その魔道師危険につき……   作:武山 昭喜

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エリナの時計により日時を知り、遺跡調査9日目だと分かったマール一行。
そろそろ疲労困憊だが……


遺跡は続くよどこまでも……

遺跡9日目

 

「やれやれ、まさか今面倒な遺跡だったとはね……」

 隊列の前から2番目を歩くエリナが、うんざりしているといった様子でそうぼやく声が聞こえた。

「そうですね。こんな事でしたら素直に地上で待っているべきでした」

 と、彼女にしては珍しくかなり疲労の色をにじませた声で、エリナに答えるかのようにマリアまでそんな事をぼやく。

 なにが待ち受けているか分からず、しかもどこまで続くか分からない通路。

 そんな場所を、延々と歩き続けているというのだからあたしたちの疲労がどれほどのものかおおよそ察しがつくと思う。

 これで、まだ途中で小部屋でもあればまだ多少は気分転換出来るのだが、目の前に現れるものは、とにかくひたすら無機質な通路だけである。

 こうなってくると、ここ久しく登場していない罠や魔法生物諸君に出くわしたくなってくるから、人間とは不思議な生き物である。

 

「ほら、僕より若いくせに情けないこと言うんじゃない。大体、こんなヘンテコな遺跡を誰よりも早く歩けるなんて、この上なくすばらしい事じゃないか!!」

 と、1人だけ元気朗らかにのたまっているアホは他の誰でもないお師匠である。

 まあ、お師匠の遺跡好きは今に始まった事じゃないし、この底抜けの脳天気さ(?)はあたしもかなり慣れているつもりである。

 しかし、この状況では真夏のポート・ファルシオンの蒸し暑さ並に鬱陶しい。ホント。

 まっ、この人は放っておこう。

 もうちょっと元気な時ならともかく、今のあたしには親子漫才に興じる余裕はない。

「マール、ごめんね。あたしが至らぬばかりに、こんなバカ弟子になっちゃって」

 と、エリナがつぶやくようにそう言ってきた。

「……あっ、酷い」

 お師匠がちょっとへこんだようにそう言った。

「いいわよ。もう慣れているから……」

 お師匠は無視して、あたしはエリナにそう返した。

「なんと申しますか、3人とも仲がよろしいのですね」

『いや、ちょっと待て。どこが仲いいって!?』

 突然割り込んできたマリアに、あたし、お師匠、エリナが異口同音にそうツッコミを入れた。

「いえ、あなた方の会話が単に鬱陶しいだけです」

「……」

 キッパリハッキリそう言われてしまい、あたしはなにも言えなくなってしまった。

 ……あー、マリアってばかなりお疲れみたいね。

 などと、胸中でつぶやき、あたしはとにかく先に進む事に全神経を傾けることにした。

 とはいえ、息をするのも辛いほどの重い沈黙の中、魔術の明かりが届く範囲以外はなにも見えない闇の中をひたすら歩くというのはなかなか疲れるものである。

 ……うーむ、この雰囲気は、あまり好ましいものではないわね。

 まあ、あたしたちは遠足に来ているわけではないし、全く無警戒かつお気楽に進むというのは自殺行為以外のなにものでもない。

 しかし、だからといって、こうギスギスした空気が漂う中で先を進むというのも、それはそれで問題である。

 こういう時、可能な範囲で最大限の『ガス抜き』をするのが隊長たる役目なのだろうが、ここで下手な冗談など飛ばそうものなら逆効果になりかねない。

  さて、どうするか……。

 と、一瞬、意識を現実から離してしまったのがいけなかった。

 全く無意識のうちに踏み出した右足の裏に妙な違和感を感じたと思った瞬間、シュッとという風を切るような微かな音が聞こえ、それがなにかを察する間もなく右足太ももに焼け付くような激痛が走った。

「くっ!?」

 思わず苦悶の声を上げてしまいながら、あたしはその場に跪いてしまった。

 目の前がチカチカするような痛みの中、どうにかこうにか首を動かして右足を見やると魔術の明かりを受けて変な光り方をする2本の矢が、ものの見事にあたしの右足太もも辺りに突き刺さっている。

