バウワンコ1981   作:キューブケーキ

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5~6話

5.

 

 中部アフリカ バウワンコ王国 1981年10月21日

 

 

 のび太達は犬の王国へ入っていった。

 友好的な歓迎を期待していたわけではないが、平和的に接触を行おうとは思っていた。

 船で湖に出た後、期待に胸を膨らませながら上陸した。

「あそこにお城が見えるね」

「どこかで電話を貸して貰えないかな。ママに連絡して迎えに来て貰うんだ」

 スネ夫の言葉は現実を見ていない。電柱の一本も立ってなく、車さえ見えない。

 明らかに発展途上国だった。

 その直後、巡回の兵と遭遇した。

「止まれ、何者だ!」

 鋭い声を浴びせられた。

「こんにちは。僕、ドラえもんです」

 翻訳こんにゃくを口にして話しかけるドラえもん。口元に陽気な笑みを浮かべて友好的に近付くが、兵士の視線は険しさを増し武器を構える。

「怪しいタヌキめ。捕らえろ!」

 指揮官の号令で、槍を構えて包囲の環を狭めてくる。

「な、何だって! 僕はタヌキじゃない。猫型ロボットだ!」

 激怒するドラえもんに対して、周りの仲間は流石に、自分達に向けられる殺気に気付いていた。我が身に差し迫った危機に気付かないほど鈍感ではない。

「やばいぞこいつら!」

 ジャイアンの言葉で熱線銃やジャンボガンなどで応戦するが、相手の数も多い。警笛の笛を鳴らして応援を呼び集めた。

「もう弾が無いよ!」

 分隊規模の兵士が、小隊、中隊と数を増やしていく。

 次第に弾切れになりドラえもん達は、死体の山を築いてその場から逃走した。

 

 

 

 かつて国王が執務をとっていた部屋の主は入れ替わり、ダブランダーは王以外が座ることを許されなかった椅子に腰かけている。

 ダブランダーはこの国の最高権力者として君臨する。望めばあらゆる事が可能だ。

 例えば宮廷に居る全ての雌は彼の所有物になったと言える。

 ここで女官を抱く事は背徳感から興奮に繋がるが、今は真面目な話をしていた。

「ううむ。怪しい猿だと」

「はい。火を噴く杖で警備を襲って来ました」

 巡回中の警備兵が自分達より数の少ない猿に蹴散らされたという。その報告にダブランダーは考え込む。

「もしや、クンタック王子殿下が生きていたのかもしれん」

「は?」

 親衛隊長ブルススの首級を初戦で討ち取り、ダブランダーの脅威になりそうな物は最早、存在しない。王統派の忠臣も根こそぎ粛清した。国内には表立って刃向かう者はいない。

「殿下は聡明な御方だった。陛下の後継者として申し分無い。しかし甘い。外の猿を知らない世間知らずで、それでは何れこの国を外夷に滅ぼされてしまう。それなのに自ら猿を招き入れた」

 王子が政権奪還の為、外の世界から兵を連れて来た。そしてその尖兵が異形の猿。

 その様にダブランダーは考察した。考えれば考えるほどに、それが正解に近いような気がした。

「急げ! 猿共を捕え、情報を聞き出すのだ」

「はい!」

 報告に来た将校が敬礼して退室する。

(万が一、殿下が生き延びでもしていれば、潜在的不満分子を勢い付かせる事にもなりかねん)

 現世利益的な欲望から、神への生贄として国王を討ったダブランダーの思考は、一般の者が理解できる範疇を超えていた。闇に身を落とそうとも、己の権力を守る為なら何でもすると固く信じていた。

「王女との婚儀まで誰にも邪魔はさせない……」

 王族の血を継ぐ王女と婚姻すれば、ダブランダーの正統性に疑問を抱くものも減るだろうと考えられた。神聖な王族を組み敷き孕ませるその時に、期待を高まらせるダブランダーだった。

 

 

 

 のび助達偵察ティームは、のび太達に遅れて湖から上陸した。近くの茂みにボートを偽装して隠した。個人偽装も併せて行う。水で流れた顔にもドーランを塗り直す。

 周囲の地形は、小高い丘の城を中心に城下町があった。

 歴史学者なら先人類文明種族の存在を確信しただろうが、のび助達の思考は戦場に長く居過ぎたせいで硬直していた。

(これがソ連軍の前線基地か。生物兵器の開発に成功していたとは恐れ入る)

