マールの専門分野であるが、ど素人のローザが足を引っ張りまくり……
今日も今日とて、天候は快晴。
しかし、なにか敵意のようなものすら感じる強烈な夏の日差しも、さすがに鬱蒼と木々が生い茂ったこの深い森の中までは侵攻出来ないようで辺りは薄闇に包まれている。
そう。ここは、ポート・ファルシオンの周囲に広がる草原を、北に向かって半日ほど歩いた所にある、地図には記載されていない森林地帯だ。
もっとも、一般に出回っている地図はお世辞にも精度がいいとは言えず、非常に小さな村など本来なら記載されるべきである重要な情報が抜け落ちていたりするのはザラだが、さすがにこれだけ大きな森林地帯となるとそれを省くような事はしないだろう。
それにも関わらず地図に載っていないということは、つまり、ここに近づく人はほとんどいないという事を如実に物語っているわけだ。
実際、この森林地帯は街道からも大きく外れているし、近くに人家があるわけでもないので、わざわざこんな不便な場所を目指してくる物好きはまずいないだろう。
ここにこんな広大な森林地帯がある事を知っているのは極少数派だと思う。
もちろん、あたしだって今の今までこの森林地帯の存在を知らなかった多数派の一人だ。
これこそ、決して治安がいいとは言えない街の外に出るという、大きなリスクを支払ってまであえて旅をする醍醐味の一つではあるが、しかし今はあまり感動している場合ではない。
というのも、この森林地帯の中に、ローザが調査を命じられた遺跡があるからだ。
ここに来るまで、おおむね順調な道中とはいえそれなりに色々な事があったが、それはあくまでも余興。いよいよ、ここからが本番である。
そんなわけで、あたしは密かに気合いを入れて……と、なるはずだった。本来は。
「ちょっと、いつまでこんな格好させてんのよ!!」
もういい加減ぶち切れてしまい、あたしは誰ともなく大声で喚き散らしてしまった。
なんというか、いちいちこんな事を解説すると我ながら非常に情けなくなってしまうのだが、あたしは今、体をロープでぐるぐる巻きにされて俯せにひっくり返された挙げ句、ズリズリと地面を引きずられて移動しているのだ。
そして、あたしの体に巻き付いているロープの端を持ち、まるで荷運びのロバよろしくあたしを引っ張っているのは他ならぬローザである。
この状態で、ポート・ファルシオンからここまで来たというのだから、もう、なんというか、あたしたちはバカ集団と評されても否定は出来ないだろう。
まあ、考え方を変えれば、あたしは自分の足で歩かなくて済んだとも言えるが、決してラッキーとは言えない。
なにしろ、先にも述べたが、ここまで『道無き草原』を半日近くも延々と進んできたのだ。
当然、おざなりとはいえある程度は整地されている街道と違い、地面は自然そのままの状態。
そんなところを、地面に横になったままズリズリ引きずってこられたのだから、それがどれほど悲惨な様相を呈したか推して知るべし。
正直、よくも今まで耐えてきたものだと、思わず自分を褒めてしまうほどである。
無論、よい子の皆様は決して真似しないように。下手すりゃ真面目に死にます。
「……それじゃ、港に沈められた方が良かった?」
あたしが喚き散らしてからしばしの間を置き、こちらのやや前方を黙々と歩くローザがこちらを振り向きもせずに、低く押し殺した声でそう言ってきた。
「うっ……」
と、あたしは思わず短く声を上げてしまった。
……ううう、まだ怒ってやんの。こいつ。
まあ、これでもし立場が逆なら、あたしは容赦なくローザを港に沈めているだろうしあまり大きな事は言えないけど。
「あはは、マール。これはなかなか貴重な体験だぞ。恐らく、もう2度とこんな事はないだろうしたっぷり堪能しておくがいい」
あたしたちのやりとりを見て何が面白かったのか、ローザのすぐ脇を歩くお師匠が陽気な声で笑い声を上げながらそうほざいてくれた。
「……いえ、例えチャンスがあっても、もう2度と体験したくないです」
そんなお師匠の背中をジト目で睨みつつ、あたしは思いっきり感情を押し殺した冷たい声でそう言ってやった。
……こんのボケナス。それでもお師匠兼『親』かと問いたい。問いつめたい。目の前に正座させて、小一時間ぐらい問いつめたい!!
……まあ、それはともかく、確かに事の発端となったあの封筒の件に関しては確かにあたしに絶対的な非があるのは認めざるを得ないし、これは弁解の余地もない。
むろん、ローザの怒りも十分理解出来るし、事の重大さに比べてこの程度の制裁措置で済んでいるのは、むしろ僥倖とさえ言えるだろう。
となれば、あたしがいくら喚いたところで、それでローザが許してくれる見込みは限りなくゼロに近いと判断せざるを得ない。
それどころか、あまりり騒ぎすぎるとかえって状況が悪化する恐れもある。
となれば、ここはいっそ開き直って、思い切りリラックスしてしまう方が精神的にも肉体的にもよい結果をもたらすだろう。
そう思って、あたしは気持ちを切り替え、のんびりと周囲の風景を楽しむ事にした。
……といっても、なにしろ視線が限りなく低いので、せいぜい木々の根本部分と下生えの草しか見えないのが難点ではあるが。
ともあれ、自分の置かれたあまりにも情けない状況を考えないようにしつつ、そのままダラダラと森の中を進む事しばし。
不意に、前方を歩くローザとお師匠の足が止まった。
「クレスタさん、これって……?」
「ああ、間違いないな」
と、あたしの前にいる二人の間でそんな短いやりとりが行われたあと、ローザがあたしの傍らに近寄ってきた。
「マール、いよいよ本番よ。報酬分プラスあたしの怒り分きっちり働いてもらうわよ」
そう言って、ローザは小さなナイフを取り出し、あたしをぐるぐる巻きにしていたロープを切った。
「はいはい、分かってますよ。あーあ、体中泥まみれになっちゃったわ」
ゆっくりと立ち上がりながら、あたしは体中にまとわりついている泥をパタパタと叩き落とした。
しかし、当然と言えば当然だが、ここまで引きずられてくる間にあたしの服はもうどうにもならないほどドロドロになてしまっているので、ちょっとやそっと叩いたぐらいではあまり変わらない。
……あーあ、こりゃ思いっきり念入りに洗濯しないと落ちないわね。
内心でそうぼやきつつ、あたしは辺りを見回してみた。
すると、こちらのやや前方に、木々に押しつぶされるようにしてほとんど崩れかけている朽ちた石柱らしきものや、大小の石ころがいくつも転がっていた。
言うまでもないが、これは明らかに人工物である。
つまり、あたしたちはようやく問題の遺跡に到達したというわけだ。
といっても、もちろんこれはあくまでも遺跡の一部。まだ、ほんの序の口でしかない。 ……さぁて、ローザの言葉を借りればこれからがいよいよ『本番』ね。
お師匠はいまだにあたしの事を一人前と見てくれていないみたいだし、ここは一発気合い入れていきますか。
「ふぅ、こうして遺跡調査をするのも久々だな。マール、言うまでもないとは思うが慎重にな」
気合いを充填しつつ石柱に近づいて行くと、背後からそんなお師匠の声が飛んできた。
