その魔道師危険につき……   作:武山 昭喜

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終着点の見えない調査。
マッピング不可能な難解遺跡との対決は続く……


古文書

「どりゃぁぁ!!」

 裂帛の気合い……と言うよりはほとんど怒声に近いあたしの叫びと共に、合計6発分の連続した銃声が響き渡った。

 あたしが手にした銃口の先には、ご当地でおなじみの『オオカミ』が2頭。

 あたしにとっては、まさに因縁の対決とも言える状況。

 今度は、失敗するわけにはいかない。

 その気合いが功を奏したか、あたしの拳銃から放たれた6発の弾丸は狙い通りに、それぞれ3発ずつ『オオカミ』の額周辺にめり込み戦いは終わった。

「ひゅ~う。わりといい腕してるわねぇ……」

 などと、エリナが関心したような声を上げたがそんなもの知った事じゃない。

 あたしは、無言のまま銃のシリンダーを開放し、使用済み薬莢をパラパラと床に棄てると新しい弾丸を手早く装填していく。

「おお~っ、なんかシブくていい感じねぇ。実戦的じゃないとか言うけど、やっぱ拳銃はリボルバーよねぇ」

「……というより、なんか今日のマールさん怖いです」

「うむ。僕的にはかなり怒っているように見えるなぁ」

「まあ、難しい年頃だからねぇ」

 と、エリナ、マリア、お師匠、ローザと、口々になにやら勝手にのたまってくれたがそれには委細かまわず、あたしは弾丸を再装填したシリンダーを閉鎖しその銃を腰の後ろに納めた。

 

「ほら、さっさと先に進むわよ。じっとしていたら眠くなる!!」

 自分でももの凄く不機嫌そうだと思う声で促すと、みんなは一様に『やれやれ』と言わんばかりの表情を浮かべた。

 ……不機嫌になる理由は、自分でも分かっている。

 実はエリナにあんな話を聞かされたお陰で、見張りを交代したあとも全く眠ることが出来なくなってしまったのだ。

 つまり、完全無欠に睡眠不足というわけである。

 そう。例え間抜けな先祖のお陰で今後どんな能力や記憶が目覚めてしまうか分からないとしても、あたしとてれっきとした普通の人間なのだ。

 断じてアリス・エスクードのコピーにはならん!!

「それにしても、マールさん。今さら『緊張して眠れなかった』というわけでもないでしょうし、一体どうなさったんですか?」

 と、ローザを挟んであたしの前を歩くマリアが、不思議そうにそう問いかけてきた。

「……聞かないで。頭が痛くなるから」

 いちいちごもっともだと思いつつ、あたしはマリアにそう答えた。

 なにしろ、魔道院初等科からなにかにつけ遺跡調査に携わってきたあたしである。

 それこそ、数ヶ月単位で遺跡の地下に籠もりっきりになる事などざらだったし、かつては年間を通して数えてみるとまともなベッドで寝る日数より、埃だの砂だのに覆われた遺跡の床に転がって寝る事の日数の方が圧倒的に多かった時もあるのだ。

 そんなあたしが、行動に支障が出るほどの寝不足状態だというのだから、これはもう、とんだお笑いぐさである。

 

「そうですか。ですが、無茶はなさらないでくださいね。マールさんって、昔からノリと勢いだけでごり押しする傾向が多く見られますので」

 軽くため息をついてから、マリアは心配そうにそう言ってきた。

 その口調から察するに、どうやらこれは皮肉でも何でもなく彼女は本気で心配しているようではある。

 ゆえに、声に出して文句を言うわけにもいかないが、はっきり言って、事実無根……とまでは言い切る自信は無いものの、とにかく心外である!!

