Belkaリターンズ   作:てんぞー

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遭遇-4

 ―――デバイス。

 

 それは魔導士が魔導士として活動する上では一番必要になってくる道具だ。デバイスは単純に武器としての役割を果たすのだけではなく、魔導士が握る事によって代理演算を行う事が出来る。魔法の行使とは数学や物理学の計算を複雑に行い、学問として現象を発生させる部分もある。故に脳で常に魔法発動の計算を行いながら魔力のコントロールを行う必要がある。デバイスはその魔法行使に必要な演算作業を代理で行ってくれる。世の中にはマルチタスクを行えばそれでいいのではないか、と言う人間もいる。

 

 人間の脳は凄まじい、それを効率よく運用できるなら問題ない。

 

 ―――だがマルチタスクに目覚めた所で脳の使用領域を増やしている訳ではない、元々使っている領域を効率よく運用しているだけだ。それがマルチタスクという技術なのだから。つまり、マルチタスクを習得しても効率が上がるだけで、出力や記憶容量が上がっている訳ではない。その為に魔法の代理演算、そして魔法を発動させるための式そのものを記憶させるデバイスが必要になってくる。真の天才は息を吸う様に記憶した式を生み出し、魔法を使用してくる。だがこれは所詮トップエースと呼べるような存在、或いは歴史に名を残すような理不尽な英雄の所業であり、一般市民、或いは普通の魔導士が見るべき姿ではない。

 

 そんな英雄でもデバイスは所持している―――人間の脳だけでは限界がある。

 

 だから、デバイスというものに人間は頼る。魔法を効率的に運用する為に。

 

 だが逆に言えばこうだ、

 

「魔法を使わなければ、そもそもデバイスなんざいらねぇだろ?」

 

 この一言に尽きる。魔法というものを行使するには魔力が必要になり、魔法を使うには脳の演算領域を必要とする。つまり、戦闘という領域で常に脳を次の動きとは別に、魔法の事に関して考え続けなければいけない。使える領域を100%と表現し、マルチタスクを利用しつつ戦闘での基本的な魔導士の思考配分は50%魔道、50%動きという風に割けられる。これに指揮、状況、今後の事とかを考えるたびに使用するリソースが減って行く。これに対して俺の場合、魔法という選択肢をオミットしている為、そもそも利用する思考領域が全て動きにのみ直結するのだ。

 

 経験を肉体へとフィードバックしやすいとも言える状態になっている。

 

 それにデバイスも精密機器だ―――機能を増やせば増やすほど脆くなるし、金はかかるし、調整だって必要になってくると。AIであれば状況によってはコンフリクトエラーでも叩きだして壊れる可能性もある。そんな物に命を賭けたくはない、という思いもある。だが武器は消耗品で、基本的には使い捨てである、という概念が強い。

 

 何よりエレミア一族の技は本気で殺すのを目的とする場合、消滅効果を利用する―――その場合、デバイスが壊れる可能性が非常に高い。その為エレミアン・クラッツはデバイスの使用を推奨しない。どんな環境、どんな得物でも好きに戦えるように動きが出来上がっている。それこそ武器を使い捨ててでも。

 

 それ故、ジークリンデはデバイスを保有していても滅多な事では使いはしない。そして俺も、使い捨て以外でデバイスを持つ事はない。ジークリンデのデバイスは等級でCLASS3あるのも実際はDSAAに出場する条件で最低限CLASS3のデバイスを所持していることが参戦条件になっているからだ。だからDSAAでは使うが、それ以外では基本的にデバイスを使う事すらなく、或いは外付けの演算装置程度にしか使っていない。なにせ、組手をする時は大体そのまま殺しに行くのだ―――デバイスを持つ事で発揮する非殺傷設定なんて面倒なものは邪魔だ。

 

 だが、どうやらヴィクトーリア的にはデバイスを使い捨てにしている現状に不満があったらしい。というか本人的に見栄えが悪すぎるらしい。

 

 と言うか、

 

「―――ほとんど身内の様なものですし、身内に量産品のデバイスしか持たせないのか、と呆れられたりするので。ダールグリュン家の為にも少しは見栄えの良いデバイス、持っていてくれませんか?」

 

 その内容が予想を超えてクッソ真面目だったので―――迷う事なくダールグリュン邸から逃亡を試みた。しかし、既にそれが見えていたのか、ヴィクトーリア自身がデバイスのコアを既に発注し終わっており、後はそれに相応しいフレームを用意、組み合えればよい、と逃げ場を完全に閉ざしていた。そんなわけで半ば強引に専用のデバイスを所有する事をは決定しており、

 

 それが―――なんとなく気に入らず、不貞腐れていた。

 

 

                           ◆

 

 

