Belkaリターンズ   作:てんぞー

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英雄完全殺害マニュアル-6

「酷い……」

 

 いつもはめんどくさそうにだが相手をしてくれる野良猫はお気に入りの陽だまりの中で、傷だらけの姿を癒すように横たわっていた。その胸が上下しているのを確認すれば、まだ生きているのは解るが、見てわかるぐらいには傷は酷かった。ざっと目視しただけで確認できる傷は左前脚の切り傷、右後ろ足の骨折、体全体に打撲の形跡が、まるで甚振る様に存在していた。明らかに野生の類や事故の類ではなく、何者かに攻撃を受けた、という傷だ。野生では発生する事のない種類だからその程度は察せる。問題は誰がやったのか、だがさすがにそこまで判断する材料はない。走って駆け付け、容体を確認するハイディの後ろに歩いて近づく。

 

「どうだ?」

 

「回復魔法をかけたいところですけど……正直なところ、回復魔法に耐えられそうにないですね」

 

「……そっか」

 

 回復魔法は傷を治す―――が。体力を回復させるような万能性はない。回復魔法の原理は複数種存在し、一番基本的なものは回復力促進の物であり、自然回復する効果を超高速化させることによって傷を塞ぐ類のものだ。専門になる事によってもっと効率的で安全な魔力を魔法によって縫合素材に変質させたり、安全性の高い魔法を使える様になる。回復魔法と医学は切っても切れない縁になる訳だが、

 

 レベルの低い、いわゆる誰でも使える初歩の回復魔法は()()()()()()寿()()()()()という性質がある。本当に緊急時こそちゃんとした医者を求めるのはそれが理由だ。素人の回復魔法は傷を治すが、多大な疲労と寿命の消耗を相手に強いる。

 

 おそらくハイディの回復適正は自分の様に低いのだろう、このまま回復魔法を使えば確かに野良猫の傷は治るし、流血は防げるだろう。だがその代りに体力とさらに寿命を消費するだろう―――もうすでに老猫だ、こんな状態で体力を使ってしまえばそのままぽっくりと逝ってしまうだろう。だから回復魔法をかける事もなく、そのまま動きをハイディは止めてしまっているのだ。

 

「獣医はどうだ」

 

「あまり縁のないことですから正直あるかどうかなんて事は……」

 

 ハイディが溜息を吐き、そして小さく、か細い声で呟く。

 

「どうしようもありません―――これも節理ですか」

 

 所詮は野良猫だ。体を激情に任せて暴れ出すような出来事ではない。これをやった相手に対して相応の報いは向けるだろうが―――()()()()だ。泣いて許しを請うまで殴り続けたりとか、そんな物騒なことはしない。死んでしまったら悲しい、それで終わってしまう。

 

 この心の渇きは、ある意味で強さの代償かもしれない。戦って死ぬのは仕方のない話で―――生きている内に、何時かは死ぬのだ。運が悪ければ暗殺されるか事故で死ぬか、そんなことだってある。どこかの世界では隕石が落ちてきて、それに衝突して死んだ人間なんてもいるらしい。つまり命なんてものはその程度のものだ。親しい相手が死んだとしても、それはそれで()()()()()()()のだ。

 

 エレミアは既に何十と喪失を経験している。

 

 クラウスは―――唯一無二(オリヴィエ)の喪失を。

 

 だから死には慣れている。親しい者―――親族を抜けば百、千、万という戦友の喪失だって経験している。それと比べると今更猫の一匹ぐらい、どうという事もない。ないはずなのだが、ぼろぼろの野良猫を見るハイディの姿は悲しそうだった。いや、実際に悲しんでいた。

 

 その瞳に涙を浮かべる程度には。それを見て、あぁ、と気付かされる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と。猫が死んだら死体をどうするか、なんてろくでもない事を考える此方とは違って、正しく悲しむことが出来る彼女なら―――やはり、ヴィヴィオが何とかしてしまうのではないかと思ってしまう。ヴィルフリッドの意志は消えて、クラウスの意志もきっと消えた。だとしたらもう自由なのだろう、ハイディは。彼女を修羅の世界に繋ぎ止める楔はもうないのだ、だとしたらそれでいいのではないだろうか。

 

 ―――こんなことになるなら、一回本気で殺し合えば良かった。

 

 そんなことを思いながらもポケットに手を入れ、そして持ち歩いているかどうかを確認する自分は、やはり少々甘いところがあるのかもしれない、なんて事を思う。思いながらもポケットの底に感じるつるっとした感触に持ち歩いているのを確認し、小さく、ハイディには聞こえない様に自嘲を零した。自分は―――結局のところ、何をしたいのだろうか。

 

 三百年前の決着は……本当に終わっているのだろうか―――?