「マール!?」

 何となく耳が遠くなっていたのであまりハッキリはしないが、恐らくマリアかエリナだと思われる悲鳴じみた声が聞こえた。

 しかし、あたしの意識はどうにも冴えず、先ほど感じた激痛すら今はほとんど感じない。

 ……あれ、なんか眠く……。

 次の瞬間、まるで冷水をぶっかけられたような衝撃を伴って、猛烈な激痛が襲いかかってきた。

「いだだだだ!!こ、こら、引っ張るんじゃない!!!」

 思わず目の端に涙さえ浮かべてしまいながら、あたしは悲鳴……というよりは、ほとんど怒鳴り散らすようにしてそう喚いた。

「えっ、引っ張るなと言われましても……」

 そして、困惑したマリアの声が返ってくる。

 恐らく、慌てた末の咄嗟の行動だったのだろうが、彼女はあたしの太ももに刺さってる矢を力任せに引き抜こうとしていたのである。

 まあ、普通に暮らしている人なら、矢で射られるなどという経験はまずないだろうが、一度体に刺さったこれを引く抜く時は数万倍の痛みを伴うのである。

 

 なんであたしがこんな事を知ってるのかと言えば、昔々ある時なんかの気まぐれだと思うが、ローザがいきなり弓の練習がしたいなどと言いだし、それにあたしがつきあってあげた事があるのだ。

 この時はしばらくは普通の的を使っていたのだが、予想外に命中率がよく調子に乗ったローザが『あたしの頭にリンゴを載せて、それを射抜いてみる』などと言い出したのだ。

 まあ、今でこそ恐ろしい事ではあるが、当時はまだ若い故の無謀さを持ち合わせていたあたしもほとんどノリと勢いでそれを承諾してしまったのだが……。

 まあ、結果は言うまでもないだろう。

 ローザの放った矢は、ものの見事に目標であるリンゴから大きく逸れ、代わりにあたしの右肩をぶち抜いたのである。

 とまあ、そんなわけで、あたしは矢が刺さった時の痛みも、それを抜く時のこの世の物とは思えない苦痛も知っているわけである。

 ……って、ごめん。なんか、思いっきり痛そうな話ばかりで。

「って、こら、だからって押し込むなぁぁぁぁ!!」

 一瞬収まっていた激痛が再びぶり返し、あたしは思い切り絶叫する事となった。

 何を思ったのか。マリアのヤツ、今度は矢をぐいぐいと押し込み始めたのである。

「ああっ、ご、ごめんなさい。引くなと言われたので、つい……」

 あたしの絶叫ではたと我に返ったらしく、マリアは慌てて矢から手を離し真っ青な顔で謝った。

「はぁはぁ……。あ、あんたは、あたしを殺す気か!?」

 しばしの後、ようやく痛みが少し引いてきて余裕が出来ると、あたしは即座にマリアにそうツッコミを入れてやった。

 ……引いてダメなら押すって、そーいう問題じゃないでしょーが。ったく。

「ほら、マリア。悠長にボケかましていないで、さっさとどいて!!」

 どうやら、こっちはまともらしい。

 珍しくオロオロしまくっているマリアを押しのけるようにして、今度はエリナがあたしの傷を見つめた。

「……まずいわね。これ、毒矢よ。まあ、いまだにあんたが平気そうにしている所をみると即効性の毒じゃないみたいだけど」

 と、いつになく険しい表情で、エリナは恐ろしいことをあっさりと言ってのけた。

 ……あっ、なんかまた気が遠くなってきた。

「急がないとまずいわね……。マール、ちょっと我慢してね」

「……えっ!?」

 次の瞬間、あたしにとってはまさに最悪の災難が襲いかかってきたのだった。

「ンギャァァァァァァァァァァァ!!??」

 

*あまりにエグくスプラッタであるため、詳細な描写は自主規制させていただきます。(by通りすがりの作者)

 

 ああ……白い。全て真っ白。ただ、どこまでも白く、そして、広い……。

 あそこで、ほほえみながら手招きしている人。どこかで見たことがあるような……。

 

 

 

 ここは、相も変わらずジメジメした空気が漂う遺跡の地下である。

 つい先ほど『戻ってきた』あたしは、床にぐったりと仰向けにひっくり返ったままエリナの治癒魔法を受けていた。

 毒消しと傷の治癒。同時にやるなんてかなり器用である。

「どう、もう痛くない?」

 魔法をかけながら、エリナがあたしに聞いてきた。

「大丈夫よ。次からはもっと優しく頼むわ」

 あたしはそれにグッタリ返すのが精一杯。

 なにしろ、エリナってば、いきなり○○○でその周囲を大きく○○した挙げ句、彼女の道具袋に入っていた○○○で、一気に矢を○○○○いてくれたのである。

 あえて一部を伏せ字にしてみたのだが、かえってこちらの方が凄惨な気がするのは気のせいだろうか?

