その魔道師危険につき……   作:武山 昭喜

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5人パーティーとなり、ますます賑やかなマールたち。
すったもんだの遺跡調査は続きます。


彷徨える亡霊

「あーあー、テストテスト。あたしはマール・エスクード。アストリア王歴1270年冬の第2月11日生まれ。年齢18才。現在の職業、素浪人。……よし、記憶は正常ね」

 先に断っておくが、別に脳みそが逝ってしまったわけではない。

 いまだ鈍痛が残る頭の後ろをさすりつつ、あたしは一人ブツブツつぶやいたのち最後に満足してうなずいた。

「……ったく、少しは加減しなさいよ。ほら、こんなでっかいコブが出来ちゃったじゃないの!」

 そして、あたしは傍らでヘラヘラとごまかし笑いを浮かべているエリナを睨みつつ、胸中の怒りを仮借なく乗せた声でそう言ってやった。

 

 ……そう。先ほどの『エリナ衝撃発言』を聞いた後、あたしは混乱のあまり、深刻な思考停止状態に陥ってしまったのである。

 もちろん、その時のことはあまりはっきりと記憶には残っていないのだが、エリナとマリアがなにやらギャーギャー騒いでいるなぁなどと思っていたら、いきなり目の前に無数の星が飛び散って……そこから先は、完全に記憶がない。

 そして、この次に意識を取り戻した時には、あたしは床に仰向けに寝かされていた。

 そこには、頭を駆け抜けるなんとも耐え難い鈍痛と、心配そうにあたしの顔をのぞき込んでいたマリアと、なんともバツが悪そうにしているエリナの姿があった。

 

 それはともかく……。

 意識を取り戻してからしばらくして、どうにも鬱陶しい鈍い頭痛がようやく収まってきた時に、あたしは二人にそれとなく事情聴取してみたのだ。

 すると、なんとも恐ろしい事実が判明した。

 どこかに『トンで』しまったあたしを速やかかつ確実に『こちら側』に呼び戻す最終手段として、なんとエリナは自らが常日頃持ち歩いているという『トゲトゲ付き金属棍棒(主材料・鋼)』であたしの頭をぶん殴るという、気付けどころかもはや殺意があったとしか思えない暴挙に出たのである。

 幸い、後頭部に巨大なコブが出来た程度の『副作用』で済んだようだが、だからといって、あたしの怒りが収まるはずもない。

 全く、なんて事してくれやがるんだ。この見た目だけは若い年齢詐欺師が!!

「申し訳ありません。いちおう、止めたのですが……」

 と、全く反省の色が見えないエリナと対照的に、マリアが思いっきり沈んだ様子で謝罪してきた。

「どうせ止めるなら、いっそ、こいつの息の根ごと止めて欲しかったわ」

 と、そんな彼女を睨みながら、あたしは爆発しそうな感情を無理に押し込めつつそう応えた。

 マリアに関しては、むしろ被害者といってもいい立場だし、もちろんこれが八つ当たりだとは分かってる。

 ……分かってはいるが、あたしも暴れたい衝動を抑えるだけで精一杯なのだ。

「そんな事より、エリナ。この落とし前、きっちり付けさせてもらうわよ」

 ゆっくりと視線をエリナに移しつつ、あたしは押し殺した声でそう言って、虚空に『穴』を開けた。

 そして、おもむろにその中に手を突っ込み、素早くサマナーズ・ロッドを引っ張り出す。

「ふむ。それが噂の『召還魔道士の証』か。……なるほど、面白い!」

 その銀色の大きな杖を静かに構えるあたしを見て、どうやら開き直ったらしいエリナが、思いっきり悪役っぽいセリフを吐きながら、素早くあたしのそばから離れた。

 そして、なにやら小声でつぶやきながら儀式めいた変な『踊り』を始めた。

 ……魔術。いや、あのエリナだというならこれは魔法か。

 どうやら、彼女はこのサマナーズ・ロッドを見て、あたしがなにかを召還するのだと判断し、そのタイム・ラグになにか一発ぶちかまそうという腹らしい。

 事前に『構成』が漏れ出てくる魔術と違って、魔法の場合は『呪文』が聞こえない限り実際に発動してみなければなにが起こるか分からない。

 よって、エリナの魔法が『攻撃系』か『防御系』かという基本的な事すら判断しかねるが、しかしいずれにせよあのエリナならあたしが何かを召還するより先に、魔法を完成させる事は確実だろう。

 

 ……しかし、甘い!!

 サマナーズ・ロッドは召還魔術を使う際の『鍵』という他に、もう一つ便利な使い方があるのだ。

 軽く息を吸い込んでから、あたしはその大きな杖の先端を前方に突き出すように両手で構え直し、そして、それをなにやら『踊り狂っている』エリナに向けた。

『……異界への鍵よ。我が身を守る力となれ』

 瞬間、まるで槍のように前方に突き出している杖の先端部分に、大人の握り拳程度の大きさの光球が生まれ、バチバチと放電する音が辺りに響いた。

「えっ!?」

 どうやら、これは予想もしていなかったらしく、そんな短い声と共にひたすら魔法の『式』に没頭していたエリナの動きがピタリと止まった。

 その隙を逃さず、あたしは『結実の言葉』を声高に叫んだ。

「ディ・アルミン・ラファイ!!」

 バヂッ!!