 ったく、まるで、なんも考えていないアホみたいに言いおってからに……。

「と、とにかく、余計なこと考えていないで、今は進む先に神経を……」

 と、そこまで言いかけて、あたしは銃を抜いて構えた。

「総員、戦闘態勢!!」

 どうやら、あたしとほぼ同時に彼女も気がついたらしく、マリアの緊迫した声が辺りに響き渡った。

 瞬間、皆はほとんど条件反射のレベルで反応を示し、たちまちのうちに『一列縦隊』から『戦闘隊形』へと隊列変更が完了した。

 といっても、曲がりなりにも、まともな戦闘訓練を経験したことのあるマリアとローザが横一列に並んで『壁』を作り、あとのあたしを含めた全員がその後ろに隠れるだけ。

 通路が狭いので、こうせざる得ないのだ。

 あたしたちが『戦闘隊形』を取った数瞬後、『明かり』の魔術によって作り出された光の輪になんとも形容しがたい『異形の物体』が出現した。

 『それ』は球形をした赤い半透明のゼリー状で、大きさはちょうどあたしの身長とタメを張るぐらいだろう。

 そのプヨプヨとした体でノソノソと近寄ってくる様はユーモラスですらあったが、しかし、辺りに漂う異様な生臭い臭気がそれを全て台無しにしてしまっている。

 もちろん、自然界に済む普通の動物の中にこんな変なヤツはいない。

 間違いない。これは魔法生物である。

「へぇ。スライムなんて見るのは久々ねぇ。それも、これだけでっかいヤツとなると、かなり稀少よ」

 と、なにやら感心したように、エリナがそんなことをつぶやいた。

「えっ、この変なの知ってるの?」

 急速に濃くなっていく悪臭に思わず眉をしかめてしまいつつ、あたしはエリナに聞き返した。

「ええ、知ってるわよ。みんな、気を付けてね。見た目はあんまり怖くないしそれほど素早く動けるわけでもないけど、動く物はなんでも『補食』しようとするし叩こうが斬ろうがとにかく物理的な攻撃は全く効果がない……どころか、逆に武器が『消化』されちゃったりするからね」

 と、なぜか妙に楽しそうにエリナがそう言うと、いつの間にか戦闘用の大型ナイフを引き抜いていたマリアとローザがじりっと後じさった。

「ちょっと、どーするのよ。これ!?」

 自分の得物が効かない相手だと聞かされ、さすがに焦ったようでローザが悲鳴のような声で誰ともなく問いかけてきた。

「えっと……デミオさんだったわよね。一つ聞くけど、あなたの職業はなに?」

 と、そんなローザに、エリナが勿体ぶってそう問いかけた。

「あっ、ローザと呼んでください。あたしの職業ですか?」

 よほど、デミオと呼ばれるのが嫌だったのか、一瞬顔をしかめてから彼女は怪訝そうにそう聞き返した。

「そう、職業。……というか、むしろ『特技』と言った方がいいかしらね。

 まさか、首から上級魔道士証をぶら下げておいて、ただの『薬草園のお手伝いさん』って事はないでしょう?」

 心なしか意地悪な口調でエリナがそう言うと、ローザはハッとした表情を浮かべた。

「……つまり、攻撃魔術を使えという事ですね」

 そして、なにか絶望的なものを感じさせる重い口調でローザはそう言った。

「そーいう事。まあ、もうちょっと言えば、『火』属性の上位クラスだとベストね」

 そんなローザの様子に気が付いているのかいないのか、エリナは気軽な口調でそう言った。

 しかし、ローザにとってこの注文は……。

「……あの、すいません。あたし、実は『幻影』の魔術だけで上級魔道士になれたようなもので、まともな攻撃魔術が使えないんです。しかも、あたしの『精霊属性』は『水』ですし……」

 ややあってから、ローザは今にも消え入りそうな声でそう言った。

 

 瞬間、エリナの表情が凍り付く。

 そう。ローザはろくな攻撃魔術が使えないのだ。

 いちおう、あたしと張り合っていた頃は、彼女なりにかなりの努力をしたようなのだが魔道士が各々使える魔術の『性質』は生まれもっての『資質』が大きく影響するので、こればかりはどうにもならない。

