装備は充実するも、いまいち調子の出ないマールは……
ラグナ君が開けてくれた通路を通り抜た先は、あたしたちが2人横に並ぶのが精一杯という細い通路だった。
マリアが放った明かりの魔術により、あたしたちの周囲数メートルほどは視界が確保出来ていたがその先は完全な闇である。
いかにも遺跡という感じで、懐かしい感覚だ。
「さて、どっちに進む?」
すでに安全確認を済ませてある手近な壁に寄りかかりながら、マリアがそう問いかけてきた。
ここは、例の急造通路を抜けてすぐの場所である。
今さっき出てきたばかりのあの部屋を背にすると、この通路が伸びる先は正面と右の両方向。
つまり、元々はL字型に曲がっていた通路の、ちょうど角の部分に立っているというわけである。
さて、どっちに進みますかねぇ……。
しばし思案した後、あたしは自分の荷物袋の中から、財布として使っている小さな革袋を取りだした。
そして、その口を縛っておいた革ひもをほどき、袋の中からクローネ金貨を一枚取り出した。
「なに、くれるの?」
「まさか。飢え死に寸前でようやく稼いだお金をそうそう気易くプレゼント出来るわけないでしょ」
冗談めかして問いかけて来たマリアに軽口を返しつつ、あたしは財布を道具袋に戻した。
「いい。表が出たら正面。裏が出たら右。何があっても恨みっこ無しよ」
先ほど取り出したクローネ金貨を右手で弄びつつ、あたしはマリアにそう言った。
すると、彼女は小さく肩を竦め、苦笑いを浮かべながらもコクリとうなずいてくれた。
これは、要するに運を天に任せるというヤツである。
まあ、この上なく無責任ではあるが、なにしろお師匠とローザがいる場所の当てなど全く無いのだ。
どのみち、最悪の場合はこの遺跡を隈無く見て回ら無ければならないわけだし、ここでどっちに進もうと多少手間が増えるかどうかという程度の違いでしかない。
「それじゃ、よっと!」
そう言って、あたしは右手の親指で天井に向かって金貨を弾いた。
そして、激しく回転しながら落ちてきたコインを左手の甲で受け止め、同時に右手で上からパシッと押さえてやる。
……さて、あたしたちの運命はどんな選択をするのか?
少なくとも、感触からして金貨が『立っていた』などという微妙な答えは出ていないことは分かるので、正面か右か……。
そんな事を思いつつ、右手をそっとどけると、金色に輝く伝説の冒険者『ロナルド・D・クローネ』の肖像が現れた。
これは、クローネ金貨の表面だ。
つまり、あたしたちの進路は正面と決定したわけである。
「『我らが進む道は示された。いざ行かん。未知なる世界へ』……って所かしら?」
と、脇からのぞき込んでいたマリアが、ロナルド・D・クローネが遺した名言の一つを引用しつつ、そんな事を言ってきた。
「さてと、行くわよ。ここから先は、マジで『未知なる世界』だから何があっても取り乱さないでね」
マリアにそう言いながら、あたしはもう一度道具袋の口を開き、中からあの拳銃を取り出して腰のベルトの後ろに差す。
肝心の弾丸は入っていないので、まあ、なんだ、気分の問題だ。
「あっ、すっかり忘れてた。ちょっと待ってね」
まるで、あたしの胸中を見透かしたかのようなタイミングで、マリアが両手をポンと打ちながらそう言って、虚空に『穴』を開けた。
「えっと、あれは確か……」
などとブツブツつぶやきながら、『穴』に右手を突っ込んでゴソゴソやっていた彼女だったが小さな箱を取り出した。
よく見ると、その箱には『危険。許可無く開かないこと』と朱書きされている。
……なっ、危険って。
「これは、マールとの再会記念のプレゼントみたいなものよ。みんなにバレないように取り寄せるのが大変だったのなんのって……」
と、マリアの手にある物は、まごう事なき拳銃の弾丸だった。
「な、なんでそんなもん持ってるの?」
ありがとう。とは言えなかった。
「あのねぇ。あなた、魔道院から飛び出す直前に『すっげぇ銃買っちゃった!!』なんて、あれだけ自慢しまくっていたでしょーが。