 冷戦の真っ只中、幾度も銃火の下を潜ってきた彼らには想像力が欠如していたし、学者のような繊細さを求めるのが間違いだ。真実とは、見た事実を判断すれば良い。

 幸いにして自分達の上陸に気付かれてはいないようだが、高地に立てられた城からは湖を含めて街も一望できる事が容易に推察できた。

 街には、巡回の兵が所々に姿が見える。住民の姿が見えないことから、外出禁止の戒厳令でも布告されていると判断した。治安維持の面で外出の制限は悪いことではない。現にフィリピンでは治安が大幅に向上したと言う。

 余り離れていない場所で、砲声と爆音が聴こえた。

 濡れた戦闘服が肌に張り付く中、移動する。

 煙の方向に近付くと、開けた演習場の様な場所が見えて来た。

 のび助は腰からガーバー製のダガーナイフを取り出すと逆手に構え、見張りの背後に回り込んだ。

「ぐっ!」

 口を塞ぎ、刃が喉頭をかき切る。

 支給された銃剣よりも私物としてローデシアに居た頃、購入した物の方がしっくりと手に馴染む。

 呻き声を洩らさない様、口元を抑え込む手に力を加える。生温かい血液を感じながら、動かなくなると茂みに死体を放りこんだ。

 石を積み上げられた塀の影から、そっと中の様子を窺った。

 弾着地には標的が置かれ、木製の装輪装甲車と回転翼機が攻撃訓練を行っている。

(これが例の新兵器か)

 のび助は与えられた写真と、空を飛ぶ回転翼機を見比べてその様に判断した。

 部下に写真撮影を行わせ、発見の報告を無線で行う。

 これに対して返答はすぐに来た。

 翌朝、SAAFが越境して空爆を行う。その後、戦果確認が終われば自分達は迎えのヘリで帰隊する事になっている。

 救出との合流には、巨神像がランド・マークに良いと判断して移動する事にした。

(どことなく、エジプトの壁画に似ているような気がするな)

 像を見て抱いた感想だ。

 バウワンコの巨神像。その起源は古く、天から神の代行者としてやって来たニャルラトテップを象ったものである。

 エジプト最古、復活の神としても知られるニャルラトテップである以上、のび助が抱いた感想は間違いではない。

 周囲に人影は見受けられない。

 石造りの祭壇と、巨大な巨石が巨神像を囲んでいる。

 通りは見通しの良い一本しか無いなので、防御にも最適だ。

「日が暮れるまで、ここで待機する」

 のび助の言葉に部下は頷く。

 

 

 

 日が暮れ夜になった。

(このまま、何事も無ければ明日には帰還できる)

 そう思っていると砲声と爆音がこちらに近付いて来る。

「ノビ大尉!」

 見張りが声をかけるまでも無い。双眼鏡を通りに向ける。

 仮眠していた部下達も起き上がり配置に就いていた。

 見ると、子供たちが装甲車と回転翼機に追われて駆けて来る姿が見えた。自分達と同じ人間だ。

(見た所、自分の子供と同じぐらいの背格好だろうか……)

 どう言う事情だろうと考えている内に、詳細に姿を確認できる距離になった。

 その中の一人を見て我が目を疑った。のび助から言葉が漏れた。

「のび太!」

 我が子が走って来ている。なぜ、アフリカにいるなどと考える余裕はなかった。息子を守るために体は動き出していた。

 RPG-7を構えると、装甲車に向け放った。

 威力過多で木製の車体など簡単に撃ち抜かれた。

 のび助の行動を見て、部下も回転翼機に向けて発砲を始める。本来の部隊装備火器の使用任務とは異なるが、代替増援任務として対空戦闘に転用する。戦場ではよくあることだ。

「こっちだ!」

 のび助の声が聞こえたのか、のび太達の足が加速する。

(普段からあれだけ走れれば良いのに)

 のび助が思わず現状を忘れるほど、のび太の逃げ足は早かった。

 装甲車が破壊され道は一時的に封鎖された上に、数機の回転翼機が落とされ、敵の追撃が鈍った。

「大丈夫か。のび太」

 息を切らせる息子にのび助は水筒を差し出した。

「な、何でパパがここに?」

 のび太は水筒を受け取りながら訊ねた。

「それを言うならお前たちだって何故、ここにいるんだ?」

 お互いの疑問は尤もだ。だが、今はそんな事を言っている時では無かった。

「ノビ大尉。新手の敵が来ます」

 装甲車が中隊規模。その後方に騎兵と歩兵を伴う。

「説明は後だな」

「う、うん」

「パパさん。僕達で何か手伝える事は有りますか?」

 ドラえもんが訊いて来る。

 戦場で未成年の子供を少年兵として使われる状況はある。ヒトラー・ユーゲントの様に、正規軍として運用されているならまだ納得は出来る。

(噂では、モザンビークでRecceが支援しているRENAMOが子供を戦わせているらしいが……)

