やっぱり球磨川禊の青春ラブコメはちがっている。   作:灯篭

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やっとここまできた......どんだけ話数かけてんだよ、他の俺ガイル作品は2,3話でここまで終わらせてんだぞ......
みたいな作者の気持ちが見え隠れするサブタイトルですね。

なんもかんも政治のせいってことでひとつ。




やっと由比ヶ浜結衣は相談する。

 週が明けての月曜日

 僕は通学路の途中にあるコンビニで週刊少年ジャンプ今週号を購入し、とても上機嫌だった。

 やっぱり月曜日はいいね。

 僕は週刊少年ジャンプを買えてウキウキなのに対して、周りの学生及び社会人は目に見えてテンションが最低値だ。

 この瞬間だけ、僕は周りに対して優越感を感じる。

 

 

 教室に入り、自分の席でさっそく週刊少年ジャンプを読み始める。

 

 

 教室内は先週に引き続き暗いムードだった。

 その原因はトップカーストの1人である結衣ちゃんが1週間強休んでいるからだろう。

 結衣ちゃんが属するグループが暗い雰囲気なのに引っ張られて周りも騒ぎづらくなっているのだ。

 

 

 我関せずと、週刊少年ジャンプを読んでいたらクラスの1人に『不謹慎じゃねえのか』みたいな言いがかりをつけられたこともあった。思うように騒げずにストレスがたまっていたクラスメイトがここぞとばかりに僕を責め立てるので『僕は季節変わるごとに風邪引くけどクラスメイトがプリント持ってきてくれたこととかないし、そんなもんなんじゃないの?』と言ったら、教室内の空気がさらに1段階重くなった。

 

 

 そんな愉快な出来事もあり、ここ1週間は大変居心地が良かったのだが、それも今日で終わりらしい。

 

 

 再び教室の扉が明けられると、教室内が騒然となった。

 

 

 ちらっと扉の方を見ると、結衣ちゃんが登校してきたようだった。

 あれよあれよと言う間に囲まれて、質問攻めにあう結衣ちゃん。

 気の毒そうだが、僕の友情・努力・勝利を得るための手はそんなことでは止まらない。

 

 

 引き続き週刊少年ジャンプを熟読していると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 

 

「クマー何で生きてんのっ!?」

 

 

 どうやら結衣ちゃん的には僕は死んだ方がいいらしい。

 

 

「『おいおい、それはあんまりじゃないか結衣ちゃん。おけらだってあめんぼだって僕だってみんなみんな生きているんだぜ? 友達かと言われたら僕の一方的な片思いなんだけどね』」

 

 

「じゃなくてっ! その、飛び降りたじゃん……」

 

 

「『は? 何言ってんの? 変な夢でも見たんじゃない? もー、夢に見るくらい僕のこと好きだったのかよ。言ってくれたら告白したのにー』」

 

 

「そ、そんなんじゃないしっ!! うーん……夢……だったのかなぁ……?」

 

 

 由比ヶ浜さんチョロイ。

 将来悪い宗教とかに引っかからない?

 

 

 結衣ちゃんは腑に落ちないながらも疑問が解けたようで、すっきりとした表情で彼女のグループの輪に戻っていった。

 アホの子なんだなぁ。

 

 

 その後は何事もなく時間が過ぎていった。

 長らくお通夜ムードだった反動なのか以前よりも騒がしかったが、僕には関係がなかった。

 

 

 しかし、結衣ちゃんが復帰してきたということは雪乃ちゃんもそろそろ登校してくるかもしれない。

 結衣ちゃんと同じように現実逃避してくれてるか、質問攻めにされるか。

 まぁ、後者だろうな。さすがにあんなことがあって夢で済ませるほど雪乃ちゃんの頭はおめでたくはないだろう。

 

 

 後で考えればいいか。

 週刊少年ジャンプよりも優先順位が高いものは今の僕にはなかった。

 

 

________________________________________________________________________

 

 

 

