どうしてこうなった、慣れ合いみたいなものでも良かったと思った。
咲夜から無事逃げ延びた彼女は、今になって見慣れてきた廊下を延々と走っていた。途中掃除などに勤しむ妖精メイドと鉢合わせなんてこともあったが、彼女たちは上司に当たる咲夜から迎撃という指示を受け持っていないからか、顔こそ向けるが次には興味がないといった様子で、作業に戻るの者が大半であった。
しかし、廊下を走るのが本来の目的ではない。ここに来た本当の目的は、大きな屋敷には大量の食料があるだろうという、偏見で導き出した食料調達。もっとも、見つからずに行こうと言う、彼女なりの小さな目標はあっさりと崩れ、おまけに今思い出しても理解不能な攻撃を受け、散々な目にあったわけだが。入り込んでしまったからには引けないと言う、意地にも似た何かで事を遂行しようとしていたのだった。
そんな彼女は遂に足を止め、扉の前に佇む。
扉にはプレートが貼り付けられているが、書かれている文字は英語のため読めない。それでも彼女はこの扉を開かなくてはいけない、そんな気持ちが沸々と湧き上がり、ドアノブへと手を掛けた。
静かに開かれる扉。その先は、最初に逃げ延びた部屋とさほど変わらない装飾が施され、調度品も整った無人の部屋かと思われた。しかし何かが違った、そう何かが。
彼女は泥棒としての勘でそれを感じ取る。聴覚・視覚・嗅覚という、もっとも活用しているであろうの3つの感覚を研ぎ澄まし、彼女はその正体を探しだした。
扉の死角が先、小さな机に椅子へ腰掛ける人物が目先に写る。もっとも、最初に気付いたのは視覚よりも嗅覚といったほうが正しい。なんせ、見つけた人物は手に湯気の立つカップを手に持っていたのだから。
その人物は優雅に湯気立つカップに注がれた液体を口に含み、飲み込む。そして、机に置かれたソーサーへカップを置くと、閉じていた目を開き彼女の方を向いた。そして、吸い込まれるような真紅の瞳が彼女を捉える。
「流石ね、鼠さん……昨夜を撒くなんて。 ま…そういう運命だったのだけど」
「運命…ですか?」
「そう、運命。貴方がこの館に来るのも…そしてこの部屋を訪れるのも分かっていた。そして此処の主たるの私が、直々にお出迎えという訳よ」
分かっていたという言葉に内心驚く彼女。それを見て名乗らずの人物は目を細め楽しそうに笑い、口元を綻ばせた。そこに見えるのは、普通の人とは思えない牙。そして次には背から蝙蝠の羽が姿を現した。
それだけで、彼女は確信を得るには十分の衝撃を受けた。この人は自身と同じ妖怪の類い――化物だと。そして次に起こりうる場合を想定してか、扉の影へ隠れ、ゆっくりと左手を動かした。
「――それをする覚悟があるかしら?」
扉という頼りない一枚の壁を用いたとはいえ、確実に見えていないのは確かなはず。慎重に慎重を重ねた行動が、既のところで言い当てられ、彼女は思わずその手を止めた。走っていた時から浮かんでいた雫が頬を伝う。両者が事を起こそうと気を持てば一気に流れるような、緊張状態だった。
もっとも、座る人物は羽を見せただけで何をしようとする気配もない。ただ、初めて訪れた客を一瞥しようとしただけなのか。それとも…という未だ分からない真意を秘めた瞳で扉の裏で固まる彼女を見据えていたのだった。
「貴方が此処に来た理由も知っているわ。それは此処にとって害となる、それを見過ごすほど私も甘くはないの……でも、見つけて普通に追い返すというのも退屈なもの、貴方もそうだとは思わない?」
しかし、彼女にはその人物の言う退屈というものが理解できない。それは此処に来た目的からして、仕方のないもので、欲求を満たす上に退屈という概念が必要ないからであった。
それを理解しているからか、その人物は言葉を続ける。