 だが、誘拐して来た子供を無理やり兵士に仕立て上げる戦い方は、のび助の好みではなかった。

(私は違う)

 大人達の始めた戦争に子供を巻き込むのは、最低に愚劣な手段だと思っている。当然、自分の子供達に銃を持って戦わせる気も無い。

「危ないから離れて隠れていなさい」

 子供は大人が守る。のび助が持つ信念の一つだった。

「分かりました」

 ドラえもんが皆を促し、巨神像の方に移動する。

 

 

 

 地上軍と交戦状態に入ると、敵の航空攻撃は一時的に止んだ。友軍への誤爆を恐れて動けないのだろう。

 破壊された装甲車の残骸が邪魔になって、後続する車両は前へ進めない。その間を、随伴していた騎兵がすり抜けるように向かって来た。数は小隊規模。

(側面から回り込まれるとやっかいだな)

 のび助は、負紐を緩め、騎兵にAK-47の銃口を向け引金を絞った。

 将を射るには馬からと言う言葉があるが、文字通り馬を狙った。

 敵の勢いは止まらない。倒れた馬を踏み砕き駆けて来る。すぐに顔の見える距離になって来る。

 足を撃ち抜かれ倒れた馬は踏まれるたび悲鳴を上げるが、その内鳴き声も聴こえなくなる。騎手は倒れた時に頸椎を骨折したのか動かない。

 本来は偵察が任務の為、それ程多くの弾薬を携行していない。無駄弾は撃てない。

 熱を帯び、足元に転がる空薬莢。弾が急激に消費されていく。

 敵も銃の威力を学習した様で、残骸を遮蔽物に弓兵が展開して矢を放って来た。

 飛び道具は厄介だ。のび助は顔を歪めた。

(これではインディアンを相手に壊滅したカスター将軍の第七騎兵隊だな)

 手榴弾の安全ピンを抜き、残骸に向け投擲する。

 爆発の閃光が走り、叫び声が聴こえて来た。

(わんわんと吠えないのだな)

 犬の外観を思い出し、一瞬その様な事を思った。

 次の瞬間には意識を切換え、周囲に目を凝らす。敵の攻撃は勢いが弱まってきた。

「先任!」

「はい、小隊長」

 のび助の呼び声を聞いて、ヤオイ曹長は姿勢を前傾させながら駆けて来る。

「あいつらが引き揚げたら、前進軸に沿って地雷を施設しろ」

 敵の前進妨害。地雷敷設の基本任務だ。

 次に来たら、安全装置を取り外されて敷設された対人地雷が活性化して待ち受ける事になる。

 のび助は、子供たちの様子を見に行く事にした。

 

 

 

