その魔道師危険につき……   作:武山 昭喜

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まだまだ続く遺跡探索。
見た目はしょぼいこの遺跡の正体は……?


遺跡の来訪者

「……ったく、いい加減にしなさいよ」

 全身を軽くレアに焼かれ足下でピクピクしている二人をジト目で見下ろしながら、あたしは思いっきり冷たい声でそう言ってやった。

 この2人。お師匠とマリアの暴走は、その始まりと同様終わりもまた唐突だった。

 そう。次第にエスカレートしていく攻撃魔術合戦を見るに見かねて、あたしが火炎系の上級攻撃魔術をおよそ30連発ほどぶち込んでやったのである。

 思わず手加減するのを忘れてしまったので、はたと我に帰った時はちょっと焦ったのだが、とりあえず2人とも生きているようなのでホッとした。

「あのさ、いくらなんでもこれはちょっと派手過ぎると思うんだけど……」

 隣に立つローザが額にでっかい汗の滴を浮かべながら、どこか乾いた声でそう言ってきた。

「いいのよ。このぐらいの事はやらないと、こいつらを止める事なんて出来ないわ」

 実はちょびっと焦ったという過去はおくびにも出さないようにして、あたしは即座にそう答えてやった。

「そ、それはそうかもしれないけど……。クレスタさんはともかく、マリアっていちおうあんたに仕事を依頼した人だと思うんだけど」

「そっちも問題ないわ。あとで仕事料出さないとか駄々捏ねたら、攻撃魔術の3、40発でもたたき込んで、もう少しよくモノを考えるように促すから」

 あたしがにべもなくそう言ってやると、マリアは思い切り顔を引きつらせながら、変な笑みを浮かべた。

 ……念のために言っておくが、あたしはどこまでも本気である。

 世の中どんな理屈を捏ねた所で、最後は『力』が物を言う事はままあるものである。

「さて、こんなボケナス共なんざ放っておいてさっさと先に行くわよ……。といいたいところだけど、さすがにそれはマズイわね。ローザ、適当に回復してやってちょうだい」

 あたしがそう言うと彼女は一瞬なにか言いたげな表情を浮かべたが、結局は素直にお師匠とマリアの回復に掛かった。

 ……うむ、賢明な判断ね。

 

「うっ……。もう、いきなりなにするんですか!?」

「そうだ。仮にも、師匠である僕にいきなり攻撃魔術ぶちかますなんて、親の顔が見てみたいものだぞ」

 ローザの回復魔術によって意識を取り戻したマリアとお師匠が、先ほどとは打ってかわって意気投合し、ほぼ同時に噛みつかんばかりの勢いでそんな事を言ってくれた。

 ……自覚ねぇな。こいつら。

「不満ならもう1発いっとく?」

 瞬間、2人が土下座して謝ったのは言うまでもない。

 ちなみに、あたしの『育ての親』は紛れもなくフィアチャイルド・クレスタ大師匠殿である。念のため。

「……2人に警告しておくけど、今度アホなマネしたら、死ぬまでカオス・ドラゴンと追いかけっこさせるからね。分かった?」

 意識して声を低くしてそう言うと、お師匠とマリアは怯えた表情でコクコクと首を縦に振った。

 もはや、『お師匠』だの『魔道院院長代理』だのといった威厳は欠片もない。

「それじゃあ、無駄な時間を過ごしちゃったけど、さっき言ったとおり、お師匠たちが来た道を引き返すわよ。道案内よろしく」

 もはや、どっちが『師匠』だか分かったものじゃないが、とにもかくにもあたしがそう促すと、お師匠はなにも言わずに通路を歩き始めた。

 ……ふむ、考えなしの攻撃魔術もたまには役に立つもんだ。

 なお、この通路は、4人が横に並んで歩けるほど広くはないので、自然の成り行きで先頭のお師匠以下、マリア、ローザ、あたしという一列縦隊にて移動である。

「……クレスタさん、一体どういう教育をなさったんですか?」

「……いや、それが研究が忙しくて、実質ほったらかしだったんだ。今思うと、それがマズかったかもしれん」

 と、お師匠とマリアのつぶやくような声が聞こえたが、寛大なあたしはそれを聞かなかった事にした。

 ただし、心の中にそっとしまってある『死ぬまでにもう1発ぶん殴る奴リスト』に、そっと2人の名を書き込んでおいたのは言うまでもない。

 

「それにしても、クレスタさんにしろあんたにしろ、よくこんな居心地悪い場所に何度も潜ろうって思ったわね。正直、あたしはもうゴメンだわ」

 と、ローザがぼやくようにそう言ってきた。

「まあ、あたしだって間違っても居心地が良い場所だなんて思っていないけど、魔道院で机仕事してるよりはよっぽど性に合っているのよね。

 それに、まだ誰も入った事がない場所に足跡を付けるってのは結構気分がいいものよ」

 思わず苦笑してしまってから、あたしはローザにそう返した。

 まあ、ローザの物言いは至極当然のことで、真っ当な神経を持っている者から見れば好きこのんで遺跡に潜る連中なんぞ、変態以外の何者でもないだろう。

 あたし自身、この手の遺跡で何度も痛い目を見ているし、もうどれほどの大金を積まれたところで2度とこんな所はご免と思うのが普通だと思うのだが……。

 しかし、これで遺跡に潜ったのは……えっと、何回目だったかな?

 ちょっと正確な数を思い出せないが、両手の指では数え切れない事だけは確かである。

 我ながら不思議だとは思うのだが、遺跡があれば潜りたくなるのがあたしの性なのだ。

「ふーん、そんなものかしらねぇ……。まあ、あたしは魔道院で薬草の世話してる方がマシね。時々、退屈で暴れたくなるのが欠点だけど」

 そう言って、ローザは肩越しにこちらを振り向き小さく笑みを浮かべた。

 ……薬草の世話って、あんたそんな仕事していたんかい。

 あれって、確か『基礎修練の一つだ』とか無茶な事言われて、強制的に見習い生に押しつけられる雑用だったような気がするんだけど……。

「まあ、人生色々ね。頑張るのよ、ローザ」

「……なんか、思いっきりバカにされたような気がするんだけど」

 ……はい、バカにしてます。思いっきり。

「ローザさん。薬草の世話が嫌ならトイレ掃除専門に配置換えしてもいいですよ?」

 まさに、絶好のタイミングでマリアがそう口を挟んできた。

 瞬間、ローザの体がピクリと震えた。

「い、いえ、滅相もないです。楽しいですよ薬草のお世話」

 と、揉み手すらしながらローザはマリアにそう言った。

 ……あーあ、なんか泥沼ね。ローザ。

「……なんなら、あんたも魔道院飛び出しちゃえば?

 そりゃあ、晴れの日もあれば雨の日もあるけど、多少の飢えと金欠にさえ耐えられれば、結構強くなれるし」

 などと、ローザの耳元に口を寄せ、小声でそっとからかってやると彼女は思いきり深いため息をついた。

「ここだけの話、実はそれを真面目に考えているのよ。だけど、それを実行すると……言わなくても、マールは分かるわよね。ホント、あなたのの勇気は尊敬に値するわ」

 予想に反し、かなり深刻な声で(もちろん囁くような小声でだが……)ローザにそう返され、あたしは思わず返答に困ってしまった。

 実は魔道院の初等課程から一般魔道士養成課程までは一種の学生みたいなものである。

 この一般魔道士養成課程を卒業した段階で、純粋に魔道士としては一人前。

 ここまでなら、魔道院から離れるのは自由だし、攻撃魔術以外は自由に使えるので素直に『卒業』していく人は結構多い。

 しかし、『一般』の1つ上の段階に当たる上級魔道士試験に合格すると、その人の身分は『学生』から『正規職員』へと変わる。

 こうなると、もはやほとんど自由はなく、3日以上魔道院を空ける場合は所定の許可を取らねばならなかったり、他にも申請だ許可だ規則だと息苦しい事この上なく、『退職』するにしても相当の理由がないとまず受理されない。

 まあ、例えヒラでも、かなりの月給を貰える事を思えば、それもまた致し方ないとは思うがノリはほとんどどこかの犯罪組織である。

 そして、悲しいかな薬草の世話などという見習い扱いの彼女も、れっきとした上級魔道士の一員である。

 そんな彼女が『もう嫌。こんな所辞めてやるじょぉぉぉ~!!』などと、マリアの前で血の涙を流しつつ叫んでみたところで、笑顔で無視されるのがオチである。

 となれば、あとは『大脱出』しか残された道はないが……。

 上級魔道士ともなれば、要職に在るものはもちろん例えヒラであろうとも、あまり魔道院の外に出すのは好ましくない『機密情報』というモノに触れる事もある。

 そんなわけで、脱走などしようものなら、魔道院の規律違反どころか『反逆罪』という大層ご立派な罪に問われ文字通り首が飛ぶ。

 実際、あたしが魔道院を飛び出してからしばらくはやたらと刺客と取っ組み合いをするハメになったから、魔道院を飛び出すという事がどれほどの覚悟を根性を必要とするか十分に理解しているつもりである。

