3か月も間が空いて申し訳ありませんでした!!(土下座)
遅れた言い訳としましては
・課題ラッシュが続いた。
・課題の合間の暇な時間にfate/extellaをやってた。
・fate/extellaに飽きたらポケモンをやっていた。
です!(土下座)
では、文化祭編中編お楽しみください!(土下寝)
実行委員会副委員長に就任した雪乃ちゃんの活躍は凄まじかった。
スケジュールを新たに組みなおして、それを委員会に周知徹底。
各部署の進捗状況を日報として提出させ、全体の状態を把握。
ポスターの掲示場所で悩んでる宣伝広報には道路の交通量などから最適な場所を割り出す。
有志団体が集まらないとの報告を受ければ、地域賞を創設して賞品を出す。
立場上、全ての指示は委員長である相模南の名のもとに下されているが、その中で雪乃ちゃんが関わっていないものなど無いだろう。
記録雑務から1人欠員を出しても余裕でおつりがくる。
万事順調の中でもう何度目かになる定例ミーティングが始まった。
「それでは、定例ミーティングを始めます」
相模ちゃんの号令によろしくお願いしまーすと委員たちが応えて一礼する。
まずは各部署の報告からだ。
「じゃあ、宣伝広報お願いします」
「掲示予定の七割を消化し、ポスター制作についても半分終わっています」
「そうですか、いい感じですね」
相模ちゃんが満足そうに頷く中、その隣から絶対零度の冷たさを誇る言葉があがった。
「いいえ、少し遅い」
突然のダメ出しに教室内はざわつくが、声の主である雪乃ちゃんは一切構わず指示を下す。
「文化祭は三週間後。来客がスケジュール調整する時間を考えればこの時点で既に終了していないといけないはずです。掲示箇所の交渉、ホームページへのアップは既に終了していますか?」
「いいえ、まだです……」
「急いでください。社会人はともかく、受験志望の中学生やその保護者はホームページをこまめにチェックしていますから」
「は、はい」
宣伝広報の報告担当者はへなへなと座り込む。
先ほどまでも真面目な空気ではあったが、宣伝広報の惨状を見てより一層緊迫感が増した。
顔色を見れば各部署の報告担当が何となくわかってしまうくらいだ。
その後も有志統制、保健衛生、会計監査と次々に雪乃ちゃんに一刀両断され、予定よりも大分遅れて僕たち記録雑務の報告ターンとなった。
担当はもちろん僕だよ。
「次、記録雑務」
もう雪乃ちゃんが進行してるし。
「『えー、今現在特別報告することはありません。記録雑務への指示を頂きたいのですが』」
ん? 何?
僕だってやるときはやるよ?
伊達に中学で生徒会長やってないさ。
「当日のタイムスケジュールと機材申請を出しておくように。動画収録の場合、機材に限りがあるし、有志団体も撮影するつもりならバッティングする可能性も考慮に入れて機材受け渡しまで話しておいてください」
「『了解しましたー』」
まあ、報告することが無いのをそれっぽく言ってるだけなのだが。
自分から指示を仰ぐことでちょっとだけ雪乃ちゃんの厳しい意見を緩和する。
ともあれ、これで全ての役職からの報告が終わった。
所々から安堵のため息が聞こえてくるが、副委員長は止まらない。
「それから……、来賓対応は生徒会でいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
さすが生徒会長、全く気を抜いておらず即座に返答をする。
「ではそちらをお願いします。去年からの来賓リスト、アップデートかけてくれると助かります。それと、一般客の受付は保衛の仕事ですね……。事前に来賓リストを渡しておいてください」
「はい、了解」
めぐり先輩は快く頷いたあと、ぽつりと感想を漏らした。
「やっぱすごいね雪ノ下さん。さすがはるさんの妹だ」
「……いえ、大したことは」
にっこりと告げられる褒め言葉に、雪乃ちゃんは居心地が悪そうに目を逸らす。
少し左に顔を向けると面白い。
それからも雪乃ちゃんの有能ぶりにより、滞りなく会議は進められていった。
「では委員長」
先ほどまではもう雪乃ちゃんが進行役だったが、最後は相模ちゃんに振る。
「あ、うん。えっと、明日からもよろしくおねがいします。お疲れ様でした」
会長の締めにより、本日の会議は終了した。
長めの緊張から解き放たれ、委員のみんなは次々と席を立つ。
その全員が異口同音に雪ノ下雪乃の手腕を褒めたたえた。
「これじゃ、どっちが委員長かわかんねーな」
どこかからそんな声さえ聞こえてきた。
確かに、これではまるで雪乃ちゃんが委員長みたいだな。
傀儡政権、というには糸を引く黒幕の存在が目立ちすぎる。
あれだ。
発達しすぎたAIに支配された人類。
そんなSFを思い出す。
まさにそんな状況だ。
相模ちゃんは利用しようと持ってきた道具に自分の立場を完全に奪われてしまっている。
本末転倒もいいところだ。
手柄は全て相模ちゃんの物、という約束ではあるが、これで自分の手柄だなどと声高に叫ぶことなどできまい。
その相模ちゃんはというと、もうすでに会議室にはいなかった。
一方で、雪乃ちゃんはまだ仕事を片付けている。
二人の差は開く一方だ。
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翌日。
海老名ちゃんの熱血演技指導やら、男子キャストの衣装合わせやらで教室に居場所が無いので早めに会議室へ向かうと、入口に人だかりができていた。
僕の平均より小さな体格(泣いてなんかいない)を駆使して人ごみの隙間を縫っていくと、そこには三人の美女が相対していた。
