Belkaリターンズ   作:てんぞー

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遭遇-6

 公園には最近の流行に合わせた、組手が行えるグラウンドが存在する。自由利用なので他にも拳を、蹴りをぶつけ合って力を確かめている姿は見える。やはり流行となっているらしい。その一角へと自分とハイディも移動した。やる事は簡単だ、というより周りの連中がやっている事と変わりはない―――拳と拳を体に直接叩き込んで、相手が敗北するまで殴り合う、それだけの話だ。シンプルでいて、そして最も無作法とも言うべきルールだ。明らかに殺傷系統の技は禁止されているが、それ以外は大体なんでもありなのだ。

 

 一般良識の範囲を守っている人間と―――その外側の人間では認識が大きく異なってくる。

 

 立った場所、五メートルほどの距離を開けて反対側へと視線を向ければハイディの姿がある。その姿は戦闘装束へと魔法を通して変身を完了させていた。あの襲撃の夜と全く同じ戦闘装束姿をハイディは見せ、それに対応する様にこちらも拳を振い、体を振い、間接が普通に動くのを確かめながら自分の体に異常がない事を確かめ、呼吸を整えて内功を練る。

 

「ま、あんまし意味がないけど、このグラウンドは魔法が使えないやつ向けに非殺傷結界が貼ってあるから、魔力ダメージに関しては一切心配する必要はない―――殺す気でやっても殺せない」

 

「殺すつもりであれば物理的に潰せ、ですね」

 

 正解、と答えながら袖を振う―――が、デバイスは出て来ない。当たり前だ、全て尽きているからこそデバイス・コアなんてものを渡されてしまったのだ。もう少し慎重に使えば良かった、なんて事を今更ながら軽く後悔しながらも、エレミアン・クラッツを思い出す。ルーティン作業だ。呼吸をすることで内臓を引き締め、筋肉を引き締め、内功を練り上げる。そうする事でこれから叩き込まれる攻撃に対して内臓をある程度保護する。

 

 ミッドチルダ式ではバリアジャケット、ベルカでは騎士甲冑、そして純粋な戦士は戦闘装束と呼ぶ、魔力によって生み出す鎧は自動的に体温調節等を行いながら衝撃吸収、魔力からの保護等を行う高性能な防壁だ。鎧を着用するよりも遥かに優秀な鎧。それが戦闘装束になる。非殺傷結界と含めればそれなりに高い防御力を発揮する為、攻撃を当てる時は殺す気でやらないと駄目だろうと判断する。

 

 ―――息を吸い、そして吐く。ルーティン作業だ。内功を練り、戦いに備えて肉体を締め上げ、力を行き渡らせる。スイッチを切り替えるなんて必要はない。エレミアの神髄に頼る必要なんてない。ヨシュア・エレミアは()()()なのだ。我が闘争、我が日常。闘争が日常であり、そして息を吸う様に戦う事が出来る。故にスイッチを切り替える必要なんてない―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 闘争の亡者でしかない己に―――準備は必要ない。

 

 拳を握り、それで終わる。そしてハイディもまた、断片的ではあるが修羅としては出来上がっていた。故に彼女も覇王流の最も基本的な構えを取り―――それで準備を完了させる。言葉は必要ない。構え、舞台に立った瞬間が闘争の始まりになる。

 

 ―――だから呼吸するよりも早く、それ(呼吸)を奪った。

 

 体は前に倒れる様に、足を前へと踏み出しながら、重心を明確に前へと向けて押し出すようにズラして行く。発生するのは落下と前進、体を前へと飛ばしながらも落下し続けるという事象であり、重心が前へとズレた影響を受けて体が前へと向かって()()()()()()様に移動距離が一気に延びる。落下と前進、そして引っ張られる動きによる正面への移動と共に、曲げられた足は力を練りながら全身を使った力の伝達を利用し地を蹴る様に体から重力の重みを奪う。結果、体が完全に重力の束縛を振り払い、一瞬で到達点へと()()されるように移動する。フラッシュムーヴ、クイックムーヴ、そう言われる高速移動術式を生身の肉体で行う技術。縮地とも言えるそれを、言葉をハイディの呼吸の合間の僅かな無意識の中へと潜り込む事によって、察知不可能な接近を果たす。

 

「景気づけの一撃だぁ!」

 

「―――」

 

 迷う事無く接近から掌底をハイディの腹部へと叩き込む。掌そのものが緑と白の戦闘装束に沈み込むのを感じつつも、練り上げた力をその場で足を踏み込み、大地を砕く様に震脚を打ち込んで、軸足をアンカー代わりに、全力の掌底をそのまま押し込んだ。戦闘装束に施された衝撃吸収能力を反発と(とお)しの技を使って、威力を減退させずにダイレクトに叩き込み、

 

 貫通させた。

 

