3.理由付け
中部アフリカ ザイール 1981年10月16日
背中に背嚢や携帯無線機を背負い、肩に銃の負い紐を喰い込ませ男たちは歩いている。
野比のび助の指揮する偵察ティームは、ザンビアを通過してザイール領内に侵入していた。
その姿を目撃したのは木の枝に停まるハタオリドリの群れだけだ。
赤い土を踏み締めて歩きながら、のび助は航空写真を確認する。
南部のカタンガ州からコンゴ河に沿い前進する。コンゴ河は全長4,650Kmでナイル河に次いでアフリカ第2の大河だ。
のび助にとってザイールはなじみ薄いが、一部の者には因縁深い地だった。
1960年6月30日にベルギー領コンゴから独立以来、コンゴの世情は乱れ幾度も血が流されていた。コンゴ共和国、コンゴ民主共和国そしてザイール共和国と三度国名を変え、そのまま国の混乱状態を表していた。数年前にもMPLAから分派したFNLCがアンゴラからザイールに侵攻している。
コンゴ動乱から未だ火種の消えていない地だった。
部下は兆候を見逃さない様、四周を警戒しており、兵士や警察官の姿を見かけたら容赦なく排除する。極秘の越境作戦だから目撃者を生かす訳にはいかない。
出発前の打ち合わせで事前の航空偵察を行い、ある程度、目標となる地域は限定された。さすがにザイール全土を捜索するには人手不足だからだ。
だが中隊長は普通にやらせる気だったのをのび助は知っている。
(俺達だけでザイール全土を捜索させるなんて、何を考えてるんだか)
優先的に向かう場所は、雲に覆われ航空偵察が行えなかったヘビー・スモーカー・フォレスト。
防諜管理には最適で、敵が拠点を築くには十分な地理的条件が整っている場所だ。
上の方では、今回の敵も東側――おそらくソ連だと考えている。モブツは自分の権益を守る為なら、何でもする奴だと人物評価を下していた。事実、シャバ紛争でモブツは外国の支援を受ける為、自作自演で白人を虐殺しFNLCの仕業に見せかけた。そんなモブツに東側が接触しないはずもない。
アンゴラに対するソ連の軍事援助は、1974年~1976年だけでも4.5億ドル、今年だけでも2,500万ドルだと言う。
そして軍事顧問や実戦部隊を含めるとキューバを筆頭に、ソ連、東ドイツ、北朝鮮、北ベトナム、それにSWAPOとANCまでいた。
さらにザイールに敵勢力が展開しているとなれば、この上なく迷惑な状況となる。
(まるで信長包囲網、四面楚歌って奴だな)
害虫と言う物はすぐに繁殖するので、叩ける時に、叩き潰しておく。
手間を惜しんで繁殖されては困ると言う事だ。
ザイールの気候は年中高温多雨の熱帯雨林気候で今は乾季だ。鍛えられた肉体は吹き出る汗の量も抑えられていた。
(環境に順応するのは早い物だな)
のび助は過去を振り返り、今の自分をそう自分を評価した。
途中の休止でホロホロチョウを捕らえて食べた。日本でなら食材にしようなどとは考えらない。
さすがに手の込んだ調理は出来ず、丸焼きだが皆満足していた。ここでは十分、ご馳走だった。
先頭を進む先任下士官のミステル・ヤオイ曹長が立ち止まった。
全員が姿勢を低くして、その場にしゃがみ込む。
ヤオイ曹長が何かを発見したようだ。
彼とのび助は、ローデシアのセルース・スカウツ以来の付き合いで、
のび助は体を前傾させ、中腰で先頭まで進む。
ヤオイ曹長の傍らに行くと、こちらに視線だけを向け指が地面の足跡を指す。
(なるほど)
乾いた土に足跡が残っていた。
小規模な兵士が近くを移動したらしい。
脅威かどうか判断する為、足跡をたどる。
3時間は歩いた。
天幕が立ち並ぶ野営地を確認した。東側装備の民兵だ。
観察した所、SWAPOのゲリラに間違いないようだった。