 しかも、あたしと違ってローザの家は国中に名を轟かせる文句なしの名門貴族だ。

 そこの娘が『反逆罪』などというものに問われれば、一体どうなるか。

 それほど考えなくとも、答えは簡単に想像がつく。

 なにしろ、なによりも名声と地位がモノをいうのが『上流階級』というものである。

 娘がそんな大罪を犯したとなれば、デミオ家の名声やら何やらは一気に崩壊。

 その汚名を晴らすために、ローザの親が率先して『討伐隊』を組織し彼女を討ち滅ぼすべく、例え世界の果てまででも追いかけていくだろう。

 しかも、その上魔道院からの追っ手にまで苛まれる事になるのだから、これはもうこの国どころか地上のどこにも安住の地はなくなる。

 身分が平民のあたしとは違うのだ。

「あっ、ちょっと。なに深刻な顔してるのよ。さっきのはただの冗談。本気にしないでよ」

 と、あたしの様子を見てなにやら察したらしく、ローザが慌ててそう言ってきた。

 ……うーん、あれはどう考えても本音としか思えないけど。

「あっそ。マジで心配したあたしがバカだったわ」

 と、自分でもちょっとわざとらしいかなと思うほど、意識して素っ気なくそう言い返すと、ローザは小さく笑みを浮かべた。

「……大丈夫よ。あたしはあたしなりに、色々と策を練っているから。いざ時が来たら真っ先にあんたの所に転がり込むからよろしく」

「……あのねぇ、厄介ごとはご免よ」

 本気とも冗談とも付かぬマリアの発言に、あたしは苦笑しながらそう答えるのが精一杯だった。

 ……ふぅ、本当に転がり込んできたら、即座に蹴り返してやるかな。

「ん、ちょっと待て。なんかおかしいぞ」

 先頭を歩いていたお師匠がいきなり立ち止まり、少なからぬ緊張感を感じさせる声でそう叫んだ。

 瞬間、あたしとローザの間に流れていたほのぼのとした(?)空気が瞬時に吹き飛び、周囲の空気にピリピリしたものが混じり出す。

「どうしたんですか?」

 反射的に攻撃魔術の準備を整え、あたしはお師匠にそう問いかけた。

「ああ、マズい事が起きた」

 見ると、マリアも無言のまま巨大なナイフを抜き、一体なにをするつもりなのかローザも自分の荷物袋に手を突っ込んだ。

 1名ほど意図不明だが、少なくともあたしとマリアはまさに臨戦態勢である。

「ああ、道が消えた」

『はぁ!?』

 お師匠の緊迫した声から一瞬間をおき、残り3名が異口同音に発した素っ頓狂な声が見事なハーモニーを奏でたのだった。

 

 

「こりゃあ、また凄いわね」

 目の前のその光景を目にして、あたしは思わずそんな事をつぶやいてしまった。

 ……そこにあるのは、どこまでも続いていそうな広大な闇。

 お師匠が足を止めたすぐ先にあったのは、まさにそういう空間である。

 あたしたちが歩いてきた通路はそこで完全に途切れ、そこで誰かがばっさり切り落としたかのようである。

「信じられない。ついさっき、ここを歩いてきたばかりなのに……」

 あたしの隣に立つローザが、まるで惚けたようにそうつぶやいた。

 ……なるほど、『道が消えた』ってのは嘘じゃないわけね。

 つまり、恐らくは何らかの魔法によって、ここにあった通路が文字通り消えてしまったというわけである。

 もっとも、魔術にせよ魔法にせよ一時的に物理的な法則の壁を越えた事象を引き起こすといっても、やはり限界というものがある。

 そんなわけで、『何の痕跡も残さず、一瞬にして遺跡の構造を変える』などという芸当はなかなか出来るものじゃない。

「おっかしいなぁ、罠の類を発動させた感じはしなかったんだがなぁ」

 と、これはあたしの背後に立ち、納得出来なさそうな表情を浮かべるお師匠の声である。

 無理もない。これだけ派手な魔法が発動すれば、それだけこの近辺の精霊力の変動も激しくなる。

 いくら背後でこっそり発動したとしても、これなら、お師匠はもちろんローザでさえ容易に気が付くだろう。

 かといって、魔法を使わずにこんな芸当をやってのけるなど、もちろん不可能な話である。

「まあ、なにはともあれ、ここでじっとしていても仕方ありません。それより、今後の事を考える方が先決でしょう。マールさん、いかがなさいますか?」

 と、こちらは水筒の中から水……いや、お茶を飲む余裕を見せるマリアの声である。

 確かに、ここでウダウダしていたところで、事態が好転するわけでもない。

 となれば、なにをさておいてもまずは行動をという彼女の意見は理解出来るが……。

 

 ……ふぅ、どうしたもんかな、これは。

「そうね。まず、お師匠が来た道を引き返すってのはここで中止せざるを得ないわね。

 かといって、あたしたちが来た道も入り口だけで出口なんて見当も付かないし、そうなると、あとは……」

 そこで、あたしは思わず言葉を飲み込んでしまった。

 誰一人として何も言わず、ただ黙ってあたしを見つめているだけだが、もはやこの場にいる全員が全員とも、あたしが言いたい事は分かっているだろう。

 ……つまり、こうなったら戻るしかない。

 しかし、これはちょっとリスキーである。

 なにしろ、内部構造が変わってしまうということは、自分がどこにいるのかすら分からなくなってしまうのだ。

 それだけ罠に掛かる危険性が高まるし、あの『オオカミ』みたいな魔法生物に遭遇する可能性も否定できない。

 しかし、黙っていてもなにも変わらない。

 あたしは一つの決断を下した。

「……引き返しましょう。この先、お師匠は罠の発見及びその解除に専念してください。マリア、あなたは魔法生物に遭遇した場合の戦闘指揮をよろしく。そして、ローザ。あんたは、適当に『明かり』の魔術で通路を照らしてちょうだい」

 誰も隊長役を引き受けてくれる人がいないと悟ったあたしは、なにか大きな事を諦めたような気分でそう指示を出した。

 いちおう、各人の能力を考慮したつもりである。

 完全に端役のローザあたりが、文句の一つでも言ってくると思っていたのだが……。

 しかし、意外にも誰も異存がなかったらしく、全員が一様にうなずいた。

「これからの『隊長』はマールね。よろしく」

 と、マリアがそう言った。

 ……はいはい、雇用主様。

 隊長なんて柄じゃないんだけどなぁ。

「それじゃあ、さっさと行くわよ。並び順は、さっきと同じでいいわ」

 という、なかばヤケクソ気味なあたしの号令を合図にして、一行は今歩いてきたばかりの通路を再び引き返しはじめた。

 そして、程なくして先のラグナ君が壁に空けた穴の前まで戻ると、一息いれるべくあたしはストップの号令をかけた。

 ここまでは問題ない。構造も変わっていない。

「しかし、こりゃまた盛大にやったな。どうせ、またマール辺りが気合い入れてぶっ飛ばしたんだろうがな」

 壁に穿たれた穴と、通路に撒き散っている瓦礫の山を交互に見回しながら、お師匠が呆れたような声でそう言った。

「へぇ、これだけ頑丈な壁に穴を開けるなんて、やっぱさすがはマール。かつて、魔道院の最終兵器と呼ばれただけの事はあるわね」

 と、お師匠に同調して、ローザがからかうようにそう言ってきた。

 ……まあ、あながちハズレではないが、直接この穴を空けたのはラグナ君であってあたしが攻撃魔術をぶち込んだわけではない。

 面倒くさいので、いちいち訂正はしてやらないけどね。

「ローザさん、それは違いますよ。この私も一緒でしたので、むしろ『破壊の姉妹』の方が正解です」

 あたしが黙っていると、何を勘違いしたのかマリアが妙に自慢げにそうツッコミを入れた。

 ……おいおい、ンな事で威張るなよ。

「おおっ、その響き。なんか懐かしいなぁ。あの頃のマールと来たら、どっかおかしいんじゃないかって思うぐらいやたらと破壊工作に勤しんでいたいたし、そのせいで、僕も周りから散々嫌み言われたっけな」

 口調はのどか、しかしその内容はあまり健全とは言えないお師匠のつぶやきを聞いた。

 