 まして、いわゆる『生来の得意分野』である精霊属性が『水』である彼女にとって、その対属性となる『火』の魔術ともなれば、初歩といわれている『明かり』が限界だ。

 つまり、エリナの注文はご飯を食べに武器屋に飛び込むようなもので、無茶過ぎる話なのである。

「あっ、そうなの。それじゃあ、マリアは……」

 ようやく立ち直ったらしいエリナは、今度は矛先をマリアに向けた。

 しかし、彼女は静かに首を横に振った。

「私の精霊属性は、『火』と『地』です。ですが、『火』属性の上級攻撃魔術なんて使えませんよ」

 と、なぜか胸を張って答えるマリア。

 まあ、あまり自慢するようなタイミングとは思えないのだが……。

「そ、それじゃあ、クレスタ……は話にならないし、マール……は自殺行為みたいなものだし……よりによって、なんで誰も『火』がいないのよ!!」

 最後はぶち切れてしまったようで、エリナは頭を抱えて絶叫した。

 この精霊属性というやつ。実はおしなべて『火』属性を持つ者が多く、三人ぐらい魔道士が集まれば、そのうち二人ぐらいは『火』属性を持っているのが普通である。

 しかし、一体どういう偶然なのかここにいる全員の中で『火』属性を持つ者は基本的な攻撃魔術しか使えないマリアと、全属性に対してすべからく良好な適正を持つあたしだけである。

 ちなみに、自分でも明かしていたとおり、ローザは『水』。マリアは『火』『地』という2つの精霊力を持つ稀少な存在。クレスタお師匠は『地』となっている。

 

 なお、頭を抱えてしまっているエリナに関しては、あたしも全く情報を持っていないのだが、この反応を見る限りどうやら『火』属性は持っていないらしい。

 ともあれ、そうなるとここはあたしが一肌脱ぐのが筋合いというものだろうが、いかんせん、それをやると破壊力がありすぎてかなり酷いことになってしまう。

 つまり、早い話が、『火』の上級攻撃魔術を『実用上支障のないレベルで』使える者は、この中に誰もいないというわけである。

「ったく、あたしは攻撃系の魔法は強すぎてダメだし……。

 よし、こーなったら、マール。あんた、最強のヤツを1発遠慮無くぶちかましなさい!!」

 そう言って、エリナはピッと人差し指を立てた。

「えっ、あんた正気!?」

 思わずそう聞き返してしまった。

 こんな閉鎖空間であたしに攻撃魔術を使えと言うなど、もはや正気の沙汰ではない。

 しかも、リクエストされている『火』属性は、その精霊力の性質上他の精霊力を使った攻撃魔術よりかなり破壊力が強めに出る傾向があるのだ。

「正気よ。ヤツには生半可な攻撃魔術じゃ効かないどころか、むしろ逆効果なのよ。もう一度言うけど、最強レベルの『火』属性上級魔術をぶちかまして。あとのフォローはあたしがやる!!」

 と、今度は揺るぎない自信を込めて、エリナはあたしを見つめながらそう言ってきた。

「……ふぅ。分かったわ。ただし、どうなっても知らないわよ!!」

 そんな彼女に気圧されてしまい、あたしは不承不承にそう言った。

 そして、そのリクエストどおり、あたしが使える最強の『火』属性攻撃魔術の『構成』に掛かった。

「世界の全ての源よ。赤く猛り狂う獰猛なる者よ……」

 このクラスになると、さすがに『無詠唱』というわけにはいかない。

 もちろん、この言葉自体には全く意味はないがリズムやタイミングそして精神集中のためにも、どうしてもこの手順が必要になる。

 それ本来の意味合いとは異なる『仮初めの呪文』をつぶやきながら、あたしは脳裏に膨大な『構成』をイメージしていく。

 と、次の瞬間、寝不足が祟ってか酷い立ちくらみを起こしてしまい、あたしの魔術は霧散した。

「なにやってるのよ!!」

 容赦ないエリナの声が飛ぶ。

「うっさい!!」

 返しつつ、あたしは再度魔術の構成を練り上げて行く。

 少し呪文変更。こちらの方が長いけどやりやすい。

「4つなる全ての源よ。赤く輝く破壊の力よ。今ここに生まれ出で、その真なる姿をここに見せよ。汝、その内に眠る光を全て捨てさり、紅蓮の闇となれ……」

 それ自体は意味のない『呪文もどき』を詠唱していくそのうちに、あたしの脳裏に浮かんだ『構成』は一気に複雑さを増していく。

 しかし、しょせんは『火』のみの単属性魔術。

 いくつかの精霊属性を組み合わせる多属性魔術に比べれば、まだまだ単純な方である。

 そして、あたしの魔術は完成した。

「ブラスト・ファイア!!」

 最後にそう叫びながら、あたしは両腕を前方に突き出した。

 瞬間、体の内側から何かが弾け飛ぶような異様な感覚が生まれ、同時にドンという衝撃と共に突き出した両手の平から、通路を埋め付くさんばかりの赤く光り輝く巨大な光球が放たれた。

