Belkaリターンズ   作:てんぞー

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英雄完全殺害マニュアル-5

「覚悟はできてないな? そぉい!」

 

 気絶した男の姿を逆さまにひっくり返した状態で、頭からゴミ箱の中へと叩き込んだ。本当ならここで身包みを剥ぐ所なのだが、さすがに人の目があるところでそこまで酷い事をすると、通報される。周りへと視線を向ければすでに通報されそうな気配がある。めんどくささを感じながら溜息を吐き、ゴミ箱へと向かって唾を吐き捨ててからゴミ箱に背を向け―――ベルカ自治区の街並みにまぎれるように歩き始める。気配を殺す事もまぎれる事もしない。それは敗北者の態度だからだ。

 

 勝者は常に王道を歩む。それが義務であり、そして勝利からは逃げられないから。

 

「だけどめんどくさくなってんなぁ」

 

 サングラス越しに風景を眺め、特に目的もなく、歩きながらそんなことを呟く。

 

 ―――当たり前の話だが、現実は理想からほど遠い。

 

 自分らしく生きているつもりでも、周りからすれば邪魔でしょうがない時は何度もある。そしてそれは法律だったり、悪法だったり、様々な要因が絡まって発生する事だ。つまり―――面倒なことは往々にして発生しやすい、という事に通じる。理由は簡単であり、調べなくてもべらべら口にしてくれるため、非常に解りやすい。故に振り返る事もなく、()()()()()()()()()()()。そう、騎士候補。ミッドチルダという世界の、ベルカ自治区という場所を見ればそれだけで数百、或いは数千と存在するベルカの騎士、その候補生。

 

 それが、ゴミ箱にシュートした存在の正体だ。

 

「めんどくせぇな」

 

 呟きながら感じる視線を振り払うように角を曲がれば、此方へと近づいてくる気配を感じる。その気配は此方を探るような気配を向けてきている為、即座に此方を求めているのだと理解する。人前で殴り潰すのもあまり良くないと判断し、今度は何人だろうか、そんなことを考えながら近くの路地裏へと入り込み、迎撃の出来る空間へと、周りの視線が気にならないで済む場所まで歩き進み、そして反転する。

 

 拳を軽く鳴らしながら迫ってくる世界に対して迎撃の用意を始めるが―――視界に映ったのは緑色の髪色だった。その姿を見て、鳴らしていた拳を解く。

 

「―――深く考えもせずに頭を突っ込むからそうなるんですよ」

 

 そう言って目の前に着地したのは私服姿のハイディだった。着地の衝撃に緑髪をふわり、と舞わせながらそれをさっと片手で後ろへと流し、久しぶりにその姿を前に見せた。メールアドレスを交換して、お互いに連絡は取り合っている。だがこうやって直に会うのは本当に久しぶりだった。前会った時と変わらぬ姿を見せて、ハイディは此方へと笑顔を向けた。

 

 

                           ◆

 

 

 ヴィヴィオに戦い方を教え始めて二週間が経過する。

 

 ある意味予想した通りだったが、ヴィヴィオは才能の塊ともいえる存在だった。教えれば教えるほどそれを吸収、学習して強くなってゆく。まさに天賦の才とはこの少女のためにある、と言える領域だった。少なくとも一週間という短い期間だが教えたことをスポンジの如く素早く吸収してゆくヴィヴィオの才能はまさしく破格だと断言できるものが見えた。このまま自分がヴィヴィオを鍛えてゆけば、まず間違いなく普通の同世代の少年少女では相手にすることが出来ない、そういう怪物が生み出される―――そんな確信があった。少なくともそれは直接教えている自分にしか感じ取れないものだった。

 

 そして俺はそれを肯定した。

 

 ()()()()()()()、と。早く()()()()()()、と。

 

 ―――俺を殺せるぐらいに強くなってくれ、と。

 