そんなお師匠にあたしは親指を立てて『分かってる』と答え、ゆっくりと石柱の残骸に近づいていった。
あまり緊張感が感じられないお師匠の声だが、こういった遺跡の類には侵入者除けの罠が仕掛けられている事もままあるし、なにより、モノが古いのでうっかり変な場所を踏んだり触ったりすると、思わぬ事故を招く事があるのだ。
もちろん、あたしだって痛い思いはしたくないし、ただの石柱の残骸だと思って無造作に近づくようなヘマはやらない。
一歩をゆっくり慎重に踏み出し、靴底越しに伝わってくる地面を踏む感覚に違和感が無い事を確かめ、さらに目で地面に異常がない事を確認してから、さらに次の一歩を踏み出す。
一番近い場所にある傾き掛けた石柱まで、普通に歩けば1分も掛からず到着できただろう。
しかし、あたしは実にその十倍以上の時間を掛け、ようやくその石柱の傍らに立った。
そして、その石柱の周囲を一通り確認してから、あたしは後方で待機している二人にパタパタと手を振って『来い』という合図を送った。
「おっと、ローザ君。マール君が歩いた跡を歩くんだ」
「わ、分かりました」
という、いつも通り何も考えていなさそうなお師匠の声と緊張しまくっているローザの声を聞きながら、あたしは目の前にある石柱を丹念に観察した。
どうやら、この石柱には、何らかの文字か模様が彫り込んであったようなのだが、今はほとんど風化してしまっているので簡単には判読出来そうにない。
しかし、よくよく探してみると、比較的まともな形が残っている『彫刻』がちらほら見られる。
一通り石柱を調べ終わると、あたしは荷物入れに使っている革袋の中から、表紙がボロボロになったお世辞にも綺麗とは言えないノートにペン、それとインクが入っている小瓶を取り出した。
「おっ、早速始めているな」
と、どうやらこちらにやってきたらしいお師匠が、あたしの傍らに立ってそう言ってきた。
「ええ。といっても、まだ軽く見て回っただけですけどね」
と、適当に返しながら、あたしはノートの
空白ページを開き、そこに目の前の石柱をスケッチしていく。
「へぇ、結構上手いじゃない。……でも、なんだっていきなりこんな所で絵なんて描いてるのよ?」
と、脇からあたしのノートをのぞき込むようにして、ローザがそう問いかけてきた。
……おいおい、あんたが言うなよ。
「なんでって、あたしに聞きますか。あんたは……。この遺跡の記録を取っているのよ。まさか、あとで報告書を書くとき、『遺跡に行ってきました。なんか楽しかったです』とでも書くつもりだったわけ?」
「あっ……」
半分呆れながらあたしが答えると、ローザは短く声を上げバツの悪そうな表情を浮かべた。
先に述べたとおり、あたしがこの筆記用具一式を遺跡探索の必需品とするのは、つまり、そういう事である。
公式にせよ非公式にせよ、魔道院から遺跡の調査を命じられたということは、遊びや趣味ではなく仕事である。
今回はあたしが直接命令されたわけではないので、これが当てはまっているかどうかは分からないが、遺跡探索という危険が伴う仕事には諸経費の他に、決して少なくない手当が支給されるものである。
これは、逆に言えばそれ相応の結果が求められているわけで、遺跡探索が一通り終わったあとも、報告書作成という一大イベントが待っているのだ。
これは、跡でその遺跡に関して深く突っ込んで研究する際の重要な資料になるし、その結果、追調査となった時の道しるべともなるので、決して手を抜いて作成するわけにはいかない。
そして、この報告書を書く段階で必要になるのが、あたしが今やっているような探索記録なのである。
もちろん、あたしとて人並みに記憶力があるつもりではあるが、しかし、人の記憶なんぞ実にいい加減なモノで、その時は覚えていたつもりでもあとで思い出せなかったり、いつの間にかその記憶が歪んでいたりするものだ。
まあ、巷に星の数ほどいるであろう悪徳領主や腹黒い大臣なんかは、むしろこの方が都合がいいかもしれないが、こと正確さを求められる報告書作成においてはこれではちとマズイというわけである。
もっとも、こんな事など、いちいち解説するまでもなくローザは心得ているべきなのだが……。
ホントに、命令を受けたっていう自覚があるのか。こいつは。
「ったく、『あっ』じゃないわよ。……まあ、あなたは遺跡探索なんてこれが初めてだろうしそれなりに報酬も貰っているから、記録作業はあたしが担当するわ。
まさかとは思うけど、報告書の書き方が分からないとか寝ぼけた事は言わないわよね?」
「うぐっ……」
ジト目でさらなる追い打ちを掛けてみると、ローザは引きつった笑みを浮かべた。
……おいおい、まさかとは思ったけど、報告書一つ書けないのか。ローザのヤツ。
うーむ、こりゃ人選を誤ったわね。
マリアってば、いくら使えなくて暇していたからって、遺跡探索にこういうヤツを送り込むなんて、ある意味でとてつもなく豪快な決断を下したもんだ。
まあ、だからこそ、あたしをサポートに付けたんだろうけど。
「ふぅ、しょうがないわね。いちいち教えるのも面倒だから、報告書の事は全面的にお師匠に聞いてね」
『ええ~っ!?』
ため息混じりにあたしが言った瞬間、マリアとお師匠の悲鳴がキレイにハモった。
「お、おいおい、マール。何で僕があんな面倒くさい報告書作成を教えなきゃならないんだよ」
「そうよ。大体、常識はずれの報酬を貰っているんだから、あなたが書けば済む話でしょう」
と、なぜか一致団結してしまったらしく、お師匠とローザが唾を飛ばしながらそう言ってきた。
「あのねぇ、あたしが請け負ったのは、あくまでも『遺跡探索のサポート』よ。報告書作成なんていう事後処理まで押しつけるならお供するのはここまでよ。
ちなみに、これは完全にそっちのミスだから、すでに貰っている前金は違約金としてしっかり徴収しますのでよろしく」
「……」
あたしがキッパリと断言すると、ローザはそのまま黙り込んでしまった。
一応断っておくが、あたしはなにも無茶を言っているわけではない。
マリアからの手紙にあったのは、いわずもがな『遺跡探索のサポート役』であって、報告書作成だの何だのといった書類仕事は、完全にその範疇外である。
もし、そこまで面倒を見ろというのならそれ相応の料金を上乗せした上で、追加契約を求めてくるのが筋というモノだろう。
とはいえ、いちおう昔のよしみだし、善意によるアフターサービスとして少しぐらいは手伝ってあげてもいいかなとは思っていた。
しかし、当のローザ本人がこの調子でさも当然とばかりに丸投げしてくるなら、話は別である。
あたしだって、これでも人の子。そこまでお人好しではない。
「それと、お師匠様。『遺跡探索は担当者が報告書を書いてなんぼだ』とか言って、あたしを散々泣かせてくれたのはどこの誰でしたっけ?」
ローザを撃沈した事に満足しつつ、口調を改め、今度はお師匠にそうツッコミを入れた。
「うっ、まだ根に思っていたのか、それ……」
瞬間、珍しく露骨に動揺した様子を見せつつ、オーバーに身を仰け反らせるお師匠。
……おっしゃ、もう一押し!!
