木製のダイニングテーブル。
ここが、此度の戦場。
テーブルからは出来立ての証である白い湯気が立ち上り、あたかも狼煙の様にこちらの食欲を大いに煽る。
薄茶色の味噌汁の深淵を覗き込めば、具と味噌が対流しているのが見て取れる。きっと、舌で転がし喉に通せば、ほう、と穏やかかつどこか安心するような気分に浸れることだろう。
しんなりと、さりとて青々しくその身を静かに主張する菜っ葉のおひたしは、その身に早く醤油をかけて頬張れとこちらを見据える。
そして、目に鮮やかな赤いその身。表面にほんのりと着いたきつね色の焼き色と、自然由来の油を僅かにしたらせる紅鮭。
「はーい。じゃあ、各人にご飯はいきわたったわね?」
「おう」
「はい。何から何までありがとうございます」
「ううん。ジャンヌちゃんも、これから三年間こっちで暮らすんだから、もっと遠慮なくいろいろ言ってくれていいのよ?」
「ありがとうございます。ですが、屋根とベッド。そして、温かい食卓がある。遠慮も何も。これ以上、何を望めとおっしゃるのですか」
「ジャンヌちゃん……いいこねぇ」
「母さん、その気持ちは痛いほど理解してるけどさ……早くしないと、ジャンヌさんのよだれがそろそろ味噌汁に落ちる」
そして、
「「「いただきます」」」
法螺貝は、吹き鳴らされた。
第四話 狼煙は上がった。さあ、飯時だ。
「二人とも~。朝ごはんできたわよ~」
この
変わらぬものなどない。世の全ては移りゆくものなのだ。
だが、この場で最も影響を受けたのは、
『飯フラか……ってか、この時間に飯回を投稿とかマジ作者鬼畜だわ。愉悦を分かってらっしゃるねぇ……』
「もう、突っ込まねぇからな?」
『突っ込むなんて……きゃあ♪葵君のえっち―』
「そのネタはもういいんだよ!?」
――――ぐぅううきゅるるるる
聖女様の空腹メーターの減りである。
盛大に空腹を主張する腹の虫に、その宿主であるジャンヌは、両手で胃のあたりを抑えてうつむいてしまった。
顔を隠すためにうつむいたのだろうが、その涼やかな金色の御髪から除く二つの耳まで真っ赤に染まっているので、赤面をしていることが丸わかりである。
『あー。まあ、原作でもそうだったしね? むしろ型月ヒロインの
「もうちょっとオブラートに包むとかなかったのかお前」
『むしろ録音してあるからリピート再生するまである』
「こんの愉悦部がぁぁああ!!」
愉悦とは文化である。
そんなこんなで、赤面して「そうです、私はどうせ万年腹ペコな農家の子女です。だって仕方ないじゃないですか、食べられるときに食べておけという教えの下に育ったんですから」と、目を回しながら独り言を言う聖女様を何とかなだめ、聖杯は充電機につないで下に降りた。
で、冒頭のシーンまで戻るわけである。
そんな聖女様は現在、どのおかずから手を付けるかで目をあっちへいったりこっちへいったりさせている。
「あ、ジャンヌちゃんはスプーンとフォークの方がいいかしら?」
「お気遣い感謝します。ですが、郷に入っては郷に従えと申しますし、何よりこれらの和食は箸で食べたほうが美味しそうです」
この会話の最中、ジャンヌはおかずから一切目を離していない。
そして、ひとしき眺め終わった後、意を決して箸を握る。
二本の木の棒が片手に集約され、その輝きを増す。
いざまいらん、とばかりに平行だった二本がくの字に開かれる。そして、
―――ぽろり
一本が手から抜け落ちた。
「……」
「あー。やっぱり、スプーンとフォークを……」
誠に遺憾であるという顔をしながら、ジャンヌはその提案を受け入れた。
二本の木の棒を金属製の匙と三又の槍に持ち替え、ジャンヌは再び
そして、戦端を切らんばかりに、紅鮭の切り身にスプーンを差し入れ、その身をほぐす。
一つの固形物であったそれは今や一口大のサイズにまで細分され、今この瞬間、彼女の口へと滑り込む―――!!