 そんな騒々しい音と共に、杖の先に生まれた光球が瞬時にしてはじけ飛び、通路の幅一杯に電撃の嵐が吹き荒れた。

 もちろん、その渦中にあるエリナに逃げ道はない。

「!?」

 まさに、一撃必殺。

 あたしのサマナーズ・ロッドから発された電撃の濁流に巻き込まれたエリナは、悲鳴すら上げる事が出来ないまま床に倒れ伏した。

 見ると、彼女の体のあちこちから白い煙が立ち上り、時折ピクピクと痙攣している。

「あ、あの、いくらなんでも、これはちょっと……」

 あたしのすぐそばに立つマリアがぽかんとした表情を浮かべながら、乾いた声でそう言ってきた。

「……このサマナーズ・ロッドには、その所有者の自衛用として低威力の『雷撃』の魔法が仕込まれていてね、決められた言葉を読み上げる事で発動させられるのよ。

 もっとも、低威力とは言っても魔法は魔法だから、最小威力に抑えても並の攻撃魔術以上の威力はあるけどね」

 目を見開いたまま固まっているマリアに、あたしはそう言ってついでに小さく笑みを送った。

 

 ……サマナーズ・ロッドのもう一つの使い方というのは、つまりこれである。

 召還魔術というのは強大な力を持つ反面、その完成までに時間がかかるという状況によっては致命的な欠点があるのだ。

 それをフォローするために考え出されたのが、この『仕込み魔法』という訳である。

 魔術と違い『呪文』を唱えればその効力が得られる魔法ならではの方法だが、人間たちの間ではすでにその『呪文』が失伝してしまっているので、このサマナーズ・ロッドはとあるエルフの職人が極秘裏に製造していたりする。

 ともあれ、これであたしの怒りもすっきり解消。

 やっぱり、あまり我慢しない方が精神衛生上好ましいというものである。

「そ、そうですか……。ですが、それではエリナさんは……」

「あっ、大丈夫大丈夫。なんせ、あのエリナ・ムラセよ。こんな程度の電撃じゃあせいぜい気を失う程度だろうし」

 心配そうなマリアの言葉を遮って、あたしはお気楽に右手を手をパタパタ振りながらそう言ってやった。

 そうそう。なにせ、真偽は知らないが『世界を破滅させる』ような化け物にさえ打ち勝ったとかいう伝説の賢者様である。

 この程度の電撃なんぞ、ちょっと虫に刺された程度のもの……。

「……ですが、なんか白目向いたまま動かなくなってますよ。彼女?」

「……大丈夫。彼女、500年以上も正体を隠し通したかなり気合い入った演技派だし」

 マリアの鋭い突っ込みに、あたしは抑揚のない棒読みセリフでそう返したのだった。

 ……ちょ、ちょっとヤバイかな。これは?

 などと、先ほどまでの自信が揺らいできた時だった。

「あんなもん、まともに食らって大丈夫なわけないでしょうが。このヘボ魔道師!!」

 あたしの背後からそんな声が聞こえ、同時にあたしの頭にコツンとなにかがぶつかった。

「!?」

 驚きのあまり、声にならない悲鳴を上げてしまいつつ、パッと背後を振り向くと、そこにはニッと笑みを浮かべたエリナの姿があった。

 この時になって、先ほどあたしの頭にぶつかった『何か』は、彼女が右手で作ったゲンコツであるとようやく理解した。

「ったく、いきなりシャレにならんものをぶちかましてくれるわねぇ。さすがにちょっと驚いたわよ」

「……お、驚いたって、それはこっちのセリフよ。

 あっちでコゲてる『あんた』は何なのよ!!」

 呆れたようなエリナの言葉で硬直が解けたその瞬間、あたしはほとんど怒鳴り散らすようにしてわめきながら、ついでにビシッと床に倒れたまま動かない『エリナ』を指さした。

「あ~、はいはい。いいから少し落ち着きなさい。はい、大きく息を吸ってぇ~……」

 エリナの言葉に合わせ、あたしは大きく空気を吸い込んで……。

「……って、そうじゃなくて、ゲホゲホッ!!」

 はたと我に返り、反射的にツッコミを入れようとしたその瞬間、あたしは思いっきりむせ込んでしまった。

「もう、無理に大声出そうとするからそうなるのよ。

 ……うーん、魔道院の初等科でシゴいていた時は、ぶっちゃけ「なんじゃ、この根暗娘は!?」とか思っていたんだけど、あんたって実は結構オモシロい人だったのね」

「……あ、あのねぇ、妙なところで関心しないでよ」

 なにか、呆れたような感動したような微妙な様子で変なことを言い出すエリナに、どうにかこうにか呼吸を立て直す事に成功したあたしは、すかさずそう言い返した。

 