「別に同意を求めるつもりはないわ、単純に私が退屈なだけ……なので私と遊びません?勝てたら貴方の望む場所へ案内もしますし、モノも好きなだけ持って行くと良いわ。勿論騙すつもりもないし、誓って後から手を出すこともしない」
「その誓い、本物ですか…?」
「吸血鬼の誇りにかけて…」
「いいですよ、やってやろうじゃありませんか。何で決めます?足比べ?それとも、物盗りですか?」
先急ぐ彼女に例の人物はクックックッと笑う。自身の得意な比べ事を羅列する様が滑稽だからだろう。だからといって、了承するつもりも無いのか、次に出た言葉は此処の勝負事にしては至って当然と言える名称であった。
「スペルカードで決めるのはどうかしら?」
「くぅ…一枚しか無いです…」
「それじゃあ私も一枚で…貴方は2分、いや1分避けるか私を倒せば勝ち。私は貴方を倒せば……異論はあるかしら?」
「60秒ですね、やってやろうじゃありませんか!それでは――」
――俊足『ラットロード』
彼女が持つ唯一のスペルが発動し、地を走りながら小判を飛ばす。対する相手は、それを華麗な足捌きで躱す。もっとも、彼女からして見ればこの程度の攻撃躱すにも至らないのだが、ヒット判定というルールによって当たるだけでも勝敗が決することもあるため、わざわざ躱している状態。
さらに、この弾幕には面白みがないと思うのか、涼しい顔で躱し続ける。それは飛来物が4枚から10枚になろうとも変わらない。過去にそれ以上の攻撃を受けて、初めて弾幕というものに心踊ったその人にとって、彼女の弾幕は……練度・見栄え全てにおいて見るに当たらず、この弾幕自体をスペルカードとしてすら見ていないのだった。
それでも、表情はわざと楽しんでいるかの様な仮面を被る。
「それでは、反撃を……神鎗『スピア・ザ・グングニル』」
そう唱えた人の右手には、真紅で在りながら禍々しい光を放つ魔槍が現れ。クルリと回し、穂先を背の方へと向ける。その行動には次にしようとするための準備行動的な意味合いが含まれていた。
槍という近接武器には基本的に2つの攻撃方法がある。まずは普通に突くこと、これは近接戦の為に穂先は前になければならない。しかし、その逆……穂先が背の方へ向くというのは、第二の攻撃方法――投射への構えに入った証拠で。その人もまた攻撃として投げようと思っているがための行動であった。
「宣言するわ、この槍は貴方に当たる。私の能力、運命を操る力によってね」
「それでは、封じてしまうですよ」
そう言うと彼女は左手を背中へ回した。それによって、その人が持つ能力は一時的に封じられる。それは事が終わり取り返すか、返してもらうまで続くが、その人は笑っていた。まんまと口車に乗ってくれたと邪悪な……悪魔な笑みを浮かべ牙を見せ、歪んだ表情を作り出した。
「御免なさい、先が見えなくて上手く手加減が出来ないかもしれないわ。でも……避けてくださいますよね?」
下げていた右手を上げ、穂先が前を向く。そして、その槍は腕を振りかぶった速度に乗じて空を切り、飛来。そのまま進めば全く検討違いの場所に飛ぶと思われたソレは、軌道を変え投げられた場所から最短距離かつ、目標目掛け一直線と言った感じで飛び、彼女へ命中。それによって弾き飛ばされた彼女は、大きすぎる威力によって何枚かの壁を突き破りながら飛び続け、壁を破る速力がなくなると叩きつけられるようにして、壁へと背を預けた。それまで掛かるのに与えた時間の半分にも満たない時間。約30秒でケリがついた事になる。
勝者は、それが弱者を苛んだだけという事実だとしても、勝者らしく振る舞う。所詮は排除される者。それに遊びの要素を加えて追い返しただけで、罪悪感なんてモノ湧くはずもない。
その攻撃を食らった彼女はと言えば、無事であるはずがなく。思う時間すら貰えずに意識を失ったのだった。
あの方にとっては遊びでも、彼女にとっては遊びじゃなかった。
それに、彼女がその躱す技を持っていなかっただけの事……