1.接触
中部アフリカ ザイール・コンゴ盆地 1981年9月
軌道上の人工衛星から見て、年中、霧に覆われた秘境――ヘビー・スモーカー・フォレストに深い峡谷に囲まれて外界と隔離された世界が在る。
犬達が独自に進化し、5000年以上の歴史を誇るバウワンコ王国。
夜の帳が下り漆黒の闇が包んでいた。
数日前、国王のバウワンコ108世が急逝し、王国の民は喪に服している。そのため、夜の街に灯が無い。
現在は幼いクンタック王子を補佐する形で、ダブランダー大臣が国事行為の代行として摂政を行っている。
外界に生存権を求め、対外拡張政策を唱え前国王と対立したダブランダーを、口さがない者は「邪魔になった王を大臣が暗殺した」と噂していた。
それでも彼に頼らざるを得ないのが王国の現状である。
完全武装の軽歩兵が王宮への通りを封鎖していた。捜索騎兵中隊と弓兵大隊の増強を受けた重歩兵の増強連隊が、武具の擦れる音をさせながら王宮の置かれた丘を目指して駆けて行く。
「お父さん、あれなに?」
「馬鹿、部屋に戻ってろ」
殺気に満ちた兵士達に怯えて、通りに隣接した民家から顔を出す者はいない。
国王親衛隊は王宮の敷地内に駐屯しており、常時1個小隊が警戒配置に就いている。
警衛所は正面入り口の横にある建物だ。中は仮眠室と面会所、それと一般の出入り商人などの手続きをする受付になっている。
この日は親衛隊長のブルススが警衛司令として上番していた。
警衛の交代は一日置きで、各小隊が輪番で当たる。勿論、親衛隊本部も例外ではない。そう言う所に差を置かない厳格な規律が親衛隊のやり方だ。
ブルススは椅子に腰かけて、温められた牛乳を飲んでいた。
巡回行った部下達が帰ってきたら自分が仮眠を取る時間なので、高ぶった神経を沈めるため飲んでいる。
ブルススは知らなかったが、牛乳の蛋白質にはトリプトファンという睡眠効果の高いアミノ酸が含まれており、本能的にそれを知る体が求めていた。
眠気がやってくる。このまま、すんなりと仮眠が出来そうだ。
そう思ったときだった――。
突如として、外から喚声と斬り合う戦場騒音が聴こえて来る。
「敵襲!」
外周の巡察をしていた一人が、矢傷を負いながらも報告に戻って来て息絶える。
「敵だと!」
混乱しながらもブルススは仮眠をしていた者を叩き起こし、兵舎の方に応援の呼び出しに行かせる。
その間、自分は迎撃に向かう事にした。
「残りの者は私に続け」
ブルススがそう言った瞬間、今すぐに駆け出そうとしていた伝令を命じた兵士の体に無数の矢玉がめり込む。
「くそ!」
効果的な制圧射撃だ。頭を抑えられた形で警衛所に矢玉が降り注ぐ。
赤い甲冑を着て騎乗した指揮官らしい男の姿を、押し寄せる敵兵の先頭に見た瞬間、すべてを理解した。
ダンブランダー大臣に賛同して、外征を声高々に吹聴するタカ派のサベールだ。忌々しい事に、そう言った威勢の良い話は軍で大きく支持を集めていた。
軍人は政治に関与せず、そう教えられてきたブルススは、サベールの姿勢を好ましく思っていなかった。
と言う事は、今回の叛乱の裏にダブランダー大臣の影があるのか。
ここは、何としても王子を逃がさねば。
「サベール。俺が相手だ」
その言葉に、サベールは片方しかない左目を細めて応じる。
「面白い。親衛隊隊長の力を見せてもらおう」
ブルススは槍の達人として戦技競技会で知られている。サベールも剣士としての腕前は一流だ。
麾下の兵に、手出しをさせない様命じるサベールを傍目に、ブルススは時を稼ごうとした。
(王子様。今のうちにどうか、お逃げ下さい)
「アザトース」
サベールが戦の神への祈りの言葉を捧げる。戦で死ねば、魂は女神シュブ=ニグラスによって大いなる神、アザトースの下に導かれると言う。だから彼ら軍人は死を怖れない。
「参るぞ」
「おう!」
二人の勇士は武人としての誇りをかけて激突する。
『バウワンコ――ハンドバック作戦の闇に隠れたもう一つの秘密作戦』
