その魔道師危険につき……   作:武山 昭喜

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魔道大国アストリア王国にとっては、地味だけど必須の遺跡調査。
魔道師マール始動!!



遺跡へ2

 ……すいません、嘘付きました。

 あたし、まだ星になってません。

 というわけで、ここは例の遺跡。

 時刻は、ちょうど明け方といった所である。

 

 マリアがぶっ放した魔術は本当に殺傷力がある攻撃魔術ではなく、幻影系に属するものの一つで、あたしが見た爆発はただの幻だったというわけだ。

 もっとも、ただの幻といってもそのリアルさはローザが使うそれに勝るとも劣らないもので、不覚にもあたしはショックで気絶してしまったようである。

「あっ、お早いですね」

「うぎゃぁぁぁ!!」

 タイミング良く背後から声を掛けられ、あたしは思わず掛け値抜きに完璧な悲鳴を上げてしまった。

「って、マリア。無目的に気配を消して人の背後に立つんじゃない!!」

 と、弾ける様な勢いで背後を振り返り、そこにキョトンとした表情を浮かべて突っ立っていた彼女に向かって、あたしは思いっきり抗議してやった。

 なぜ、完全に気配を消す!?

 はっきり言って、文句の一つも付けてやらなければ、あたしの気が収まらない。

「あっ、申し訳ありません。つい、いつもの癖で……」

 あたしとは全く逆で欠片ほども動揺の色を見せずに、マリアはそう言って軽く頭を下げた。

 ……いつもの癖って、あんたはプロの暗殺者か。ったく。

 まあ、素直にうなずかれてもイヤだから、あえて何も言わないけどさ。

「ま、まあ、いいわ。それよりも、お師匠……クレスタさんとローザって遺跡の調査に出かけたの?」

 気を取り直し、あたしはマリアにそう問いかけた。

 見たところ、2人の姿がない。

「ええ、そうなんですが……」

 ちょっと心配そうにマリアが話し始めた。

 

 なんでも、あたしが意識を失っている間に、お師匠とローザは例の祭壇を調べに出かけたらしいのだ。

 2人が出発したのが昨日の昼過ぎぐらいで、夜までには戻るということだったらしいのだが、一晩明けた今になってもまだ戻らないらしい。

 まあ、遺跡調査の予定というのはほぼ未定に近いというのが実情だし、お師匠がついているので、少々のトラブルが発生したところでどうにかなるような事は無いと思うのだが……。なぜか、妙な胸騒ぎがする。

「ちょっと戻りが遅いですね。

 もっとも、あのクレスタさんの事ですから、何か面白い事を発見があって、時間を忘れてそれを追いかけているのかもしれませんけど」

 そう言って、マリアは意味ありげな笑みを浮かべた。

「まあ、それは十分にあり得るんだけど……。なんか、嫌な予感がするのよね。

 特に根拠があるわけじゃないし、あたしの思い過ごしだとは思うんだけど……」

 そんなマリアの言葉に思わず苦笑を浮かべてしまいつつ、あたしはそう答えた。

「分かりました。それならば、ちょっと様子を伺いに行きましょう。もちろん、私も同行しますよ」

「えっ?」

 思いもよらなかったマリアの言葉に、あたしは思わず聞き返してしまった。

「あら、私が同行するのはご不満ですか?」

 と、マリアは小さく笑みを浮かべながら、なんだか意地の悪い口調でそう言った。

「いや、そうじゃなくて、マリアが遺跡調査なんて、なんか意外だなぁと思って……」

 あたしがそう言うと、彼女は小さく肩を竦めた。

「もしかして、私がデスクワーク専門の事務屋だと思っていましたか?

 うふふ、実は、これでも魔道院に入るまでは、細々と遺跡探索のまねごとをしていたんですよ。……ただし、『調査』などではなく『盗掘』に近い目的でしたが」

 そう言って、マリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「そ、そうだったの……?

 って、確か『盗掘』で思いっきり重罪だったような気がするんですけど……」

 話の内容の割に、あまりにも無邪気な笑みを浮かべるマリアに、何となく背筋が寒くなるような思いを抱きつつ、あたしは我ながら乾いた声でそう返した。

 数ある遺跡の中には、その筋に売れば大金に化ける、文字通りの『お宝』が眠っていることもままある。

 となれば、それを狙う盗掘者が出現することは、自然の摂理というものだろう。

 

 しかし、先にも述べたように、遺跡に眠っている『お宝』の中には、無造作に世の中に出すと危険な魔道具が含まれている場合がある。

 そんなわけで、アストリア王国はもちろんのこと、世界中のほとんどの国では極めて重い刑罰をもって遺跡に対する盗掘行為を禁止しているのだ。

 ちなみに、このアストリア王国では盗掘者に対しては一般的な窃盗の罪ではなく、反逆罪というその名からしてごっつい重罪に問われる事となり、問答無用で死罪に処される事になる。

 もちろん、これをマリアが知らないわけはないと思うのだが……。

「ええ、重罪ですよ。もっとも、国が認めているかどうかの違いはあるものの、『調査』だって似たようなモノだと思いますけどね」

 あたしの胸中を知ってか知らずか、マリアはさらりとそう言って小さく笑みを浮かべた。

「全く、それをあたしに言うかな。あんたは……」

 と、マリアの言葉の裏に小さなトゲが含まれている事を感じ、あたしはそう言って苦笑してしまった。

 盗掘に勤しむ連中に言わせれば、調査隊なんぞやってる事は自分たちと大差ないくせに、国の後ろ盾があるおかげで善人面して威張り散らしているクソ野郎ども。

 対して、調査隊に言わせれば、盗掘者なんぞ遺跡の価値も分からず、手当たり次第に荒らしまくった挙げ句、2つと無いような貴重な資料を台無しにする度し難い大バカ者。

 もちろん、言うまでもないが両者の仲は極めて悪い。

 しかし、盗掘者の目的は一攫千金。調査隊の目的は魔道研究。

 危険を承知でわざわざ遺跡に赴く両者の目的こそ微妙に違うが、何らかの利益を得るためにひっそりと眠っている遺跡に潜るという意味では、どちらもさして変わりはないのだ。

 つまり、そういう意味では、盗掘者だろうが調査隊だろうが、あんまり変わらないという、マリアの考え方は一理あると言えなくもないのだが……。

 

 いちおう、あたしもかつては魔道院の遺跡調査隊常連メンバーだった。

 盗掘者に荒らされるだけ荒らされ、ほとんど原型を止めない程まで破壊された遺跡というのも何度も見ているし、あのクソ連中と一緒だと言われると正直言ってかなりムカツクのも事実である。

 まあ、相手が相手だし、その辺は承知した上であえてこんな事を言ってきたのだろうから、面と向かって反論するような事はしないけどね。

「あっ。そういえば、マールさんは調査隊の一員として、過去に何度も遺跡に足を運んでいましたね。先ほどの発言は取り消します。素直に忘れてください」

 と、ニコニコ笑みを浮かべたまま、マリアはそう言ってきた。

「はいはい、素直に忘れさせて頂きます。ともかく、とっとと出かける準備を済ませちゃいましょう」

 言いたい事はあったが、こんな所で不毛な言い争いをして得るものなどなにもない。

 そう思って、あたしはさっさと話題を変えた。

「そうですね、了解しました」

 と、マリアは素直に納得してくれたようで、軽くうなずきながらそう言ってきた。

「それで、私は何をすればよろしいでしょうか?