 ……しっかし、『破壊の姉妹の妹』だの『魔道院の最終兵器』だのという評判は嫌と言うほど耳にしたが、『根暗娘』ってのは初めてかも。

「まっ、それもそうね。それじゃ、話を元に戻すけど、あそこでコゲてる『あたし』は、一種の幻みたいなもんよ」

 そう言ってエリナが指をぱちんと鳴らすと、床に倒れたままだった『エリナ』の姿がスッとかき消えていった。

 ……なるほど、囮ってわけね。

 どうやら、エリナが使おうとしていた魔術……じゃなかった魔法は、攻撃系でも防御系でもな、相手の目を欺く幻影系のそれだったらしい。

「ほれ、この通り。……まあ、まさか、噂に聞くサマナーズ・ロッドに、そんな『ウラ技』があるとは思わなかったし、ちとばかしビビったのは確かよ……」

 と、苦笑を浮かべながら、エリナが静かな口調でそう言ってきた。

「だけど、あたしだって、これでもそれなりに場数は踏んでるつもりよ。

 本当のことを言うとね、最初は防御系の魔法を使おうと思っていたんだけど、途中から『召還』じゃないって分かった時に急遽方針変更したのよ。

 ……それっぽい囮を残し、自分は『転移』の魔法であなたの背後に移動するってね。

 まあ、そのまま素直に防御系魔法でも良かったんだけど、それじゃあ面白くないでしょ?」

 そう言って、なにやら自慢げに胸を張るエリナ。

「……あっきれた。あの状況で、まだお遊び出来る余裕があるとはね」

 咄嗟に返す言葉が思いつかず、あたしは、とりあえずそう言って苦笑を浮かべるしかなかった。

 はっきり言って、完敗である。

 エリナ自身も言った通り、防御ではなく囮を作り出したということは、つまりあの普通では逃げ場など全くない電撃を確実に回避出来る自信があったという現れである。

 それも、ある程度はあたしの不意打ちが成功していたにも関わらず。である。

 もちろん、あたしはちゃんとした手順で魔法など使ったことはないので、これはあくまでも、魔術で同じ事をやったらどうなるかという推論になるが、相手の攻撃を防ごうと思った場合は、『障壁』を展開するか強制無効化を試みるかという2択だ。

 囮を作りだし、なおかつ『転移』するとなると単純に考えても難易度が高くなるし、手間も時間も必要になるので、失敗するリスクが飛躍的に大きくなる。

 それにもかかわらず、わざわざエリナがこんな面倒な手段を採った理由はただ一つ。

 すなわち、彼女とあたしの圧倒的な力量差を顕示するためである。

 ……全く、嫌みな事をしてくれるわね。こいつ。

 

「さてと、マール殿。これで、あたしがあの『エリナ・ムラセ』だって、少しは信じて頂けましたでしょうか?」

 あたしが内心複雑な思いを抱いていると、まるでそれを見越したかのように、エリナはそう追い打ちをかけてくれた。

「ったく、どこまでも嫌な人ねぇ。……まあ、完全に納得したワケじゃないけど、目の前で魔法なんて使ってくれるわ、余裕ぶっこいて遊んでくれるわ。少なくとも、ただ者じゃない事ぐらいは分かったわよ」

 深くため息をついてから、あたしはニコニコ笑顔のエリナにそう返すより他ならなかった。

 まあ、正直なところ『ただ者じゃない』どころか『バケモノ』とはっきり明言してやりたいところだったが、なにか角が立つと面倒なのでやめておいた。

 ……しっかし、単なる作り話だと思っていた『ルクト・バー・アンギラス』の伝説だけど、こうなるとそうそうバカにしたものじゃないかもしれないわね。

 もっとも、だからといって、頭から最後まで素直に丸飲みするほど、あたしは単純じゃないけど。

「なーんか引っかかる物言いねぇ。やれやれ、当のエスクード家の人間がこれじゃあ、あたしも張り合いがないわねぇ」

 どうやら、あたしの反応が気に入らなかったらしく、エリナはやや不満そうにそうぼやいたが、すぐに気を取り直したようで、再び笑みを浮かべた。

「まあ、いいわ。それよりなにより、今は少し休ませて欲しいわ。

 なにしろ、この遺跡に潜ってから、ほとんど不眠不休だったし……」

 そして、まるで独り言のようにそう言いながら、エリナはいまだにしつこく寝こけているローザの隣に移動して床にひっくり返ると、ものの数秒で気持ちよさそうな寝息を立て始めてしまった。

「ふぅ、ものすごい寝付きの良さね……って、しまった!?」

 そんなエリナの様子を見て半ば呆れつつそうつぶやいてから、あたしは驚愕の事実に気がついてしまった。

 これだけ派手な騒音を立てまくったというのに起きる気配すらなかったお師匠とローザはともかく、いつの間にかマリアまでぐっすりとお休み状態に入っていたのだ。

 つまり、今現在起きているのは、唯一このあたしのみという状況である。

 ……あああ、マリアの奴、やけに静かだと思ったらそーいう事かい!!

 くっそー、これじゃあ密かに胸中に秘めていた『どさくさに紛れて見張り交代作戦』が遂行不能じゃないのさ!

 むぅぅぅ、不覚!!。

 かくして、あたしの孤独な見張り任務は、次に誰かが起き出してくるまで延々と続く事が確定したのだった。……涙。

 

 

 

「……というわけで、ここがアリスが遺した『大結界』だとすれば、なにかとんでもないものが眠っていると思うのよね」

 と、長々と続いた話を締めくくり、エリナは1つうなずいた。

 ここはあたしたちが仮眠を取ったあの場所である。

 現在は今後の策を練るために全員が車座に座り、とりあえずあたしたちとは全く別のアプローチでここまで来たエリナから詳しく事情を聞き出していたというわけだ。

 昨夜(といっても、便宜上の『夜』だけど)は色々とあったが、すでに『探索者』モードに切り替わっているらしいエリナの表情は当然ながら真剣そのもの。

 もっとも、これは彼女だけではなくあたしたち全員が同様であるが……。

「なるほど。確かに、僕もこの遺跡には何かあるような気がしてならないんだ。まあ、これは明確な根拠があるわけじゃなくて、ただの直感みたいなものだけどね」

 そう言って、お師匠は寝癖で髪の毛がゴシャゴシャになっている頭を、右手でさらにワシャワシャと引っかき回した。

 もっとも、彼に限らず、全員が全員ともお世辞にも清潔感があるとは言えない姿だし、あたしたちよりかなり長くこの遺跡にいるエリナに至っては、頭の先からホコリやらなにやらにまみれかなり悲惨な姿になっているが、こればかりは、遺跡探索の宿命とも言える事なので仕方ない。