さっきの銃が入っていた木箱の宛先を見れば、開けなくても中身はなんとなくピンと来たわよ」
と、半ば呆れたような口調でそう言ってマリアは軽くため息をついた。
……そ、そういや、そんな記憶があるような無いような。
「あなたのことだから、どうせ銃弾までは気が回っていないだろうなぁと思っていたら、やっぱりね」
「……お見それしました」
続けざまにさも当然とばかりの口調でマリアに言われてしまい、あたしはただそう返すしかなかった。
……むぅ、恐るべしマリア。
しっかし『無理無茶無謀が服着て歩いてる』って、思い切り心外なんですけど、あたし。
「フフフ、『姉』の偉大さを思い知ったか。……って、それはさておき、ほら、さっさと用意を済ませて先に進むわよ」
マリアにそう促され、あたしは彼女から銃弾の箱を受けとると、さっそく弾丸を拳銃に装填した。
これで、最悪魔術が使えない状況に陥っても、それなりの攻撃力は確保出来た。
何が起きるか分からない遺跡探索では非常に心強い。
いちおうナイフやショート・ソードもあるが、用意しすぎて困る事はない。
「ふーん、銃を持った魔道士っていうのも結構様になるものね。私も買おうかしら?」
マリアの上げた感嘆の声に気をよくして、あたしはその場でクルリと一回転して見せた。
……確かに、これほど堂々と拳銃を下げている魔道士なんていないわね。
アストリア王国では銃の所持は原則禁止だし(一応、表向きは許可制だけど、まずコネがないと却下される)、こんな格好でどこかの街をうろつこうものなら即座に警備隊にとっ捕まる事請け合いである。
「さてと、これで準備完了よ。あたしが先を歩くから、マリアはバック・アップをよろしく」
「あいよ。また変なモン見つけても、いきなり突っついたりするんじゃないわよ」
と、なかなかイタイ所を突いてくれたマリアに苦笑で答えてから、あたしは全神経を前方に集中させ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
この通路の両脇と天井は、先ほどの部屋と同じように石を積み上げたものである。
そして、やはり時間の流れというものを全く感じさせない程、不自然に綺麗だという事も同様……いや、床には埃が落ちてさえいないので、こちらの方がより奇妙なものに映る。
……ってことは、やっぱり、こっちも状態維持用に強力な防御魔術が仕掛けてあるってことか。
などと、何となく胸中でつぶやいた時である。
突然、前方からヒリ付くような気配を感じたその瞬間、がぁぁぁん!という、頭痛を誘うような大音響が遺跡の闇に響き渡った。
それが、あたしが無意識に銃を抜きそのトリガーを引き絞った瞬間に発せられた銃声であるとようやく脳が認識した時には、辺りには火薬の燃えた臭いと鉄が錆びたような臭いが入り交じった、何とも吐き気を催す悪臭が漂っていた。
「あ~、びっくりした。でも、まあお見事。意外と上手いわね」
などと、苦笑混じりにつぶやきながら、マリアが頭上の『明かり』を少し前方に動かした。
すると、その明かりの輪の中に、どす黒い血だまりの中に溺れるようにして、床に倒れた『ソレ』の姿があった。
一言で言えば、それはオオカミに似た獣である。
真っ黒な体毛が全身を覆い、大きさはよく育った大型犬ぐらいといった所か。
一見すると、どこにでもいそうな獣ではあるが、すでに濁り始めているもののその真っ赤な光を帯びた両目が、自然界に存在しない生物である事を物語っている。
これは、こういった遺跡で度々遭遇する魔法の技術によって造り出された『魔法生物』である。
恐らく、巧妙に闇の中に身を潜めながら、こちらが近づいてくるのをじっと待ちかまえていたのだろう。
実際、つい先ほどまで、あたしもマリアもその存在に気が付いていなかったのだが、しかし、飛びかかろうとした瞬間の鋭い『殺気』までは隠せなかったようである。
「ふぅ、あたしも驚いたわよ。まさか、こんな『動き』が出来るとは思わなかったわ」
