Q.Dependence=Like or ×××? 作:crooze
すみません……
「……全く、忌々しいわ。こんなに早く、あのスキマ妖怪に頼らなくてはいけなくなるなんて」
紅魔館の一室、豪華な調度品の置かれた紅の部屋でお気に入りのソファに凭れ、吸血鬼の少女――レミリア・スカーレットは深くため息をついた。
普段は吸血鬼という悪魔らしく傲岸で不遜な態度の彼女らしくない言葉に、向かい側のソファに座り魔導書を開く紫色の髪をした少女が何事かと顔を上げる。向かい側に座る吸血鬼の友人の苦虫を噛み潰した様な顔を見て、微かに無表情の顔に感情を浮かばせるがそれはすぐに消え、視線はまた魔導書に戻っていく。
視線はそのまま魔導書に向けたまま、少女は雰囲気もまとう空気も不機嫌な友人に声をかけた。
「ため息なんて、貴方らしくないわね。レミィ」
「もったいぶった言葉なんていらないわ。パチェも知ってるでしょう?セレネの事よ」
何時ものようにもったいぶったものではないレミリアの言葉に、紫色の髪をした少女――魔女、パチュリー・ノーレッジは件の少女の姿を思い浮かべた。魔法を勉強しているというのに、もう一人の姉――フランドールによって未だ会う事の叶わない吸血鬼の姉妹の末っ子。フランドールによって閉じ込められている少女が何故、レミリアのため息をつく原因となるのか全く不明であるが。
パチュリーの疑問を先読みしたかのように、レミリアが口を開いた。
「この前、スキマ妖怪がここに来たでしょう?」
「ええ。「幻想郷」なる場所の管理者と名乗っていたわね。胡散臭いにも程があるけど」
「……フン、心底同意するわ。式神の狐は優秀なようだけど、私達吸血鬼には及ばない。それで話に戻るのだけど、どうやらその妖怪、セレネの能力に目を付けたらしいのよ。無理矢理連れていかれそうになった所をフランが助けたらしいのだけど……、全く、境界を操るだなんて。面倒な能力だわ」
レミリアの話を聞き終わると、パチュリーも同じようにため息をついた。ため息の理由はセレネの姉であるレミリアとは違い、どちらかというとこれから起こるであろう面倒を予期してのものである。
レミリアは長い付き合いを持つ親友だが、その前に彼女――パチュリーは魔女である。知識を求め、魔道の道を探求する生まれながらの魔法使い。親友も大切だが、親友の屋敷にある図書館に眠っている彼女のまだ見ぬ魔導書の方が彼女、パチュリーにとっては大切なのである。決して淡泊な訳では無い。
そんな魔女であるパチュリーにとって、図書館に籠り魔導書を読みふける時間が面倒事のせいで減るなんて事は何としても避けたい所なのである。
言いたい事や思う事は山ほどあるが、まずパチュリーが思ったのは「やっぱりスキマ妖怪はろくなものではない」であった。
フランドールという守り人(吸血鬼?)がいるセレネに手を出すなんて、知らなかったとはいえ愚か以外の何物でもない。もう既に過ぎ去った事で、その様な最悪の事態は他ならぬフランドールによって防がれてはいるが、もしスキマ妖怪によってセレネが浚われ、幻想郷なる場所に連れていかれていたら――きっとフランドールは、セレネを取り戻す為に幻想郷という場所に行き、その狂気と破壊の力を振るっていただろう。その結果、どうなるかなんて想像したくはない。
例え幻想郷という場所が普通の方法では行くことが出来ない秘境だとしても、そこにセレネがいるのなら行くのがフランドールである。彼女の妹への執着が只のものでは無い事は、妹――セレネを除く、紅魔館に住む存在なら誰でも知っている事であった。まあフランドールの持つ力を皆怖がって、本人に直接その事を言おうとはしないのだが。
いつの間にか現れた、メイド服を着た少女――十六夜咲夜によって淹れられた紅茶を口にして、レミリアは心底嫌そうに呟いた。
自身のメイドによって淹れられた美味しい筈の紅茶を見る紅の瞳は、剣呑に細められている。
「忌々しいことだけど、あのスキマ妖怪の力は本物よ。例え元々そうでなかったとしても、無視するには少々面倒な相手だわ」
「そうね、どんなに結界を張ってもあの妖怪相手では全く意味をなさないでしょう。境目を操られてしまっては、どうにもすることは出来ないわね。……レミィ、何でスキマ妖怪はセレネ様に執着しているの?」
そうパチュリーがレミリアに問えば、レミリアは不機嫌さをありありと感じさせる様な声色で言い難そうに言葉を紡いだ。
「……能力よ。私も直に見た訳では無いけど。なんでも、ありとあらゆるものを創造する力、だそうね」
「まるで妹様と正反対だわ。運命に破壊に創造。とんでもない能力ね」