 ……うううう、早く風呂入りたいぞ。あたしは。

「まっ、正直に言うと一度地上に戻ってしかるべき処置を講じるのが得策だとは思うんだけど、その辺りクレスタはどう思ってる?」

 と、まるで試験問題を出すような口調で、エリナはお師匠にそう問いかけた。

「実は僕たちは別々にこの遺跡に潜ったんだよ。最初は、偵察を兼ねて僕とローザ君で地上部を調べていたんだが、うっかり落とし穴に引っかかってね……」

 と、苦笑混じりにお師匠がそう言うと、ローザが決まり悪そうに自分の頭を掻いた。

「……それでだ、いつまでも戻ってこない僕たちを心配したらしくて、今度はマリア君とウチの娘がやってきたんだが、どうもこっちは『監獄』に引っかかったらしくて……」

 続けて、お師匠がそう言うと、エリナは軽く嘆息した。

「つまり、全員が全員ともこの遺跡の出口を知らないワケね」

 と、彼女がそう言った瞬間、何とも言えない気まずい沈黙が辺りに落ちた。

 お師匠の話は、本当に要点のみをかいつまんだもので、その正確性はあまり高くないがそこから導かれる結論は同じである。

 つまり、あたしたちに出口はない。そう言うことである。

 ちなみに、彼女の話によればこの遺跡は多階層構造になっていて、その各階はこの階と同じように、さして広くもない通路が延々と続く気が滅入りそうな構造になっているらしい。

 ただ、通路はグネグネと湾曲こそしているものの、基本的には途中に枝道のない一本道で、部屋の類もなかったという事なので変な場所に迷い込む心配はないだろう。

 その代わり、他の階には酷い目に遭わされたあの『オオカミ』よりも、遙かに強力と思われる魔法生物も居たようなので決して油断は出来ない。

 もっとも、これはエリナたちが『飛ばされた』階から、あたしたちが今いるこの階までの全24階層に限った事なので、その先に進むとどうかは分からないが……。

「まあ、ここで無い物ねだりをしていても埒があかないわ。

 誰も出口の見当がつかないなら、意地でも探すしかないでしょう」

 しばしの沈黙の後、まず最初に発言したのはこのあたしだった。

 瞬間、あたし以外の全員から何とも言えないため息が漏れた。

「だけど、先に進む前にまずエリナに確認してもらいたい場所があるのよ」

 と、続けてあたしがそう言うと、当の彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。

「確認して欲しい場所?」

 と、聞き返してくるエリナの声に他のみんなも同調してコクリとうなずく。

 ……おいおい。

「もう、エリナはともかく、他の人がそれでどーするのよ。ほら、エリナと合流する前に、ローザが落ちた落とし穴のところに戻ろうとして、いきなり通路がぷっつり消えていたでしょう?」

 半ば呆れつつそう言うと、エリナを除く全員がハッとした表情を浮かべた。

 ……こいつら、マジで忘れていたわね。

 まあ、それはともかく、あたしがエリナに見てもらいたい場所というのは他でもなくあの中途半端な場所にあった広大な空間である。

 あのときは、特に妙な事は見つからなかったが、なにしろエリナはお師匠の師匠だったというだけに、ここにいる誰よりも遺跡について造詣が深いはずである。

 まあ、過度の期待は禁物だとは思うが、もしかしたらあたしたちの目では見つけられなかった『何か』を発見してくれるかもしれないし、さらなる遺跡の深部から戻ってくる事に比べればここからそれほど遠いワケでもない。

