Q.Dependence=Like or ×××? 作:crooze
――「何で逃げるの?」
その白い手がゆっくりと握られるのと同時に、わたしは悲鳴を上げる。
まず左足。
気持ち悪い音を立てて、血しぶきを上げわたしの左足が飛び散った。
周囲にわたしの左足だったものの肉片が飛び散って、鉄臭い血の匂いが充満する。
――痛い痛い痛い!
何回されても慣れないその激痛に、心の中で悲鳴を上げた。
声は上げない。お姉さまはわたしの悲鳴が嫌いだから、嫌な顔をするから。
声を必死に押さえつけるわたしを見て、お姉さまは恍惚とした笑みを浮かべて微笑んだ。
わたしの血に塗れていなかったら、もっと綺麗だっただろうに。
その照明の光を反射して輝く金の髪も、血のようなその瞳も、こんな薄暗い地下室にはもったいないのに。
わたしの着ているワンピースは黒と白のモノトーンを基調にしているものだから、血がしみても分かりづらい。
お姉さまの着ているワンピースも赤と白を基調にしているから、血がしみても分かりづらい。
これはレミリアお姉さま達の配慮なのだろうか、わたしには分からない。だっていつも、わたしの知らない所で何もかもが進むのだから。
……藍の言っていた通りだ。でもわたしにはどうにもできないから、結局そのまま何も変わる事は無いのだろう。
ふと見れば、わたしの左足が作り出した血だまりの中に、わたしが履いていた白いソックスが浮いていた。
フリルとリボンが付いたおしゃれなソックスだが、今は血に染まってどす黒く染まっている。
吸血鬼は血によって生かされる悪魔だから血に魅力を感じる筈だけど、今はその色――紅が綺麗だとは思えなかった。
こんなものが、紅を名乗っていい筈が無い。こんな、どす黒い色が、あの綺麗な筈の紅と同じだなんて――。
「ねえセレネ。貴方の血はとても綺麗だわ」
嘘だ、そんな事は無い。
「私、貴方の事を大切に思っているのよ?」
それは分からない。
わたしはお姉さま――フランドール・スカーレットの事を「お姉さま」と呼んでいるけれど、その事について深く考えた事は無かった。
物心ついた頃から薄暗い地下室のベッドの上で、何時も隣にはお姉さまがいたから。それに特に疑問を感じたこともなかった。
既に当たり前になった事だから、それについてどう思っているかなんて考える事は無かったのだ。
大切に思っている。
ずっと一緒に、お姉さまと一緒にいる事が大切にされていると言うのだろうか。
でもレミリアお姉さまは、わたしとずっと一緒にいない。偶にここまで来てくれるけど、何時もはレミリアお姉さまとは会う事も無い。
じゃあレミリアお姉さまには大切にされていないのかな。
――分からない。
レミリアお姉さまはいつもわたしを見て悲しそうな顔をするから、どうすればいいのか分からない。
「でも貴方が逃げようとするから、私もこうせざるを得ないの」
視界が、意識が眩む。
吸血鬼は高い再生能力を持っている筈なのに、お姉さまの能力によって壊されたからか全然再生しない。
肉が飛び散って白い骨と筋が見えているわたしの醜い左足に、お姉さまがその白い手でそっと触れる。紅の屋敷に引かれた紅の絨毯の上で血まみれになって倒れ伏すわたしの近くにしゃがみ込んで、見とれてしまいそうな程に綺麗な笑みを浮かべたお姉さまを「狂気に満ちている」なんて言う事は出来ないだろう。
だってこんなに綺麗な笑みを浮かべているのだ。
今わたしの全身には激痛が走っていて、目から涙が出る程だというのに。視界も歪んで、はっきりものを捉えるなんて出来ないのに。そのお姉さまの笑みだけは何故か鮮明に――はっきりと見る事ができたのである。
「おやすみセレネ。起きたら貴方の血を飲ませて頂戴ね」
意識を失う直前に聞こえたのは、何時ものお姉さまの声だった。
何も起きていないかのような、何時もの――綺麗な声。
――ああ、明日には起きれるのかな。
■
八雲紫はふうと息を吐いた。
スキマから見えるその光景は凄惨としか言い様が無く、またその光景の中で行われていた事も八雲紫の想定以上のものであったからである。
――「破壊」を司る吸血鬼の少女と、「創造」を司る吸血鬼の少女。
「愛」を知らない、無垢にして既に自身とその周囲を諦観している「創造」を司る吸血鬼の少女に八雲紫が目を付けたのは少し前――ルーマニアにある吸血鬼の屋敷に幻想郷の話を持って行った後の事であった。
「境界」という、普通なら見る事も触れる事もかなわない筈の場所にいた紫を見つけ、あまつさえ新しい「境界」を創り出して見せた少女。
――月の女神の名を冠する、スカーレット姉妹の最年少である少女――セレネ・スカーレット。
紫以外には扱えない筈の「境界」に触れたのだ。セレネに紫が興味を持つのも、当然の事であった。
「――やはり、姉が問題となりますか」
「ええ。……セレネを此処に連れてくるのは難しくないでしょう。どうにでもなりますわ。でもきっと、セレネを連れてきたらあの姉が追いかけてくるでしょうね」
「――フランドール・スカーレット、ですか。あの破壊の力は脅威ですが、紫様ならどうにでも出来るのでは?」
「その境界を操ればね。……レミリア・スカーレットの方が此方に来るのを待とうと思ったのだけど、あの様子ではまだ動きそうにないわねえ」
紫の周囲に浮くスキマにはセレネ達の様子だけでは無く、レミリアの様子も映し出されていた。
パチュリーとかいう魔女と一緒に何かを話し込んでいるようだが、かなり遠くにスキマが作られているせいで話の内容までは分からない。
近くにスキマを作って話を聞きたいが、レミリアもパチュリーも実力は確かである。妖怪の歳で言うならまだ若年者なのだが、紫のスキマを感知する位、彼女達なら出来るだろう。
流石は外の世界、ルーマニアで消える事無く存在できていると言うべきか。……最も、現在はかなり危ない状況のようだが。
「やっぱり、あの子は欲しいわ。「八雲」として招き入れて囲って、あの姉妹達が手出しできないようにしてしまおうかしら」
まだ消滅には至っていないようだがこのままでは間違いなく彼女達は「吸血鬼」が存在している事を忘れられ、消えてしまうだろう。「魔女」であるパチュリーも同様に。
回避するには、紫の創った「幻想郷」――幻想が消えることなく存在できる異界に行くしかない。
あの姉妹思いのスカーレット家の当主である傲慢な吸血鬼なら、必ず幻想郷に来る筈だ。
紫が先にセレネを連れ去ったとしても、どうせレミリア達が幻想郷に来るならばまた会う事は出来るのだ。寧ろ連れ去られたセレネを追って、幻想郷に来るのが早くなるかもしれない。それは紫にとって都合がいい事だったのである。
「スペルカードルールの普及のためにも、未来の幻想郷の為にも。あの子は必要ね」
「では紫様」
「ええ。人間では無いから、神隠しでは無いけどね。藍はあの子を迎える準備をしておいて頂戴」
「了解しました」
――そうして、境界を操る大妖怪は姿を消し。
――運命の歯車が、鈍い音を立てながら廻り出す。