 ハイディの体が浮き上がる様に後ろへと衝撃と共に吹き飛んでゆく。戦闘装束の腹部に穴が開き、掌底を叩き込まれた腹部はその一撃で赤くなっている。が、叩き込んだ感触は堅かった―――直前でガードしていたのか、或いは先読みされたのかも知れない。反動を軸足から流す事で殺しつつ、そのまま前へと向かって、再び落下と前進を同時に行う高速の移動で追いつく。側面を抜け、首をへし折る事を目指してハイディの首目掛け、拳を振り下ろす。

 

 が、当たり前の様にハイディがそれに反応した。最低限の動きで回避を起こす為に足を蹴りあげ、下半身を持ち上げながら上半身を沈める。逆立ちする様に拳を蹴りあげながら片手で大地を叩き、回転しながら両足で立とうとする。その姿へと迷う事無く正面から振り込む。ハイディもこちらへと向かう様に後ろへと()()()()、姿が届く前に空間へとストレートに打撃を叩き込んだ。凄まじい膂力から放たれる拳は空気を砕き、押し出しながら速度を合わせる為に衝撃波となって襲い掛かってくる。魔力を乗せていない純粋な衝撃波による攻撃は非殺傷結界ではどうしようもない()()()()になる。

 

 故に踏み込もうとする此方の姿は衝撃波を食らって、頬は、服が、首が空気の壁に殴られ、斬られる。熱が体の中にこみ上げて行くのを感じながら、笑みを浮かべそのまま直進する。衝撃波を正面から肉体で耐え抜いた先、拳を構えるハイディの姿がある。踏み込み、拳のキルレンジに踏み込む。

 

 ―――殺す為の拳を殺気を乗せて放つ。

 

 殺気が乗っている時点でもはやテレフォンパンチの領域だ。見せ札だと解っている。それでも放つ拳は必殺する。当たれば確実に殺す。それだけの威力を拳に込めている。少なくとも守らなければそのまま目玉を抉る、そのつもりで顔面へと放った―――そうすれば戦士としてはもはや再起不能だ。故にハイディは迷う事無く片手で受け流すように手を叩き、それを軌道から外しながら手刀へと姿を変え、真っ直ぐ此方の顔面を目掛けて殺傷性の高い一撃を叩き込んでくる。防御は不可能だとその初動を判断し、体を横へと飛ばして回避するのに合わせ、

 

 ハイディが一瞬で追い付いてくる。否、ハイディが先読みして回り込んだ―――身体能力自体は魔法で強化されているハイディの方が遥かに高い。故に先手がハイディに奪われる。同じ動きであれば、素早い方が先手を奪うのが常識なのだから。

 

「ははは―――」

 

 笑いながら突き出される手刀を右へと弾き、返しに拳を繰り出し。体をズラしながら回避したハイディがそこから寸分の狂いもなく、喉へとめがけて貫手を放ってくる。頬を切らせるぎりぎりの所で回避しながら、更に懐へ、体を密着させるように左肩から接近する。そのまま、心臓を止める為に拳を一気に下から抉りこむ様に放つ。そこに邪魔になる乳房があると理解しての心臓殺しの一撃、無論、喰らえば必殺のそれをハイディは見なくても理解している。故に迎撃の為に手が伸びる。

 

 触れる様に伸ばした手は捻り、流し、払う、三動作が凄まじい練度で組み合わせられ、アッパー気味に繰り出される一撃を完全に逸らすことなく捻り千切る様に動く。反射的に体全体を持ち上げて、捻りに合わせて触れられた状態で逆立ちした。そうしなければ数瞬後には腕が千切れていたのを理解しつつ、

 

 逆立ちした状態から大地へと向かって逆立ちのまま、蹴り落とした。

 

 既に構えられていた両手にガードされ、蹴った反動を利用して体を後ろへと飛ばし、宙返りを決めながら着地する。瞬間、ハイディが踏み込んでくる。

 

「は―――」

 

 突き出してくる必殺の一撃を受け流す。掌で円を生み出しながら逆の方向に腕で円を描く。その円運動で運動に込められたエネルギーを拡散させながらハイディの腕を掴み、手首を握り潰しながら砕き、腕を腕に絡めながら足を引き、頭から大地へと叩きつける様に体を落として行く。

 

 それをハイディが関節を外して腕を抜くのを見た。

 

「―――は」

 

 ハイディが笑みを浮かべながら絡めていた此方の動きを逆にとり、後頭部に片手を添え、それを大地へと向けて全力で叩きつけてくる。それを感じつつフリーの片手でかけているサングラスを外し、

 

 顔面を大地へと叩きつけられた。衝撃で頭がはねた直後に頭の裏から大地へと叩きつける様にもう一撃来るのを察知する。頭を砕く勢いで振われるそれを無強化の肉体で喰らえば間違いなく頭が弾けて死ぬだろうな、と冷静に考え―――息を吐き、体を左へ捻る。そのままハイディの体を引っ張る様に自分の体を回し、水月にケリを叩き込む。

 

「おう、今のは痛かったぜ」

 