 胃の収縮運動で空気が腸に押し込まれて、武の腹が音を立てた。その音を聞いて子供たちは空腹を覚える。

「そう言えば、丸一日何も食べてないよね」

 のび太はドラえもんに尋ねてみた。

「ドラえもん。何か食べる物持ってないの?」

 期待した視線がドラえもんに集中する。

「だめだめ、何もないよ」

 そこに父親が姿を現した。

「皆、大丈夫かい?」

 そう尋ねるのび助に救いの神を見た気がした。

「パパ。おなかすいた!」

 空腹を訴える子供たちに、戦場に居るというのに緊張感が無いなと苦笑しながらも、のび助は缶詰を出した。

「見た目は悪いが、中々いけるよ」

 開けられた缶の中身を見て静香が叫んだ。

「きゃっ!」

 のび太達も覗き込むと表情をゆがめた。

「うわ」

 芋虫のような虫が缶詰に入っていた。

 モパネワームと呼ばれるガの幼虫だ。世の中には、ロア糸状虫症(ロアロア)の様な害虫も居れば、食用に供される虫もある。

 のび助には慣れ親しんだ食材で、ローデシアでも食べた事があり、南アフリカと南西アフリカでも一般に手に入り食べられる物だ。

「お、俺は食べるぞ」

「ジャイアン!」

 驚く周囲を他所に、武は指を伸ばす。

 結局、静香は食べなかったが他の男子は空腹には勝てず完食していた。

 野宿は初めてではない。子供達は、疲れていたのかすぐに横になった。ドラえもんの隣で横になっていたのび太が話しかけてきた。

「ねぇドラえもん」

 遠慮がちに、囁くような声だったがドラえもんには聞き取れた。

「なんだい。のび太君?」

 不安そうな、内心の葛藤を感じさせる声だった。

「パパって一体……」

 のび太の疑問は当然だ。ドラえもん自身が驚いていた。事前に22世紀で与えられた情報では、のび太の父親――のび助は注目に値しない、ただの会社員となっていた。銃を片手にアフリカで兵隊をやっているなんて記録は無かった。

 しかし現実には、部下を指揮して圧倒的戦力差の敵を食い止めている。その風格は、一昼一夜で作れる物ではなく、歴戦の指揮官の物だった。

(考えられるのは、未来の記録にも残さない完全な情報の欺瞞)

 この当事のアフリカ情勢から考えると、アンゴラに介入した南アフリカが周辺で行った越境作戦の一つと考えられた。

(Recceとかの作戦は未だに判明していない事が多いからな……)

 ただ一つはっきりしている事がある。

「パパさんは、のび太君の知っているパパさんだよ」

 のび助がのび太達を守ろうとしている。それは揺るぎの無い事実だ。

「そうだね」

 そう答えながらも、のび太は父親が自分達に仕事を隠していた事で衝撃を受けていた。いずれは説明を受けて、理解して納得はできるだろう。だが今は複雑な心境だった。

 

 

 

「ぬうう!」

 隻眼の指揮官サベールは尖兵からの報告に驚いた。

 敵を侮っていた訳ではない。追跡していた尖兵中隊には戦車と騎兵の増強を与えていた。航空支援も差し向けた。

 だが、貴重な空飛ぶ船は叩き落され、無敵の戦車も撃破された。

(伏兵が居たとは!)

 潜入した敵が寡兵であるわけも無い。別働隊の存在を失念していた自分の迂闊さと、その為に発生した損害の多さに怒りで体を震わせる。

 並みの兵ではない。相手は戦慣れした手だれだ。実戦経験の少ない自分たちでは相手にならないかもしれない。

 サベールは、兵を後退させ遠巻きに包囲させた。

(どうせ奴らに逃げ道は無い)

 夜明けと共に、空飛ぶ船と戦車の一斉攻撃で叩き潰す事にした。

 

 

 

6.終焉

 

 中部アフリカ ザイール 1981年10月22日

 

 マタディ港からコンゴ川を40km上流にあるインガ・ダム。国家的一大事業として1974年に完成したダムが、轟音と共に崩壊した。

 唖然とする人々の目の前で、川岸に沿って生えているマングローブの林も濁流に飲み込まれ押し流されていく。

「た、退避しろ!」

 作業員の声がかかると、気が付いたように悲鳴が起こり始め辺りは騒然となった。

 この瞬間にも破壊活動はザイール全土で起こっていた。

 ザイールには31ヶ所の水力発電所があり、発電能力の91%は11の発電所に集中されている。その中で最大の物であるルアラバ州のマリネラ発電所が襲撃目標にされていた。他にもザイールとイタリアのEMIの合弁会社が、大西洋沿岸部バナナ港の北にあるムアンダに建設した石油精製工場も武装集団の攻撃を受けて、燃え上がっていた。

 その為、非番の警察官さえ呼び出されて対処のために慌しく駆け回っている。

 これら一連の攻撃は、コンゴ解放民族戦線(FNLC)や反モブツの各勢力による物と偽装されていたが、SADFによる物であった。

 越境作戦は国際法の観点からすれば完全な侵略行為だが、周辺諸国の脅威に対抗するため治安上の鎮圧措置としては「必要で妥当な判断である」と南アフリカの上層部は納得していた。

 投入されたのは南部アフリカ最強の南アフリカ特殊部隊、Recceだった。

 

 

 

 中部アフリカ バウワンコ王国 同日

 

 敵は兵力で勝っている。にも拘らず、夜通し攻めてくると言う手段を選んで来なかった。手元の弾薬が心細くなって来ていたのでその事は助かった。

 朝靄が視界を覆う中、装具の擦れる音が聴こえてきた。

(まずは歩兵の威力偵察か)