 時間は飛んで放課後。

 さて、部室の鍵を取りに行くか、このまま部室に向かうか。

 

 

 雪乃ちゃんが登校してきているなんて情報は僕の下には届いていないが、僕の下に来る情報なんて学校新聞くらいなので何の参考にもならない。

 

 

 ま、無駄足になるかもしれないけど部室にそのまま行くとしよう。

 無駄と余分は僕の友達だからね。

 

 

 そう決めて教室を出る。

 ホームルームが終わってから結衣ちゃんがこっちをちらちら見てたけど、今日また来るつもりなんだろうか。

 

 

 奉仕部室に着くと、鍵が開いていた。

 珍しく僕の予想は当たったようだ。友達に会えなくて残念無念。

 

 

「こんにちは」

 

 

 部室に入ると、先にいた人物から挨拶される。

 言うまでもなく雪乃ちゃんだ。

 

 

「『こんにちは。ずっと休んでたみたいだけど、大丈夫かい?』」

 

 

「ええ。あなたに心配されるほど私も落ちぶれてはいないわ」

 

 

「『そっ。体調が悪くなったら帰っちゃってもいいからね』」

 

 

「万が一の場合はそうさせてもらうわ」

 

 

 軽く世間話的なものをしたところで僕は自分の席に座り、週刊少年ジャンプを読み始めた。

 

 

 おかしいな。雪乃ちゃんなら開口一番に問い詰めてくると思ったのに。

 まさか、結衣ちゃんと同じで夢だと思い込んでいる?

 

 

 もし仮にそうだとしたら、いささかがっかりしたと言わざるを得ない。

 

 

 君もまた、愛すべき馬鹿の1人なのかい?

 

 

 まぁ、そんなことは僕には関係ない。

 聞いてこないのならそれでいい。こっちから話すつもりはない。

 

 

 そうして僕と彼女の二人きりの読書タイムを過ごしていると、先々週と同じような弱々しいノックが聞こえてきた。

 

 

「どうぞ」

 

 

 お、今度はどもらなかったね。

 

 

「し、失礼します……」

 

 

 入ってきたのはやっぱり結衣ちゃんだった。

 

 

「こないだはゴメン……相談に来たのに途中で寝ちゃったみたいで……」

 

 

「いえ、いいのよ。それで、今日もその相談かしら?」

 

 

「う、うん……」

 

 

 結衣ちゃんは執拗にこっちをチラチラと見ている。

 

 

 何か言いたげだが、僕は読心術など使えないので全く分からない。

 

 

 雪乃ちゃんに助けを求めるように視線を送ると、呆れたようにため息をついてカバンから財布を取りだした。

 

 

「球磨川君、これで何か飲み物を買ってきてちょうだい」

 

 

 そう言って雪乃ちゃんは僕に千円札を手渡した。

 

 

「『うん、わかったよ。パシらされるのは慣れてるからね! むしろパシリに関して僕の右に出るものはいないよ!』」

 

 

「そう。なら早く行ってきて」

 

 

 僕はアイシールド顔負けの走りで購買へ向かった。

 

 

 特別棟を出ることなく力尽きたが。

 

 

 紆余曲折あって、無事雪乃ちゃんと結衣ちゃんの飲み物を確保し、部室へ戻った。

 何もなかったよ?

 カツアゲしに来た3年生をまとめて螺子伏せたりなんてしてないし。

 

 

「遅い」

 

 

 部室に入っての第一声は罵倒だった。

 まぁ、特別棟のなかで5分くらい倒れていたから仕方がない。

 

 

「『まあまあ、ちゃんと買ってきたんだから許してよ。はいこれ、いつも飲んでるやつ』」

 

 

 そう言って僕は雪乃ちゃんに『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』を渡す。

 最初見たときは目を疑ったぜ。何で野菜生活にいちごヨーグルトをミックスしちゃうんだよ。企業チャレンジャーすぎるでしょ。

 

 

 ちなみに味はまぁまぁおいしかった。

 

 

