動きを引き出し、それで撃破しているのだから。
―――それはあまりにも
ハイディの戦いを一切見る事はなかった。だがこんな動きを見ればいやでも理解してしまう。魔法を使った場合、ヴィヴィオがどんなふうに動くのか、どういう戦術を取るのか、どういうスタイルになるのか。これ以上必要なかった。最適な戦術で最善で動く、ストライクアーツを練習しているという事はそれがベースなのだろう。だから断言できる。
「負けて当然だな」
「そうなんだ」
「覇王流にも
クラウス・イングヴァルト。
だがオリヴィエを失った悲しみから一代で完全に覇王流を生み出し、完成させるところまで持って行ったところを理解すれば、ぶち抜けた凡人という生物の恐ろしさが伝わってくる。だからヴィヴィオには特に恐ろしさは感じないが、逆に残念さを感じる。
―――彼女に必要な事を教えられる人間がいれば、間違いなく化かす事が出来るのに。
そこまで考えた所で、口に出そうとしていた言葉を止め、そして思考を一旦かき消す。高町なのはが一体俺に何をさせたいのか、どういう目的なのかを、それを理解してしまったからだ。
高町なのはがどういう女だったのかを思い出し、
妹とも、娘とも言えるヴィヴィオが同じような気質だとしたら―――求めるものは見えてくる。
だけど迂闊にもそれを口に出すわけにはいかず、黙ったままでいると、やがてヴィヴィオがなのはに気付いたのか、片手を上げて手を振ってくる。それに応える様に手を振るなのはの姿を見て、もう一度ヴィヴィオの腕を見る。
―――一瞬だけ鋼鉄の義手の姿を幻視し、乾いた笑い声が漏れた。
どうなのだろうか、また―――歴史は繰り返すのだろうか、と。
なのはさんの計略がそろそろ見えてきた所。
なおまだ原作前なんだぜ、これ