 

 そんな事を考えながらポケットの中から()()を取り出した。

 

 ハイディの横へと近づき、しゃがみこんで野良猫の様子を見る。与えられた傷は痛ましいものんだが、猫はそれを一切気にする様子もなく、陽だまりの中で目を閉じていた。時折ハイディの視線が鬱陶しいのか、嫌そうな表情を浮かべては再び目を閉じて力を温存している。こういってはアレだが、なかなか図太い神経の猫らしい。野良のプライドとでもいうのか、それを持っているらしい。ただ現状、そんなもんは女の涙の前ではクソだと評価しておく。だからポケットの中から取り出した()()を野良猫へと近づける。

 

「それは―――」

 

 ハイディが此方の動きを見て口を開く。だからそれに答える。

 

「―――デバイスコアだよ」

 

 最高級、という言葉がつくが。ともあれ、デバイスコアを野良猫に近づける。目を開けた野良猫がそれを見て、小さくめんどくさそうに鳴いてから視線を外す。どうにでもしろ、という事だろう。本人―――本猫の了承を得た所で久しぶりに腐らせている魔力をリンカーコアから吹き出し、そしてそれを記憶に記録してある魔法の一つ、その式に通す。デバイスなんかを使用しない、脳で演算し、数式と記号を引き出し、それに魔力を通すことで魔法反応が発生する。

 

 野良猫の足元に黒い三角形の古代ベルカ式の魔法陣が出現する。

 

「これは―――使い魔契約のもの、ですか?」

 

「ちと違うな。廃れちまったからもう誰も覚えていない術式だよ。それに使い魔にした所で命の総量は変わったりしないからな―――」

 

 だから外付けの命が必要になってくる―――自然に持っている以外のもので補強すれば良い。ハードが限界なら外付けのハードを用意すればいいのだ。個人的にはどうかと思う手段だが、女の涙には変えられない。だから久しく使っていない魔力で魔法を発動させた。基本的なベースは使い魔作成の魔法だが、その細部は違う。そもそもこれは古代ベルカ時代に存在した術式であり、非道という事を理由に廃れていった術式の一つだ。故に発生することは普通ではありえないことで、野良猫の胸に当てたデバイスコアがその体を通り抜ける様に沈んで埋まり、姿が見えなくなる。それに続く様に魔力のラインを魔法を通して野良猫との間に形成し、生物としての転生に近い現象を発生させる。

 

 発光は数秒間。それが終わると魔法による処理は終了し、完了する。そのままへたくそな回復魔法を使えば、野良猫の傷がふさがり、癒されて行く。体力は消耗されるが、体内に埋め込んだデバイスコア、そして此方から供給される魔力が命の変わりとして消耗され、自動的に修復される。その為、もう心配する事はない。もはや回復ではなく()()に近いが、

 

 野良猫の傷だらけの姿は見慣れた、くたびれた黒猫の姿になった。

 

「……ま、こんなもんだろ。これで死ぬ心配はないだろうよ」

 

「いったい何をしたんですか?」

 

 久しぶりに魔法を使ったなぁ、と立ち上がり、軽く体を動かしながら答える。

 

「生体デバイス化だよ。古代ベルカにはユニゾンデバイスの作成技術、禁忌兵器の技術、そして凶悪な使い魔の作成方法があったからな。それを掛け合わせて生み出されたのが生体デバイスよ。ユニゾンデバイスよりはコストを抑え、だが簡単に生物を強化して運用する方法……って奴だな。まぁ、躯王よりはマシって所じゃねぇかな」

 

 本来はここに従属やら肉体改造やら装備の埋め込み等色々と面倒な改造があるのだが、野良猫の一匹を助けることを考えれば、そんな事をする必要はない。これだけで回復は可能だ―――とはいえ、生体デバイス化を済ませてしまったからそのまま、という訳にもいかないだろう。両膝を折ってしゃがみ、視線をハイディから黒猫へと視線を向ける。

 

「おう、野良猫やい、生きてるか。いや、ここまでやって死なれたら火葬すっけどさ」

 

 そう言うとゆっくりと黒猫が目を開き、そして此方へと視線を向けてきた。

 

「……みゃぁぉぅ」

 

