3,4ヶ月も更新しない拙作を開いていただき、ありがとうございます。
読んでくださる貴方がいる限り、この作品を書き続けていく所存ですので、見捨てず最後までお付き合いいただければ、一作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
これからもよろしくおねがいします。
ではでは、文化祭完結編。
おたのしみください。
体育館は完全な暗闇に包まれている。
誰かが開いた携帯の光や遮光カーテンの隙間から漏れ出ている光も、すぐに呑みこまれて意味をなさない。
その暗さに反比例するように、集められた生徒の話し声は大きく、そして多い。
現在9時57分。
僕はインカムのスイッチを押し、決められた発言をスタッフたちに伝える。
「『開演3分前。開演3分前』」
数秒と間を置かず、次に誰かが発言することを示すノイズがイヤホンに流れる。
『こちら雪ノ下です。各員に通達。オンタイムで進行します。問題があれば即時発報を』
雪乃ちゃんからの指示が終わるとほぼ同時に、各位置についているスタッフから次々に報告が入る。
『照明、問題なし』
『こちらPA。問題ありません』
『楽屋裏。キャストさんの準備がやや押しですが、出番までには間に合います』
他にも多くの部署が報告を入れてくるため、僕の足りない脳みそでは把握しきれない。
まあ、把握するのは雪乃ちゃんの仕事だ。
僕は自分の仕事をしていればいい。
さて、今の状況を説明しよう。
日時は文化祭当日。オープニングセレモニー直前。
場所は舞台下の観客席前。
ここでの僕のお仕事はオープニングセレモニーのタイムキープ。
舞台上の人たちに『巻いて―!』といった感じに腕をぶんぶん振り回す仕事だ。
『了解。ではキュー出しまで各自待機』
全ての報告を聞き終わった雪乃ちゃんが改めて指示を出す。
ちなみにキュー出しはタイムキープである僕の仕事だ。
不思議なもので、開演まで1分を切ると、先ほどまでおしゃべりをしていた生徒たちが誰に言われるでもなく静かになり、体育館は謎の緊張感が走っていた。
「『10秒前』」
インカムに向かってカウントダウンを開始する。
進むにつれ、声を小さくしていく。
終盤になれば、もはや無言で。
2、1……。
ゼロ、と心の中で呟いた瞬間。
ステージ上で光が爆ぜる。
「お前ら、文化してるかーーーーーー!?」
「「「「「「「「うおおおおおおーーーーつ!!!」」」」」」」」
光の中から現れためぐり先輩のコールに会場から激しい歓声が返される。
「千葉の名物、踊りとー!?」
「「「「「「「「祭りいいいいいいい」」」」」」」」
「同じ阿呆なら踊らにゃー!?」
「「「「「「「「シンガッソーーーーーーー!!!」」」」」」」」
生徒会長によるスローガンのコールに会場全体が全力で応える。
…………うわあ。
みんな夢詰め込むために頭空っぽにしてるのかなあ。
そんなめぐり先輩のマイクパフォーマンスから間を置かずに、ダンス同好会とチアリーディング部協力によるオープニングアクトが始まる。
開演直前の静けさはどこへやら、観客席の生徒たちは手をぶんぶん振り回したり、ステージ上のキャストに釣られて踊ったりとまさにカオスだった。
『こちらPA。まもなく曲あけます』
『了解。相模委員長スタンバイお願いします』
熱狂のオープニングアクトもあっという間に終わり、上手に立つめぐり先輩が相模ちゃんを呼び込む。
「では続いて、文化祭実行委員長からの御挨拶です」
ステージ中央に歩いていく相模ちゃんは傍目から見てもわかるくらいガチガチに緊張していた。
立ち位置の目印まで到着しないうちに立ち止まってしまい、そこから動かない。
少しの間が空いて、ようやく相模ちゃんは震えた手でマイクを口元まで持っていく。
相模ちゃんがついに第一声を放とうとしたその時。
キーンというマイクのハウリング音が会場内に響き渡った。
あまりのタイミングの良さに会場は笑いに包まれる。
単なるアクシデントで、相模ちゃんに非は一切ない。
生徒たちの笑いも相模ちゃんを嘲るものではない。
しかし、当の相模ちゃんはその表情をさらに硬くする。
ハウリングが収まっても口を開く気配はない。
見かねためぐり先輩が舞台袖から姿を現し、相模ちゃんをフォローする。
「では! 気を取り直して、実行委員長、どうぞ!」
めぐり先輩からのフォローではっと気づいた相模ちゃんはあたふたと手に握りしめていたカンペを開く。
しかし、追いつめられた相模ちゃんには指先での細かい動作はできず、カンペをひらひらと落としてしまう。
それがさらに生徒たちの笑いを誘った。
それから、所々から聞こえる『がんばれー』という声援の中、相模ちゃんはようやく挨拶を始めた。
とちる、つまづく、噛むなどお世辞にも上手とは言えない挨拶が進んでいく。
すでに予定していた時間を過ぎてしまっているため、タイムキープである僕は『巻いて―!』と腕をぐるぐる回す。
しかし、カンペを読むことだけに意識を集中している相模ちゃんにそんな僕の健気な頑張りが見えるはずもない。
『球磨川君。巻くように指示を出して』
「『さっきから出してるよ。緊張で周りが見えてないみたいだ』」
『そう……。私の人選ミスかしら』
「『そもそも目立たなきゃいけないような位置に僕みたいな色味が暗い奴をなんで配置したのさ』」
『ごめんなさい。あなたが跪いてる姿を見下ろしたいと思った私の失態だわ』
「『……これスタッフ全員に流れてるんだけど』」
『………………以降のスケジュールを繰り上げます。各自そのつもりで行動を』
舞台袖からも送られていた指示に気が付いたらしい相模ちゃんは挨拶を大幅にカットして早々に締めくくり、逃げるように下手へ退場した。
少し時間が押したものの、これより総武高校文化祭が始まるのであった。
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いよいよ文化祭1日目が始まる。
校外からの客が来る一般公開は2日目で、今日は校内での催しだ。
やはり少し気が抜けている感じが否めないが、それでもうちのクラスは演劇だけあって出演者の男子には緊張している者も多い。
「メイク! 何やってんの! ドーラン薄いよー!」
「なにあんた緊張してんの? ウーケール、ほんとウケんだけど。っつーか、客みんな隼人見に来てんだから、あんたが緊張する必要なくない?」
F組では公演に向けて最終追い込みの真っ最中だ。
ボスである海老名ちゃんが怒号を張り上げ、女王である三浦ちゃんが出演者一人一人に声をかけている。
……言ってることはほんと酷いんだが、それで余計な力が抜けているらしい。