いまだに、銃口から硝煙が立ち上っている銃を腰の後ろに戻しながら、あたしはため息混じりにそう言った。
実のところ、あたしは戦闘訓練を専門に受けたわけではないし、武器を使った実戦経験といっても、せいぜい、そこらの街の裏路地にたむろしている小悪党を適当にからかってやったぐらいのものである。
それゆえに、遠くから攻撃魔術で一網打尽にぶっ飛ばすというならともかく、こういう接近戦となると甘めに評価しても二流程度の腕だと自覚している。
銃をまともに使うのはこれが初めてだというのに、体が勝手に動いたのだから、自分でびっくりだ。
……もしかして、銃と相性が良いのだろうか。あたし。
攻撃魔術を使わない魔道士目指そうかなって、これは冗談だが……。
「へぇ、生意気に謙遜なんかしちゃって。一丁前に銃を使ったあんたがそれを言っても、嫌みというよりは間抜けにしか聞こえないわよ」
と、なにを勘違いしたのか、マリアがニヤニヤ笑いながらそう言ってきた。
……なんか、さりげにバカにされてるわね。あたし。
「あのねぇ……。って、まあ、いいわ。先に進むわよ」
思わず抗議しかけたあたしだったが、急にアホらしくなってしまい、さっさと話題を変える事にした。
もちろん、言いたい事は多々あるが、なにもこんな空気の悪い場所で長々と立ち話する程の事ではない。
「なによ、連れないわねぇ……。って、しっかし、無差別大規模破壊魔術に加えて、銃の早撃ちまでこなすなんて、さすがは私の『妹』だわ。ちょっと見ないうちに、ますます凶悪になっちゃって……」
「ええい、気が散る。黙ってなさい!」
「うだぁ、また出たぁ!」
「ほら、頭抱えている暇あったら戦う!」
心底嫌そうに叫ぶマリアに、あたしは銃を構えながらツッコミを入れた。
あたしたちのすぐ目の前には今までにもう何度見たか数え切れない、あのオオカミに似た獣が2頭。
くぐもったうなり声を上げながら、赤く光る目でこちらを睨み付けている。
……しっかしまあ、マリアじゃないけど、本当に嫌になるわね。これは。
胸中でつぶやきながら、あたしは銃の照準を『オオカミ』の一頭の額に合わせ、同時にトリガーを引き絞った。
瞬間、鼓膜が破れそうな大音量の銃声が周囲のどことなくカビくさい空気を振るわせ、銃口から吹きだした炎が、パッと辺りをオレンジ色に染める。
しかし、あたしの放った弾丸は思いっきり標的を外れ、狙ったオオカミの目の前の床に鋭い火花を散らしたのみ。
しかも、さらに悪い事にこの銃声で驚いたかはたまた何かの踏ん切りがついたのか、目の前に立ちはだかった『オオカミ』たちが一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。
「!?」
咄嗟に大きく後ろに飛び下がったあたしだったが、着地するのとほぼ同時にすぐ目の前を黒い影がよぎり、左頬の辺りに鋭い痛みが走った。
「……ちっ!!」
思わず舌打ちしつつ、先ほど後ろに飛んだ勢いを利用して、さらに大きく後退してから前方を確認すると、こちらからほんの2、3歩分ほど先に、鋭い牙を剥き出しにしてうなり声を上げる『オオカミ』の姿があった。
……げっ、近すぎる!?
と、思わずひるんでしまったその瞬間、ドンという強烈な衝撃と共に今度は右足に激痛が走った。
「……くっ!」
左足で踏ん張り、衝撃で押し倒される事だけはなんとか防いだあたしだったが、あまりの激痛に悲鳴すら上げる事が出来ない。
一瞬、意識が飛びそうになったが、それでも何とか気力を振り絞って右足の方を見やると、なんと、あの『オオカミ』があたしの右足の太ももにバックリと噛みついていた。
……こ、こんのぉ!!
この光景と激痛が、あたしの中のどこかにあるマジ戦闘スイッチに火を付けた。
空いている左手で、腰のベルトに下げてあるナイフを鞘から抜き放ち、渾身の力を込めて、その切っ先を『オオカミ』の赤い目めがけて振り下ろした。
ギャァァァァ!
