本当は自己紹介(のちょっと前のこと)です。
心得その一。
ゆっくりでもいいから噛まないこと。
心得その二。
キョドったら一拍置くこと。笑われても気にするな。
心得その――
「……兄さん、何見てるの?」
「ああ、綾か。いや、昨日作った自己紹介の前の心得辞典」
俺は安物の手帳を妹に見せながら解説した。
ビッシリと、と言うわけでもないけどそれなりに書いたつもりだ。
これを実践出来れば、とりあえず……クラス内で浮くことはないだろう。
「綾も見るか?」
「いや、別にいいわ……」
綾は手帳をヒラヒラさせる俺に溜息をつくと、隣の席に座った。ちなみに、忍たちはトイレに行っていた。
眉間に指を当てながら綾は何かを考え込んでいるらしかった。何だ何だ?
「兄さんのそういう所にツッコミを入れるのは陽子の役目だし、ね」
「全く。綾は試験前の準備はしてくるのに、こういう所は手抜きだな」
「いや、漠然と考えてもリスト化する人は見たことないわ……今、目の前にいるけど」
足を軽くぶらつかせながら綾は軽いジト目を放ってくる。俺は華麗にスルーを決め込んだ。
「まあ、俺見ちゃったし。綾にやるよ」
「だ、だから、いらないって……」
「いいからいいから」
半ば強引に俺は手帳を綾に押し付ける。
綾は嫌そうにしていたものの、観念したのかハァと溜息をつきながら受け取った。
「拒否権は?」
「なし」
笑顔を浮かべて俺は綾の逃げ道を塞ぐ。
……実のところ、そこには解説したくない要因があったからだった。
顔を軽く赤らめながら受け取る綾を見ながら、俺は手持ち無沙汰に過ごすことにした。綾を見ながら。
「ただいまー」
「ただいまですー」
陽子と忍コンビが俺たちの近くに集まってくる。
と、陽子が「ん?」という表情を浮かべた。その視線は綾の手帳に向けられていた。
……何だか嫌な予感がしたので「さー、俺もトイレにでも」と席を立とうとしたら、
「ははーん」
「……何だ、その意味深な顔は」
「心得、ですか……ふふっ」
くっ、タイミングをミスったか……!
立ち上がるのは二人が戻る前にしておくべきだった。今から三分ほど前に戻れないかな?
その雰囲気に気づいたのか綾が「?」と視線を俺たちに向けてくる。やめろ、その視線は俺に効く。
「いやー……明は明だな」
「ええ。本当です」
「え? え?」
どうやら陽子と忍には分かってしまったらしい。で、俺をからかってるのだろう。
やれやれ……「解説は俺が行ってから頼むぞ?」と視線だけで陽子たちに合図して俺は席を立った。
――数分後。
俺が教室に戻るとそこには顔を真っ赤にした綾と、それを微笑ましそうに見守る二人の姿があった。
どうやら「解説」は終わったらしい。
「そんじゃ、そろそろだな。綾、手帳かえし――」
「……兄さんは」
か細い声でボソボソ喋る綾をスルーして陽子たちに目を向けた。
陽子はニカッと笑い、忍はニコッと笑う。似ているようで少し違う二人の笑顔。
「ど、どうして……いつも、そうやって」
「……俺のためだし、な」
とにかく、俺の赤面は抑えないといけないだろう。兄としての務めの気がした。
呟く綾に対し俺は敢えて応えないでおいた。
「まあ、せっかくだし。私たちも役に立てちゃおっかなー」
「はい。私もです」
「いや、お前らは別にいいだろ。……こういうの苦手じゃないし」
二人との付き合いは、かれこれ三年に及ぶ。もう、それなりに分かっているつもりの存在、と言っていいだろう。
すぐ隣で綾の肘が軽く俺に触れた。おっ、何だ?
「……あ」
ありがとう――
何とか聞き取れたその言葉に我ながら照れてしまう。やれやれ。
「解説」は綾にとって、そんなにダメージが大きかったのだろうか。
何を隠そう、俺は妹を大事に思っている。兄として当たり前だろ?
だから俺は……まあ理屈屋の自分のためでもあったけど、妹のことが頭をよぎらないことがない。だから――
この先は敢えて何も言わないで通したい。
その「答え」が……俺のすぐ隣の綾の赤らんだ顔にあるとでも思ってほしい。
……べ、別に手抜きじゃない。うん。
ちょっと短めですが……。
明にとっての綾の存在の大きさを示したつもりですが……どうだったでしょうか。