それから更に十数分ほど時間を潰しているとまだ合流していなかった面子がやって来る。とはいえ、そのほとんどが自分にとっては未見―――初対面の相手だった。そこには無論、ハイディも含まれていた。このなのはファミリーとでも言うべき集団は偉い実力者の集団ではあるのは解っていたが、ザフィーラやシグナム等の古い戦友を除けば、ほとんど初対面の面子ばかりだった。しかもそれに美人がついてくる。少しだけ居心地の悪さを感じながらオフトレの参加者が全員そろったことで、空港の中へと移動が始まった。
女子連中の荷物が妙に多いため、チェックインで時間がかかるのはどこでもいっしょだな、と観察している間に自分を含めた男子連中は早めにチェックインを完了させ、他の検査もパパっと終わらせ、ゲートへと向かうという手軽い状態だった。
なお猫はさすがにケージの中に入れて貨物室行きだった。
自分、ザフィーラ、赤毛の少年、それがオフトレ男子の全てだった―――いっそ虚しさすら感じる数だったが、ともあれ、軽くあいた時間に自己紹介でもしておくべきか、と時間を潰すついでにビザの確認などを終わらせた赤毛の少年に手を出す。
「軽くしか自己紹介してねぇからもっかいやっとくな、ヨシュア・エレミアだ。今回は貴重な男子の一人だから、よろしく頼むぜ」
「あ、エリオ・モンディアルです。異様に強いって話は聞いています、今回は宜しくお願いします」
赤毛の少年は見た目、15,16程に見える。少年から青年になろうとしている時期だ。少し、格好つけたがる年頃でもある。自分もそういう覚えはあるから、ちょっとだけ親近感がわいてくる。だけども態度は礼儀正しい。だから礼儀正しいタイプだなぁ、と思いながら手を握り返してくるエリオと握手を交わすとそうだなぁ、とザフィーラが頷く。
「基本的に我らの付き合いは女子が多いからな……何故か」
「男子でオフトレに参加できそうな知り合いは他は……ヴァイスさんぐらいですかね? 他はここのみんなとはあまり付き合いのない個人的な知り合いですし」
「なんだよザッフィーも
「俺の場合そういう視線で見れる様な感覚ではないし、そう見たら見たで”獣医へと連れて去勢させるからな”と言われてな……あとザッフィーは止めろ」
「僕を肉って断言するの止めませんか。あぁ、うん。なんか大体のキャラ把握できましたけど。あと肉じゃないです。僕超肉食系ですから。女子とか食いまくりですから。特定の女子と付き合わないプレイボーイですから」
「プチトマトを使った料理と言えば?」
「サラダ」
「草食系だな」
「こんなの関係ないでしょ……!」
エリオの言葉に三人で視線を合わせ、数秒間無言で過ごし、それから一気に爆発させるように笑い声を零した。なんだかんだで自分の周りにいるのは良くも悪くも女ばかりだ。そうなって来るとさすがにデリカシーの都合上、口に出せない話やテンション、ノリといったものがある。ここにはザフィーラ、自分、そしてエリオの男三人しかいない―――男の馬鹿話をするにはちょうど良いタイミングだった。
「いやぁ、このノリで喋れる相手がいるとはなぁ。参加するの女子ばっかりだから乳とケツ視姦するしかやる事ねぇかなぁ、とか思ってたんだけどこれは案外寝る時が楽しそうだな。性癖暴露大会とかAV観賞大会とかお前、誰で性の目覚め感じた? とかそういう話が出来そう」
「あ、そういうノリってなんか修学旅行って感じがしますよね。というかAV持ち込んできたんですか」
「しっかりとな! 最初はこれ、流しっぱなしにした所をヴィヴィオにでも突っ込ませてテロろうかと思ってたんだけどちゃんとした使い方出来そう!!」
「相変わらず
褒めるなよ、などと答えながら三人で少しだけ下種い笑い方で盛り上がる。なんだかんだでこの手の話題の盛り上がり方は男子の方が楽しい……というか自分の周りの女性は、こう、本気にしそうなタイプばかりだから必然的に避ける事がある。ミッドチルダの男子女子人口は割とイーブンなはずなのに、なぜか女子ばかりが知り合いにいるとかいうのが現状だからこういう付き合いがあるのは存外嬉しい。
