Belkaリターンズ   作:てんぞー

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遭遇-1

「―――帰ってきて早々やらかしましたわね」

 

「ワイルドだろ?」

 

 管理局が管理する病院の一室に、今、自分の姿がある。上半身を持ち上げてベッド横の椅子へと視線を向ければ、そこには白地に青刺繍の施されたワンピースを着た、翡翠の瞳に金の長髪の女がそこに座っている。ヴィクトーリア・ダールグリュン―――古きベルカの血族の一人だ。かつては雷帝とも謳われた人物の子孫であり、その素質をもつ女だ。何よりも重要なのは―――彼女にジークリンデを預けていた、そして預けるだけの信頼関係がお互いにはある、という事だろう。だからキツイ視線を向けてくる彼女に対し溜息をつき、

 

「悪かったって言ってるだろ雷帝(ヴィクター)ちゃん。……っと、そっちのポケットにパイプが入っているから取ってくれ」

 

 近くのコートハンガーにかかっている上着のパーカーを指さすと、ヴィクトーリアが少しだけ睨んでからパーカーの前まで歩き、そのポケットの中からパイプ、草の入った袋、そしてマッチ箱を取ってきてくれる。それを受け取り感謝している間にヴィクトーリアが窓を開けに行くのを見て、パイプに葉っぱを詰め込み、それにマッチで火をつける。パイプを咥え、ゆっくり、優しく呼吸をするように煙を吸い込み、肺の中に送りこみながら―――息を吐く。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛……やっぱこれだわ……はぁ、心が安らぐわ」

 

「出る前はそんなもの吸ってなかったのに、いったいどこで手に入れたのよ」

 

「あー……何時だっけかなぁ……煙草が肌に合わなかったからパイプ試してみたら意外と楽しくてハマったんだよなぁ……。ほら、探偵モノを想像したら、よくパイプを咥えながら優雅に考え事をするじゃないか? アレって結構キマってるよなぁ……なんて思ったら何時の間にか専門店に足を運んでたわ。いやぁ、買い物って楽しいね」

 

「……」

 

 ヴィクトーリアの絶対零度の視線を受け流しつつ、口に咥えたパイプを楽しみつつ、視線を窓の外へと向ける。感覚的に胸骨と足、特に足が酷くダメージが大きい。が、戦闘を行うために最適化されているこの体は非常に再生能力が高く、今のミッドチルダの再生技術も高い。骨折程度であれば数日も休んでいれば完全に元に戻るだろう、とは医者の見解だった。ならあと数日我慢すればハイディを殺しに行けるな、と考えた所で、

 

「っと、そうだった。ジークの面倒ありがとうな」

 

「そんな言葉で騙されると思っているのかしら? ―――最近有名な通り魔と戦ったのでしょう?」

 

 ストレートに言葉を叩き込んでくるヴィクトーリアの姿へと視線を向け、軽く空いている手で頭を掻く。困ったものだ、と思う。ストレートに昨夜の出来事を言う訳には―――いや、別にいいか。ヴィクトーリアは割と身内だ。教えた所でほとんど問題ないだろう、と判断する。まぁ、ここからはどうせハンティングタイムなのだ。これからも心配をかける事を考えたら早めに話した方が賢明だ。だから、そのままストレートに答える。

 

「―――通り魔はクラウスだった」

 

「クラウス―――いえ、本人じゃなくて子孫って辺りね」

 

 その言葉に頷く。

 

「たぶんジークを狙ってたんだろうな。まぁ、エレミアとしては俺の方が()()からな。ジークには目もくれず俺と殺し合ってくれたのは幸いか」

 

「うーん、こんなキチガイが増えたとなると少々困りましたわね」

 

 ストレートにキチガイと言ってのけたヴィクトーリアに視線を返すが、まるで意に返さずに悩む様な表情を浮かべていた。まぁ、武者修行で管理外世界サバイバル生活なんてことをやっている人間をキチガイ以外にどう表現すればいいのか、という事なのだが。ともあれ、問題はクラウスだ。いや、彼女の名前はハイディだが、その中身はクラウスだった。少なくとも殺し合っている間は完全に覇王としての風格、才気、武威を示していた。此方も少しだけヴィルフリッドに飲まれていた部分もある。