雪ノ下雪乃、城廻めぐり、そして雪ノ下陽乃だ。
……めぐり先輩がライオンに挟まれたウサギみたいになってる。
「姉さん、何をしに来たの?」
その声は、思わぬところで会った姉への疑問というよりは、自分のテリトリーに入り込んだ外敵への詰問のように聞こえた。
雪乃ちゃんの目には敵意が宿り、深い眉間のヒビがそれを裏付けている。
「やだなー、私は有志団体の募集のお知らせを受けたから来たんだって。管弦楽部のOGとしてね」
対する陽乃さんは雪乃ちゃんの敵意をものともせず、ニコニコと笑っていた。
子供の反抗期を温かく見守る親かな。
ばちばちと火花でも出しかねないようなにらみ合いが続いている中、めぐり先輩が割って入った。
「ご、ごめんね。私が呼んだんだ。たまたま街で会ってね、でね、久しぶりにいろいろ話して、有志団体足りないってことだったからどうかなーって思って……」
おどおどとしながらもめぐり先輩は以前の陽乃さんの有志発表のすごさを熱弁する。
彼女には見えてないだろうが、めぐり先輩の後ろで陽乃さんがにやにやと笑ってるのが僕には見えた。
きっと雪乃ちゃんにも見えているだろう。
「可愛い妹のためにしてあげられることはしてあげたいんだよー」
……おそらく純度100%の本心だとは思うが、あのにやにや笑いのせいで嫌味にしか聞こえない。
雪乃ちゃんもそう捉えたらしく、眉間のヒビがさらに深くなった。
「ふざけないで、だいたい姉さんが……」
「私が、なに?」
睨み付ける雪乃ちゃんに対して、陽乃さんは全く視線を逸らさない。
表情は微笑みそのものなのに威圧感が凄まじい。
「あ! 球磨川くんだ! ひゃっはろー!」
野次馬に紛れている僕に気が付いて、場違いなくらいに明るい挨拶をしてくる。
ていうかひゃっはろーって何?
やっはろーの進化形?
ということは結衣ちゃんが進化したら陽乃さんになるんだろうか。
……やめよう。考えるのが怖くなってきた。
「『有志発表に出るんですって?』」
「そうそう。OBOG集めたら楽しいかと思ってさ。いいよね? 雪乃ちゃん」
「……勝手にすればいいじゃない。そもそも決定権は私には無いわ」
「あれ? てっきり委員長やってるものだと思ってたのに。じゃあめぐり……は3年だから違うか。もしかして球磨川君?」
「『いやいや、そんなまさか。僕は人の上に立てる器じゃないんで』」
僕のそんな軽口に陽乃さんが何か言おうとした時、会議室の扉が無遠慮に開けられた。
「ごめんなさーい。クラスの方に顔出してたら遅れましたー」
その人こそ文化祭実行委員長、相模南だった。
「はるさん、この子が委員長ですよ」
めぐり先輩に言われ、陽乃さんは相模ちゃんをじっと見る。
陳列棚に置かれた商品を見るように。
美術館に展示された絵画を見るように。
道端に転がっている石をみるように。
「ふぅん……」
まるで彼女のような目をして、陽乃さんは相模ちゃんに近づく。
「文化祭実行委員長が遅刻? それもクラスに顔を出していて? へぇ……」
自分の感情を隠そうともしない。
部外者にも関わらず、陽乃さんはこの場で絶対的強者として君臨していた。
「や、あの、その……」
相模ちゃんが必死に言い訳を考えているうちに、ふっと陽乃さんは笑顔を浮かべた。
「やっぱり委員長はそうでなきゃねー! 文化祭を最大限楽しめる者こそ委員長にふさわしい資質! いいねーいいねー! えーっと、なにがみちゃんだっけ? 甘噛み? ま、いいや。委員長ちゃんね!」
「あ、ありがとうございます……!」
突然変わった態度の落差に戸惑いながらも、相模ちゃんは嬉しそうに答える。
文化祭実行委員長の役職に就いてから、彼女は誰からも認められなかった。
揚々と名乗り出ては力不足を痛感させられ。
切ったカードに立場を喰われる。
そんな状態での絶対的強者からの肯定。
人心掌握術の基本。
そして詐欺師や新興宗教の手口だ。
しかし、そんな怪しげな技術も圧倒的カリスマを以てして振るえば人間一人意のままにすることなど造作もないのだ。
ほら見てごらん。
陽乃さんが相模ちゃんに有志発表の参加をお願いし、それを何の迷いも無く受ける。
自分のブレインである雪乃ちゃんが難色を示した、という情報を聞いた上でだ。
確かに今回の陽乃さんの希望は決しておかしいものではなく、単に雪乃ちゃんが陽乃さんと関わりたくないからというわがままで陽乃さんの参加をしぶっていただけなのだが、それにしても相模ちゃんは雪乃ちゃんに相談するくらいのことはするべきだっただろう。
今までの仕事ぶりから見て、何の理由もなしに雪乃ちゃんが拒否するというのは、雪ノ下家の姉妹関係を知っていなければ考えにくい。
そうすれば、フェイスとブレインが乖離する事態は避けられたかもしれないのに。
今の相模ちゃんの頭には『絶対的強者の後ろ盾』しかないのだろう。
「ちょっと、相模さん」
「いいじゃん。有志団体足りないし。地域との繋がりもこれでクリアでしょ?」
雪乃ちゃんが声をかけるも、後ろ盾を得た相模ちゃんは聞く耳を持たない。
「それにさ、お姉さんとなにがあったのか知らないけど。それとこれとは話が別じゃない?」
「っ……」
言葉に詰まる雪乃ちゃんに、勝ち誇る相模ちゃん。
「やっぱりこうなるか……」
すぐ後ろからそんな声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには葉山君が額に手を当ててたたずんでいた。
僕に気が付くと軽く手を挙げてあいさつし、有志団体の申込書類を手に取り会議室から出ていった。
そうか、雪乃ちゃんと葉山君は家族ぐるみの付き合いなんだっけ。