 結衣ちゃんには『男のカフェオレ』を渡す。

 どこが男なんだろう。ちょっと苦いのかな。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 えへへ、とはにかむ結衣ちゃん。

 うん、そろそろ安心院さんへの想いも吹っ切っていい頃だよね。

 そう思うくらいには、結衣ちゃんの笑顔は破壊力がすごかった。

 

 

「『で、依頼内容は聞けたの? 何なら僕このまま帰っちゃってもいいぜ? 女の子同士じゃないとできない相談も中にはあるだろうしさ』」

 

 

「その必要はないわ。球磨川君にも手伝ってもらうから」

 

 

 そう言って雪乃ちゃんは立ち上がる。

 

 

「『どこに行くの?』」

 

 

「家庭科室よ」

 

 

________________________________________

 

 

 

 結衣ちゃんの依頼は『あたしの不注意で迷惑かけちゃった人へのお詫びとして手作りクッキーを渡したいんだけど、料理に自信がないので手伝ってほしい』というものだった。

 

 

 結衣ちゃんは友達が多いのだから、こんな怪しげな部に依頼しなくても友達に相談すればいいのではないかと思ったが、友達には真剣すぎて逆に相談できないのだという。

 

 

 逆にってつければ大体何でも通るから好きだよ、僕は。

 

 

 まぁ、先日の処女問答(何かかっこいい)でわかる通り、結衣ちゃんは周りに流されやすいのだろう。いかにもビッチっぽい格好をしてるのにあの初心な反応だ。外見などをただ友達に合わせていただけだと推測できる。

 

 

「エプロンが曲がっているわよ。あなた、エプロンもまともに着られないの?」

 

 

「ごめん、ありがと……。えっ!? エプロンくらいちゃんと着られるよっ!」

 

 

「ならちゃんと着なさい。適当なことをしているとそこの男みたいに取り返しがつかなくなるわよ。

 

 

 こりゃまた一本取られたぜ。

 しかし、制服エプロンもいいものだ。いや、裸エプロン先輩の名に懸けて裸エプロンのほうが魅力的だと断言するけどね?

 

 

「まだちゃんと着ていないの? それともやっぱり着られないの? ……はぁ、結んであげるからこっちにいらっしゃい」

 

 

 雪乃ちゃんが呆れながらも手招きをする。

 

 

 それに結衣ちゃんはおろおろびくびくと言った感じできょろきょろしていた。

 やだこの子かわいい。

 

 

「早く」

 

 

「ごごごごめんなさい!」

 

 

 雪乃ちゃんの催促に結衣ちゃんが急発進する。

 何かにおびえている小動物みたいだ。

 

 

 雪乃ちゃんは結衣ちゃんの後ろに周り、きゅっとエプロンのひもを結ぶ。

 

 

 なんとも百合百合しい。

 ごちそうさまでした。

 

 

「ね、ねぇ……」

 

 

 微笑ましい二人を見てると、結衣ちゃんが話しかけてきた。

 

 

「『なんだい?』」

 

 

「クマーも、その……家庭的な女の子って好きなの?」

 

 

「『もちろん。男子なら嫌悪感を抱くことはないと思うよ。イマドキギャルは苦手だけど、家庭的な女の子に憧れるって男子はそう少なくないはずだよ』」

 

 

 いいよね、料理してる女の子を後ろから眺めるシチュエーション。

 あ、服装は裸エプロンでお願いします。

 

 

「そ、そっか……。よーしっ! やるぞー!!」

 

 

 よほどうれしかったのか、ブラウスの袖を捲り、気合を入れてクッキーを作り始める。

 

 

 まずは結衣ちゃんの実力を見るために、1人で作ってもらうようだ。

 

 

 結論から言って、結衣ちゃんは料理がド下手だった。

 

 

 卵に殻が入っているわ、小麦粉はダマになっているわ、バニラエッセンスをどぼどぼ入れるわ、砂糖と塩を当然にように間違えるわ、勝手に隠し味を加えようとするわetc.