 それなら、一度引き返してみるのも悪くはないだろう。

「ん。通路が消えていた?」

 当然といえば当然だが、あの時その場にいなかったエリナには、あたしがなにを言っているのか理解出来なかったらしく、不思議そうな表情で聞き返してきた。

「まあ、実際に見てもらった方が分かると思うわ。みんなに異存がなければ、さっそく戻るわよ」

 酷く深刻な表情を浮かべているエリナに適当に応えつつそう言うと、どうやらみんなは納得してくれたようで、誰も文句を言わず立ち上がった。

「隊列の順番は、休憩前と同じでよろしく。新規加入のエリナは、お師匠と一緒に、先頭で罠の警戒をお願いね」

「はいはい、りょーかい。……ったく、何の因果であんたに仕切られなきゃならないんだか」

 と、エリナは酷く不満そうではあったが、それでも隊長役はやりたくなかったようで不承不承にそう言いながらお師匠のすぐ脇に並んだ。

 ……ちっ、もっと抵抗してくれれば『隊長権限委譲』に踏み切れたんだけどね。

 などという本音は厳重に胸中にしまい込み、隊列が整うのを待ってからあたしは『前進』の合図を出した。

 もっとも、あたしたちとは反対方向から来たエリナは別として、結局はすでに歩いた

道を引き返しているだけである。

 すでに、罠などのチェックは入念に行ったあとだし、特に警戒すべきものはいつどこから移動してくるか分からない魔法生物だけだろう。

 と、密かにたかをくくっていた時である。

 列の先頭を歩くお師匠が、突然手振りで『止まれ』という指示を出してきた。

「どうかしたんですか?」

 反射的にあたしがそう問いかけると、それに答えてくれたのはお師匠ではなく、エリナだった。

「罠よ。えっと、『我が領域に踏む込む愚かなる者に死を』か。

 ……ふぅ、この魔法陣踏んづけていたら今頃全員お陀仏だったわ」

 そんな、緊張感の中にも安堵の色を忍ばせた彼女の声とは裏腹に、あたしは言いようのないショックを受けていた。

 ……言うまでもないが、今いる場所はエリナ以外のあたしたちが昨日も歩いた場所である。

 

 罠というのは、適当だと思われる設置場所にあらかじめなんらかの仕掛けを施しておき、迂闊な犠牲者がそれを作動させるのを待つという大昔から存在する手段である。

 その罠を設置する目的や場所によって仕掛けの内容は大きく異なるが、全てにおいて共通して言えることは、ただひたすら犠牲者を待ち受けるだけで自分から動き回る事はない受動的な物であること。

 つまり、誰かがこっそり設置していない限り『昨日は罠なんて無かったのに今日はいきなり罠があった』などという、真夏の夜の怪奇現象みたいな事はまずあり得ないということだ。

 となると、この遺跡にはあたしたちが未確認の『存在』が蠢いているか、もしくは前に歩いた時に見落としていたかである。

 もっとも、前者はともかく後者のだった場合は、今あたしたちが生きている事はよほど運が良かったという事になってしまうが……。

「……ほい、解除完了。いつでも進めるわよ」

 そんなエリナの声が聞こえ、あたしの意識は現実に引き戻された。

 どうやら、あたしが延々と考え込んでいるうちに、エリナが手早く罠の解除作業を行っていたらしい。

「了解。それじゃ前進するわよ。ただし、最大の警戒態勢でね」

 なにはともあれ、今は考え込んでいる場合じゃない。

 努めて平静にそう言うと、あたしはちょっと緩みかけていた警戒心をもう一度締め直したのだった。

 

 

 

「……どういう事よ。これって?」

 さすがにたまらず、あたしは思わずそんなつぶやきを漏らしてしまった。

「さぁな。まあ、ここまでは一本道だったし、少なくともどこかで道に迷ったって事はないな」

 そんああたしのつぶやきが聞こえたらしく、先頭を行くお師匠がちょっと投げやり気味にそう言って肩をすくめた。

 その彼の前方には、ちょうどYの字型に分岐して続く2本の通路の姿がある。

 そう。昨日までは迷いたくても迷えない一本道だったにもかかわらずである。

 これまでにも、エリナが最初に見つけたあの罠以外にも続けざまに6つほどの罠が仕掛けられていたという『異変』はあったが、こうなると、もはや今までに通ったことのない全く初めて通る通路を歩いていると言わざるを得ないだろう。

 ……もしかして、今まで来た道を引き返していたつもりで、実は先に進んでいたなんていう愚にもつかない間抜けな事をやらかしていたとか?

 と、一瞬焦ってしまったが、しかし次のエリナの言葉でそれは否定された。

「……なるほど、『彷徨える亡霊』か」

『えっ?』

 顎の下に指を当て、まるで独り言のようにつぶやき漏らしたエリナの声に、あたしを含めた4人が、異口同音にそう聞き返した。

 すると、エリナは軽くため息をつき、難しい表情を浮かべた。

「実はね、ちょっと前……って言っても、そこのクレスタがまだションベン臭い小僧だった頃の話だけど、アストリア大陸北部の原野で遺跡が発見されたのよ」

 と、静かな口調で語り出したエリナの様子から、あたしはこの時点で、相当な長話になると覚悟を決めた。

「それで、例によって、調査隊が編成されてあたしもその一員としてこの遺跡に向かったんだけど、これがまたとんでもないシロモノでさ。

 地上にある部分は、はっきり言ってママゴトみたいなものだったんだけど、地下階層に入った途端、変な魔法生物が大挙して押し寄せるわシャレにならない罠が無数にあるわで、本気で死ぬかと思ったわ」

 ……ん?アストリア大陸北部にある遺跡で、地上部分は大したこと無いけど、地下部分は死ぬほどハード……。

 ま、まさか!?

「そ、それって、もしかして『レビィ・サップ遺跡』!?」

 思わずそんな声を上げてしまい、結果としてエリナの話の腰を折ることになってしまったが、しかし彼女は特に気分を害した風もなく、その代わり何とも意味深長な笑みを浮かべた。

「まあ、今はそう呼ばれているみたいね。あたしが行った頃は『未調査遺跡第239号』とかいう味気ない呼び方だったけど」

 ……嘘みたい。

 よもや、あたしにとって……いや、そこに出向いた事がある者なら、その誰もが1つや2つは因縁があるであろうあの難攻不落の超巨大遺跡に初めて足を踏み入れた人が目の前にいるとは……。