雪乃ちゃんと陽乃さんの関係については近くで見てきたのかもしれない。
こうして騒ぎも一段落し、集まっていた野次馬も散り散りになった。
実行委員の面々はそれぞれ自分の仕事に取り掛かり始める。
一方台風の目であった陽乃さんはというと未だ帰らず、めぐり先輩や相模ちゃんたちと何やら談笑している。
実行委員長と生徒会長は一切仕事をしていない形になっているが、うかつに台風に近づく物好きもいない。
「ちゃんと働いているかい青少年」
と思ったら台風がこっちに近づいてきた。
「『勿論ですよ。僕と言えば真面目。真面目と言えば球磨川禊です』」
「いやーしかし、君が真面目に働いてるなんて違和感しかないねー。ある種不気味だよ」
スルーされた。
段々僕の扱い方がバレてきているのかもしれない。
「『ま、これでも箱舟中学では生徒会長でしたからね。安心院さんの助力があったとはいえ、事務処理くらいはできますよ』」
「聞けば聞くほど興味が出てくるね、その安心院さんとやらには。君を御しきるほど逸脱している人間。会ってみたいものだよ」
この人、僕に会ったことで懲りたりはしないのだろうか。
しないんだろうな。
「みなさんちょっといいですかー?」
陽乃さんとの話に夢中になって、手元の仕事が疎かになっていたころ。
相模ちゃんが突然立ち上がって会議室内の注目を集めた。
「少し、考えたですけど……。文実は、ちゃんと文化祭を楽しんでこそかなって。やっぱり自分たちも楽しまないと人を楽しませられないっていうか……」
どこかで聞いたような演説を相模ちゃんは続ける。
「文化祭を最大限、楽しむには、クラスの方も大事だと思います。予定も順調にクリアしてるし、仕事のペースを落とす、っていうのはどうですか?」
相模ちゃんからの提案に雪乃ちゃんは異を唱える。
「相模さん、それは少し考え違いだわ。バッファを持たせるための前倒し進行で……」
その反論を、無遠慮に明るい声が遮った。
「いやー、いいこと言うねー。私の時も、みんなクラスの方頑張ってたなー」
その発言が雪乃ちゃんを黙らせ、相模ちゃんをさらに調子づかせる。
「ほら、前例もあるし。それに、その時の文化祭ってすごく盛り上がってたんでしょ? やっぱいいところは受け継いでいくべきだしー。先人の知恵に学ぶっていうかさ。私情を挟まないでみんなのことを考えようよ」
相模ちゃんの提案にちらほらと実行委員から拍手があがる。
どうやら相模ちゃんの帰組令は可決されたようだ。
その様子を難しい顔で見守るめぐり先輩と、ひどく冷めた顔で仕事に戻る雪乃ちゃんが僕には見えた。
「本当にいいこと言うね~。ね、球磨川君」
隣にいる陽乃さんが、無邪気な笑顔で僕に話しかけてくる。
この場の支配者は、紛れもなく陽乃さんだった。
初めての相模ちゃん自身から出た実行委員長らしい宣言も、結局のところ陽乃さんに誘導されていただけでしかない。
傀儡政権。
やってることは雪乃ちゃんと一緒でフェイスを自分の思い通りに動かすこと。
しかし真の黒幕は、人形に操られていることを自覚させない。
そして駒を一つ支配するだけでその場を全て支配する。
支配者ならぬ敗者である僕は、ただ流れに身を任せるだけだ。
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文化祭実行委員会はすでに破綻しかけていた。
相模ちゃんの提案からしばらくして、欠席者が相次いだ。
最初の頃は実行委員会に参加しない人は少数、さらに皆が交代で出席するシフトのようなものができていたのだが、実行委員長の連日の欠席によりそれに引っ張られるように欠席する者が増え始めた。
しかし、こんなのは問題じゃない。
問題は『事ここに至ってまだ問題が出ていない点』だ。
欠席者の増加により支障が出るほど問題があればまだ呼び戻す口実が作れるのだが、生徒会役員の尽力やたまに現れる陽乃さんによる助っ人。何よりも雪乃ちゃんの身を削るほどの働きにより、ギリギリのところで踏みとどまってしまっている。
そして何よりも。
「『もう無理……』」
記録雑務に回ってくる仕事量が尋常じゃない。
もう『担当者がいなかったらとりあえず記録雑務に回しとけ』みたいな風潮が出来上がってしまっている。
それでいて、記録雑務も当然欠席者多数であるわけで。
「だ、大丈夫?」
机に突っ伏す僕にめぐり先輩がお茶を差し出してくれる。
「『だいじょばないです……』」
何とか起き上がり、淹れてもらったお茶をすする。
「『人、少なくなってきましたね』」
「……うん。何かみんな忙しいみたいで」
「『ここも鬼のように忙しいですけどね』」
「あ、明日からは増えるから!」
めぐり先輩はそう言うが、おそらく増えることはないだろう。
良くて現状維持。たぶん減少の一途だ。
「失礼します。有志の申込書類の提出に来ました」
お茶を飲みながら頭を空っぽにしていると、葉山君が書類を持って訪れた。
「申し込みは右奥へ」
それに雪乃ちゃんは仕事の手を止めず、こちらを見ることも無く案内する。
それに頷いて葉山君は書類の申込にむかったあと、何故か僕の方へ歩いてきた。
「人、減ってないか?」
「『仕事は増える一方だけどね』」
まあ、人が減っているから仕事が増えるわけだが。
それに加え申請締め切りが近くなってきているため今日は来客が多く、担当窓口がてんやわんやなのも人手が足りないように見える一因だろう。
実際に足りてないんだけど。
少し目を離すと、何故か葉山君が申し込み手続きを代行していた。
「ちょっとこっち頼む」