(ここにもゲリラが居やがったか)
歩哨はだらけて、煙草を吹かしながら気を抜いている。
ここがザイールだから安心して居るのだろう。
(間抜けめ)
確かに襲撃して皆殺しにするのは簡単だが、のび助達の存在を察知されて敵の警戒が厳しくなれば元も子もない。本来の目的である敵の捜索行動に支障が出ても困る。
避けれる戦闘は避ける。それが偵察の原則だ。
のび助は手帳に野営地の位置をメモすると迂回して移動する。
地図に印などは残さない。万が一、自分が戦死したり捕虜になった場合、敵に情報を与える事になるからだ。
目的地まではまだほど遠い。これからも、何度かこのような遭遇が有るだろう。
日本 東京都練馬区月見台すすきヶ原 同日
家の布団で横になりながら、剛田武は不機嫌だった。
昼間の探検は、散々で二度と行くつもりはない。
イライラしながら、思い出す。
のび太に任せて目的地は、アフリカの秘境に目的地は決まった。
ドラえもんの道具――どこでもドアでいきなり目的地については面白くない。
そう言う訳で100Km手前に行き、そこから気分を出して歩いていた。
そこまでは良かった。
しかし、わくわくもドキドキもしない。
そう言う訳で、ちょっとした刺激を求めたら猛獣に追われるわ、良い所はないわで散々だった。
(余計な事をしやがって。なんで俺ばっかり!)
思い出しても、怒りが沸き起こって来る。
(明日は、のび太をぶちのめしてやる)
意識は睡眠へと誘われ、眠りについた。
部屋が光に包まれて、声が武を起こす。
「ジャイアンよ、目覚めよジャイアンよ」
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。寝起きで意識がはっきりしない。
「誰だ?」
こんな夜中に。そう思って起きた。
視線の先には、のび太が見つけて来た巨神像の姿があった。
「きょ、巨神像!」
それが幻覚か夢かははっきりとしていないが、お告げが在った。
財宝がある。
その様な事を言うと、巨神像の姿は部屋から掻き消えた。
翌日、空き地に皆が集まっていた。
「これは、何としても探検を成功させろと言う神様のお告げだと思うんだ」
昨日と正反対な事を言い出す武に皆、困惑している。
「インチキみたいだ」
ドラえもんが疑わしげな表情で言う。
「僕、宿題が……」
やりもしないのに、のび太は言い訳をする。
「僕も塾が」
スネ夫もそう言うが武は納得しない。
「お前ら俺様に逆らうな! 一度決めた探検を諦めるなんて男か!」
静香が女よと言うが、結局は探検を再開する事になる。
中部アフリカ ザイール 1981年10月17日
コンゴ川の源流に続く川に出た。
地図の通りだ。
ドラえもんが例によって船を出してくれた。痒いところに手の届く万能ロボットである。
中古だが今回の旅行の為、未来デパートで安く仕入れて来てくれたそうだ。
白く塗装された船で、元は南ベトナム海軍に大量に供与された
さすがに民生使用で、火器類は撤去されている。
操舵は、ほぼ自動で問題は無い。
スネ夫が舵を取っていると、ジャイアンがやって来た。
「俺にもやらせろよ」
「ええっ?」
スネ夫は小型船舶免許を持っていないが休日中、従兄のスネ吉に海に連れて行ってもらった時、簡単に教えてもらった事が在る。
その自分とジャイアンでは基礎が違う。
「いや、でも……」
「何だ。文句でもあるのか」
何を言ってるんだこのゴリラと思ったが、ジャイアンは殺意を込めた瞳で睨んで来る。勝ち目など始めから無い。
「わかったよ」
渋々、スネ夫は舵を譲る。
「針路から目を離したら駄目だからね」
「わかってるって」
ジャイアンはご機嫌に舵を握る。
(大丈夫か?)