「ええ、そりゃもう。……それに、あたしはもう魔道院とはなんの関係もない人間です。そんなヤツに報告書なんて書かせていいんですか?」
お師匠の焦りまくった様子を好機と見て、さらなる追い打ちを掛けてやると、相手は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、完全に黙り込んでしまった。
……ふっ、また撃沈。いつまでも昔のあたしだと思わないことね。
胸中でそんな事をつぶやきつつ、数秒ほど時間を空けてから、あたしは再び視線をローザに向けた。
「とまあ、そういうわけで、どうなさいます。ローザ殿?」
我ながら、ちょっと意地悪かなと思いつつ、わざと軽い口調でそう問いかけてやると彼女は一つ大きなため息をついた。
「分かったわよ。それじゃ、1500クローネで報告書作成を追加注文させてもらうわ。これなら文句ないでしょ?」
そう言って、苦い笑みを浮かべるローザ。
うわっ、あっさりカネで解決しやがった、こいつ。
うーむ、あたしとしては、ここまで言ってやれば、『自分で書くわ』という展開になるだろうと思っていたのだが……。
まあ、金額的には妥当だしこの条件なら文句はないが、しかし、なんというか、これが庶民と貴族の違いかしらねぇ。
などと、しみじみ思っていると、黙りを決め込んでいたお師匠が口を開いた。
「いや、ローザ君、それはいかん。例え非公式とはいえ、遺跡探索の命を受けたのはあくまでも君だ。したがって、君は自分の名で最終的に報告書を仕上げる責務がある」
と、急に態度を翻し、思いっきりくそまじめにそう言うお師匠。
かなりまともな事を言っているようだし、それなりに説得力はある。
ただし、その言外に『ンな面倒くさい事はてめぇ自身でなんとか片づけろ』という思いが見え隠れしていなければの話だが。
そんな、お師匠の言葉無き言葉に気が付いたのかそうじゃないのか、そこまではあたしも分からないが、ローザが一瞬にして顔を紅潮させた。
「ク、クレスタさん、いきなり裏切るなんて酷いです!」
「裏切るもなにも無い。君だって、魔道院に所属する一端の魔道師だ。自分の仕事はちゃんと責任を持ってこなさなければならない」
「責任もなにも、あたしは今まで遺跡探索なんか一度もやった事ないんですよ。これでどうやって報告書なんて書けるんですか!?」
「そんな事知らん。大体、知らないなら知らないで分からない所を人に聞くなりして、色々と努力する余地はあるだろう。しかし、君はいきなり人に押しつけようとしているだけだ。そんなことだから……」
……あーあ、説教モードに入っちゃった。
まあ、この二人のことはどうでもいいとして、あたしはあたしの仕事を片づけるのみ。
目の前の石柱をささっとスケッチして、その脇に特徴や判読可能な彫刻の形を書き込んでいく。
こうする事で、あとで資料として役立つ他に眺めているだけでは考えつかなかった事に改めて気が付く事もある。
……ふむ、この彫刻は今はとっくに廃れてしまっているロンザ語ね。
元々はちゃんとした文章だったのだろうが、今現在判読できる限りでは『火』『水』『死』『太陽』『海』という断片的な単語しか分からない。
しかし、例え言葉としてちゃんとした意味が理解出来なくても、全く意味がないわけではない。
例えば、ロンザ語が使われているという事は、この遺跡が作られたのは今からおよそ560年以上前。『魔法時代』が最盛期を迎えていた頃だと推察出来る。
ということは……。
「はい、2人ともストップ!!」
いまだに言い合いを続けている二人に向かって、あたしはパンパンと手を打ちながら一言そう言った。
すると、その二人はピタリと動きを止め、あたしの方に注目する。
「え~、コホン。今この石柱を調べた結果ロンザ語と思しき文字を見つけました。
つまり、この遺跡は魔法時代に作られた可能性が高いという事になります。
この事がなにを意味するか、賢明な諸君にはもうお分かりですね?」
と、なんだか我ながら魔道院で講義をする指導教官のような口調で、あたしは2人にそう言った。
瞬間、お師匠の表情がスッと引き締まった。
「……なるほど、大当たりってことか」
今までのいい加減な口調はすっかり形を潜め、落ち着いた声でそう言ってお師匠はニヤッと笑みを浮かべた。
「その通りです。もしかしたら、なにか面白いものが見つかるかもしれませんね」
お師匠にそう返し、あたしは思わず苦笑してしまった。
……まあ、相変わらずというかなんというか、何かにつけいい加減っぽいお師匠だが、こと遺跡に関してだけは昔から覿面に興味を示すのだ。
まして、魔法文明が盛んだった時代の遺跡となれば、例えお師匠じゃなくても、ちょっと遺跡に関する知識がある者なら、誰だって少なからぬ興奮と緊張を味合うものだろう。
というのも……。
「ちょっと、2人で勝手に話を進めないで、あたしにも解説してよ」
と、いきなりローザが不満げにそんな事を言ってきた。
「あー、はいはい。さっきもちょっと言ったけど、この石柱に書かれている文字はロンザ語っていって、今からおよそ560年ぐらい前にこの辺り一帯を支配していたロンザ王国で使われていた文字なのよ」
頭をカリカリと掻きながらあたしがそう言うと、ローザは『ふむふむ』などと言いながらうなずいた。
「で、そのロンザ王国ってのが別名『魔法大国』って呼ばれているほど、やたらと魔法の技術が進んでいたらしくてかなり高度な文明を築いていたらしいのよ。まあ、今でいうとこのアストリア王国みたいな感じかな」
「へぇ……。一応聞き直しておくけど、魔術じゃなくて魔法よね?」
あたしの説明に、ローザは感心したような声を上げてから、不意に口調を改めてそう問いかけてきた。
「そう、魔法。つまり、今で言う『古代魔法』よ」
あたしが答えると、ローザはやや緊張したような面持ちで、コクリと一つうなずいた。
どうやら、彼女もあたしが言いたい事を何となく察してくれたらしい。
そう。『古代魔法』とは、あたしたちが使う『魔術』の原型とされるもので、通常では起こりえない超常現象を意図的に引き起こす事こそ同じものの、その効果は雲泥の差がある。
その一例を傷を治す『回復系』で示せば、魔術では高位のものでもせいぜい骨折を瞬時に治す程度が限界だが、古代魔法では負傷者の命さえ残されていれば、どれほど瀕死の状態でもたちどころに回復できたといわれているのだ。
その他にも、あのペンタム山脈は自然に出来たのではなく大昔の魔道士が魔法によって作り上げたものとか、お隣のプレセア大陸とアストリア大陸は元々一つの大きな大陸だったのだがロンザ王国の王宮に使えていた魔道士が、ある時行った攻撃系魔法の実験に失敗し、それが暴発したことによって現在のエレナ海峡が出来たなど、遺跡から発掘された過去の記録には色々ととんでもない逸話が残っていたりする。
