――結局のところ、幼なじみというのはどの辺りから始まるのだろう?
例えば、小学校一年生の頃からだというのならそれは分かる。付き合いの長さから鑑みてもいい線を行っていると言えるだろう。
それじゃ、小学校高学年の頃からは? いや、もっと言って中学一年生からは?
……なんて話を朝食の席で妹にしていたら「さすがの私もそこまで考えたことはないわね……」とドン引きされた。至極当然だと我ながら思う。
――新生活。
学校が、中学から高校に上がるというのは俺たち学生にとってはそれなり以上に意味があることだった。
どうすればいいのか分からない感覚を持て余す。
中学と高校の境目はどの辺りなのだろう、なんていう他愛のないことも思いながら。
さてと、と俺は準備を開始する。
ブレザー姿に異状なし。
髪も整えて、寝癖も直す。
その後で妹に見てもらい、「……地味よね」と返された。おい、軽くショックだぞ。
自分が目立つ背格好だからって、そういうアドバンテージを活かした発言はだな……と、一席ぶとうとした所で、思い直して止めた。虚しすぎることに気づいたからだ。
俺の名前は小路明。
そこのやたら目立つツインテール姿の小路綾の双子の兄である。
とはいえ、二卵性なのでそんなに似ているというわけではない。決して地味だとかそういうのじゃないぞ?
……そりゃ、髪型も普通だし目立った特徴もないけどさ。
というより、新生活への不安感として持つにはちょっとおかしい感覚だよな、これ。
「おに……兄さんは、ちょっと難しいことを考えすぎなのよ」
靴をトントンと鳴らしながら綾は俺に言う。俺は「鬼」じゃない。癖で「お兄ちゃん」とでも呼ぼうとしたのだろう。いや、俺は別に構わないけどさ。
「さっきも『幼なじみ』について、よく分からないこと考え続けてたし」
「いや、言葉の定義って大事だろ」
「……私、自分が理屈っぽいって思ってたけど兄さんには負けるわね」
ハァと溜息をつきながら綾はドアを開けた。
新緑の爽やかさとそれを際立たせる太陽が綺麗だった。
俺たちはえっちらおっちら歩きながら待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせ場所。
俺たちは、そこを事前に決めていた。駅前だ。
そこなら各々が自宅からの距離がほとんど同じになるし学校にも程々に近い。
例によってと言うべきか、到着したのは俺たちが一番だった。一番乗りって何か得した感じがするよな。
隣で綾が溜息をつく。まあ無理もない。
コイツは「八時に集合ね!」と言ったら七時四十五分くらいには着かないと満足しないタイプの人間だ。我が妹ながら融通が利かないのだ。
「……何か失礼なこと考えてない?」
「いや、別に」
おっと、いけない。
ジト目で見られながら俺はごまかす。そうだ、別に十五分前行動でもいいじゃないか。事前行動バンザイ!
……思ってて虚しくなってきた。
「……」
「……」
無言の沈黙の気まずさが、俺たちを取り巻く新緑の爽やかさとは相反するように包み込む。
双子の妹だからといって、特別というわけではない。
いや、双子だからそりゃ色々あるっちゃあるけど……それは今はおいといて。
「――兄さんは」
ん? と顔だけで返事をすると綾は何かを言いたいのか俺に視線を寄せてきた。
俺はそれに、今度は「どうした?」と言葉で返す。
「その……不安じゃない? 新しい生活」
「……不安じゃない高校生がいるのか?」
そうだ。
誰しもが自分を取り巻く環境の変化にストレスを感じて当然だ。
だからだろう、綾の呟きは真に迫っていた。
「ほら。また、そうやってはぐらかすんだから」
綾は何が不満なのか、腰に手をやり、長いツインテールをなびかせながら俺を見つめる。
仁王立ちしても元々が童顔のため、そのアンバランスさがどこかおかしかった。
「私が聞きたいのは――」
「お待たせーっ!」
綾が言い終わる前に聞き馴染みのあるハスキーボイスが耳朶に入って来た。
一度聞いたら忘れられないボーイッシュで独特な声。
声の主の猪熊陽子は少しばかり遅刻したことを悪びれもせずに現れた。
「いやー、参った参った! 目覚まし時計の故障って怖いなあ……」
「……お前は先に言うことがあるんじゃないか?」
時計塔を見ながら俺はそう返す。
待ち合わせ時刻より十分遅刻だ。まず、すべきことは――
「あっ、そうだな! 悪かった!」
ニコニコと笑いながら頭に手をやり謝る陽子。
俺はそれに対し冷ややかな視線を送りながら「お前は変わないなぁ」と返すのだった。
「なっ! 明! 私だって変わったぞ!」
「何が?」
「……い、色々だよ! 言わせんな恥ずかしい!」
あっ、これ何も思いつかなかったパターンだ。
中一からの付き合いだと何となく分かることも増えてくる。
猪熊が大抵使ってくる言葉。「色々」というフレーズだ。
「はいはい。コントはそこまでね」
いや、別にコントをしていたわけじゃないんだけど……。
何はともあれ、綾が場の収束を図ろうと身を押し出してきた。
陽子はそれに対し「ああ、綾! 悪かった!」と詫びを入れる。おい、俺に対する態度とは随分違うな。
「――ところで、陽子? 『あの子』は」
「……分からないんだよ、それが」
そうだったのね、と綾が溜息をつき、俺はそれに同調するように溜息をつく。
アイツの破天荒(?)ぶりにはある意味、感心させられる。
普通、初日から思い切り遅刻するか。いや、そこがアイツらしさって言われたらそこまでなんだけどさ。
「昨日、遅刻しないようにってメールしたんだけどなあ……」
「皆さん、おはようございます!」
陽子が呟くのと、これまた聞き馴染みのある声が耳朶に響くのは同時だった。一同、戦慄。
気づけばいつの間にか俺たちの背後に声の主、大宮忍が立っていた。
ニコニコと笑いながら俺たちを見つめている。
「名は体を表す」というけど、忍はそれが直接的すぎる。本物の忍者か、お前は。
「今日から新生活ですね! 私、緊張して眠れませんでした」
「……忍。時計、見てみろ」
「はい?」と首を傾げながら忍は時計塔を見上げる。
そしてみるみるうちに顔を青ざめさせていく。
「た、大変です! これじゃ遅刻じゃないですか!」
「おせーよ!」
ついノリツッコミをしてしまうくらいに忍はズレていた。
コイツ、危機感が足りなすぎるんじゃないのか……?
「と、とにかく! みんな、急ぐわよ!」
「お、おうっ!」
「は、はいっ!」
「……もうさ。諦めて、みんなで遅れないか?」
「おに――兄さんは、その妙な諦めの良さを正してっ!」
まあ、そんな風にして。
俺たちの日々は始まった。
新風に吹かれながら、俺たちは走り始める。
――これから、どんなことが待っているのか。
俺には分からない。
とりあえず、綾(案の定、最後尾)の隣で歩調を合わせて俺は妹を思いながら走るのだった。
明の性格はかなり理屈っぽいと思います。
幼なじみの考察について妹に聞いてもらう兄……うーん。
それでは。