日本 東京都練馬区月見台すすきヶ原 1991年4月27日
土曜日の昼で授業は終わる。日・月と連休で、午後から出発する。
出発日を聞くとドラえもんは言った。
「5月まで待てば、3日~6日にかけて4連休だったのに」
旅行はゆっくり出来る日程だし正論だが、のび太のはやる気持ちは抑えられない。
「そんなに先伸ばしして、待てるわけ無いじゃないか」
確かに好物のどら焼きが目の前にあれば、ドラえもんも我慢はできない。
「まぁ、そうかもね」
そう言いながらドラえもんは、この日の為に道具を未来からレンタルしてきた。これも友情である。
「行ってきます。ママ」
「ドラちゃん。皆の事をよろしくお願いね」
保護者からの信認も厚いドラえもんが引率者と言う事で、子供達だけの旅行が認められた。
「はい、ママ」
道具の返却期限もあるし、延滞金は払いたくない。危険な真似をさせるつもりはなかった。
「それじゃ、皆行くよ」
どこでもドアでグァム島に向かう。そこから適応灯をかけて、水中バギーでマリアナ海溝を潜る。
「ドラえもんの道具だから喋ったりするのかと思ったけど、普通の車だね」
のび太の言葉にドラえもんは、オプション追加で対話機能も付けられると答える。
「でも、車が喋ってもうるさいだけだよ」
「確かに」
日の光が届かない深海だが、適応灯で視界は良好だ。
「うわ、すげぇ! 魚だぜ、魚」
「あれはロウニンアジだね」
歓声をあげる武に出来杉が解説し博識な所を見せている。
「どれぐらいで着くのかな?」
「到着予定時間は夕方の五時。三時間だね」
水中バギーは目的地に向かって進んでいく。
海の底に走る裂け目に入ったが、幅は細くなってきた。戦艦が通り抜けられたとは考えられない。
「本当にこの先であってるの?」
「間違いないよ」
ドラえもんがモニターに表示された信号を指差す。
しばらくすると明かりが見えてきた。水面が近いのかもしれない。
バギーが水面に出ると、巨大な湖が広がっていた。
「地底湖に繋がっていたのか」
潮流に流されて来たのか赤錆びた廃船や飛行機の残骸が湖面に姿を出しており、さながら象の墓場と言った感じだった。
「凄いぞ、地球空洞説は本当だったんだ!」
リチャード・E・バード少将やヤンセン親子が見た世界は、地底だったのかもしれないと出来杉は興奮する。
「何言ってるんだろう? スネ夫わかるか」
「さあ」
武の問いにスネ夫は頭を振る。
最古の記録では地底空洞説の元になる考えは、古代ギリシャのプラトンがその著作で述べている。現在の地底空洞説は、マーシャル・B・ガードナーによって完成された。
そんな事を平均的な小学生が知っているわけもなく、出来杉が博識だと言うことだけは周りに伝わった。
湖畔に上陸して周囲を見渡す。
「あれは何かな」
スネ夫の言葉で指差す方向に注目する。
岸辺に比較的、保存状態の良い軍艦が係留されていた。
「あれは、キャノン級護衛駆逐艦だね」
その時、艦首の舷側に描かれた数字に目を止めた出来杉は叫んだ。
「エルドリッジだ!」
歴史的発見だと興奮する出来杉をよそに、武はスネ夫を肘打ちして訪ねる。
「エルドリッジって何だ?」
スネ夫が回答に困っていると、出来杉が何かに取り付かれた様に語りだした。
「エルドリッジと言うのはね……」
キャノン級護衛駆逐艦のエルドリッジは、フィラデルフィア実験と言う都市伝説で、オカルトファンには知られた存在だ。
公式には、エルドリッジはギリシャ海軍に引き渡されている事になっている。ここに存在すると言う事は、今までの公式発表こそ虚偽の情報欺瞞で、都市伝説の方が真実だったと言うことになる。
「誰だ!」
バギーから降りて駆逐艦に近付くと鋭い声をかけられた。
周囲を囲む武装した兵士たち。
「あ、怪しい者ではありません!」
手を上げるドラえもん達は近くの詰所に連行された。
「ほう、地上からやって来たと」
「そうです」
取り調べの責任者はバンホーと言う青年で、竜の騎士団に所属する青年将校だった。
「中隊長」バンホーの部下がやって来て耳打ちをする。
「ちょっと失礼するよ」
上司に呼ばれて出ていったバンホーは、しばらくすると戻ってきてのび太達の釈放を告げた。
「君達、疑いは晴れた。せっかく地上から来てくれたんだ、しばらくはこの国の観光を楽しむと良い」
いやにあっさりと解放してくれるなと出来杉は考えた。
(考えすぎか?)