 ……破壊工作とは心外である。

 魔術の開発過程では、常に破壊と犠牲はつきものなのだ。

「ほらほら、いきなり緩んでる状況じゃないわよ。この先は何があるか誰も知らないんだからね!!」

 このまま放っておくとさらになにを言われるか分かったものじゃないと判断したあたしは、軽く手を叩きながら大声でそう言った。

「あー、そんな事はみんな分かってるよ。だからこそ、今はハメを外しているんだ。人間の精神ってのは、そう長くは極度の緊張に耐えられるもんじゃないからな」

 と、まさに弟子を諭すような口調で、即座にお師匠がそう反論してきた。

 むろん、これは正論だしあたしも異論を挟むつもりはない。

 どんなに訓練を積んだ人だって、同じ緊張感が長く続けばダレてくるものである。

 そんな状態のまま、それこそ次に踏み出す一歩が人生最後の記憶になりかねない危険地帯に進むのは、決して得策とは言えないだろう。

 実は、さして進まぬうちに一時休息の指示を出したのもこれが最大の理由だったのだが……。

 しかし、あたしが言いたかった本音は、もちろん、こういうレベルの話ではない。

「……あたしだって、そんな事は分かってますよ。だけど、なにも寄ってたかって、あたしを肴にしなくたっていいんじゃないかと思うんですけど」

 と、言ってる側から情けなくなってしまったが、とにかくあたしはお師匠にそう反論した。

 ……ったく、このぐらい察しろっての!!

「おいおい、もしかして自覚していなかったのか。このメンツの中で一番笑い話のネタに困らないのが君なんだぞ。これで、話すなという方が……」

 ゴッ、めきっ!!

 どうやら、お師匠がなにやら不穏な事を言いかけたようだが、しかし、その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 ……あたしがたまたま手近で拾った、大人の拳ぐらいの大きさの瓦礫が顔面にめり込んだお陰で。

「……さて、鬱陶しい奴が沈黙したところで、改めてゆっくり体を休めるとしましょう。今のうちに、体調が優れない人は正直に申告してね」

 手に付いた埃を叩き落としながらそう言うと、床にぶっ倒れてピクピクしているお師匠を除き、全員がコクコクと首を縦に振った。

「だ、大丈夫よ。体があっちこっち痛いけど、別に動けない程じゃないし……」

「私も平気です。……少なくとも、そこで倒れてる『誰かさん』よりは、まだ動けると思います」

 と、ローザ、マリアが、どことなくバケモノでも見るような視線であたしを見つめつつそう言ってきた。

「分かったわ。それじゃあ、そこの鬱陶しい奴が生き返り次第すぐに出発するわよ。それまでは、ちゃんと体力を回復させておくこと」

 そう言って、あたしは適当な壁に背中を預けるようにして床に座り軽く目を閉じた。

 ……まっ、咄嗟に石なんてぶん投げちゃったけど、この程度でどうにかなるほどお師匠はヤワじゃないし、放っておいても大丈夫でしょう。

 そんな細かい事を気にするより、今は少しでも体と神経を休ませる事の方が先決。

 この遺跡、どう考えてもお気楽に進めるほど甘いもんじゃない事は確かなのだから。

「……あの、マールさん。なんだか、クレスタさんが痙攣しているようですが?」

「あっ、いいのいいの。そうやって、いつも誰かに甘えようとするんだから」

 暗く閉じた視界のどこかで聞こえてきたマリアの声に、あたしは即座にそう答えた。

「そう、ですか……。まあ、私の事ではないですから、別に構いませんけど」

 一瞬躊躇ったような様子を感じさせながらも、しかし思いっきり薄情な事を言うマリアの声を聞きながら、あたしは急速にまどろみはじめたのだった。

 どこでも寝られるというのは、遺跡探索を専門とする魔道師の必須技能である。

 

 

 

 この名無しの遺跡に潜ってから、一体どれほどの時間が過ぎているのだろうか。

 前にも言ったような気がするが、超高級品である時計など持っていないあたしは、地上から隔絶されたこの空間で時間の感覚などとっくに失われている。

 まあ、時計などというクソ高いものを、一度足を踏み入れればまず平穏無事では済まない事が明白な遺跡に惜しげもなく持ち込む豪快な人など、まず滅多にいないだろう。

 ともあれ、もう何度目か忘れた一時休止を終えたあたしたちは、整然とした遺跡の通路をひたすら進んでいた。

 ここに至るまで、幸いな事に凶悪な罠には遭遇しなかったものの、その代わりにあたしにとっては決して因縁浅からぬあの『オオカミ』には何度も遭った。

 しかし、今は4人パーティである上に『戦闘隊長』ことマリアの的確な指示もあって、そのことごとくを無傷で撃退する事に成功している。

 とはいえ、実際の戦闘にあたるのは、主にマリアとローザで、あたしとお師匠は彼女たちの背後から、『サポート』と称して、ほとんど高みの見物を決め込んでいるのだが……。

「おっと、ストップ。ついに『ねずみ取り』のご登場だぞ。マール、ちょっと手伝ってくれ」

 先頭を歩いていたお師匠が不意に足を止め、その内容のわりには妙に楽しげに聞こえる声でそう言ってきた。

 ちなみに、『ねずみ取り』とは、いわゆる罠を指す魔道士内での俗称である。

 ……ふむ、来たか。

「はいはい、今行きますよっと」

 お師匠にいい加減な答えを返しつつ、あたしは道具袋の中を漁り愛用のボロノートを取り出した。

 そして、不安げな表情を浮かべるローザと興味津々といった表情を浮かべているマリアの脇を通り、お師匠のすぐ隣に立った。

「ほら、そこの床だ。うっすらとだが、なにか彫り込んである」

 お師匠に示されるまま床の一点を目をこらして見ると、確かに非常に見づらいが床に敷き詰められた石に、なにか文字のようなものが彫り込んであるのが分かる。

 そのままじっと観察を続けていると、やがてその文字のようなものは床に大きく描かれた奇妙な『図形』……『魔法陣』の一部だと分かった。

 ……ええっと、これは。

 胸中でつぶやきながらノートを繰っていくと、やがて目当ての事が記載してあるページにぶつかった。

「……これは、『転送』の魔法。この『魔法陣』の上に載ると発動するタイプ」

 床に描かれた『魔法陣』とノートに記してある過去の記録を見比べながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいた。

 この『魔法陣』というのは、魔法を使うために必要な呪文を一定の規則の下で書き記したものである。

 こうしてやる事で、例え魔道士本人がいなくとも、例えば目の前のこの『魔法陣』のように『誰かが上に乗った時点で自動的に発動させる』などという、魔術では真似の出来ない便利な使い方が出来るのだ。

 そして、魔道士ごとに使うルーン・カオス・ワーズ=魔術を使うための特殊言語が異なる魔術とは違い、魔法の場合は呪文さえ知っていれば誰でも同じ術が使えるし、その呪文を書き記した『魔法陣』に関してもやはり同じ事が言える。

 つまり、言い方を変えれば目の前にある『魔法陣』が、過去に見たものと同じそれならその効果や発動条件も全く同じというわけ。

 

 それゆえに、あたしの遺跡探索必携アイテムの中に過去の記録満載のこのボロノートが含まれているわけだ。

 遺跡探索に従事する者にとって、過去の経験というのは何物にも代え難い貴重な財産なのである。

「うーむ、『転送』か……。なるほど。これに乗れば、地上に戻れる可能性もあるわけだ」

「ええ。但し、全く見当違いの場所に飛ばされる可能性の方が大きいですが」

 なにやら思案している様子でぽつりとつぶやくように言ってきたお師匠に、あたしは低く小さな声でそう答えた。

 こういった『魔法陣』で描かれた『転送』の魔法は、実際に発動させてみない事にはどこに移動させられるか全く分からないのだ。

 お師匠の言うとおり、地上に戻る事が出来れば文句はないのだが、もし当てが外れれば、それこそどこに『吹っ飛ばされる』か分かったものではない。

 それでも、この『魔法陣』が『正規の移動手段』として彫られたものなら、例え地上へ移動しなくとも、どこかしらのまともな場所に移動出来るはずである。

 しかし、これが侵入者を陥れる為の『罠』だとしたら……、かなりの確率で生きているのが難しいような悲惨な場所に強制移動させられるハメになる。

 ……知らないフリしてこの『魔法陣』の上に乗るか、それとも、どうにかしてこれを回避して先に進むか?

