Belkaリターンズ   作:てんぞー

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英雄完全殺害マニュアル-2

「―――ヴィヴィオに戦い方を教えて欲しいんだ。たぶん、私や私の知り合いじゃ誰も本当に満足できる戦い方をヴィヴィオには教えられないから―――」

 

 高町なのはのその言葉に対して即答することはできず、考えさせてくれ、という言葉を放ってその日は終わった。ヴィヴィオはなのはと共に家に帰り、リオとコロナもそれぞれの保護者が迎えに来ていた。彼女たちを見送ってから一人、モノレールに乗って暮れてゆく夕日をモノレールの窓から眺めながら帰路を行く。ミッドチルダ全体がモノレールによって繋がっており、大体数時間もあれば星の反対側へとさえ向かえるのはさすがの魔道科学による技術の発展、というべきなのかもしれない。しかしそれでもなのは達と別れたのは夕方になってから、

 

 気付けばダールグリュン邸のあるベルカ自治区に入り込んでいた。特に深く考えず、頭をからっぽにした結果がこれだった―――どこかで、ここを帰るべき場所だと考えていたのかもしれない。ここから逃げる理由もなく、そのまま、両手をポケットの中に入れて、無言のまま、ダールグリュン邸の前へと到着する。もうすでに暗くなっている、寝ているだろうなぁ、なんてことを思いながら呼び出し鈴を押そうとしたところで、門が開き、中に入ることが出来るようになっていた。

 

 ゆっくりと歩いて前庭を抜け、まっすぐ正面扉を抜け、邸内に入る。広く、そして最低限の照明以外は消してある玄関ホールの中央には窓の外から入り込む月光によって照らされる一つの姿が見えた。おそらくは今までずっと、起きて待っていてくれた人物だ。寝る準備を進めていたのは白いワンピース型の寝間着姿を見ればよく分かる。

 

「お、雷帝ちゃん」

 

「偶には真面目にヴィクトーリア、とでも呼んでくれませんか。別にそう呼ばれるのが嫌というわけじゃありませんが」

 

 玄関ホールを進んで、この邸内にある自分の部屋へと向かおうとすると、その進路を邪魔するようにヴィクトーリアが立ちはだかった。その右手は拳に握られており、それを作ったところで動きを止めていた。言わんとしていることと、そしてやろうとしている事は良く理解できる。おそらくはなのはに事情を話されたのだ、現状、一番親しい人間だから。だから道を閉ざしたヴィクトーリアの姿を前に、腕を組み、

 

 ノーガードで立った。

 

「言葉は―――」

 

「ふんっ」

 

 喋り終える前に入ったリバーブローに酸素を無理やり叩き出される。それに何とか真顔で、腹筋を固めながら耐えようとするが、なんだかんだで魔力を使って強化されていたらしく、予想以上にダメージが内臓に響く。

 

「たんま……」

 

「どうぞどうぞ」

 

 タイムを貰ったのでしゃがみながら腹を押さえ、殴られた箇所を軽くさすりながら呼吸を繰り返し、何とか痛みを体の外へと追い出そうとする。数秒間、そうやってうずくまったところで何とか痛みの波が抜けたのを感じ取り、良し、と小さく言葉を吐きながら立ち上がる。

 

「ふぅ、良し……良し! 立ち直った! 立ち直ったぞ俺! 割と鋭かった!」

 

「えぇ、まぁ、一応次元世界の十代女子としては最高クラスの実力を持っているって把握していますからね、私」

 

 そういって軽く此方へと笑みを向けてから、真面目な表情をヴィクトーリアが浮かべる。

 

「―――少し、私の部屋でお話しませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 ヴィクトーリアの部屋はこの屋敷の一人娘の部屋らしく、かなりの広さを持っており、天蓋付きのベッドなんかが置いてあり、いかにもお嬢様風の部屋になっている。実際、ダールグリュン家はかなり良い所の血筋であり、ベルカとしては珍しい現存している、生きている貴族の血族なのだから。だから実際にはお嬢様風ではなく、ヴィクトーリアは貴族のお嬢様なのだ。それも雷帝に連なる由緒正しきものの。とはいえ、ダールグリュンの家は武門の家であり、武人の血を引いている。ヴィクトーリアの部屋はその気質を継いでか、無駄な装飾品が少ない。

 

 クローゼットを開ければ女の子らしい服装がそれなりに入っているが、無駄な装飾品の類はこの部屋には置いていない。化粧品の類も最低限で、部屋に飾ってあるもので目を引くのは大きなベルカ赤熊の人形だろう。昔、誕生日に自分とジークリンデが二人でプレゼントしたものであり、今もヴィクトーリアのベッドの上で抱き枕として利用されているのか、所々抱きしめられ、そして修繕されている所が見える。

