恒例『大きな山場の後に来る箸休め回』です。
一か月もかかったのは暑かったからです(迫真)
「や、やっはろー……」
玄関を開けたら結衣ちゃんがいた。
……え、なんで?
「『結衣ちゃん、僕の家知ってたっけ?』」
「ひ、平塚先生が教えてくれたの。メールで聞いたら結構すんなり教えてくれたよ?」
あの人、お父さんとお母さんに着せ替え人形にされたのまだ根に持ってるのか……。
行きの飛行機じゃ『従妹の結婚式に出なくて済むぞ!』って喜んでたくせに。
「『ま、いいや。とりあえず上がる? お父さんにお小遣いねだってきたから、電気通ってるよ』」
「前まで通ってなかったんだ!?」
いいツッコミを入れてくれる結衣ちゃん。
雪乃ちゃんとは違って盛り上がるから好きだよ。
結衣ちゃんを居間まで案内して、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
うん。冷蔵庫が使えるって素晴らしい。
「『飲み物は麦茶でいいよね?』」
「あ、うん。ありがと」
コップに僕と結衣ちゃん二人分の麦茶を注ぐ。
それを結衣ちゃんが一口飲んだのを見て、僕は口を開いた。
「『それで、今日は僕に何の用なのかな? わざわざ僕の家にサプライズで来なくても、メールとかしてくれればいいのに』」
「クマーってばメールしても全然返してくれないじゃん! 返事が一週間後とかあたし泣きそうだったんだけど!?」
いや、携帯を見る習慣が無くて。
あんなにいっぱい持ってるとどれが鳴ってるんだかわかんないし。
「えっとね。うち、明日から旅行に行くからさ、その間サブレを預かっててほしくて」
「『鳩?』」
「犬! 鳩サブレ預かるとか意味わかんないじゃん!」
ああ、あの時に助けた犬かな。
「『うーん、僕犬とか飼ったことないよ? それにわざわざ平塚先生に僕の住所聞かなくても、三浦ちゃんとか海老名ちゃんに預かってもらえなかったの?』」
雪乃ちゃんは犬苦手そうだったから除外する。
「優美子も姫菜もダメそうで……。ゆきのんも忙しいみたいだし」
「『え、そうなの?』」
「うん、メールとかも結構遅れて返事来たり、電話もいつも留守電で。遊びに誘ってもそっけないし」
しょんぼりとする結衣ちゃん。
「千葉村でのことひきずってるのかなぁ……」
千葉村。
つい1週間前に奉仕部でのボランティアとして林間学校の手伝いに行った所だ。
あれから警察も懸命に捜索しているものの、未だ行方不明者は発見されず、連日ワイドショーで騒がれてる。
「『いやいや、雪乃ちゃんはそんなタマじゃないでしょ。落ち込んでる暇があったら歩き出してるって』」
確かに、千葉村から帰ってきてから雪乃ちゃんと連絡とってないな。
連絡とった事とかないけど。
最後に雪乃ちゃんを見たのは総武高校前で陽乃さんに連れていかれた時くらいだな。
陽乃さんにも無視されるし。
「『で、なんだっけ。ああ、犬を預かるって話か。うん、いいよ。このアパート僕以外に管理人さんが住んでるくらいだし。ちゃんと断っておけば許してくれるはずだよ』」
「ほんと!? ありがとクマー!」
大喜びの結衣ちゃん。
ここまで喜ばれるとこっちも嬉しくなっちゃうな。
「じゃあ明日から三日よろしくね! サブレと一緒に必要なもの持ってくるから!」
「『犬を飼う上で注意することとかはある?』」
それから、注意点ややってもらいたいことなどをいくつか聞き、そのまま結衣ちゃんが持ってきたお菓子(市販)を食べて過ごした。
一応手作りのクッキーもいただいたのだが、食べてから30分間の記憶が無い。
また勝てなかったようだ。
「じゃ、明日サブレ連れてくるからね。ほんとにありがとう!」
日も沈み始めたころ、結衣ちゃんが帰り支度を始める。
それほど荷物があったわけじゃないけど。
「『うん。雪乃ちゃんのことは平塚先生とかに聞いてみるから、結衣ちゃんは安心して旅行を楽しんできてよ』」
「ありがとクマー! お土産買ってくるからねー!」
手をぶんぶんと振って駆けていく彼女を見送りつつ、僕はまるで骨董品のような自分のアパートへと戻っていった。
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「わんわん!」
結衣ちゃんから預かったサブレちゃんが忙しなく室内を走り回る。
ペットは飼い主に似るってよく言うよね。
昨日結衣ちゃんからサブレちゃんを預かって今日は二日目だ。
前に助けたことを覚えているのか、割と本気でなつかれている。
お母さんを思い出すレベル。
ちなみに僕は動物には結構好かれる。
本能的に見下されてるので、『構ってやるか』という意識が強いらしい。
そういえば昨日サブレちゃんと遊んでる内に『イヌリンガル』というアプリを使って遊んでたのだが。
「ひゃん!」(遊んで!)