 ここ久しく遺跡に潜っていませんし、元々はマールさんの『忘れ物』を届けるのが目的でしたので、実は今回の装備さえ把握していないのです」

 続けてそう言って、マリアは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「分かった。それじゃ、マリアにはとりあえず朝食の準備をお願いするわ。それと、念のために、携帯用食料を適当にかき集めておいて」

 と、あたしはパッと思いついた事をそのまま指示した。

 なんか、思いっきり食べ物系ばかりの話だが、古来より『腹が減っては戦は出来ぬ』というのは変わらない。

 とにもかくにも空腹を満たさない事には、なかなか他の事に気が回らないものである。

 

「了解です。実はこう見えても料理は得意ですので、任せておいてください」

 そう言ってニッコリと笑みを浮かべると、マリアはいそいそと準備を始めた。

 ……そういや、マリアが料理している所って、一度も見た事なかったわね。

 半ば埋もれかけていた魔道院の記憶を掘り起こしつつ、あたしは漠然とそう思った。

 なにしろ、あたしの記憶にある限りでは、マリアは常に向かってなにか書き物をしているか、やたら難解なぶ厚い本を読んでいるかのどちらかなのである。

 はっきり言って、おおよそ料理などという家庭的な事をするとは思えないので、これはかなり意外な話だった。

 ちなみに、いちおう『親』でもあるお師匠が生活力ほとんど無しという人だった事もあって、あたしも料理の腕には少し自信がある。

 まあ、別にあたしは料理人ではないしこんな事を競い合っても仕方ないのだが、さてはてどんな料理が出てくるのか、マリアのお手並み拝見といったところである。

 もっとも、当然といえば当然なのだが、ここに持ち込んでいる食料はやたらと塩気の濃い干し肉とか、その保存性だけが取り柄でどうにも馴染み難い変な癖のある乾燥果物などといった、味よりも日持ちの良さを重視したものばかりである。

 これでは、例えマリアがどんなに凄腕だったとしても、味の方はあまり期待しない方がいいだろう。

 

「さてと……。『祭壇』があるって事は、この遺跡が作られた当時は国政の中心に近い、かなり重要な施設だったってわけね」

 朝の深い霧に包まれた森の景色を眺めながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいた。

 まあ、言うまでもないが、こういった祭壇が設けられるという事は、つまり、そこで何らかの『儀式』が行われていたわけである。

 この遺跡に関していうなら、古代魔法時代に建立されたと思われるので、ここで行われていた『儀式』というのは、宗教的な意味合いよりもなんらかの大規模魔法を使うという、より『現実的』な目的で使われていた可能性が高い。

 過去にこういった遺跡から発見された古文書などによれば、魔法の中には何人もの魔道士が寄り集まり、何日もの時間を掛けて所定の手順を踏まないと行使できないという、とてつもなく強力なものが何種類かある事が分かっている。

 そういった魔法はいわゆる攻撃系のものではなく、例えばごく限定的な地域に限られるが望み通りに天候を操作するなどといった、『平和的利用』を目的としたものだったらしい。

 と、あえて『平和的目的で使った』と言い切らないわけは、こういった魔法は使い方によっては間接的に攻撃目的にも十分使えるからである。

 

 明確に文章などの記録が残されているわけではないので、これはあくまでも邪推でしかないのだが、先ほど一例に挙げた『天候操作』の魔法など、恵みの雨を降らせたり逆に大雨を収めたりすることも出来るが、その反面、しかるべき地域に望まれない大雨を降らせたり、干ばつを引き起こしたりすることもまた同じくらい容易なのである。

 これは、単にあたしがヒネているだけの事かもしれないが、『平和的』という言葉の裏にはどうにもきな臭いものを感じてしまうタチなのだ。

 それはともかく、そういった手間暇掛かる代わりに、絶大な結果を引き出す大規模魔法を使うための施設ともなれば、まさに一国の趨勢を左右する存在といっても過言ではない。

 むろん、そんなものをいい加減に扱うわけもなく警備や管理は厳格に行われていたはずである。

 となれば、当然この施設に侵入しようとする者を退けるために、『固定武装』として罠が多数仕掛けられている事は十分考えられる話だ。

 あたしの経験によれば、そういった過去の重要施設だったと思われる遺跡には『うっかり作動させてしまうと、それを自覚する間もなく命を落とす』という、かなりシャレにならないトラップが仕掛けられているのがむしろ当たり前だった。

 しかも、実に厄介な事に例え1000年の時を経ていたとしても、古代魔法の技術を使って生み出されたそれらの凶悪な罠たちは、ちゃんと本来の『性能』を発揮してくれる場合が多いのだ。

 ただし、こういった罠は『祭壇』に到達するまでの通路などに設けられているもので、肝心要の祭壇付近は比較的安全なものである。

 当初、この遺跡でまともに形を保っているものは『祭壇』しかなかったし、ここまで来る間に遭遇した罠といえば、せいぜいローザが落ちたあの落とし穴ぐらいのものだ。

 重要施設跡の罠としてはかなり甘口の部類に入るもので、あたしに言わせればあんなのちょっとした余興みたいなものである。

 あたしもちょっと油断していたのは事実だが、考えてみれば、先にこの遺跡の調査に出かけた連中が行方不明になっているのだ。

 現時点では、あくまでも予想でしかないが、この連中は、恐らくどこかに仕掛けられていたのであろう致命的な罠を作動させてしまったのだろう。

 そして、あまりそうは思いたくないが、お師匠とローザの二人もやはり……。

「ふぅ、こりゃ本気で取りかかった方がいいわね。全くたったの1万クローネじゃ割に合わないわよ」

 胸中でもやもやしている嫌な感じをなるべく意識しないようにして、あたしはそう独りごちてため息をついたのだった。

 

 

 

「こ、これは、……」

 目の前のその光景に、あたしはただただ唖然とするしかなかった。

 どこから出したのか、折りたたみ式の簡易テーブルの上に所狭しと並ぶもの。

 それは、実に凝った盛りつけがなされ、いかにもおいしそうな香りを振りまいている料理の数々だった。

「申し訳ありません。必要な材料がなかなか手に入らなかったので、こんなものしか作れませんでした」

 と、思わず固まってしまったあたしの心境を知って知らぬか、用意がいい事に白いエプロンを付けたマリアが、申し訳なさそうにそう言ってきた。

 ……こ、こんなもの?