「なるほど。これが、噂に聞く『宝箱』ってわけね」
と、固い声でつぶやくローザの声が聞こえた。
見ると彼女は明らかに緊張した様子で、辺りをきょろきょろと見回している。
……『宝箱』。これは、魔道師たちの中で特に古代魔法時代に作られたと思われるものを指してそう呼び習わす一種の隠語のようなものである。
なぜ『宝箱』と呼ばれるようになったのか、その理由は至って簡単。
この古代魔法時代の遺跡には、古代魔法の様々な痕跡が残されている可能性が高いからだ。
先も述べたとおり、古代魔法は魔術の原型となったものである。
現在では、この古代魔法を直接使える人間は誰一人としていないが、しかし、それを研究する事で、全く新しい魔術を生み出すきっかけとなる可能性があるのだ。
はっきり言って、この『宝箱』が存在しなければ、あたしのような魔道師はとっくにこの世から消えていたことだろう。
ただし、こういった魔道師にとってはかけがえのない資産である『宝箱』だが、実際に『開けて』みない事には、中に何が入っているか分からないという危険がある。
実際、今いるこの遺跡に関しても、先に派遣された調査隊が行方不明になっているという事でも、その危険がどの程度のレベルか大体察して頂けることだろう。
しかも、これだけのリスクを承知で遺跡に潜り込んでも、必ず『お宝』が眠っているという保証はなく、むしろ単に疲れるだけの『空箱』である事の方が多いのだ。
これは、魔道師であるなら誰でも知っている事実なので、ローザのように遺跡探索の経験がない者でも、目の前の遺跡が『宝箱』であると聞かされればおおよそこういう反応をするものである。
「まあ、それほどビビる事はないわよ。『やたらとその辺を触らない』『無闇に変な場所を踏まない』『危なくなったらすたこら逃げろ』。この三原則を守ってもらえれば、滅多な事じゃ酷い目に遭わないわ」
とにかく緊張しまくっている様子のローザに、あたしはワザと気楽な口調でそう言った。
「……つまり、『滅多な事』があれば、酷い目に遭うと」
しばしの間を開けてから、ローザが重い口調でそう言ってきた。
……むぅ、気づかれたか。
「大丈夫よ。あたしも今までに26回遺跡探索をやってるけど、本気で死にそうな目に遭ったのは10回ぐらいしかないから」
動揺を胸中に隠し、あたしは至って平然とした風を装ってローザにそう返した。
「……当選確率4割弱。安心するには、ちょっと微妙な数字ね」
すかさずそう返してきたローザに、あたしは咄嗟に言い返せなくなってしまった。
うーむ、よくよく考えてみれば10回遺跡に行けば4回は『滅多な事』が起こるってことだから、少なくとも『珍しい事』ではないわね。
「うむ、ローザ君の心配は僕もよく分かる。しかし、なんだかんだ言っても僕やマール君がこうして生きている事は確かなんだし、まあ、安心してくれて構わないぞ」
と、あたしが言葉を詰まらせていると、お師匠が脇からそう助け船を出してくれた。
もっとも、お世辞にも説得力があるとは言えないけどね。
やはりというかなんというか、ローザはお師匠の声が聞こえていなかったかのようにしばしブツブツとなにやらつぶやいていたが、やがて、大きくため息をついた。
「……まあ、嫌でもなんでも、こうしてここに来た以上は、任務を全うするのみ。さっさと終わらせて、ポート・ファルシオン辺りで打ち上げ大会といきますか」
あたしたちの説得にもならない説得工作(?)が役に立ったのか、なんとか気持ちの切り替えに成功したらしく、ローザはなにか諦めたかのような口調でそう言って小さく笑みを浮かべた。
そんな彼女の様子に、あたしとお師匠は何となく顔を見合わせ、そして、お互いに苦笑を浮かべてしまった。
まあ、理由はどうあれ、ローザがやる気を出してくれれば、それに超した事はない。
「ほら、2人ともこんな辛気くさい場所さっさと調べて帰るわよ」
あたしとお師匠がそんな事をやっているうちに、ローザはそんな事を言いながらずんずんと先に進んで行った。
「はいはい。こら、無闇に歩くと危ないわよ」
と警告しながら、あたしとお師匠はゆっくりとローザのあとを追ったのだった。
「……なるほど。これは『祭壇』ね」
ノートに記した記録と、ここからやや離れた場所にある『それ』を交互に見ながら、あたしは誰とも無くそう言った。
「そうだな。今までの石柱群は、この祭壇に通じる道だったってわけだ」
あたしのつぶやきに答え、お師匠があんまり面白くなさそうにそう言った。
……まあ、ベテラン揃いの調査隊が失踪したと聞いて、どんなものかと思って来てみた結果がこれじゃあ、『濃ゆい』遺跡が大好きなお師匠がこういうのも無理はない。
そう。最初に調べたものと同じような石柱をいくつも辿っていく内に、あたしたちの目の前に忽然と姿を現したのは、何の事はないただの石造りの『台』だったのだ。
もっとも、『ただの台』といっても、その大きさはかなりのものでちょっとした屋敷の玄関ホール程度の面積はあるだろう。
かなり風化してボロボロになっているとはいえ、よくよく見れば、その『台』にはびっしりと彫刻されていたような形跡があるので、それなりに手間暇かけて作られたのは間違いない。
これを一目見た瞬間、過去の経験からあたしは即座に『祭壇』だと推測したのだが、お師匠がそれに異を唱えなかった所からすると、恐らくかなりの高確率で正解だったのだろう。
もっとも、『祭壇』といっても、この時代のそれは宗教関連の儀式ではなく通称『儀式魔法』と呼ばれる大規模な魔法を使う際に使われる事が一般的だったようである。
つまり、見た目はかなり寂しいが、この祭壇とてなにかしらの『お宝』が残されている可能性がないわけではないのだ。
……まあ、こんな野ざらしの状態では、残るモノも残っていないという可能性の方が、圧倒的に高いんだけどね。
「ふーん、『宝箱』って聞いていたから、一体どんなものがあるんだろうって思っていたけど、案外ショボイのね」
と、なんだかぼやくようにそう言うローザの声が聞こえ、あたしははたと我に返った。
見ると、彼女は完全に油断しきった様子で、朽ちた『祭壇』に向かってトコトコと歩み寄っていたのである。
「あっ、こら。ローザ、危ないからこっちに……!!」
そんな彼女の様子を見て、あたしは慌ててそう叫んだ。
しかし、その言葉が終わる間もなく、ローザの姿が忽然と消えてしまったのである。
瞬間、頭で状況を認識するより早く、あたしは祭壇に向かって思い切りダッシュしていた。
そして、程なく視界に現れた、地面にぽっかり空いた穴へと躊躇う事無く飛び込んだのである。
……ったく、言わんこっちゃない!!