さすがに、これは効いたらしい。
そのいかにもオオカミ然とした姿とは似使わない、身の毛もよだつような悲鳴を上げつつ、パッとあたしから離れたそれはどす黒い血しぶきをまき散らしながら、床をのたうち回った。
しかし、それで許してやるあたしではない。
右手の銃をスッと構えると、その照準を床でのたくっている『オオカミ』に向け、自分でも驚くほど冷徹に引き金を引いた。
1発、2発、3発、4発……。
立て続けに引き金を引くうちに、あたしの意識は徐々に遠くなっていく。
「マール、大丈夫?」
そして、そんな慌てたマリアの声が聞こえた時、あたしはハッと我に返った。
気が付けば、右手に構えた銃は、引き金を引くたびに、ハンマーが空打ちする空しい金属音を立てていた。
もちろん、あたしの目の前の床に倒れている『オオカミ』は、ピクリとも動く事はない。
「ええ、大丈夫よ。……って、いいたいけどそうでもないみたい」
唐突に蘇ってきた激痛に耐えかね、あたしは思わずその場に倒れ込むようにして横になってしまった。
左頬と右足が、まるで脈を打つようにして激痛を発し、まるで熱でも出ているかのように意識がぼんやりしている。
どうやら、あたしが負ってしまった傷は放っておいても勝手に治るという程度ではないようだ。
「ゴメン。もう一匹に手間取っちゃってフォロー出来なかったわ。……うわっ、これはヤバイわね」
あたしの元に駆け寄ってきたマリアが、顔をしかめながらそう言った。
「や、ヤバイのは分かってるわよ。わ、悪いけど、回復を……」
おおよそ傷口を見る勇気も気力もないが、この痛みだけでも自分の体がどうなっているのかは容易に察しが付く。
「言われるまでもないわよ。でも、私の回復魔術じゃこれだけの傷を完治出来るかどうか……」
などとブツブツ言いながらも、マリアはあたしの胸の辺りに両手をかざし、スッと目を閉じた。
「……命の源たる水の精よ。傷つき倒れた我が友を癒し賜え」
そして、低く押し殺したような声で彼女がそうつぶやいた瞬間、心地よいお湯に浸かっているような感覚があたしの体全体を包み込んだ。
今は全く精神集中できない状態なので、彼女が使った魔術の『構成』は読み取れないが、『呪文』まで唱えているところを見るとかなり強力な回復魔術なのだろう。
さすがにその効果はてきめんで、あれほど激しかった痛みが急速に治まっていった。
「……ふぅ、やっぱり傷跡が残るわね。マール、調子の方はどう?」
痛みの代わりに、全身を支配しはじめた猛烈な脱力感に苛まれる中、マリアがそう言って小さく笑みを浮かべた。
「ええ、さすがはマリアね。痛みはほとんど感じなくなったわ。……ただ、ちょっとすぐには動けそうにないけど」
もはや、口を開くことすらおっくうだったが、それでもなんとか気力を振り絞り、あたしはマリアにそう答えた。
「まあ、ちょっと荒療治だったからね。まあ、私としてもちょうど良いタイミングだし少し休みなさい」
そう言って、マリアが目の前に手をかざしてきた瞬間、あたしの意識は急速に暗転していった。
……『睡眠』の魔術か。
「ねぇ、これってちょっと恥ずかしいんだけど……」
未だ痺れて思うように動かない体に辟易しつつ、あたしはマリアにそう言った。
「なに言ってるのよ。石の床に直に転がされているよりはマシでしょ?」
しかし、マリアに即座にそう返されてしまい、あたしは何も言えなくなってしまった。
ここは、先ほど『オオカミ』たちとの激戦を繰り広げたあの場所である。
あたしが再び意識を取り戻した時には、すでにマリアが『大掃除』を終え
たあとだったようで、『オオカミ』たちの死骸は消え失せ、床に残された僅かな血痕だけが、あの戦いの証となっている。
そんなわけで、あたしは床に横になり、消耗した体力が回復するのをひたすら