「まぁ、待て。これはヴィヴィオのためでもあるんだ。見ろよ親Aと親Bを。片方は百合をこじらせているし、もう片方はなのはだぜ……?」
「言いたい事は凄く良く解る」
「ただ聞かれたら処刑されかねない言い方ですよね」
「そこで恐れるから貴様は肉の視線を向けられるんだ。貴様もタマの付いた男なら自分から攻めるぐらいの気概を持たねばダメだろう! 諦めんなよ! 男なんだろ! その立場に甘んじるなよ!! もっと気合い入れて! 押し倒すぐらいのマッシブさを見せてサラダについてくるベーコンぐらいの肉系男子を卒業するんだよ!!」
「今、僕の事凄い勢いでディスってません??」
「してるよ!」
「なんか段々僕の中で遠慮力っぽいゲージが削れて行く気がする」
「そのまま消費しきろ。本番は向こうに到着した夜になってからだからな。それまでにそのゲージは吹っ飛ばしておきたい」
いったい何をやらかすつもりだ、と恐ろしそうな視線エリオが向けてくるが、この修学旅行の雰囲気っぽい夜でやる事と言ったら決まっている。しかし相手は歴戦の管理局員。それを達成するには一人の力じゃ絶対に不可能だろう。となるとどうあがいてもザフィーラとエリオの力が必要になって来る。なおザフィーラに関しては数百年ぶりに出会えたおかげか結構テンションが高いのは解る。犬だしそのうち立ちションしそう。
「しかし現代までエレミアが生きていたとは驚いたな。戦乱の間に絶滅したものだと思っていたが」
「夜天の書の方はバックアップ機能があるからそう簡単にゃあ消えるとは思えなかったし、ウチらは生きてればいつかまた会えるとは思ってたけどな。まぁ、あの時代は基本的に何かが起こっても驚けないぐらい不思議な時代だったしなぁ……」
「端で聞いていると古代ベルカのイメージって良く掴めないものなんですが……古代ベルカってどんなもんなんですか?」
エリオが首を捻りながらそんな事を聞いてくる。それを問われ、ザフィーラと視線を合わせ、首を捻る。古代ベルカ、それがどんなものだったか……その言葉の答えは難しい。古代ベルカを表現する言葉は多いが、その最たる物を出すなら”地獄”という言葉が最も正しいだろう。そんなことを考えているとポツポツと審査を完了させた女子達が此方へとやってきて合流してくる。背の低いピンク髪の少女がエリオに視線を向けると、一瞬だけ野獣の如くの眼光を見せてからその横へ滑り込むように移動した。あぁ、これは肉だよなぁ、なんてことを思っていると、他にも続々と合流し始める。
「あ、私も古代ベルカの事知りたいです!」
ヴィヴィオが片手を上げながらそう言ってくる。その言葉に対して後ろから歩いて追いついたハイディが溜息を吐きながら肩を振るう。
「知ったところでどうしようもありませんよ。あの時代は本当に色んな意味で”救いのなかった”時代です。一番力のあった聖王主家が真っ先に滅んだせいで周辺を抑えるバランスやパワーが消滅してしまい、次元世界をいくつも巻き込んだ大戦争へと発展してしまいましたからね。今では管理局がロストロギアと呼んでいる物も古代ベルカでは製造されている武装だったりしましたからね。それを振り回して殺せるだけ相手を殺そうとする、そんな時代でした。ぶっちゃけ、あんまり情操教育に良くないですよ」
ハイディはそう言葉を漏らしながら此方の隣へと歩いてくる。やはり他の面子とはまだちょっと交流し辛いか、なんて事を考えながら軽く、バレない様に溜息を吐いていると、ザフィーラが腕を組んだまま頷く。
「正直な話、あの時代の事はどんな幸福があっても忘れられない。あの時代に抱いた絶望の数々は決して色あせない、忘れてはならない教訓としてこの胸に刻まれている。だがアレは伝えるようなものではない。忘れる事が一番の幸福だ」
シグナムが合流した。その表情は若干複雑なものだ。
「古代ベルカの話か……あまり良い思い出がないな。つくづく今の時代がどれだけ平和か思い知らされる。戦う事は嫌いではないし、あの時代の猛者とまた戦いたいという気持ちも確かにある―――だがもう二度とあの地獄を経験したいとは欠片も思えない。それだけは確かだ」