 とんでもない。目の前にある料理は、掛け値抜きに最高級クラスの逸品としか言いようがない。

 それこそ、かつて宮廷晩餐会に招待された時の食事に匹敵するか、ヘタをすればそれを上回るほどの出来映えである。

 正直なところマリアの腕の善し悪しは別問題として、元々あまり期待していたわけではなかったので、これはもう『驚いた』というレベルの話ではなくショッキングな事件とさえ言ってもいいだろう。

「あの、どうかなさいました?」

 と、マリアがきょとんとした表情でそう問いかけてきた。

 一瞬、なにかの意地悪かとも思ったが、彼女の表情を見る限り、どうやら真面目にそう問いかけてきたらしい。

「ど、どうかなさいましたと聞かれても……。これだけの食材、どこで調達してきたのよ?」

 あたしはとりあえず一番気になっていたことを、逆に聞き返した。

 わざわざ言うまでもないとは思うが、いくらマリアが天才的な料理の才能を持っていたとしても、干し肉やら変な果物やらでこんな超豪華料理など出来るはずがない。

 もっとも、どんな食材を使っても最終的な料理の出来はその料理人の腕によっていかようにでも変わるのだが、それにしても絶対的な限度というモノがある。

「あっ、これですか。実は、あまりに食材が乏しかったので、王宮の食料庫からちょっと拝借したんです。私のコネと『転送』の魔術を使えば、それほど難しい事ではありませんので……」

 と、何の気概もなく、マリアはさも当然とばかりにそう答えてきた。

「ちょ、ちょっと、それってなんか思いっきり犯罪っぽいような気が……」

 ……もしかして、聞いちゃいけない事を聞いたかも?

 ちょっと背筋に冷や汗など流しつつ、あたしが思わずそう返すと、マリアはニコリと笑みを浮かべた。

「あっ、その辺りはご心配なく。厨房の仕入れ帳簿と在庫数はちゃんと辻褄を合わせておくように手配しておきましたし、関係各所にはそれ相応の報酬も支払ってありますので、まずバレる心配はありません」

「あっ、そう……」

 全く毒気もなくさらりと返してきたマリアの弁に、あたしは気のない返事を返すのが精一杯だった。

 ……こりゃあ、ダメだわ。

 全く、こういう輩に地位と権力を持たせると、そのまま汚職街道まっしぐらに突っ走って最後には自滅するのよね。

 しかも、当人には犯罪意識なんて微塵もないから、自滅した時に思いっきり開き直ったりするし……って、なんか変な事を口走ってるし。あたし。

 

「そんな事より、料理が冷めてしまいますので、とりあえず頂きましょう。もっとも、あまり出来が良くないので、我ながらちょっと恥ずかしいのですが」

 ジト目で見つめるあたしが気になるのか、マリアは微妙に早口でそう言って、さっさとテーブルに着いてしまった。

「……そうね。今さら何を言っても後戻り出来ないだろうし、あなたの話は聞かなかった事にするわ」

 不承不承にそう言って、あたしもテーブルとセットになっている椅子に腰を下ろした。

 そう。なんのかんの文句を言ったところで、こうして料理となってしまった後ではもはや返品不可である。

  となれば、いっそなにも知らなかった事にして、目の前の料理を素直に味わった方が何倍もマシだろう。

 もちろん、後でこの件が露見するような事になれば、あたしも不本意ながら共犯となってしまう事は分かっているが、これはこの料理を食べても食べなくても変わらない。

 ……って、マリアの事だから心配無いとは思うけど、もしあとで『食材窃盗の罪』とかで王国内全土に手配されるような事になれば、あたしはもう生きていけないかも知れない。

 恥ずかし過ぎる。いや、マジで。

「もう、心配しなくても大丈夫ですよ。我ながら、根回しは完璧ですし万が一バレても、私が全責任を持って闇に葬りますから」

 どうやら、あたしの心境を察したらしく、お気軽な調子でそう言ってマリアは小さな笑い声を上げた。

 ……なんか、『根回し』だの『闇に葬る』だの、メチャクチャどす黒い発言なんですけど。

 ともあれ、マリアの口から明確に『全責任を取る』と聞いた以上、もはや心配することは何もない(というか、そう信じたい)。

 こうなったら、食材の入手経路は気にしない事にして、あとは目の前の料理を全て平らげるのみである!!

 などと、ほとんどヤケクソ気味に心を決め、手近にあったスプーンを取るのももどかしくあたしは手始めにスープ皿に手を付けた。

 ……なんだろう、ウマいぞ。これ。

 恐らくはトマトのそれだと思われる酸味と甘みが口中に広がり、そして……ええい、あたしゃどこかの自称『美食家』じゃないし、以下描写キャンセル!

 とにもかくにも、このスープの味はほのかに感動すら覚えるほどの、文句なしに美味だった。 

 そして、この時点であたしの脳裏から野暮ったいマナーなどというモノは完全にすっ飛んでしまったのだった。

「うどりゃぁぁぁぁ!!」

 我ながら、食事中の言葉として不適切だとは思うが、しかし生存本能の叫びには逆らえない。

 妙な声を上げつつ、あたしは目の前に並ぶ皿の中身を、とにかくひたすら胃袋に押し込む事に専念した。

 浅ましいと言う無かれ。

 なにしろ、あたしはここのところ非常に貧しい食生活を余儀なくされていたのだ。

 もはや、恥も外聞もマナーも理性も、とにかくその他色々を気にしている精神的な余裕はどこにも無かったのだ。

「あらあら、そんなにがっつかなくても、まだたくさんありますよ」

 などと、ニコニコ笑顔でマリアがそんな事を言ってきたような気がするが、その声はあたしの耳をただ通過していくのみ。

 残っていたスープをズズズーっと一気に飲み干し、なんかやたら豪勢な卵焼きらしきモノをズゴゴゴゴっと吸い込み、鶏肉のソテーらしきモノを丸飲みし……最終的にテーブルに並んでいた皿の8割近くを胃袋に収めた後、最後にデザートのゼリーを吸い込んで、あたしはようやく人心地付いた。