僕はというと、もうほぼほぼ部外者なので教室の隅っこでその様子を眺めているだけだ。
「さっきからぼーっとしてるけどやることないの?」
その姿がボスの目にとまってしまったらしく、ずんずんとこちらに向かってきた。
「『まあね。文実の方につきっきりだったから、役割とか与えられてなくて』」
「じゃあ受付お願いしていい? それともYOU出ちゃう?」
「『断固拒否』」
「あはは、じゃあ受付ね。公演時間、入り口に貼っておくから、聞かれたら教えてあげて」
よろしくー、と言い残してボスは準備に戻る。
教室から出ると、扉の近くに折りたたまれた長机とパイプ椅子が立てかけられていた。
それをがっちゃがっちゃと組み立てて、自分の仕事場を作る。
セッティングが終わったころ、教室内での準備も終わったようで戸部君の元気な声が聞こえてきた。
「よっしゃ! 円陣組もうぜ!」
その言葉に『マジかよー』と言いながらもクラスメイト達は教室の中心に集まる。
「やっぱ海老名さんが仕切んないと始まんないっしょ! ほら、こっちこっち! センター来ようぜ!」
果たして円陣のセンターとはどこなのかと思って見ていると、戸部君が指し示すのは自分の隣。
そういえば林間学校の時、戸部君は海老名ちゃんが好きだとか言ってたな。
なるほど、円陣にかこつけてナチュラルに触れ合う魂胆か。
…………天才かよ。
僕も機会があったらやろっと。
「ほら、海老名。真ん中行きな」
少し遠慮気味だった海老名ちゃんを三浦ちゃんが引っ張って円の中に連れていく。
結局、海老名ちゃんが立ったのは円の中心。
がんばれ、戸部君。
海老名ちゃんが円陣をぐるりと見渡すと、教室の隅(僕の方じゃない)で視線が止まる。
視線の先にいたのは壁にもたれ掛かっていた川崎ちゃん。
「ほら、川崎さんも」
「あ、あたしも? あたしはいいよ……」
「またそういうこと言いだす。衣装作ったんだから責任は取らないと」
「責任って……。あんたが責任取るって言ってたじゃん」
しぶしぶといった様子だったが、川崎ちゃんは海老名ちゃんに連れられ、皆の輪に入る。
僕を除く全員が教室の中央に集まると、三浦ちゃん達の近くにいた結衣ちゃんがちらっと僕の方を見た。
それから何度もちらちらとこちらを見る。
僕はそれに手を振って遠慮の意思を示す。
つまはじきは慣れっこ。
入ったところで針のむしろになることだってある。
ほら、見てみなよ。
誰もがプラスの感情を隠そうともしない中で、一人だけマイナスな感情に呑まれてる子がいるよ?
クラスの皆に混ざる不純物。
それは円の外から見る僕には、あまりにも露骨だった。
海老名さんの掛け声と共に、2-Fの文化祭本番が始まった。
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満員御礼。
僕たちのクラスの初回上演は全ての席が埋まるほどの大盛況だった。
惜しくも初回上演を見ることができなかったお客さん達に次回上演のスケジュールを伝え、教室入口を封鎖する。
僕は入り口にいたため、上演を見ることはできなかったが、葉山君の出番辺りで歓声が起こったのを何度か聞いた。
その他のコントじみた部分でも笑いが起こり、彩加ちゃんの悲し気なセリフにはすんすんと鼻をすする音も聞こえる。
ラストにはお客さんの万雷の拍手が教室外まで響き渡っていた。
贔屓目を抜きにしても、大成功と言えるだろう。
出てくる人並みからも、口々に好評が漏れていた。
お客さんが全て出ていった後は再び入り口を封鎖する。
とはいっても、上演中のときのように誰も入れなくするというわけではなく、ただ『準備中』の札をかけておくだけだ。
受付は上演時間外の留守番も仕事らしく、演者や裏方が他のクラスの出し物を見学に行く間の番をすることとなった。
まあ、特に行きたいところも無いので、ここで一日拘束されるのも苦ではない。
週刊少年ジャンプを読んでればいいだけだしね。
「……おつかれ」
鞄に手を伸ばそうとすると、机にビニール袋がどさっと置かれた。
見上げると、結衣ちゃんが目を逸らしながら立っている。
そのまま壁に立てかけてあったもう一つのパイプ椅子を広げ、そこに腰をかける。
「どうだった?」
「『うん、すごかったね。お客さんの受けも良かったみたいだし、正直舐めてたよ』」
校内公開の日に合った身内ネタや内輪ネタが上手く刺さったと言える。
これなら多少客の入りは減るものの、2回目以降の上演もそれなりに席が埋まるだろう。
「みんな頑張ってたからね」
そう言って、結衣ちゃんは少し伸びをする。
背中を反らす際に強調される胸や、ちらりと見えるおへそがとてもいいですね。
周辺を見回すと、近くのE組やG組も盛況なようだ。
特にジェットコースターを公開しているE組はこちらにも届きかねないような長蛇の列ができている。
待ち時間にぶーぶー言っている客にE組の生徒が困っているというのはやはり嬉しい悲鳴なのだろう。
バンドワゴン効果というやつだ。
人気がある理由が、『人気があるから』という状態になる現象。
行列ができている事実や、ランキングで一位をとった実績などはそのまま絶大な宣伝効果を得て、さらに売れる。
結果、他の追随を許さないコンテンツになる。
「うわー、大変だねー」
「『明らかにキャパオーバーしてるね。そのうち廊下がいっぱいになっちゃうんじゃない?』」
見てる限りではE組の生徒は明らかに客をさばき切れておらず、このままでは客の列がこの廊下を埋め尽くしかねない。
ピ―――――ッ!
E組の生徒に同情していると、甲高い笛の音と共にめぐり先輩率いる生徒会役員のみなさんが現れた。
めぐり先輩の指揮の元、生徒会役員たちはきびきびと列を整理し始め、後方の客たちをどこかへと追いやっていた。
文実の活動中は自分の仕事でいっぱいいっぱいだからわからなかったけど、やっぱりめぐり先輩ってカリスマみたいなものあるんだなあ。
部下に指示を下している姿はなかなか様になっている。
「E組の代表者はいるかしら」
よく見ると生徒会役員に混ざって雪乃ちゃんもいた。
「ゆきのん、かっこいいなあ……」
「『E組の子完全に怯えてるけどね』」
僕たちからしたら普段と変わらない雪乃ちゃんなのだが、他人からしたら半端じゃない威圧感を感じるのだろう。
雪乃ちゃんは出てきたE組の代表者と対策などの話し合いを終えると、ちらりとこちらを見た。
手を振ってみたが、無視された。切ない。
そのまま生徒会の人達と共に去っていく雪乃ちゃんを見送ると、隣に座っていた結衣ちゃんが口を開いた。
「ねえ、クマー。聞いてもいい?」
「『ん? 何を?』」
「ゆきのんのお家に行った時、どうして先に帰っちゃったの?」
どうして?
