第十二話 夕景イエスタデイⅢ
私、榎本貴音は最高に気分が悪い。最高に悪い、ってなんか矛盾しているような気もするけれど、そんなことはどうだっていい。
ともかく、今は。
この状態について、少し説明しなくてはならないだろう。
私たちは文化祭でシューティングゲームを行っていた。そして突然やってきた目つきの悪い男に「弱い」なんて呼ばれて私はけちょんけちょんに見返してやろう――そう思っていたら、負けた。
負けた、のだ。
「あー……別にいいから。景品は」
そう言って。
少年はスタスタと歩いていく。
「きー! むかつく! 何あの『俺は全力出してないから』感! むかつく! むかつく!」
「貴音……そんな怒らないで……」
「怒るわぁ!! 怒るに決まってんでしょうよあーいうの! むしろあれでもまったく表情を変えることなく対応出来る遥の方がおかしい!」
「え、ええ……? そうかなあ……」
「そう!」
ズビシッ! と指を遥の方に向ける。
遥はそれを聞いて悩んでしまっているらしい。ドギマギしている。
「とーにーかーく! 続きやるぞ! 絶対負けないっ!!」
私はここに、もう負けないことを誓うのだった。
◇◇◇
「すごいね貴音! ほんとに負けなかったよ!」
「そ、そりゃ……女に二言はない、ってか」
私はそのあと、本当に負けることはなかった。しかも危ない展開なんてなくて、全部余裕を持たせての勝利。まあ、ざっとこんなもんよ。
「……それにしてもほんと貴音は強いなあ……。きっと僕が戦っても勝てないんだろうね」
「じゃあ、やってみる?」
「無理だって!」
やんわりと拒否されてしまった。
ちぇっ。
「そんなことより……そうだ!」
そう言って。
遥はどこかから大量に持ってきたと思われる食べ物を私に見せる。
「これは?」
「これは、大量に余ったからってもらったんだよ! 美味しいよ~」
「いいから食べるか話すかどっちにしなって……」
そう言って私も食事に参加しようとした――その時だった。
遥が椅子から崩れ落ちた。
「は、遥?!」
私は急いで遥のもとに駆け寄るが――意識はない。
「ちょっと急すぎることになるがぁ……まあ仕方ないな。これも大人の事情ってやつだ」
声が聞こえた。
その声の主を、私は知っている。
だが――、私はそこで急激な眠気に襲われた。
「嘘……どうして……」
ああ、神様なんでよ。
なんでこのタイミングで……!
私は神様を恨みながら、意識が――消えた。
◇◇◇
浮かんでいた。
この匂いからして……ホルマリン? たぶんそうだと思うんだけど、それに満たされた水槽に私は浮かんでいた。
「……目を覚ましたようだな」
声の主はそう言った。
「センセイ……これはいったいどういうつもりなんですか?」
私が訊ねると先生は笑った。
「ハハハ……まあ解んねえよなあ。たぶん俺が同じ立場でも解らねえと思うよ。けど、残念ながらそれを説明している時間がねえんだよ」
「それって……! 遥は、遥は無事なんですよね!!」
「んん? ああ、あいつも無事だよ。安心しろ。安心したか? ……だったらさっさと死ねよ」
そう言って、先生は手元にあったレバーを引いた。
瞬間、私は息が出来なくなった。
どうして、どうして……!!
私が、何をしたというの……?
そして。
先生のニヒルな笑みを最後に、私は意識を失った。
未完