一瞬にして闇に閉ざされた視界と強烈な落下感を感じつつ、あたしは胸中でそう毒づいた。
そう、なんの事はない。
完全に油断しまくって祭壇に近寄っていったローザは、その途中で突然地面に出現したこの穴に落ちたのである。
まあ、早い話、彼女は古来から伝わる原始的な罠の一つ、落とし穴に見事にはまったというわけだ。
しかし、原始的とはいえ、ちゃんと作れば十分な殺傷力を持つ罠である。
なにしろ、古代魔法と比べれば遙かに効力が弱い魔術でさえ、その気になれば一瞬で数百メートル程度の深さをもつ穴を掘る事も出来るのだ。
現に、この穴に飛び込んでからすでに数秒は経っているはずなのに、いまだにあたしの体が深い闇の中を延々と落下し続けている事を考えても、この落とし穴はかなりシャレにならない深さがあると判断していいだろう。
どうにも慣れそうにない落下感と耳に響く風切り音に閉口しつつ、それでもなんとか精神を落ち着かせ、あたしはある『構成』を脳裏に強く描いた。
『……風よ。我が意に従い、足となれ!』
瞬間、あたしの全身が淡い光に包まれ、落下速度が一段と増した。
……いや、落下速度というのは間違い。
正確には、降下速度というべきだろう。
なぜなら、今あたしは自然に任せて自由落下しているわけではなく、風の精霊を操る事で空を飛ぶ『飛翔』の魔術を使って意図的に『急降下』をかけたのだから。
と、そんな事を言っているうちに、あたしの全身を覆う淡い光に照らされ、なんとも情けない格好で落下していくローザの姿が見えた。
さして広くないとはいえ、この落とし穴はあたしたち二人が横に並んで通れる程の幅がある。
あたしは魔術をコントロールして、変な格好で宙を舞うローザの脇に並び、左手を彼女の腰に回す様にしてしっかりと抱え込むと、同時に地上方向に向かって『急上昇』をかけた。
そう。ローザが落とし穴に落ちた瞬間、あたしが反射的に思いついた『作戦』は、こうやって『飛翔』の魔術を使って、ローザを地上まで引き上げようというものだった。
しかし、あたしたちの降下……いや、落下は止まらない。
一応、地上に向かって『上昇』しようとする力がブレーキとなったらしく、速度こそ急速に減じたもののただそれだけである。
しかし、これは想定内。
ちらりと眼下を確認しつつ、あたしはもう一度『飛翔』の魔術を放った。
これは、魔道師の間では『重ね掛け』と呼ばれる手法だ。
色々応用技があるのだが、今回は1発目の『飛翔』をブレーキに使い2発目の『飛翔』で一気に上昇しようという算段である。
しかし、思いの外加速していたらしく、落下速度はかなり落ちたが、まだ上昇に転じてくれない。
……仕方ない。やるか。
『高速飛翔!!』
「うぐえっ!!」
あたしの声とローザの声が唱和した。
あたしたちの体が、急速に上昇方向に向かった。
『飛翔』の魔術は、どちらかと言えば重量物を運ぶのに向いている代わりに速度が遅い。
対して『高速飛翔』は速度は出るが、重量物を運ぶのには向いていない。
似ているようで用途がまるで違うのだ。
『飛翔』を重ね掛けした上で『高速飛翔』を使えば、落下速度に打ち勝てると読んだのだが
……どうやら成功したらしい。
「この馬鹿ローザ。何やってるのよ!!」
「い、色々びっくりしたから、今はちょっと」
まあ、遺跡探索初心者のローザをいじめても仕方ない。
それに、3つの魔術を重ね掛けというのはなかなか難しい上に『高速飛翔』は魔力の消耗も激しく難易度が極めて高い高等魔術に入る。
ローザとやり合ってる余裕はほとんどない。
程なくして、あたしたちは頭上の明かりの中に飛び込んだ。
「……ん?」
ローザ救出からまもなく、地面に立ったあたしの首にひやりとしたものが押し当てられた。
思わす抱えていたローザを落とすが、抗議の声はない。
気絶したかな……
「どんな時でも油断してはいけませんよ」
「なっ……。そ、その声は、もしかしてマリア!?」
まるで、囁くかのような小さな声が背後から聞こえた瞬間、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
そう、忘れるはずもない。
このなにか、思わず抱きしめたくなるようなかわいらしさを感じる独特の声は、今まで散々名前だけ登場してきたマリア・コンフォートその人に他ならない。
本当は、ここで背後を振り返って顔を確認したい所なのだが、本能的に体が動かない。
「あら、覚えていてくださったのですね。とても嬉しく思いますわ」
と、背中越しに返ってくる小さな声。
しかし、そのかわいわしい声とは裏腹に、背筋がゾクゾクするような異様なプレッシャーを感じるのは気のせいだろうか?
「そりゃ覚えてるわよ。……それにしても、久々に会ったっていうのに、いきなり人の背後に張り付いて囁くなんてなかなかいい挨拶じゃないの」
思わず背筋に冷や汗を流しつつ、しかし、内心を表に出さないようにして、あたしは平然とした風を装ってそう返してやった。
「あっ、ごめんなさい。最近、魔道院ではこういう挨拶が流行っているもので、つい……」
と、そんなマリアの声が聞こえ、同時に背後の気配が消えた。
……どんな挨拶だ!!