どうして、かー……。
「あ、えっと、別に責めてるわけじゃなくてね? ほんと、ジュンスイになんでかなーって思って!」
結衣ちゃんは別に僕が訝しんだわけでもないのにわたわたと弁明を並べる。
「『んー、まあ、一言で言うと『必要なかったから』かなぁ』」
「必要なかった?」
小動物みたいにコテンと首をかしげる結衣ちゃん。
かわいい。
「『あの場で僕が何を言ったところで、雪乃ちゃんの悩みは払拭できない。逆に言うと、僕が何も言わなかったところで、雪乃ちゃんは一人で立ち直ってたと思うよ』」
雪乃ちゃんは強いからね、と付け足す。
強い人間は、自分をしっかりと支えることができる。
多少グラついても、また安定させることができる。
僕みたいな弱い人間は、折れて曲がって歪んでる。
彼女みたいな強い人間は、折れず曲がらず伸びていく。
そのことを、僕は知っていただけだ。
「……ゆきのんのこと、よくわかってるんだね」
薄く微笑みながら、結衣ちゃんは呟く。
「『雪乃ちゃんのことをよくわかってるわけじゃなくて、雪乃ちゃんみたいな人をよく知ってるんだよ』」
……ん?
それって誰だっけ?
めだかちゃんは雪乃ちゃんと似るような次元にはいないし、安心院さんなんて問題外だ。
……まあいっか。
『強い人』って意味では同じだ。
「……。あ、クマーお昼まだ食べてないでしょ? ハニトー持ってきたよ!」
「『うわ、すごいねこれ。これ全部結衣ちゃんの分?』」
「違うしっ! クマーにも分けてあげようと思って持ってきたの!」
ぷんぷんと怒りながら結衣ちゃんはハニトーとやらを素手で切り分けていく。
文化祭1日目は、この時食べたハニトーのように生ぬるく過ぎていった。
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文化祭2日目。
つまり一般公開日。
前日のゆるい空気は引き締められ、生徒の間にはどこかピリピリした空気を感じる。
外からの来客は受付を済ませなければならないので、そのへんのチンピラが入ってくることはないだろうが、それでもトラブルは多発する。
というわけで、今日は僕も文実として1日仕事を任された。
記録雑務としての僕の仕事は写真撮影だった。
この文化祭の思い出を写真としててきとーに残していく、実に楽な作業だ。
問題があるとすれば、行く先行く先で嫌な顔されるくらいだろうか。
僕何かしたかな?
仕事中には様々な来客とすれ違う。
近隣の中高生や家族連れ、総武高校志望の受験生など。
入り口近くともなれば、ちょっとしたパニックになっているレベル。
「ねえねえ、ゲーム研究部の出し物とかないの? 高校の文化祭で出されてる素人の同人ゲームって、結構侮れないんだよねぇ~」
「
「えっ!? ダイヤン、そっちにワルゴールドの手下が現れたって本当なの!? こんな楽しい文化祭の日に現れるなんて……。みんなごめん! 急用ができちゃったからちょっと行ってくるね!」
「待て待て待てお前たち! まず戸塚先輩に挨拶に行くのが先だ! それから全員で周るぞ! 単独行動するんじゃない!」
「……全員の希望通り効率的に周るルートを算出しました。機械的に言って、挨拶は早めに済ませるべきでしょう」
…………。
すごい5人組だな……。
彩加ちゃんの後輩なのかな?
どういう知り合いなんだろう……。
ばたばたと慌ただしくすれちがった5人組を見送っていると、その先に雪乃ちゃんを見つけた。
雪乃ちゃんは一つ一つの教室を、ゆっくりと眺めている。
その振る舞いからは、いつものような冷たさは感じられない。
「『やあ、雪乃ちゃん。見回り?』」
「ええ。他にやることもないし」
「『あれ、クラスの方は?』」
僕がそう言った途端、雪乃ちゃんは不意に目を逸らす。
「……アレに出るくらいなら仕事をしていた方がマシよ」
あー……。
そういえば前にもそんなこと聞いた気がする。
あとでJ組が何やるのか調べておこっと。
僕とのお喋りの最中でも、雪乃ちゃんは歩を進めながら見回りの仕事を続ける。
そんな雪乃ちゃんの視線があるクラスで止まった。
「……あのクラス、申請書類とやっていることが違うわ」
雪乃ちゃんが視線を向けているのは3年B組。
パンフレットによると、ゆっくり進むトロッコに乗って内部の装飾やジオラマを見せるという出し物をやっているはずだ。
しかし、教室内からはわーきゃー叫び声があがっていて、がたがたと騒がしい。
おそらく、昨日の2年E組のジェットコースターを見て、方向転換したようだ。
下級生のパクリとか、プライド無いのかとも思うが、これはこれで案外このクラスの代表者は商才があるのかもしれない。
ただ、商才があろうとなかろうと、そんなのは雪ノ下雪乃には関係がない。
上級生にも物怖じせず、ずんずんと進んでいった。
「代表者の方はいらっしゃいますか。申請内容とは異なった出し物を行っているようですが」
応対した先輩方は口々に「やべぇ!」だの、「速攻でバレた!」だの言い合い、そこからなぜか「と、とにかく乗せちゃえ! 勢いで誤魔化せ!」などと往生際の悪い経営者みたいなことを言いだした。
そして、先輩方(女子)に雪乃ちゃんは腕を掴まれ、むりやり教室に押し込まれてしまった。
「ちょ、ちょっと!」
雪乃ちゃんも抵抗はしたものの、非力な彼女では数人がかりの先輩方はどうにもすることができなかったようだ。
「あれも文実?」「腕章付けてるぞ!」「放り込め!」
うわ、標的が僕に変わった。
それから僕も数人がかりの先輩(男子)に為すすべもなく、教室に押し込まれてしまった。
先輩方の中に執拗に僕のお尻を撫でてくる人がいてさすがの僕も怖かった。
ダメ押しに力いっぱい押され、僕は先に中にいた雪乃ちゃんと一緒にトロッコの中に入り込んでしまった。
『えー、本日はトロッコロッコの御乗車いただき、ありがとうございます。それでは神秘の地下の世界を存分にお楽しみください』
アナウンスが終わると同時に、僕たちが体勢を整える間もなくトロッコが動き出す。
よく見ると、男子生徒4人。補助に2人で動かしているようだ。
最初の方は僕も雪乃ちゃんの方へと倒れ込まないように紳士的に頑張っていたのだが、なにしろアップダウンが激しい。
あまり教室内でスピードは出せないためなのか、とにかく上へ下へ左へ右へと動き回る。
うっぷ……。
トロッコが止まるころには完全に僕の力は抜けていて、雪乃ちゃんが自分の方へと来ないよう僕を押しやっている状態になっていた。
「『吐きそう……』」
「吐く前に私から離れなさい」