待っている。……それも、マリアに膝枕をして貰っている状態で。
まあ、確かに石の床にただ転がされているよりは、こちらの方が幾分寝心地はいいのだろうが、なんというかこれはかなり恥ずかしいというか……。
もっとも、こんな遺跡の地下に、あたしたち以外の誰かがいるわけもないので、別に人目を気にする事は無いのだが……。
うーむ、こんな事なら、枕でも持ってくれば良かったかな。
「それにしても、さっきの『オオカミ』だけどなかなか凶悪な奴よね。俊敏性、打撃力とも高く、かつ、その爪や牙には毒素付き。まあ、あんまり頭が良くなさそうなのが、せめてもの救いか……」
と、周囲を油断なく見回しながらマリアが独り言のようにつぶやいた。
……そう。マリアの回復魔術のお陰で少し大きめの傷跡が残るだけとなっている右足の傷だが、当初は骨が見える程の凄惨なダメージを受けていたらしい。
しかも、その上あの『オオカミ』の牙はかなりタチの悪い毒素が分泌されるようになっていたらしく、あたしが意識を失っている間に、最悪の場合は足を切断するしかないと覚悟を決めていたとかいないとか……。
何とも想像するだに恐ろしい話ではあるが、しかし、我ながら悲しすぎる例えだが、昔からしぶとさだけはゴ○○○並と自負するあたしの事。
マリアの看病の甲斐もあってどうにかこうにか危機的状況を脱し、こうして快方に向かっているのだから、なにはともあれめでたしめでたし。
ちなみに、最初に受けた顔の傷もそれはそれは凄かったらしいが、こんな『逆武勇伝』ばかりを披露しても、単に気分が悪くなるだけなので止めておこう。
「まあ、遺跡を俳諧している魔法生物なんてどれもこれも凶悪な連中ばかりよ。それより、マリアは大丈夫なの?」
聞くまでもない事は分かっていたが、一応、彼女にそう問いかけてみた。
まあ、響きは悪いが、社交辞令みたいなものである。
「あはは、あの程度の敵に、私が遅れを取るとお思いかしら?」
彼女のあまりに単純明快な反応に、あたしの気持ちはズンと音を立てて落ち込んでしまった。
ううう、聞くんじゃなかった。
「……いーもん。どうせあたしなんて3流だし、絶対に引いちゃいけない場面でいっつも面白いように貧乏くじ引くし、料理は下手だし魚三枚に下ろせないし……って、なに言ってるのよ!!」
どうにも妙な方向へ落ち込んでく事にはたと気が付いてしまい、あたしは思わずツッコミを入れてしまった。
「あのねぇ、自分で自分にツッコミ入れてちゃ世話無いわ……。まあ、それだけ回復してきたって事ね」
そう言って、マリアは小さく笑みを浮かべた。
「そーいう事。マリア、本当にありがとう。大きな貸しを作っちゃったわね」
わざと軽い口調でそう言って、あたしも小さく笑みを浮かべた。
もっとも、回復したと言っても、全身を覆う何とも気持ち悪い痺れのお陰で、未だに指一本動かす事も億劫ではあるけどね。
「フフフ、この貸しは本気で大きいわよ。って、そういうヤボな事言わないの。大体、今さら未払いの貸しが一つ増えた所で……んっ、ちょっと待った!」
冗談めかしてなにやら言いかけたマリアだったが、いきなり口調を改めて短く叫んだ。
彼女のその鋭い視線はあたしからは見えない、どこかの一点に向けられている。
もしかして、また新手か?
彼女の様子から何となくそう察したあたしは、なにも言わず、黙って防御魔術の『構成』を思い浮かべた。
……いや、思い浮かべようとしたのだが、これがどうにもうまくいかない。
普段ならそれこそ呼吸するのと同様にほとんど意識しなくても容易に出来る作業なのだが、どうやら自分で思っていた程には、まだ体調が回復していないようだ。
こうなったら、この場はマリアに全てを任せるしかない。
などと、半ば覚悟を決めたその時だった。
「おや、どこかで見慣れた顔だな。うむ、美しき姉妹愛かな」
……こ、この声は!?