あまりの多さに僕も手伝いに駆り出され、さらにめぐり先輩も駆け付けてくれたことによりどうにか来客ラッシュを片付けることができた。
「ごめんね、ありがとー」
一段落ついたところでめぐり先輩が葉山君にお茶を差し入れる。
「人手、足りてるのか?」
「『その問いには、足りてしまっていると返すしかないね』」
「……雪ノ下さんか」
察しがいいね。
「『今みたいな物理的人数が必要な場面以外は雪乃ちゃんがすべて片付けちゃってるよ。現状、何の問題も無い』」
「でも、そろそろ破綻する」
葉山君にしては珍しい、突き放すような言い方。
来客ラッシュが終わった会議室は静かで、その言葉は雪乃ちゃんにも聞こえていただろう。
「そうなる前に、ちゃんと人を頼った方がいい」
「『でもね、この状況で人を頼るって結構しんどいよ。頼った端から来なくなったらその分ロスが出る。なら最初から自分でやった方が早くて確実だ』」
「それでちゃんとできるんならいいんだけどね。今だっていっぱいいっぱいなんだろう?あと一つでも不測の事態が起こったらもう終わりだ。だったら方法を変えるべきだと俺は思うよ。雪ノ下さん」
僕へ向けられた言葉は、いつのまにか雪乃ちゃんに向けられていた。
「だから、俺も手伝うよ」
「でも、部外者の人にやってもらうのは……」
葉山君の提案にめぐり先輩が難色を示す。
「いえ、有志の取りまとめだけ、やります。有志団体の代表って言うことで」
その提案は文化祭実行委員会にとってはとても魅力的だった。
有志団体はクラスや部活とは違って形態や発表内容にかなり差があり、その一つ一つに適切な対応を取るなど今の文実ではまず不可能だ。
しかし、それを有志団体側で片付けてくれるなら僕たちの負担、つまり雪乃ちゃんの負担を大幅に軽減できる。
「そういうことなら、うん。お願いできると嬉しいな」
部外者の協力を渋っていためぐり先輩も葉山君からの提案を受け入れる。
「どうかな?」
「…………」
雪乃ちゃんは顎に手をやり考え込んだ。
「雪ノ下さん、誰かに頼ることも大切だよ」
めぐり先輩が諭すように雪乃ちゃんに言う。
「『まあ皆が雪乃ちゃんに頼ったのが今の惨状ですけどね』」
どうにも皆人を頼ることを美化しすぎだ。
確かに他人と協力して何かを為すというのはいいことだろう。
その温さは嫌いではない。
ただ、そんなことを言うのは決まって助けられる側なのだ。
葉山君のように手を差し伸べながらそんなことを言えるのは残念ながら極々一部、例外だ。
ま、それでこそ人間って感じだけどね。
皆がみんな綺麗ごとを吐いて実行するようになったら僕なんか灰になって消滅してしまうだろう。
「そう、ね……。確かに欠員のしわ寄せが雑務に集中しているようだし、一度仕事の割り振りを考え直さないといけないと思ってたところよ。その申し出、有り難くお受けします。……ごめんなさい」
最後に付け足された謝罪が誰に向けられたものなのか、僕にはわからなかった。
雑務として他部署の仕事を肩代わりしていた僕に向けてか。
部外者にも関わらず、仕事を押し付けてしまった葉山君に向けてか。
あるいはそれ以外へ向けてか。
「じゃあ、よろしく」
「私もできる限り連絡してみるから!」
外部からの助っ人も獲得し、状況は好転し始めているように見えた。
が、そんなことはなく。
翌週の実行委員会では出席者が目に見えて減っていた。
雪乃ちゃんと生徒会役員の他は片手で足りるくらいの人間しかいない。
「連絡は、してるんだけど……。やっぱり相模さんの提案、ちゃんとダメっていえばよかったかな……」
「問題ありません。各部署からの申請の審査、承認は私の方でします。決済までは問題なく進められると思います」
そう言って、また雪乃ちゃんは仕事を背負う。
薄々気づいてはいたが、最近の雪乃ちゃんは様子が変だ。
なんというか、らしくない。
今までの雪乃ちゃんなら依頼人の怠惰を許さなかった。
あくまで手を貸すだけで、依頼人自身が成長することを第一にやってきた。
でなければ川崎ちゃんの依頼の時に、僕に噛みついたりはしなかっただろう。
しかし今回はどうだろう。
相模ちゃんがやるべき仕事を全て肩代わりし、怠けている相模ちゃんを咎めようともしない。
明らかに異常だ。
まあ全て僕の勘違いで、雪乃ちゃんが凝り性且つ完璧主義だってことで話がついてしまうかもしれないが。
例え僕の予想が正しかったとしても、僕にできることは何もない。
できたとしてもする気はないしね。
大体、今の僕は仕事に忙殺されている。
本当に死ぬわけではないところが実に厭らしい。
「2F担当者。まだ企画申請書類が出てないのだけれど」
ほら、こうしている間にも仕事はどんどん増えていく。
一つ片付ける前に三つ増えるのだから終わるはずがない。
「『……ん? それって相模ちゃんが書くんじゃなかったっけ』」
「誰でもいいけれど、本日中に提出しなさい」
「『しょうがないなあ。相模ちゃんを呼んでくるよ』」
僕が書くなんていう選択肢は無い。
クラスの出し物なんてロクに把握してないし、これ以上他人の仕事を背負う義理も無い。
今やっている仕事をキリのいいところで切り上げ、僕は会議室を後にした。
2年生の教室と会議室は同じ建物の同じ階にあるため比較的近い。
F組が多少奥側にあるとはいえ、1分もあれば到着する距離だ。
それぞれの教室から喧騒が聞こえる廊下を歩き、僕はF組の教室の扉を開けた。
教室内は『星の王子さま(腐)』の準備でとても盛り上がっていた。
大道具作成のグループ、衣装作成のグループ、演技指導のグループなどに分かれ、それぞれが仕事に熱中している。