雪乃ちゃんに肩を貸してもらってなんとか教室の外に出る。
「どうよ! うちのアトラクションは!」
出口では、このクラスの代表者らしき先輩が誇らしげに立っていた。
この2人の状態を見て、なぜそんなに自信満々でいられるのか。
「『どうよも何も……。予定アトラクションと違い過ぎでしょ……』」
うわ、マジで吐きそう。
「ちょっとだけね! フレキシブルな現場判断でね!」
代表者はそう笑い飛ばす。
この人絶対試乗してないな……。
「……このまま続けるのなら、まず追加申請書類の提出。あと、利用者に説明の徹底をしてください。入り口に掲示と、利用前の口頭説明を」
「えー……。まあ、それくらいなら……」
「よろしくお願いします」
ぼちぼち本調子に戻ったらしい雪乃ちゃんは、1礼してその場を後にする。
歩き出すのに、ふらつく足取りでついていこうとすると、不機嫌そうな顔で睨まれた。
「……アトラクション内でのことは不可抗力として、不問にしてあげるわ。それよりも記録。仕事をしなさい。監視が必要かしら?」
「『ご、ごめ……。ほんとに待って……』」
不機嫌そうな雪乃ちゃんだったが、何だかんだで僕の体調が回復するまで付き添ってくれた。
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気分が良くなった後に、
その後も僕と雪乃ちゃんは一緒に見回りを続けた。
途中での出来事は特筆するようなことはない。
強いて言えば、犬猫の公開をしているクラスに訪れた時の雪乃ちゃんが可愛かったことくらいだ。
時間にして、20分くらいはいたはずだ。その間、僕は雪乃ちゃんの指示でずっと猫の写真を撮っていた。
「そろそろ時間ね」
たっぷり猫を堪能した雪乃ちゃんが腕時計を確認してそう呟いた。
「『何の?』」
「球磨川君、行きましょう」
僕の問いには華麗にスルーして、雪乃ちゃんは歩き出す。
彼女が向かった先は体育館。
並べられたパイプ椅子はすでに満席で、後方には立ち見客がずらりと並んでいた。
ウチのクラスの満席なんて目じゃない人数だ。
「『あ、そっか。もう有志発表の時間なんだね』」
「タイムスケジュールくらい把握しておきなさい」
体育館に入ると、雪乃ちゃんを見つけた文実の有志担当者が駆け寄ってきた。
「あ、雪ノ下さん! ちょうどよかった。椅子足りなくなっちゃって、立ち見の人が出始めてるんだけど、列整理とかした方がいいのかな」
「大丈夫だと思います」
担当者の提案を、雪乃ちゃんは一蹴してしまった。
「でも、騒がしくなっちゃわない?」
「……すぐに静かになりますよ」
雪乃ちゃんの言葉が終わったその瞬間。タイミングよく有志発表が始まった。
開かれた幕の向こうには、格調高いクラシック楽器が整然と並んでいた。
それからまもなく、楽器を手に華麗なドレスに身を包んだ女性たちが入場してくる。
演奏者の椅子が埋まると、最後に悠々とした足取りで1人の女性が指揮台に上る。
アレは紛れもなく、雪ノ下陽乃。
煌びやかな演奏者たちですら、背景の一部に落とし込んでしまうほどの存在感を放つ女性がステージに上る。
陽乃さんがスカートの端を指で摘み上げ、淑やかに1礼をする。
それだけの動作で観客を魅了する。
そして、彼女のタクトに合わせて、演奏が始められる。
視覚と聴覚。
雪ノ下陽乃の大胆な動きの指揮と演奏者の厳かな音色。
この二つを以て、雪ノ下陽乃は完全にこの場を支配した。
心を掴み、気持ちを煽り、行動を誘う。
まさに文実で行ったことと同じことを、あの集団よりはるかに多く、まるで異質の人々に対してやってのける。
盛り上がりが最高潮に達しているステージを見ながら、僕はあらためて雪ノ下陽乃の支配者としての素質を痛感した。
「……ゎ」
「『ん?』」
隣から聞こえたかすかな声に、僕は反射的に聞き返す。
「さすがだわ、と言ったのよ」
雪乃ちゃんは僕の耳元に口を近づけ、囁くようにそう言った。
「『へえ、意外だね。陽乃さんのことを褒めるなんて』」
思っていたとしても、絶対に口には出さないと思っていた。
「そう? 私はこれでも姉さんのことを高く評価しているのよ」
そんなことは知っている。
あの雪ノ下雪乃が目標としている人物だ。
相手に無理矢理納得させるだけの力は持っていて当然。
「私も、ああなりたいと思ったから」
指揮台でタクトを振るう姉と、それを見上げる妹。
それはあまりに絵になっていたが、そんなことは言えるはずもない。
一つだけ言えるとすれば。
「『君が陽乃さんみたいだったら、僕は勝負なんか挑まなかっただろうね』」
その言葉が彼女に届いたのかどうかは、返事が無いのでわからなかった。
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ゆっくり有志発表を鑑賞できるのは、陽乃さんのステージで最後だった。
有志発表の記録という記録雑務の仕事が僕にも与えられ、撮影機材のセッティングでてんてこ舞いだ。
せいぜいスマホの電話とメール、ゲームくらいしかできない僕にとって撮影機材の設定などはかなり苦戦したが、雪乃ちゃんも近くで仕事していたため、なんとかこなせている。
有志発表もいよいよ大トリ。
葉山君たちのグループだ。
葉山君は余裕そうにギターを調整しているっぽいが、他の面々はかなり緊張している様子。
そんなバンドメンバーを結衣ちゃんと海老名ちゃんが甲斐甲斐しくサポートしていた。
僕の担当仕事が一段落すると、あっちこっちウロウロしている雪乃ちゃんが目に入った。
「『どうしたの、そんなに落ち着きがない様子で。雪乃ちゃんが有志出るわけでもあるまいに』」
声をかけると、はっとした表情で雪乃ちゃんは僕に問いかける。
「ねえ、相模さん見てない……?」
相模ちゃん?
あたりをぐるっと見回すと、確かにいない。
葉山君たちの演奏が終わったらエンディングセレモニーの予定なのだが。
「セレモニーの最終打ち合わせをしておきたいのだけれど……」
「あ、じゃあ私電話かけてみるね」
近くで僕たちの会話を聞いていたらしいめぐり先輩が電話をするが、しばらくして難しい表情で携帯を下す。
「だめだ、繋がらない」
他の委員にかけてみても、収穫は得られない。
めぐり先輩はため息をつくと、誰もいない空間に呼びかけた。
「皆、いる?」
「ここに」
呼びかけた方向には生徒会役員がいつのまにか立っている。
どこの忍者なの?
「相模さん、捜してくれる? 定期的に連絡くれると嬉しいな」
「御意」
いや、明らかにセリフ回し狙ってるよね?
まさか普段からそんな感じじゃないよね?
