Q.Dependence=Like or ×××? 作:crooze
今回は長めです。
――その時、微かに下から見覚えのある力を感じた。
間違える訳が無い。
もう、何百年も一緒に暮らしてきたのだ。慣れ親しんだ、愛する妹の力。
それと――
「――妹様?どうしましたか?」
「……地下室に誰かがいるわ」
パチュリーが急に魔道書を読むのを辞めた私に驚いて聞いて来るが、無視して思考する。
今、妹が、セレネが地下室にいるのだ。
私のタイセツな妹で、私だけのもの……!
なのに感じる、セレネのものではない力。
私の知らない、不気味で得体ノしれない力。
――セレネが、私以外の誰かと一緒にいる―――?
在り得ない筈なのに。地下室は隠匿さレている筈なのに!
誰かが地下室の存在を漏らした?
……いや、それニ限ってはあり得ない。そんなに口が軽い存在なんていない筈だ。
――セレネ。
……ああ、私からセレネを引キ離そうだなんテ、何て愚かデ悪い奴なのでしょう。
そんな奴、お姉ちゃんガ直々に――
笑みを浮かべたまま、私の体は霧となる。
待ってテね、セレネ。今行クから――!
……ついでニ邪魔者も始末してしまおうか。
お邪魔虫は百害あって一利なし、だモんね?
■
わたしの力によって閉じられた空間は、完全に外と断絶されているようだった。
見た目は唯の、何時もと同じ地下室なんだけど……魔法的な観点から見ると、結構凄い事になってたりする。わたしでさえそう思うんだから、境を操るっていう紫にはもっと凄いものが見えてたりするのかな。
……そんな紫は、先程からずっとわたしの創り出した境界線を見つめたまま。
綺麗な柄の扇子を広げて口元を隠したまま、何も話そうとしない。
――そんなにわたしの力に驚いたのかな。
わたしが生まれながらにして持つ、あらゆるものを創り出す力。
普段はお姉さまが破壊しちゃったものを新たに創り出すって事にしか使ってないんだけど、紫の言ってた「境」を新しく創り出すってのもできたし、割と凄い力なのかも。
昔はお姉さまから逃げる為に使ったりしてたんだけど……今はあんまりそんな事考えないからなあ。どうせ逃げられないし。
やがて思考が終わったのか、扇子を閉じてわたしを見つめてくる紫。
紫色なのか、金色なのかよく分からない瞳がわたしを射抜く。呑み込まれそうで、そっと目をそらした。失礼だとは分かっているんだけど――どうしても、目を逸らさずにはいられなかった。
ああいうのを「魔眼」っていうのかな。何と言うか、とっても不思議な瞳だ。
紫がわたしを見て、静かに聞いてくる。
「……貴方、境界を創り出せるの?」
「……うーん、わたしにも詳しい事は分からないんだけど。わたしの持ってる力ってわたしもまだよく分かってないから」
「……あらゆるものを創り出す力――境界線まで、概念的なものまで創り出せるとしたら――」
わたしの答えに、紫がぽつりと言葉を漏らした。
わたしはまだあまりものを知らないから、紫の言葉の真意なんて測りきれない。
彼女が今何を考えて言葉を漏らしたのかなんて、わたしには想像つかないのだ。
紫は外から来た大妖怪。まあ、大妖怪って自分で言うくらいなんだから、きっとわたしと同じ位、いやそれ以上に長く生きているのだろう。長く生きているんだから、当然色んな事を知っている筈だ。沢山外の世界を知って、見聞を深めているだろう。
それに対して、わたしは確かに数百年余りの長い時間を生きてきたけれど――わたしの世界は基本地下室で完結していた。外の景色なんて数える位にしか見た事は無いし、妖怪も人間も屋敷に居る人達しか知らない。
そんなわたしが、紫の思考を理解するなんて無理がある。
考える事を早々に諦めて、わたしは寝台に座った。じっと閉じられた空間を見つめてみる。
紫は何かを考え込んでいるようで、一言も発さない。
沈黙が地下室を支配する。
遂に我慢が出来なくなって、紫に問おうとした時――
ぱかっと、わたしの足元が開いた。
リボンが端に結ばれた、紫の言っていたスキマだ。相変わらずぎょろぎょろ動く目玉が気持ち悪い……じゃなくて!
――それが何故、わたしの足元にあるの?
何とか危機一髪で宙に浮かんで、スキマに落ちる事を回避した。
宙に浮かんでから、紫を睨み付ける。
足元には未だ目玉の浮かんだスキマが開かれたまま。
紫は笑みを浮かべたまま、唯わたしを見つめてくる。
「な、何?紫、どういうことなの?なんでスキマが……」
「フフ……セレネ」
急に起こった事に焦るわたしの言葉を遮って、紫が口を挟む。
相変わらず変わらない、綺麗な笑みの筈なのにどこか禍々しさを感じてしまう。気付かない間に、一歩後ろに下がって紫から距離を取ってしまった。
紫のいる場所は先程と何ら変わってはいない。
そう、何も何にも変わっていない筈なのに。
なのに、何故――?
