榎本貴音という女子学生が、学校の廊下を歩いていた。彼女の目もとには大きなクマがあり、彼女が寝不足であることを語らせる。いや、寝不足というより寝ていないのだ。彼女は徹夜をしていたのだ。徹夜で何をしていたのか? それは――。
(ああっ、ちくしょう! どうして、あそこでやられちゃうのよ、私のバカ!)
彼女は、あるゲームの上位ランカーだ。そして、そのゲームをやる時間というのが夕方から深夜、挙句は明け方といった時間で、結局そのためには睡眠時間を削らなくてはならないという感じになっている。
「……ああ、眠い」
そう呟いて、彼女は廊下を歩く。目指す場所は、ただ一つだった。
準備室の扉を開けると、一人の青年が本を読んでいた。
九ノ瀬遥。それが彼の名前だった。
「……なんというか、あんたいつもそんな感じよね」
貴音が言うと、遥は小さくわらう。
「そうかな?」
「そうなのよ」
「そうだった」
そんな漫才まがいの口喧嘩をほどほどに済ませ、貴音は自らの席につく。とはいえ、この教室には貴音と遥の席しか存在しない。つまりは、ここにいる学生は彼らだけ――ということになるのだ。
「……文化祭の準備、進んでる?」
「うーん、まだまだかな。絵が全然進まないよ」
「なによ、絵が描くのが好きなくせに」
「そうだけれどさあ」
彼らは文化祭の準備で大忙しだった。いや、彼らだけではない。今この学校全体が文化祭の準備に忙しいのは変わりない。
彼らが出展するのは、シューティングゲームだ。対戦するのは貴音、ゲームプログラミングを行うのがこのクラスの担任である楯山研次朗、イラストを担当するのが遥というふうになっていた。
貴音はほぼ毎日担任である研次朗に進捗状況をたずねていた。彼曰く、ほぼ順調なペースで進んでいるのだという。だとすれば、問題となっているのは……イラストを担当する遥、というわけだ。
「……私は特に問題ないとして、遥が終わらなくちゃ、ゲームとしてほぼ成り立たないんだからね。頑張ってよね」
貴音の言葉に、遥は小さく微笑み、
「わかっているよ。だから、頑張る。自分がやりたかったことだし」
その言葉に答えた。
「そうと決まれば、今日もバリバリ絵を描いてね!」
「そんな……。授業とかは?」
「授業なんてないじゃない。結局文化祭までは授業もないのだから、思う存分作業が進められるよ」
「そうだけれど~……」
「さ! さっさと描いて!」
そう言って、貴音は遥に絵を描くよう促した。
遥は頷いて、ペンを手に取り紙に線を起こしていった。