しかし、忍者の如き生徒会役員の働きでも、相模ちゃんの昼過ぎからの消息がつかめなった。
「どったの、ゆきのん」
雪乃ちゃんの困った様子を見て、結衣ちゃんがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「相模さん、知らない?」
「いや、見てないけど……。いないと困るの?」
結衣ちゃんの問いに雪乃ちゃんが頷く。
「んー、ちょっと聞いてみる」
そう言って、結衣ちゃんは携帯を取り出してその場を離れた。
「『アナウンスで呼び出してみれば? それならさすがに気づくでしょ』」
「そうね」
放送の手配をし、校内アナウンスを流すが、一向に連絡はなかった。
「雪ノ下!」
アナウンスを聞きつけて、裏口から平塚先生が入ってきた。
「相模は来たか?」
その問いに、雪乃ちゃんは首を横に振る。
「そうか……。他の職員も今の放送を聞いて大方事情は把握した。見つければ連絡は来ると思うが……」
そう言う平塚先生の表情は渋い。
これだけ手を打っても見つからないということは、相模ちゃんは意図的に身を隠してる可能性が高くなってくる。
直接の原因はおそらく、オープニングセレモニーでの失敗。
それに加えて、文化祭直前の文実やクラス内での肩身の狭さ。
それらが相模ちゃんを逃げの選択に走らせたのだろう。
「参ったわね……。これではエンディングセレモニーができない」
「確かに……」
文実のトップ二人が深刻な表情を浮かべる。
それを気にして、結衣ちゃんが問いかける。
「さがみんいないとまずいの?」
「ええ、挨拶、総評、賞の発表が相模さんの役割なのよ」
「最悪、代役を……」
しかし、オープニングセレモニーで挨拶をした実行委員長が、エンディングセレモニーを欠席するのは、体裁が悪くなるのは避けられない。
「いえ、それも難しいでしょう。優秀賞と地域賞の投票結果を知っているのは相模さんだけ……」
文化祭の最中に行われる投票。
実行委員には他の仕事もあるため、集計作業は入れ代わり立ち代わり行われていたため、最終結果を知っているのはそれをまとめた相模ちゃんだけなのだ。
「『もう適当に当たり障りないとこに賞あげちゃう? 集計結果が正しいかどうかなんて、わからないもんでしょ?』」
「問題外よ。公正ではないし、万が一正しい投票結果がどこかから漏れた場合、最悪の事態に陥るわ」
ま、そりゃそうか。
僕も採用されるとは思ってなかったけど。
結局、相模ちゃんを捜しだすしかないのだ。
「どうかした?」
僕たちの様子を怪訝に思ったのか、葉山君が問いかけてきた。
「あ、相模さんが見つからなくて……」
めぐり先輩が事情を話すと、葉山君は数瞬の思案の後、口を開いた。
「副委員長、プログラムの変更を申請したい。もう一曲やらせてくれ。時間もないし、口頭承認でも構わないだろ?」
「そんなことができるの?」
「やってみせる。……優美子。もう一曲、弾きながら歌える?」
葉山君がガチガチに緊張している三浦ちゃんに話を振る。
振られた三浦ちゃんは相当驚いた様子だ。
「もう一曲? マジで? いやいや無理無理、無理だから! 今超テンパってるし!」
首をぶんぶん振ってできないことを主張する三浦ちゃん。
「頼むよ」
しかし葉山君の爽やかイケメンスマイルに押され、三浦ちゃんはうーっと悩み始めた。
頭を抱える三浦ちゃんに雪乃ちゃんが一歩近づく。
「……恥を忍んで、頼めるとありがたいのだけれど……」
「……はあ、マジありえないんだけど……」
三浦ちゃんは大きなため息をつき、立ち上がって雪乃ちゃんを睨み付ける。
「別に、あんたのためじゃないかんね」
ツンデレの常套句だが、三浦ちゃんのそれは間違っても照れ隠しなんかじゃないだろう。
三浦ちゃんの号令により、他のバンドメンバーもそれぞれ準備を始めてくれた。
もう一曲追加でやる、というのは言葉で言うより簡単ではなく、有志統制も準備で大わらわになる。
葉山君も各方面への連絡にメールや電話を数回行い、終わると同時にため息を一つ吐く。
「……感謝するわ」
「気にしないでくれ。俺も今日はいいとこ見せたいからね。だけど、俺たちが稼げる時間は10分程度だ。その時間で見つけないと」
10分稼ぐのにも一苦労だったが、捜索時間としては心もとない。
今も生徒会役員や教師が捜していても見つからないのだ。
「『時間が足りなさすぎるよ。最悪の想定はしておいた方がいい。投票結果をでっちあげるにしても、賞の発表を後日にするにしてもね』」
「そ、そうだね……」
めぐり先輩がしょんぼりと肯定する。
一方で、雪乃ちゃんは何かを考え込んでいる様子だ。
「球磨川君」
「『ん、なぁに?』」
「もうあと10分稼ぐことができれば見つけられると思う?」
「『10分ねぇ……』」
葉山君が稼ぐと言った10分と合わせて、合計20分。
もちろん、どちらも10分丸々稼ぐことは難しいだろう。だから、低く見積もって正味15分強。だが単純に倍になるのは大きい。
僕がこれから捜しに行っても、その時間では1か所が限界だが、生徒会役員や教師たちも捜索している。
「『ま、リスクの高い、分の悪い賭けだね』」
「あなた、そういうの得意でしょう?」
にやり、と雪乃ちゃんらしからぬ笑い方をする。
雪乃ちゃんはポケットから携帯電話を取り出し、一つ大きな深呼吸をしてから電話をかける。
「姉さん? 今すぐ舞台袖まで来て」
雪ノ下雪乃は最後の一手を打った。
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「で? 何の用かな雪乃ちゃん。これから隼人の出番だし、バンド見てたいんだけど」
どうやら観客席にいたらしく、呼び出しから3分もしないうちに陽乃さんは現れた。
「姉さん、手伝って」
その単刀直入の言い方に陽乃さんは冷たい瞳のまま、雪乃ちゃんを見据える。
対する雪乃ちゃんも陽乃さんから目を逸らしたりしない。
「へえ、雪乃ちゃんが私にお願い事なんて初めてだし、いいよ。聞いてあげる」
言葉とは裏腹に冷たさを秘めている陽乃さんの返答。
まだきっぱり断ったほうが甘いというものだ。
「お願い? 勘違いしてもらっては困るわ。これは実行委員としての命令よ。指示系統上、この場では私が上の立場であることを認識しなさい。有志代表者の協力義務事項はたとえ校外の人間であっても適用されるわ」
それに対して、あくまで上から目線で言う。
自分がお願いしているというのに、彼女の立場を揺るがせない。
道理を通して、無理をねじ伏せる。
一方の陽乃さんは可笑しそうにくすくすと笑うだけだ。
「で? その義務に反した場合のペナルティは何かあるの? 強制力なんてないでしょ? 出場取り消しなんて、私には関係ないし。どうする? 先生に言いつけちゃう?」