 

 

 1回の行動で2回の失敗を繰り出すザマだった。

 

 

 あれ、僕いつのまにか却本作り(ブックメーカー)取り戻してたのかな。

 

 

 雪乃ちゃんはというと、そんな結衣ちゃんをまるで信じられなものでも見るかのような顔をしていた。

 

 

 そうしてできあがったのがクッキーと言う名のダークマター。

 

 

「『ごめん、ちょっと僕用事思い出した。妹である球磨川雪ちゃんが高熱を出したというのに家には誰もいないんだ。だから僕は帰らせてもらう! 冗談じゃねぇ! こんな場所にいられるか!!』」

 

 

「待ちなさい、逃がさないわよ」

 

 

 家庭科室の出入り口を目指して走りだそうとしたところを雪乃ちゃんに足を引っかけられ、あえなく転倒。

 ちっ、誤魔化せなかったか。

 

 

「な、なんで?」

 

 

 結衣ちゃんは目をうるうるさせながらダークマターを見つめていた。

 

 

「理解できないわ……どうやったらあれだけミスを重ねることができるのかしら」

 

 

 雪乃ちゃんも愕然としながらダークマターに視線を落としている。

 

 

「で、でも食べてみたら意外とおいしいかもしれないよね!」

 

 

 そんなきのこを初めて食べた古代人みたいなチャレンジャー精神を発揮されても困る。

 

 

「そうね。味見をしてくれる人もいることだし」

 

 

「『これ完全に毒見だよね』」

 

 

「毒じゃないしっ! ……毒じゃないよね?」

 

 

 いや、『どうでしょう?』みたいな顔されても。

 

 

「『まあいいや。女子に危険物を食べさせるわけにはいかない。僕が全て平らげてやるぜ!』」

 

 

 いざ、実食!

 

 

 口に運んだとたん、僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 数分もしないうちに目が覚めたが、ダークマターはすでに無くなっていた。

 どうやら女子2人ががんばったらしい。偉い。

 

 

 気絶したのは僕が特別弱かったからみたいだ。

 なんてことだ。僕はクッキーにも勝てないのか。

 

 

「さて、それではどうすればより良くなるか考えましょう」

 

 

「『結衣ちゃんは今後、キッチン及び家庭科室、厨房などの調理場への立ち入りを禁ずる』」

 

 

「なんでっ!?」

 

 

「それは最後の手段よ」

 

 

「それでいいんだっ!?」

 

 

元気のいいツッコミを発した後に、目に見えてテンションが下がる結衣ちゃん。

 

 

「やっぱりあたし、料理向いてないのかな……。才能とかないし……」

 

 

「『いや、料理に才能はいらないよ。そうでなきゃ全国のお母さんはみんな料理の天才になっちゃうじゃないか。ていうか、むしろ結衣ちゃんにメシマズの才能がある』」

 

 

 僕の言葉に結衣ちゃんは『うっ……』と唸り、またしょぼんとする。

 

 

「解決方法がわかったわ。努力あるのみね」

 

 

 それ解決方法なんだろうか。

 

 

 そんなんで解決するならわざわざ僕たちのところに相談など来ないだろう。

 それこそ自分のお母さんに教われば済む話だ。

 

 

「由比ヶ浜さん。さっきあなた才能が無いって言ってたけど、まずその認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間に才能のある人間を羨む資格は無いわ。成功できない人間は成功者が積み重ねた努力を想像できないから成功できないのよ」

 

 

 思わず吹き出しそうになった。

 げほげほと喉に引っかかった何かを吐き出そうとする振りをして、笑いをこらえる。

 

 

 成功できない人間は成功者に叩き潰されるから成功できないのだ。

 どんなに努力を重ねたところですでに成功している人間にすぐに追いつけるわけがない。中途半端に積み上げれば、それを邪魔に思った人間に崩されるに決まっている。世の中、出る杭は抜かれるように出来てるのだ。

 

 

 ま、言わないけどね。

 

 