 例え荷物運び程度の役割でも、未調査遺跡の調査隊参加経験があれば、魔道院の遺跡調査部で一目置かれる存在になるが、それがあの『レビィ・サップ』ともなれば別格である。

 ……あとでサインでも貰っておこうかな。

「まあ、そんなわけで、その『レビィ・サップ』の地下137階に降りた時、あたしたちの隊は、ある異常事態に遭遇した……」

「ちょ、ちょっと待った。地下137階ですって!?」

 さらなる驚愕の発言に、あたしは再び声を上げてしまった。

「もう、いちいち驚かないでよ。まあ、たかだか地下28階に降りた程度で舞い上がって、記念にサインを残してくるようなおめでたいヤツじゃあ仕方ないかもしれないけどね」

 どうやら、さすがに2度目の妨害は気に障ったようで、エリナはそんな皮肉を返してくれた。

「おめでたくて悪かったわね……。って、そうじゃなくて『レビィ・サップ』の地下137階って、どーいうこと?」

 思わず苦言を呈してしまったあたしだが、すぐに気を取り直しほとんど半信半疑でエリナにそう問いただした。

 前にも述べたが、魔道院の公式記録ではあの『レビィ・サップ』で確認されている地下階層は28階まで。

 しかも、その到達第1号はあたしとお師匠ペアである。

 もっとも、公式記録というのは言い換えれば『一般に公開してもいい情報』なので、あたしがいた頃の魔道院の体質を考えれば、何らかの事情で真実が隠蔽されていたとしてもおかしくはない。

 しかし、あの遺跡の現実を知る一人として、こんな驚愕の事実をポンと言われたところで即座に信じる事など出来ない。そう、出来るはずがないのだ。

「……ったく、『できの悪いバカ弟子とその弟子』なんていう、イマイチどーにもならんコンビと同じレベルで考えないでよ。

 そりゃまあ、楽だったとは言わないけど、あたしの魔法があれば、まあ絶対に不可能ってことはないでしょ?」

 そう言って、エリナは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 『バカ弟子』イコール、お師匠。その『バカ弟子の弟子』ってのは、間違いなくあたしよね。

 ……なんかなぁ。

「はいはい、その『できが悪い弟子』を生んだ、偉大なるへっぽこお師匠様とエリナなら確かに何とかなるかもね」

 口調こそ投げやりに、しかし明確な皮肉を込めてそう言い返してやると、エリナはニヤッと笑みを浮かべた。

 エリナに対しての皮肉ではない。お師匠への皮肉だ。

 地下28階へ共に下りたとき、一緒に祝杯を上げた相手は他ならぬお師匠だ。

 騙された……。

「……ほぉう、バカ弟子の弟子にしては、脳みその回転が早いわね」

「フフフ、あたしをお師匠と一緒にするなんて、あまりにも失礼じゃないッスか?」

 そう返して、あたしも負けじと笑みを浮かべてやった。

「あはは、そりゃ言えてる。ごめんね、マール」

「分かってもらえればいいのよ。気にしないで」

「……お、お前ら、僕になんか恨みでもあるのか?」

 あたしとエリナが、実にほのぼのとした(?)会話をしていると、どうやらそれがあまり気に入らなかったらしく、お師匠が低く押し殺した声で呻くようにツッコミを入れてきた。

「もう、何言っているんですか。お師匠に対する恨み辛みなんて、1山1クローネで売っても立派に一財産出来るほど在庫を抱えていますよ」

 と、視線をお師匠に移し、迷わずためらわずきっぱりはっきりそう言ってやると、その瞬間、彼はがっくりと肩を落とした。

「……すまん、ガルシアよ。僕が力不足だったばかりに、お前の娘をこんな捻くれた性格ブスにしてしまった」

 そして、お師匠はどこか遠い場所を見つめながらブツブツとつぶやき始め、ローザとマリアが困惑した様子ながらも彼を慰めるという、実に温かい光景が展開される。

 ……誰が性格ブスよ。誰が!?

 こっそり胸中でツッコミを入れつつ、しかし、それは口に出さないままあたしは視線をエリナに戻した。

 

「まあ、それはともかく、エリナの話まだ続きがあるんでしょう?」

 あたしがそう言うと、エリナは一つうなずいた。

「はいはい、分かってますよ。えっと、それでその地下137階遭遇した『異常現象』なんだけど、これがまた難儀なシロモノでね。驚くなかれ、時間の経過と共に自動的に通路や部屋の配置が変わるのよ。これが」

「な、なんですか、それ?」

 と、あたしが驚きの声を上げるより早く、マリアが珍しく本心から驚いたような声を上げた。

「なんでもなにも、これ以上咬み下して説明なんて出来ないわよ。

 まあ、恐らくは召還系か転移系の魔法を応用して、適当に空間をひん曲げているんだと思うけどね」

 そう言って、これ以上深くツッコミを入れるなとばかりにエリナは軽く肩をすくめた。

 ……空間に干渉し、どこか遠い場所に一瞬で移動させる。

 まさに、そこらに転がっている『転移』の罠そのものである。

 しかし、これはその『起動スイッチ』となる魔法陣などに触れなければ当然ながら作動しないし、仮に作動させてしまったとしてもその事は十分に知覚出来るので、『自動的に通路や部屋の配置が変わる』などという錯覚には陥らないだろう。

 となれば、過去にエリナたちが遭遇したソレは、今まで誰も体験したことの無い全く未知の『現象』という事になる。

「ともあれ、放っておいても勝手に内部構造が変わるなんてフザケた遺跡は初めてだったしあたしたちも調査どころじゃなくなっちゃって、最後はほとんどヤケクソで手当たり次第に歩き回っていたらなんか偶然『転移』の罠を発動させちゃったみたいでね。そのまま地上に『強制排出』されてそのまま初調査は終了ってわけ。