「あら、こんな場所で奇遇ですね。クレスタさん」
あたしが声を上げるより先に、声を『魔道院院長代理モード』に戻したマリアが、そう言って小さく肩を竦めたのだった。
「……なるほど。それはマールが悪いな」
今までの経緯をマリアが話し終わった瞬間、お師匠の口から飛び出した第一声はそれだった。
「な、なんですか、いきなり……」
ようやく動けるようになり、マリアの隣に座っていたあたしは、思わず反論しかけたが、次のお師匠の一言で、沈黙せざるを得なくなってしまった。
「なんでもなにも、一級クラス以上の遺跡とあらかじめ察していたのに、よく調べもしないうちに変なモノに触るなんて素人以下の行動だと思うが?」
うぐっ。気にしていただけに、それを言われるとちょっと……。
「大体、僕は『3日経って戻らなかったら、余計な事をしないで引き返せ』と置き手紙を残しておいたんだが、もしかして字が汚すぎて読めなかったかな?」
と、思わずあたしがひるんでしまった隙に、お師匠はさらに畳みかけるように、きつめの皮肉を言ってくれた。
いや、ホント。昔から、こういう時のお師匠は手加減などしてくれない。
正直なところ、そもそも、お師匠がローザなんか連れて遺跡に潜ったりしなければ、あたしだって……などと思わなくもないが、これは責任転嫁も甚だしいというものだろう。
なにしろ、こちらで勝手に変に気を回した挙げ句、いきなり『監獄』に引っかかるわ『オオカミ』に喰われかけるわ、全く良い事が無かったのである。
それでいて、肝心のお師匠はピンピンしているし、彼の隣でへたり込むようにして座っているとはいえ、ローザも怪我一つしていない。
まあ、結果論といえば結果論だが、これでは、お師匠に『余計なお世話だ』と言わんばかりの態度を取られても、あたしが文句を言える筋合いではない。
……あーあ、せっかく動けるようになったのに、気分は最悪だわ。ふぅ。
「コホン。クレスタさん、あなたもそう大きな事は言えないと思いますけど?」
あたしとお師匠の間に、なんとも言えない重たい空気が流れてきた時、まるでそれを振り払うかのように、軽く咳払いをしてから、マリアがちょっとキツイ口調でそう言った。
「な、何の事かな……?」
その途端、露骨に顔色を変え、お師匠がそんな答えを返した。
「あら、全く自覚が無いのでしたら私がお教えいたしましょう。今回、この遺跡の探索許可が出ているのは、ローザとマールさん、それと、これは形式的なものですが私自身です。
恐らく、『手伝い』という形にすることで誤魔化そうという目論見だったのでしょうが、正式な手続きに則っていない以上、あなたはキッパリ無許可侵入の現行犯。私がこの目で確認しましたから、もはや言い逃れはできませんよ」
マリアがキッパリと言いはなったその瞬間、お師匠の顔色がみるみる青くなっていく。
……こういった遺跡は、その価値と危険性の面から、一次調査が完了するまでは、魔道院から許可された者以外は厳しく立ち入りを制限されている。
もっとも、遺跡探索許可の権限は魔道院の長たる院長のみが持っているので、その代理であるマリアに関してはいきなりフラッと遺跡に入っても実質的に問題はない。
しかし、ただの『職員』であるお師匠は、この立ち入り規制にモロに引っかかる事になる。
「い、いや、僕はただ、頼りない弟子と素人のペアというのが気がかりで……」
「あら、お優しいのですね。見直しましたわ」
慌ててなにやら言い訳をのたまおうとしたお師匠だったが、マリアにすかさず皮肉たっぷりのツッコミを入れられ、志半ばでそのまま沈黙してしまった。
正式な命令が下っているローザはもちろん、仕事として依頼を受けたあたしは当然ながら規則に違反はしていない。
マリアについては、、自らが許可承認者のため役得というやつで、勝手に遺跡にきても問題はない。
しかし、ただ「面白そうだから」と勝手に来たお師匠は、無許可遺跡探索と魔道院無許可外出両方の規則違反である。
その罰は……始末書くらいで済む話ではない。
なんというか、お師匠らしいといえばお師匠らしいが、これでもあたしの『親』だと思うと、なんだかちょっと悲しいものがある。