スネ夫は不安に思いながらも傍らで見守る事にした。目さえ離さなければ何とかなると判断した。
「ああっ!」
船尾に居た静香が叫び声が聴こえて来た。
「どうしたの!」
その声を聞きつけてのび太達が集まる。
船の航跡を追う様に、ワニの群れが追従していた。
周りがすぐに取り囲まれる。
「きゃあ。怖い」
静香がのび太に抱きつく。役得であるがデレデレはしない。
「大丈夫だよ。こんな大きな船だもの」
安心させるようにのび太は、静の髪を優しく撫ぜる。
「そうさ!」
ジャイアンも励ますように力強く言った。
(え?)
何故、お前がここに居るんだとスネ夫は思った。
「あれ。舵はどうしたの?」
スネ夫が言った瞬間、衝撃が襲いかかる。
岩に乗り上げた様だ。
(くそ、この原始人め!)
スネ夫は、久々にジャイアンに殺意を覚えた。
「船底に穴が開いたぞ!」
傾斜した船体をよじ登り、ワニが迫って来る。川に落ちれば一巻の終わりだ。
追われるように、上部構造物の屋根によじ登る。
「この!」
ジャイアンが、デッキブラシでワニを殴打するが効果は無い。
「ドラえもん、桃太郎印の吉備団子出して!」
のび太の言葉に、素っ気無くドラえもんは返事を返す。
「置いて来たよ」
へこたれず、畳みこむように一気に道具の名前をあげてみる。
「スモールライト、タケコプター、スーパー手袋!」
「だめだめ。皆、置いて来たじゃない」
その落ち着き具合が無性に腹が立つ。
首元を締めてやろうかとのび太が思った時、静香が言った。
「どこでもドアで逃げれば良いじゃない」
「ああ。忘れてた」
その言葉に周りはほっとした空気になる。どこでもドアさえあれば、危険とはおさらば出来る。
ドラえもんはどこでもドアを出すが、勢い余って落としてしまった。
「ああっ!」
のび太が鳥の様な悲鳴をあげる。ワニが落ちてきたどこでもドアをかじってしまった。
「僕達おしまいだ!」
ジャイアンがドラえもんを、ぶん殴ろう近付いて来る。
「あ、そうだ」
その時、ドラえもんは思い出した。
(あるじゃないか。武器が)
鼠から身を守るため用意した物が。
「君達も、これで闘ってくれ」
そう言って渡したのは、ジャンボガンと熱線銃。
ジャンボガンは一発で戦車を撃破出来、アンチ・マテリアル・ライフルを凌ぐ威力だ。
熱線銃は、一瞬で家屋を消滅させる事が出来る。
他にも市場に放出されていた火薬式短機関銃がある。
「トンプソン・サブマシンガンじゃないか」
銃好きののび太が喰いついて来た。のび太は西部に生まれていれば、名うてのガンマンになれる腕前であった。
「M1A1さ」
少し自慢そうにのび太にドラえもんは語る。
「そんな事より、早くよこせよ!」
ジャイアンがジャンボガンを奪い取る。
「あ。それは威力が大きい分、反動が大きいから」
ドラえもんが説明を始めるが、ジャイアンはまともに訊いていない。
「注意しないと」
ワニに向け引金を引くと、射線上に居た船尾のワニは火制地域が広いらしく一気に掃討された。
「危ないよ」
ジャイアンがジャンボガンの反動を押さえきれず、体ごと船首に吹き飛ばされた。
「痛っ!」
甲板に叩き付けられてジャイアンが呻いている。
スネ夫も熱線銃で両舷のワニを叩く。
のび助のティームは川沿いに面した樹海の中を進んでいた。
轟音と共に、鳥の群れが飛び上がる姿を川上の方で見える。緊張が走り、全員が周囲に散開し姿勢を低くする。
周囲に視線を向け兆候を確認するが、敵の姿は見受けられない。
(今のは何だ?)