「ひゃん!」(遊んで!)
といった感じでサブレちゃんは遊ぶことにしか興味が無いらしい。
ピンポーン。
お、来た来た。
サブレちゃんを落ち着かせ、玄関まで行き扉を開ける。
そこには。
「あ、禊! 来たよ!」
我らが大天使、彩加ちゃんがいた。
昨晩、イヌリンガルでひとしきり遊んだあと、僕の近くにあった携帯にメールが来た。
結衣ちゃんのメールはスルーしがちだが、別にメールを無視することが信条というわけでもないので確認した。
そのメールは彩加ちゃんからで、『こんにちは。明日ひまかな??』という遊びのお誘いだった。
千葉村では話す機会が多かったとは言えないし、何より明日の予定など無いので彩加ちゃんのお誘いは受けたが、結衣ちゃんから預かってるサブレちゃんを置いていくわけにもいかない。
ということで、僕の家で遊ぶことになったのだ。
「あ、この子が由比ヶ浜さんから預かってるサブレ君だね! かわいいなあ」
彩加ちゃんがうちに上がるやいなや奥からサブレちゃんが突進してくる。
お手もおかわりもできるが、待てはできないようだ。
その後もお菓子を食べながら彩加ちゃんとひとしきりサブレちゃんを愛でた。
遊び疲れたのか、しばらくするとサブレちゃんは寝てしまったので、毛布でくるんであげる。
「『そういえば、端末って安心院さんとは連絡とってたりするものなの?』」
他人に聞かれる心配もなく二人きり、というのはちょっと珍しいので、前々から気になってたことをこの機会に聞いてみた。
「ううん。僕たち端末から安心院さんに連絡をとることは基本的にできないよ。そういうスキルを持ってたら別だけど、安心院さんからの連絡待ちかな」
「『へえ、中々不便なもんだね。最近の安心院さんはどう? 元気そう?』」
「うーん……。千葉村から帰った時に会ったけど、いつもと変わらなかったかなあ。あの人が調子崩してるところなんて想像もできないよ」
確かに。
「『もう一つ気になってることがあるんだけどさ、端末って安心院さんの分身みたいなものなんでしょ? 彩加ちゃんは安心院さんを封印した僕を恨んでたりはしないの?』」
僕の質問に彩加ちゃんはうーんと考え込む。
「確かに禊のことを許せないって思ってる端末は多いらしいけど、僕はあんまりそう思ってないなぁ。安心院さんってば、封印されてる状態を楽しんでるところあるし。僕にはよくわからないけど、本人がそれでいいならいいかなって」
彩加ちゃんには恨まれていないらしいが、人類の10分の1いる悪平等の多くが僕を恨んでいるのなんて知りたくなかった。
夜道には気を付けないと。
「今日はありがとう! とっても楽しかったよ!」
夕方、彩加ちゃんが帰るのを少し前に起きたサブレちゃんと一緒に見送り、ついでにサブレちゃんの散歩を始める。
小型犬に右へ左へ引っ張られる僕は傍から見て滑稽だっただろう。
千葉村から帰った日に夢の中で安心院さんに聞かされた話なのだが、彩加ちゃんは僕がスキルホルダーだということは知らないらしい。
もちろん『
ばれたらさすがに大天使彩加ちゃんと言っても、縁を切られるだろう。
正直どちらでもいいが、彩加ちゃんは総武高校でも好きな部類に入るのでいてくれた方が嬉しい。
そんなどうでもいいことを考えていると、ポケットに入れた携帯電話が鳴った。
画面を見ると知らない番号からだった。
「『もしもしー』」
『あ、つながったー! もしもし! 皆の陽乃さんだよー!』
