Q.Dependence=Like or ×××? 作:crooze
待っていて下さった方(いましたら)すいませんでした。
――八雲紫。
「幻想郷」という場所を管理しているという大妖怪で、境界を操るスキマ妖怪。
あの後、レミリアお姉さまがそうわたしに教えてくれた。
胡散臭い妖怪で、信用に足りえない怪しい妖怪だと。
運命を操るレミリアお姉さまでさえも、見下していたあの妖怪。
思い出すだけで腹が立つけれど、あの時わたしが紫に感じた恐怖は本物だ。
――境界を操る大妖怪。
わたしの能力で作り出すことが出来ると知った時の紫の様子は、明らかに普通じゃなかった。
驚き、喜びのような正の感情と、所有欲と物欲、執着心に塗れた負の感情。
お姉さまとはまた違う、でもはっきりと嫌悪感と気持ち悪さを感じた感情。
――何が違うのだろう
お姉さまはわたしの事を、どう思っているのだろう?
紫とは何が違う?
――少なくとも、あの時わたしを助けてくれたお姉さまは怖くはなかった。
安堵と安心。紫といる時には微塵も感じなかった感情だった。
お姉さまが紫の手足を破壊した時も、別に何も思わなかった。
――わたしは、どう思っているのだろうか。
これまでこんな事は無かったから、どうすればいいのかなんてわからない。
こんな気持ちを抱いたのだって初めてで。
わたしは――
■
紫襲来から数日が立った。
といっても、わたしの周りが何か変わった訳では無い。
何時も通りお姉さまと魔法の勉強をするだけだ。
今日も今日とて、お姉さまが借りてきてくれた魔導書を読みふける。
――このままずっと、こんな日が続くのだろうか。
いや、それはとても良いことだろう。
魔法の勉強をして、お姉さまと話して、血を吸って――そんな日常の繰り返しに退屈してはいないから。
――なのに。
――「――セレネ・スカーレット。貴方は必ず私が手に入れますわ。幻想の集う郷に、何時か必ず貴方は足を踏み入れる事でしょう」
紫の残した言葉が、やけに残って離れない。
何故そこまで、紫はわたしに――
「――紫様が貴方に期待しているからだろう?」
「……藍さん」
金色の短いくせっ毛に、ナイトキャップの上から生える狐耳。
地下室に気配を消して現れたのは、中華風の服を着て、立派な九尾を揺らす狐の女性。
――八雲藍。
紫の式神だと名乗った彼女は、何故か毎日わたしのいるこの地下室にやってくるのだ。
目的も不明、理由も不明。
お姉さまが図書館に出かける時、わたしがこの部屋に一人になった時に決まって現れるのである。
……その様はまるで、お姉さまに会いたくないと言わんばかりなのだが……。
まあ紫の手足をいとも簡単に容易く破壊したのだ、その式神である藍が避けるのも無理はないのかも。
「……毎日毎日ここに来るなんて、飽きないの?」
「セレネは面白いからな。……それとも、私が来ると何か困ることでもあるのか?」
「――そんなことは、無いけれど」
別に藍が来ることがいやという訳では無い。
正直、魔導書を読むだけの日々に飽きかけていたのもあって、藍が来てくれるのはどちらかというと嬉しかった。
外の世界を知る藍の話は、わたしの知らない事が沢山あってわくわくするのだ。
生まれてこの方、一度も外に出たことの無いわたしにとって、藍のしてくれる外の話はとても新鮮だった。
――幻想郷という、ニンゲンに忘れ去られた幻想――妖怪が最後にたどり着く地。
ニンゲンと妖怪が共存する、妖怪の楽園。
――幻想郷の結界の管理をするニンゲンの巫女、博麗霊夢。
――沢山の妖精に、パパラッチの鴉天狗。
個性豊かで、面白そうな妖怪達に不思議なニンゲン。
本でしか見たことの無い妖怪の話は、とても興味深くて、好奇心を擽られる。
藍は本当に楽しそうに嬉しそうに――主の管理する幻想郷を語ってくれた。
「……藍は本当に紫のことを尊敬しているのね」
「……ああ。かつて命を救っていただいた恩人だからな。紫様に仕えられるのは本望だよ」
何故そこまで紫を――。疑問が浮かぶが、口に出すことは無い。
――きっと彼女……藍にとって、紫という妖怪は大切な存在なのだろう。藍の過去なんて知らないし、知る気も無いが、藍の言葉から察するに、かつて何かが――紫を尊敬し、仕える経緯となった出来事があったのか。
藍は九尾の狐の妖怪である。
本にも載っている程の有名な妖怪が、一妖怪の下につくなんて――しかも、あまつさえ式神になるなんて驚きだ。
吸血鬼もそうだが、大抵有名で強力な妖怪はプライド、自尊心が高い存在ばかりである。そんな存在を式神にするなんて、紫はどれだけの力を持っているというのだろうか。
「……そんなに強い妖怪が、こんな唯の吸血鬼に期待するなんて。紫って前から思ってたけど、結構な変人なのね」
「長く生きていらっしゃるからな。私から見ても、お前みたいな吸血鬼は珍しいと思うが」
わたしがそう言えば、藍も面白そうな顔でわたしを見て言った。
……わたしって珍しいのかな?