 春のミッドチルダは暖かい。基本的に四季がはっきりしているミッドチルダは古代ベルカの騒乱の出来事を反省し、環境の保全と技術の監視を行ってきた―――その結果、自然と科学のバランスを考える様にミッドチルダを発展させてきた。その結果、中心部のクラナガンはかなり開発されているが、中心部から離れれば離れる程、豊かな自然を都市と調和させるようにデザインし、特にミッド南部となると修練場や訓練場の類が増える為、広大な土地と自然が残されていたりする。

 

 ダールグリュン邸からとにかく逃げる様に離れてこっちへと来てしまったのは―――まぁ、一種の習性の様なものだと思ってしまった。クラナガン近郊の南部には高級住宅街の他にも陸士隊の退舎も存在している為、休日の公園にはトレーニングに励む学生の姿や陸士の姿が見える。偶に妙に強い人間がそういうのに交じっていたりする為、公園を訪れては対戦相手を探すような時期も一時期存在した。だから、逃げる様に家を出た所で自然にここに来たという事は、対戦相手の一つでも求めているのかもしれない。

 

「なんだかねぇー……」

 

 公園内で鍛錬に励む学生や休日の陸士の姿を見る。最近ではストライクアーツ等が流行らしく、魔法と格闘術の戦闘技術が重要視され、そのトレーニングに励む子供たちの姿が見える。年齢はどれも自分よりも4、5年程若い子が中心に見える。欠伸を漏らしながら視線を移せば、公園のトラックを走る陸士の姿が見える。ご苦労な事だ、そう思いながら片手をポケットの中に突っ込み、

 

 そこから黒い、親指ほどの大きさの球体を取り出す。

 

 ―――デバイス・コアだ。

 

「これがン十万するとはなぁ……」

 

 もう遅いかもしれないが、このままダールグリュン邸で居候し続けると、その内勝手に事実婚扱いされてそうな、そんな恐怖を覚える。経済状況は破滅的だが、血筋だけを見るとベルカ最古、それも王家と直接交友関係のあった一族出身なのだ、そりゃあ定住していなくても最高クラスの血族なのだ。抱き込んでも一切問題ない。

 

「……ジークは預けたまま、近い内に出ていくか」

 

 ヒモやっているのも悪くはないが、問題はハイディだ。アイツがいる限りミッドチルダでの生活に平穏がない事は確定しているのだ。そうなってくると、向こうが手出しをしてくる前に此方から手を出しておきたい。何時、どんな時代であろうとも殺し合いは先手を奪った相手が遥かに有利なのは変わらない事実だ。幸い、相手の名前は割れている。この後にでも役所へと向かって、ハイディ・E・S・イングヴァルトという名の人物を見つけ出せばよい。

 

 後は奇襲で手足を潰して無理やり改心させれば終了。

 

 名乗った時点でまともな勝負を捨てれば、勝てるのだ、そりゃあ。

 

「―――ま、そんなもんで無念は晴れんだろうけどな。なぁ、そこらへんどうなんだよヴィルフリッド」

 

 空に向けてデバイス・コアを掲げながら、継承されたヴィルフリッドの記憶へと語りかける。無論、返答はない。ヴィルフリッドの嘆きは非常に静かなものだ。刺激さえしなければ目覚める事もない。だが一度目覚めれば、人格を食う様に侵食してくる―――あのハイディの夜も似たようなものだ。そればかりはどうしようもない事だ。だからどうにか、次の世代までにはケリを付けたい事だった。きっと、自分の先祖も同じことを考えていたのだろうが、

 

 これが結果だ。

 

「ま、なるようになるだろ。とりあえずは俺の周りの事だよな―――まずはこいつか」

 

 半ば、押し付けられる様に得てしまったデバイス・コアへと視線を再び、向ける。デバイス・コアは演算や機能を司る部分だ。これにフレームを与える事でユニゾンデバイス、ストレージデバイス、アームドデバイス等の様々なデバイスへと加工する事が出来る。なおダントツで高価なのは最もパフォーマンスの高いユニゾンデバイスであり、そして次に高価なのはインテリジェントデバイス型のアームド等になる。今まで使っていたデバイスはアームド、それもほとんどストレージに近いタイプだ。その理由は頑丈で待機状態からの起動が早い、という点にある。

 

 武器に求めるのは頑丈さと切れ味だけだ。特に重要なのは頑丈さだ。だから、AIも必要ないし、演算を行う必要もない。それをヴィクトーリアは中々分かってくれない。見栄えが大事なのも良く解る話なのだが、妙にデバイスを持たせようとするところ、何かを邪推したくなってくる。ただ、まぁ、いい機会なのかもしれない、と考えておく。頑丈な、壊れない武器を一つ持っておけば色んな戦線で安定して戦い続けられる、という事でもある。

 

「―――ま、いっか。無駄な機能を省けば俺好みになってくれるだろ」

 

 そう呟きながら座っていた公園のベンチから立ち上がる。ポケットの中にデバイス・コアを押し戻しながら勢いよく体を伸ばし、そして欠伸を漏らす。どこか、期待できそうな相手がいればそのまま挑戦する予定だったが、この公園にいる者はどれもこれも退屈そうな相手ばかりだった。やはり、強くなるのは楽しいが―――同時に退屈だと思う。結局、振う相手も状況もなければ腐らせているだけだ。

 

 一体、覇王流もエレミアン・クラッツも、継承する事に価値や意味はあるのだろうか?