2025年、学習研修社発行より
第2次世界大戦の終結後、世界は米ソの東西陣営による冷戦に巻き込まれた。
各地で活発化した植民地独立運動も、両陣営が自勢力に引きこもうと暗躍する事で武力抗争へと発展していく。アフリカも例外ではない。
ポルトガル植民地戦争は、ポルトガル首都リスボンで起こった左翼勢力による叛乱――カーネーション革命により政権が倒れ植民地支配は終わった。
しかしそれで全てが丸く収まった訳ではない。
アンゴラ独立の為、共闘していた
アンゴラ内戦である。
ポルトガルを支援していた南アフリカは、カーネーション革命によって赤色化したアンゴラ、モザンビークと隣接する事となった。
このため南アフリカはアンゴラで共産政権対決するFNLA、UNITAを支援しアンゴラに対する介入作戦を始める。
1975年10月14日、
南西アフリカから前進したタスクフォース・ズールは現地人の歓迎を受け、撤退命令が出るまでにアンゴラ領内深く進攻した。
SADFによって確保された都市はUNITAに渡され、1976年2月末までに部隊は引き揚げてサバンナ作戦は終了した。
その後もSADFは自国の防衛上の観点から、たびたび越境作戦を実施する事と成り、クイット川の西部及び東部で活発な作戦行動を行う。
サバンナ作戦終了後、タスクフォース・ズールの一翼を構成していたブラボー戦闘団は第32大隊へと部隊は改編された。
当初、南アフリカは受動的な国防計画に満足していたが、ゲリラによる南西アフリカへのテロ活動が激化することにより、1978年には、アンゴラ領内のSWAPO拠点に対して越境作戦で先制攻撃し撃滅すると言う攻撃的な戦略を選択した。
1978年にウエディング作戦、ヨット作戦、トナカイ作戦などを実施。翌1979年にも小競り合いは毎日起こり、時折、大部隊との戦闘もあった。
1980年5月30日に行われた作戦では、指揮兵站部門のSWAPO司令部を撃滅するよう命令され、臨時編成の戦闘団が複数投入された。
最終的には、アンゴラの共産軍FAPLA90名、SWAPO380名を殺害、車両や機材などの物資100トンが鹵獲された。
1981年も南アフリカの軍事行動は続き、カーネション作戦、プロティア作戦など目白押しで行われた。
プロティア作戦では8月23日、
この戦闘で1000名以上のゲリラと共産軍兵士が死亡、200両の各種戦闘車両を含む4,000トンの物資を鹵獲。ソ連軍事顧問の数名が戦死し捕虜となり、9月10日に作戦は終了した。なおSADF側の損害は10名と軽微だった。
そして10月10日、ハンドバック作戦が実施される2日前の事だった――――。
南部アフリカ アンゴラ 1981年10月10日
ザイールとの国境に近い、モシコ州上空を哨戒飛行する2機の戦闘機、ミラージュF-1CZがいた。
南アフリカ空軍を表す特徴的な徽章が、灰色に塗装された機体に描かれている。
1975年に第3飛行隊に配備されて以来、長く使われている機体で、ターボ・ファン・ジェット・エンジンの登場によりいささか旧式のイメージが付いてきたが、今の所、スネクマ・アターの09K50ターボジェットは、アンゴラの空で十分な能力を発揮していた。
いつもと変わらぬ空。敵の脅威など無い。
そう言う訳で、穏やかな気分で飛んでいた。
その時。ニコラス・コッポラ中尉は視界に奇妙な物を捕らえた。
(何だ?)
地上を低空飛行で移動する回転翼機。ヘリコプターかオートジャイロの様に見える。
国籍不明。数は2機。
進路はザイール方向から、クアンド・クバンゴ方向に向かっている。
僚機に連絡し、接近する事にした。
「うわ、すげえ」
自機から見て右側に目標を捕らえた。
近寄りはっきりして来る機体を見て、思わず言葉が出た。
それは映画にも出てきそうな古代ローマの軍船に回転翼を付けただけ。そんな感じの物が空に浮いている。
(どうやって飛んでるんだ?)