 まさに、伸るか反るかの一発勝負。

 その掛け金は、自分を含めたこの場にいる全員の命。

 さて、どうしたものか……。

 と、ふと辺りを見ると、いつの間にか、全員の視線があたしに集中していた。

 ……つまり、あたしが決めろって事ね。

 どうしても、思わず逃げ出しくなるようなプレッシャーを感じてしまうが、ここは冷静に判断する必要がある。

 努めて心を落ち着かせ、しばし思案を巡らせた結果、あたしは一つの結論に達した。

「……回避しましょう。この『魔法陣』のある場所から考えて罠である可能性が極めて高いと思われますし、ここであえて不必要なリスクを冒す必要はないでしょう」

 あたしがそう言うと、みんなは一様に1つうなずいた。

 そう。今になって思えば、ここまで深く考える必要はなかったとも思うが、この『魔法陣』のある場所は何の変哲もない通路の真ん中である。

 これは、言うなれば長い廊下の真ん中にいきなりデーンと階段を造るようなもので、邪魔なだけの存在でしかない。

 この遺跡を設計した人が余程の変人なら別だが、これが『正規の移動手段』としての『転送』ならここだけ通路の幅を広げ、その端の方に『魔法陣』を彫るなりもう少し利便性を考えた作りにするはずである。

 となれば、これは罠である可能性が極めて高い。

 微かに視認できる『魔法陣』は、せいぜい直径1・5メートルほどの円形なので、回避はそれほど難しくはない。

 あたしは、荷物袋の中からもう空に近いインク瓶を取り出し、その中身を床にぶちまけた。

 すると、床にくっきりと魔方陣が浮かび上がる。

 あたしは数歩ほどその場から後退し、大きく息を吸い込んでから、思いっきりダッシュ。

 先ほど床に撒いたインクの跡を目印に、勢いよくジャンプした。

 タンと音を立てて、『魔法陣』の向こう側の床に着地したあたしは、ざっと周囲の安全を確認してから、手招きで『よし、来い』と合図した。

 次はお師匠が意外にも(失礼?)軽やかな動作でこちらに飛び移り、ついで、マリアが危なげなく跳躍。

 そして、最後に今にも破裂するんじゃないかと思うほど思いっきり緊張しまくった面持ちのローザが、ぎこちない動作ながらもなんとかあたしの間近に着地。

 この瞬間、あたしは思わず安堵のため息をついてしまった。

「ふぅ……。それじゃあ、早速先に進みましょう。くれぐれも、油断しないでね」

「はいよ。隊長殿」

 あたしの言葉にお師匠が軽口を返し、マリアがクスリと小さな笑い声を漏らした。

 ……ふぅ、こりゃあ結構しんどいかもしれない。

 ただ遺跡を歩くだけならまだしも隊長役をやるハメになるとは……。

 少なくとも、数年前のあたしからは想像も付かなかったわ。

 うーむ、どっかでタイミングを見計らってお師匠辺りにこの大役を押しつけるか。

 やれやれ……。

 

 

 

 時間感覚は無くとも、人間というのは生理的な現象はあるしお腹が減れば眠くもなる。

 そんなわけで、適当な頃合いを見計らいあたしは大休止の指示を出した。

 マリアの手による携帯食料が材料とはおおよそ思えないような、凄まじく豪勢な食事の後、交代で見張りを立てながらの仮眠タイムに突入した。

 そんなわけで、栄えある見張り担当一番手は他ならぬこのあたし。

 他のみんなは、あたしのすぐ脇で、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。

「……そういや、思わず3時間交替なんて言っちゃったけど、誰も時計なんて持っていないのよね」

 不意にも当たり前の事実に気が付いてしまい、あたしは思わずそんな事をつぶやいてしまったがすぐに大したことではないと思い直した。

 なにしろ、時間が分からない事は皆同じ。

 ってことは、適当な頃合いを見計らって、次の担当者であるマリアをたたき起こせば済む話である。

 まあ、寝ているマリアからすれば迷惑な話だろうが、とにもかくにも一方的に決めつけて満足したあたしは、腰の後ろから拳銃を引き抜きシリンダーの中の残弾を確認すると、足を投げ出すようにしてその場に座り背中を壁に預けた。

 辺りは3人から漏れてくる寝息以外の音はなく、今のところは平穏そのものである。

 しかし、基本的に移動しない罠はともかく、あの『オオカミ』のような魔法生物は当然のようにあちこちを俳諧しているはずである。

 いくらこちらが休息中とはいえ、もちろんそういった輩がなにかしら配慮してくれるわけもなく、いざという時はあたしが真っ先に矢面に立たねばならない。

 そう思うと、ちょっと前のあの一件が脳裏をよぎり思わず身震いなどしてしまう。

 マリアの魔術によって、もはや傷の痛みは感じないがあの時の記憶はそう簡単に消えてくれるものではない。

 ……ふぅ。少なくともマリアと交代するまでは、なんか面倒なヤツが出てきませんように。

 などと、とりあえず小さな頃にお師匠から散々聞かされた、『魔道院の中庭の端っこに転がっている岩に張り付いたヒカリゴケの神』とかいうとてつもなくクソ怪しいシロモノに祈りを捧げるあたし。

 しかし、あたしの祈りは『魔道院の(以下略)』とやらの御心には届かなかったのか、それとも端からそんなもんは存在しなかったのか、その直後にあたしの耳は微かな音を捉えた。

 ……ん。もしかして、靴音か?

 反射的に気配を消し、その音が聞こえてくる方向……これから向かおうとしていた進行方向……に銃口を向けながら、あたしはその音を分析した。

 あたしの経験上では、魔法生物の類が靴なんぞ履いているというケースは非常に希なことである。

 となれば、この靴音は盗掘者かなにか人間に属する者である可能性が高い。

 そして、これもあたしの経験上での話なのだが、魔道院から派遣された調査隊と盗掘者が遺跡の中でばったり出会ってしまった場合、まずはお互いに友好的な挨拶を交わす……などという生温い展開はまずない。

 これは、彼我の装備や人数の差によって異なるのだが、最良でも小競り合い程度は発生するし、最悪の場合はどちらかが全滅するまでの死闘になる事もある。

 ……ある意味、これは魔法生物よりも厄介かもね。

 銃を構え、乾いた唇を嘗めながらあたしは胸中でそうぼやいた。

 本来なら、この期に及んでまだ寝転けているみんなを起こすべきなのだろうが、最初は微かに聞こえてきた靴音と思しき音は、もうかなり大きな音量になっている。

 それどころか、闇の向こうからランプと思しきオレンジ色の光まで見えるような状況なのだ。

 残念ながら、今さらみんなをたたき起こして現状を説明している時間はない。

 ……こうなったら、いきなり不意打ちをぶちかまして、いち早く主導権を握るのみ!

 ちょっとした衝撃で破損しやすく、しかも灯り油だのなんだのといった消耗品が必要なランプを使っているところから、相手が魔道師ではないと察したあたしはこっそりと脳裏に『構成』を浮かべた。

 といっても、これは攻撃魔術ではなく、『明かり』の魔術である。

 もちろん、この魔術には直接的な殺傷力はないが、こちらに近づいてくる靴音の主が確実に盗掘者であるという確証はない。

 例えば、あたしたちより先に派遣されたという、あの調査隊の生き残りという事もありうるわけだし、あまり無茶な事をするわけにもいかないだろう。

 と、そうこうしているうちに、足音とランプの光が徐々に大きくなっていく。

 ……遺跡探索の鉄則、その2。

 歩く時は無闇に音を立てるべからず。

 どこの誰だかしらないが、少なくとも熟練の『遺跡探索者』というわけではないらしい。

 さてと、相手に対する洞察はここまでにして、そろそろぶちかましますか。

「動かないで!!」

 そう叫びながら、あたしは『明かり』の魔術を解きはなった。

 瞬間、闇に包まれていた通路に真夏の昼間並の光が溢れる。

 ……うぎゃあ、目が眩んだ!

 って、あたしが自爆してどうする!!