 

 ―――ただ、昨夜はお互いに探り合いの部分もあった、本気で殺し合ったとしたら、確実にどちらかが死ぬだろう。

 

「……いけねぇ、段々古代ベルカに考え方が引っ張られ始めてるわ」

 

「戦うなら殺すか殺されるかの二択ですわねぇ。現代のベルカは平和が続いているという事もあってそういう考えはめっきり減りましたが、それでも殺る時は徹底的に、ってのが基本的なスタンスですわね」

 

 ベルカの殺意は高いよなぁ、と思いながら、そうだ、と声を零す。

 

「んで、ジークの様子はどうよ」

 

「心配とかは一切してませんわよ? 兄を病院送りにしたのは凄いけど、絶対長生きしないだろうって確信していましたわ。あとついでに犯人特定して闇討ちする気が満々で―――」

 

「やめろ。というか止めろ」

 

「解っていますわよ、それぐらい。エドガーに適当な仕事を押し付ける様に言っておきましたから、今頃屋敷内で何か仕事をしている事でしょう」

 

 安堵の溜息を吐く。取り合えず妹分がどっかへと突貫する様な事はこれで避けられるだろう。彼女に関しては本当に好き勝手生きていてほしい、という兄としての気持ちもある―――いつまでも古代ベルカの負の遺産に囚われているのも馬鹿馬鹿しいし。そう考えると彼女には戦闘経験だけ引き継がれているのは幸運だった。

 

「全く難儀な性格をしていますわね」

 

「うるせぇやい」

 

 苦笑する様なヴィクトーリアの姿はなんだか主導権を握られている様であんまりいい気がしないが―――こいつほど、仲の良い相手がいるわけでもない。ともなれば、しょうがない、という感じもしてしまうものだ。実際、ダールグリュン家というよりはヴィクトーリア自身には色々と借りがある。その最たるものがジークリンデの面倒を見てもらう、という所だ。基本的にミッドチルダに定住していない自分が安心してこの世界の外に出ていられるのも、ヴィク―トリアという面倒見の良い女がジークリンデの世話をしてくれているからだ。

 

「んな事よりも最近はどうなんだよ」

 

「露骨に話題を変えてきますね……まぁ、いいでしょう。ここ数年間、ろくに文明的な生活を送っていないらしいですし、貴方が現代社会に適応できるように最新のニュースなどに関して教えてあげましょう」

 

「そうしてくれ。その方が気がまぎれる」

 

 そうね、とヴィクトーリアが言葉を置く。そしてそこからこのミッドチルダにいなかった間の数年間に、何があったのかを話し始める。と言っても、ヴィクトーリアが語る日常はそう、捻くれたものではない。雷帝の血族ではあるが、継承するものはその血だけだ。ベルカの負の遺産を継いでいないヴィクトーリアの日常は平和なもので、ジークリンデの打倒を目指して日々鍛錬し、DSAAでの優勝を目指している事を聞ける。ヴィクトーリアは自称ではあるが、ジークリンデのライバルを名乗っている。そしてそれに見合うだけの鍛錬を重ね、実力を見せている。だがDSAAの話をされ、そうか、と呟く。

 

「もうそんな時期なのか―――今年も出場するのか、DSAAに」

 

「それは勿論参加しますわよ。ダールグリュン家の者として、敗北したままではいられませんとも」

 

 大きな胸を張る様に意気込みを見せてくる。その姿に苦笑し、意気込みは解ったから、と軽く宥める。二年前はノリで参加したジークリンデがそのまま優勝した、なんて話を手紙を通してだが聞いている。その時は手酷くやられたらしく、手間のかかる妹分からライバルへと見事、ジークリンデに対する見方が変わったらしい。

 

「そう言えば貴方はDSAAへと参加するつもりはありませんの?」

 

「俺、そこらへん、競技としての興味は薄いからなぁ―――ほら、ジークの方は割と社交的だけど、俺はもっとクールガイなイメージじゃん? あんまし目立つの嫌なんだよなぁー」

 

「貴方ほど目立ちたがりな馬鹿も珍しいですよ、いまどき」

 