 だからヴィヴィオに対して行う鍛錬の類は一切遠慮を行っていない。教えているのは戦い方ではなく、エレミアン・クラッツ―――つまりは戦場で効率的に敵を処理する戦闘技術だ。あらゆる武器を使えるのは戦場で相手から得物を奪って闘争を続ける為で、特定の戦闘手段にこだわらないのはどんな相手であろうと等しく殺せるように対策をしておくためだ。なんでも習得できる聖王の血筋との相性は最高だと言っても良い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。オリヴィエほど上手く学習しない。だけど個人的な目的として、その程度で満足されては困る。そしてヴィヴィオ自身、そういうレベルでは到底ハイディを倒せないという事を理解している。だから訓練中は一切の遠慮や手加減というものを抜きで鍛え上げていた。無論、ヴィヴィオはバリアジャケットを装着して訓練を行っている。

 

 だけど、それでもヴィヴィオの姿は何度も吹き飛ぶ。

 

 ある時は壁に叩き付けられて、次の瞬間には扉を貫通するように殴り飛ばされる。また別の時は喉を潰されて少しの間呼吸が出来なくなったり、或いは床に叩き付けられ、そのまま立ち上がるまで何度も叩き潰され続けたとか。ワザと心を折るような過酷な手段を択んでヴィヴィオを追い込みに行っているのはある意味俺が与えられる慈悲だった―――少なくともこれで心が折れれば、所詮それまでの話だった。だがヴィヴィオは本気でハイディの打倒を考えているようで、

 

 正面からこれに耐えていた。

 

 だから、

 

 ―――ヴィヴィオの両腕を折って病院に叩き込んだ。

 

 

                           ◆

 

 

 ハイディと並んで、モノレールから降りながら、何時もハイディと会うの(デート)に使っている公園へと歩いて向かっていた。最近はハイディと顔を合わせる回数が少なくなっていたので、近況報告ついでに勝手ながらデートと思って歩いていた。

 

「まぁ、元々俺の事を気に入らねぇって連中は多かったんだけどな」

 

「そうなんですか?」

 

「まぁな。俺、ダールグリュン家にお世話になってるんだけど、エレミアの名を使うのは嫌だからな、周りからすりゃあホームレス兄妹がいい処のお嬢様に寄生してやがる、って感じになってるんだわ。だから俺か愚妹がソロの時はそこそこ嫌がらせがあるんだぜ? まぁ、なんか最近は愚妹に限ってはDSAAで名が売れたからか拝まれているらしいけど」

 

 基本的にヴィクトーリアは昔から可愛かったし、そして人気もあった。人格者で、美人で、金を持っていて、それでいて家事が出来る。こんな女の子を近所の男共が放っておくと言えば、絶対にありえない。基本的にベルカやミッドチルダの男子は早熟だ。そういう事もあって若いころから男女への意識というものは存在している。そういうのが鬱陶しくも関わってきていた時代があったのだ。

 

「まぁ、この連中に関しては俺が一人一人こっそり闇討ち恐怖のベルカ仮面ごっこした結果、もう二度と近づいてこなくなったんだけどさ」

 

「やらかしグセは昔からだったんですね」

 

「おう、まぁ、何が言いたいとなると―――俺、基本的に戸籍登録してねぇ無職住所不定の十八歳イケメンだからな。しかもエレミアであることは滅多に名乗らないからただのホームレスってしか思われてないからな」

 

「率直に言うと生き神(ヴィヴィオ)をホームレスが虐めている様にしか見えませんよね。というかこいつ何やってんだ? あ゛ぁ゛? 案件というか」

 

「お前も大分言う様になりやがったな畜生。だけど大体はそんなもんだよ」

 

 始まりはとっても小さい事が。名前の通ってない、正体不明の男が現代の聖王とも呼べる存在に戦い方を教える、という事態だ。これは聖王教会としては面白くないだろう。どこともしれない馬の骨によって本当は一流の手によって教えられるべき逸材が穢されているのだから。ここで上層部がエレミアだと知っていて許可したのを理解していても、その情報は末端までには届かない、どこかで純粋に気に食わない、という連中が噴出するのだ。

 

 この世はハッピーな漫画やアニメの世界じゃない。

 

 現実で生きているのだ、調子の悪いことや都合の悪いことは良いことよりも発生しやすい。

 

 ―――悪意は善意よりも強い。

 