額の汗を、手の甲で拭いながら考える。
(地図にも載っていない、集落が在るのかもしれない)
ヘビー・スモーカー・フォレストが近付いており、航空写真もここから先は撮影されて無く、ベルギー統治時代に作成された地図しか情報は無い。
前人未踏に近い文明人にとっては未知の大地が広がっている。
(やっかいな任務だ)
急迫した危険の兆候も無いと確認して行軍を再開する。
再び足音と装具の擦れる音しかしない。
30分程川沿いに進むと、大量のワニの死骸が浮かんでいた。
自然界ではあり得ない死に方で、ぶちまけられた臓物が嘔吐感を誘う。
「酷い、なんて殺し方だ」
一体何を使ったらこんな殺し方が出来るのだろうかとのび助は考える。
日が暮れる中、河上に小さな集落を発見した。
偽装されたゲリラの訓練所と言う訳でもなく、巨神像の祀られた原住民の居住地だ。
槍で武装した昔ながらの狩猟民族。そんな感じだった。
現地政府の影響を受けず、独自の生活を維持している部族は珍しくない。
敵の脅威も無いし、住民に接触してみる事にした。村には魚の生臭い香りが漂っていた。自分達を物珍しげに観察する視線を感じた。
彼らは、瞬きの少ない目が特徴的で、全員が皮膚病にかかっているらしく体の所々にかさぶたができていた。頭髪が薄い事から年配者と思ったが、ほとんどが若者らしかった。
盛り上がった目などで人間離れした姿をしているが、部外者の急な来訪にも関わらず、彼らは友好的だった。
(人は見た目で判断してはならない)
改めてそう思った。
「今日は聖なる神のお祭りだ。ゆっくりして行ってくれ」
「ありがとう」
この村の名はインスマスと言い、巨神像は彼らにとっての聖地にあるバウワンコの神の像を模した物だそうだ。巨神像の表面に彫られた象形文字は魚、うなぎ、タコのようなもの。甲殻類や軟体動物など奇妙な図柄だった。
時々、中隊本部で見せられた焼け焦げた死体に似た絵が描かれてる。
(犬に似た生物兵器。それを神として崇めているのか?)
彼らの信仰では、この世界自体が神の見る夢だと言う。
のび助はバウワンコについて訊ねてみた。
神の国が在るそうだ。
「ライオンの国。サバンナを過ぎると、オドロンドロの谷がある」
オドロンドロの谷は、切り立った崖で、谷の底が死霊の国だそうだ。
「その先が永遠の霧に閉ざされた神の国」
地図で確認すると、やはりヘビー・スモーカー・フォレストにあるらしい。
「入れば二度と帰れない。そう伝えられている」
族長は警告してくれた。
そう言った伝承は無視できない。だが任務だから行かねばならない。
「しかしお前達は戦士。止めても行くのだろう。ならば気をつけろ」
「ああ、ありがとう。十分に注意させてもらうよ」
素直に謝辞を告げ、会話はそれで終わらせ夕食に取りかかる。
その日は村で過ごし、翌朝に出発する事にした。
4.経過
中部アフリカ ザイール 1981年10月18日
ライオンの群れに襲撃を受けた。それは周到に準備された待ち伏せで、野生の獣達が侮れない事を証明していた。