 本当のことを話すと、エレミアン・クラッツ、俗に言うエレミア式の戦闘術がスポーツには極限まで向かない事が一つの理由だ。ジークリンデの方はまだ良いが、此方に関してはヴィルフリッドの記憶が残っている。ヴィルフリッドはオリヴィエへとエレミアン・クラッツを教えた事を非常に後悔している。もしかして自分がオリヴィエの戦う才能を見出してしまった、そのせいでゆりかごを動かす決意を作ってしまったのではないか、と。精神修行の類でヴィルフリッドの残念が心を支配しない様に修行はしている―――だけど当時の彼女の想いを考えれば、あまりその技を見せびらかそうとは思わない。

 

 それにジークリンデよりももっと鋭利に、極悪に、殺すように技を伸ばしている―――そのことを考えると、DSAAに出るには不向きだろう、と個人的には思っている。それはそれとして、ジークリンデがチャンピオンとなるのは兄貴分として非常に気持ちの良い話だ、此方側の事情には一切かかわらずにぜひとも頑張ってほしいとは思う。

 

「ま、出るってんなら応援するよ―――ジークのついでに」

 

「あら、ついでですか」

 

「おう、やっぱり肉親の情の方が勝るって奴よ」

 

「もう私達も家族みたいなものだと思っていたんですけどね」

 

「雷帝ちゃんの心はほんと広いわぁ」

 

 そっち方面でからかおうとしても無駄だ、と態度で示しつつパイプで一服入れる。最初は煙たいだけだったパイプも、慣れてしまえば結構味がある。ただヴィクトーリア自身はあまり好きではないらしく、無言でパイプを咥えている此方の姿を見て、少しだけ眉をひそめている。あんまり嫌がる事をするべきではないかなぁ、とは思うが、それでもパイプを口から外さない。習慣になってしまった、という部分も実際にはあるのだ。

 

「ところで雷帝ちゃん」

 

「なんでしょうか?」

 

「……いや、なんでもねぇや」

 

 途中で言うのを止めると、気になるのかこくり、と首をヴィクトーリアが傾げてくる。その様子が実に可愛らしいので、もうちょっとだけ見ていたいな、とは思う。が、何時までも続くわけでもない。だから窓の外へと視線を向ければ、管理局捜査官の制服姿が病院へと向かって歩いてきているのが見える。おそらくは事情聴取―――自分が昨夜、最終的には倒れている所を見つけられた事を考えれば軽く調べられるだけで済むだろう。

 

 なんだかんだで、管理局って杜撰な所があるし。

 

「そろそろお客さんが来るから帰った方が良いぞー。あ、後ジークによろしく」

 

「はいはい、解っていますよ。それよりも死なないでくださいね」

 

「怪我をするなとは言わないのか」

 

「言うだけ無駄って理解しましたからね」

 

 流石理解ある友人を持つと話が楽だ。そう思いながら病室から去って行くヴィクトーリアの姿に名残惜しさを感じる。少し見ていない内に本当に女の体をする様になって、色々と辛い。男女間の友情って本当に成立するのだろうか疑わしくなってくる。少なくともアピールされたら一瞬でコロっと行きそうな気もするが、

 

 くだらない事を考えるのはこれまでにしよう。

 

「―――まずは退治して、んで探すか」

 

 ハイディという女を。

 

 そして現代に蘇ったオリヴィエの存在を。

 

 その為にもまずは療養、そして、管理局の質問に答えるとしよう。そう考え、ヴィクトーリアが抜けて行った扉の方へと視線を向けていれば数分で人の気配がやってきて、止まる。こんこん、とノックの音が響き、どうぞ、と声をかける。

 

「管理局の者です。昨晩の出来事についてお聞きしたいのですが―――」

 

 そう言って病室の中へと入ってきたのはオレンジ色の髪をした、短いツインポニー姿の女だった。面倒だなぁ、とは思うが、追及されて痛い物を持っているのは事実だ。

 

 素直に答え、そしてさっさとこの入院生活が終わる事を祈る。




 怪我したら入院。これ常識。そして雷帝ちゃん。見事な金髪巨乳、何もおかしくはないな。しかもオカン属性とかいう良物件……。

 その頃エリオは捕食行動から逃げていた。

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