無表情に少しだが面白そうだという感情を浮かべるパチュリーとは真逆の表情を浮かべるレミリア。彼女にとってセレネとはもう一人の妹であり末っ子であり、また彼女の抱える罪の一つであった。
――幼いころ、父親によってフランドールと一緒に閉じ込められた幼い末の妹。
それをわが身可愛さに見捨てた、まだ幼いころの自分。
セレネがレミリアの事をそう思っていなくても、レミリアにとってセレネとはかつての幼い彼女が切り捨てたという負い目そのもの。
故にレミリアはセレネに甘くなるし、セレネに手を出す輩を許さない。
――今度こそは、姉として妹を守って見せる。
500年余りの長すぎる年月を経て、レミリアが後悔の元に導き出したのはたった一つの決意。運命という定めを操り、不可能を可能にする力を持った一人の吸血鬼の、末の妹に対する愛であった。
紅茶の紅を見つめながら、レミリアはぽつぽつと親友に話していった。
同胞、吸血鬼が力を失ってきているのは自明の理であった。目に見えて分かってしまう程、魔力と力が弱くなっていく。かつて「夜の王」と呼ばれた種族は今や、人間というか弱く傲慢で、吸血鬼にとっては歯牙にもかける筈のなかった生き物によって人知れず消えようとしていた。
それを誇り高き吸血鬼のスカーレット家の当主であるレミリアが知らない訳がない。そして、知っているからこそ、このままここにいる訳にはいかないと、しょうがなく嫌っている妖怪の手を借りようと思ったのであった。
苦悩と絶望、そしてあのスキマ妖怪がもたらした一欠けらの希望。
それに気づいたのか、パチュリーが批判の声を上げることは無かった。
「……本当ならあのスキマ妖怪に頼りたくはないわ。だけど、今この世界――人間の住む世界で、少しずつ私達吸血鬼は力を失ってきている。恐らく人間は私達を信じなくなってきているのね。このまま忘れ去られ消え去るなんて、私は許容できない。なら、幻想郷という場所に行ってみるのも一興でしょう?何かあるかもしれないわ」
パチュリーははっきりと目的を言わないレミリアに苦笑した。この姉が妹思い、またの名をシスコンと呼ぶものなのは、紅魔館にいる面々なら周知の事実。そして彼女はこの屋敷の主であり夜の王、吸血鬼である。
――全く、面倒くさい親友を持ったものだ。
こういう時こそ、主として振る舞えばよいものを。
そう心内で呟くが、彼女がそれを口に出す事はしなかった。素直に口に出すなんて事は、自身が最も不得手という事を彼女――パチュリー自身が知っていたからである。
だからその代わりの言葉を親友に言う事にした。
「……この屋敷の当主はレミィ。住まわせてもらっている分際で、主に口出しするなんて出来ないわ?」
自分らしくないと思いながらも笑みを浮かべてそう目の前の吸血鬼に言ってやれば、目の前の吸血鬼――レミリアは口を開けてぽかんとした表情を浮かべた。
滅多に見る事の出来ない彼女の間抜け面を見て、こみ上げる笑みを必死で抑えるパチュリー。暫し呆然としていたレミリアはパチュリーの表情を見て、事態を把握し一気に顔を赤くした。しかし自身の矜持に反するのか、目の前の親友に怒鳴ることはせず、羞恥心と怒りの感情を何とか収めて笑みを浮かべた。
例え見た目が人間の幼子だとしても、彼女は長い年月を生きた吸血鬼という悪魔である。目の前にいる親友が自身を見てにやにやしていても、心の広い吸血鬼であるレミリアがどう思う事も無い。
「………………、パチェって冗談を言う事も出来たのね」
「あらレミィ、顔赤いわよ?どうしたの」
何時もは魔導書ばかり見て此方を見ようともしない癖に、今は魔導書から顔を上げて此方を見て笑っている。普段の光景からすると珍しいのはパチュリーの方なのだが、羞恥心で混乱しているレミリアにそこまでを気にする余裕は無かった。
からかわれた腹いせに皮肉ってみれば、あっさりと受け答えされ返されてしまう。
何食わぬ顔をした親友に歯噛みするが、どうすることも出来ない。
――だけど。
「――そうね。パチェの言うとおりだわ。今更何に迷っていたのかしら」
そうレミリアが呟けば、パチュリーは驚いたように此方を見て、それからもう言う事は終わったとばかりに黙って視線を手元の魔導書に戻した。
――全く、素直じゃない親友だ。……まあ、自分も人の事は言えないのだろうけど。
でもそれが、その飾らない性格が堪らなく心地よい。
……だからこそ、こんな事を気軽に頼めるのだろう。
彼女なら出来るだろうという確信を持って、レミリアはずっと考えていた事の実行を決心する。
――全ては、愛しくて大切な二人の妹――フランとセレネを助ける為。
「――ねえパチェ、ちょっと頼みたいことがあるのだけれど」