「……ふぅ、ご馳走様」

 気が利く事に、マリアが差し出してくれた食後の紅茶をすすりながら、あたしは彼女にそう言った。

「はい、お粗末様でした。……ところで、まだたくさんありますけど、もうよろしいのですか?」

「えっ?」

 予想外のマリアの言葉に、あたしは慌ててテーブルを見回した。

 すると、先ほどまではその上に並ぶ皿のほとんどが空っぽだったはずなのに、いつの間にか、まるで誰も全く手を付けていないかのように、全ての皿にお行儀よく料理が並んでいた。

「……さながら、第2ラウンドという所ですね。まさか、あのマールさんが『前菜』程度で戦線離脱しませんよね?」

 あたしが驚いていると、なんだか含みを込めた声でそう言ってマリアはニヤッと笑みを浮かべた。

 不思議なもので、ついさっきまではほぼ満腹感で満たされていたはずなのに、胃の辺りの圧迫感がスッと消えた。

 ……ほぅ、面白い。

 なにせ、もうピークはやや過ぎたとはいえ、その昔、魔道院内の格安食堂を臨時休業に追い込んだことから、悪魔の胃袋という異名を拝命したこのあたし。

 この程度でリタイヤしては、当時ご迷惑をおかけした食堂のおばちゃんに申し訳が立たぬというものである。

「フッ、後で泣いても知らないからね」

 と、こちらも負けじとニヤリと笑みを返しつつ、あたしはテーブルに並ぶ料理に挑み掛かったのだった。

 

 

「……なるほど、噂に違わずなかなかやりますね」

 いつの間にか『大食い選手権』と化してしまった朝食の場。

 その第9ラウンドが終了した瞬間、マリアはなぜか嬉しそうにそう言った。

「な……なぁに……この程度は……文字通り朝飯前……うっぷ」

 もはや、限りなく『臨界点』に近いお腹をさすりつつ、あたしはどうにかこうにかそう言い返した。

 ……うーむ、ちと調子に乗りすぎたかも。うっぷ。

「うふふ、頼もしいですわね。ですが、残念ながら、先ほどお出しした分で食材が尽きてしまいましたので、これで打ち止めです」

 と、マリアはそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ……ふぅ、とりあえずあたしの勝ちって事ね。

 とはいえ、こちらも全く無傷の完全勝利というわけではなく、それなりの『勝利の対価』を支払う事となった。

 なにしろ、あたしが今までに食べ尽くした料理は、少なく見積もっても20人前以上はあろうかという勢いなのである。

 そして、その膨大な量に及ぶ料理を一人で平らげたのは、他でもないこのあたし。

 いかに人より強靱な胃袋を持つと自覚しているとはいえ、さすがにこれはちょっと無茶というものである。

 はっきり言って、もう水を一口飲むのも不可能なほどの超満腹状態。

 なんだか、鳩尾の辺りを触ってみるとぽっこりと膨らんでいるような感じだし、お腹がきつすぎてちょっと動くのもイヤだし、なにより、息苦しいのがかなり辛い!

 ……それにしても、今さらだけど、こんな事を争ってなにか意味があったのだろうか?

 そもそも、この勝負に勝とうが負けようが、どのみち苦しい思いをする事に変わりないし、例え勝った所で、なにか賞品とか賞金が出るわけでもないし……。

 正直、こんな事は言いたくないけれど、あたしって思いっきりバカかも?

「あの、酷く顔色が悪いようですけれど、もしかして……、胸焼け全開逆噴射秒読み段階だったりしますか?」

「まあ、なんとか大丈夫よ。少し休めばどうにかなるし」

 ちょっと困った様子でそう問いかけてきたマリアに、あたしは極力平静を装ってそう答えてやった。

 もっとも、正直な所、決して心の底から『大丈夫』だと言えるような状況ではないのだが、それにしても、こんなものあと10分も経てばどうにかなるだろう。

 ……しっかし、どうでもいいけど、『逆噴射秒読み段階』とは、また微妙な表現ねぇ。

「そうですか。もし、危なくなったら最優先でそう教えてくださいね」

 と、妙に真面目な顔でそう言いながら、マリアは指をパチンと鳴らした。

 すると、テーブルの上を占領していた皿が一瞬にして消え失せ、代わりにティーポットやらカップやらという、お茶セット一式が出現した。

 ……うーん、これぞまさに魔術って感じね。

 しかも、野暮ったい『呪文』をつぶやく代わりに、指なんぞ鳴らしてさりげなく決めてくれる辺り、いかにもベテランっぽくていい感じだわ。

「さて、お話は変わりますが、これからどうなさいますか?」

 手慣れた様子でお茶を淹れつつ、マリアがそう問いかけてきた。

「うーん、どうするもなにも、とにかく様子を見に行かない事にはなんとも言えないわね。

 ……ただ、これは、今のところあたしの勘でしかないんだけど、この遺跡は、楽観的に見ても『1級』クラス、下手すれば『特1級』クラスに該当する可能性もあるわ。念のために確認しておくけど、それでもあなたは同行するのね?」

 と、わざと声のトーンを低めにして、あたしはマリアにそう言った。

 前にもちらっとお話したが、この『1級』だの『特1級』だのというのは、こういった遺跡に対する魔道院式の分類方法の一種で、いわば『遺跡の格付け』みたいなものだ。

 これは、実際に調査を行った調査隊が、その規模や探索する上での危険性、さらには重要度などから総合的に判断し、最終的に提出する報告書に必ず記載しなければならないもので、正式には一番下の『4級』から最上級の『1級』までの4段階がある。

 これを目安に、場合によっては編成されるであろう追調査隊のメンバーを決定したり、その遺跡の調査優先度が決まったりするので、実はかなりシビアに考えなくてはならないのだ。

 ちなみに、『1級』クラスの遺跡というのは、『人口数万人程度の都市に匹敵する大規模遺跡探索に従事。もしくは、地下30階以上の探索に従事し、十分な経験を積んだ者が入念な準備を行っていても、人的損害が発生する可能性が極めて高い』というのが、おおよその判断基準である。

 このクラスに分類された遺跡はよほど重要度が高いと思われる場合を除いて原則的に調査断念という扱いになり、王国軍の協力の下で厳しい立ち入り規制が行われる事となる。

 これが、公式記録上では難易度最上級の遺跡となるわけだ。

 

 しかし、これは今も恐らく継続されている伝統だと思うが遺跡調査の実働要員の間では、その『1級』の中でもとりわけ危険かつ厄介なものを『特1級』という非公式なランクに分類している。

 この『特1級』というのは、『例えその遺跡がどれだけ重要度が高くとも、絶対に足を踏み入れてはならない』。つまり、『正真正銘、調査不能』というわけだ。

 まあ、ここまで色々とお話してしまったが、つまり、あたしがマリアに言った事は、見た目は大したことがなさそうなこの遺跡ではあるが、その実、半端な装備と覚悟では絶対に足を踏み入れてはならない、超危険地帯だという事である。