 だから始まりは嫉妬だ。アレは誰だ、なぜ教えている。羨ましい、羨ましいぞ―――と、それが始まりだった。それまでは良い。高町なのはが許可を出しているのだから、他の者は口出しする事はできない。そんな権利はないし、少なくとも精神鍛錬を行っている騎士達だ、己の感情の抑制程度は出来る。そしてガッチガチな鍛錬内容を見れば実力を把握できるだろう。だから騎士に関しては問題はない。問題は続きで―――騎士候補達の存在だ。

 

 彼らは若く、そしてまだまだ未熟な青い果実達。

 

 ―――生まれた時から無駄に精神が老成して、不気味なほどの落ち着きのある自分(エレミア)と比べて暴走してしまってもしょうがない、と諦めてしまう。

 

「ま、両腕纏めて折ったのが暴走の原因かな。それまではちょくちょくイヤミ言う奴はいたんだけど、直接襲い掛かってくるような奴はいなかったからな―――まぁ、気持ちは解るし、一撃で気絶させてトイレに流すかゴミ箱に叩き込むかで許してるけど」

 

「改めて聞くと譲歩しているようには全く聞こえませんよね、それ」

 

 それはいいじゃないか、と言いながら公園の前の歩道で足を止める。軽くハイディの横顔を眺めてから、此方から切り出す。

 

「んで、俺はいいとしてそっちはどうなんだよ」

 

「ヴィヴィオさんに絡まれる回数が少々増えていて憂鬱ですね」

 

 若干疲れたかのようにそうハイディは言った。当たり前の話だが、探そうとすればハイディとヴィヴィオは同じ学院に通ってるのだから、簡単に見つけられるのだ―――そんな状況でヴィヴィオがハイディに話しかけない理由はない。イジメを受けている立場のクセに今、ベルカ一番のアイドルの熱烈なコールを受けているのだ、嫉妬は凄まじいものだろう。

 

「ただ―――明確に日々、強くなっていくのは感じれますね。まだまだ塵芥ですが。ですが明らかに対英雄級を想定した気配を持ち始めていますし……将来的には自分を殺せる化け物でも生み出すつもりですか」

 

「出来たら最高だな。勝ち続けるのには飽きたし。真正面から殺しに来てくれる素敵な女の子とか所望する」

 

「……じゃあ、私と戦いますか?」

 

 信号の色が赤から緑へと変わる。それを確認し、答えるのを避ける様に歩き出す。なんとなく彼女にそれを答えるのが嫌だった。ハイディと本気で戦う事となれば、間違いなくどちらかが死んで決着がつく。本気でやり合おうとすれば止まらない、という相手はいくつかいる。まずその筆頭はハイディだろう。今までは本気じゃなかったからいいが、本気で始めれば誰かの介入があっても、そいつを殺してでも続けようとするだろう。

 

 あとは、確か今の時代にはヴォルケンリッターが存在した筈だ。過去のエレミアが一回殺害しているし、その縁から出会えば殺し合いそうな気配があるから是非ともエンカウントは悩むところだと考えている。ともあれ、

 

「お互い、壮健ってとこだな」

 

「ですね」

 

 軽く笑いながら公園に到着する。とはいえ、特に何か特別なことをするわけでもない。そもそも一方的にデートと呼んでいるだけで、やっていることは顔合わせ、情報交換だけだ。かかわろうと思いもしなければ、一生かかわらない相手なのだ―――少なくとも因縁が終わったら。

 

「なんとなくですが、此方へ足が向いてしまいますね」

 

 公園に到着すると林の中へ、野良猫の定位置、お気に入りの場所へと向かう。基本的にハイディはこの公園へ来ると、軽い柔軟以外は野良ネコで遊んでいるらしい―――というのも、ハイディレベルの相手がいない為、柔軟以外はする事がない、と表現してもいいのだが。ともあれ、今日は今日でこのまま猫で遊ぼうと考えているらしく、少しだけぽやぽやした雰囲気をまといながらいつも猫がいる場所へと向かえば、

 

 ―――そこにあったのはぼろぼろの傷だらけになった野良猫の姿だった。




 ハイディちゃん久しぶりの出番、そしてヴィヴィ王様両腕を折られる、痛くなくては覚えませぬ(AA略

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