瞬間、背中に突き刺さっていた異様なプレッシャーが消え、体の硬直が解けたあたしは勢いよく体ごと振り向いてみたが、そこには人の姿などどこにもなかった。
「マールさん。私はこちらですよ」
と、一瞬困惑してしまったあたしの耳に、再び背後……つまり、ついさっきまであたしが向いていた方から、いきなりマリアの声が聞こえてきた。
慌ててもう一度回れ右をすると、そこには一人の小柄な女性の姿があった。
長く伸ばしたサラサラのシルバー・ブロンドを頭の後ろで一つに括り、少しつり上がったなんとなく強気そうな感じのする2つの目。
緑と茶色がまだらにちりばめられたズボンと、おそろいの柄をしたタンクトップが妙に似合っている彼女は、間違いなく噂のマリア・コンフォートだった。
……むぅ、いつの間に移動したんだ?
「それでは改めて、お久しぶりですね。マールさん」
そう言って、彼女はニコリと笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。
こうしてみると、彼女はまだ20代前半くらいしにしか見えないが、実はあたしの同期では最年長。
確か、今年で28才になったはずである。
……なんというか、詐欺よね。女として。
「ふぅ、気配を消して背後に佇んでみたりする努力するなら、最初から素直にそうすりゃいいのよ……」
と、思わず苦笑などをうかべつつ、彼女が差し出してきた右手を左手で掴もうとして……。
あと数センチでお互いの手が触れるというところで、あたしは慌てて自分の手を引っ込めた。
これは、特に明確な理由があったわけではなく、ただの直感なのだが、なぜか彼女と握手してはいけないという警告が脳裏に浮かんだのだ。
「……なるほど。先ほどといい今回といい、さすがはマールさんですね。私としては、この仕込み針には自信があったのですが……」
そう言って、マリアはあたしの目の前に、自分の右手の手のひらを突き出すようにしてかざしてみせた。
すると、その手の人差し指の付け根辺りに、かすかに光を反射してきらめく何かがある。
よくよく目をこらしてみると、それは極小さな針である事が分かった。
……って、おい!!
「ちょ、ちょっと、やっぱりそういうつもりだったわけ!?」
思わず半歩ほど後じさってしまいながら、あたしは我ながら悲鳴のような声を挙げてしまった。
マリアの手にあった針は、注意して見ないと分からない程短く細いものである。
もちろん、こんな針が刺さったところで、せいぜいちょっと痛いと感じる程度。
よほど特殊な事情でもない限り、まず人が死ぬような事はないだろう。
しかし、もしこの針に強力な毒薬が塗られていたとしたら、話は大きく変わる。
あたしも、魔道師と名乗って恥ずかしくない程度に魔法薬の知識を持っているのだが、数あるそれらの中で数種類ではあるが極微量で人を死に至らしめるという凶悪なシロモノがある。
これらのうち、どれか一つの薬を塗っておけば、取り立てて殺傷力がないはずのこの小さな針は比類ない必殺兵器となるのだ。
実はこれ、昔から暗殺の古典的な手法として使われているもので、あたし自身、かつて一度だけこれで危うく命を落としかけた経験があるので、マリアと握手する寸前になんとなくピンと来たのだ。
……ったく、現実に遺跡が存在したので油断していたけど、やっぱり今回の依頼は罠だったか!!
「あっ、誤解しないでくださいね。これは、単なる挨拶の一環で私はマールさんと事を構えるつもりはありません。その証拠に、ほら……」
思わず身構えてしまったあたしの様子を見て悟ったか、マリアは少し慌てた様子でそう言って、彼女は躊躇う様子もなく先ほどの針が仕込んであった右手を自分の左手の甲に思い切り押しつけて見せた。
つまり、この針に毒薬の類は塗っていないという意思表示なのだろうが……。
「……あ、あんたねぇ、挨拶の一環って、いきなり『仕込み針』なんぞ食らいそうになったら、いくらなんでもぶち切れるわよ。普通」
言い訳というには、あまりにもお粗末過ぎるマリアの弁に、あたしは思わずジト目で彼女を睨みながらそう言った。
はっきり言って、毒が塗ってあろうが無かろうが、普通に神経がある人なら針が刺されば当然痛みぐらいはある。
それを、友好の印である握手の時にいきなりぶちかまされた日には、どんなに寛大な人でもほぼ確実に怒るだろう。
まして、自慢にもなんにもならないが、人一倍堪え性がないと自覚しているあたしの事。
もし相手がマリアでなかったら、今頃は完膚無きまでボコボコに叩きのめしているところである。
「そうですか。とりあえずこれで掴みはOKだと思ったのですが、お気に召さなかったようですので謝ります。ごめんなさい」
と、わけの分からない事を交えつつも、マリアはそう言って意外にも素直に謝ってきた。
……もしかして、マジで『挨拶の一環』だと思っていたわけ?
思わずそうツッコミそうになったが、何となく怖い回答が返ってきそうだったのでやめておいた。
そういや、マリアって、どこか人と違う価値観を持っているというか、ボケているというか、なんかそういう面があったわね。
そのくせして、実はやたら太い人脈を持っていたり、いきなり魔道院の実権を握ったりしてしまうのだから、やはり表向きだけで人を評価してはいけないということか。
「ま、まあ、分かってくれればいいのよ。
それより、なんだっていきなりあなたがここに現れるのよ?」
とりあえず、マリアの謝罪を素直に受け取ったあたしは、話題を変えるべくそう問いかけた。
もちろん、言いたい事は山ほどあったが、仕込み針を真面目に挨拶の一環だと言い切る彼女にぶつけた所で、ただ不毛な結果が待っているだけだと察したのだ。
まあ、世界各地には色々な風習があるし、友好の証に仕込み針を突き刺すという地域があっても不思議ではない。うん、きっとそうだ。
「『現れる』だなんて……。もしかして、私がここに居るのは迷惑ですか?」
と、いきなり目を潤ませて聞き返して来たマリアに、あたしは咄嗟になにも言い返せなかった。
……う、うわぁ、そんな『信頼していたのに思っクソ裏切られた』とでも言いたそうな目であたしを見るなぁ!!
っていうか、なんでそーなるのよ。あんたは!?