 はっきり言って、どれほど遺跡調査の経験を積んだ魔道士であっても、『1級』とか『特1級』クラスの遺跡が相手となれば、誰でも比喩抜きに決死の覚悟で挑むものである。

 もし、ここでマリアが尻込みしたとしても、それを責める者は誰もいないだろうし、それどころか賢明な判断だと褒められてしかるべき事ですらある。

 しかし、彼女から返ってきた答えは、ある意味であたしの予想通りだった。

「もちろん、私もご一緒しますよ。

 これでも、マールさんの足を引っ張らない程度の自信はあります」

 そう言って、マリアはビッと親指を立てて見せた。

「ふ~ん、言ったわね。あとで後悔しても知らないわよ」

 と、思わず苦笑してしまいながら、あたしは冗談めかしてマリアにそう言った。

 まあ、どうも彼女は『経験者』らしいし、遺跡に潜るというのがどういう事なのかは恐らくちゃんと分かっているだろう。

 ただ、『1級』クラス以上の遺跡などそうゴロゴロしているわけではなし、マリアが過去に潜ったという遺跡に、果たしてこのクラスの凶悪無比な代物があったかどうかはちょっと疑問である。

 はっきり言って、『1級』クラス以上の遺跡と比較すれば、その大多数を占める『2級』以下の遺跡など、ちょっとした『冒険ゴッコ』が出来る遊び場みたいなもの。そこに潜む危険度がまるで違うのだ。

 

 正直、出来ることならあたしだってこのままさっさと帰りたいぐらいである。

 もし、マリアが過去に潜ったという遺跡に『1級』レベル以上の凶悪なものがなく、その上で甘く考えているのならここは無理にでも思いとどまらせた方がマリアやあたし自身のためというものだ。

 なにしろ、うっかり罠を発動させてしまったら、その発動させてしまった本人だけでなく、ほぼ確実にその連れも巻き添えを食らうのだから……(もっとも、これはマリアだけではなく、あたしも留意しておかねばならない事だが)。

「後悔などしませんよ。実は、こう見えても私、あの『レビィ・サップ』で、地下28階まで潜って生還した、数少ない人間の一人ですからね」

「『レビィ・サップ』!?」

 心なしか、ちょっと胸を張って言うマリアの言葉に、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 『レビィ・サップ』というのは、アストリア王国領内最大の巨大な遺跡である。

 ここは、地上部分だけ見ればさほど凶悪な罠などもない、比較的安全に探索できる遺跡の一つといえる。

 しかし、この遺跡の地下階層に一歩足を踏み入れると、それは見事なぐらい一転する。

 ……生還率、1%。

 この数字が示すとおり『レビィ・サップ』遺跡の地下階層は、おびただしい数の凶悪な罠が配され、『守護者』として放たれた凶暴な魔法生物たちが跳梁跋扈するまさに死の世界なのである。

 その上、さらに厄介な事に、この地下階層は掛け値抜きに広大なのだ。

 一応、現段階で確認されているのは地下28階まで。

 ただし、1階降りるごとに凶悪さを増していく罠と魔法生物たちに阻まれ、この階はまだ探索が完了していないので、さらに深い階層がある可能性は否定できない。

 そんなわけで、この遺跡の別名は『無限迷宮』。

 発見してから10年以上の歳月が流れ、記録に残るだけでも1000名以上の魔道士たちが命を落とした『レビィ・サップ』は、文句なしに『特1級』クラス。

 そんな遺跡の28階まで潜りなおかつ生還したなどという猛者中の猛者は、あたしが知る限りでは、この階層の『第1発見者』でもある自分自身とお師匠の2人しかいない。

 

「……マリア。冗談なら、もっと笑える事言いなさいよ」

 『あの場所』の恐ろしさを知っているあたしは、当然ながらマリアの言葉をにわかに信じられず、思わずそう返してしまった。

「うふふ、そう言うと思いましたよ。でも、これは下手な冗談や嘘ではありません。……地下27階から降りてきた階段そばの壁に、『28階到達記念 M・クレスタ F・クレスタ』と彫り込んであるのを確認しましたし」

 そう言って、マリアは片目を閉じて見せた。

「……なるほど。それじゃあ、信じるしかないわね」

 そんなマリアに、あたしはそう言って思わず苦笑してしまった。

 ……そう。これは報告書にも記していない事なのだが、散々苦労した末に地下28階の床を踏んだ瞬間、そのうれしさのあまり、あたしは思わず手近の壁にメッセージを彫り込んでしまったのだ。

 この事は、あたしは誰にも話していないしお師匠も知らないはずなので、このメッセージは、本当に地下28階まで到達した者でなければまず知らないだろう。

 つまり、マリアは本当に地下28階まで潜り、そして、無事に生還した3人目(但し、あたしが把握している分だけ)の人というわけだ。

「そう言う事なら、『1級』クラス以上の遺跡がどういうものか、ちゃんと理解しているし、十分な覚悟も出来ていると思っていいわけね。……言っておくけど、自分の身は自分で守るしかないわよ」

「もちろんです。ここのところ、ずっとデスクワークばかりでしたし、ちょうどいい刺激ですよ」

 あたしの言葉に、マリアは事も無げにそう答えて来た。

「いい刺激ねぇ……。鈍った体を解す運動にしては、ちょっと過激だとは思うけど」

 静かな口調の裏に揺るぎない自信を見せるマリアの様子にあたしはまたもや苦笑してしまいながらそう答え、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干したのだった。

 

 

「ふぅん……。お師匠にしては、珍しく気が利いているわね」

 手に小さな紙を持ちながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいてしまった。

 ここは、あの祭壇の上である。

 準備を整えたあと、まずは一番怪しいここから調べてみようという事で、マリアを伴ってやってきたのだ。

 そして、まず最初に目に飛び込んできた最初の異変が、祭壇の上に無造作に置かれていたこの紙だったというわけだ。

「それは?」

 あたしのつぶやきが聞こえたか、祭壇の周囲を調べていたマリアが、こちらにやってくるなりそう問いかけてきた。

「うん。もしかしたら、明日あたり大雨が降るかもしれないけど、お師匠の置き手紙ってやつよ」

 そう言って、あたしはマリアにその紙を差し出した。

「えっと、……すいません。字が汚すぎて読めないです」

 なにも言わずその紙を受け取ったマリアだったが、しかし、すぐに本当に申し訳なさそうにそう言ってきた。

 ……あっ、そうだった。

 あたしはもう慣れてしまったが、実はお師匠の書く字は、あまりにも下手……いや、癖がありすぎて、普通はとても読めたものではないのだ。

 しかも、この紙に書かれているのは、あたしたちが普段使っているアストリア標準語ではなく、なぜか古代アストリア語なのだからマリアが読めなくても無理はない。

 