雪乃ちゃんが通した道理を、陽乃さんは無理で引っ込める。
ペナルティが怖くないのなら、ルールに従う必要はない。
『あるべき姿』として理想論をかざす雪乃ちゃんに、陽乃さんは現実的な姿勢で返す。
しかし、雪乃ちゃんは怯まない。
「いいのかしら? 人生、何が弱点になるかわからないというのに」
ちらりと雪乃ちゃんは僕を見る。
「…………」
「自分勝手な理由で協力義務を放棄。さらに助けを求める妹を見捨てる。たとえどんなに小さな穴でも、ダムを決壊させるには十分なのよ?」
「……へえ。私を脅すつもり?」
「そんな気はないわよ。ただ、ここで協力して『妹を助けてあげる姉』になるのと、私に自分の汚点を見せつけるの。どちらがいいかしら?」
…………。
雪ノ下姉妹のにらみ合いは続く。
「ふぅん……」
その膠着を破ったのは、意外にも陽乃さんの方だった。
「雪乃ちゃん、変わったね。これが成長って言うのかはわかんないけど。……いいよ。手伝ってあげる。多少の粗も今回は目をつぶってあげるよ」
陽乃さんは先ほどの雪乃ちゃんのようにちらりと僕を見る。
その目から、彼女の思惑は読み取れない。
いや、読み取らせないようにしてるんだな。
「で、どうするつもりなの?」
「場を繋ぐわ」
陽乃さんの問いに雪乃ちゃんは端的に返す。
だが、当然そんな答えでは納得されない。
「だから、どうやって」
「私と姉さん……。あと二人くらいいれば、何とか……」
そう呟く雪乃ちゃんの視線の先には、ステージ袖に置かれていた楽器。
その視線で、この場にいる何人かは雪乃ちゃんがやろうとしてることに気付いたようだ。
「はぁん。楽しいこと考えちゃうねえ。で、曲は?」
「ぶっつけ本番でいくのだから、私たちができるものをやるしかないでしょう。昔、姉さんが文化祭でやった曲、今もできる?」
雪乃ちゃんの問いかけに、陽乃さんは実際に歌うことで答える。
鼻歌程度の軽いものだったが、それでも感動させるのはさすがとしか言いようがない。
「誰にものを言ってるのかな? 雪乃ちゃんこそちゃんとできるの?」
「私は、姉さんがやってきたことなら大抵できるのよ」
挑発する陽乃さんに、対抗心むき出しの雪乃ちゃん。
実は結構バランスの取れた姉妹なのではないだろうか。
「静ちゃんっ」
突然、陽乃さんに呼ばれた平塚先生はため息を吐きながらやれやれと首を振った。
「……仕方ない。私がベースをやろう。陽乃と昔やった曲ならまだ弾けるだろう」
どうやら、平塚先生は以前陽乃さんと一緒にバンドを組んだ経験があるようだ。
陽乃さんはくるりと振り向き、めぐり先輩にも声をかける。
「めぐり、サポートでキーボード、いけるね?」
「はい! 任せてください!」
とんとん拍子に時間稼ぎのためのバンドメンバーが決まる。
ここまでくるとご都合主義的な感じがするなぁ。
「さて、あとはヴォーカルかな」
陽乃さんの人員補充はここまでのようで、問いかけるように陽乃さんは言う。
その言葉を受けて、雪乃ちゃんはそっと口を開く。
「……由比ヶ浜さん」
「うぇ!?」
完全に油断を突かれた声を出す結衣ちゃんに、雪乃ちゃんは一歩歩み寄る。
「あなたを頼らせてもらっても、いいかしら」
「あ、えっと……、その、自信ないっていうか……、たぶんあまりうまくできないと思うし、逆に迷惑かけちゃうかも、なんだけど……」
まっすぐ結衣ちゃんを見つめる雪乃ちゃんに対して、結衣ちゃんは視線を泳がせながらしどろもどろに言葉を紡ぐ。
でも。
そう言葉を区切った結衣ちゃんは、覚悟を決めたように雪乃ちゃんと目を合わす。
「そう言ってくれるのを、待ってたよ」
結衣ちゃんと雪乃ちゃんは、互いに手を握り合う。
しっかりと。
「で、でも歌詞とかうる覚えだかんね!? あんまり期待しないでね!?」
「……正しくはうろ覚え、よ。今のでちょっと不安になってきたわ」
「ひどい!」
軽口をたたき合う二人は、ちょっと僕には眩しすぎる。
「球磨川君」
いちゃいちゃし終わったらしい雪乃ちゃんが僕の名を呼ぶ。
「『ま、最低限の成果は出してくるから。あんまり期待しすぎないでね』」
「クマーがんばって!」
結衣ちゃんの声援を背に、僕は体育館を後にした。
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有志発表が行われているこの時間は全くと言っていいほど人の姿は無い。
時折すれ違うのは、今も相模ちゃん捜索を続けている生徒会役員や教師のみなさんだ。
そんな人気/zeroの校舎内を僕は悠々と歩いていく。
相模ちゃんの居場所はおおよそ見当がついている。
とはいっても、僕の推理に過ぎないが、まあ十中八九当たっているだろう。
この推理において相模ちゃんの居場所を絞る大きな要因になったのは、生徒会役員や教師の方々だ。先ほどまでの僕たちの時間稼ぎ計画の相談中も彼らは捜索を続けていた。にもかかわらず相模ちゃんは未だ見つかっていない。
ということはだ。相模ちゃんはこの文化祭で使われていない場所、なおかつ通常は入れない場所にいる可能性が高い。
文化祭は学校全体で行われる高校最大のイベントだ。部活動の展示などもあるため、校舎内で使われていない場所はほとんど無いと言っていい。
条件を満たす場所などそう多くはないのだ。
しかし、それでも10分で全てを周れるほど少ないわけでもない。
その中から、相模ちゃんがどこを隠れ場所に選ぶか。
ここからは相模ちゃんの心理を推察すれば答えは出る。
過負荷の僕には、今の相模ちゃんの心境が手に取るようにわかる。
相模ちゃんは文化祭準備期間、そして当日の失敗をかなり気にしていた。
それは文化祭1日目のクラスでの様子を見ていればすぐにわかった。
元々、自分や周囲の人間にランク付けしてしまう考えを持っていた相模ちゃんにはその状況が耐えられない。そんな心境でのエンディングセレモニーなど、相模ちゃんにとっては公開処刑にも等しい。
今、彼女は自分の価値を喪失している。
そんな彼女が取る行動は一つ。
他人に自分の価値を指摘してもらうこと。
あとはもうここまで導き出した答えを繋げるだけだ。
文化祭では使われていない、通常入れない場所。生徒会役員や教師には見つからない場所。彼女の価値を指摘してくれる人物に見つけてもらえる場所。
それは。
「『屋上だよね、相模ちゃん』」
鍵の壊れた屋上への扉を開ける。
そこには、金網に寄りかかるようにして入り口を見つめていた相模ちゃんがいた。
その表情は驚き、そして落胆へと変わる。
当たり前だ。
彼女が待っていたのは僕じゃないんだから。
「『やあ。こんなところで何してるの?』」
「……別に、アンタには関係無いでしょ」