 ちなみに『彷徨える亡霊』ってのは、後で報告書を書く時になって当時の隊長がこの『異常現象』に命名したものよ」

 そう言って、エリナは『話はおしまい』とばかりに右手をパタパタ振った。

「なるほどね。でも、おかしいわね。そんな妙な現象があったなんていう報告書があれば、当然遺跡調査部じゃあ噂になるだろうし、あたしだって小耳に挟む事ぐらいはあったはずなんだけど……」

 先にマリアに驚かれてしまったために、妙に冷静になってしまっていたあたしは記憶の糸をたどりながらエリナにそう言った。

 過去の遺跡調査報告書は遺跡調査部に所属している者なら、誰でも簡単な手続きで閲覧出来るし、あたし自身小さな頃から遺跡調査に関わっていたこともあって、魔道院にいた頃は暇さえあれば遺跡調査記録に目を通していた。

 だが、そんな『勝手に内部構造が変わる遺跡』などという記録は、ただの一度も見たことがないし、そもそも『レビィ・サップ』の地下は28階どころか137階まで確認済み。となるはずである。

 遺跡の調査報告書は無期限保管扱いになっているので、定期的に行われる資料整理で破棄されたという可能性は無いはずなのだが……。

「うーん。実はね、あたしたちが『未調査遺跡第239号』に関する調査報告を提出したのって、魔道院に戻ってからじゃなくてすぐ近くにあった村の『支店』なのよ。

 なにしろ、あんな妙な事があったもんでなるべく記憶が鮮明なうちに報告書を出そうって事になってね」

 そう言って、エリナは意味ありげな笑みを浮かべた。

 実は、遺跡調査終了後、その報告書を『本店』……つまり、ペンタム・シティーの魔道院に戻る前に、最寄りの町や村にある『支店』に提出する事は珍しくないのだ。

 特に、未調査遺跡の場合はむしろ魔道院に戻ってから報告書を提出する方が珍しいほどである。

 なにしろ、当然といえば当然だが、人の手の入っていない遺跡というのは、おしなべて誰も近寄らないような、人里離れた辺鄙な場所にあることが多いのだ。

 今でこそ、大陸横断(縦断)鉄道があるものの、これとて主立った大きな街しか経由しないし、予算的な面からも誰でもいつでも気軽に利用可というものでもない。

 となれば、必然的に移動は馬車や徒歩といった旧来からある手段をとる事になるのだが、これだとその遺跡のある場所から王都に帰還するまで、場所によっては数ヶ月程度の時間を要する事もある。

 そうなると、帰還途中で何らかの事件や事故に遭遇する可能性もあるし(これは決して杞憂ではない。なにしろ、街の外はほとんど無法地帯といってもいいぐらいの危険地帯なのだから)、何事もなく帰還できたとしてもあまりにも時間的効率が悪すぎる。

 そこで、領内のほとんどの街や村にある『支店』を利用しようというわけである。

 『本店各支店間』には『転移』の魔術を利用した『高速通信ネットワーク』が設けられていて、これを使えば最大でも1日程度のタイム・ラグで魔道院に報告書を送付することが出来る。

 つまり、とにもかくにも先に報告書だけ『帰還』させてやろうというわけだ。

 この『高速通信ネットワーク』はかなり昔から存在するので、エリナたちが『レビィ・サップ』の調査を行った際に、この方法で報告書を提出したというのは十分うなずける事である。

 しかし、それならそれで、当然この報告書は魔道院の資料室に保管されているはずなのだが……。

「それで、まずは報告書だけ先に魔道院に送ったあと、数ヶ月遅れでようやくあたしたちも魔道院に帰還したんだけど、この時にちょっと妙な事になってね。先に送った報告書がちゃんと届いたかどうか、調査部長に確認してみたらそんなもん見たことも聞いたこともないなんて言い出したのよ」

「えっ?」

 エリナの言葉に、あたしは思わずそう聞き返してしまった。

 事前に『支店』から送られた報告書は、通常ならそのまま調査部長の元に届けられるはずである。

 となれば、当然知らないワケがないのだが……。

「そりゃあ、その時はあたしも驚いたけどなにかの勘違いって事もあるだろうと思って資料室で閲覧しようと思ったんだけど、あたしたちが送った報告書はここにも存在しなかった。つまり、本当に『消えちゃった』ってわけ」

「『ネットワーク』の事故……ってことは、まずあり得ないか。確かに妙な話ね」

 ここに来て、あたしは、やっと最初にエリナが浮かべた笑みの意味が分かってきた。

 魔道院が誇る『高速通信ネットーワーク』は、元々は様々な重要文章を遠隔地とやりとりするために設けられたものである。

 その性格上『送った書簡だの書類だのがどこかに行っちゃいました。てへっ』では済まされないため、『転送』の安全性や確実性の確保には並々ならぬ努力が払われている事は言うまでもないだろう。