「『マール君、マリア君へ。地下への入り口を発見したのでこれから探索に向かう。

 もう気が付いているかもしれないが、この遺跡は少なくとも『1級』クラスである可能性が高い。

 もし、私たちが3日経っても戻らなかったら、その時はこちらに構わず、速やかに撤収すること。

 それと、これは、特にマール君に向けての事だが、決して私たちを救出しようなどと思わない事。以上』って書いてあるわね」

 と、ため息混じりにそう言うとマリアは目を丸くした。

「えっ、つまり……」

「そう、お師匠らしいっていえばお師匠らしいけど、『1級』以上だと確信しながら、よりによって、素人のローザを連れて勝手に潜っちゃったってわけ。ったく、なに考えているんだか……」

 マリアの言葉を最後まで聞かず、あたしはなんだか頭を抱えたい気持ちでそう言った。

 ……ったく、冗談じゃない。

 遺跡調査のなんたるかを知り尽くした、ベテランの魔道士たちで編成された調査隊でさえ『1級』クラスの遺跡となれば、数名程度の犠牲者が出ても不思議ではないし、最悪のパターンでは全滅する事も十分あり得るのだ。

 それなのに、たった2名。そのうち一人は遺跡調査未経験者でこの遺跡に潜ったというのだから、これはもう自殺行為と言っていい。

 その上、これで『探しに来るな』と言うのだから、お師匠の非常識さが壮絶なレベルに達しているのは、もはや言うまでもないだろう。

「ふぅ……。マリア、こうなったら急いで後を追いかけるわよ!」

 もはや、しのごの言っている場合ではない。

 一刻も早く地下への入り口を見つけ、無理にでも二人を連れ戻す必要がある。手遅れになる前に……。

「分かりました。手分けして周囲を探しましょう」

 どうやら、あたしの心境を察してくれたようで、マリアが軽くうなずいてからそう言ってきた。

 しかし、あたしはそれに首を横に振って答えた。

「手分けするのはマズイわ。なにかあった時に、お互いにフォロー出来るようにしておかないとね」

 あたしがそう言うと、マリアは素直にうなずいた。

 まあ、本来これは10人程度の中規模調査隊での話なのだが、なにかの都合で手分けして動かなければならなくなった時でも、最低限2人以上が組んで行動するのがセオリーである。

 なぜなら、どれほど経験を積んでいても、やはり人間である以上は見落としやミスは付きものだからだ。

 特に、一人の些細なミスが取り返しの付かない事態を引き起こしかねない『1級』以上の遺跡では、これは鉄則ともいえる。

 今回はあたしとマリアの二人しかいないし、時間が惜しいところではあるが、例え効率が悪くとも致命的なトラブルを起こすよりはマシである。

「それじゃあ、まずはこの祭壇の上を調べるわよ。言うまでも無いとは思うけど、足下の些細な異変も見逃さないでね」

 そう言って、マリアが了解の答えを返してくるのを待ってから、あたしはその場に四つんばいになった。

 

 ……地下というのだから、どこかに階段か何かがあるはずである。

 しかし、先ほどこの辺りをザッと調べて見た時は、おおよそそんな物は見あたらなかった。

 ということは、恐らく何かが蓋になってそれを隠しているのだろう。

 こういう場合、オーソドックスなパターンとしてその蓋を開けるスイッチが、どこかに巧妙に隠されているというやつだ。

 もしこの通りだとして、お師匠の事だから先ほどの置き手紙が置いてあった場所の近くに、そういったスイッチの類があるはずなのだが……。

「あっ、マール。ストップ!」

 四つんばいになったまま、這うようにして移動しようとした瞬間、マリアがそんな鋭い声を上げた。

「っと、どうしたの?」

 ちょうど、祭壇に付いていた右手を挙げた瞬間だったので、そのまま変なポーズで動きを止めたまま、あたしはマリアにそう聞き返した。    

「あなたが今右手を降ろそうとしたその場所、なんだか違和感を感じませんか?」

 マリアにそう言われて、あたしは今まさに右手を付こうとしていた場所を見つめた。

 すると、さっきまでは全然気が付いていなかったが、そこだけ妙に緑が濃いコケが群生していた。

 ここは、例の紙が置かれていた場所でもある。

 ……そう言えば、それなりに風化こそしているものの、この祭壇にはコケの類は生えていなかったわね。

 って、事は……。

 半ば確信を抱きつつ、あたしは無言のまま立ち上がりそのコケが群生している辺りを足でそっと押してみた。

 すると、カチリという微かな手応えが伝わってきた。

 ……おっ、いきなり『当たり』か?

 胸中でつぶやいたのとほぼ同時に、突然足下の『祭壇』が淡い光を放ち始めた。

「こ、これって……!?」

 その淡い光の正体に気が付き、思わず声を上げかけたその瞬間、視界が闇に閉ざされ、何とも言えない酩酊感が襲いかかってきた。

 そして、数瞬後。

 再び視界が元に戻った時には、あたしの周囲の光景は一転していた。

 なんとも言えない、何かが腐っているような悪臭に、呼吸するのも嫌になるようなジメジメした空気。そして、自分の指先さえも見えない深い闇……。

 ここ数年忘れていたが、これはどこの遺跡に行っても大体共通する地下の光景である。

「ふぅ……。参ったわね。まさか、『地下に行く方法』がこういうモノだとはね」

 注意深く辺りの気配を探りながら、あたしは思わずそうぼやいてしまった。

 ……やれやれ。あたしは、てっきり地下に続く階段でも出てくるのかと思っていたのだが、どうやらそれは全く見当違いだったらしい。

 あの『祭壇』に施されていた仕掛けは、隠し階段などといった『物理的』な物ではなく、いかにも古代魔法時代の遺物らしく『転送』の魔法だったようである。

 うーむ、こりゃちょっとマズイかも……。

「なるほど、なかなかよく出来ていますね」

「うわっ、マリア!?」

 突然闇の中から聞こえてきた声に、あたしは思わず悲鳴のような声を上げてしまった。

 ついさっきまでは全くなにも感じなかったのだが、いつの間にか、あたしのすぐ間近に人の気配が生まれている。

「あっ、申し訳ありません。今、明かりを付けます」

 と、闇の中から声が聞こえたかと思うと、突然あたしの目の前に真っ白い光を放つ魔術の光球が現れた。

「もう、昨日の夜も言ったけど、気配を消して近づくのは止めなさいって。マジで驚くから……」

 フヨフヨと頭上に向かって上っていった『光球』の明かりに照らされ、あたしの目の前で悪戯っぽく笑みを浮かべているマリアに、あたしはため息混じりにそう言った。

 なにしろ、彼女が声を掛けてくるまではあたしだけがここに『飛ばされて』きたと思っていたのだ。

 それで、これから先は一人でどうにかしないと……などと、覚悟を決めかけていたときに、いきなりコレである。

 なんというか、集中力ブッちぎれ。無闇に疲れたわ……。

「申し訳ないです。分かっているのですが、つい、いつもの癖が出てしまいまして」

 と、特に悪びれた様子もなくそう言って、マリアは小さく肩を竦めた。

 ……ったく、『つい』じゃないわよ。

 場所が場所だけに、シャレにならないってば。本当に。

「まあ、いいわ。……それより、これはちょっとマズイ事になったわね」

 色々と言いたい事はあったのだが、しかし、今はより優先すべき事がたくさんある。

 