「で、でも、最近こういうのみんなやんないって言うし。やっぱりこういうの合ってないんだよ、きっと」

 

 

 結衣ちゃんはへらっと作り笑いを浮かべる。

 

 

「その周囲に合わせようとする癖、やめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さや愚かしさ、無様さの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

 

 さすが雪の女王、雪ノ下雪乃。結衣ちゃんの言い訳を一刀両断した。

 うん、確かにこの言葉は奉仕部に依頼することでしか聞けなかっただろう。実の母親にこんなこと言われたら大体の高校生は立ち直れない。

 

 

「……」

 

 

 結衣ちゃんは黙り込む。

 しかし、別にそれは悪いことではない。

 今回の言い訳に関しては正直庇いきれないけど、周囲に合わせることは社会生活において必須のスキルと言える。

 現にそれができてない僕と雪乃ちゃんは友達がいないのだし。

 

 

 雪乃ちゃんは自分以外の人間も心を持っていることに気付けば、少しは協調性も養われるんだろうけどなぁ。

 僕? 僕には心なんて上等なもの初めから無いし。

 

 

「か……」

 

 

 帰る、かな?

 まぁ、仕方がないか。あれだけ同級生に正論で論破されては心も折れるだろう。

 

 

「かっこいい……」

 

 

「「は?」」

 

 

 やべ、括弧外れた。

 

 

「建前とか言わないんだ……。何ていうか、そういうのかっこいい……」

 

 

 ……Mなんだろうか。

 言われてみればなんというか、嗜虐心がそそられる顔だちをしている。

 声に出したら通報されるな。

 

 

「は、話聞いてた? 私、これでも結構きついことを言ったつもりなのだけれど……」

 

 

 当の雪乃ちゃんでさえ、かなり困惑している。

 たぶん今までこんな反応する人いなかったんだろうな。

 

 

「そんなことないよ! いや、確かに言葉はひどかったし、軽く引いたけど」

 

 

 軽く引いていた。だが引いていただけではなかったらしい。

 

 

「でも本音って感じがするの。クマーと話してる時も、ひどいことばかり言ってたけど、ちゃんと話してる。あたし、人に合わせてばっかで、こういうの初めてで……」

 

 

 結衣ちゃんは自分の顔をパンと叩いて、雪乃ちゃんに真剣に向き合う。

 

 

「ごめん、次はちゃんとやる」

 

 

 結衣ちゃんのまっすぐな視線を浴びて、今度は雪乃ちゃんが言葉を失った。

 目が泳ぎに泳いで、『どうすればいいの?』とでも言いたげに僕を見る。

 

 

「『とりあえず、結衣ちゃんに正しいクッキーの作り方を見せてあげれば? お手本として一緒に作るのもありだと思うよ』」

 

 

 なんというか、柄にもなく助け舟を出してしまった。

 あの弱々しい目は反則だぜ。

 

 

「……そうね。じゃあまずは私がお手本を見せてあげるから、よく見てて」

 

 

 そう言って雪乃ちゃんは手早く準備を始める。

 

 

 その手際は結衣ちゃんとは比べ物にならず、ミスらしいミスをすることもなくクッキーが焼きあがった。

 

 

「どうぞ」

 

 

 差し出されたクッキーはとてもおいしそうで、『日本よ、これがクッキーだ』とでも言いたげだ。

 

 

 実際に食べてみても、その期待を裏切ることのない味だった。

 

 

「ほんとおいしい……雪ノ下さんすごい」

 

 

「ありがとう」

 

 

 おぉ……雪乃ちゃんの純粋な笑顔をはじめてみた。

 あれ、雪乃ちゃんの笑顔なんて見たことあったかな。

 

 

 軽く思い返してみても、せいぜいドヤ顔くらいだった。

 

 

「でもこれはレシピに忠実に作っただけだから、由比ヶ浜さんでもできるはずよ」

 

 

 その言葉の裏には『これができなかったらおかしい』という考えが見え隠れしていたが、僕の口はクッキーで塞がれていた。

 まさか先んじて買収をするとは……

 