そういえば、みんなおそろいのTシャツを着てるなぁ。
高校生になると文化祭などの行事で必ず作られるアレだ。
僕も今朝受け取ったけど、さすがにアレを着て文実には出られない。
「ちょっと男子、ちゃんとやってよー!」
相模ちゃんはというと、探すまでもなく目立つ位置で声をあげて男子を叱咤していた。
楽しそうに作業をしていて邪魔するのは忍びないのだが、これも仕事。
涙を呑んで彼女を仕事地獄に落としてあげなければいけない。
「『相模ちゃーん。そろそろ文実の方来てよー。今日中にクラスの企画申請書出さなきゃいけないんだってー』」
僕の呼びかけに振り向いた彼女は一瞬だけ明らかに不満そうな表情を見せた。
しかしすぐに笑顔を浮かべて近づいてくる。
「あ、ごめーん。でもちょっとこっちも手ぇ放せなくてさー。悪いんだけど球磨川君やっておいてくれない?」
「『えー。でも僕こっちのこと何もわかんないからなあ。精力的にクラスの作業に参加してた相模ちゃんのほうが適任だと思うんだけど……。あ、そうだ』」
僕は教室内をきょろきょろと教室内を見渡して彼女を探す。
あ、いたいた。
「『おーい、三浦ちゃーん。悪いんだけど相模ちゃん借りていっていーい? 手が足りないんだったらいいんだけど』」
宣伝用ポスターの構図を海老名製作総指揮と打ち合わせしている三浦ちゃんが面倒そうにこちらを向く。
「は? 相模? アンタまだいたの?」
うん、おっけーみたいだね。
三浦ちゃんの辛辣な言葉をOKと受け取り、僕は苦虫を噛み潰したような顔をしている相模ちゃんを連れて教室を後にする。
その後は何かいろいろあったらしいけど概ねつつがなく何事もなかったらしい。
ん? テキトー?
しょうがないじゃん。僕は書類仕事で手いっぱいだったんだから。
決して手抜きじゃないよ。
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緊急事態が起きた。
人手不足である文実における最大戦力にして命綱である雪乃ちゃんがついに体調を崩して欠席したのだ。
思えば昨日から雪乃ちゃんの様子はおかしかった。
彼女らしからぬ凡ミスをかましたり、反応がいつもより鈍かったり。
ここ最近の無理がついに祟ったらしい。
「雪ノ下さん、1人暮らしだから誰か様子を見に行ってあげた方が」
葉山君がはっと気づいたように呟く。
それにめぐり先輩も賛同する。
「じゃあ、誰か雪ノ下さんの様子見に行ってあげてくれない? こっちは任せてくれていいから」
「でも、先輩たちだけに任せてしまっても大丈夫なんですか?」
葉山君の心配にめぐり先輩は微笑みながら、任せてと頷く。
「私でわかることなら対処できると思うから」
事実、雪乃ちゃんがいない今、全体を見られる人はめぐり先輩しかいない。
どの道、めぐり先輩らに任せるしかないだろう。
「会長っ! スローガンの件で問題が……!」
「うわぁ! こんなときに!」
さっそく起こったらしい問題への対応のためどたばたとめぐり先輩は会議室を後にした。
「……さて、どうする?」
葉山君が僕い問いかける。
「『僕か君が行くしかないんじゃない? それ以外の人は雪乃ちゃんとそれほど親しくもないだろうし』」
まあ、僕が雪乃ちゃんと親しいかって言われたら首を横に振らざるを得ないんだけど。
「……ここは俺に任せて、君が行ってくれ」
「『へえ? まあ僕はそれでも構わないけど、いいの? 僕なんかに行かせて』」
「……たぶん、俺が行くよりも君が行った方がいい。そんな気がするんだ」
葉山君は目を逸らしてそう答える。
何を思っているのかはその表情からは窺い知れない。
「『うん、おっけ。任された』」
君が僕に何を期待しているのかは知らないけど、期待などするだけ無駄だ。
僕は他人の期待に応えたことなど無いのだから。
「『ってことで、ちょっと行ってきますね』」
雪乃ちゃんの欠席を知らせに来てくれていた平塚先生に断って、会議室を出ていこうとする。
「雪ノ下の家はわかるのか?」
「『当てはあります』」
それだけ言い残して、僕は廊下に出た。
そして携帯電話を取り出し、電話帳に入っている数少ない番号の1つに電話をかける。
1コール、2コール、3コール……。
なかなか出ない。
辛抱強く待っていると、7コール目あたりで相手が電話に出てくれた。
『ど、どしたの? いきなり電話とか……』
「『今日、雪乃ちゃんが体調不良で休んでるの、知ってる?』」
前置きも入れずに僕は本題に入る。
『え……知ら、なかった……』
電話の向こうで彼女が息を呑むのがわかる。
「『ちょっと様子を見に行こうと思ってるんだけど……』」
『あたしも行く』
こちらが誘う前に彼女は言った。
彼女には似つかわしくない、重い声で。
「『じゃ、校門前で』」
『うん』
電話を切り、僕は少しだけ歩調を早めた。
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雪乃ちゃんが住んでいるらしいタワーマンションへと移動している最中、結衣ちゃんは無言だった。
彼女らしい明るさは見る影もなく、僕の方を見ることは1度たりとも無かった。
マンションに到着後、僕たちはエントランスから雪乃ちゃんの部屋に2,3度呼び出しをかけるものの、反応は無い。
「も、もしかして出られないくらい具合悪いんじゃ……」
「『うーん……。案外居留守してるのかも』」
どうしたものかと考えていると、スピーカーにザーッとノイズが走る。
『……はい』
雪乃ちゃんの物とは思えない弱々しい声で返答がある。
それに結衣ちゃんが飛びつくように反応する。