 気を取り直し、あたしはそうつぶやきながら、ゆっくりと辺りに視線を巡らせた。

 マリアの魔術の明かりによって、今は辺りの様子がちゃんと目で確認出来る。

 どうやら、ここは石を積み上げて作られた壁で四方が囲まれた部屋のようである。

 床の面積は、せいぜい一般的な家庭の居間程度といった感じだろうか。

 しかし、天井が妙に高いお陰で、実際にはかなり広く感じる。

 もっとも、広く感じる理由は、単に天井が高いというだけではなく、こうして見渡す限り、取り立てて目を引くような物がないという事も大きいだろう。

 家具の類はもちろん、怪しげな彫刻などといった類もなく、単に壁と床があるだけの、本当に殺風景な部屋である。

 床に埃や砂がびっしりと積もっている所を見ると、この部屋に誰かが立ち入ったのは、かなり昔の話であることは想像に難くない。

 しかし、そうなると、あたし達にとってはかなり大問題となる。

 なにしろ……。

「マズイ事って、なにか不都合な事がありましたか?」

 どうやら、あたしたちが置かれた状況の意味をよく分かっていないらしく、マリアがきょとんとした表情でそう聞き返してきた。

「あのねぇ、あなたも『経験者』だっていうなら、あたしが説明しなくても分かってよ」

 思考を中断し、思わず呆れてしまいながらそう返すと、マリアはハッとした表情を浮かべた。

「あっ、なるほど。言われてみると、確かに床が『綺麗』ですね」

 ……どうやら、ようやく気が付いてくれたらしい。

 もっとも、この言葉通り床が本当に綺麗だというわけではない。

 先にも述べたが、この部屋の床はびっしりと埃や砂に覆われている。

 ……そう。一目見ただけで、少なくとも、ここ数年間は誰も足を踏み入れていないと分かるほど、『綺麗』に埃が積もっているのだ。

 これが何を意味するかというと……。

「……つまり、お師匠様とローザは、どこか他の場所に出たっていうことよ」

 胸中で導き出された結論をそのまま口にして、あたしは思わず頭を抱えそうになってしまった。

 

 要するに、そういう事である。

 昨日の夜出発したお師匠とローザがこの部屋を通れば、当然、この床に降り積もった埃の上に足跡が残っているはずである。

 しかし、それがないという事は、すなわち、この部屋に足を踏み入れていないという事だ。

 こうなると、考えられる事は2つ。

 つまり、あたしたちが『飛ばされて』きた入り口とは、全く別の場所からこの遺跡の地下に降りたか、もしくは、同じ入り口でも別の『出口』に出たかである。

 なにしろ、『移動手段』が魔法だけに、例え同じ入り口から『飛ばされた』としても必ずしも同じ出口にたどり着くとは限らないのだ。

 もっとも、これでは正規の移動手段としては役に立たないので、もっぱら罠に使われる事が多いのだが……。

「確かに、これは問題ですね。せめて、2人がこの地下階層に移動していればいいのですが……」

 あたしが悶々と考え込んでしまっていると、マリアが心配そうにそうつぶやく声が聞こえた。

 ……ふぅ。マリアのヤツ、ようやく『経験者』としての歯車が回転し始めたみたいね。

 さらに鬱な気分になりつつ、あたしは思わず胸中でそうぼやいてしまった。

 そう。『転送』の魔法で『飛ばされる』先は、なにも地面の上に限った事ではない。

 あたし自身の経験では、単に遺跡の外に放り出されるだけといった比較的良心的なものから、いきなり海のど真ん中にぶっ飛ばされるという本気でシャレにならないものまで実に色々なパターンがあった。

 今回の場合、単にお師匠たちが違う入り口から入ったというだけならまだいいが、もし、『飛ばされる』たびに出口が異なるタイプだったら……。

 考えるだけでも背筋が寒くなる。

「……ともあれ、こうなったら、まずはこの部屋を徹底的に調べるわよ。いいわね?」

 胸中で渦巻く不安を何とか抑え込み、あたしは努めて気軽な声でマリアにそう言った。

 ここで延々と考え込んでいても、それでお師匠たちに会えるわけでもなく、ただ気が滅入るだけである。

 となれば、まずは行動あるのみ!!

「そうですね。とにかく、先に進みましょう」

 と、あたしの心境を察してかどうか、特に異議を唱える事無く、素直にうなずいてくれた。

「じゃあ、まずは床の大掃除からよ。マリア、程ほどの威力で、適当に『風』の魔術でぶっ飛ばしちゃって!」

 と、特に深い意味もなく床を指さしつつ、あたしは意識して威勢良くマリアにそう言った。

 つまり、『風』の魔術で、床に積もった埃やら砂やらを綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまおうというわけである。

 ここで、なにもわざわざそんな事する必要あるのか?などと思われる向きもあるだろうが、実は、これはこういった遺跡探索において、重要な作業の一つなのである。

 

 言うまでもないが、床にびっしりと埃などが降り積もっているという事は、その下にある床本来の『姿』が見えないという事になる。

 このままの状態で迂闊にそこらをうろついたりすれば、もしかしたら仕掛けられているかも知れない罠を、全く気が付かないまま発動させてしまう事にもなりかねないし、例えそういった危険な仕掛けの類が無くても、おっかなビックリ動くのでは、やはり精神衛生上極めてよくない。