思いがけない人が電話の向こうにはいた。
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夏休みも残すところ数日といったある日。
僕は自宅の最寄駅から電車で数駅行ったところの駅前にいた。
何をしてるかと言うと、何もしてない。
ただ待ち合わせをしているだけだ。
何か今回は回想が多いような気がするので手短に説明すると、旅行から帰ってきてサブレちゃんを引き取りに来た結衣ちゃんにお礼ということで花火大会に誘われたのだ。
我ながらリアルが充実してるっぽいシチュエーションだ。
結衣ちゃんに会う前に人ごみに紛れた悪平等に背中を刺されかねない。
待ち合わせの時間が近づいてきた。
そろそろ来る頃だと思うけど……。
「あ、クマー!」
人の波をぼーっと観察していると、駅の方から僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、結衣ちゃんが慣れない下駄でからころと歩いてきてるのを見つけた。
「ちょっとばたばたして遅れちゃった……」
「『いいさ。結衣ちゃんのかわいい浴衣が見れるなら何時間だって待つよ』」
浴衣姿に関しては、前と同じく各人原作の挿絵かアニメやら漫画で確認してくれ。
服の描写ほどめんどくさくて伝わらないものはないからね。
僕? 僕は私服だよ。
そっちは各々勝手に妄想してくれたまえ。
「そ、それじゃ行こっか!」
顔を真っ赤にした結衣ちゃんは僕の腕を掴んでずんずんと駅へと進む。
改札を通って目的のホームへ。
あまり待たないうちに目的の電車が来た。
電車に揺られ、花火大会の会場近くの駅を目指す。
「『そういえば、なんでわざわざ途中の駅で待ち合わせにしたの? 現地集合の方が電車代も安く済むのに』」
「あそこ人が多いから待ち合わせとかしにくいんだよね。ほら、今日は花火大会あるから特に」
「『ああ、なるほどね』」
「それに……、現地集合とか味気ないじゃん」
「『ふーん、そんなもんかな』」
中学の頃安心院さんと行った夏祭りは、
「……クマーはさ、花火大会行ったことある?」
「『ん? あるけど』」
「その……か、彼女、とかと?」
「『いやいや、僕の人生でそんなのいたことがないよ。友達とだよ、友達と』」
僕がそう答えると結衣ちゃんはほっと胸をなでおろす。
僕に彼女がいちゃいけないのだろうか。
そうこうしてるうちに目的地に到着した。
流れる人波に流されながら、結衣ちゃんとはぐれないようにしつつ僕たちは駅を出た。
そこから花火大会が行われる公園まではとても近かった。
むしろ駅を出たらすぐ公園、といった具合だ。
時計を見ると現在18時ちょっとすぎ。
花火が始まるのは19時半なのでまだ時間がある。
「『結衣ちゃんも夕飯まだだよね? せっかくだし、食べながら待とっか』」
「おー!」
まだ花火まで時間があることもあり、幸いにも身動きが取れないほど人でごった返しているということはなかった。
しかし、人が少ないというわけでもなく、油断や余所見をしようものならすぐにでもはぐれてしまうだろう。
「ね、ね、何食べる? りんご飴かな? りんご飴だよね?」
「『食べたいんなら食べればいいんじゃないですかね……』」
結衣ちゃんはきょろきょろと落ち着きなく屋台を物色している。
何か既視感があるような気がしたら、あれだ。
散歩中のサブレちゃんだ。