 靄が晴れたら次には回転翼機が来るのだろうと判断した。

「配置に就け」

 のび助の指示で仮眠していた者も飛び起き射撃位置に就く。

 のび助たちは個人掩体を掘り、遮蔽物で身を隠している。晒している部分が少ない為、多少は防御効果も期待できる。

 一方の敵は道に身を晒してやって来る。

 兵力差に油断している訳でもないだろうが、無防備だと思った。自分たちの考え付かない罠の可能性もある。

 敵を舐めないこと。それがインドシナの初陣以来、実戦経験で学んだことだ。

 敵にも考える頭はある。油断して足元をすくわれては、命が幾らあっても足りない。

 

 

 

 何度目になるか分からない敵の突撃を撃退した。道は死体で埋め尽くされており、血の臭気が自分達の所まで流れてくる。

「小隊長。弾の残りが少なくなって来ました」

 先任が耳元で囁き報告する。のび助は理解した事を頷き示す。

「分かった」

 最後は銃剣で戦う事も覚悟した。

(子供達だけでも逃がす)

 SAAFの支援。それまでの時間さえ稼げれば良い。

「あの、パパさん」

 ドラえもんが這い寄ってくる。危ないから下がっておけと、注意の言葉が喉まで差し掛かった。だが、ドラえもんの自信に満ちた表情に気が付いた。

「うん。どうしたドラえもん」

 余裕を持った笑顔でドラえもんは言った。

「弾なら幾らでも取り出せますよ」

 思いがけない言葉に、のび助の頭に疑問符が浮かび、そのまま口から出た。

「はい?」

 後でのび助は、いささか間抜けな台詞だったのではないかと、述懐し苦笑を浮かべる事になる。

 

 

 

 地雷の爆発音が響き、悲鳴と怒声が聞こえてくる。

「怯むな! 進め、進め!」

 指揮官の叱咤号令の声が聞こえる。

「嫌だ、あれは妖術使いだ!」

 地雷の驚異を知らない犬相手では足止めは難しい。だが、混乱の効果は与えたようだ。威力を目の当たりにした兵士の間に動揺が走っている。

 のび助の視線は、部下を混乱から立て直そうとする指揮官を捉えた。

 小銃を構えてがく引きに成らないように引金を絞る。

「中隊長!」

 側頭部を撃ち抜かれたフレンチブルドックに似た顔の指揮官は倒れる。

 前進の止まった敵にのび助の部下が射撃を浴びせていた。

(今のところは何とか支えている)

 ドラえもんが取り寄せバックから小火器の弾薬を出してくれるから消費を気にせず撃てた。重火器や車輌、航空機の類いは取り寄せられないのが残念だ。

(しかし、弾があっても敵の数が増えるばかり。切りがないな)

 のび助が考えていると、子供達が揉めている声が聴こえてくる。

「何でもっと早く気付かないんだよ!」

 俺はカツ丼が食べたいんだと、ジャイアンがドラえもんを揺すっていた。

「そうだよ。そうしたら、芋虫何か食べなくても済んだんだよ!」

 グルメを気取ったスネ夫が抗議の声をあげる。

「でも、あれは塩味が利いていて旨かったな」

 ふっと、思い出したようにのび太が急に言った。

「僕、カレーライス!」

 続けて、静香が言った。

「私、スパゲティーナポリタン」

 この流れで、何を言っているかスネ夫が理解した瞬間、ジャイアンが大声を上げる。

「まて、俺のカツ丼が先だ!」

(こいつら、食い物の事しか頭にないのか)