 それは瞬きする間もなく、モソモソプヨプヨしていたスライムにぶち当たり、そのゼリー状の体を蒸発させ、さらに通路の闇の奥に向かってあっという間に飛び去っていった。

 まさに、ほんの一瞬の出来事。もし、ちょっとでも目を離していたら、スライムが勝手に姿を消したようにしか見えなかっただろう。

 そのせいかどうか、エリナとあたし以外のみんなは、唖然とした表情のまま硬直してしまっている。

 問題はこの後だ……。

 ドーンと遙か遠くで爆音が聞こえ、通路を埋め尽くさんばかりの炎が押し寄せてきた。

「『障壁』!!」

 すんでの所でエリナが結界を張った。

 頑丈に出来ているはずの遺跡が、まるで地震のように揺れる。

 やがて、振動と炎が収まりエリナの結界が消えると猛烈な熱気が押し寄せてきた。

「ふぅ、さすがマールね。無駄に破壊力があるわ」

 頬に冷や汗のようなものを見せながら、エリナがそう言った。

「だから、言ったでしょ?」

 額に浮かんだ汗を拭いながら、あたしはエリナに返す。

「結果オーライよ。分かってた事だし」

 そう言ってエリナは小さく笑った。

「いやはや、久々で驚きましたが、衰えてはいないようですね」

「さすがっていうか、なんていうか……」

 と、マリアとローザが口々に言う。

「あはは、これでも抑えたのよ」

 もし、エリナが結界を張らなかったら、今頃はあたしたちも燃え尽きていただろう。

 実はこれこそがあたしが拳銃を買った本当の理由である。

 携帯可能で十分な攻撃力があり、なおかつ多少の遠距離攻撃が可能な武器。さらに、攻撃対象を絞れるものといったら、これしか思いつかなかったのである。

「マールもまだまだだな。魔力効率が悪すぎる」

 なんだか偉そうに言うお師匠だが、こうなってしまった理由は言えない。

 昨日聞かされたエリナの話をしても、誰も信じないだろう。

 当の本人でさえ、まだ半信半疑なのだから。

「さて、行きますか。先は長いわよ」

 そう言って、あたしは歩み始めたのだった。

 

「さ、先は長いって言ったけどさ、本気で長いわね……」

 あたしはたちは、すでにどれだけこの遺跡にいるのだろう?

 先に進んでいるのか戻っているのか……もはや誰も分からない。

「なんとなく、遺跡探索部門の人たちを尊敬してきたわ」

 歩きながら、ローザがそう言った。

「まあ、こんな難解な遺跡は滅多にないけどね」

 そう言って、あたしはこれから先ゆく方を見た。

 遺跡内部は壁と床と天井に囲まれた通路しかない。

 時折魔法生物は出現するが、油断さえしなければそれほど強敵ではない。

 そろそろ、何かイベントがほしいところだが……。

「そうそう都合よくいかないか……」

 あたしは1人そう呟いた。

 実際、遺跡探索などこんな感じである。

 吟遊詩人の歌ではなかなか楽しげだが、実際はその大半をこうして地味に過ごす事になる。

「そろそろ大休止かな」

 時間感覚などとっくになくなったので、今が朝なのか夜なのか分からないが、お腹が空いたら食べる。そして寝る。

 これが遺跡探索の基本である。

「ふぅ、やっと休憩ね」

 隊列の最前で罠などの警戒に当たっていたエリナが、大きく息をつきながら床に腰を下ろした。

 そして、懐からなにやら取り出す。

 ……ん?

「ま、まさかとは思うけど、それって時計!?」

 エリナが取り出した『ソレ』の正体を直感的に察し、あたしは思わず声を張り上げてしまった。

「フフフ、当たりよ。この国じゃあまり大きな声で言えないけど、実は某国に知り合いがいてさ。

 こいつがまた、なにかと機械いじりが好きなもんで、特注で作ってもらったのよ。それも、ほとんどタダ同然で」

「ぬぁにぃぃぃ。見せて見せて見せて見せて!!!」

 思わず絶叫しつつエリナに迫った。

 ずいぶん前にもお話したと思うが、時計という物はおおよそ庶民には手が届かない高嶺の花である。

 まして、機械技術関連にはとりわけ弱いこの国においては『時計一つでメイド付きの豪邸が建つ』と言われる程の超高級品で、これを個人所有出来るのは金持ち貴族や王族、あとはせいぜい相当羽振りのいい豪商ぐらいである。