「ゆきのん!? あたし、結衣。大丈夫?」
『ええ……。大丈夫よ。だから……』
その後に続きそうな言葉を僕は遮った。
「『まあまあ、立ち話もなんだから。とりあえず中で話をしようよ』」
『…………。客の、セリフじゃないわね』
10分待ってちょうだい、と言われて、僕らは言いつけ通りエントランスのソファに腰かけて10分待った。
ていうか、このソファ僕の布団よりふかふかなんだけど。
持って帰りたいな。
10分後、僕たちは再度インターホンを鳴らし、雪乃ちゃんに扉を開けてもらう。
エレベーターに乗り、雪乃ちゃんの部屋がある15階へと上がっていく。
日常生活ではまず乗らないであろう高所へのエレベーターを乗っていると、以前川崎ちゃんが働いていたバーのあるホテルを思い出す。
さすがにあそこよりは低いけどね。
15階に着き、僕は結衣ちゃんの先導についていく。
いくつかある部屋の中で唯一、表札が無い部屋の前で結衣ちゃんは立ち止まる。
結衣ちゃんは拳を固く握ってから、深く息を吐いてインターホンを押した。
数秒の後、複数あるらしい施錠を解除して中から雪乃ちゃんが出てきた。
「どうぞ、あがって」
出てきた雪乃ちゃんは大きめの白いニットにロングスカートと、部屋着だと思われるラフな格好で出迎えてくれた。
雪乃ちゃんの部屋は、なんというか簡素で、まるでモデルルームを見ているかのようだ。
「そこへ掛けて」
2,3人座りのソファへと着席を勧められ、僕たちもそれに従って並んで座る。
結衣ちゃんが座らないのかと聞いたが、雪乃ちゃんはただ静かに首を振るだけだった。
「それで、話って何かしら」
僕たちの対面の壁にもたれ掛かった彼女はそう切り出すものの、僕たちとは目を合わせようとはしなかった。
僕の前でならともかく、結衣ちゃんの前でこのような態度を取るのは珍しいのではないだろうか。
「あ、えっと……。今日、ゆきのん休んだって聞いたから、大丈夫かなって」
「ええ。一日休んだくらいで大げさよ。学校にも連絡は入れてるのだし」
「『ま、1人暮らしだからね。そりゃ心配されもするさ』」
「それにすごい疲れてるんじゃないの? まだ顔色悪いし」
その結衣ちゃんの言葉を聞いて、雪乃ちゃんは顔を隠すようにそっと下を向く。
「多少の疲れはあったけど、問題ないわ」
「それが問題なんじゃないの?」
雪乃ちゃんは押し黙る。
結衣ちゃんにしては鋭く、痛いところを突いたものだ。
「ゆきのんが1人でしょい込むことないじゃん。他の人だっていたんだし」
「わかっているわ、だからちゃんと仕事量は割り振ったし、負担は軽減するように」
「できてないのに?」
またも雪乃ちゃんが言葉を詰まらせる。
今日の結衣ちゃんはいやに攻撃的だ。
雪乃ちゃんの急所、問題点を的確に突きつけてくる。
「あたし、ちょっと怒ってるんだからね」
雪乃ちゃんの肩がぴくっと跳ねる。
まるで親に叱られる子供の用だ。
「クマーにも、怒ってるから。どうして助けてあげなかったの」
キッと僕を睨み付ける結衣ちゃん。
「『無茶言わないでよ。僕だって仕事に忙殺されてたんだから。そんな荷が重いことを期待されても困るぜ』」
何かそんな約束をしたならともかく。
せめて口に出しているならともかく。
「記録雑務に役職以上のことを望んでいたわけじゃないわ。その役割は充分に果たしていたのだからそれで結構よ」
何かを僕に言いかけた結衣ちゃんの言葉を雪乃ちゃんが遮った。
「でも、」
「大丈夫。まだ時間はあるし、家でも仕事はしていたから実質的な遅れは無いの。由比ヶ浜さんが心配することではないわ」
「そんなのおかしいよ」
「そう、かしら……」
二人の視線は、交わらない。
「どう思う?」
それが僕に向けられた問いだと気づくのに、少しだけ時間がかかった。
反応に遅れた分、僕は自分の考えをすぐに話した。
「『……さあ?』」
あ、結衣ちゃんから突き刺さるような敵意を感じる。
「『僕には何が正しくて、何が間違っているかなんてわからないよ。ただ、厳然たる事実が3つある。1つ、雪ノ下雪乃がオーバーワークで体調を崩した。2つ、雪ノ下雪乃が抜けたことで文実は完全にキャパオーバーに陥った。3つ、それらの状況は全て、雪ノ下雪乃が作り出したものに他ならない』」
彼女の視線は、変わらず僕には向けられない。
「『今、雪乃ちゃんが何を考えているのかなんて僕には想像もつかないけれど、君にはちょっとだけがっかりしたよ。そんなんじゃ、世界どころか僕一人、人間一人だって変えられやしないさ』」
よいしょっと、僕は立ち上がり、雪乃ちゃんを見据えた。
「『今の君、サイッコ―に
そう言い残して、僕は部屋を出た。
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数日後、文化祭実行委員会で緊急会議が開かれた。
なんでも、文化祭で使われる予定だったスローガンがどこかのキャッチコピーと丸被りしていたらしい。
おそらく故意ではなく、提案した人もどこかで見たのを無意識に使ってしまったのだろうが、さすがに丸パクリはいかんだろうということで急遽人が集められたのだ。
文化祭全体に関わる緊急の問題のため、文化祭実行委員全員が強制招集された。
隙間風が吹いていた会議室が久方ぶりに活気づく。
それにしても面白いものだ。
体調も回復し、復帰してきた雪乃ちゃんや生徒会役員の皆さん、僕の他に少人数で仕事を回していた面々と、特に見覚えのない、つまりはここ数週間文実に参加していなかった人たちでは顔色や覇気などがまるで違う。
そんな疲弊しきった実働組にとって、今回の問題はまさに致命打になり得るものだった。