「……あら、誰かと思ったら、クレスタの娘じゃないの。こんな所で一体なにをやってるのよ?」

 と、我ながら間抜けな事に思いっきり狼狽えまくるあたしとは裏腹に、非常に落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

「むっ、その声は。……もしかして、エリナ!?」

 反射的にそんな声を上げながら、ようやく明るさに慣れてきた目を擦りつつあたしは相手の姿を確認した。

 ……肩までで綺麗に切りそろえられた黒髪に、少し端がつり上がった気が強そうな相貌。

 そして、その髪の毛の色とお揃いにしたかのような、やっぱり黒のゆったりとしたローブにこれまた黒のマントという、この上なく魔道士っぽい出で立ちをした見覚えのあるその女性。

 見た目こそは、せいぜい10代後半といったところだが、なんとお師匠の『師匠』だったこともあるという、実はこっそり歳を食っている彼女の名はエリナ・グランフォートという。

 ちなみに、あたしと彼女は友人と言ってもいい程の仲である。

 ……思い出した。そういや、最初にローザが見せてくれた資料の中に、調査隊の副隊長という役回りで彼女の名前があったっけ。

 前言撤回。彼女は素人どころか、遺跡探索ではお師匠と肩を並べる程のベテラン中のベテランである。

「あらあら、別に驚く事じゃないでしょう。どこかに記録が残っていると思うけど魔道院からの命令で、調査隊の正式な一員として派遣されたんだから。

 ……あたしにしてみれば、むしろ、マールがここに居る方が驚きなんだけど」

 と、ごく淡々とした口調でエリナはそう言ってきた。

「あっ、それね。実はあなたたちを探しに来たのよ。もちろん、魔道院からの要請でね」

 と、あたしがそう言うと、エリナはピクンと眉を跳ね上げたがすぐに弱々しく首を横に振った。

「なるほど。つまり、あたしらは失踪扱いって事ね。

 まっ、ちょっと癪だけど、この有様じゃ文句も言えないか……」

 そう言って、エリナは自嘲気味の笑みを浮かべた。

「あ、あのさ、本当はこんな事聞きたくないんだけど、こっちも正式に報告書に残さなきゃならないから……。ごめんね」

 そんな彼女の様子を見るとあたしとしてもかなり気が引けるが、しかし、やるべきことはやらねばならない。

 無理矢理気持ちを切り替えあたしはまずそう前置きしてから、意を決して酷く意地悪な質問を投げた。

「緊急調査隊の隊長として、あなたの隊の現状報告を求めます」

 と、あえて事務的な言い方でそう言うと、エリナは軽いため息を付いてから、こちらを睨み付けるようにして、じっとこちらを見つめた。

 ……もちろん、いちいち聞くまでもなく、エリナの調査隊がどうなったかは見当が付く。

 はっきり言って、あたしだってこんな事は聞きたくない。

 しかし、ローザが受けた任務はこの遺跡の調査に加え、エリナの隊の消息確認も含まれていたはずである。

 となれば、あとで提出する報告書には、エリナと出会った事と彼女の口から自分の隊がどうなったかという話を聞き出し、それを記さねばならない。

 もっとも、この場に魔道院院長代理であるマリアもいるが、それでも提出書類の内容は別問題というなんだかお役所臭い悪しき習慣があるだ。

「はいはい、分かってるわよ。……ご覧の通り、あたしたちの隊は壊滅よ。

 詳しい事はこっちの報告書に書くけど、手始めに地上の調査をしていたらいきなり『監獄』に放り込まれた挙げ句、そこで『レッド・ドラゴン』さんとご対面するハメになってね。

 ……死ぬほど苦労して、何とかこのバケモノを細切れにしてやった時には、その場で呼吸していたのは、あたしだけになっていたわ」

 と、非常にサバサバした口調でそう言って、エリナは小さく肩を竦めた。

 ……正式名称レッド・ドラゴン。別名『炎竜』

 全身を赤い鱗で覆ったこの怪物はこの世界のあらゆる物を一瞬で蒸発させるほどの熱量を誇るという、強烈無比な『ファイア・ブレス』を最大の武器に持つ竜族の一員である。

 他の竜族と同様、今ではその姿をほとんど見る事が出来ず半ば伝説上の生き物扱いされているが、それでも滅多な事では誰も踏み入らないような険しい山などに行くと、ごく希に遭遇することもあるし、こういった遺跡の中には一種の『番犬』として放たれている事もある。

 

 あたし自身、前に一度だけ遺跡を探索している最中にこのレッド・ドラゴンと相対した事があるのだが……。

 はっきり言って、あれはシャレにならない。もう、なんとか逃げるだけで精一杯だった。

 あんなヤツがこの遺跡にいるというだけでもう十分過ぎるほど衝撃的な情報なのだが、その上、多大な犠牲を払いながらもあれをブチ倒したとなると……。

 もはや、感覚が麻痺して、なにも思い付かない……。

「なにいきなりボケた顔してるのよ。言っておくけど、これは適当にでっち上げた嘘じゃないわよ。マジで死ぬかと思ったんだから!」

 と、あたしがぼんやりしてしまっていると、何か勘違いしたらしくエリナは猛然と抗議してきた。

「い、いや、嘘にしては出来が悪すぎ……別に疑ってるわけじゃないわよ。単に、驚きすぎてなにも言えなかっただけ」

 あたしがそう言うと、エリナはきょとんとした表情を浮かべた。

「へぇ、あんたでもそんなに驚く事があったんだ。

 あたしはまた、てっきりどっかの世界から送り込まれてきたター○ネーターだとばかり思っていたんだけど……」

「また、わけの分からない事を……。ったく、その様子じゃあ、もう大丈夫みたいね」

 本気で得体の知れないセリフを発するエリナに、思わずため息など交えてしまいつつあたしはそう言った。

 まあ、なにはともあれ、エリナがすでに遺跡を探索出来るだけの落ち着きを取り戻している事だけは分かった。

 遺跡に潜る以上、それ相応のリスクがある事は覚悟の上だろうが、これは皮肉などではなくなかなか大した精神力である。

「もちろん。反省会は後でも十分出来る事だしね」

 そう言って、エリナはニッと笑みを浮かべた。

 もっとも、これが本心からの言葉ではないと思うが、妙にあっけらかんとしている。

 

 まあ、それはさておき……

 これで、いよいよ遺跡探査を続けるより地上に戻る事に専念するべき状況になった。

 レッド・ドラゴンまでいるような遺跡と分かれば、本腰をいれてかからねばならない。

 そのためには、装備も人員も不足している。

「って、それはまあいいとして、あんたやクレスタはともかくなんでマリアがここにいるのよ。それに、もう一人のその女の子って確か『薬草園』のお手伝いさんじゃなかったっけ?」

 と、いきなり口調を変え、エリナが呆れたようにそう言ってきた。

 ……や、薬草園のお手伝いって。

 ローザ、あんたの首にぶら下がっている、その上級魔道士証が泣いてるぞ。

「ま、まあ、これには色々と事情があるのよ。ちなみに、その『薬草園のお手伝いさん』はローザ・デミオって言う名前でこれでも上級魔道士よ」

 人事ながらちょっぴり切ない思いを味わいつつ、あたしはエリナにそう返した。

 すると、彼女は驚いたように目を大きく見開いた。

「へぇ、最近じゃあ薬草園のお手伝いなんていう本気でどーでもいいような仕事にも、高給取りの上級魔道士を充てるのね。なんつーか、豪儀なことで」

 ……うーむ。どうやら、嫌みでも何でもなく彼女は本気で驚いているようである。

 しかし、寝ているとはいえ本人を前にしているにも関わらず、そのあからさまにイジメているとしか思えない発言は、いかがなものかと思うんですけど。

「まあ、お手伝いの上級魔道士だろうとなんだろうと、しょせんは遺跡探索の素人に変わりはないって事ね。

 なんていうか、あたしらを助けに来てくれたみたいだから、文句を言う筋合いじゃないってのは分かってるけど……。もしかして、あんた。遺跡ってモンをナメて掛かってるでしょ?」

 そう言って、キッとこちらを睨むエリナ。

 まあ、無理もない。

 もし、お互いの立場が逆なら、きっとあたしも同じ事を言っただろう。

 しかし、これはあたしの人選ではない。

 そもそも、こんな仕事をローザに押しつけたマリアが悪いのだ。

 そんな、なんとも言えないやり切れなさのような気持ちを心に抱きつつ、あたしは静かに首を横に振った。

「あなたも知ってるとは思うけど、あたしはもう魔道院とは関係ない人間よ。

 それにも関わらず、あたしがこんな場所に居るのは、そこで寝転けてる『お手伝いさん』の手伝いをしてくれってマリアから依頼されたから。……あたしが何を言いたいのか、エリナも分かってくれるわよね?」

 なんか、もうどうでも良いような気持ちでそう言うと、エリナはハッとしたような表情を浮かべた。

「そーいう事か。……いてもいなくてもどーでもいいような『給料泥棒』に特1級レベルの遺跡探索なんて無茶な任務を押しつければ、どれだけ有能なサポートが付いていてもその結果は明らか。

 つまり、あたしらの救出というのは建前で、本音は、勝手に魔道院を飛び出した厄介者を体良く始末したかったってことね」

「ほえっ?」

 全く予測していなかった発言がエリナの口から飛び出し、あたしは思わず変な声を上げてしまった。

「はぁっ。もしかして、気が付いて居なかったの!?