 そんな高価かつ貴重な物を目の前にぶら下げられて、見るなと言う方がどうかしているだろう。

「はいはい、そんなに興奮しないの。ほら、結構いい出来でしょう?」

 なにやら呆れたようにそう言って、エリナはその手にあった小さな時計をなんのためらいもなくあたしに差し出してきた。

「うわあ、懐中時計なんて初めて見たわ。しかも、日付表示機能付きじゃないの。これ!?」

 どうしても震えてしまう両手でエリナの時計を受け取り、それをまじまじと眺めながら、あたしは思わず感嘆の声を上げてしまった。

 あたしのように『並』かそれ未満の生活を営んでる者にとって、時計を見る機会などほとんど無くせいぜい大きな街に出かけた時に時計台のそれを見るぐらいである。

 携帯できるサイズの時計など、実用品というよりは超大金持ちが自己顕示欲を満たすために必要なアイテムという性格の物で、もちろんあたしなどこれが『初対面』である。

「いちおうケースは金で文字盤はミスリル。日付表示機能の他にストップウォッチ機能もついて、しかも対ショック機構と日常生活防水も搭載!!」

「おおっ、一部よく分からないところもあるけど、それは凄い!!」

「しかも、今なら特製お手入れセットと専用高級携帯用ケースもお付けして、な、なんと、2億7千万クローネのご奉仕価格!!」

「た、高過ぎるわぁぁぁぁ!!」

 ノリノリのエリナをビシッと指さして、あたしは思わずツッコミを入れてしまった。

 ……2億7千万クローネ。下手すれば、あたしの根城であるクランタの街を丸ごと買えます。マジで。

 

「もう、何言ってるのよ。この時計はこの世に一つしかない逸品よ。

 実際、某国のバカ国王に見せたら『この国やるからそれ寄こせ』とか、かなり真面目に言われたぐらいだし、たかだか2億7千万クローネじゃあ格安よ」

 と、心外だとでも言わんばかりに、エリナはそんな事を言ってきた。

 ええい、どこのボケナスだ。時計一個で国売ろうとするヤツは!! 

「まあ、それはいいとして今は『夏の47日、3時』か……この遺跡に潜ってちょうど7日ってところね」

 エリナの時計が表示している時刻を確認しながら、あたしは誰ともなくそうつぶやいた。

 その遺跡の規模や内容によっても異なるが、装備や精神的肉体的な負担を考えて最初に行われる調査はおしなべて14日程度で切り上げられる事が多い。

 それを考えれば、あたしたちがこの遺跡に潜ってからの日数は取り立てて多いわけではないのだが、反面、体に溜まった疲労度のほどはかなりのものがある。

 もちろん、それはここがかなりクセの強い遺跡である事も影響しているのだろうが、それ以上にやはり数年のブランクが大きく影響しているのだろう。

 なーんてな事言ったら、お師匠辺りが泣く可能性が高いので間違っても口に出すようなマネはしないけど。

 ……ってそういうば。

 辺りを見ると、みんなすでにお休みタイムで寝息を立てている。

 よほど疲れていたらしい。

「やれやれ、たかだか7日間ならまだいいじゃないの。

 あたしなんて、今日で2ヶ月目に突入よ。自分でもよく発狂しなかったと思うわ」

 と、苦笑を浮かべたエリナにツッコミを入れられてしまった。

 確かに、この遺跡に1人で2ヶ月っていうのは、かなりシンドイものがあるでしょうね。

 だけど、彼女は……。

「うーん。あたし的には、この遺跡で2ヶ月間彷徨う事より、500年以上もこの世界に生きている方が凄いと思うんだけど……」

 と、わざと冗談めかした口調で、あたしはエリナにそう言ってやった。

 もちろん、これはあくまでも彼女の話が正しいという前提があっての話だが、エリナがあのアリス・エスクードのお仲間だったとすると、古文書などの記載から推定される彼女の年齢はざっと計算して560才以上である。

 長寿で知られるエルフ族ならともかく、最近は寿命が延びたと言われているとはいえ、せいぜい70才ぐらいで生涯を終える人間種族としては、とてつもないほどの長生きだろう。