……くそー、こんな事なら、もうちょっと若いうちにグレておくべきだった。
「規則は規則です。遺跡に無断侵入した上に、無許可の長期外出。
これは、魔道院の一部で大好評の『地獄のスペシャルコース(ほぼ完全版)』に該当する違反ですね」
と、続けてマリアがそう言った瞬間、元から青くなっていたお師匠の顔色が笑えるほど急速に青くなり、その顔面をダラダラと冷や汗の滝が流れ落ちはじめた。
しかも、なぜかすっかりヘロヘロになっていたローザまでもが、ビクンと体を震わせてから、床を這うようにして2、3メートルほど素早くこちらから遠ざかったりしている。
「な、なによ、その『地獄のスペシャルコース(ほぼ完全版)』ってのは?」
あまりの『異常事態』に思わずマリアにそう問いかけると、彼女はゾッとするような笑みをニヤリと浮かべた。
「……聞きたいですか?」
「い、いえ、結構です。あたしが悪うございました!」
理屈ではなく本能的に『これ以上はヤバイ!』と感じ、あたしは慌ててそう言った。
「あら、そうですか。残念ですね」
と、マリアは本当に残念そうにそう返してくれたが、むしろ、またそれが末恐ろしい。
……魔道院には、例え院長ですら知らない方がいい秘密がたくさんある。
それを無理に知ろうとすれば、その愚行の報酬として一生どころか三生かけても取り返しが付かない程の後悔を味合うことになるのだ。
「ともあれ、クレスタさん。この件に関しては、魔道院に戻ってから私の執務室でじっくりと話し合いましょう。よろしいですね?」
「……は、はい、分かりました」
トドメとばかりにマリアに問われ、お師匠はあたしもおよそ見た事がないもの凄い悲痛な表情を浮かべつつ、コクリと首を盾に振ったのだった。
……な、なんか知らないけど、とりあえず合掌。がんばれ、お師匠!!
「さて、業務連絡はここまでにして、今は先の事を考えましょう。クレスタさん、今度はそちらの経緯を話して頂けますか?」
「はい、それはもう喜んでお話させて頂きます!!」
……あーあ、なんか思いっきり卑屈になっちゃって、まぁ。
しっかし、大きな事から小さな事までどーでもいいと勝手に判断した事に関しては、おおよそ気にしないお師匠に対してここまでのダメージを与える『地獄の(以下略)』ってことは、よほどものすげぇモノなのね。
ふぅ、いち早く部外者になっていて良かったかも。
と、こんな事を心の中でつぶやいているうちにも、お師匠の話は延々と続いている。
それを詳細に記すと、掛け値抜きに長い話になってしまうので、ある程度簡潔にまとめてしまう事にする。
お師匠がローザを連れて……もとい、ローザのサポートとして、まずは簡単に遺跡の様子を確認しようとやって来た所、またもや、ローザが落とし穴にハマってしまったらしい。
しかし、あたしと違ってお師匠は『飛翔』の魔術を使えないので、取るもとりあえず持参したロープをローザが落ちた穴に垂らし、それを伝って降りて行ったところ、この穴は思った程深くはなくすぐに地下の『第一階層』に降り立つ事が出来た。
そして、穴の底で目を回していたローザの回復を待ち、手当たり次第に地下階層を進むそのうちに、ちょうど、あの『オオカミ』との激戦を終えたばかりの、あたしたちに出会った。
とまあ、こんな所である。
何というか、ローザを連れたままでこの危険な地下を歩いてしまうという辺りが、なんともお師匠らしいというか、呆れてしまうというか……。
それはともかく、ローザが性懲りもなくハマった落とし穴がよもや正規の出入り口とは思えないが、とにもかくにも地下と地上を繋ぐ接点である事に変わりはない。
となれば、お師匠達が歩いてきた通路を逆に辿れば、どうにか地上に出られる可能性が高いというわけである。
「……分かったわ。それじゃあ、一度地上に引き返すわよ。まず体勢を立て直しましょう」
お師匠の長い話を聞き終えたあたしは、即座にそう宣言した。
「お、おいおい、何を言っているんだ。ここまで来たのに、このまま手ぶらで帰るというのは、遺跡マニアとしてのプライドが……」
「コホン。クレスタさん、あなたに発言権はありません。