 ともあれ、いくら怪我慣れしているあたしとて、さすがにこの時の激痛は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 あの矢が毒矢だったいうことは、刺さったままで放置されていたら今頃は本気で『お招き』されていただろう。

 だから、あたしとて、エリナに対しては深い感謝の気持ちを抱いてはいるのだが、しかし、ちょっと優しくして欲しかった……。

「それにしても、まさか、あんな単純な罠を見落とすとはね。僕も自分で驚いたよ」

 と、あたしからやや離れた場所で、なにやら自分の道具袋をゴソゴソやっているお師匠が、やれやれと言わんばかりにそう言ってきた。

「驚いたのは、あたしも同じですよ。まさか、お師匠がこんな単純な罠を見落とすなんて」

 と、我ながら嫌みなやつだなと思いながら、あたしはそう言って苦笑を浮かべた。

 隊列の先頭を歩くエリナとお師匠は、罠回避や危険な魔法生物を検知する役を担っている。

 『毒矢』なんて落とし穴と並ぶ基本中の基本。

 魔力によらない『スイッチ式』などという、ちょっと注意していれば絶対に見逃さなかった単純な罠を見逃したのだ。

 集中力の欠如としかいいようがない。

「しかし、隊列の最後尾を歩いていた君が作動させるなんて、本当に運がないな」

 道具袋から水筒らしきものを取り出しつつ、お師匠が言った。

「全くです。なんであたしに……」

 ローザやマリアが引っかかればよかったとは言わないが、よりにもよって最後尾を歩いていたあたしが罠を作動させてしまったのだ。

 罠の検知と解除をお師匠とエリナに任せて油断していたとはいえ、運が悪いとしかいいようがない。

「はい終わり。歩けるわね?」

 エリナの治療が終わったようだ。

 あたしはゆっくりと立ち上がった。

 服こそ破れてはいたが、痛みもなければなんともない。

「ありがとう。大丈夫よ」

 ゆっくりと歩いてみたりしながら、あたしは問題ない事を確認した。

 ちょっと予想の斜め上を行くというか想定していなかったのだが、この件でみんなに緊張感が戻っているのが分かる。

「さて、行くわよ」

 あたしの声が遺跡の闇に消えていった。

 

 

遺跡11日目

 

 相変わらず、あたしたちは相変わらず遺跡の中を彷徨っていた。

 なにしろ、時間と共に勝手に構造が変わるという面倒な仕掛けがあるため、あたしたちは先に進んでいるのか、それとも逆に引き返しているのか、それすらも分からなくなってしまっている状況である。

 幸い、水も食料もまだ大量に『穴』に放り込んであるので、少なくとも、今すぐ行き倒れる心配はない。

 しかし、これとて有限の物資である以上、いつかは尽きる運命にある。

 その前に、なんとかして出口を見つけ出したいものなのだが……。

「……行き止まり。よねぇ。誰がどう見ても」

 ほぼ直角に右に折れる角を曲がった途端、いきなり目の前に出現した壁を呆然と見つめながら、あたしは思わずそうつぶやいてしまった。

 そう。あろうことか、なんやかんやで色々やりながら、あたしたちが延々と歩いてきた通路の行き着いた先が、あろうことか、何の変哲もないただの行き止まりだったのである。

 一応、周囲を注意深く見回してみたが、なにかスイッチの類や『魔法陣』の類もなく、正真正銘の行き止まりである。

 つまり、ここに至るまで歩いてきたことは、すべて徒労に過ぎなかったというわけである。

 もとより、精細な地図など存在しない未調査遺跡の事。

 延々と歩いて行った先が行き止まりだったなどというのは実にありがちなパターンではあるが、ハッキリ言ってこれは少なからずヘコむ。

 しかも、これが普通の遺跡なら『気を取り直して、なんか怪しい分岐点まで戻ってみる』という手があるのだが、この遺跡は構造が勝手に変わってしまうためにこのまま素直に引き返しても、必ずしも同じ場所に出るという保証がないのだ。