のび太達も無力ではない。ドラえもんの用意していた強力な武器で武装している。
「舐めるな!」
ジャイアンが熱線銃で飛びかかってくるライオンを掃射する。肉片も残さず消し去る武器の威力。圧倒的な力を手にした安心感から強気に出る。敵の掃討は時間の問題だった。
楽勝だ。誰しもが、その時はそう思っていた。
歴戦の兵士でもなく、ただの小学生たち。完全な油断が在ったのだろう。
「ペコ!」
のび太の叫び声が響く。
のび太の愛犬ペコが、死角から襲い掛かってきたライオンに噛まれた。
小さな白い体が引き裂かれ流れ出る鮮血が、強い日差しに焼かれ乾いた砂の上に飛び散る。
どう見ても手の施しようがないのは明らかだ。
「何とかしてよドラえもん」
涙ながらに訴えるのび太に、ドラえもんは首を振る。
「のび太君。残念だけど、便利な道具は皆置いて来たからどうにも出来ないよ」
それに、死んだ生き物までは生き返らせる事まではできない。航時法と言う法律に引っかかるからだ。
「なんで、こんな無茶な旅に出たんだろう……」
沈痛な表情を浮かべて、悔しそうにのび太は声を絞り出す。自分のちっぽけな虚栄心の犠牲になったと、内心で自分を責める。
「ペコ……」
冷たくなったペコを抱きしめ涙を流す。その姿に皆、心を打たれる。
「のび太さん……」
静がのび太に慰めの声をかけようとした瞬間、ジャイアンが激発した。
「俺のせいだと言うのか!」
突然の怒声に周りの皆が反応出来ない。
(突然何を言っているんだ。この原始人は?)
スネオも思わずそう考えた。
「この冒険を企画したのは俺。道具を置いて来たのは俺。どうせ全部俺が悪いですよ!」
いつも、唐突な言動と理不尽な暴力で周りを搔き乱すジャイアン。
今回は最悪の形になった。言ってる事は全て正しい。責任は立案者のジャイアンに最も重く圧し掛かる。リーダーなら仲間の安全を優先すべきだ。この責任は重い。
(自分でよく分かっているじゃないか。この原始人)
そう思いながらも、スネ夫が上辺だけでもフォローしようとするが、取りつく暇も無い。
「な、何もそこまで言ってないよ」
「うっせー! 俺はどうせ嫌われ者なんだ!」
のび太は、冷めた表情でそのやり取りに口を挟む。
「そんな事を言ってる場合じゃないだろう」
ジャイアンはのび太のくせに生意気だ。そう告げようとしたが、のび太の纏う異様な空気に圧倒され口をつぐむ。
「また、ライオンの襲撃が在るかもしれない。今は先を進もう」
ドラえもんも内心で同意する。正論だ。今は進むか、退くしかない。
ペコの死を無駄にしない為にも、目的地を目指すべきだ。
(のび太君。立派になって……僕は嬉しいよ)
皆にもよく懐いていた可愛い犬だっただけに残念だったが、ドラえもんはのび太の成長を嬉しく思った。
こうしてバウワンコ108世の子、クンタック王子は誰に知られる事も無く命を落とした。
「ん?」
スネ夫は、ふと足元の砂の中に、光が反射して微かに輝くものを見かけた。
「鍵?」
それは象形文字とアラベスク模様が刻まれた銀色の鍵だった。
(何だってこんな所に鍵が……?)