ご不満でしたら、私が変わりに永遠の黙秘権をプレゼントしますが、いかがなさいますか?」
血相を変えて、なにやら抗議しかけたお師匠だったが、そのセリフを最後までのたまう間もなく、マリアが放った痛烈な一撃が命中。そのまま轟沈してしまった。
……うーむ、そのニコニコ笑顔とは裏腹に、なんか殺気出てるわよ。マリア。
「と、そういう事で、クレスタさんは無視するとして、この場で最も遺跡調査の経験を積んでいるのは紛れもなくマールさんです。あなたの決断なら私は素直に従います」
指で床になにやら文字を描いているお師匠の姿を心の底から楽しそうに見つめながら、マリアはあたしにそう言ってきた。
どうでもいいが、マリアってば口調こそ『院長代理』だけど、中身は紛れもなく『姉』ねぇ。
なんか、懐かしいやらコワイやら……。
「う、家に帰れるんなら、あ、あたしもマールに付いていく……」
と、今にも消え入りそうな声で、ローザまでそんな事を言ってきた。
……うわっ、なんか急にプレッシャーが。
「はい、これで3対1です。クレスタさん、いかがなさいますか?」
そして、そんなローザの声に満足したのか、軽くうなずいてから、マリアはかなり落ち込んでいる様子のお師匠にそう問いかけた。
はっきり言って、これはかなり意地悪な仕打ちである。
「……あ、あのなぁ、そんなに僕を虐めて楽しいか。ええっ、ローザ殿!?」
しばし沈黙を保っていたお師匠だったが、ついに何かが切れてしまったらしく、血走り涙ぐんだ目でローザを睨みながら、ほとんどヤケクソな答えを返した。
……うーむ、これはお師匠に同情するわね。
もっとも、だからといって、この様子がかなり情けないものである事に変わりはないけど。
ああもう、弟子として『娘』として、この光景は見たくなかった。
「ええ、それはもう。なにしろ、あのマール・エスクード……いえ、マリー・クレスタの親にして、遺跡研究においては魔道院十指に入るクレスタさんですからね。
そんな凄い人を公然と虐められるのですから、これほど楽しい事はないですよ」
と、そんな異様な迫力があるお師匠の様子にもひるむことなく、マリアはキッパリとそう言い切って、底知れないどす黒さを感じさせる凄絶な笑みを浮かべた。
……おーい、なんか人格壊れてるぞ。マリア。
「くっ……。もはや、我慢ならん。アストリア王立魔道院院長代理マリア・コンフォート。我が尊厳を守るため、その命、頂戴する!!」
……うわっ、ヤバい!!
頭がそう認識するより早く、あたしは最大限の防御結界魔術を解きはなった。
その刹那、障壁を挟んだ視界が真っ赤に染まり、瞬時にして全身から汗が噴き出す程周囲の気温が急上昇した。
……そう。超上位クラスの破壊力を持つ攻撃魔術ですら、完璧に防ぐ事の出来る防御魔術を使ったのにも関わらずである。
もし、こんなものをまともに食らっていたら瞬間的に跡形もなく蒸発していただろう。
全くもって、シャレにならない。
「うわっ、びっくりした!!」
と、『転移』でもしたのかあたしの隣で床に伏せるようにしていたローザが、思いっきりそんな声を上げた。
……いや、ビックリしたのはあたしの方だって。
そんなツッコミをローザに入れるより早く、今度はマリアの声が聞こえてきた。
「フフフ、そんなヘボ魔術で私を倒そうなどとは、まだまだヌルいですね。本当の攻撃魔術というのは、こうやるんです!」
そして、さして広くない遺跡の通路に、あわや障壁ごとぶっ飛ばされそうになるほどの、強烈な爆風が吹き荒れた。
「ふん、口ほどでもない。青臭いガキにはコイツがお似合いだ!!」
「だぁぁぁ、撤収。逃げろ、ローザ!!」
お師匠の怒声と共に巻き散らかされる爆発に、ほとんど悲鳴に近いあたしの声が埋もれ消えてゆく。
……もう、なんなのよ、こいつらは!!
緊張感は外出中。
あたしたちの遺跡探索はまだ始まったばかりである……
*2016/01/28改稿
やっと遺跡内で4人が揃いました。
これからが本番というところですが、ここから先の分割に悩みます。
はい、私めは文章編集が大の苦手なのです(苦笑)
誰かやってくれないかなぁ(笑)