 ハイディの姿を蹴りあげながら出来た僅かな時間、サングラスを再装着し、口から血の塊を吐き捨てながら片手で大地を殴って後ろへと跳ぶ。空中で態勢を整えなおして着地し、血と混じった唾を再び大地へと吐き捨てながら拳と掌底を構える。左半身を前に出し、やや倒れこむ様な姿勢で立ち、正面、両手を拳にして構えるハイディの姿を見る。その表情に陰鬱な姿はない。獰猛な、狩猟者の笑みが浮かんでいる。それもそうだ。

 

 イングヴァルトも、エレミアも、

 

 数えきれないほど人を殺した、暗黒期を生き抜いた戦士だ。誇りもクソもない、()()()()()()()()という時代を生き抜いた一族、その血族、そのハイエンド、最終形とも言えるのが自分たちの存在だ。闘争は日常であり、細胞がそれを歓喜して感じ取る。考えても良い。だがそれ以上に戦えばそれで理解し合えるし、思い至る。そういう生物なのだ。罪深いほどに救いようがない。平和な日常を送っていても戦場から逃げようとも思えない。

 

 だから自分もハイディも笑顔を浮かべながら踏み出す。

 

 その初速はハイディが早く―――此方がそれを抜く。

 

 後の先。後から先を奪うという概念。それを達成させるようにハイディの初動を確認してから縮地で加速し、その背後を取った。右拳を振り下ろし、驚異的な反射神経で背後からの脅威を感じ取ったハイディが強化された肉体で超反応し、攻撃を受け流す。が、既にそれは見えていた―――どちらへと向かって受け流されるか、さえも。故に流れに任せる様に重心は既に移動されていた―――弾かれた方向へと、弾かれながら体は動いていた。

 

 拳が入る。

 

 弾かれる。

 

 火花はない、鉄の音もない。だが肉と肉がぶつかり合い、傷つく鈍い音が響く。既にハイディの片手は手首が折れている為に力が入らない―――攻撃の起点に使う事が出来ない。故に、この瞬間、

 

 ハイディの呼吸を完全に読み切れた此方が勝った。

 

 縮地で落下しながら前進、背後へと回り込みながら呼吸を盗んで打撃を腹へと叩き込み、持ち上げる様にハイディの姿をくの字に折り―――最初はそのまま殴り飛ばした動きを、そこで止めた。込めるはずだった力をそこで止め、腹へと当てた手をゆっくりと戻しながら後ろへと数歩下がる。

 

 顔を見れば、そこには少しだけ不満そうなハイディの表情があった。非常によい所で寸止めした、という自覚はある。だけど不満そうな表情に対して、ハイディはすっきりした表情も浮かべていた。どうやら殴り合っている間に、色々と整理がついたのかもしれない。

 

 周りではひそひそと向けられる声と視線がある。そういえば公共施設だったな、と今更ながら思い出しながら、

 

「すっきりしたか?」

 

「ちょっとだけ不満ですが―――はい、なんかすっきりしました。私、解りました。キチン、と決着をつけないといけないんだって事が。それに私―――どうやら因縁や記憶云々を抜いた、戦うの嫌いじゃないみたいです」

 

「そっか……んじゃ、いいんじゃねぇかそれで―――」

 

 可愛らしく笑みを浮かべるハイディの姿に苦笑を返しつつ、とりあえずは溜息を吐く。お互いに本気ではなかった―――が、近い内に本気でやる必要はあるだろう。こういう形でお互い、発散させるのも限界があるだろうし。

 

 ともあれ、

 

「ハイディ、また逢引(デート)しようぜ。こういうのでも、こういうのじゃなくても。お互い、連絡とりあってさ」

 

 願ってもない事ですと答えるハイディの姿を見てうんうん、と頷き、じゃあ、と言葉を吐く。

 

「―――一緒に怒られようか」

 

「えっ」

 

 保護もなくハイディの戦闘装束を全力で殴った対価として、爪や皮が軽くはがれてしまった片手を持ち上げ、その指先をハイディの背後へと向ける。恐る恐るといった様子でハイディが振り返れば、そこには茶色の管理局の制服を着た、先日、病室で事情聴取に来た管理局員と同じ人がいた。

 

「どうも、次元管理局の者です―――言わなくても解ってますよね?」




 これだけ容赦なく殺し合ってて通報されない理由がねぇだろ!!! 鉄腕王ガチャ入りおめでとう!! エリオは西から東へ流れたよ! ハイディちゃん可愛い!!

 今まで使ってきた縮地とか呼吸を盗むとか、そういう技術を詳細に、どうやっているのかを描写しながら戦うのって結構楽しいです。攻撃を繰り出す、その1動作にも色々と込められているもんがあるんだよー、的な。やればやる程沼にはまっていくこの感覚凄い。

 あとハイディちゃん可愛い。アインハルトではなくハイディと呼んでいるのは姿は一緒だけどキャラがかなり違うから区別している感じですね。ピンクと紫を名前で呼ばずにキチロリと呼ぶのと同じような感覚。あの魔物どもはどうやって生まれたのか今では思い出せない……。

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