「五月蝿いな」
そう言って俺は、アヤノの手を払って少し前を歩いた。
アヤノはそのまま立ち止まっていたが、それでよかった。
それだけで、よかった。
◇◇◇
「ご主人?」
エネの声でシンタローは我に返った。
エネは溜息をついて、
「ご主人ったら、どうしてこうも何度もあれなんですかねえ?」
「……は?」
「だーかーらー、夢想病? 夢遊病? よく解らないですけど、それっぽい何かになっているといいますか? どうしてかなーって自分でも思いませんか?」
エネという存在はこんなに苛立ちを覚えるものだっただろうか。
シンタローはふと思った。
「……お前には解らないだろうよ、そんな電子の身体でふわふわ浮いているお前にはな」
シンタローは呟く。
エネは頬をふくらませて、答える。
「……なんかその言葉すっごくむかつくんですけど」
「真実だろ」
「そうかもしれないですけど……」
シンタローは無造作に立ち上がった。
「あれ、どうしたんですかご主人。ご主人?」
その言葉。猫なで声。凡て、凡て気に入らなかった。
「ご……主人?」
それを終わらせる。
もうこの声を聞かないように。
「何を……」
シンタローは、エネの声を聴ききる前にエネの首を掴んだ。
「ご、ご主人?!」
シンタローは笑っていた。こんな状況にもかかわらず、笑っていたのだ。
「どうして……!」
シンタローは答えない。
そしてシンタローはエネの首にかける力を強めていく。
「……」
エネが静かになったのを見て、シンタローはそれを放り捨てた。
漸く静かになった。うるさかったものが消えたのだ。
シンタローはせいせいした。笑ってしまうほどだった。
「ああ……もう疲れた」
シンタローは彼女に会いたかった。
シンタローは彼女に会おうとした。
シンタローはそのために、エネを殺して、彼女を選んだ。
シンタローは――。
目の前にある、カッターナイフを手にとった。
そして、自らの首を躊躇なく切り裂いた。
シンタローは声にならない声を上げて、その場に倒れこむ。喉を裂いたから、そこから血が流れ出る。それに息もできないから、とても苦しかった。
でも、シンタローはこれでよかったのだ。
これでシンタローはアヤノに出会える。
そう思ったのだ。
――目が見えなくなる
視界も暗くなり、そして――彼の意識はそこで途絶えた。
◇◇◇
「――少年、見苦しいな。そこまでして、『あの子』に会いたいのか」
シンタローは暗闇に立っていた。
「何が言いたいんだよ」
「答えろ、少年」
どうやら質問している相手は、自分の質問に答えないと気がすまないらしい。
「……ああ、そうだ。俺はアヤノに会いたい。だから――」
「――死んだ、と?」
「さっきから何なんだあんたは――!」
シンタローは声が聞こえる背後を見るため、振り返った。
そこに居たのは――大きな蛇だった。
その大きさはシンタローの背の高さをゆうに超えるほどだった。
「なんだよ、これ……」
「私はあるときは『世界』、あるときは『少女』、あるときは『闇』……あるときは『蛇』とも呼ばれている。まあ、具体的に私の名前はついていない」
「名無し、ってことでいいんだな」
蛇は答えない。
「……じゃあ、お前は何でここに居る。というか、アヤノには会えないのか? そして、そもそもここはどこだ」
「ここは位相空間で考えれば、負の値を取る空間だ。まあ、厳密に言う必要もないからざっくりと言えば……この空間はどの世界にも該当しない空間だ。これでいいか」
「じゃあ何でお前はここにいる」
「お前を『ある世界』に入れる手引きをするためだ」
「手引き?」
シンタローは首を傾げる。
「そうだ。その世界は――いや、お前の『目』で確認すればいいだろう」
そう、蛇は溜息をついて、シンタローの目の前にまで近づいた。
「俺を食べるのか」
「違う。お前は別の世界へ行くだけだ。そして、私はその交通手段……みたいなものだよ」
「……ああ、そうかい」
そして、蛇はシンタローを丸呑みにした。
シンタロー編
ROUTE 02
END
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【NEXT EPISODE】
ROUTE 03