 

 ―――いや、ないのだろう。これは呪いだ。最も近くにいながら、オリヴィエを救えなかった愚かな者達に対する、末代まで続く呪いなのだろう、と思う。ただそれはそれとして、ハイディの様な美少女は心の底から屈服させるときっと、ものすごくいい気分になれるに違いない。エレミアの問題を解決するついでに、自分の趣味で心を満たそう、そう考えながら歩き始める。あまり連絡もなしにうろついていれば、その内ジークリンデ辺りが探しに来るだろうから、その前に一回ぐらい連絡を入れてやるかなぁ、なんて事を考えながら、公園の出口を目指し始める。

 

 まぁ、今日一日は適当にぶらりとミッドチルダを旅して回るか、なんて事を考える。幸い、足に関してはダールグリュン邸の車庫にあったバイクをパクってきた為、割と余裕はある。バイクに乗ってミッドチルダを放浪するのもたまには悪くはないかもしれない。そんな事を考えながら公園の出口を目指したところ、

 

 視界の端に引っかかるものがあった。気になり、足を止めて、視線を其方へと向ける。

 

 公園の端、公園の内外を分ける林の中へと視線を向ければ、そこにはしゃがみ、背中を丸める姿があった。特徴的な朱いリボンに両初のツインテール、白のブラウスにダークグリーンのスカートを履いた、おそらくは中学生ぐらいの少女の姿だった。その片手には猫じゃらしが握られており、それを振って、木陰の下で何かと遊んでいる姿が見える。まるで此方に気付きそうにもない、その姿に、両手で顔を覆ってから、短く息を吐き、そのまま歩いて近づく。

 

「にゃーにゃー……にゃー? にゃー」

 

 そんな、可愛らしい猫の鳴きまねをしながら、緑髪の少女は猫じゃらしを片手に黒猫と戯れていた。少々歳を食った黒猫らしく、その表情はまるで仕方がないなぁ、と言わんばかりのものでありながら、しっかりと少女が振るう猫じゃらしを両前足で追いかけていた。黒猫も遊び慣れているのか、高い反射神経を披露しながら猫じゃらしを追いかけるが、それよりも少女の方が一枚上手らしく、黒猫の動きを完全に見切る様に触れる直前で揺らし、捕まる事を回避している。

 

 その後ろ姿を確認し、横へと移動して横顔を確認し―――そして本人である事を確認した。してしまった。だが相手の方はどうやら黒猫に夢中で、全く此方に気付くような姿を見せない。そのまま少女の横で膝を折る様に座り、

 

「にゃーにゃー」

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

「にゃー」

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

 声を濁らせながらにゃーと、少女の様に猫の声真似をすると、黒猫がこちらへと汚い声でなくんじゃない、と非難する様な視線を向け―――そして少女の視線がこちらへと向けられた。その視線は此方へと向けられ、凍り付く。それを見て、笑顔を浮かべ、

 

「に゛ゃ゛ー゛」

 

「え、いや、あ、あの、ま―――」

 

「に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛!」

 

「違うんです! 違うんです!」

 

 顔を真っ赤にしながら猫じゃらしを揺らし、両手を大きく振って否定する―――が、そんなものは関係なく、立ち上がり、少女の周りを囲む様に踊り、妙に汚い猫の鳴き声を披露する。

 

「に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! に゛ゃ゛ー゛! にゃーだってよ! にゃー! 可愛い! ハイディちゃん可愛い! 可愛いなぁ!」

 

「や、やめてください……や、や、やめてください……!」

 

 顔を真っ赤に染め上げながら、それを隠すように両手で顔をハイディ・E・S・イングヴァルトは隠した。月下の襲撃者。ミッドチルダを恐怖に落とした通り魔。管理局に指名手配される犯罪者―――だが、今、ここで見せている姿は、

 

 ただ、一瞬の弱みを見せてしまったが為に弄られ続けるだけの少女だった。




 やっぱりこうやって真っ赤にして顔を隠す様な女の子が可愛いと思う。暴力ヒロインはどうしても受け付けない……。恥ずかしいから殴ったりするのはアレだなぁ、と。とりあえずハルにゃんにゃー、ということで。あと遭遇-1でのDSAA部分ちょっとだけ削除。女子、男子の部を分けるのも面倒なので統一で。

 そしてエリオは神になった。

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