 とはいえ、結局は人間がやる事だし、例えどれだけ注意していても転送事故が発生する事はあり得るだろう。

 しかし、その可能性はほとんどゼロに近く、エリナたちが送った報告書が『高速通信ネットワーク』の転送事故で遺失してしまったと考えるのはあまり現実的ではない。

 そうなると、他に考えられる理由はあと一つしかない。

「なるほど。つまり、報告書が調査部長の手に渡る前に、誰かが横やりを入れて闇に葬ったってわけね。

 ……今はどうか知らないけど、昔の『老人会』辺りなら簡単だろうし」

 あたしがそう言うと、エリナは肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべ、小さく肩をすくめた。

「まっ、そこまで推理するつもりはないわ。肝心なのは、『誰か』があたしらの報告書を無かったことにしたってこと。

 『勝手に構造が変わる階がある』なんて記録に残したら、いくら野心家が多い調査部の人間だってさすがに二の足を踏むだろうしね」

 どこか呆れたような口調でそう言って、エリナは最後に軽くため息をついた。

 ……うーん、そうかなぁ。

 むしろ、そんな目を引く記録があったらかえって興味を持つ連中が出現しそうだけど。

 たとえば、あたしのお師匠みたいなのとか、お師匠のようなものとか、お師匠的思考を持つ変人とか……。

 ともあれ、ここでそんなツッコミを入れても仕方ない。

 それよりなにより、なんでエリナがこんな話をしたかを考える方が先である。

 確かに『レビィ・サップ』の話は興味があるところではあるが、あたしたちが今立っているこの遺跡はあの凶悪無比な巨大遺跡ではない。

 ずいぶんと話がわき道にそれてしまったが、そもそもの発端は目の前に現れた見覚えのない分岐路である。

 見覚えの無い通路。エリナの話にあった『彷徨える亡霊』こと、勝手に内部構造が変わる地下階層。

 この二つのキーワードから導き出される答えは、実に単純なものである。

「まあ、いいわ。要するに、この遺跡にも『彷徨える亡霊』が『出現』したってわけね」

 気持ちを切り替えてそう言うと、エリナは小さくうなずいた。

「そう言うこと。つまり、これから進む通路は誰も通ったことのない未知の空間で、しかも気まぐれでどこに繋がるか分かったものじゃないって事よ。……マリア、この貸しは大きいわよ」

 言葉の前半は投げやりに、最後はジト目でマリアを睨みつつ、エリナはそう言って遺跡の闇より深いため息をついた。

「うっ……。そ、そう言われましても、私もよく知らなかった事ですし未調査遺跡であることは前もってお話したはずなんですけど……」

「さぁて、危険手当。どのぐらい追加請求しようかなぁ~」

 気圧されつつも抗議するマリアと、それを全く相手にしていないエリナの図という、実に微笑ましい光景が展開される中、あたしは何となく他の二人の方に視線をやった。

「……しかし、一体どこが悪かったと言うのだ。

 マールに対して、僕は本当の親のつもりで接してきたつもりだったのに……」

「もう、クレスタさん。いい加減目を覚ましてくださいよ!!」

 ……ふぅ、まだやってたよ。やれやれ。

 いや、あんたのせいだろうと言う無かれ。

フィアチャイルド・クレスタという人は、あたしがちょっとイジメた程度でどーにかなるようなタマではない。

 はっきり言って、あれくらいで彼が心底落ち込むなんざぁヘソで茶を沸かすってなもんである。

「こら、オヤジ。ちょっと娘に噛みつかれたぐらいで、いつまでも腐ってンじゃないわよ!!」

 と、怒鳴るようにそう言いつつ、ついでに娘の愛と思いやりをたっぷり込めた必殺の跳び蹴りをぶちかましてやった。

 ……あっ、別に狙ったワケじゃないけど、偶然にも股間に命中しちゃった。

「うぐっ!?……フフフ、我が娘よ。いつの間にかこんなパワフルになりやがって。今のは少し効いたぞ」

 一瞬、白目を剥いたお師匠だったが、しかし、なんとか持ちこたえたらしい。

 さすがに、その場にがっくりと両膝を付き壮絶な表情にダラダラと冷や汗を流しながらも、彼は呻くような声でそう言ってきた。

「あっ、ごめんなさい。別に『ソコ』を狙ったわけじゃないんだけど……って、なによ。結構余裕じゃないの」

 思わず謝ってしまってから、あたしははたと現実に気がつき、半眼でお師匠にそう言ってやった。

「な、なにを言う。男ってのはな、例え誰であろうとこのピンポイント攻撃だけは耐え難い苦痛を味わうんだぞ。余裕なんか欠片もあるか!!」

 と、お師匠は涙目でそう言い残すと、そのまま床に倒れ伏しピクリとも動かなくなってしまった。

 ……あっ、燃え尽きた。

「ま、マール。いくら何でも、アレはちょっと酷いんじゃあ……」

 やや沈黙が落ちた後、その顔に深い困惑を見せながら、ローザがそんな事を言ってきた。

「いいのよ。このぐらいじゃあ、死にはしないわよ。……多分ね」

 そんな彼女に、全く根拠のない自信の元にそう言い返しつつ、あたしは延々とかみ合わない言い争いを続けている、マリアとエリナの様子を傍観することにした。

 まあ、この二人が疲れて言い争いを止める頃には、お師匠も無事に復活するでしょう。きっとね。

 

まあ、そんなわけで、いまいち緊張感があるだかないんだか分からないあたしたちの遺跡探索は、いよいよ困難な局面になってきた。

これが遺跡探索の醍醐味であり、やめられない所以である。

 




さっさと遺跡探査を進めたいのに、こいつらときたら全く言うことを聞いてくれません。
キャラが勝手に動く感覚を久々に味わっております。
次話もよろしくお願いします。
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