「相模さん、雪ノ下さん、みんな揃ったけど」
一向に会議が始まらない状況を見かねためぐり先輩が声をかけると、相模ちゃんはおしゃべりを中断する。
相模ちゃんが雪乃ちゃんに視線を移したのを皮切りに、その場の全員の視線が雪乃ちゃんに集まる。
しかし、雪乃ちゃんはただ手元の議事録をぼーっと眺めているだけだった。
「雪ノ下さん?」
「え……?」
相模ちゃんに声をかけられて、雪乃ちゃんははっと顔を上げる。
それから数瞬で状況を理解したようで、顔を引き締めた。
「それでは委員会を始めます。本日の議題ですが、城廻会長から連絡があった通り、文化祭のスローガンを諸事情により変更しなくてはならなくなったので、それについての話し合いです」
意見がある方は挙手してください、というテンプレ的なセリフが発せられると、あちこちからひそひそ聞こえていた話し声が一斉に止んだ。
まあ、学生の会議では一度は通る道だ。
そのあと紙に書いての匿名投票などにつながる。
つまり、先手が取り放題な状況だ。
「『はい! はーい!』」
「………………はい、球磨川君」
とても嫌そうな顔をされて、スルーしようか迷われてしまった。
「『やっぱり『友情・努力・勝利』でしょ! 高校生が文化祭で掲げるスローガンとしてこれ以上相応しいものなんて過去から未来において存在するはずがないよ!!』」
「却下よ。あなた、話聞いてたの? 一部踏襲するくらいならまだしも全部そのまま持ってくるのは認められないわ。第一、それは漫画雑誌のスローガンであって、総武高校文化祭のスローガンではないでしょう」
即否定された。
「『でもそっかー。たしかに『友情・努力・勝利』は高校生が掲げるには最高のスローガンではあるけど、総武高校が掲げるのに最適なスローガンではないんだね。総武高校の文化祭、ひいてはその顔である文化祭実行委員会を表すようなものであるべきだね』」
うんうん。
立ったまま少しの間考える。
すると、天啓の如く僕にアイデアが降り立った!!
「『そうだ! これはどうかな!? 『押し付け・サボり・漁夫の利』! これならまさに今の文化祭実行委員会をこれ以上なく表わしているよね!』」
世界が止まった気がした。
あれ、僕いつのまにスタンドに目覚めたのかな。
目に入る人間すべてがポカンとしている。
二の句を告げない。まさに絶句だ。
「あっははははは!! すごい、バカだよ! バカがいるよ!! あははははは!! ちょっと韻踏んでる!! あは、ひぃ……。お腹痛いぃぃ……!」
その静寂は陽乃さんの大笑いによって破られる。
ちなみに陽乃さん以外は誰一人笑ってないのでこの場合『爆笑』とは言わない。
うわ、隣の平塚先生すごい目で睨んでるな。
「陽乃、笑いすぎだ」
平塚先生は陽乃さんを肘で小突いて注意する。
「ぷっ……、くふふ。いや、いいと思うよ。面白いし。くふっ……!」
何か完全にツボったらしい。
「球磨川、説明してみろ」
声には呆れが混ざるものの、その眼光は鈍らない。
「『いや、説明も何も。言葉の通りですよ。比喩表現とか一切使ってませんし。皆さんも周り見渡してみてくださいよ! 遠くの方に座ってる人で見覚えのある人何人くらいいます? 僕は全然いないんですよねー。おかしいなー。一日たりとも休んでないはずなのになー』」
見覚えのない人達が一斉に顔を逸らす。
今きょろきょろしているのが、比較的出席してくれた人たちである。
「『委員長委員長! ほら、あの人の名前わかります? いやー、あの人の活躍無しでは総武高校の文化祭は始まる前にして終わっていたと言っても過言ではないでしょうねー。ほらほら、バシーッと言ってあげてくださいよ!』」
テキトーに、されど確実に面識がないであろう人を指し、相模ちゃんに答えを促す。
当然、答えられるわけがない。
長く、気まずい沈黙がその場に流れる。
相模ちゃんはもちろんのこと、誰一人として口を開こうとはしない。
「……球磨川君」
その沈黙を打ち破って、雪乃ちゃんが僕の名前を呼ぶ。
彼女の目をまっすぐ見たのは、久しぶりだった。
「却っ下」
そして、初めて見るくらいの満面の笑みを浮かべて僕の案を却下した。
「相模さん、今日は解散にしましょう。この空気ではロクな案は出ないわ」
雪乃ちゃんはそれからすぐに真顔に戻り、相模ちゃんに提案する。
「え、でも……」
「ここでずっと考えるより、明日までに皆に考えてもらってそれから決めた方がいいわ。以降の作業は全員全日参加にすれば、この遅れも取り戻せる。異議はありませんね」
有無を言わせないような視線を会議室全体に浴びせ、話は締めくくられる。
この一瞬で、ここ数週間の問題であった人手不足はいとも簡単に解決してしまった。
「そう、だね。じゃあみんな、明日からまたよろしくお願いします」
相模ちゃんの号令により、委員のみんなはそそくさと帰宅する。
その間、僕に近づく人はおろか、僕と目を合わせてくれる人も一人もいなかった。
何とも言い難い寂しさに耐えつつ、帰り支度をしていると、めぐり先輩が進路を変更せずにこちらへ歩いてきた。
「残念だな……。君は真面目な子だと思ってたよ……」
「『生憎、生まれてこの方他人からの期待に応えたことがありませんで』」
その呟きに対する返事も聞かずに、めぐり先輩は立ち止まることなく会議室を出ていった。
「いいの?」
「『おわっ!』」
出入り口をぼーっと眺めていると、後ろから急に声をかけられた。
「『なんだ、雪乃ちゃんか。びっくりしたなあ』」
「この程度で驚かないでちょうだい」
いや、君もたいがいこれで驚いてるけどね?