 皆が自分より現実的な利用方法に気付いた。スネ夫はその事に呆れと驚きを感じながらも、ステーキをミディアムレアで頼もうとした。

「あれ。おかしいな……?」

 注文を受けたドラえもんは取り寄せバッグに腕を入れてごそごそしている。

「カツ丼はまだか?」

 ジャイアンが焦れて尋ねると、ドラえもんは困った表情を浮かべてで答えた。

「どうやら、この世界は僕たちの住む世界と異なる次元にある様だ」

「は?」

次元が捻じれているのか、出てくる物と出てこない物がある。隔絶されていたら弾すら出てこなかっただろう。

「つまりカツ丼が食えないって事か?」

 ジャイアンが思い出したように漏らした言葉にスネ夫は表情を歪める。そこじゃないだろうと思いながら、スネ夫は尋ねる。

「それで他に何か、ここから脱出する道具は無いの?」

 スネ夫の言葉で、静香とのび太の表情がぱっと明るくなる。一番重要なことだ。

「そうだ! タケコプター出してよ」

 空を飛んで逃げようとのび太は提案する。皆も賛同するが、ドラえもんは現実的ではないと否定する。

「タケコプターでは、撃ち落とされる恐れがあるよ」

 上空を覆うように回転翼機が集結していた。この間をすり抜けるのは至難の技だ。編隊を組んで襲いかかられたら回避も難しい。

 子供達が話し込んでいる一方で、のび助は無線で応援を催促する。

「ハスター4からクトゥグアへ。巨神像の足元で犬と交戦中。応援を急いでくれ!」

 敵の数は、昨夜よりも増えている。包囲下にあり空路以外の脱出は考えられない。

『ハスター4。騎兵隊の到着まで少し時間がかかる。何とか持ちこたえてくれ』

 無茶を言っているのは自分でも理解しているが、失望を隠せない。

「ハスター4、了解」

 無線を背負うと、部下に指示して陣地移動する。それぞれが掩護しながら、交互躍進で後退した。

「助けてママー!」

 スネ夫はよろめき、巨神像に倒れかけた。

「これ、扉に見えるけど開かないのかしら?」

 静が言った。

「鍵穴らしきものはあるけど、鍵がないからね」

(もしかしたら……)

 駄目元で、スネ夫は拾った鍵を差し込んでみた。

「開いた!」

 扉が開いた瞬間、スネ夫の顔にぶわっと生臭い腐敗した臭気が襲ってきた。

「うっ……」

 むせ返るような、その臭いにスネ夫は中に入ることを躊躇した。

「皆、中に入るんだ!」

 敵はまだ追いついていない。のび助の言葉で全員が中に駆け込む。

(皆は、この臭いを何とも思わないのかな?)

 立ち止まっているスネ夫を、のび助は押す。

「何をしているんだ。さあ、早く!」

 壁に刻まれた壁画が何とも言いようのない禍々しさを醸し出していた。

 しばらく進むと、分かれ道に出た。上に向かう階段と下に向かう階段だ。

 下は明かりが届かない、暗い闇が広がっている。

(臭い……)

 スネ夫は、臭いの元が下から来るような気がした。奥に行くほど強くなっているようだ。

「パパ、どっちに行くの?」

 のび助は迷う事なく答えた。

「上だ」

 友軍と連絡を取る事を考えれば電波の届きにくい地下に入るより、上に立て籠る方を選択した。

 スネ夫は、臭いの元に近付かないと言う事でほっとした。

 

 

 

 のび助達が巨神像の内部に入り込むのを見て、兵達は勢いづいた。

「敵は後退したぞ!」

 あえて馬鹿にしたように大声で叫び、サベール余裕を見せる。

「馬鹿め、逃げ道など無いわ」

 その言葉で、多くの仲間を失って低下していた部下の士気が持ち直す。

「中に入った時点で奴らの敗北は決まっている! 死体でも構わん。引きずり出して来い!」

 雄叫びを上げて部下は応じる。

「逃がすな。追え!」

 中は暗い。松明を手に、後を追って内部に駆け込む。しかし、兵士達の足並みが階段を前に止まった。

「どうした、何故進まん?」

 小隊長の一人が、下士官に問いただす。しかし返事はない。まるで亡霊を見たような表情だ。焦れて視線の先に目を向けると、地下から禍々しい生き物が這い上がってくる様子が、松明の光に照らされて見えた。

「な、何だあれは!」

 追っ手は運悪く、その異形な物と遭遇した。

「うわ! 何だこの化け物は」

 粘着質の分泌液を垂らしながら迫ってくるその化け物は、奇妙な鳴き声をあげている。

「テケリ・リ! テケリ・リ!」

 触手が兵士に襲いかかって、引きずり倒す。剣や槍で対処しようとするが、次々と絡め取られ体ごと飲み込まれていく。

「ひ、怯むな!」

 のび助からも、異形の化け物に襲われる様子が見えた。現実的でない光景に思考が麻痺しそうになる。

 長らく忘れていた恐怖と言う物が湧き出して来そうになるが、のび助は自分を叱咤して指示を出す。

「階段を登れ!」

 自分達にも迫ってくる触手に弾幕を張りながら、子供達を急かす。

「テケリ・リ! テケリ・リ!」

 痛みを感じるのか、銃弾を受けると少し怯んだように触手の動きが鈍った。しかし、物理的な目立った傷は見受けられない。

(あいつに銃は効かない!)