 

 そんなヴィクトーリアの部屋、ベッドの端に、二人で並んで座っていた。自分が男で、ヴィクトーリアは女だ。そんなことからあんまり彼女の部屋に入ったり、中を見たりすることはない―――だからこうやって彼女の部屋に入るのは本当に久しぶりだった。普段であればここで茶々の一つでも入れるところなのだろうが、生憎と気分的にも、そして状況的にもそういう事は出来なかった。だからヴィクトーリアに案内されるようにベッドの端に座り、何かを喋るわけでもなく、無言で時間を過ごしていた。

 

「……」

 

「……」

 

 特にそれが心地悪いとは感じない。ヴィクトーリアとの付き合いは長い。放浪に出る前には基本的にここを拠点に―――ここに一緒に住んでいた様なものだ。ヴィクトーリアは幼馴染で、第二の家族とも言える存在だった。それに思春期の少年少女が送るような甘酸っぱい青春とは遠く離れた精神をしている自分達にとって、特に緊張するような事実はなかった。だからどうしようか、そう考えてから、口を開こうとして、

 

 ―――止めた。

 

 ごめん、すまない、悪かった。()()()()()と断言できる。なぜなら自分はごめんとも、済まないとも欠片も思っていないからだ。形だけの謝罪に意味はない。反省していないのに謝罪することはできないな、と思った。だからなんて言葉を放とうか少しだけ悩んで、やっぱり男からリードするのが世の中だよな、と妙な結論を生み出し、

 

 真夜中、サングラスを装着したまま、このまま夜の闇に溶けることが出来たら楽だなぁ、と思いながら口を開く。

 

「その……なんだ、心配させたな」

 

「心配させた? それは心配しますよ。襲撃したと思ったら挑発したとか何とかで入院したとか全部事後報告だった上にどこにいるか何をしているかどういう状態なのか一切連絡もなしですし。もしかして、ヨシュアは私の事を便利な女とでも勘違いしていませんか? 貴方の妹(ジーク)は一切心配する事もなく”現代の雑魚で殺せる奴がいるなら見てみたい”とかへらへら笑っていましたけど」

 

「ふっふっふ、さすがは愚妹だな―――あだっ」

 

「こら、茶化さないでください」

 

 右隣に並んで座るヴィクトーリアが横に置かれた手を軽く抓っていた。反射的に手を引き戻そうとすると、それをヴィクトーリアが両手で包む込むように掴んでいた。それを持ち上げ、胸元で抱きしめるように持って行く。

 

「―――この数年間、物凄く心配しました」

 

「おう」

 

「だから帰ってきて入院したと聞いたときは物凄く心配しました。いろいろと言いたい事はありましたけど、それでも無事な姿を見れたので、それで良いと思いました。とりあえずは無事な姿を見れただけでも、それだけでも良かった―――そう思ったのに、しばらくしたら何やら暴れたり、怪我をしたり、また入院したり、そして今度は何か犯罪を握り潰されたとか。私の気持ち、解りますか? 別に行動を束縛するつもりも、あれだこれだ、と口出しをするつもりはないんです。そういう重い女にはなりたくないんです」

 

「……おう」

 

 だけど、とヴィクトーリアが目を閉じ、胸元で手を抱きしめながら言う。

 

「―――凄く、心配したんですよ?」

 

 そう言った。

 

 そしてそれだけで十分だった。ヴィクトーリアが胸に抱く手から熱が伝わってくる。そのほかにもどくんどくん、と少しだけ、緊張するように早く脈打っている心臓の鼓動が、それが伝わってくる。それだけだけれどウソはついてないし、本気だった。そう、本気の言葉だった。だからこれ以上なく、自分には効いた。溜息を吐いて、そのまま後ろへと、ヴィクトーリアのベッドへと背中を預けるように倒れこむ。ヴィクトーリアに抱えられていた手がするすると抜けて、そして横に落ちた。

 

「俺さ」

 

「はい」

 

「……心配させた?」

 

「心配しない幼馴染がいたら相当な畜生でしょうねー少なくとも私は貴方がどれだけ強くても、無傷な姿を見せてくれない限りはずっと心配しますよ?」

 

「そうか、心配させちゃったかぁ……」

 