 あのねぇ、よく考えてもみなさいよ。自分で言うのもなんだけど、それなりに遺跡探索の実績を残しているあたしらが遭難したっていうのに、その救助隊になんで『薬草園のお手伝いさん』が起用されるのよ?」

「そ、そう言われてみれば、確かに……」

 今まで考えもしなかった所を突かれ、あたしは思わずモゴモゴとそう返してしまった。

 ……なんで今まで気づかなかったんだろう。

 ローザが持っていた調査隊の名簿に記された名前は、エリナもその他の人たちも、それ相応の実績も経験もある猛者ばかりである。

 いくら人手が無かったとはいえ、そんな連中が遭難するような遺跡に超ド素人のローザなんぞを派遣した日には、その結果は火を見るより明らかである。

 まして、未調査の遺跡を調査する場合はベテランのみを集めた基本編成を2組、合計8名以上で調査隊を編成するのがセオリーなのに、よりにもよって魔道院が直に送り出したのはよりによって彼女のみ。

 いくらあたしがサポートに付く事が織り込み済みだったとはいえ、いくらなんでもあたし1人でベテラン8人分の仕事など出来るわけがない。

 素人が1人に、お師匠1人分の実績もない小娘1人。そんなパーティが遺跡に踏み込もうものなら、特1級どころかベテラン達の間で『探検ゴッコ』とさえ言われる4級レベルの遺跡ですら、たちまち遭難すること請け合いである。

 はっきり言って、これはもう確信犯と言ってもいいだろう。

 ったく、もっと早く気づけよ。あたし。

「もう、『確かに』じゃないわよ。大体、院長という身にありながらいきなり魔道院を飛び出すなんていう前代未聞の珍事をやらかしておきながら、あんたは警戒心がなさすぎるわよ。

 まあ、今でこそ表だっては騒いでいないみたいだけど、魔道院ってもんがそんなに素直じゃないことぐらい、あんただって分かっているでしょうが」

「はぁ、ごもっともで。返す言葉もありません……」

 さらにたたみかけるように飛んできたマリアの言葉に、あたしはただただ頷くしかなかった。

「……あれっ、ずいぶん聞き分けが良くなったわね。いい心がけだとは思うけど、あたしとしてはなんか張り合いがなくてつまらないわ」

 ……こ、こいつは。

 そ、そりゃあ、魔道院時代のあたしはどう考えても素直だとは言いがたい、ひたすらムカつく糞ガキだったという自覚はあるけど、いちおうこれでも少しは物を考えるようになったというか、なんというか……。

 まあ、別にいいけどね。

「……ふぅ。まあ、それはともかく、そういう企みにまんまとはめられたって分かった以上、あたしとしても……」

 気を取り直し、今後の行動を思案しながらつぶやきかけたその時、背後に微かな気配を感じた。

「あら、欠席裁判というのは、あまり褒められた事ではありませんね。この場合『被告人』の弁明を聞いてから、判決を下すのが筋というものでは?」

 と、背後から聞こえてきたこの声は、紛れもなくマリアのものだった。

 反射的に振り向くと、いつの間に起き出してきたのか、小さく笑みを浮かべたマリアが、あたしのすぐ近くに立っていた。

「おっ、さすがに起きたわね。魔道院院長代理殿」

 あたしが言葉を発するより先に、エリナがなにやら含みがある声でそう言った。

「いくらなんでも、あれだけ大きな声が聞こえれば、嫌でも目が覚めますよ」

 と、苦笑混じりにマリアがエリナにそう返した。

 ……そーいや、あたしたちって、普通に立ち話するぐらいの声で話していたわね。

 それなりに遺跡探索の心得がある者なら、例え仮眠を取っている最中でも小石が落ちた程度の微かな音でさえ、敏感に反応して目を覚ますものである。

 ……ま、まあ、ローザはともかく、経験豊富なはずのお師匠までもがこの期に及んでまだ寝こけたままなので、あまり説得力がないかもしれないがこれは例外中の例外。

 

 もはや、豪快というか非常識というか、とにかく人並みはずれた彼の大雑把な性格に起因する特異例なので、この際きっぱりさっぱり無視していただこう。

「まあ、そりゃそうか。……で、あたしの話はどこから聞いていたのかしら?」

 と、これまた妙な含みのある声で、エリナはマリアにそう言った。

「もちろん、最初から聞いていましたよ。ただ、あなたとマールの会話がちょっとおもしろい方向に進んでいったので、今まで黙っていましたけどね」

 なにか、妙な気配を漂わせるエリナをいなすように、マリアはごく自然な口調でそういって、小さな笑い声を漏らした。

 ……むっ。なんか、嫌な風向きねぇ。

 こりゃあ、もしかしたら『大嵐』が吹き荒れるかな?

「ふーん。それじゃあ、話は早いわね。

 さて、どう弁解しますか。魔道院院長代殿?」

 どうやら、あたしの心配は的中したらしい。

 実にねっとりとした声で問いかけたエリナの声には、怒気どころか殺気のようなものまで混ざっていた。

 ……返答次第じゃ容赦しないってことか。こ、こりゃ、ヤバイかな。

 そりゃあ、謀略のために自分たちが餌にされたとなれば、エリナならずとも胸中穏やかざるものがあるだろうが……。

 しかし、皆から敬意とある種の畏怖を込めて『最後の賢者』と呼ばれ、その名をアストリア王国内外に轟かせたエリナ・グランフォートと、まだ若いながらも決して非凡ならぬ才を持つ、魔道院院長代理のマリア・コンフォートが真っ正面から衝突すれば、それがどんな結末をもたらすか、それこそ全く予測不能である。

 ……少なく見積もっても、ここにいる全員は確実に蒸発する事は確実。

 最悪、アストリア大陸が丸ごと吹き飛ぶ可能性すら、決して否定できない。

 なんだか、血でも吐きそうなプレッシャーを感じつつ、あたしはせめてもの自衛策として、最大級の防御魔術の『構成』を脳裏に思い浮かべた。

 もっとも、この二人の化け物を前にして、この防御魔術がどこまで役に立つか分からないが、なにもしないよりはマシだろう。

 などと、かなり悲痛な覚悟を決めたあたしだったが、しかし、次のマリアの反応は極めて冷静だった。

「まあ、どう弁解したところで、つまらない言い訳のようになってしまう事は、私も分かっています。

 しかし、だからこそ、これから先は真実しか語りませんのでそのつもりで聞いていてくださいね」

 と、マリアは落ち着いた声でそう切り出し、こちらの反応を見るかのように一息ついた。

 すっかり別の事に気を取られていたあたしはともかく、意外なことに露骨に敵意のようなものを見せていたエリナは、ただ静かにうなずいただけだった。

 この様子だと、どうやら最悪の事態は避けられたようである。

「実はこの『未確認の遺跡』の調査にエリナさんたちの隊を送り出してから1週間ほど経った時に、遺跡調査部から私に『緊急調査中止要請』が申し入れられたのですよ」

 マリアがそう言った瞬間、エリナはピクリと眉を跳ね上げた。

「『緊急調査中止要請』ですって。なんでまた!?」

 さすがにこれは驚いたのか、エリナはまるでマリアに噛みつかんばかりの勢いで、素っ頓狂な声を上げた。

 『緊急調査中止要請』とは、実際に魔道院で遺跡調査や発掘品の管理・研究を担当する部署である遺跡調査部から、書類上の調査命令発令者である院長に対して行われるものである。

 もっとも、形式的には『要請』となっているが、この要請が出されると原則的に院長はそのまま正式に『調査中止命令』を出す事になるので、実質的には『命令』と言い換えてしまってもいい。

 ともあれ、あれだけの大人数で、あたしたちのように鉄道移動するほどの予算はないだろうし、せいぜい、魔道院が借り上げた駅馬車で移動といったところだろう。

 となれば、エリナたちが魔道院を発ってから一週間では、ポート・ファルシオンに到着するどころか、まだまだペンタム山脈すら越えていないはずである。

 しかし、この緊急調査中止要請が出されるタイミングは、調査中の遺跡で対処不能な事態が発生するなどして遺跡調査が極めて困難であると判断された場合がほとんどで、最初の調査隊がまだ目的の遺跡に到着すらしないうちにこれが出されるのは極めて異例……というか、あたしが知る限り初めての事である。

 ゆえに、エリナが驚くことは無理もないわけだ。

「ええ、さすがに私も驚きまして遺跡調査部に詳しい説明を求めたところ、なかなかおもしろい答えが返ってきましてね」

 そういって、マリアは意味深長な笑みを浮かべた。

 これは、さすがにあたしも興味を惹かれずにはいられない。

 ほとんど無意識のうちに、体をわずかにマリアの方に乗り出すようにして、あたしはじっと耳を傾けた。

「もう、変にじらさないでさっさと話してよ!!」

 と、こちらも興味津々といった様子で、エリナがなんとなく苛ついた声を上げた。

「……『世界に終焉をもたらす者……ルクト・バー・アンギラス』。エリナさんもマリーも、当然これはご存じですよね」

 マリアの口から、その恐るべき名がこぼれでた瞬間、あたしは思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。

