「ご主人?」
エネの言葉を聞いて、シンタローは漸く我に返った。長い長い夢をみているようだった。
「お、おう……エネ、どうした?」
「どうした、というのはこっちのほうですよご主人。まったくもって理解できませんよ。急にぼうっとして。熱中症でも早々に発症したのかと思いましたよ」
「そんな訳はねえ! いくら引きこもっていたからとはいえ、だ!」
「だったらいいんですけど」
エネはそう言ってスマートフォンの電源を強制的に切った。こんな茹だるような暑さでスマートフォンの電源を入れていれば、強制シャットダウンなんてことになりかねないからだろう。
しかし、それが可能なのは電脳空間を自由に動くことのできる身体を持つ、エネだからできる技でもある。
即ち。
生身の体のシンタローにはできるはずもないことであった。
「ちくしょう……早くデパートに……」
と、ふと思ったシンタロー。
「そういや、どうして俺外に出ることになったんだ?」
そう。
実を言えば、彼が外に出る理由などまったくもって存在しない。
エネのいたずらに腹を立てたシンタローが、ただあてもなく飛び出ただけに過ぎないのだ。
「……何もすることないんだったら、もう帰ったほうがいいんじゃ」
そう呟いた、その時だった。
「やあやあそこのお兄さんっ」
猫なで声が聞こえて、恐る恐るシンタローは振り返る。
そこに居たのは黒いフードつきパーカーを着た男だった。ベージュの髪に、猫目の男だった。身長はシンタローよりも幾分小さいくらいだ。
「……俺に用か?」
「だってこのへん歩いているのは、今キミくらいしかいないでしょ」
それもそうか。
シンタローはそうも考えた。
猫目の男の話は続く。
「まあ、どうして僕が君のことを呼び止めたか、というとやっぱり理由があるわけでして」
「理由がない、とか言っていたら俺はすぐにここから消えていたよ」
「おお怖い。……まあ、単刀直入に言いますと、我々の組織に入りませんか?」
「………………は?」
組織。
今、猫目の男はそう言った。見た目からしてシンタローよりも年下に見えるが、『組織』という胡散臭い単語を聞くと、なぜだかシンタローはすぐにここから逃げたくなってくる。
「いま、逃げよう……そんなことを考えたでしょう?」
「お前、心が読めるとでも言うのか?」
「いーや、それはどちらかというとセトの方かな。僕にはそんな『能力』からっきしだけど」
シンタローの中のセンサーが言っている。
こいつはヤバイ、と。
こんな胡散臭い連中に構っていると、何が起きるか解らない。そう思ったのかシンタローは踵を返そうとしたが、
「まあ、別にすぐに入って欲しい……ってわけじゃないよ。でも、いつかその日は訪れる。『あの世界』に関わりを持つ、その日が」
「『あの世界』……?」
「ま、詳しくはこれを持ち帰ってね!」
そう言って猫目の男は小さな紙を渡した。メールアドレスと電話番号があった。きっとその猫目の男のものなのだろう。
「……名前だけ聞いてもいいか?」
「いいよ」
即答だった。
「僕の名前はカノ、鹿野修哉さ。ま、また近いうちに会えると思うけど」
そう言ってカノは手を振って、その場を後にした。