ペットは飼い主に似るんだなぁ。
「あ! やばい! これPS4当たるよ!」
ちょっと余所見をしてたら結衣ちゃんに袖を引っ張られ、宝釣りの屋台の前まで連れてこられた。
「『へえ、PS4かあ。うちテレビないから関係ないんだけどね』」
「そういえばなかったね……」
ひもは……だいたい100本か。
一回200円だから……うん。
「『すいませーん。これ全部』」
「はぁっ!?」
僕がPS4に手を伸ばすと屋台のおじさんに腕を掴まれる。
「いやいやいや、何言ってんだお前さん。ってかクジも引かねえで持ってくんじゃねえよ」
「『いやいやいやいや、何言ってんのおじさん。僕がクジ全部買ったんだから、賞品全部僕の物でしょ? あれ? それともこのクジ全部ハズレ? それっていいのかな? まっ、これから警察の人たちに判断してもらえばいい話だよね』」
その後『金はいらないからPS4を受け取ってくれ』と涙を流して請うおじさんから賞品を受けとり、離れた場所から僕は匿名で警察に通報した。
「『うちテレビ無いから結衣ちゃんにあげようか?』」
「ううん……いらない……。てかドン引きだよ……」
えー? なんでー?
と、こんな感じで僕たちはお祭りを満喫していた。
途中で買ったたこ焼きのたこを取り出して周りのよくわからない部分を食べていると、なんか見た事あるような人と目が合った。
「あ、ゆいちゃんだー」
「お、さがみーん」
その人が結衣ちゃんに声をかけると、結衣ちゃんもそれに応える。
あ、思い出した。
同じクラスの人だ。
名前忘れたけど。
「あ。えーっと、球磨川君、だっけ? ゆいちゃんってば彼氏連れとかやるぅー」
そのクラスメイトは僕を一瞥し、笑う。
口角を上げる。
僕を見るその視線は、僕にとっては日常的なものだった。
まあ、だからといってどうということもない。
これがデフォルトだ。
それからしばらくたこ抜きのたこ焼きをほおばりながら結衣ちゃんとクラスメイトの会話を見守る。
クラスメイトは心底楽しそうに。
結衣ちゃんは誰かに気を遣いながら。
やがて会話も途切れ、クラスメイトはその友達とどこかへ行った。
残ったのはたこを串刺す僕と申し訳なさげな結衣ちゃん。
「ごめん……」
何に対して謝っているのかはわからない。
ただそれが僕へ向けてのものだということはわかる。
「『あ、りんご飴の屋台あそこにあるよ! りんご取り出そうぜ!』」
「え、ダメだって! べたべたになるってば!」
だから僕らしくもなく気を遣い、話題と意識を逸らさせる。
何でこんなことをしたのか、僕にもよくわからなかった。
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花火開始まで、もうまもなく。
あまり人が寄り付かないけど、時々なんか変な水音が聞こえてくる穴場を確保して、あとは打ち上げを待つだけだ。
僕は結衣ちゃんにトイレに行ってくると嘘を告げ、その場を離れた。
僕が嘘をついてまで来た場所、それは。
「くっまがっわくーん! こっちこっちぃー」
雪ノ下陽乃のもとだ。
彩加ちゃんと遊んだあの日に陽乃さんからかかってきた電話。
それは単なる呼び出しの電話だった。
日時は花火大会の日。
場所は花火大会会場。
それほど時間を取らせる気はないとのこと。
ちなみにどうやって電話番号を調べたのかは教えてくれなかった。