 『ルクト・バー・アンギラス』

 遺跡調査に関わる者で、この名を知らなければモグリか駆け出しのひよっこである。

 現代語訳で『世界の終焉をもたらす者』という、実に禍々しい意味を持つその『存在』は、数千年から数万年規模の大昔から現在に至る歴史の中で、度々その姿を現しその名が示す通り、瞬く間に世界を破滅させたという。

 しかし、この手の『伝説』はその信憑性に乏しいというのが常で、この『ルクト・バー・アンギラス』に関しても、大昔で発生した大災害やらなにやらの記録をその後世の誰かが適当にひとまとめにしてでっち上げたものというのが現在の解釈である。

 ちなみに、直近の『出現事例』は今から560年ほど前で、この時は『偉大なる魔道師』アリス・エスクードと異界からやってきた賢者エリナ・ムラセの奮闘によって、辛くも危機を脱したという話である。

 ……まあ、何の因果か、この『偉大なる魔道士』とあたしは同じエスクード姓だったりするので、なまじ本名を名乗るとかえって偽名だと思われる事も多々あったりする。余談だけど。

 話がそれたが、はっきり言ってこの『ルクト・バー・アンギラス』に関しての話は、どれもこれもが似たり寄ったり。はっきり言って、胡散臭いこの上ない。

 マリアのやつ、なんだってそんな嘘くさい話の『登場人物』なんて持ち出したんだか……。

 と、少々あきれてしまったあたしだが、しかし、エリナの反応はそれとは全く対照的だった。

「……まさか、アリスが作った『大封印』がここだと?」

 と、少なからぬ緊張感を漂わせながら、エリナはマリアにそう問いかけた。

「ちょ、ちょっと、なに真面目にアホな話してるのよ?」

 その彼女の様子に面食らってしまい、あたしは思わずそうツッコミを入れてしまった。

 伝説によれば、先のアリス・エスクードたちとの戦いで『ルクト・バー・アンギラス』を倒す事はかなわなかったが異界へ押し戻す事は出来たという。

 そして、世界にある5大陸にそれぞれ『頂点』を置き、2度と現出しないように結界を張ったとか……。

 まさか、エリナってば、こんな嘘くさい話を真面目に信じてるってわけじゃないでしょうね?

 思わず胸中でそんな事をつぶやいてしまったあたしだったが、しかし、こちらに視線を向けた彼女の表情は、ひどく真剣そのものだった。

「……言っておくけど、『ルクト・バー・アンギラス』の伝承は、酔っぱらいの与太話でもなければ後世の歴史家が創作した作り話でもない。正真正銘の事実よ」

 と、クソ真面目にエリナがそう言ってきた

 瞬間、あたしは思わず吹き出してしまった。

「あはは……。もう、エリナさんともあろうお方がなにをワケの分からない事言ってるのよ。560年も前の話だっていうのに、まさか直接見てきたとか言わないでしょうね?」

 こみ上げてくる笑いによる腹筋の痛さに辟易しつつ、あたしはエリナにそう返した。

 この時は、エリナのつまらない冗談かなにかだと思っていたのだが、しかし、あたしの予想に反し、彼女はなにやら深刻そうにため息を1つついた。

「ふぅ……。やれやれ、さんざ苦労してヤツをボコボコにしたのに、今の連中がこれじゃやってられないわね」

 と、なにやら意味不明な事をぼやくエリナ。

 ……もしかして、疲れすぎかなにかで、ついにイっちゃったんだろうか?

「マール。この『ルクト・バー・アンギラス』に関しては、ある意味であなたにも無関係ではないんですよ」

 あたしがエリナに対する言葉に窮していると、その間にまるで諭すかのような口調でマリアがそんな事を言ってきた。

「ちょ、ちょっと、あんたまでなに妙なこと言ってるのよ。まさか、『ルクト・バー・アンギラス』の『大結界』はあたしの『本当の親』が作ったとか?」

 マリアの真面目な様子に、なんとなく居住まいが悪くなってしまったあたしは、そんな軽口を返すのが精一杯だった。

「いえ、そういう事ではありません。今から560年前、賢者エリナと共に『ルクト・バー・アンギラス』を打ち倒したアリス・エスクード。彼女は、『四大精霊』の力を全て等しく行使出来たといいます。……この辺り、誰かさんと非常に似通っていると思いませんか?」

 そう言って、マリアは小さく笑みを浮かべた。

 彼女の言う『四大精霊』とは、すなわち『火』『水』『風』『地』という、この世界の根幹であり、また魔道士たちが使う魔術の力の源である4つの『力』の総称である。

 この世界で生まれた物には、例えそれがどんな物であっても、その全てにこの四大精霊の力が宿るとされ、実際、魔道士は自分の体内に宿った精霊力……『潜在精霊力』……を引き出すことで様々な魔術を『具現化』している。

 まあ、それはともかく全ての物に宿るという四大精霊の力だが、『火』に対する『水』、『水』に対する『地』、『地』に対する『風』というように、それぞれが反発しあう性質を持っているため、個々によってそのバランスが大きく異なる。

 わかりやすく人間で例えるが、マリアが『地』と『火』の力が強く宿り、その他がそこそこであるのに対し、ローザが『水』の力が著しく強く、反対に『火』の力がほとんどゼロに近いと言うように、誰もがなんらかの『得意分野』と『不得意分野』というのが出てくるのだ。

 しかし、世の中なにかにつけ例外が発生するもので、数十年に一度発生するかどうかという極めて稀なケースだが、四大精霊の力がほぼ等しく、しかもかなり強力に宿った『特異体質』を持って生まれてくる場合がある。

 この『体質』を持っている者は四大精霊全ての系統の魔術を使いこなす事が可能で、ちゃんと鍛えさえすれば、魔道士としてかなりの『使い手』になる事が多いのだが、その反面、成長するにつれて性格的にやや難ありになる傾向が強くその昔は『忌み子』と呼ばれかなり肩身が狭い思いをしたらしい。

 ……そして、何を隠そう、このあたしもその『忌み子』なのである。

 同じエスクード姓を名乗り、しかも2人とも『忌み子』という滅多にない共通項。

 確かに、これはなにか関わりがありそうな感じではあるが、しかし、あたしがマリアに返した言葉は、自分でも冷静だと思うものだった。

「まあ、確かに妙な共通点だけど、『忌み子』なんて滅多にあるケースじゃないし『作り話』の主人公を引き立てるには、なかなか便利な『道具』よね。

 大体、確かにあたしと同じ姓だけど、だからって、エスクード家が1つとは限らない。要するに、ただの偶然って事よ」

 そう言って、あたしは軽くため息をついた。

 つまり、そう言うことである。

 エスクードという姓は確かにあまり聞くものではないが、だからといって別にあたしだけという事もないだろう。

 『ルクト・バー・アンギラス』の伝説にあたしと同じ姓を持ち、『忌み子』という共通点を持った人間が登場したからといってだから何さ!!ってなものである。

「ふぅ……。あなた相手に、勿体付けた言い回しは禁忌でしたね」

 しかし、どうやらマリアはあたしの答えが気に入らなかったらしく、なんだか呆れたようにため息をついてから、心なしか疲れたようにそう返してきた。

「うわっ。あんた、なんかメチャクチャ馬鹿にしてるでしょ!?」

 さすがにたまらず、あたしは思わず抗議の声を上げてしまったが、しかし、マリアはそれに軽く首を縦に振って答えるのみ。

 ……なんか、すげぇムカツク!!

 あんまりといえばあんまりなマリアの態度に、にわかに怒りがこみ上げてきたあたしだったが、しかし、次の彼女の言葉でそれはキレイに吹き飛んでしまった。

「端的に言います。これは、王宮や魔道院の一部では有名な話なのですが、あなたはあのアリス・エスクードの血を引く者なんですよ」

「……もしかして、寝ぼけてる?」

 しばしの沈黙の後、あたしの喉からそんな声が滑り出た。

 ……全く、いきなりなにを言い出すのやら。

「まさか。これは自慢ですが、もし私が寝ぼけていたら、今頃はあなたを押し倒しているか、さもなければこの辺りはとっくに蒸発していますよ」

 と、さも当たり前のようにマリアは即答してきた。

 ……いや、自慢するな。ンな近所迷惑な事。

 っていうか、なんだその『押し倒す』ってのは!?

 もしかして、実は『そっち』の気でもあるんだろうか。

 ……思わず超リアルに想像しちった!!