 

「あたしにもできるかな……」

 

 

「ええ、レシピ通りにやればね」

 

 

 さ、ここからは結衣ちゃんのターンだ。

 ダークマターが生まれないことを祈る。

 

 

 しかし、メシマズの才能がある結衣ちゃんがそう都合よく急成長することもなく。

 

 

「由比ヶ浜さん、そうじゃなくて、粉を振るうときは円を描くように振るうの。円よ、円。小学校で習わなかった?」

「かき混ぜる時はボウルを押さえるの。ボウルごと回転してるから。混ぜる時は回すんじゃなくて、切るように動かすの」

「違うの、違うのよ。隠し味は今度にしましょう。ね? 桃缶はしまってきなさい。そんな水分入れたら生地が死ぬわ。死地になるわ」

 

 

 最後のダジャレに関しては少し審議が必要だが、そんなことを口走ってしまうくらい雪乃ちゃんは混乱し、疲弊していた。

 

 

 オーブンをオープン(審議拒否)すると、先ほどと同じ食欲をそそられるようなにおいがしてきたが……

 

 

「なんか違う……」

 

 

見た目から言っても雪乃ちゃんが作ったクッキーとは程遠いものになっていた。

 

 

「『ん、普通においしいよ?』」

 

 

 さっきのダークマターと比べたら大躍進だ。なにせ味覚がクッキーを拒絶しない。

 この数時間で僕の頭の中ですっかりダークマターと同義語になっていた由比ヶ浜さんのクッキーとは思えない。頭の中のクマペディアを修正しないと。

 

 

 しかし、当人たちは満足できないようだ。

 

 

「どう教えれば伝わるのかしら?」

 

 

 雪乃ちゃんは眉間に指を当て、うんうん唸っていた。

 最近僕の周りにかわいい女の子が多すぎて困る。

 

 

 しかし、なんとなくわかった。

 雪乃ちゃんはできないやつが何でできないのかがわからないのだ。

 おそらく、天才である雪乃ちゃんは何かがうまくいかなかった経験をしたことがないのだろう。それ故になぜそこで間違うのか、失敗するのかがわからない。他人に呼吸の方法を教えるようなものだ。『なぜできるのか』という問いに『できるから』というような頭の悪い答えしか持ち合わせていないのだ。

 

 

 そろそろ僕の出番のようだ。

 

 

「『もうこれで十分じゃない?』」

 

 

 二人がこっちを見て『は? 何言ってんだこいつ。馬鹿なの? 死ぬの?』みたいな目で僕を見る。言いすぎじゃない?

 

 

「『だって贈り物としては十分満足のいく味になってると思うよ。最初みたいなダークマターならともかく、これなら貰う方も不満はないでしょ』」

 

 

「つまり妥協するということ? 冗談じゃないわ。そんなことをしても由比ヶ浜さんのためにならないじゃない」

 

 

 完璧主義者の雪乃ちゃんから文句が出る まぁ、君ならそういうと思ったよ。

 

 

「『でも今回の目的って『手作りクッキーを渡すこと』であって、『最高のクッキーを作ること』じゃないはずだよ』」

 

 

 そういうと、二人ははっとしたような顔をするが、今度は結衣ちゃんが食い下がる。

 

 

「で、でもどうせなら相手にも喜んでもらいたいし……」

 

 

 その意見ももっともである。相手のために渡すとはいえ、その相手が喜んで受け取ってくれたのなら、自分も嬉しいだろう。

 

 

「『そういえば聞き忘れてたんだけどさ。渡す相手って男?』」

 

 

「ふぇっ!? い、いや違うよ!? あ、いや、ちがくは無いけど……。別に好きとかそんなんじゃないんだよ!?」

 

 

 抱きしめたい。

 いけないな。エプロンのせいか僕の煩悩が刺激されがちだ。

 

 