 つまり、あたしたちが出口が見えないこの迷宮から脱出するためには、経験よりも『運』の要素が遙かに大きいというわけである。

 もちろん、これはエリナから『遺跡を彷徨う亡霊』の話を聞いた時から、十分に理解しているつもりだったが、こうして改めて考えるとこの遺跡自体が致命的な『罠』だったのだと痛感する。

 ……はぁ、なんか嫌になるわね。

「やれやれ、まいったわねぇ。もしかして、この辺とか叩くとなんか出るとか?」

 と、そんなエリナの声であたしははたと我に返った。

 見ると、女の子としてはちとアレな罵詈雑言まき散らしつつ、彼女は行き止まりの壁をガンガン蹴飛ばしている。

 うぐっ。なんか、既視感が……。

 この気迫。そして、シロウトさんなら掛け値抜きにビビる威圧感。

 なんか、どこかで似たような人を見た事がある。……どころか、クランタの街にいれば毎日のようにあたしの所に押しかけてきた『あの人たち』と全く同種のこのオーラ。

 そう、借金取りのみなさんである。

 もしかして、エリナってば、どっかでそういうアルバイトしているとか?

「……エリナ、追いつめるのも程々にしておきなさいよ。この稼業の基本は、『生かさず殺さず』だからね」

「はぁっ!?何言ってるの?」

 思わずあたしの口をついて出てしまった言葉に、エリナが怪訝な顔でそう聞き返してきた。

「な、なんでもない。気にしないで」

 慌ててそう返すと、エリナはさらに不審そうな表情になった。

 ……い、いかん。こんなところで、あたしの日常生活を暴露するわけにはいかない。

「と、とにかく、なんでもいいからそのどす黒いオーラを出して、壁をゲシゲシ蹴りまくるのだけはやめて。なんか、つい攻撃魔術とかぶっ放したくなるし……」

 焦りまくってしまったあたしは、思わずそんな事を言ってしまった。

 いちおう、これでもフォローのつもりだったのだが、なんか、墓穴を掘ったような気がする……。

「な、なんだか分からないけど、あなたがそう言うならやめておくわ」

 完全には納得しきっていない様子のエリナだったが、あたしの様子からなにか悟ってくれたらしく素直に壁を蹴るのをやめてくれた。

 ……ふぅ。良かった、深く突っ込まれないで。

「それにしても、これからどうしますか?

 このまま無闇に突き進んでも、結局体力の無駄遣いにしかならないような気がするのですが……」

 と、あたしとエリナのやりとりが決着をみた絶妙のタイミングで、マリアがそう割り込んできた。

 この辺りの時期を察する能力は、さすがに彼女である。

「まあ、それはそうなんだけどね。実際、全く当てがないわけだし……。

 いちおう、簡単な『転移』の魔法は使えるけど、こんな変な仕掛けがある場所じゃあ、どこに飛ばされるか分かったものじゃないしね」

 実にもっともな事を言うマリアに対して、まず最初に応えたのは困り顔のエリナだった。

 『転移』とは、その名の通り、どこか離れた場所に、ほぼ一瞬で移動できるという、大変便利なものである。

 もっとも、あたしは魔法の方はよく知らないので、魔術の方で解説するが、『転移』はまず現在位置をきちんと把握した上で、その移動したい先が明確にイメージ出来る場所じぁないと非常に危険だ。

 一例を挙げると、『クランタのハングアップ亭の前から、ペンタムシティの入り口まで移動したい』というような感じである。

 自分がどこにいるか分からない状況でもその移動したい先が明確にイメージ出来るなら無理矢理『転移』する事も出来るが、ほとんどの場合はとんでもない場所に放り出されるハメになる。