「と、少し調子に乗りすぎましたね。実はあなた方と同じ列車でここに来たのです。息抜きがてら陣中見舞いにね」
そう言って、マリアは小さく笑みを浮かべた。
い、いつの間に……。
「あっ、それと先日このような物が届いたのですが、心当たりはありますか?」
いきなり『素』に戻り、マリアはそう言って自分の目の前の虚空に『穴』を開き、その中からまだ新しい木箱を取り出した。
横幅は大体あたしの肩幅程度、厚さは十数センチといった所で、それほど大きな箱ではないが、そのあちこちに『壊れ物』だの『危険物』だの『取り扱い注意』だのと朱書きされていて、サイズに見合わない妙な威圧感のようなものさえ感じる。
……はて、なんだこれ?
怪訝に思いつつも、とりあえず彼女が差し出して来たその木箱を受け取ってみると、これがかなりずしりと重い。
そして、その箱をよくよく見ると、きっちりと釘で留められた箱の蓋に『アストリア王立魔道院 マリー・クレスタ殿 親展』など
と記されている。
「あれま、確かにあたし宛ね」
思わず首をかしげてしまいつつ、あたしはぽつりとそうつぶやいてしまった。
……うーむ、あたしが魔道院を出てからすでに2年近く経っているのに、なんだって今さら『旧名』で魔道院に荷物が届いたんだか。
と、不審に思いつつさらに箱のあちこちを眺めて見たが、これを送ってきた相手の名はおろか、それを察する手がかりとなるようなものは何一つ無かった。
はっきり言って、この上なく怪しいシロモノである。
もしかして、これって……。
「あっ、念のため断っておきますが、これは私が用意した悪戯ではありませんよ」
と、あたしが声に出すより早くこちらの胸中を察したようで、マリアがそう言って小さく笑みを浮かべた。
……ふーん、悪戯ねぇ。
なんとなくツッコミの一つでも入れてやろうかと思ったが、いちいち反論されても面倒くさいのでやめておいた。
それよりなにより、目下の所一番気になるのはこの箱の中身である。
そこそこ重たいので、さすがに片手で軽々というわけにはいかなかったが、両手で抱えるようにして問題の箱を軽く揺すってみたが、中で何かがカタカタ鳴るような事はないので、恐らく中身一杯に何かが詰まってるのだろう。
しかし、当然だが、それで箱の中身が分かるわけでもなく、ここはやはり開けてみるしかないだろう。
正直、少なからぬ警戒感を抱きつつも、あたしは箱を静かに床に置き……そして、いきなり困り果ててしまった。
「……あのぉ、釘抜き持ってます?」
しばし硬直したのち、あたしは頭をポリポリ掻きながら、すぐ隣に佇んでいたマリアにそう問いかけた。
まあ、我ながらもっと早く気が付くべきだったのだが、この木箱の蓋は何本もの釘で頑丈に固定されている。
つまり、この蓋を開けるためには、それなりの道具が必要となるわけだが、残念ながらあたしの手持ちの道具の中に、そんな都合のいい物は無い。
一瞬、どこかその辺の壁とか床に、思い切りこの木箱を叩き付けて破壊してやろうとも思ったのだが、『壊れ物』とか『危険物』などと書かれている以上、そんな手荒な事は出来ないだろう。
とまあ、そんなわけで、何となく感じる気まずい気持ちを抑え、あたしはマリアに救助を求めたというわけである。
もっとも、あたしとてあまり期待していたわけではなかったのだが……。
「いえ、申し訳ありませんが、私もそういう便利な道具は持って来ていません」
と、案の定済まなそうに答えてくるマリア。
……あっ、やっぱりね。
仕方ない。こうなったら、まずはこの遺跡の調査を済ませて、あとでポート・ファルシオン辺りの道具屋で釘抜きを調達してから開けるか。
などと、胸の内で決めかけていたあたしだが、しかし、次のマリアの行動でそれはご破算になった。
「……ですが、この程度の箱なら、道具が無くてもなんとかなると思いますよ。ちょっと貸してください」
と、自信たっぷりに言い放ったマリアは、あたしが答える間もなく問題の箱に自分の右手を当てた。
「ちょ、ちょっと、一体何を……!?」
予想外の事に、あたしが思わずそんな声を上げてしまったが、しかし、その言葉を途中で飲み込むハメになった。
「せーの!!」
どこか暢気さを感じさせるマリアのかけ声と共に、バリバリと乾いた物が引き裂かれる音が響き渡る。
なんというか、あたしもちょっと信じられない光景なのだが、いともあっさりと砕け散ったのは、問題の木箱の蓋。
そう。実に非現実的かつ怖い話だが、なんと、マリアったら、右手一本でこの木箱の蓋を引きはがしてしまったのである。
もちろん、この木箱は蓋も含めて、決してペラペラの薄い板で作られていたわけではなく、その厚さは少なく見積もっても3センチはある立派な物。
はっきり言って、人の力で引き裂けるようなシロモノではない。
「フッ、他愛もないですね」
両手をパンパンと打ってゴミを落としなら、なぜか決めセリフなどをつぶやくマリアを、あたしはただただ見つめているしかなかった。
……い、いや、ちょっと待て。いくらなんでも、これは無茶だって。ねぇ?
「あら、そんなに驚かれていかがなさいました?
こう見えても、ちょっと前に重歩兵用のプレート・アーマーに素手で大穴を開けましたし、それに比べればこんな木の箱などどうという事はありませんよ」
思わず口をパクパクさせてしまったあたしの様子を見て、マリアは事も無げにそう言って小さく笑みを浮かべた。
……これはハッタリじゃない。マジだ。
そんなマリアの様子を見て、心の奥底からそう確信したあたしは、思わず身震いをしてしまった。
ちなみに、プレート・アーマーというのは全身を覆う金属製の頑強な鎧の事。
もちろん、こんなもんを普通の剣で死ぬほどブッ叩いたところで、せいぜいちょっと傷が入る程度で、逆に剣が受けるダメージの方が大きいだろう。
しかも、重歩兵用のプレート・アーマーとなれば機動力など完全にそっちのけで、とにかくひたすら防御力を重視した、ほとんどの鋼の固まりみたいな代物である。
そんなモノを素手でぶち破るとは……。
ダメだ。全く想像出来ん!!
「魔術を使えば簡単な事です。それより、箱の中身を確認しなくてよろしいのですか?」
完璧にビビってしまったあたしを面白そうに見つめつつ、マリアがそう促してきた。
「そ、そうね。早いところ確認しましょう」
そんな彼女に、あたしはすかさずそう答えた。
これ以上ツッコんではいけない。
なぜだか分からないが、猛烈にそんな気がする。
ただ一つ言えば、どんな魔術なんだそれ!?
