Q.Dependence=Like or ×××?   作:crooze

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少し長くなりました。


Sisters

 

 レミリア・スカーレットにとって、セレネ・スカーレットという吸血鬼はただの妹という存在ではなかった。

 

 

 今は亡き母親の形見にして、最後の遺児。

 スカーレット家に生まれた姉妹の、最後の末娘。

 

「あらゆるものを創造する」力を持ったがゆえに、もう一人の妹であるフランドールとフランドールを恐れた父親によって幽閉され、屋敷の地下にフランドール諸共閉じ込められてしまった悲しき吸血鬼。

 

 母、そして父が亡くなった今も、彼女はフランドールにより幽閉されたままだ。

 月の女神の名を冠する吸血鬼の少女は、いまだあらゆるものを破壊する、狂気の姉にとらわれたまま。

 

 セレネは今の状況を、どう受け止めているのだろうか。

 レミリアの事を「レミリアお姉さま」と呼び慕ってくれる彼女。

 

――自身には、「お姉さま」なんて呼ばれる資格なんてないのに。

 我が身が可愛い故に、愛する一人の妹を放置した不届き者の姉だというのに。何故いまだに彼女は、こんな姉を、自身を慕ってくれるのか。

 

 まだ吸血鬼としては幼い彼女にとっては、分からない事だった。

 だから、レミリアは今日も――

 

 

「あ、レミリアお姉さま」

「……セレネ。――フランは?ここにはいないようだけど」

「お姉さま?お姉さまなら、パチュリーの図書館に行ったわ。最近魔法を教えてくれるの」

 

 長く、ゆるやかにウェーブのかかった金髪を寝台に散らばせて、件の少女――セレネ・スカーレットはそこにいた。

 地下にある小部屋。その真ん中にある大きめの寝台に寝転がって、何かを読んでいるようだ。

 白いシーツに、彼女の金髪とその身に纏う黒と白のワンピースがとても映える。背中に生えた、片側だけの羽がパタパタと動いた。フランドールのような宝石のぶら下がった羽だ。

 

 読んでいたものを置いて、セレネはレミリアを見つめた。美しい宝石の様な紅の瞳がレミリアを捉える。それはとても純粋で澄んでいて、とても幽閉されている者のする瞳とは思えなかった。

 

 絶望でもなく、唯単にそれを受け入れる。淡々とした感情が宿っているようにレミリアには感じた。

 

 レミリアはそっとセレネのいる寝台に近づく。

 どうやら、もう一人の妹はこの地下室にはいないようだ。普段はセレネを何があっても手放さないのだが、偶には離れ離れにもなるのか。

 驚いたレミリアは、それを見せないように寝台に寝転がっている妹の頭を撫でた。さらさらとした金髪は手触りがよく、何度でも撫でたくなってしまう。

 セレネはされるがままだ。それを嬉しく思いながら、レミリアはセレネに話しかけた。

 

「魔法?フランが?……セレネはパチュリーの所には行かないの?」

「……わたしは外に出ちゃ駄目だって、お姉さまが。だからわたしはここで魔道書を読んでたの」

 

 レミリアの問いにその整った顔を悲しそうに歪ませるセレネ。

 レミリアの知っているセレネという少女はいつも笑顔で笑っていて、幽閉されているという境遇を微塵も感じさせないのだが、今彼女が見た(セレネ)は違った。

 

 悲しそうに、自身の置かれている境遇を嘆いている唯の少女にしか見えなかった。

 嘆きながら、でもどうにもならないと諦めてしまっている故の笑顔だったのか。

 

 レミリアには判断できなかった。

 だって彼女は、まだあまりセレネと接したことはなかったから。

 

「スカーレット家の当主」として育てられた吸血鬼の少女は、一番下の妹の存在を知りながらも手を出す事は許されなかったのである。

 末娘を生み、すぐ死んでしまった母親と、暫くして父親が人間に殺されてから、やっとレミリアは一番下の妹――セレネに会いにいけるようになったのだ。

 それまでは、まだ存命だった父に会いに行くことを固く禁じられていた。

 レミリアが、セレネを閉じ込めているフランの力によって死んでしまったら困ってしまうから。スカーレット家が滅ぶ訳にはいかないと、父親はセレネを見捨てた。

 セレネを、フランドールから引き離すわけにはいかないと思ったのだ。

 それが、結果的に功を為した。

 

――セレネを見捨てて、放置した。

 父ほどの強い吸血鬼でも、フランドールのあの「あらゆるものを破壊する」力は恐ろしかったのだろう。

 吸血鬼が持っている強い再生力を駆使しても、破壊され続けてしまってはどうにも出来ない。

 

 父に出来ない事が、それよりも弱いレミリアに出来る訳が無い。

 

 そして、とある事が発見されてから、父は完全にセレネを放置した。それまでは見捨てたという背景や、罪悪感もあってセレネの事を多少なりとも気にしていたのだが、それが完全になくなったのだ。

 

――フランドールは生まれ持った強大な力と、その制御できない狂気を持っている。

 その事実は、この屋敷の全員が知る所であった。

 故にフランドールに近づく物好きはいない。彼女の力と狂気を、皆恐れていたのだ。……勿論、生みの親も。

 

 彼女を恐れた父親により地下室に閉じ込められていた――彼女、フランドール自身も自らの意思でそこにいたのもある――のだが、セレネが生まれ、彼女がフランドールによって閉じ込められてからは、あれ程制御できなかった狂気を振りまく事がなくなったのである。

 

 地下からも感じる事が出来る程の、強力な、精神が汚染されるような狂気。

 それを感じる事がなくなった。

 