 そんなわけで、どんな遺跡を調査する場合でも、まず最初にやるべき事は、出来るだけそれが作られた当初の姿を、この目で確認するという作業なのである。

「あの、私は『風』の魔術は使えないんですけど……」

 思い切り気合いを込めて指示を出したあたしだったが、しかし、申し訳なさそうにマリアがこう返してくれた瞬間、思わずその場で転けそうになってしまった。。

 ……そ、そういやそうだった。

 久々なので、すっかり失念していたけどマリアは『火』と『地』の精霊に関する魔術は得意なのだが『水』の精霊の魔術は少々使える程度、『風』に至っては全く使えないのだ。

 とはいえ、これはなにもマリアに限った事ではなく、『風』の精霊の力を借りた魔術を使える者は、元々かなり希少な存在なのである。

 まあ、この理由は、後ほど機会があればお話するとして、こうなったら、あまり気は進まないが、あたしが一肌脱ぐしかない。

「ゴメン。すっかり忘れていたわ。それじゃ、あたしが一発ぶちかますから、心構えだけしておいて」

 マリアにそう言いつつ、あたしは答えが返ってくるのを待たずに、即座に脳裏に魔術の『構成』を思い浮かべた。

「えっ、ま、マールさん。早まらないでください!!」

 と、どこかでそんな声が聞こえたような気がするが、それには委細構わず、あたしは両手を頭上に掲げた。

「でぇぇぇい、ぶっ飛べ!!」

 ビュゴォォォォ!!

 裂帛の気合いと共に魔力を解放したその瞬間、部屋の中を突風が吹き荒れ、床に積もっていた埃や砂がぶわっと舞い上がった。

 こういった、いわゆる攻撃系の魔術を使った場合、きっちりとコントロール出来ていれば術者の周りには自動的に一種の『結界』が生まれ、これが自らが巻き添えになる事を防いでくれる。

 もちろん、あたしが今使った魔術は完璧。

 淡い光の膜のようなものが、あたしの全身を覆っているのがなによりの証拠である。

 そんなわけで、部屋を蹂躙する猛烈な突風の中でも、あたしは平然と立っていられるのだが、もし、これが全くの『生身』だったら、今頃はそこら中の壁に叩きつけられた挙げ句、かなり悲惨な事になっていただろう。

 ……そういや、マリアのヤツ。ちゃんと生きてるかな?

 などと、自分でも恐ろしいほど他人事のようにそう思いつつ、あたしは魔術をコントロールして、吹き荒れる風を収めた。

 それと同時に、あたしの全身を覆っていた光の膜も霧散し、まるでそれを待っていましたと言わんばかりに、埃っぽい空気があたしの鼻孔をくすぐった。

「ゲホゲホッ……。もう、真面目に死ぬかと思いましたよ」

 と、恐らくこのやたら埃っぽい空気をまともに吸ってしまったようで、むせながら抗議するマリアの声が聞こえた。

 恐らく、咄嗟に防御魔術でも使ったのだろう。

 あたしのすぐ目の前に立つ彼女は、ひどく不機嫌そうな様子ではあったが、ざっと見る限り怪我をした様子はない。

「あ~、ゴメンゴメン。ワザとじゃないから許してね。それより、無闇に歩かないでよ」

 そんなマリアに適当に謝りながら、あたしは注意深く辺りを見回した。

 先ほどまで、床に厚く堆積していた埃はすっかり消え失せ、代わりに、無機質な石造りの姿を見せている。

 こうしてみる限り、特に厄介そうな仕掛けはなさそうだが……。

「分かってますよ。でも、相変わらず無茶しますね」

 と、なにやら呆れたようなマリアの声が、あたしの思考を中断した。

 はっきり言って、あたしが先ほど使った魔術は、少なく見積もっても並の魔道師が使う上級攻撃魔術程度の威力はあっただろう。

 そんなシロモノを、こんな密閉空間で使ったらどうなるか。もちろん、あたしだってちゃんと分かっていた。

 

 ……いや、ホント。嘘じゃないって。

 実のところ、あたしが使える攻撃魔術は、その全てがやたら強大な破壊力を持ち、しかも広範囲に影響を及ぼすものなのだ。

 実際、あたしが先ほど使った魔術も、本来は『攻撃用』というよりは、ただ『風』の精霊を使う感覚を掴むための『練習用』として作ったものなのである。

 それ故にその効果も『ただ風を起こすだけ』という至ってシンプルなもので、あの忌まわしき1回目の『試射』を行うまでは、人畜無害のお気楽魔術のつもりだったのだが……。

 まあ、そんな過去の汚点はともかく、この魔術は、あたしが使える『風』の攻撃魔術の中で、最も低威力かつ影響範囲が狭いものである。

 しかも、今回の場合はその最低威力の魔術に、出来る限り手加減を加えたアレンジ・バージョンで、もうこれ以上は無いほどの超低威力版だったのだ。

 それにも関わらず、あれほどの威力を発揮してくれたというのだから、これはもう自分自身でも呆れるより他にない。

「だからこそ、最初はマリアに頼んだのよ。ほら、文句言ってないでちゃんとサポートしてよ!」

 ちょっとだけ落ち込みそうになった気分を奮い立たせるべく、あたしはワザと強い口調でマリアにそう言った。

「はい、了解しています。とりあえず、私たちを中心に、半径3メートルぐらいまでは、取り立てて目を引くようなものはないですね」

 と、クスリと笑い声を漏らしてから、マリアは即座にそう答えてきた。

「はい、アリガト。それじゃ、付いてきて」

 マリアの様子になんとなく脱力感を味わいつつも、あたしはそう言ってゆっくりと足を進めた。

 目指す場所は、とりあえず正面の壁。

 あたし達が立っている部屋の真ん中付近からは、ざっと見積もって5歩分といった距離である。

 はっきり言って、普段なら所要時間を示すのもバカらしくなるような距離だが、しかし、ここでは、次に踏み出す一歩が、そのまま人生最後の一歩となる可能性も否定できないだけに、嫌でも緊張感が増してゆく。

 そして、感覚的には、たっぷり10分以上掛けて、無事に壁際に立った時には、あたしは、思わず心の底から安堵のため息をついてしまった。

「ふぅ……。なんか、久々だと結構くたびれるわねぇ」

 額にびっしり浮かんだ汗を拭いつつ、誰とも無くあたしがそうつぶやくと、すぐ近くにいたマリアが小さく肩を竦めた。

「もう、情けない事を言わないでくださいよ。実は、こっそり頼りにしているんですから……」

 と、嘘かホントか、少なくともその表情だけは不安そうに、マリアがそんな事を言ってきた。

 ……こっそりって、あんた。いきなり本人の前でそう言ってどーするのよ?

「はいはい、分かったわよ。それじゃあ、まずは壁沿いにぐるっと一周するわよ」

 気を取り直し、あたしはマリアにそう言ってから、再びゆっくりと歩き始めたのだった。

 

これが、あたしがこの遺跡に下りた最初の一歩だった。




遺跡探査2話目です。
相変わらずのドタバタです
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