「……!!」
刹那、口の中を駆け巡る、心地の良い塩味。
強烈な味の尖兵の奇襲に、聖女は濃紺の眼を見開く。
そして、紅鮭の猛攻は続く。
強烈な塩味の槍が切り拓いた戦端に、さらに磯の香りが心地よく口内に広がる。
それは、まさに騎兵の行軍のごとく、ジャンヌの口腔内を蹂躙する。
「これは……味のフランス革命!!」
「ただの紅鮭だよねこれ!?」
強烈な味の猛攻にその食欲は加速する。
次に、味噌汁の茶碗をこちらに引き寄せようとすると、ここで優香氏が素晴らしい助言を与えた。
「あ、ジャンヌちゃん。味噌汁とかの茶碗は片手で持って飲むのよ?」
「しょ、食器を持ち上げるのですか?」
「あまりなじみがないと思うけど、その方が美味しくお味噌汁が飲めるのよ?」
「な、なるほど……」
「何で天啓を得たみたいな顔してんのジャンヌさん!?」
慣れない文化だが、その方がおいしく飲めるというのであれば、否はない。
意を決し、器を持ち上げる。
すると、立ち上る湯気と共に味噌特有のあの香りが鼻をくすぐる。
スプーンを器の中に沈め、ワカメと豆腐を掬い上げ、やけどをせぬようにふーふーと息を吹きかける。
そして、
―――ブワァア!!!
呑まれる。
その香りと、独特な塩気。仄かに香る鰹出汁。それらを巻き込み、ワカメと豆腐が夢の協演を果たす。
あの、劇中ではうざいだけで特に仕事もせず、ろくな終わりを迎えなかったワカメが、今、真の活躍の場を与えられたのだ。
ごくり、ごくりとそれらを嚥下すれば、胃の中から体全体をじんわりと温もりが包む。
日本人で良かった。
その一言が言えない事を、ここまで悔やんだことはない、とジャンヌは思った。
「……何だろう、家の食卓がスゲ―ことになってる」
次に、菜っ葉のおひたしに手を伸ばす。
そして、ここでも優香氏の助言により、
「あ、お醤油もいいんだけど、ごまだれもおすすめよ?」
「ごまだれ!」
そういうのもあるのか。
ジャンヌは舌を巻いた。ああ、奥ゆかしきかな日本文化。
助言に従い、ごまだれをおひたしに垂らし、スプーンで少しかき回して絡める。
そして、そのまま口元に運べば、
「んん~~!!」
優しいゴマの風味と、しんなりとした菜っ葉が口を喜ばせる。
噛めば噛むほどにそのうまみが広がり、幸せが増す。
ああ、食べる事とは、天に召されると同義なのか……。
そう錯覚させるさせるほどには、優しく、慈愛に満ちた味だった。
そうして、最後に立ちはだかるのは、
「こ、これは……?」
「パン文化のジャンヌちゃんにはちょっと慣れないと思うけど、きっとお口に合うと思うの」
つやつや、ほかほか。
その白き宝石は、湯気を上げながら目を喜ばせる。
「ご飯、白米って言うのよ?」
「ご飯……白米……」
まるで魔術の詠唱か何かの様に追従して口に出す。
そうして、その魔力に負けたかのように、彼女はその宝石たちを口に運び、運び――――――
「あれ、なんかジャンヌさんのお茶碗が空になってんだけど!?」
「まあ、ご飯オンリーで完食なんて……」
その中身を完食していた。
「この、白米という料理には、無限の可能性があると思うのです。……おかわりお願いします」
「ご飯はおかずじゃなくて主しょ――」
その後、相沢家の炊かれた白米は三合丸ごとジャンヌの胃に収まり、レンジでチンするタイプのパックご飯も漏れなく完食された。
その他、味噌汁、おひたし、紅鮭などのおかずも、物干しそうに、雨の日に捨てられていた子犬のような目で見つめるジャンヌ表情に降伏し、相沢家大黒柱、相沢 幸人の朝食は「これで何か買って食べてください」という書置きと野口英世博士に華麗な転身を決めた。
おかしい、前は時速6kbはきついとか言っていたのに、五十分という短時間に余裕で完成したんですがそれは……。
まあ、ご飯はおかずだしね?何でも合うしね?ほかほかだしね?多少はね?
そうそう、カクヨムでファンタジーもの書き始めました。(突然の告白)