何故、こんなにも恐ろしく感じてしまうの?
「――貴方の力、素晴らしいものですわね。……ここに置いておくのは、もったいないわ」
「何を……言って……」
何時の間にか近づいた紫が、わたしの腕を掴む。
わたしと同じ位の細い腕なのに、あり得ない程の腕力でわたしを掴んで離さない。
何で、何時の間に……!
解こうとして力を込めてもびくともしない。相も変わらず笑みを浮かべて口元を歪めたまま、紫はわたしを見つめてくる。
どこかで、見たような既視感と何か。
執着と、微かに燻る狂気の欠片。
激しく脳裏で警鐘が鳴り響く。
――ああ、この瞳。この笑み。
『セレネ?貴方は私とずっと一緒にいるのよ』
「境界を創り出す力……貴方こそ、八雲に相応しい」
……お姉さま。
―――セレネ。
『私から逃げようとするなんて――悪い子ね』
「私と一緒に来てもらうわ?」
紫の言葉と笑みと瞳。何もかも全てが恐ろしい。
重なるのは、わたしを閉じ込めた恐ろしい姉。
恐ろしい。そう、恐ろしい筈なのに。何故か無性に――
ぱっかりと口を空けて、わたしを待ち構える目玉のスキマ。
ぽつりと。
口からこぼれたのは――
「…………お姉さま……」
「急に、何を言って……」
「――セレネから手を離せッ!」
何もかもを破壊する力が、紫のスキマを破壊する。
サイドに結んだ金髪を揺らして、わたしの姉であるフランドール――お姉さまが鬼の形相でそこにいた。
■
突然で驚いたのか、動かず固まってしまった紫に瞬間で近づいて、お姉さまがわたしを強奪する。
――何時もと同じ、お姉さまの体温。
怖くて恐ろしい筈なのに……今はお姉さまに抱きしめられているのがとても心地よい。
紫が驚いた様にわたし達を見て、更に口元を歪ませる。
「あらあら……良い所だったのに、まさか邪魔者が入るなんて」
「邪魔者はお前だよ、八雲紫。お姉さまに手を出したあげく、セレネにまで手を出すなんて」
――久々に怒りを感じるわ。
冷静だけど、その言葉の端々に怒りを感じる。
お姉さまがここまで怒るなんて……一体紫は何をしたんだろう?わたしは兎も角、レミリアお姉さまに手を出すなんて……よく生きてたなあ、この妖怪。
「……フフ。小生意気な吸血鬼が住んでいるだけの屋敷かと思ったら、まさかこんな所で思わぬ拾い物をするとは思いませんでしたわ。――貴方もあの吸血鬼の妹かしら?」
「お姉さまに手を出し、今もセレネに手を出そうとするなんテ――殺しても問題ないわね」
お姉さまと対峙しているというのに、その余裕な態度を崩さない紫。
片やお姉さまは、態度こそ落ち着いてはいるものの吐き出す言葉には物騒なものが混じっている。二人とも険悪としか言いようのない雰囲気だ。
「――まずは手始めに、その忌々しイ腕でも破壊してあげましょうか」
「……あら?貴方、手を握って……?」
紫の驚いたような声に、お姉さまが冷たい笑みを浮かべた。
何時もの様に手を握り締める。
お姉さまが生まれながらに持つ、あらゆるものを破壊する力。
「目」を握り締めて破壊する。唯それだけの事。
唯、それだけの事で。
――それだけで、紫の腕が破壊されて飛び散った。
肉の破壊される音に血しぶきの上がる、耳障りな雑音が響き、血と肉片が辺りに飛び散る。
濃厚な鉄の匂いが辺りに充満して、紅の血が地下室に血だまりを作るが、元から紅に染まっているこの屋敷には関係ない。紫から流れ出した血はすぐこの屋敷――紅魔館に溶け込んだ。
「……成程、貴方は「破壊」なのね。……面倒臭い能力だこと」
「――ああ、貴方は妖怪だったわね。なら腕の一本を壊した所で何も感じないでしょうし、次は逃げられないように足でも破壊しましょうか?」
紫が苦虫を噛み潰した様な顔で、お姉さまに破壊された腕にもう片方の腕の手を当てた。
未だ血が流れ出す腕に紫が手を翳すだけで、紫色の光と共に腕が再生していく。
その様子を、心底愉しそうに見つめながら呟くお姉さま。
「……ふん。姉とは違い、恐ろしい能力を持っているのね。――ここは引きましょう。分が悪いわ」
「あら、逃げるつもりナの?その程度で恐れをなすとは、外の大妖怪も格が落ちたものね」
苦々しそうに紫が呟いて、スキマを広げる。
紫の背中に向かってお姉さまが挑発するが、紫は背を向けたままスキマに入って、スキマごと姿を消してしまった。
――最後に、わたしに向かって一つの言葉を植え付けて。
「――セレネ・スカーレット。貴方は必ず私が手に入れますわ。
幻想の集う郷に、何時か必ず貴方は足を踏み入れる事でしょう」
そう呪縛の様に、不思議な言葉を残して――境を操る大妖怪は、この屋敷から姿を消した。