しげしげと手元の鍵を覗き込んでいると、ジャイアンの怒鳴り声が聞こえてくる。
「何してるんだスネ夫。置いていくぞ!」
「ま、待ってよ」
慌てて鍵をズボンのポケットに入れて後を追う。
中央アフリカ バウワンコ王国 1981年10月20日
のび助のティームは、息子達に一日遅れてオドロンドロの谷に到着した。
今の所、脅威と言うものには遭遇していない。だが普段の習慣どおり部下は散開して警戒しながら小休止を取っている。
のび助は考える。
(今回の偵察任務は、不可思議な事が多すぎだ)
最初の偵察命令で見せられた写真。
死体は焼け焦げてはいたが、あれは明らかに犬だった。
そして、途中の川で目撃した大量のワニの死骸。大口径の火器を使用した。そんな感じだった。
村を出発してからも、見晴らしの良い岩場周辺で異常な光景を目撃した。
抉れた地面に、ライオンの死骸が転がっていた。なにか鋭利な刃物で切り取ったかのように体の一部が損失していた。
「何かの武器を使ったのは間違いないようですが、何を使えばこんな傷跡になるのか分かりません」
ヤオイ曹長はその様に報告して来た。
(ハンターでは無い。戦利品の獲物はそのままだった。何か新兵器の実験だろうか)
ワニの死骸の一部にあった痕跡と、同じ惨状だった。傷口の一致。偶然とは思えなかった。
敵かどうかはわからない。ただ自分たちの前進方向に、何かが待ち受けている事だけは確信できた。
それから丸一日かけて、サバンナを横断し雪山を登った。
雪中行軍など初めてだ。防寒着は用意していなかったので、雨具を着込んで代用する。
足元が滑り、注意しながらの移動はかなりの時間を浪費した。
夕闇が迫る頃、ようやく景色が変わった。
「遂に来たな」
空を濃密な霧が覆っている。
ヘビー・スモーカー・フォレストに遂に到着した。
後は敵の拠点捜索だが、深い渓谷が見えた。
隠蔽には最適な地理的条件だった。
(間違い無くこの先だろう)
「谷の深さは、500m以上はありそうですね」
「迂回する経路は無さそうだな。この高さだ。落ちれば命は無い」
準備を万端にして翌朝に降りる事にした。
そして早朝、日の出と共に切り立った崖を降り始めて、昼にようやく到着した。
かなりの時間がかかった。
改めて周囲を見回す。
なんだか地の底と言う感じだった。
火山帯のようで地底から時々、蒸気が噴き出していた。
共鳴現象の為、不気味で嫌な音を立てる。
「ノビ大尉」
ヤオイ曹長が何かを発見したらしい。
視線の先に足跡が在った。
「子供の様な足跡だな」
「此処等で少年兵は珍しくないですよ。分隊規模ですね」
足跡をたどると、地下水道が見えた。コンゴ河の源流だろうか。
傾斜した洞窟を進む。蛇の巣のようにうねっている。
上流で何かを探しているらしく、武装した集団が巡回していた。
(見つかった? いや、それは無い)
のび助達の接近に気付いたとは思えない。
近くの物陰に身を潜ませ、通り過ぎるのを待つ。
光が見えた。
松明の篝火と槍で武装した兵士がいた。例の犬擬きで、敵と判断出来る。
人数は4名。
(歩哨か。やるか)
のび助は排除を決めて、負い紐を緩めAK-47を構える。
その姿を見て部下も散開し、RPD機関銃やR-1小銃を構える。
照門に照星を合わせがく引きにならない様、そっと引金を絞る。
軽い反動が肩にくる。
7.62mmの弾が敵を制圧するのを確認し、素早く駆けより死体を調べる。
「やはり犬ですな」
「うん。ソ連軍の生物兵器じゃないか?」
頭部は犬。体は人に近い。
情報になる様なめぼしい持ち物は無く、死体を下流に流す。
巡回が戻って来た時、自分たちの侵入発覚を少しでも遅らせる為だ。
小舟が係留されていた。流れから考えて自分達は下流から来た。上流に向かうべきだ判断した。
舟が小さい為、4名を連れて行く事にした。
「ノビ大尉、お気をつけて」
「お前らもな」
概略の場所が分かったので、ティームの残りは報告も兼ねて帰還させる。
舟をオールで漕ぎ、上流を目指す。
一時間程、のび助達は舟を漕いだ。
噴き出る汗で、顔と腕に塗ったドーランは落ちていた。
かなり激しい急流だったが、ようやく光が見えて来る。
「出口が近いようだ。俺が見てこよう」
装具を渡して、水音に気をつけながら川の中にそっと潜る。
出口を目指して平泳ぎで向かう。
部下達も不意の襲撃に備えて、舟の上で伏せて銃を構えている。