というかそれよりも、どうやって僕がその日携帯していた携帯電話を特定したのかを知りたいところだが。
「はろー。ひさしぶりー。2か月ぶり2回目だよね、会うのは」
「『そうですね。この間雪乃ちゃんを迎えに来たときは僕がバスの中で寝てる間に帰っちゃってたみたいですし』」
僕と陽乃さんの距離は近くない。
会話をするには離れた位置で話し合う。
「『というかよくもまあ僕を呼び出しましたね。前回あんな目にあっておきながら。あれですか? お礼参りってやつですか?』」
「いやいやまさか。こんなとこで騒ぎを起こしちゃ、私が犯人ってばれなくても面倒なことになるし。それにホラ、弱い者と愚か者の味方なんでしょ、君は?」
「『あはは、強かですね、あなたは。確かに護衛もつけず、何の対策も立てずに僕と再び会うなんて、愚かとしか言いようがない。また勝てなかった』」
敵だった人が味方になってしまっては勝ち負けもへったくれも無い。
さらに弱さで武装するという僕への最大の対策と言えるものを、彼女はたった一回の邂逅で見つけ出した。
雪ノ下雪乃の姉というだけある。
「まあまあ、そんなに警戒しないでよ。2,3君に聞きたいことがあるだけなんだから」
「『聞きたいこと?』」
「そ。正直に嘘偽りなく答えてね。あとで嘘ついてるのわかったら雪乃ちゃんがひどい目に遭うからね」
この人すげえな。
僕に手を出しても無意味と知るや、妹を人質にしてきたぞ。
「『陽乃さんみたいな美人さんになら何でも教えちゃいますよー』」
「お、ほんと? それじゃあ早速。箱舟中学で君が起こした事件の被害者、安心院なじみは今どこにいるの?」
「『どこにもいませんよ。でもどこにでもいます』」
「んー。お姉さんにも分かる言い方で教えてほしいナー」
「『安心院さんに自分から接触できる人間なんていないってことですよ。捜しても絶対に見つかりません。会ってみたいなら彼女の興味をそそるようにならないと』」
陽乃さんは僕の話を聞きながらスマホを操作している。
今はメモも機械的だなー。
「じゃ、二つ目。黒神めだかは何者?」
「『真黒ちゃんに聞けばいいじゃないですか。友達なんでしょう?』」
「いや、彼に聞いても妹談議に花が咲くだけだから。肝心なこと何も教えてくれないし」
真黒ちゃんと妹トークできるとは、さては陽乃さん重度のシスコンだな。
まあわかってたけど。
「『うーん……。人から聞いた話で申し訳ないんですけど、曰く『人間の完成形』だとか。僕としてはただの普通よりちょっと特殊な女の子にしか見えませんでしたけどね』」
「人間の完成形ねぇ。随分と夢がある話じゃない」
完成形、というか最終形。
人間の到達点の一つ。
言うなれば、人類最終、かな。
「めだかちゃんにも会ってみたいんだけど、真黒くんが会わせてくれなくてねえ。彼ちょっと過保護じゃない?」
「『保護する必要があるのかっていう議論が必要になりますけどね。ライオンを外敵から守ってるようなものですよ。そんなものいないのに』」
なるほどなるほど、とうなずきながら陽乃さんはスマホに文字を打ち込んでいく。
「じゃ、これで最後。もうすぐ花火打ち上っちゃうし、デート相手待たせるわけにもいかないでしょ?」
「『お気遣いありがとうございます』」
「まあこっちの都合10割だしねえ。じゃ、最後の質問」
持ってたスマホをポケットにしまい、陽乃さんはまっすぐ僕を見る。
「比企谷八幡って男の子を知ってる?」
ヒキガヤハチマン?