「『いやいや、文化祭実行委員会として、なにより君から依頼を受けた奉仕部として! 文化祭を成功させるために君を呼びに来たんだよ。さ、そろそろエンディングセレモニーが始まっちゃうよ。一緒に戻ろう』」
「別にうちがやらなくてもいいんじゃないの。雪ノ下さんとか、生徒会長さんとか、代わりなんていくらでもいるでしょ」
もうアンタに用はないと言わんばかりに、相模ちゃんは後ろを向いてそのまま金網にもたれ掛かる。
「『いやぁ、僕もそう思ったんだけど、どうやら君が持ってる集計結果が必要でさ』」
「別に、集計結果だって、集計し直せばよかったのに。みんなでやればそれくらい……」
「『無理だって。こんなところで黄昏てる相模ちゃんと違って、この時間帯は皆忙しいんだから。無駄な仕事なんて増やせるほど暇じゃないんだよ』」
「じゃあ集計結果だけ持っていけばいいでしょ!!」
金網を震わせて、相模ちゃんは集計結果の記された紙を地面に叩きつける。
その紙はちょうど僕と相模ちゃんの中間にあたるような位置で止まった。
「『……そう言われればそうだね。なんで気づかなかったんだろ。集計結果さえあれば相模ちゃんいらないじゃん』」
なるほど、と感心しつつ、僕は叩きつけられて今にも風で吹き飛んでしまいそうな集計結果の紙を拾い上げる。
「『よし、これで文化祭は無事成功できるね! 安心してていいよ相模ちゃん! 奉仕部に依頼した時に言ったように、今回の文化祭が成功すれば、それは全て相模ちゃんの手柄だよ! 何もせずに成功を収めるなんて、相模ちゃんってば意外に大物なんじゃない?』」
得るものも得たし、もうここには用はない。
集計用紙を折りたたんで懐に入れた僕は、そのまま回れ右して出口へと歩く。
相模ちゃんが動く気配はない。
校内へと続く扉を閉める時に見えた相模ちゃんの背中は、文実で見たそれと同じように小さく、どうしようもないほどに弱々しかった。
そんな弱々しい人の味方であるのが、この僕球磨川禊。
具体的には思いつかないが、彼女をおびやかす何がしかから彼女を守るため、屋上の扉のシリンダー錠が壊れているという事実を
これでさっきの僕みたいに、彼女が望まない人物がここにやってくることはない。
代わりに彼女が望む人物もここを訪れることはなくなるが、そこはそれ。コラテラルダメージというやつだ。
ちなみに、屋上の扉という重要な扉を南京錠で施錠する、なんていう学校もあるらしいけど、総武高校はそんな愚かな真似はしてないんだよ。
「『それじゃ、また明日とか』」
ともあれ、目的を果たした僕は足取り軽く階段を降りていった。
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体育館へと続く廊下を僕は歩く。
相模ちゃんがいる場所の予測を見事当て、相模ちゃんから集計結果を受け取るのにも大して時間はかからなかったため、当初の見通しよりもまだだいぶ余裕がある。
ステージではそろそろ雪乃ちゃんたちの演奏が始まっているころだろうか。
早めに行けばまだ演奏が聴けるかもしれないと思い、走りだそうとした矢先、前方から見覚えのある人物がこちらに向かって走ってきていた。
「球磨川君! 相模さんは見つかったか!?」
その人物は、先ほどまで体育館で時間稼ぎをしてくれていた葉山隼人。
疲れているだろうに、捜索に参加してくれようとしたらしい。
「『うん、大丈夫! ちゃんと見つけたよ!』」
僕の言葉に葉山君はほっと胸を撫で下ろす。
「そうか、よかった……。で、彼女はどこにいるんだ?」
「『ん? ああ、相模ちゃんはここにはいないよ』」
「…………は?」
「『見つけたは見つけたんだけどさ、お恥ずかしいことに説得できなくてね。でも大丈夫! 集計結果は貰ってきたから、ひとまずエンディングセレモニーは予定通りに進行できるよ』」
僕が言い終わるや否や、葉山君は僕に詰め寄ってきた。
「相模さんはどこにいた!?」
「『知りたい気持ちはわかるけど、相模ちゃんってば今は一人になりたいみたいだからさ。今のところはそっとしておいてあげようよ』」
そう僕が言うと、葉山君は僕の胸ぐらをつかみ、壁に叩きつける。
「『……壁ドンなら女の子に、しかもされるんじゃなくてしたいんだけどな』」
「君は……。お前はどうしてそうなんだ!」
普段の葉山君からは想像できない怒鳴り声だ。
「……相模さんの居場所を教えてくれ」
先ほどの問いを、葉山君はもう一度口に出す。
「『教えたところで、君はどうするつもりなんだい?』」
僕は答えない。
身動きが取れないまま、数十秒が過ぎる。
「『僕が嫌いなものってわかる?』」
「……知らないよ」
僕からの問いに、葉山君はそっけなく答える。
つれないね。
「『一番嫌いなのは
「……それがどうしたんだ」
「『君は相模ちゃんの居場所を聞いてどうするつもりなの? 相模ちゃんを必死に説得して、わかってもらって、エンディングセレモニーに出演させて、文化祭が無事成功して、みんなハッピーでめでたしめでたし。そうしたいの?』」
「それの……何がいけないんだ?」
「『いけないよ。敗者が勝者に、勝者が敗者になるような逆転は、あってはいけないんだ』」
すぐ目に前にある葉山君の表情は、僕の言っていることがわからないとでも言いたげだ。
サッカー部で、常日頃から勝負の世界に身を置いてる君がわからないはずがないじゃないか。
「『君は、自分の立場を理解した方がいい。僕や雪乃ちゃん、結衣ちゃん。相模ちゃん三浦ちゃん海老名ちゃん戸部君彩加ちゃん。この学校の生徒たちや先生たちと君では立場がまるで違う。言うなれば審判、ゲームマスター。君が軍配を上げたほうが無条件で勝利する。総武高校という盤の上で行われた、文化祭というゲームにね。だから君を行かせるわけにはいかない。最後の悪あがきをしてる相模ちゃんにきちんと負けてもらうためにね』」
「……俺にそんな力はないよ」
「『あるよ。例えば、君がある日突然三浦ちゃんを仲間はずれにしたとしよう。クラスの女王様を気取ってる三浦ちゃんでさえ、葉山君の決定には抗えずに一人ぼっちになるだろう。例えば、君がある日突然僕を虐め始めたとしよう。そうなれば教師でさえ、僕に原因があると決めつけるだろう。果ては、葉山君の行為が正当化されるような原因が後付けされるだろう。君の圧倒的な、それだけなら陽乃さんすら凌ぎかねないカリスマを以てすれば、やろうとしてできないことなんてないだろうね』」
気が付くと、僕の胸ぐらをつかんでいた腕からは力が抜けていた。
その隙に僕はその腕を振りほどく。
「『ま、君はそんなカリスマを持つに相応しく善意に満ち溢れた人間だから、今僕が例に出したことは実現しないだろうけどさ』」