ニコラスの感想は、よくあれで飛べるなという正直な物だった。
甲板に姿を現している乗員の姿も、仮装行列のように甲冑を全員身に纏い奇怪だ。
表情は確認できないが、こちらを確認して騒ぎ出している様子が見て取れる。
その時、帆船の撃ち合う海戦の様に舷側から大砲が出てきた。
まずいと本能が危険を告げていた。
回避機動をとろうと操縦桿を左に倒す。
機体をロールさせて、左に旋回するつもりだった。
しかし衝撃を受ける。
罵り声を漏らした。右主翼の先端が無くなっている。
キャノピーのガラス越しに砲煙が見える。
「よくも撃ちやがったな!」
怒りが湧き上がって来るのを感じる。
叩き落してやる。
2.きっかけ
南部アフリカ 南西アフリカ 1981年10月12日
南アフリカによる侵略の尖兵とボロクソに叩かれる第32大隊。
駐屯地にヘリコプターが1機、ローターから巻き起こる風圧で砂塵を吹き上げながら着陸した。
そこに戦場から帰還したばかりで、疲れ果てた表情を浮かべくたびれた男達が降りてくる。
「お疲れ」
「やれやれだな」
そんな会話を交わす兵士達の最後に指揮官が降りた。赤銅色に焼けた肌、無駄な贅肉はそぎ落とされ鍛え上げられた筋肉、触れれば切れそうな視線を放つ男の名前は野比のび助。日本人だ。
自分から流れる硝煙と血と汗の臭いを嗅ぎ取り、のび助は顔をしかめる。
(早く着替えたいな)
のび助は輸入代理店に勤めていると家族に伝えている。都内に事務所を置いているCIAのペーパー・カンパニーで、1年の内、半分以上が出張で家を留守にしていても家族を心配させないカバーストーリーが用意されていた。
自分の
汚れた体を水浴して、さっぱりしようとタオル片手に天幕から出ると呼びとめられた。
「ノビー大尉。中隊長がお呼びですよ」
「分かった」
舌打ちしたいのを堪え、すぐに中隊本部に向かう。
中隊本部は土嚢を積み上げて、半分地下に埋まったような構造をしている。迫撃砲やRPGの攻撃に備えた強化だ。
「ノビー。帰って来て早々、すまんな」
中隊長は、机の上に広げられた写真をとんとんと、突いて注意を引く。
「空軍が奇妙な機体を撃墜した」
のび助は写真を手に取る。
木製の焼け焦げた残骸と、奇妙な焼死体が写っていた。ある部分に目を留めて眉をひそめる。
(尻尾かこれは? 人には見えんな)
そう思って眺めた。
「回転翼機らしいが、詳しい事は解らん」
写真を机に戻しのび助は尋ねる。
「それで中隊長。今回はどちらに偵察に向かえば宜しいのですか?」
中隊長の指がアンゴラ領内を指す。
「交戦して撃墜した場所がここだ」
そして指は、すーっとアンゴラから東に動きザイール領内に向かう。
「飛来した方向から考えて、ここから来たと考えられる」
広大なコンゴ盆地。敵の拠点を探すなら難儀な仕事だ。
東側の軍事支援を受けた新兵器投入。そう言った事だろうかと考える。
「敵が何だかわからん。とりあえずザイールでの情報収集が貴官の任務だ」
(また漠然とした任務だな)
現地政府が敵だったら厄介な事になる。ザイールが敵の勢力圏という事になるからだ。
「敵の拠点を確認したら報告しろ。途中の妨害は実力を以て排除し、痕跡を残すな」
米英がうるさいからなと、中隊長は言う。
交戦規程は簡単。敵は排除するだけ。
(この種の任務なら、Recceの方が本職だろう)
Recce──偵察連隊は自分たち第32大隊の初代指揮官であるブレイテンバッハが、ローデシアSASで鍛え上げられ作り上げた特殊部隊で、敵地侵入や各種破壊活動を行っている。軽歩兵の32大隊以上にプロである。
先任がその後の説明を続ける。
「明日の正午にヘリが来ます。それで国境まで飛んで、そこから陸路の移動になります」