――セレネがいる時限定で。

 一度セレネをフランドールから取り上げれば、自身の持つ力を最大限に使用して取り戻そうとする。誰であろうともおかまいなしに、勿論セレネの気持ちなんて関係なく、フランドールはセレネを手放す事は無かった。

 

 それは一種の狂気だったのだろう。

 他の誰か――不特定の多数に向けた不定のものではなく、セレネという個人に向けて抱いた、執着的な狂気。

 何故、そこまでセレネという吸血鬼に執着するのかなんて分からなかった。

 唯一つ知っているのは、フランドールという吸血鬼はセレネに執着しているという事。本当にそれだけだった。

 

 それでも――セレネという少女を切り捨てれば――フランドールが危険という事はなくなった。

 破壊の力を無差別に振り回す事もなくなった。

 

――セレネ以外には。

 セレネがフランドールから逃げようとすれば、彼女は容赦なくセレネを傷つけた。殺しはしないが、その直前までセレネを追い詰める。その身に持つ破壊の力で、セレネの逃げようとする意志を折って折って折り続けて……今の形にした。

 逃げられないと、逃げたら痛い、破壊されるとセレネの思考にインプットさせた。何回も、何回も。セレネが逃げようとする度に繰り返す。

 

 いつからか、セレネが逃げる事はなくなった。

 

 最近はめったに無いが、かつての地下室からはセレネの泣き喚く声とフランドールの狂気に満ちた声が響いていた。

 屋敷の住民がその光景を見る事は無かったが、その泣き声と、血塗れになった地下室を見れば、ここで何があったのかなんて一目瞭然だろう。

 それを惨いと思いながらも、誰であろうがフランドールに手を出す事は出来ないからずっと傍観していた。

 

 レミリアは、それを知っているから余計にセレネに手を出す事が出来なかったのである。

 見捨てた自分が、今更何を彼女に対してしてあげられると言うのだろうか。

 

――それでも、こうして偶に諦めきれずに彼女に会いに来てしまう。まだ間に合う、と。セレネを助けられるんじゃないか、と淡い希望を抱くのだ。

「レミリアお姉さま」と呼び慕ってくれる彼女を見て、知らず知らず笑みを浮かべてしまう。

――私はまだ、お姉さまでいられる、と。

 

 生まれて直ぐ、フランドールによって捕まえられ幽閉されてしまった少女は、その生活環境のせいであまりにも地下室の外を知らなかった。

 セレネが知っている存在なんて、物心ついた時から一緒に居た姉であるフランドールと、偶に料理を届けに来る咲夜位か。

 もう一人の姉であるレミリアなんて、セレネにとっては「お姉さまのお姉さま」程度でしか無いだろう。「レミリアお姉さま」なんて呼んでくれてはいるが、本心でどう思っているのかなんて分からない。

 

 彼女は――セレネは、地下室の外を知らない。

 自分の暮らしている屋敷の事も、ろくに知らないのだ。勿論、人物も。

 

 紅魔館の大図書館にいる、レミリアの親友兼魔女のパチュリーも、最近門番として雇った美鈴も、セレネは誰一人として知らない。

 名前くらいはフランドールから聞いたことはあるだろうが――実際に見るなんて、言わずもがな。

 

 セレネが実際に見る事は果たしてあるのだろうか。

 暗い気持ちを打ち払って、レミリアはそっとセレネに問うた。

 

 レミリアは重々承知だった。

 彼女の返答も、変わることが無いという事も。

 

 それでも――私は――

 

「……外に出たい?」

「出たいけど……お姉さまが怒るから。お姉さまは怒るととっても怖いから、わたしは出れないの」

 

 いくら聞いても、セレネの返答は変わらない。

 

――「お姉さまが怒るから」の一点張り。

 

 こんなにも幼い少女が、もう自身の将来を、夢を諦めてしまっている。それはレミリアの心を鋭く抉った。

 

「……ねえセレネ。もし出れるとしたら――何がしたい?」

「……うーん。あんまり考えた事がないけど……取り敢えず、パチュリーとかの色んな人を見てみたいかな」

 

 寝台に付箋を挟んで置いてある魔道書を見て、セレネは答えた。

 

「この魔道書、パチュリーって人から借りたんだって。会えたら魔法の事、いっぱい聞くんだ」

「……そうね。パチュリーは魔法に詳しいから、色々面白い話が聞けると思うわ」

 

 セレネの嬉しそうな言葉に、レミリアは間を空けて呟いた。

 久しぶりに見た、末の妹の嬉しそうな顔と声が目に焼き付いて離れない。

 

 唯の、嘘でしかなかったとしても、諦めからきていたとしても――それは確かに希望だった。

 フランドールに心を折られた筈のセレネが浮かべた、確かな希望。

 

 それを見て、レミリアは自身の能力の事を考える。

 彼女の持つ、不可能を逆転させるかもしれない力。

 

――運命を操る力。

 

 それを使えば――あるいは。

 

 レミリア自身の力では、セレネを助ける事は出来ない。

 セレネを助けるという事は、フランドールに手を出すという事。今のまま手を出しても、レミリアがフランドールによって破壊されて終了だろう。それでは、セレネを助ける事は出来ない。

 

 だからと言って――フランドールを殺すのは嫌だった。

 フランドールも、レミリアの大切な妹の一人なのだ。幾ら恐れられていようが、それだけは変わらない。

 

 何か――きっかけがあれば――

 

 

 レミリアはそう考え込んだまま、セレネに別れを告げて自身の部屋へ戻って行く。

 頭の中で、二人の妹を救うためのシナリオを考えながら。

 

 

 その数日後に――境界を操るという胡散臭い大妖怪が現れ、転機のチャンスを得る事を知らずに。

 




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