 めんどくさそうに鳴いた黒猫が言葉に反応して声を放つと、そのまま体を起き上がらせて来る。その姿をハイディが心配そうに眺めるが、気にする事もなく、黒猫は此方へと近づき、そして尻尾を丸めながらしりもちをつく様に目の前で座る。

 

「……お手」

 

「……みゃ」

 

 やれやれ、と溜息を発しながら黒猫は前足を此方の掌の上に乗せ、そして猫と共に視線をハイディへと向ける。揃った動きにハイディが一瞬だけビク、っと反応するが、すぐに笑みを浮かべ、小さく笑う。そのまま両手でめんどくさそうな表情の黒猫を持ち上げ、そして苦しめない様に抱きしめていた。

 

「ありがとうございますヨシュア。後日主犯は見つけ出してこの子とまったく同じ目に合わせるとしまして―――因縁の決着や今回の件と、色んなところで世話になっています」

 

「そこら辺はあんまり気にするな。俺とお前は同期の桜、って奴だよ。この無駄に重い過去を知っている人間同士、ちょくちょく仲良く散歩しているのも悪くはないんじゃないか? まぁ、美人を侍らせて歩き回るってのは男のステータスの一つだしね」

 

 そう言うとハイディは柔らかい笑みを零した。

 

「もう、そんなに言わないで下さいよ……本気にしちゃいますよ?」

 

「おっとぉ、それは困ったな。俺はもうちょっと今のプレイボーイな環境を継続したいんだ」

 

 その言葉に二人で軽く笑い、ハイディが野良猫を解放する。元気になった以上、これ以上押さえつけているのもかわいそうだと判断したのだろうが、解放された野良猫はハイディから解放されると、そのままの足取りで此方の横まで移動し、丸まって日向ぼっこを継続するように動きを止めた。どうやら野良とはいえ、此方に対してある程度の恩は感じているようだ。ヴィクトーリアにデバイスコアの件、どう言い訳するか悩んでいたところだし、遠慮なくこいつを引き合いに出してやろうと考えながら、軽く立ち上がり背中を伸ばしてから視線を同じように立ち上がったハイディへと向ける。

 

「さて……どうしようか」

 

「そうですね……お礼、と言うのも少々おかしいですし、私の家へと来てみませんか? モノレールに乗って移動すればそう遠くはありませんし……なんか、今更体を動かす気分にもなれないと言いますか……その……ダメ、ですか?」

 

 ―――これは誘われているのかな……。

 

 物凄く、物凄く悩む。良く考える。相手は十六、ほぼ十七の娘で、こっちは十八歳だ。ミッドチルダの法律的に考えるとアウトだ、実にギリギリのアウトだ。だがよく考えろ、ウチに来ないか、と言っている女の子の誘いとは大体そんなものではないか、と。それにハイディの顔は羞恥心で赤くなっている。好感度も大分イベントをこなして稼いできた感触も自分にはある。だがよく考えろヨシュア―――この子コミュ障だぞ? ぼっちだぞ? 自分と接触するまで友達なんていう概念が存在しなかった現代のいけるバーバリアンガールだぞ? そう、良く考えたらハイディってぼっちを相当高いレベルで拗らせているのは確かだ。少なくとも拗らせてなければ通り魔なんて事やらないし、イジメを承認してどうでもいいとか思いながら放置してない。

 

 ―――レベルがたけぇ……!

 

 色んな意味で。助けてエレミア、と脳内を叫んでみるがご先祖様たちは全員ガン無視で放置してくれる。畜生、これだから脳筋(バーサーカー)一族は信用ならない。脳内で溜息を吐きながらどうしようかと、数瞬だけ悩み、答えることにした。

 

「んじゃ、ちょっとだけお世話になろうかな……? まぁ、予定はないしな―――」

 

 そこまで話したところで、新たな気配を感じる。

 

「―――じゃあ予定をこれから埋めて貰いましょうか―――」

 

 茶色の管理局制服にオレンジ色のショートツインテールの女の姿だった。その手にはホロウィンドウで”任意同行”と書かれており、

 

「―――署の方でね! オラ、公共の場での魔法の使用は禁止よ。言い訳は署でね」

 

「そんなー」

 

 世の中、かっこよく決めたいのにオチがつくのはどうしたものか―――。




 ライフラインが死んでいる中での執筆。遅れ気味で済まぬ、だが断水中なんだ……あと発電機炎上……。

 そして黒猫型生体デバイスゲット。偶には擬人化も人の言葉もしゃべらない純粋なアニマルなのを。

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