 軽く、顔を覗き込んでくるように身を乗り出してくるヴィクトーリアの姿を見て、色気を感じる前に申し訳なさを感じた。今までは欲望のまま、心の赴くまま―――そして一族の目的を果たすためにずっと動いてきた。だから自分を縛るもの(一族の使命)から解放されて、ようやく自由だ、好き勝手出来る。心行くまで潰れよう。そう思っていた。だけどそんなことはなかった。

 

 人生はもっと複雑で面倒で、過去からは逃げられず、自分でやったことの責任は取らなきゃいけないのだ。そして、その上で、改めて思う―――縁からは逃げられない、という事だ。完全に自業自得としか言いようがない。非常に残念な事実だが、ヨシュア・エレミアは戦いとは別のところで、この少女に対して、ヴィクートリア・ダールグリュンに対して勝てる気がしなかった。心配している、そう言われて、

 

 ()()()()()のだ―――今までの様にふるまうことも命を投げ捨てて殺し合えそうにもなかった。

 

 覗き込むように顔を、上半身を此方へと向けてくるヴィクトーリアの無防備さを見て、これ、実は誘ってるのではないかなぁ、なんて事を一瞬だけ考え、真剣に此方を気遣っている彼女に対して失礼だよな、と考え、息を吐きながらゆっくりと、そして静かに目を閉じる。もう、どうもで良いという気持ちはなかった。戦いたい(息をしたい)という気持ちには変わりはない。だけど、目の前の彼女の表情を崩すようなことはできないな、という考えが確実に自分に刻まれていた。

 

 こんな、数分程度の会話なのに。

 

 それがどうにも、数百年を超える一族の歴史よりも大事に思えた。

 

「なぁ、ヴィクトーリア」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「実は聖王のクローンに格闘技教えてくれないか、って頼まれてるんだ。ちなみにさ、ずっと昔の話だけどエレミアは聖王に義手を与えて、そして格闘技を教えたんだ。それが結果でゆりかごなんてものを()()()()()が動かしたんだけど―――」

 

「―――でもそれはそれ、これはこれ、ですよね? 所詮は三百年前の出来事。今は戦争はありません。ゆりかごももうありません。そして貴方が亡霊を気にする必要もない―――そうですよね、ヨシュア?」

 

 当たり前のように笑顔と共にヴィクトーリアがそう言い切った。それは迷いのない、そして信頼のある言葉だった。ヴィクトーリアは心の底から疑う事無くそういっていたのだ。

 

 そうだよな、それが当たり前なんだよな―――だけど知っていて言い切るのだから、やはりヴィクトーリアは自分が思っているよりも、ずっと凄かった。やっぱり勝てない。良い女だ、それも凄く。そして、自分の様なろくでなしには非常にもったいないような、そんな女だ。小さく笑い声をこぼしながら目を開ければ、笑みを浮かべるヴィクトーリアの姿があった。窓から差し込む月明かりを受けて輝く金髪と合わせ、普段は見れない彼女の姿を見れた気がして、

 

 少しだけ―――なんだか恥ずかしかった。

 

 だから誤魔化すように一気に上半身を持ち上げ、ずれていたサングラスの位置を調整し、そして一気にベッドから起き上がり、背筋を伸ばし、体を伸ばす。

 

「ヴィクトーリア、サンキューな」

 

「いいんですよ、貴方が迷惑をかけるのはいつもの事ですから。もう慣れましたよ。ただ私、心配性みたいですから、あんまり無視しちゃだめですよ?」

 

「あいよ―――お休み、ヴィクター」

 

「えぇ、お休みなさい、ヨシュア。そしてお帰りなさい」

 

 振り返ることなくヴィクトーリアの部屋から出て行く。部屋から出た所で軽く頬を掻き、そして息を吐きながら自分の部屋へと向かって歩き進んで行く。今夜のヴィクトーリアはなんというか、いつもよりも非常に色っぽかったのは認めざるを得ない。いつもあんな感じだったらちょっと理性が危なくなるレベルには。とはいえ、今はそんなことよりも、

 

「―――心配させない様に、色々と頑張りますか」

 

 目標を定め、これからどうすべきか、それを決めるために、

 

 ―――まずは下着姿で勝手に兄のベッドで眠っている愚妹を蹴り落としてベッドを取り返して寝る事にした。




 英雄殺害マニュアル(色気的な意味で)。

 ヴィクターは前々から可愛いからヒロイン的な活躍をさせたかったキャラなんだけど、今作は踏み切ってメインヒロイン級の活躍を、ということで。幼馴染、金髪巨乳……これはポインと高いですよ!! 誘惑ってこうやるんだよ!! 断じて捕まえて逆レするんじゃないからな!!

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