 あたしとしては、むしろこれほどの長きに渡って正気を保っている事の方が驚きである。

「それを、あのマリアの『血族』に言われると、なんか頭に来るのを通り越して思いっきり呆れたくなるんですけど」

 と、実に複雑な表情を浮かべつつ、エリナはそう答えてきた。

「あのねぇ、560年も前の話されても全く自覚がないんですけど。大体、実はあたしにも王家の血が入っているってことですら、今回初めて知ったぐらいだし」

 あたしはそう返して肩をすくめるしかなかった。

 『遙か昔に勝手に王家を飛び出した元・国王の末裔』など、ハッキリ言って極限に近いレベルで他人である。

 ……くそぅ、我が先祖め。なんとも短絡的な事をしてくれる!!

 もし、そのまま黙って玉座に居座ってくれれば、あたしも今頃はれっきとした王家の一員だったはずなのに、なんと勿体ないことをしてくれやがるんだか。

 って、まあ、今さら文句たれたところでどーにかなるものでもないのだが。

「まあ、そうなんだけどね。マールにあたっても仕方ないのは分かってる」

 エリナはそう言ってため息をついた。

「……ったく、何の因果でアリスに『お呼ばれ』されなきゃならかったんだか。大体、自分でもワケが分からないような魔法なんか、いきなり使うなっての!!」

 そして、誰に向かって言っているのか分からないが、エリナはブチブチと愚痴をこぼし始める。

 

 ……そりゃまあ、どこかのボケ魔道士が起こした無邪気な『いたずら心』で異世界からこっちの世界に無理矢理引きずり込まれた挙げ句、エルフ族並の人生を歩むハメになれば愚痴の一つや二つこぼしたくなるだろう。

「そういえば、エリナって『得体の知れない召還魔法』でこっちの世界に来たんでしょう?

 まあ、あんまり期待されても困るけど、なにか資料みたいなものがあればもしかしたらあなたを『元の世界』に戻す方法を見つけられるかもしれないわね」

 と、思わずそう言ってしまうあたし。

 瞬間、エリナは大きくため息をついた。

「アリスから始まった歴代『エスクードさん』も、やっぱり同じ事を言ってくれたけど、結局はこの様よ」

 どこか遠くを見る視線でそう言って、エリナは切なさを覚える笑みを浮かべた。

 ……あーあ、ヤブヘビだったわね。

「あっ、そ、そうなの。でもほら、物は試しって言うし、ぶっちゃけ一人の魔道師としてあたしも興味あるし」

 あたしがそう言うと、エリナはなにかを諦めるようにもう一度ため息をついてから、小声でなにやらブツブツつぶやき始めた。

 すると、あたしのすぐ目の前の床に、突然淡く光を放つ『召還円』らしき物が描かれ、一見してかなり古い物だと分かる分厚い書物が『出現』した。

「……それ、例の魔法の原文が載ってる古文書。ちなみに、あたしが書いた現代語訳版は、資料室に保管されているわ」

 と、ぶっきらぼうに行ってくるエリナの声を聞いてから、あたしはとるもとりあえず、その古文書を手に取った。

「えーっと……。へぇ、ずいぶん状態がいいわね。こんな綺麗な古文書なんて、今までに見たこと無いわ」

 適当にページを繰りつつ、あたしは誰ともなくそうつぶやいてしまった。

 もちろん、それ相応にヤレや痛みは見られるし古代語で記された文章も一部かすれて読みにくくなっている部分はある。

 それにしても、少なくとも千数百年の年月を経ているはずの書物にしては、むしろ不自然なぐらいに綺麗な状態なのだ。

 あたしも、過去に何度となくこの手の古文書を見てきたが、そのどれもがせいぜい『何か書いてある』程度にしか判読できないほど、とにかく酷く痛んでいた。

 恐らく、これほどはっきりと文章が読み取れる古文書は、世界でもこれ一冊ぐらいではなかろうか?