掴まれてしわくちゃになった襟を正す。
学ランならこういうのは楽なのにな。
「『でも、善意が人を傷つけることだってあるんだぜ』」
「…………」
「『さて、ゲームマスターさん。この文化祭のために身を削って働き続けた雪ノ下雪乃と、最後の最後まで足を引っ張り続けた相模南。一体どちらが勝者と呼ぶに相応しいかな? どちらが勝利の祝福を受けるべきで、どちらが敗北の苦渋を味わうべきなのかな。そこのところ、よーく考えた上で、それでも相模ちゃんの居場所を聞いてくるようなら、教えてあげるよ。ゲームマスターさんには従わないとだからね』」
「…………」
葉山君は口を開かない。
僕はそれをもう話すことはないと解釈した。
「『君の行動は間違いなく善行だし、君の考えは善そのものだ。でもね、善だけでは正義にはなれないんだよ。テニスコートでのいざこざ然り、千葉村での問題然り。皆が納得して皆幸せにしようなんて幻想を追いかけてる限り、君のやってることは善意の押し付けの域を出ない。悪人を傷つけるのは悪意だけど、善人を傷つけるのは善意なんだぜ』」
おっと、ついつい話し込んじゃった、
急げばまだ雪乃ちゃんたちの演奏が聴けるかもしれない。
「『それじゃ、僕は体育館に行ってくるよ。集計結果を届けなくちゃいけないからね』」
僕はそれだけ言って、立ち尽くす葉山君をよそに体育館へ向かう。
説得には失敗しちゃったわけだし、予定変更にちょっと準備が要るだろうから、少し急がなきゃね。
小走り程度に進む速度を上げながら、僕は体育館へ向かった。
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エンディングセレモニーは問題なく進んでいく。
進行をする人物が変わったところで、大した影響はない。
ちょっと疑問に思うくらいで、文化祭の閉幕という最後を飾るイベントの盛り上がりに流される。
壇上に立ったのは結局めぐり先輩だった。
相模ちゃんと同学年である雪乃ちゃんがやった方がいいんじゃないかという声もあったが、雪乃ちゃん本人がそれを辞退した。
結果的にオープニングセレモニーでも顔を出しているめぐり先輩に落ち着いたというわけだ。
これにて、波乱の文化祭は終わり。
僕も一息つけるというものだ。
ほんと、真面目に働くとか僕のキャラじゃないんだけどなー。
エンディングセレモニー後の後片付けもあらかた終わった後、最後の文実の集まりには当然相模ちゃんの姿は無い。
締めの挨拶をめぐり先輩が行い、解散となった。
実行委員たちの歓声と拍手が飛び交う中、雪乃ちゃんの視線が下を向いているのが見えた。
帰りのホームルームのために自分の教室へと戻っていく実行委員たちを見送りながら、僕もその人ごみの中に混ざり、自分の教室へと向かう。
そのまま帰りのホームルームも終わり、打ち上げの話をしているクラスメートたちを横目に僕は教室を出た。
別に行く必要はないけれど、なんとなく足が向かってしまう。
多分いるはずはないけれど、なんとなくここにいる気がする。
鍵がかかっているはずの扉は、何の抵抗もなくすらっと開いた。
その先には、日常の光景。
西日に照らされている雪乃ちゃんがそこにいた。
「あら、球磨川君。何の用かしら?」
「『別に用はないさ。放課後と言えばここって感じで足が進んじゃってね』」
僕もいつもの指定席へと腰を下ろす。
そのまま、お互いが口を開かずに時間が経過する。
雪乃ちゃんが何かを書いていて、僕はそれをなんとはなしに眺めているだけ。
「ねえ、球磨川君」
しばらくすると、雪乃ちゃんが僕に問いかけてる。
書き途中らしい用紙の上にペンを置き、じっと僕を見つめていた。
「弱さって何かしら?」
「『人間らしさじゃないかな』」
雪乃ちゃんの問いに、僕は考えることもせずに答えた。
「『強さと言われて、僕は2人の人物を思い浮かべるけど、どちらも人間らしさとはかけ離れてた。だから僕は、弱さとは人間らしさだと思うよ』」
僕の答えに雪乃ちゃんは反応を示さない。
ならばと僕も問いかける。
「『じゃあさ、雪乃ちゃん。強さって何かな?』」
「人間らしさよ」
雪乃ちゃんも考えることをせずに即答した。
「強さと言うのは、人が積み重ねてきたもの。つまり人生そのもの。人の強さは人の人生の成果。だから私は、強さとは人間らしさだと思うわ」
僕の答えを聞いた上で、彼女はその答えと真っ向から反する答えをためらうことなく言い放った。
「『……で、それがどうしたの? 何となく気になっちゃったとかじゃないでしょ?』」
「別に大したことじゃないわ。最近考えていたことに結論が出ただけよ」
「『結論?』」
悩みごとがあったから、ここ最近の雪乃ちゃんは様子が変だったのかな?
「弱いこと自体が悪だと言う気は無いけれど、それでも強くあろうとしない人を私は許せない。この考えは変えられないと、今回の一件で改めてわかったわ」
「『ふぅん。依頼人を実験台にするとは、雪乃ちゃんもなかなか酷いことをするね』」
「あなたに勝つためだもの。形振り構っていられないわ。それに、彼女には最低限忠告もした。それを無視するような人は守り切れないわよ」
…………。
陽乃さんを説得した時にも少し思ったけど、雪乃ちゃんちょっと
まだ手遅れというほど染まり切ってはいないが、以前の雪乃ちゃんなら依頼人を見捨てることなどしなかっただろう。
特に何かした記憶も無いんだけどな。
「『ま、それはともかくとして。結局僕への対抗心を高めたっていうこと? 強くあろうとしないなんてことはないんだけどなぁ』」
「あら、違うわよ。私は球磨川君が弱者だと思うことをやめたのよ」
……へ?
「球磨川君自身が言うように、あなたは今まで幾度も敗北を繰り返してきたのでしょう。それでも、積み重ねてきた敗北はあなたの強さになっている。そんなあなたが弱いはずがない。だから私は、今まで以上に全身全霊を以て、あなたに挑むわ」
「『……まぁ、君がどう思うかは自由だけどね』」
昔、誰かにそんなことを言われた気がするが、記憶を辿ってみてもそんなことを言った人物はいない。
それよりも今は目の前の敵を見据えよう。
油断も、見下しもしてくれなくなった僕の敵。
僕と君との決着は、存外早いのかもしれない。
時間が空くとどんなふうに書いてたかを忘れていて怖かったです。
ということで文化祭編は完結です。
時間がかかっただけあって、分量がものすごいですね。
次回なのですが、6.5巻の体育祭編は飛ばして7巻の修学旅行編から始めたいと思っています。
理由としては、単純に体育祭編のことを見逃していて、全く構成ができていないという状態であるからですね。
楽しみにしていた方がいましたら、大変申し訳ありません。
ではでは。