 エリナの話しぶりから想像するに、恐らく魔法の方にも同じような制限事項があるのだろう。

 これでは、確かに『転移』による移動は不可能である。

「まあ、それはそうなんだけど、マリアの言うとおりこのまま無理に移動を続けるといずれ行き倒れになるのがオチ。

 せめて、なにか手がかりでもあればいいんだがなぁ」

 と、どこか人ごとのようにいうお師匠。

 いつもの脳天気な様子は、すでにどこかに行ってしまった。

 それだけ危険な状況なのである。

 無闇に歩き回ればその分体力も気力も消耗するが、かといって、これといった当てがあるわけでもない。

 要するに、色々な意味で、あたしたちはまともに袋小路にはまりこんでいるわけである。

 もはや、あたしたちにはノリと勢いだけで動き回れるほどの余裕はない。

 しかし、あたしとて事態を打開できる妙案があるわけでもなく、自然に重苦しい沈黙が辺りに落ちた。

 ここにいる誰もが難しい顔で黙り込み、この沈黙がいつ終わるのか全く予想が付かない状況だったが、しかし事態は思わぬ人の思わず声で時間が動き始めた。

「……もしかしたら、気のせいかもしれないけど、その壁なんだか妙な感じがするのよね」

 と、疲れ切った声で、沈黙を打ち破ったのはなんと、ローザだった。

 つぶやくようにそう言って、彼女は目の前に立ちはだかる行き止まりの壁を指さした。

「ん、変な感じ?」

 どうやら、意外だったのはこちらも同じようで、エリナが少し驚いたような表情を浮かべつつそう聞き返した。

「そう。ちょっと表現しづらいんだけど、妙な『気配』というか……。もしかしたら、なんか変な魔法でも掛かっているかも?」

 ローザがそう自信なさそうに言った瞬間、エリナはハッとした表情を浮かべ弾かれるような勢いで行き止まりの壁に向き直った。

 そして、聞き取れないほどの小声でなにやらつぶやいた後、彼女はその両手を壁に押し当てた。

 すると、一見するとどうという事のない普通の壁が一瞬だけ揺らいだように見え、そして、次の瞬間音もなく忽然と消え失せてしまった。

「……なっ!?」

 あまりの事に、あたしは思わず絶句してしまった。

「やれやれ、あたしもちょっと鈍ってるのかな。こんな事に気が付かないなんてね」

「ちょ、ちょっと、これってどー言う事よ!?」

 あたしとは対照的に全てを理解している様子のエリナに、思わずそう問いかけてしまった。

「簡単な事よ。魔術にも『幻影』ってあるでしょう。それの魔法版よ」

 と、さも当たり前の事をと言わんばかりのエリナの答えに、あたしはようやく合点がいった。

「なるほど、つまり、さっきの壁は『幻』だったわけね」

 あたしがそう言うと、エリナは軽くうなずいて応えた。

 つまり、そういう事である。

 魔術の『幻影』でさえローザのような『専門家』が使うものは、実際に触れてみてもすぐには『幻』と分からないほどとにかくリアルな虚像を生み出すことが出来る。

 まして、より強力であるはずの魔法のそれとなれば、叩こうが蹴ろうがまさに壁としか思えない『壁』を作り出す事ぐらい、多分それほど難しい事でないはずだ。

 となると、エリナが先ほど使った『何か』は『無効化』の魔法だったのだろう。

 ……それにしても、他ならぬローザが見破るなんて、さすが『幻影の専門家』である。

「さてと、これで道は出来たわ。あとは、とにかく先に進むだけよ!!」