「それ、過去の大戦の際に全て破棄されたはずの『魔法書』だと思うのよ。前に何度も調べてみたんだけどその古文書には、この遺跡と同じような『保存』の魔法がかけられているみたいでね。普通の本にそこまで手間をかけるとは思えないし、あながち的はずれな推測じゃないはずよ」

 と、少し調子を取り戻してきたらしいエリナが、なぜか妙に自慢げにそう言って来た。

「えっ、『魔法書』ですって!?」

 驚きのあまり、手にした古文書を取り落としそうになってしまいながら、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 『魔法書』というのは、ズバリそのもの、魔法を使うために必要となる呪文とそれにともなう儀式めいた動作……いわゆる『印』が記されている書物である。

 もう何度か述べているとは思うが、魔術とは異なり魔法はその呪文と印さえ覚えてしまえば誰でも同じものが使える。

 つまり、この魔法書を解読できれば人間種族の間では遙か昔に失伝している魔法を再び復活させる事も可能というわけだ。

 実は、魔道院が行ってきた過去の遺跡調査の中で、何度かそれとおぼしき古文書が発見された事があったのだが、その全ては酷く損傷した不完全なもので全く役に立たないものだった。

 そんなわけで、もしエリナの推測が正しいなら、あたしが手にしているこの古文書……いや、あえて魔法書と呼ばせてもらうが、これは歴史に残る大発見ということになる。

 ……うわっ、なんかいきなり緊張してきた!!

「まあ、あくまでも推論よ。なにしろ、歴代エスクードさん達も、その本を頼りに色々と試行錯誤したけど、あたしを元の世界に戻すどころか、すでにアリスが成功させているはずの『召還』すら出来なかったしね。

 まあ、あのアリスのことだから、間違って違う書物をあたしに渡したっていう可能性は十分にあるしあんまり期待しない方がいいわよ」

 そう言って、エリナは苦笑を浮かべた。

「ふぅん……。でも、これって、全く見当違いの本って言うわけでもないみたいよ。あとでちゃんと読み返してみるけど、かなり詳しく魔法について書かれているみたいだし」

 再び視線を『魔道書』に戻し、あたしはエリナにそう返した。

 といっても、パラパラとページを捲っているだけなので、簡単な単語はともかく、あまり目にしないような単語はあとでちゃんと意味を調べる必要があるけどね。

「そりゃまあ、だからこそ、あたしも後生大事にずっと保管していたんだけどね。まあ、もう今さらって感じだしあなたの『研究』の成果に関しては、あまり期待しない事にしておくわ」

 そう言って、エリナはパタパタと右手を振った。

 ……ふむ、これが彼女の本心からの言葉か、はたまた狙ってわざとそう言ったのかは知らないが、あたしってこう言われると逆に思いっきりやる気が出るタイプなのよね。

 おっしゃ、その『期待』。せいぜい裏切らせて貰うわよ!!

「それより、今はこの遺跡から脱出する方が先決よ。その魔道書らしき物はあなたに渡しておくから、ゆっくり読み直すならあとでね」

 あたしの様子を見てなにか悟ったらしく、エリナはすかさずそう釘を刺してくれた。

「はいはい、分かってますって。それじゃあ、貴重な資料一式確かにお預かりしました」

 そう返して、あたしは虚空に『穴』を開け、そこにエリナから渡された『魔道書』をそっとしまい込んだ。

 これで、万が一あたしが命を落とすような事でもない限り、この先何があっても大丈夫である。

 こんな面白そうな書物を前にして、それを今すぐ読まないという決断は、あたしもかなり後ろ髪を引かれる思いなのだが、エリナの言うことは間違いではない。

 これだけ変な遺跡だから、この先なにがあるのか全く見当が付かないし、余計な事に気を取られているのは、かなり危険な事である。

 仮にエリナを元の世界に戻す方法が見つかったとしても、それが原因で万一この遺跡で命を落とすような事にでもなれば、それこそ目も当てられない。

「さてと、この遺跡を脱出する大きな目標が出来たところで、悪いけどもうちょっと休ませて貰うわ。さすがに、連チャンで寝不足はみっともないしね」

 あたしがそう言うと、エリナは軽く片目を閉じて返事をしてきた。

 それを肯定の合図ととり、あたしは適当なスペースを見つけて横になる。

 ものの数秒で、あたしの意識は闇に落ちていった。

 




戦闘シーンはあえて出さないようにしていたのですが、たまには暴れさせてやろうかと(笑)
あと2話くらいで遺跡を終わらせたいのですが、上手くいくかどうか……。
ともあれ、今後ともよろしくお願いします。
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