――まあ、わたしとお姉さま、それとレミリアお姉さましかわたしは見たことが無いし、覚えてもないからその辺りはいまいち分からないのだけれど。今も藍という招かれざるお客さん以外、お姉さま達以外は殆ど見ることも会うことも叶わないままだ。
勿論吸血鬼だって、お姉さま達以外は見たことも無い。
……直接レミリアお姉さまに聞いたことはないけれど、吸血鬼が全くいないって訳でも無いだろうし――多分わたしが見たことが無いってだけなんじゃないかな。ほらわたしって普段はお姉さまと地下室にいるし。
「お姉さま達以外の吸血鬼なんて見たことが無いから分からないわ。レミリアお姉さまなら当主だし、その辺りは知っているかもしれないけど」
「……レミリア・スカーレット……紫様と対峙したという、あの銀髪の吸血鬼か」
「……そういえば紫が来た時に、先にレミリアお姉さまに会ってきたみたいな事を話してたわね。何か機嫌が悪そうだったけど、一体何の話をしていたのかしら」
わたしがそう言うと、藍が驚いたように目を見開いた。
「……何も聞いてはいないのか?」
「特に何も。わたしが聞いてないだけかもしれないわ。……ああ、八雲紫には気をつけろ、みたいな事は言ってたわね」
「……関わらせたくないのか、それとも――。ああ、知らないのならいいんだ。今はその時では無いからな」
何かを得心したかのように藍は呟いて、わたしの頭を撫でた。
――意味が分からない。勝手に理解して、完結してしまっている。
何を言っているのか、何について言っているのかさっぱりだ。
この中でわたしだけ何を言っているのか分からないなんて、何か悔しい。気分が悪い。
「どういうこと?レミリアお姉さまは何か隠し事でもしているの?」
「……セレネは本当に何も知らないんだな」
藍の金の瞳がわたしを見つめた。
紫の紫とは違う、輝く金色だ。紫のように飲み込まれる様な瞳では無く、唯そこにある――静かに凪いでいるような瞳。
「……知らないわ。だってわたし、ずっとお姉さまと一緒に地下室にいたんだもの」
――藍のぽつりとこぼされた言葉に、唯返した。……そうとしか返せなかった。
知る訳無い。知ることも許されなかった。
幾ら本を読んで外に興味を持っても、幾ら逃げようと考えても――全て壊されて無駄でしかなくて。
諦めたのはいつだっただろう。
お姉さま、フランドールに言われたままに動くようになったのはいつだったのだろうか。
「外に興味はあったわ。こんな赤い空じゃなくて、青い空を見てみたいと思ってた。けどわたしじゃお姉さまに勝てないから」
「……」
「……地下室もいいものよ。もう慣れたから、案外便利なの。お姉さまに盾突かなきゃ痛くはないし。太陽の光も当たらないから」
藍がどこか、悲しそうな顔をしていた。
わたしには、その表情の意味は分からなかった。