ヘリと聞いて嫌な予感がした。戦場で、その種の予感は馬鹿に出来ない。
飛来するRPGの映像が、まるで実体験の様に鮮明な姿で脳裏に映った。
「嫌、ヘリは止めておこう。陸路で移動する」
中隊長は、好きにさせろと先任に頷く。
部下には夕食後に説明しよう。
携行する装備、無線周波数の割り当て、脱出経路などの打ち合わせを終えると、ようやく水浴びに行けた。
日本 東京都練馬区月見台すすきヶ原 同日
空き地と呼ばれるその場所は近所の子供の遊び場になっている。
その日も剛田武の呼び出しで、野比のび太、骨川スネ夫の二人が集り、いつものように自己中心的な発言で困らせられていた。
「今度の連休は皆でどこかに行こうと思うんだ。ドラえもんに頼んで、何とかして貰え」
武は「ジャイアン」のあだ名に相応しく、その巨体と腕力でガキ大将として君臨していた。
陰湿ないじめは無いが、直接的な暴力をふるう彼に逆らえる者などいない。
今回の標的はのび太だ。
「いいな?」
凄みのある笑顔で武は圧力をかけて来る。
「え。で、でも突然過ぎるよ。ドラえもんが何て言うか――」
その言葉は、伸びて来た腕によって遮られる。
武の性格は両親の両方を継いでいる様で、喧嘩っ早い。
のび太の胸倉を掴み上げて顔を近付ける。
「俺様が頼んでいるんだ。出来るよな?」
小学生だけに理性が効かない。限度を知らず武は暴力を振るう。
一度など内臓破裂で死にかけた所を、ドラえもんに助けてもらった。
狂人は相手にしてはいけない。
奴は本気で人を殺せる目をしている。いつか前歴者の仲間入りをするだろう。
壊れた人形の様にのび太は首を振る。
「よし! 任せたからな」
武はそのまま、のび太を地面に叩きつける。
「痛っ……」
のび太は激痛で呼吸が止まりそうになり咳き込む。
「俺様の期待を裏切ったらどうなるかわかっているよな?」
「わかっているよな?」
(このゴリラ、カルシウムが足りないのじゃないか?)
いつもの様に追従しながらスネ夫はそう思っていた。
「わ、わかったよ」
ドラえもんに頼んでみる。そう言うのび太に武は頷き空き地から出ていく。
(――畜生……。いつか必ず殺してやる……)
のび太の心にまた憎悪が蓄積されていく。
木造モルタル構造で、二階建ての一軒家がのび太の家だ。
空き地からのび太が帰宅した。
『南アフリカ軍は、地上軍による大規模進攻作戦を再開した模様で――――』
和室からTVの音声が聴こえて来る。母親の玉子がニュース番組を見ている様だ。
階段を駆け上り、二階の自室に飛び込む。
青色のタヌキが座っていた。
「聴いてよドラえもん!」
ドラえもんと呼ばれたタヌキが温和な表情で振り返る。
ドラえもん。それは、特定意志薄弱児童監視指導員の肩書きと共に、2123年の未来から送り込まれたMS-903型子守用ネコ型ロボットである。
のび太の最も頼りになる親友で家族同然だ。
青い球状の頭部に浮かんだドラえもんの表情は、話を聞いているうちにどんどん怒りに変わって来る。
のび太が叩きつけられた話になると、遂に怒鳴り出した。
「何て奴だ! 許せないぶっ飛ばしてやる」
のび太君の敵は僕の敵だ! やろう、ぶっ殺してやるとまで言い出したドラえもんの姿にのび太は溜飲を下げ落ち着く。
「ありがとう、ドラえもん。君はやっぱり僕の親友だよ」
その言葉に、ドラえもんは照れる。
「よせやい。そんなの当たり前じゃないか」
とりあえず、ジャイアンの要望をどうするか。
「できれば、秘境とか魔境って呼ばれる所に放りこんでぎゃふんと言わせてやりたいな」
ピンチの時に、カッコ良い所を見せつけたい。
のび太の言葉に、ドラえもんも納得する。
「いいね。それで、あいつがのび太君を見直して虐めを止めるならなおの事良い!」
二人の相談は、玉子がお使いを頼むまで続いた。