 と、あたしは元気よく声をかけた。

 それにつられてか、先ほどまで死にそうな表情だったみんなも、途端に元気を取り戻していく。

 この先がどうなっているかなど誰も知らないが、まだあたしたちは進める。問題ない。

 ゾロゾロと歩き始めたみんなのあとを、あたしも黙って歩き始めようとしたまさにその時である。

 今まさに進もうとしていた闇の向こうに妙な気配を感じ、あたしは慌てて足を止めた。

「ストップ。戦闘準備!!」

 反射的に銃を構えながら、あたしは声高にそう叫んだ。

 しかし、あたしが言うまでもなく、全員が全員とも『それ』に気が付いたらしく隊列は早くも『戦闘隊形』に転じていた。

「誰でもいいから明かりを!!」

 と、そんなエリナの声に、マリアが追加の『明かり』を3つほど打ち上げて応えた。

 そして、その魔術特有の不自然な白さを持った光が、今まで闇に包まれていた進行方向を照らしあげたその瞬間、あたしは思わず息を飲んでしまった。

 ……妙に黒光りする巨大な物体。

 あたしの第一印象はまさにそんな感じだったが、しかし、よくよく見てみるとそれは高い天井に頭が付きそうなほどの背丈がある巨大な『人形』だった。

 ともすれば、無意味にでっかいフルプレート・アーマーがデンと置かれているようにも見えたが、その『顔』の部分にある二つの赤い『目』がその素性を如実に物語っている。

 そう。ちょっと遺跡に詳しい人なら、もうかなりおなじみであろうそれは、魔法(魔術でも可)によって生み出された『動く魔道人形』ことゴーレムである。

 その体を作る材料によって、様々な呼び名が存在するが、その見た目の質感から察するに、目の前に立ちはだかるこれは鉄で造られた『アイアン・ゴーレム』である。

「ついに出たか。やっぱ、これを見ないと、遺跡に来た感じがしないよなぁ……」

 と、緊迫した雰囲気に相反して、お師匠がそんなのどかなつぶやきを漏らした。

「もう、アホな事言ってる場合じゃないですよ。よりによって、こんな時に出てくるなんて……」

 とりあえず、ボケかましてくれるお師匠に釘を刺しておいてから、あたしは苦い気持ちでそうぼやいてしまった。

 

 知っている人は知っているだろうが、このゴーレムというヤツ。

 頭の中身はスッカラカンで、制作者の命令をひたすら忠実に実行するだけの単細胞だが、それを補ってあまりあるほどの力としぶとさを持っている。

 もっとも、制作者の命令といっても、ゴーレムは融通が利かず、大雑把な事しか出来ないので、例えば『目の前の動く物体を叩き潰せ』という程度の極めて単純なものにならざるを得ない。

 しかし、なんとかとハサミは使いようという言葉もあるとおり、侵入者を排除する『守護者』としてはこれでなかなか使い勝手がいいので遺跡ではかなりの頻度でお目に掛かるものなのだが……。

 正直な所、このタイミングはちょっとマズイ。

 なにしろ、このアイアン・ゴーレムというやつは、鉄で出来ているだけの事はあってそこらにあるような普通の武器で死ぬほど根性入れて叩いたり斬ったりしても、せいぜい、ちょっと凹むか傷が付く程度なのである。

 ならば、攻撃系統の魔術の出番ではあるが、この手の『魔法生物』(生き物じゃないけど、ゴーレムもそう呼ばれる)の特徴として、魔術や魔法に対しても滅法打たれ強いという点が問題になる。