 のび助は手榴弾を階下に投げて時間稼ぎをする。

 階段は螺旋状に作られており、先任が先導して進んだ。途中の小部屋には何が潜んでいるのか分からない。確認する時間も惜しいので、手榴弾を投げ込んで進んだ。

 階下からは、兵士達の悲鳴と化け物の鳴き声が聞こえる。

「はぁ、はぁ……」

 次に咀嚼される獲物は自分達と理解できた。息が切れるほど本気で皆、後に続いて走った。のび太ですら、横っ腹が痛くても立ち止まらない。

 

 

 

 ザイール領空に侵入したSAAF。ミラージュF-1CZ、ミラージュⅢCZとD2Z、インパラ、バッカニアなどだ。

 イスラエルはザイールを軍事援助しており空軍で航空機搭乗員の育成も指導していた。南アフリカとイスラエルは1975年の秘密協定以来、密接な協力関係で、今回のSAAF越境にはイスラエルが協力している。

 Recceによるザイール国内の破壊活動も、イスラエル諜報機関の手引きによる物だ。お陰で送電施設なども破壊され、レーダー施設は電力不足に陥り機能を低下させていた。

 一部で電力が確保できた施設では、事前にイスラエル側が訓練飛行の計画を届け出ていた為、レーダーに映る機影をイスラエルの物だと誤認した。SAAFを妨げる脅威は無かった。

 ヘビー・スモーカーズ・フォレストを覆う雲海にSAAFの攻撃隊が突き進む。

「え……」

 ニコラス・コッポラは思わず声を漏らした。

(何だこれは? 雲に突入すると、景色が一変した)

 すみきった青空が広がっている。

「ここは、一体……」

 下方を見ると、ランドマークとして目立つ巨神像の頭部で、発煙弾の煙が上がっている。そこに友軍の偵察ティームがいると報告を受けていた。

(余計な事を考えている暇は無い。とにかく下は、お待ちかねだ)

 巨神像の足元にはかなりの兵力がいる。持ってきた戦力だけで足りるのかと、疑問が一瞬脳裏をかすめた。

(あれを相手にしていたのか……)

 その苦労を考えると頭が下がる。

 ニコラスは、以前に自分が落とした回転翼機を見つけて目を細める。

(今度は油断しないさ)

 制空隊である自分の任務は、敵の航空脅威を排除する事。獲物と言えば眼下の回転翼機だ。

「今、片を付けてやる」

 ニコラスに続いて、制空隊のミラージュF-1CZが次々と降下していく。

 

 

 

 時計の針が0802を指していた。最上階についたのび助達は、階段に障害物を積み上げて敵の追撃に備えている。

「あ」

 窓の外から轟音が聴こえてくる。

(来た!)

 のび助達、偵察ティームの面々は、視線を合わせると口元に笑みを浮かべた。

「皆、頭を守って姿勢を低くしなさい」

 轟音を立てて舞い降りてきたSAAF機。現れた友軍機の頼もしい姿に、のび助も頬が緩む。

 回転翼機が真っ先に叩き落された。木っ端微塵に打ち砕かれる様は、惨めの一言に尽きる。

 空の脅威が完全に排除されると、近接航空支援が始まり、キャンベラから300アルファ爆弾が、バッカニアから450㎏HE爆弾と1000lb爆弾が投下される。

 ZPU-4対空機関砲や、Mig-19、Su-22の様な戦闘機と言ったまともな防空手段もないため、良いように叩かれていた。

 吹き飛ばされる敵の兵士達が、上からは塵のように見えた。現実感の無い光景に子供達も素直に歓声をあげている。

「やった! 助かったんだ」

 スネ夫は、ほっとした表情で床にへたりこんでいる。ジャイアンの言葉はもっと素直だった。

「良いぞ! もっと吹き飛ばしてくれ」

 考える心の余裕が出きると不思議なもので、静香は自分達が殺戮をしているような罪悪感に見舞われた。今まで自分たちの命が狙われていた。それでも、何か心を苛む物があった。

(でも、殺さなければ私達が殺されていた……)

 昇り立つ黒煙、燃えあがる炎。街全土を覆っていた。巨神像の頭部からは、その光景が一望できる。

「ごめんなさい……」

 静香は涙を流しながら死んでいく犬達に謝罪する。自分達さえ来なければ、この悲劇を防げたかもしれないと思っていた。

 

