日本 東京都練馬区月見台すすきヶ原 1991年2月23日土曜日
ニュース速報で戦艦の主砲斉射がTVで中継されている。
1990年8月2日にイラク軍がクウェートに侵攻した。これに対して国際社会は、クウェート解放を目的として多国籍軍を派遣。今回の放送は、地上軍の支援として行われたBB-63戦艦ミズーリによる陽動作戦である。
初速762m毎秒で放たれた重量862kgの鋼鉄の矢──マーク13HC弾は目標に向かって軌跡を描く。
ミズーリは艦齢40余年を数える老巧艦だが、打撃力に遜色は無い。22年後のSF映画ではエイリアン相手に戦う格好良い姿を見せてくれている。
ともかく、50口径40.6cm砲の鮮烈なイメージは、のび太の脳裏に焼き付いた。
そして思い出したのは、去年に終戦45周年特別企画として放送された映画連合艦隊。かつて存在した海獣達の勇姿だ。
食い入るようにTV画面を見詰めるのび太に、母の玉子は声をかける。
「のびちゃん。そろそろ学校行く時間でしょ?」
その言葉にのび太は、はっとする。
「あ、はい。いってきま~す!」
仲の良い静香やジャイアン、スネ夫と言った友達に比べて、のび太の家は一番遠い。その為、通学にも時間がかかり遅刻する事がある。
担任の教師もその事は理解しているが、他にも遠くから登校している生徒はいる。贔屓はしない厳格な教師だった。
(今日も立たされるのは御免だ!)
のび太を見送るとスケジュール帳を開く玉子。家計を預かる主婦の朝は忙しい。
前日、日経平均株価は2万5903円の122円安、週明けの上昇を予測した玉子は、銀行と証券会社に行く予定を書き加えた。
終業のHRが終わった。
「起立、礼!」
日直の号令で立ち上がり、先生に挨拶をする。
「先生、さようなら」
「はい、さようなら」
授業が終わると、図書館で日本海軍に関する書籍を借りてきたのび太。一心不乱に机に向かっている。
「ドラえもん、この字は何て読むの?」
マンガを読んでいたドラえもんは、のび太の肩越しに覗きこむ。
「珍しいね。のび太君が勉強なんて」
「まあね」
開いたページにはレイテ沖海戦の模様が記されていた。
(歴史の勉強かな)
普段からぐーたらで昼寝ばかりなのび太が、漫画ではなく本を読んでいる。
自主的に学ぼうとする姿勢に成長をしているだと感動と満足感を覚えて、ドラえもんは自然と笑みを浮かべる。
「これはね……」
ドラえもんの説明を受けるとのび太は頷き、再び読書に熱中する。
邪魔をしないようにドラえもんはマンガを読んでいる。
しばらくすると──。
「これだ!」
おやつのドラ焼きにドラえもんが手を伸ばした瞬間、のび太が叫んで椅子から立ち上がった。驚き姿勢を崩して倒れるドラえもん。
「ど、どうしたんだい? 突然、大声なんか出して」
のび太は頬を高揚させて、開いたページをドラえもんに見せる。
「これだよこれ!」
「戦艦武蔵?」
そして、のび太は戦艦武蔵の最期について熱く語りだす。
「今でも海で彷徨っている何て可哀想と思わない? 中国なんか違法サルベージで鋼材を売り払うんだよ。酷いよね! ね、ドラえもんも、そう思うでしょう?」
「そ、そうだね」
そこで、畳み掛けるようにのび太は言った。
「でしょ! だったら道具貸してよ」
「え?」
武蔵を見つけ出し、英霊を故郷に返してあげようと言う事だった。
「ドラえもんなら何とかできるでしょ?」
のび太の目はいつに無く真剣だった。いつもなら、何を馬鹿な事を言ってと一笑に付す所だ。
「まぁ、探せない事も無いね」
普段から何でも道具に頼るなと言っているが、真面目な話なら相談に乗らない事も無い。それに悪い事をしようと言うのでもない。
のび太の成長を嬉しく思うドラえもんは、苦笑を浮かべてポケットに手を入れる。
「やっぱり、ドラえもんだけが僕の味方だよ」
「まったく、調子が良いな」
そう言いながらも、ドラえもんは宇宙完全大百科端末機を出して操作する。
「戦艦武蔵の現在位置は、と……」
ドラえもんが操作している道具は、宇宙のあらゆる情報が収められた宇宙完全大百科にアクセスできる端末機だ。
画面に武蔵の現在位置が表示される。
「出たよ」
小笠原諸島よりも南、意外な事にマリアナ海溝を指し示していた。シブヤン海から流されたとしても、フィリピン近海に沈んでいるとのび太は思っていた。
「何だってこんな所に……」
覗き込むのび太の呟きにドラえもんは答えた。
「潮流に流されたんじゃないかな」
場所はグァム島の沖に当たる。
それで、どうする? とドラえもんは尋ねてくる。勿論、のび太の答えは決まっている。
「行こう! ドラえもん」
そう言われても準備がある。ドラえもんは未来デパートに必要な物を買い出しに行くと言うし、のび太は今度の連休に、友達皆も誘って行くことにした。
通学路を急ぐのび太。先を武とスネ夫が歩いている。
「おはよう。ジャイアン、スネ夫。話があるんだ」
「あん?」
元気良く挨拶するのび太に訝しげな表情を浮かべる二人を置いて、先を歩く静香を目に止めると追いかける。
「静香ちゃ~ん」
「あら、のび太さん。おはよう」
「後で、話があるんだ」
生き生きとした表情で話しかけるのび太に、また面白い遊びでも思い付いたのかと、静香は柔らかい笑みを向ける。
昼休み。校庭の片隅でのび太は、いつもの遊び仲間である静香、スネ夫、武の三人に声をかけた。
「戦艦武蔵を探しに行く?」
「そう。もし良ければ、今度の連休に皆でどうかな?」
ドラえもんの道具で海底旅行。考えただけでワクワクしてくる。
「面白そうじゃないか」
武は乗り気だ。男はいつでも冒険に憧れを感じる物だ。
「でも、何だってのび太は、武蔵何か見に行きたいんだ?」
「何かとは何だ!」
激昂したのび太が凄まじい迫力で、いかに武蔵が戦ってきたかを語る。
「いつまでも暗い海の底に漂わせているなんて可愛そうだろ?」
話を聞いた武は、のび太の背中を勢い良く叩く。
「偉い! 俺は感心したぞ、のび太」
武の言葉に静香も賛同する。
「そうね。素晴らしい事だわ。のび太さん」
スネ夫も、周りの空気を読んで控え目に付け加える。
「のび太にしては良い事、考えるじゃないか」
愉しそうに相談する四人を見て、出来杉がやって来た。
「皆して何の相談?」
ふいに、のび太は閃いた。
「どうせなら、出来杉君も行かない?」
のび太から、戦艦武蔵を探しにマリアナ海溝に向かうと言う話を聞き出来杉は笑みを浮かべる。
「面白そうだね。是非、仲間に入れてくれるかい」
「出来杉君なら、そう言うと思ったよ」
幸いにして皆、予定は空いていた。返事は一度、両親に相談してからと言うが、ドラえもんも居ることだし許可されると考えられた。
「それにしても、まさか野比君が日本海軍に興味を持っていたとは思わなかったよ」
まだ艦これやアズールレーンの存在しない時代で、マイナーな世界だった。
「戦艦は男のロマンだしね」
その後、二人で好きな戦艦について語り合い、大いに盛り上がった。