 早い話、ゴーレムを相手にして、生半可な攻撃魔術では大したダメージを与えられないのだ。

 もっとも、いくら魔力でドーピングしているとはいえ、しょせんは鉄である。

 あたしが得意とする強力無比な破壊力を持つ攻撃魔術を使えば、一撃で粉砕してやる事も可能である。いや、可能なのだが……。

「……マール。いける?」

 全く無意味と知りつつ銃を構えているあたしに、エリナが聞いてきた。

「難しいわね。アイアン・ゴーレムを倒せるほどの攻撃魔術なんて放ったら、さすがにこの閉鎖空間じゃ……」 

 あたしの魔術リストには、アイアン・ゴーレムでも確実に仕留められるものが1つだけある。

 しかし、あれは地下向きではない。下手すれば遺跡が崩落する。

「私も攻撃魔術はちょっと……。簡単な防御障壁程度なら展開出来ると思いますけど」

 と、あたしに続き、マリアが困ったようにそう言ってきた。

 ……これで、実質的に戦力外となったのは二人。

「言うまでもないけど、あたしは無理よ」

「同じく」

 と、今度はローザとお師匠の声。

 まあ、この二人は端から戦力とはみなしていないので問題はない。

 ともあれ、これで、頼みの綱は、エリナただ一人となったわけである。

 まあ、彼女の場合は、魔法という他の誰もが持ち得ない強力な能力があるわけで、あたしたちがダメでも何とかなる……かと思ったのだが。

「いっておくけど、あたしは攻撃魔法使えないからね。期待しても無駄よ」

 瞬間、なんとも嫌な沈黙が落ちた。

 ……つまり、あたしたちの側でアイアン・ゴーレムに有効な攻撃が可能な者はゼロ。

 そんなつぶやきが胸中で渦巻いた瞬間、まるでそれを見計らったかのように目の前のアイアン・ゴーレムがその巨大な腕を振り上げた。

「た、待避、待避!!」

 もはや、ショックで固まっている場合ではない。

 思わずそう叫びつつ、その場でクルリと回れ右してダッシュしようとした瞬間、あたしは恐ろしいモノを見てしまった。

 ……そう。今まさにこちらに飛びかからんとばかりに身構えている『オオカミ』の姿を。

「チッ!!」

 思わず舌打ちしつつあたしは咄嗟に手にしていた銃を構え、そうと意識するよりも早く引き金を引いていた。

 乾いた銃声が立て続けに起こり、銃口から吹き出したオレンジ色の炎が、一瞬だけ辺りを染め上げる。

 そして、あたしの放った弾丸は、見事に『オオカミ』の右前足を撃ち抜き、パッと飛び散った赤い血潮が周囲の壁や床はもちろん、あたしにまで降りかかった。

 だがしかし、それでも『オオカミ』は悲鳴の一つも上げる事無く、まさに獣のうなり声を上げながら敵意むき出しの視線を送ってきた。

 そのあまりの迫力に圧されてしまい、あたしは思わず一歩後退してしまう。

 すると、あたしの背中に、何かが軽く当たった。

「……相手から視線を逸らさないで!!」

 反射的に振り向きそうになったその瞬間、後ろからマリアの鋭い声が聞こえ、あたしは寸でのところでそれを思いとどまった。

 どうやら、あたしの背中に当たったのは、彼女だったらしい。

 その次の瞬間、バヂィッ!!という、なんとも言えない激しい音が聞こえた。

「マールさん。とりあえず、ゴーレムの方は私とエリナさんの『障壁』で、なんとかしのぎます。その間に、その『オオカミ』を倒してください」

 と、今度は冷静な声でマリアが再びそう言ってきた。

 ……なるほど。先ほどの激しい音は、ゴーレムの一撃が『障壁』ブチ当たった音というわけか。

 しかし、いかな強力な『障壁』を張ったとしても、パワーとしぶとさだけが取り柄のゴーレムが相手となれば、さすがにいつまでももたないだろう。

 正直なところ、ちょっと前に悲惨な目に遭わされていることもあって、コイツとタイマン勝負するのは勘弁願いたいところだが、この状況では、そうも言っていられない。

 と、マイナスの考えを無理矢理意識の外に追い出し、あたしは再び銃を構えた。

 すると、今まで背筋がゾクゾクするほどのうなり声を上げていた『オオカミ』が、不意によく通る声で遠吠えをした。

 その意図が読めず、困惑してしまったあたしだったがすぐにある事に思い当たった。

 ……そういや、普通のオオカミは群れで行動していてその仲間内のコミュニケーション手段の一つに『遠吠え』ってのがあったわね。

 ってことは……。

 あたしが、その考えたくもない結論にようやく行き着いた時は、すでに手遅れだった。

 魔術の明かりの効果が及ばない闇の向こうに、いくつもの赤く光る点が生まれ何頭分もの獣のうなり声が聞こえてくる。

 ……だぁぁぁ、最悪。仲間を呼ばれた!!

「ほぉう、こりゃあ大勢お越しくださってくれやがったみたいねぇ」

 と、いきなりすぐ近くでローザの声が聞こえ、あたしは反射的にその方向を見た。

 すると、先ほどまで、マリアの横でなにやらやっていたはずの彼女が、いつの間にかあたしの隣に立ち、ニヤッとコワイ笑みを浮かべていた。

 ……出た。戦士モードローザ!!