「『それで、いいってなにが?』」
「……わからないならいいのよ」
?
時々雪乃ちゃんは含みのある言い方をするなあ。
「それより、先日のことだけど」
ガッ、と頭を掴まれる。
「だ、れ、が、
「『いたいいたいいたいいたいたいたいたい!!!』」
まさかアイアンクローを極められるとは思わなかった。
どこからこんな力が出てくるんだ。
「それじゃ、私は鍵を返してくるから」
そう言うと、僕の頭を掴んでいた手をパッと放す。
「また明日」
「『うん、また明日ね』」
二人で会議室を出て、扉の施錠をする雪乃ちゃんに背を向けて僕は歩き出す。
僕の敵は、未だ健在のようだ。
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全員強制参加が言い渡された文化祭実行委員会は今までにないほど活性化していた。
新しくスローガンが決まったことで、各部署でそれに伴った修正作業などに追われている。
しかし、僕には誰も関わってこない。
仕事すら回ってこないため、自分で雪乃ちゃんに指示を仰ぎに行くしかないくらいだ。
「やあやあ、しっかり働いてるかね?」
今日の議事録をワードに打ち込んでいると、頭上から上機嫌な声が降ってくる。
「『これで働いてないんだとしたら、僕の画面には翔鶴さんが映っていますよ』」
「んー? どれどれ」
陽乃さんが後ろから画面をのぞき込んでくる。
うわ、何これ。すごいいい匂い。
「あれれ。これ、君の活躍がちゃんと書かれてないよ?」
「『いや、あんなのどうやって記録に残せって言うんですか。雪乃ちゃんにぜったいれいどで今度こそ瀕死にさせられちゃいますよ』」
「ふーん……?」
納得したのかしてないのかよくわかんない声を出しながら、陽乃さんは顔を引く。
と思ったら僕の座っている回転いすをグルンと回し、陽乃さんの正面を向けさせられてしまう。
「ここでクイズでーす! 最も人を走らせる要因とはなんでしょー?」
「『裸エプロンの陽乃さんですか?』」
次の瞬間、僕の眼球の前には鋭く尖ったネイルがあった。
「もー、答え知ってるくせにー」
人の目を潰す寸前だというのに、陽乃さんは笑顔を崩さない。
すごく怖い。
「正解は、『追いかけてくる存在』と『捕まってしまった見せしめ』なんだね。人はプラスを得られないことよりも、マイナスを被ることの方が恐ろしい。マイナスが明確であればあるほど、人は必死になって走る」
この場合の『追いかけてくる存在』とは、競合者ではなく『何か恐ろしいモノ』である。
『恐ろしいモノ』自体はよくわからなくてもいい。
ただそれによってもたらされる被害が明確であればいいのだ。
今回の場合だと、言うまでもなく相模ちゃんである。
「でも、団結させるって意味だとちょーっと悪手じゃない? 皆がてんでばらばらな方向に逃げちゃう可能性もあるし」
「『僕が敵になったって大した脅威じゃありませんよ。それに、逃げる方向は雪乃ちゃんが上手くコントロールしてくれますから』」
「うんうん。さっすが私の雪乃ちゃんだねー」
陽乃さんはそう言ってふらふらと雪乃ちゃんのもとへ行く。
雪乃ちゃんはそれを鬱陶し気に振り払う。
「離れて近づかないで帰って」
「やーん。……でも本当に雪乃ちゃんはよくやってると。私が実行委員長だったときみたい」
「うん、本当にそうだよ。雪ノ下さんのおかげだね」
陽乃さんに続いて、めぐり先輩も雪乃ちゃんを褒めそやす。
「別に、大したことでは……」
「そんなことないよ。雪ノ下さんがいてくれてすっごく助かったもん」
めぐり先輩の言葉に、周りにいた生徒会役員の面々も頷く。
彼らは一番つらい時期を雪乃ちゃんと共に乗り越えてきたのだから、感慨も深いだろう。
「やっぱ文実はこうでなきゃ! ああ、今すごく充実してるなあ」
陽乃さんは大きな声で満足げに言う。
すぐ近くにはこの好況を心から喜べない者が1人。
「明日からが楽しみだなぁ。……ね?」
支配者は、操っていた人形を捨てた。
なんか球磨川先輩が真面目に仕事してて違和感マックスだけど、公式設定だからちかたないね。