本当に知らないな。
「『んー、すいません。心当たりがないですね。どういう字を書くんです?』」
「比べるに企てるに谷で比企谷。あと、石清水八幡宮とか八幡製鉄所とかのと同じ八幡」
んー……。
「『やっぱり記憶にないですね』」
「そうなの? おかしいなあ。君の経歴を調べてたら出てきた名前なんだけど」
なんか僕の経歴調べられてる。
比企谷何某よりよっぽど気になるんですけど。
「んじゃ、尋問終わり! ありがとねー」
にこにこと愛想を振りまいて礼を言う陽乃さん。
「『あ、そうだ。雪乃ちゃん元気ですか? 最近会ってなくて、結衣ちゃんも心配してましたよ』」
「元気も元気。つい昨日も父を丸め込んで家を飛び出しちゃったんだから。荷物的に数日で帰ってくるだろうけど、母は大激怒だったよー」
何かすごいことしてるな、雪乃ちゃん。
「じゃ、球磨川君も元気でねー。雪乃ちゃんに何かしたら殺すから」
最後の一文に殺気を込め、陽乃さんは去っていく。
できるかどうかはともかく、あの人ならやるだろう。
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「クマー遅いよ! もう花火始まっちゃう!!」
「『いやー、トイレが混んでてね。僕は悪くない』」
ぷりぷり怒る結衣ちゃんを宥めて、僕も近くのベンチに腰掛ける。
僕たちの周りには先ほどよりカップルが何組か増えていた。
「この中で一人で待ってんの超気まずかったんだからね!」
「『ごめんって。ほら、花火打ちあがったよ』」
僕らが見上げた空には色とりどりの花火が咲き誇る。
打ちあがり、一瞬の煌めきを残し、消えていく。
長く輝き続ける線香花火よりも、打ち上げ花火の方が儚いものなんじゃないかと僕は思う。
隣に座っている結衣ちゃんも次々と上がる花火に釘付けになっていた。
僕も打ちあがり続ける花火を見てると、袖を結衣ちゃんに引っ張られた。
「『なに?』」
「あ、えーっとさ……。クマー、さっき彼女いたことないって言ってたけどさ……。友達のお、女の子と二人で花火見たこととかは、ある?」
「『二人で? うーん……そういえばないかなぁ』」
安心院さんと行ったときはもれなく後ろにあの人がいたし、箱舟中学生徒会で行った時もあったなあ。
そのころにはもう千怒ちゃんはいなかったけど。
「そ、そっか……」
だから何で嬉しそうにするのさ。
「『そういえば僕、女の子の友達ってあんまりいないなあ、僕。非モテは辛いぜ』」
その後は、僕も結衣ちゃんも口を開くことなく、打ちあがる花火を眺め続けていた。
やがて花火大会は終わりに差し掛かり、最後に今までの花火とは比べ物にならないほどの大きな花火が打ち上げられて、花火大会は終了した。
周りの見物客はぼちぼち引き上げていくが、結衣ちゃんは暗くなった夜空から目を逸らさない。
「『結衣ちゃん? ほら、もう花火大会も終わったみたいだし、帰ろうぜ』」
僕が話しかけると、結衣ちゃんは夜空を見上げたまま答えた。
「クマーはさ、前言ってたよね。あたしとクマーは、クマーの事故が無かったら出会ってなかったって」
「『……そんなことも言ったかな』」
「……あたしは、そうは思わないの。あの事故が無くたって、あたしとクマーは出会ってた。ほら、あたし馬鹿だからさ。どうせ何かに悩んで、奉仕部に連れてってもらってたよ。そこに、クマーがいるの」
「『…………』」
「そこでクマーが助けてくれて、仲良くなりたいからあたしも奉仕部に入部して。それで、今日みたいに花火を見るんだ」
それは、ただの仮定でしかない。
「『たらればを語っても仕方ないさ。起こったことだけが過去で、奇跡も偶然も幸運も不運も、結果の別名でしかない。それに僕なら、どうせあそこで事故に遭わなくても、別の場所で事故に遭うさ』」
それから、僕らは二人とも口を開かないまま並んで帰った。
あの日の夕方を思い出したけど、あの日と違って彼女は後ろではなく隣にいる。
今日の僕は僕らしくないな。
でも僕らしさなんて僕にはわからないからどうでもいい。
明日になって恥ずかしくなるだけだろう。
雪乃ちゃん、何してるのかなぁ。
回収する予定のない伏線を張っていくスタイル(問題発言)
球磨川先輩が球磨川先輩らしくないのは本当に申し訳ありません。
意地でも何かの伏線にしてみせます(できるとはいってない)