「マール。これは、マリアが考えた作戦なんだけど、あたしが援護するからその間に、あなたは召還魔術をよろしく」

 ローザにそう言われて、あたしはハッとしてしまった。

 そういや、あんまり使わないもので、すっかり忘れてしまっていたけど、あたしには召還魔術っていう切り札があった。

 そう。またラグナ君でも呼び出してやれば、『オオカミ』達はもちろん背後のゴーレムですら、敵の数にも入らない。

 それなら……

 あたしは素早く『穴』からサマナーズ・ロッドを取りだし、呪文の詠唱に入る。

 その間に、ローザは戦闘用の大型ナイフを片手にすぐ近くまで迫ってきていた『オオカミ』たちの群れに突っ込んでいく。

 最短時間の詠唱で呪文を唱え終え、床に出現した召還円からラグナ君が出現した。

『あれ、姉御。さっき呼んだばかりで忘れ物っすか?』

 相変わらずの口調でラグナ君が問いかけてきた。

 あたしが呼び出したのは『監獄』からの脱出の時。

 あれからかなり経っているが、竜族と人間の時間感覚はまるで違うのだ。

『忘れ物じゃないわ。あの『オオカミ』を根こそぎ倒して!!』

 あたしが古代語で命じると、ラグナ君は前方を見た。

『ああ、あれっすね。了解っす!!』

 そういって、ラグナ君は適当に前足を払った。

 すると、数十頭レベルになっていた『オオカミ』が次々になぎ倒されて行く。

「うわっ、アブな!?」

 危うく巻き添えを食いそうになったローザが、あたしの背後に文字通り飛んで戻ってきた。

 ラグナ君にとっては、この程度の相手は前足で十分らしい。

 程なくして、あたしたちの背後から迫っていた『オオカミ』は殲滅された。

「マール、こっちも!!」

 鋭いマリアの声が飛ぶ。

 見るとエリナとマリアが共同で淡い光を放つ半透明の『障壁』をはり、延々とその太い腕を振り回しているアイアン・ゴーレムの姿が見えた。

『ラグナ君、次はあっち!!』

『了解っす!!』

 そう言って、ラグナ君はゆっくりとマリア達の方に向かって行く。

「待避、待避!!」

 ローザが叫ぶと、マリアとエリナは頃合いを見計らって結界を解き、こちらに向かって床を転がるようにしてきた。

 そして、たまたまゴーレムが振り下ろした一撃が、ラグナ君にヒットする。

『大丈夫?』

 あたしが聞くと、ラグナ君はすぐに返してきた。

『大したことないっす』

 そう言って、腕をぶんぶん振り回しているだけのゴーレムに一撃を返し、そのままがしっと組み合った。

 どちらも1歩も退く気配はない。

「すごっ!!」

 ローザが声を上げた。

「よく見ておこう。カオス・ドラゴン対アイアン・ゴーレムなんて滅多に見られないからな」

 完全に傍観者を決めていたお師匠が、そんな事を言う。

『こいつ、結構やるっす……』

『ブレス吐いちゃだめよ。遺跡が崩壊するから』

『わかってるっす!!』

 最強の竜族が放つブレスなど食らったら、さすがに頑丈なこの遺跡だって崩壊しかねない。

 生き埋めだけは勘弁である。

 しばらく組み合っていたラグナ君とゴーレムだったが、やがてゴーレムの右腕が根元から折れた。

 体勢を崩したその隙を逃さず、ラグナ君はゴーレムを床に引き倒し、後ろ足をゴーレムの背中に乗せて一気に体重をかけた。

 しばらく耐えたゴーレムだったが、やがて胴体部分がべしゃっと潰れ、腕だの足だのがバラバラに分解した。

『こんなもんっす』

 と、誇らしく語りかけてくるラグナ君。

『お疲れ様。ゆっくり休んでね』

 そう労いの言葉をかけ、あたしはラグナ君を元の世界に戻した。

「ふぅ、疲れた」

 召喚円が消えると同時に、あたしの全身に言いようのない疲労感がわき上がった。

 

 召喚魔術はとんでもなく魔力を消費する。

 その結果、体に強烈な負担をかけるのだ。

「お疲れさま。さすがは『妹』」

 まず最初に声をかけてきたのはマリアだった。

「やるじゃないの。さすがはマール」

 これはエリナの声。

 呪文詠唱の長さにこの疲労。

 あまり実戦には向いていないと思ったのだが、これからは少し考えを改めた方がいいかもしれない。

 みんなの協力があれば、やってやれないこともないと実証できたのだから。

「ふむ、ゴーレムが出てきたってことは、いよいよかな」

 とお師匠がつぶやく。

「ですね。いよいよ近いかもしれません」

 お師匠が言いたいことを察して、あたしはそう言った。

 ゴーレムというのは作るのに結構手間がかかるため、要所要所にしか配置されていないものである。

 何が待っているか分からないが、いよいよこの遺跡の核心に近づいているのかもしれない。

「さて、みんな行くわよ!!」

 少し休みたいところではあったが、また遺跡の内部が変わらないうちに先に進んでおきたい。

 あたしはそう言って、闇の先へと向かったのだった。

 




キャラの暴走が止まりません。
すでに原文はあるものの、手直ししていくうちに大暴走しております。
いちおう、次話で遺跡は終わる予定ですが……さてはて。
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