「……まあ、口でいくら言っても詮無いわね。……と、その前に確認しておくけど、マール。あなたの本名は?」

 と、あたしがアホな事をやっているうちに、今まで腕組みなどしながら黙って話を聞いていたエリナが、そう言ってジッとあたしを見つめた。

「なに言ってるのよ。あたしはマール・エスクードよ。まあ、色々あって、あたし自身、この事を知ったのは10才ぐらいの時だけどね。その前は、マリー・クレスタ」

「はい、確認が終わったところで、あなたがあのアリス・エスクードの血筋かどうかは、簡単なテストで分かるわ。今すぐにでも出来るけど、ちょっとやってみる?」

 口調を変え、エリナがそう言ってにっと笑う。

「えっ、ええ。まあ、なんか気になってきたから、ぜひお願いしたいところだけど……」

 エリナの言葉にどことなく漂う問答無用という雰囲気に圧され、あたしは反射的にそう言ってしまった。

「了解したわ。じゃあ、さっそくテストにかかるわよ。しばらくの間、動かないでね」

 そんなあたしの胸中とは裏腹に、エリナはなんだかやたら嬉しそうにそう言いながら、右手の人差し指をあたしの額に押し当てた。

「ちょ、ちょっと、何するのよ!?」

 いきなりの事に、あたしは思わず抗議の声を上げてしまった。

「いいから、黙って立ってなさいって。別に怪我したりしないわよ」

 しかし、あたしの事など知ったこっちゃないと言わんばかりに、エリナはお気楽な口調でそう言ってから、口早になにやらつぶやきだした。

 この瞬間、あたしはエリナがなにかの魔術を使おうとしていると直感で察した。

 しかし、いつものように魔術の対象にされたときの、あの背筋がざらつくようななんとも言い難い独特な感触は感じない。

 と、次の瞬間、まるで目眩を起こしたときのようなフワッとした妙な感覚が全身を駆け抜けたが、すぐに立ち直ることができた。

「はい、これで準備完了。特に、気分が悪いとかないわよね?」

 そして、あたしの額に当てていた右手人差し指を引っ込めつつ、エリナがにこにこ笑顔でそう言ってきた。

「え、ええ、別に何ともないけど……。準備完了って、何の準備よ?」

 かなりの困惑を覚えつつ、エリナにそう問いかけた。

「もちろん、例のテストの準備よ。それじゃあ、早速始めるわね。

 さて、突然ですが、ここで第一問。

 アストリア王国第27代国王の第2王女、ミシェイル・E・フォレスタと一番仲が良かった王族付きメイドの親友の叔父の名前はなに?」

「……ンなニッチな問題解るかぁぁぁ!!」

 あまりといえばあまりの事に、あたしは思わずそう絶叫してしまった。

 確かに、遺跡探索者たるもの、歴史の知識は必須。

 というより、嫌でも身に付いてしまうものなのだが、それにしたって、『当時の国王の次女と仲が良かったメイドの親友の叔父』なんていう、どマイナーな奴の記録が残っているわけがない。

 ったく、なに考えて……って、あれっ!?

「……ミーノ・M・ターナー」

 またも、一瞬目眩のような感覚が全身を駆け抜け、次の瞬間、全く意識しないまま、あたしの口から勝手にそんな声が飛び出た。

「正解。第2問、アリス・エスクードの師、マクダネル・ターセルの自宅の隣に住んでいた人の名前はなに?」

「……ディール・ムルティプラ。ちなみに、笑顔がすてきなパン屋を経営する好青年」

 と、またもやおおよそ誰も答えを知らないような問題だったにも関わらず、あたしの口からは自然にそんな言葉が漏れた。

「はい、正解。それじゃ、これが最後の問題よ。

 第3問、アリス・エスクードと共に世界を破滅から救ったとされる異世界より現れた賢者、エリナ・ムラセ。彼女がこの世界に来ることになった、その真実を述べなさい」

 前2問に比べ、これは簡単である。

 例の『伝説』によれば、破滅の危機に瀕していた世界を救う手だてがなかなか見つからず、悩みに悩んだ末にアリス・エスクードが強大な召還魔法を作り上げ、それによってエリナ・ムラセが『呼び出された』とされている……。

「……アリス・エスクードが古文書に記されていた古代魔法をおもしろ半分に使ってみたところ、なぜか偶然にも発動してしまい不本意ながらエリナ・ムラセをこちらの世界に呼び寄せてしまった。……って、ええっ!?」

 まるで、自分の中に他人が潜んでいるとでも言うように、意に反してあまりに『トンデモ』な事を口走ってしまい、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ……ンなアホな事あるかい。っていうか、なんなのよこれは!!

「はい、正解」

「う、ウソこけ!?」

 あまりにもあっさりと答えてきたエリナに、あたしは思いっきり突っ込みを入れてしまった。

 エリナ・ムラセに関しては、異世界から来たというだけにかなり謎が多い。

 いちおう、彼女に関して唯一記されている『ルクト・バー・アンギラス』の伝説によると『年齢18才。性別は女。少々気が強く、めっぽう酒に強い。人間では魔法を使う事が出来る唯一の存在……』と妙にリアルな事が記されていたりするが、なにしろ元が胡散臭い話なので誰も真面目に研究しようとする者はいない。

 それ故に、アリス・エスクードと並んで彼女も空想上の存在という扱いになっているので、『正解』もなにもあったものではない。

「あら、嘘じゃないわよ。……エリナ・ムラセ。

 彼女の『出身地式』の呼び方では、ムラセ・エリナ。トウキョウ在住。職業は学生。

 現在から約560年前の夏のある朝、突発的おとぼけ魔道師アリス・エスクードが発生させた魔法暴走事故によりこのエハンスドに召還される。

 その後、あれやこれや色々あった後に、なし崩し的に『ルクト・バー・アンギラス』の一件に巻き込まれ、特に大した役に立っていないのに周囲の人間の様々な誤解やら妄想やらによって、いつの間にか歴史に名を残す事になる。

 なお、マリア・エスクードが使用した魔法に関しては、絶対的な資料の不足によりいまだにその詳細は不明のままであるが、これによって召還された『存在』は召還者による『契約解除』の式が行われぬ限りは、召還当時の姿を維持したまま永劫に滅ぶ事はない……」

「ちょ、ちょっと、いきなりなに言い出すのよ!?」

 いきなり得体の知れない事をペラペラと喋り出したエリナの言葉を遮って、あたしは思いっきり困惑の声を上げてしまった。

 すると、エリナはニヤッと意味不明の笑みを浮かべた。

「やれやれ、いい加減気がついてくれても良さそうなんだけどねぇ……。

 ふぅ、しょうがないわね。マール。ここで、特別問題を出題するわね。

 アストリア王国の第28代国王に仕えたとされる、史上初の女性宮廷魔道士の名を延べよ。あなたにとっては、この程度の歴史問題は簡単でしょ?」

「もちろん。エリナ・グランフォート……って、あれ!?」

 エリナの問いに反射的に答えてしまってから、あたしは思わずぶっ飛んだ声を上げてしまった。

 今から約540年前、アストリア王国史上初の女性宮廷魔道士として歴史書にその名を残す宮廷魔道士エリナ・グランフォート。

そして、あたしの目の前で勝ち誇ったような笑みを浮かべている魔道士の名は、エリナ・グランフォート……。

「はい、正解。だけど、正確に言えば不正解。

 なぜなら、グランフォートっていう姓は、当時の国王がノリと勢いで勝手に命名した、一種の偽名だから。本当の正解は……」

 そこで言葉を切り、エリナはいたずっらっぽい笑みを浮かべた。

「……エリナ・ムラセ。そう。これが歴史の真実であり、本当のあたしの名前よ」

 瞬間、あたしはなんだか目眩のようなものを感じ、思わずその場に崩れ落ちそうになた。

 ……ま、待った。理解が現実に追いつかない。

「あーあ、言っちゃいましたね。一応、それって国家機密なのに、知りませんよ」

 なんだかごちゃごちゃになった意識の中で、そんなマリアの暢気な声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。

 ……えっと。すると、何だ。目の前にいる、どう考えてもあたしより若そうな人は、実は御年560才以上とかいう、エルフ並の超長生き婆さんってこっと…………。

「うだぁぁぁ、ワケ分からん!!」

 しばしの思考の後、ついに脳みそが完璧にパンクしてしまったあたしは、ガシガシと自分の頭を掻きむしりつつ、思いっきり叫ぶより他なかったのだった……。




自分で書いた事すら覚えていない事がたくさん。
やはり、年月を感じます。
なにせ、これを書いたのは10年以上前の事。すっかり忘れていました。
異世界に呼ばれる方はよくあるけど、呼ばれた側の人間から見たらどう映るんだろうと、必死に考えていたのを思い出します。

さて、異界人エリナと合流したマールたちの遺跡探査もいよいよクライマックス?
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