……そう、この『エハンスド』という世界は、狭いようで実に広い。
旅を続けていると、改めてそう実感する機会が多々あるものだし、それは事実として素直に受け入れる事もまた重要なのだ。
別にプレート・アーマーに素手で穴を開ける魔術があったっていい。
おおよそ役立つとは思えないが……。
先ほどの『異常現象』はこの際気にしない事にして、あたしは改めて問題の箱を見やった。
その瞬間、時間に埋もれていたあたしの記憶の糸が、不思議なぐらいスムーズに一本の線となっていく。
「こ、これは……」
そして、全ての記憶が完全に蘇った瞬間、あたしの口から自然とそんな声がこぼれ落ちた。
……思い出した。そういえば、魔道院を飛び出す1月ほど前に、あたしは確かに『これ』を……。
「あっ、うっかり申し遅れましたが、この荷物の送り主は……」
「……『金属の化身』、エルダー・トマホーク。凄腕の武器・防具職人として世界に名をはせるが、特にミスリル銀の加工においては、比肩する者がないと言われている名工」
マリアの言葉を遮り、あたしはつぶやくようにそう言った。
もちろん、わざわざマリアにフォローして貰わなくても、あたしは全て分かっている。
木箱の中に入っていたのは、恐らく緩衝材として詰められたのであろう、艶を抑えた黒い布をバックに、鋭い銀色の光を放つ強力な武器だった。
「もう、困りますよ。幸い今回はいち早く私が気が付いたから良かったものの、魔道院に『こんな物』が送られてきたら、普通はとんでもない騒ぎになりますよ」
と、マリアは呆れたようにそう言って、大きくため息をついた。
「あ~、ゴメンゴメン。うっかり忘れていたわ」
思わす苦笑を浮かべてしまいつつ、あたしはマリアにそう返した。
……確かに、『コレ』を魔道院に送ってもらうなど、控えめに言っても正気の沙汰じゃないわね。
今から思えば、あたしも随分思い切った事をしたもんだ。
なにしろ、マリアが持ち出した箱に入っていた物は、魔道士……特に魔道院に所属する者の間では、蛇蝎のごとく忌み嫌われている代物なのだから。
そう。マリアが持ってきた箱に収められていたのは、6連装の開放型回転式弾倉を備えたいわゆるリボルバー・タイプの拳銃だった。
この拳銃という奴、少し経済的に余裕がある旅人なら護身用として持ち歩いている人も少なからずいるだろうし、少し大きな武器屋であれば刀剣類と共に売り場に並んでいるので恐らく知らない人はほとんどいないだろう。
それほどポピュラーな武器だけに、たかが拳銃程度でなにを大げさな話を……と思われるかもしれないが、実は魔道師にとってこの拳銃……いや、『銃』と名の付く全ての武器は、まさしく不倶戴天の天敵と言ってもいい程、とにかく問答無用でひたすら嫌われまくっている代物なのである。
というのも、拳銃も含めた『銃』という武器は、元々は魔術という圧倒的な力を持つ魔道師に対抗すべく魔道機械技術の粋を結して開発されたというだけの事はあって、実に恐るべき武器だからだ。
なにせ、携帯性には優れるものの見かけとは裏腹に意外に扱いが難しい拳銃でさえ、しっかりと腕を磨けば数十メートル先の目標を正確に撃ち抜く事も可能だし、あたし自身はまだ使った事はないがより大型のライフルと呼ばれるものになると、それこそ数百メートル先の目標を撃ち抜く事が出来るという。
しかも、銃から高速で発射される弾丸を目で捉える事など不可能だし、もし頭や心臓などの急所を撃ち抜かれれば、それこそ一撃で即死である。
もっとも、一撃で致命傷を負うというのは攻撃魔術でも同じだし、その破壊力は一発の銃弾がもたらすそれよりも大きい。
しかし、攻撃魔術の場合はその発動前に漏れ出す相手の微かな魔力によって、ほぼ確実にそれを事前に察知することが出来るが、銃の場合は相手の殺気でも感じなければ、いきなりそこで人生が強制終了されてしまう。
そんなわけで、『魔術に対抗できるのは魔術のみ』とされていた常識を呆気なく瓦解させた銃というものには、機械技術に対する反感もあって、一般的な魔道士や魔道師たちは強烈なアレルギーを持っているというわけである。
そんなものが、よりによって魔道士たちの枢軸である魔道院に届いたらどうなるか。
これは、あたしがあえて述べるまでもないだろう。
マリアが呆れるのはごもっともである。
「まあ、結果的に問題にならなかったのでよしとしましょう。……それにしても、なんでわざわざ魔道院にコレを送ったのですか?
まさか、単なる嫌がらせというわけでは無いとは思いますけど」
と、もう一度ため息をついてから、マリアはそう言って小首をかしげた。
「うーん。実を言うとね、これって今から3年ぐらい前、まだ魔道院にいた頃にエルダー・トマホークに注文したものなのよ。
ほら、銃を持った魔道士なんて他にいないだろうし、なんとなく面白そうだったから……」
と、あたしがそう言うと、マリアは小さく肩をすくめた。
「なるほど。つまり、ちょっと目立ってやろうというわけですね。まあ、整備された道を素直に歩くより、道がないところに道を造る事を好むあなたらしいですけど」
「うっ……。もしかして、ちょっと怒ってる?」
思いっきり呆れた声で返してきたマリアに、あたしは思わず冷や汗など流しながらそう問いかけた。
「いえ私はただ他ならぬあなた宛のこの荷物をなんとか隠匿しようと粉骨砕身誠心誠意頑張ったのにそれが単にあなたの下らない自己主張のとばっちりを受けただけでぶっちゃけこんな荷物なんかあっさり捨てちゃおうが送り返そうが無問題だったというこの上なく非人道的かつ無情な現実に対して強い憤りと抗議の念を覚えた事を暗に表明しようとしたに過ぎず別に怒っているとかそんな単純な事ではありませんよ」
と、にこやかな笑みを浮かべつつ、マリアは棒読み口調で返してきた。
……むぅ、息継ぎなしっすか。さすが魔道師。って魔術関係ないけど。
「い、いや、そ、その、マリアに迷惑を掛けてしまった事は、あたしとしてももの凄まじく遺憾に思う所であり、また深く謝罪致しますので、なにとぞご容赦をよろしくお願いされて頂くととっても恐悦至極かと……」
ただ静かに笑みを浮かべているマリアに、あたしは得体の知れない恐怖を感じ、思わず変な事を口走ってしまった。
……ううう、なんかマリアの口調が感染してるし。あたし。
「うふふ……天誅(はぁと)」
「う、うわっ、は、話せば分かるぅぅぅ!!!!」
……そして、連続する爆発が百花繚乱咲き乱れ、このあたし、マール・エスクードは遠い夜空のお星様となったのだった。(合掌)
遺跡調査前編です。
まだまだこれからですが、キャラが勝手に暴れて困ります。
せっかくプロット書いたのに。