“箱庭”。
実質はヒビヤはそれしか知らない。それしか聞かされていない、といったほうが正しいのかもしれない。キドからの説明もなかったし、シンタローやコノハ、マリーも教えてくれなかったのでヒビヤは独り仲間はずれの感じになっていた。
「……ごめんね。何も分からなくて」
そう慰めるようにつぶやくのはマリーだ。彼女はメデューサらしく、目を合わせると石になってしまうのだという。だが、実際は『彼女にその意志がなければ』石にさせることもないので、皆分け隔てなく仲間としている。
「いや、別に君が謝ることじゃないよ」
「そうだけど……、あなただけ解らないってのもちょっと……」
「マリー、あまりしゃべるなよ」
「それってまさかダジャレだったりします?」
「……?」
キドはまったく解らないようだったがシンタローが後で笑っていたので、シンタローには解るものだった。どうやらこの団長、天然らしい。
「……とりあえず、箱庭に潜入した」キドはフードをさらに深くかぶった。「見たまえ。ここが箱庭だよ」
キドの言葉に従い、ヒビヤはそこを見た。
――そこは見覚えのある信号機だった。
ぞわり。ヒビヤの背中に冷や汗が走る。
「……まさか、」
「漸く解ってくれたようで嬉しいよ。ここは……箱庭。“君が前住んでいた世界”さ」
「……ここが、箱庭……、僕がいた世界……」
「思い出したかね?」
キドはヒビヤに問いかける。ヒビヤはゆっくりと頷く。
「……さて、実はだな。君には少し難しい話をしておこうと思う」
「なんでしょう」
キドが言ったのはこんなことだった。
昔々、世界に見捨てられたメデューサがいました。
彼女は世界に捨てられ、世界の片隅に生きていましたが、あるとき一人の男性と出会いました。
彼らは結ばれて――一人の女の子が生まれました。
幸せな日々でした。
しかしながら、そんな幸せな日々は長くは続きませんでした。
そして、彼女は思ったのです。
「だったら、終わらないセカイをつくろう」
と。
そして、終わらないセカイが完成した。
しかしながら、それは影響を受けてしまうモノもあった。
『カゲロウデイズ』もその一つだった。
終わらないセカイ、カゲロウデイズ。
そして、一部の少年少女は――あるトラウマを持ってすごし、そのときに能力を手に入れた。
それは、『赤い目』だった。
そして、その影響を作った世界こそが――カゲロウデイズ、ここであった。
キドの話は、ヒビヤには信じがたいものだった。
箱庭? 世界? 作り替える?
つまり、僕はそのメデューサのために生きていたのか?
作られた命だったのか?
ヒビヤは頭の中で考えた。けれども、結論などそう簡単に出るわけもなかった。
「……さて、行くぞ」
キドは走る体勢を取った。
「……どこへ?」
「さっきも言っただろう。繰り返しを行うことで調査する世界、とな。その条件はある命の終了――つまり、ヒビヤくん、君が救いたい命の終了が繰り返しの条件になっているんだよ」
彼女を救うために、ヒビヤは再びあの場所へと立った。
とはいっても、どうすればいいのか、ヒビヤには解らない。
ヒビヤにはどうすれば、彼女を救えるのかは解らない。
でも、彼には――思いがあった。
彼女を――救いたい。そして――伝えたい。
ヒビヤは、彼女が好きだった。
本当ならば、あの八月十五日でその思いを伝えるつもりだったのだ。
ただ、なんどもこれは繰り返される。いつになっても、いつになっても。
――これを、どうすれば彼女を救えるんだ?
ヒビヤは、ただ考えることしか出来なかった。
「……仕方ない。強引にでも連れ去るしかないだろう」
キドの言葉は一瞬だった。
刹那、キドの合図とともに向こうの公園で今話しているはずの彼女がここに連れてこられた。
「……え?」
あまりのことで、ヒビヤにはすべてが追いつかなかった。
だけど、これだけは解った。
彼女が――ここにいる。
今まで、助けることのできなかった彼女が自分の目の前に、手の届くところにいるということだ。
もう、あの繰り返しもない。
繰り返しもないのなら、九月へと行くこともできる。
「……よかったな、ヒビヤ」
気付くと、コノハがヒビヤの目の前へと来ていた。
「……?」
「僕は命を蒸し返す機械、らしい。そして、今まで君たちの存在を知っていた。だけど……救うことはできなかった。そして今……君達は君たちの手で運命を解き放った……」
「そんな、大層なことはしていないですよ。メカクシ団のみなさんのおかげです」
「私はただ目的のために行動している。それで利用したまでだ」
「またまた、そんなこと言って。ほんとはさみしいんでしょ?」
「シンタロー、ちょっと黙れ!!」
こほん。
「……ひとまずはよかったな。助けることができて」
キドは咳を一つして言った。
「だが、これにより少し問題も発生するだろうな。プログラムのコードを、それも重要部分を削ってしまったんだ。バグも発生するだろうが、所詮は箱庭、おそらく繰り返しが繰り返されていくだろうな」
「……それって、どういうことですか」
「どうしたもこうしたも簡単だ。今まで君らの繰り返しによってこの箱庭は安定していったんだ。それが消えたらどうなる? 即ちバグが起きたまま、プログラムを実行することになる。それが小さければいいだろうが、今回の場合はこの箱庭の根幹を揺るがすものだ。例えば、の話だがゲームのプログラムでソフトをインストールして認知するプログラムが動かなかったらどうなる? それはゲームとしては機能を失い、ゲームではなくなる。それがどういうことを意味するか、なんとなくでも君にも解るだろう?」
「……つまり、ここが消えてしまう……と?」
「それもありえるな。意味を失った実験施設は無意味だろう。……それがどうかしたか?」
「だって……そんなの辛いじゃないですか!! 僕らだけが助かって、ほかの人間が死んじゃうなんて! そんなの……」
「なるほどな」
キドは笑って言う。
「じゃあどうする? メカクシ団にいれば、もしかしたらその方法も見つかることができるかもしれんぞ?」
「……解りました。行きます。メカクシ団へ。今度は、自分の意志で」
「解った。では、歓迎しよう。メカクシ団へ!」
キドはそう言って微笑んだ。
夏の陽射しは少し和らいで、季節外れの北風が吹いていた。
ヒビヤ編
終わり
「『カゲロウデイズ』が終わったか」
研究室で一人の人間がパソコンの画面を眺めて言った。
カゲロウデイズが終わった。
しかし、“彼女”はまだ戻ってはこなかった。
「きっと君はまだ、あの夏の温度に縛られているんだ」
そうだ、まだ俺は正常だ。
まだあの夏の温度に縛られている――だったら。
「黒羽、お前の出番だぞ」
そう言うと、人間の後ろにいた男が笑った。
男はコノハとは違い――黒かった。
その人間こそが黒羽なのだろう。
黒羽はそれを聴いて、答えた。
「……コノハも逃げ出して、散々だな。“先生”?」
「ああ、ほんとうだよまったく」
そして、“先生”はパソコンのエンターキーを押した。
パソコンの画面には、ゴシックの文字が浮かび上がった。
≪KAGEROU DAZE≫
CONTINUE?
"YES" by "Y", and "NO" by "N".
そして、先生は『Y』のキーを押した。
To be continued...