シグナムの言葉にハイディ、自分、そしてザフィーラの三人で頷く。だけどヴィヴィオはそこでえー、と声を零す。
「なんかそれずるいですよ。四人だけなんか知っていて。その言い方だと余計気になりますよー。だって聖王教会の書籍にだって残っていないんですから、ベルカ騒乱の初期からの話は―――」
「……残せるわけないじゃないですか」
誰にも聞こえないよにぼそりとつぶやいたハイディの言葉が的を得ている。聖王教会はおそらく意図的に初期の記録を焼却、或いは封印している。今では神の様に崇められているオリヴィエは実は聖王家に生贄としてゆりかごに乗せられた、なんて真実が出てきたらイメージが崩壊するだろう。基本的に現代の人間が知っているのは聖王家のクリーンな側の話だ。ぶっちゃけた話、きれいごとで世界は支配できない。ベルカ聖王家だって相当汚い事を裏ではやっていたのだ。じゃなければ国家、そして連合盟主なんて事は出来ない。
「……そこまで酷い話なの?」
なのはの言葉に頷く。
「古代ベルカの争いに関してはもう二度と戦争なんかしねーよばぁーか! って大声で叫びたくなる内容だし―――」
「―――ベルカ初期、オリヴィエがゆりかごに搭乗するきっかけとなった話をすると私やヨシュアみたいに教会嫌いか不信に陥る事もありますね。まぁ、私達の場合は当時の光景を知っているから誰よりも畜生だったところを知っているというのもあるのですが」
「うーん、そこまで言われると気になっちゃうなぁ……」
そんなつぶやきが聞こえた所で、ゲートを通した次元航行艦の搭乗開始を告げるアナウンスが空港内に響いた。そちらへと向かって移動を初めながら、ちらりとヴィヴィオの方へと視線を向け、その姿を盗み見た。わくわく、という風の表情を浮かべ、期待に満ちた視線を向けてきている。その姿を見て、小さく息を吐きながらゲートへと到着する。
そこでパスポートとボーディングパスを見せて通してもらい、そのまま次元航行艦に搭乗する。何度もこういう空港にはお世話になっている文、自分は慣れている。さっさとパスに書いてある席まで移動し、ショルダーバッグを上のスペースに押し込んだら座る。予めチェックインの時に決めていたようにザフィーラとエリオが横に座る―――つまりは男が三席一緒に並んでいるわけだが、背後の席から身を乗り出すようにヴィヴィオが姿を見せた。
「ねー、教えてくださいよー」
「……」
どこか子供っぽいその様子はある意味”子供その物”とも言えるのだろうが―――そうか、と思い出す。まだまだヴィヴィオは子供だったな、と。クローンとして作成され、生み出されたのだから与えられた知識とは別に経験年数は圧倒的に不足している子供だったと。そりゃあ色々と無防備だよな、とシートの頭部分に胸を乗せているヴィヴィオを見ながら思い、
「仕方ないにゃあ、ヴィヴィオちゃんは……」
「えっ、教えちゃうんですか」
ヴィヴィオの様に後ろの席から身を乗り出したハイディが少しだけ驚きながら口を挟んでくる。
「むしろここで教えて過去の聖王家に関する幻想を捨ててくれたら色々と嬉しいわ。歴史は過ちを覚える為にあるし―――ま、数時間のフライトなんだ、暇つぶしにゃあちょうど良い話題にもなるだろ?」
「やったー!」
椅子を乗り越えて抱き付いて来ようとするヴィヴィオの額にカウンターでデコピンを叩き込みつつ、やれやれ、という視線をハイディから向けられる。一番のコミュ障でぼっちのお前にだけはそんな視線向けられたくないと思いつつも、
なんだかんだで過去を話し、理解されるのは少しだけ、幸福な事だよな、
そう思いながら過去を語る内容を考え始める。
飛行機内も暇だけど、空港でチェックとか受けている間が一番暇というね。という訳で次回、地獄のベルカの歴史。オフトレ入って濃厚なバトル描写したいとか考えつつも、どっかで早めにベルカの話は入れないとこじれるよなぁ、と。
そして三馬鹿結成