 

 

「何だあれは!」

 無敵の空中艦隊であった空飛ぶ船が、蝿のように一撃で叩き落とされた。ざわめきが起こる。

「新手の敵か!」

 サベールは部下の士気が一瞬で打ち砕かれた事を実感した。矢は届かず、高速で飛び回る怪鳥の群れを前に自分達は貧弱だった。

「サベール将軍、ご指示を願います!」

 混乱からいち速く立ち直った幕僚の一人が指示を求めてくる。

「無駄だ……」

「はい?」

 サベールの呟きに、幕僚は訝しげな表情を浮かべる。

「あの敵の前では、俺たちは無力だ」

 部下の士気を打ち砕く様な、指揮官の敗北宣言。周囲の顔色を変えさせる。

「サベール将軍!」

 サベールの耳に幕僚の声は届いていない。視線の先には、自分に向かって落下してくる物体だけがはっきりと映っていた。

 攻撃は巨神像だけではない。敵の拠点である以上、全ての建造物を破壊する。

 ミラージュから投下された爆弾は堅牢な城の外壁を打ち砕き、王宮の華麗な装飾も炎に包む。

 テラスからダブランダーは、燃え盛る城下町を見渡せた。

「終わりだ……バウワンコ王国の終わりだ……」

 宇宙的暗黒神の声を聞いたような錯覚を覚えた。

 ダブランダーは衝撃を受けていた。その為、周囲への注意は疎かになっていた。王女が背後に忍び寄ると、持っていた懐剣でダブランダーを突き刺した。

「ぐふっ……」

 喉頭に込み上げてくる鉄の香り。振り返ると憎々しげな表情を浮かべた王女がいた。

「王子様の仇!」

 二度、三度と刺してくる。

 ダブランダーの瞳に燃え盛る柱と天井が崩れ落ちてくる様子が映った。下卑た笑みを浮かべて王女を抱き寄せる。

「離しなさい! 何を……」

 頭上から落下してきた天井の石材が二人を押し潰す。紅蓮の炎が全てを飲み込んでいく。

 爆撃は時間にして数分間だった。その後に輸送機が姿を表した。

 機内ではグリーン・ライトが点灯し、「GO!」の合図で飛び出す様子が想像できた。

 落下傘の花が空一面に開き、味方が降下してくる。第32大隊と第44落下傘旅団だ。

 ローデシアで産み出されたファイアーフォースと同じで、最後は降下した味方地上軍が包囲して残敵を掃討していく。

 その様子を見ながら、のび助は今回の戦闘報告を考えていた。ここまで攻撃しておきながら今更だが、この敵は、ソ連とは関係無い様な気がした。

 問題は他にもある。子供たちをどう説明するかだ。

「さて、皆に聞きたいことがあるんだが……」

 尋問などはさせたくないが、味方に合流したら色々と聞かれる事は間違いない。その前に、自分の息子が何故、こんな所に居たのかの事情を訊いて置きたかった。

 

 

 

 米国の偵察衛星がザイール領内で核爆発を確認。南アフリカ国防軍が大規模な航空戦力を越境させていた事から、東側の持ち込んだ核兵器を破壊したのでは無いかと予想された。

 南アフリカ政府は、アンゴラ領内でテロリスト多数を殺害したと公表。それ以外の情報は流れてこなかった。

 バウワンコ王国での戦闘行動は、地上軍の投入まで行われたがソ連の関与を示す物は発見されなかった。その為、全てを隠蔽したのだった。

 表向きには、ソ連がザイール領内に極秘に建設した施設を南アフリカ軍が襲撃した。国際社会で問題化しないように隠蔽したと、真実を混ぜた情報が流された。

 米国からあらぬ疑いをかけられたソ連側は、GRUの南アフリカにおける情報提供者であるディエッター・フェリックス・ゲルハルト海軍大佐を通して、わざわざ危険を冒してまで行われた今回のザイール越境作戦の詳細について情報を入手しようとしたが、かえって南アフリカ当局の注意を引き、彼らの防諜網に引っかかってしまった。

「ゲルハルト大佐が逮捕されただと」

 その報告にGRU総局長ピョートル・イワシュチンは、スパイ狩りの対敵諜報を目的にして流された偽情報に躍らされていたのではないかと、本件に関する調査を中止した。




これで完結です。
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