「『その反応だと男みたいだね。なら大丈夫だよ。男が結衣ちゃんみたいなかわいい女子から手作りクッキー貰ったらそれだけで勝ち組だから。むしろ味なんかクソ不味くても関係ないから。男心なんてそんなもんだよ。女子からのプレゼントってだけでもう揺れに揺れるよ』」

 

 

「……その、クマーも揺れんの?」

 

 

「『あぁ、揺れるね。とりあえず夢じゃないかどうか確かめるためにその場で切腹するね』」

 

 

「それクマー死んじゃわない!?」

 

 

 そう言いながら結衣ちゃんは笑う。

 うん、やっぱりかわいい女の子には笑顔が一番だね。なんてキザなことを思ってみる。

 

 

「由比ヶ浜さん、依頼はどうするの? このまま続ける?」

 

 

「いや、いいや! これからは自分で頑張ってみる! 雪ノ下さんも、クマーも、本当にありがとうね!!」

 

 

 結衣ちゃんはカバンを手に取り、家庭科室から急いだ様子で出ていく。きっと一秒でも早くクッキー作りの練習をしたいのだろう。

 

 

 ……結衣ちゃんエプロンしたまま行っちゃったけど、いつ気付くかな。

 

 

「本当によかったのかしら」

 

 

「『何がだい?』」

 

 

「私は、自分を高められるなら限界まで挑戦するべきだと思うの。それが最終的には由比ヶ浜さんのためになるから」

 

 

「『まぁ、正論だね』」

 

 

 けど、正しいだけだ。

 

 

「『例えば、君が結衣ちゃんみたいに誰かに手作りクッキーを渡すことになったらどうする?』」

 

 

「? もちろん自分ができる精一杯の努力をして、自分の中で最高のクッキーを渡すわ」

 

 

「『一切の妥協をせず?』」

 

 

「もちろんよ。そんなの相手に失礼じゃない」

 

 

 

 

 

「『じゃ、聞くけどさ。もし死んじゃったらどうするつもりだい?』」

 

 

「……え……?」

 

 

 雪乃ちゃんが一歩後ずさる。

 

 

「『君が、じゃねーぜ。君みたいにどうでもいいやつが、じゃなくて相手が死んじまったらどうするつもりなんだい? お墓に最高の手作りクッキーを渡すつもりかい? 墓石に君が作れる最高の手作りクッキーを食べてもらうのかい?』」

 

 

 僕は扉の方へと歩き出す。

 後ろにいる雪乃ちゃんの顔は見えない。

 

 

「『さて、依頼人も帰っちゃったし、僕たちも帰ろうか。家庭科室や部室の鍵も返さなくちゃいけないし』」

 

 

「......ちょっと待ってもらえるかしら」

 

 

 家庭科室から出ようとしたところで、雪乃ちゃんに呼び止められる。

 先ほどまでとはずいぶんと違った雰囲気だ。

 

 

「話があるの。この後少し時間をもらえるかしら」

 

 

「『明日じゃダメ?』」

 

 

「いえ、今日よ。何か用事があるなら仕方ないけど、あなたにそんなものないでしょう?」

 

 

「『ん、そっか。わかった。家庭科室の鍵を返したら部室で話そうか。完全下校時刻までまだ少しあるし、平塚先生には待ちぼうけを食らってもらうとしよう』」

 

 

「感謝するわ」

 

 

「『やだなぁ、僕と雪乃ちゃんの仲じゃないか。それで、一応先にどんな話か聞かせてもらっていい?』」

 

 

 ゆっくりと雪乃ちゃんの方へと振り返る。

 雪乃ちゃんは初めてあった時のように、西日を背負っていた。

 

 

「あなたの正体が知りたいの」

 

 

 

 

 

…………へぇ。

 




他の話と比べてクソ長くなってしまいました。
分けた方が良かった気もするけど、切りどころがわかりませんでした。



ちなみに今僕がこの小説を書いてて一番楽しいことは、頂いた感想に返信することです。

書いてて一番つらいことは、いざ寝ようとするとこの小説の先の展開とかをつい考えてしまって一向に眠れないことです。
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