余計な一言で機嫌を損ねては元も子も無い。出来杉は沈黙を保った。
地下100キロメートルで24時間周期の活動する光る苔によって昼夜が存在する大地底空間、その首都エンリル。そこが現在居る場所だった。
「へぇ、100キロメートルもあるんだ」
「そうよ。凄いでしょう」
誇らしげに語るのはバンホーの妹、ロー。
案内役として付けられたローに連れられてのび太達は博物館にやって来ていた。
この世界はスポンジケーキにできた気泡の様な場所で、地球のあちこちに同じ様な空間があると言う。
「私達の先祖は偶然、この場所を発見したのよ」
大災害を避けて地底に逃れた恐竜達は、長い歳月をかけて進化した。その過程で、他の空間も発見し地底世界を開拓していった。
勿論、地上にも姿を表した。
「2000年前までは地上人とも交流があった」
仕事を終えて合流して来たバンホーが、補足説明をしてくれる。
「へえ。そうなんですか」
過酷な環境で育てられた地底人は、地上人よりも学問や技術でも優れていた。そこから知恵を授けるようになる。
「そうなれば当然のように、地域によっては神と崇められさえしたんだよ」
生け贄として人を捧げられる事には抵抗があったそうだ。
「その後、邪教や化物と見なされ迫害を受けた」
昔話に出てくる化物や悪魔のルーツは、彼ら恐竜人だった。だから非好意的な視線を時々感じたのかと納得する。
「そして地上との接触は絶たれた」
その間、地上人は数を増やし地表全てを覆うようになった。そして生まれる争いは地上人の技術を向上させ、いつの間にか地底人を追い抜いていた。
時々、地底湖に流れてくる地上の工業製品。それは恐竜人の技術成長を促進するカンフル剤になった。それが「畝傍」など場違いな工芸品だと言う。
「50年前にも、幾度か地上人との接触があった。それは血を流すものだった」
展示品にハーケンクロイツを描いた旗や、旭日日章旗などもあった。
1941年、バルカン作戦中のドイツ軍はギリシャを制圧。親衛隊の特別執行部隊が某神殿の地下に通る洞窟を通り抜け地下世界にやって来た。また1945年に四国剣山で軍事施設を建設中に地下道を発見した日本陸軍は、調査の人員を送り込んだ。これらの接触は双方にとって流血沙汰の悲劇となった。
最近でも1989年2月に米軍と交戦。66名を殺害し撃退すると言う戦果をあげた。
「祭司長はこの時に家族を失ったそうだ」
地上人に反感を持つ急先鋒が、この国の有力者である祭司長。ドラえもんは不安を覚えた。
未知の物を恐怖する感情が争いを生む。相互理解の機会が儲けられた。
「君達の住む世界について教えて貰えるかな」
宿泊場所として自宅を提供してくれたバンホーは、何度か試験航海で地上に来た事があると言う。
比較的、精密な海岸線の地図もあった。
「ここが僕達の住む日本です」
弧状列島を指差すのび太。
「ふむ。それで、この一番大きな大陸はどうなっているのかね?」
ソビエト連邦に中華人民共和国、インドなど簡単な地名は答えられた。細かい辺りは出来杉が補足する。
その後に社会情勢も質問されて、わかる範囲で説明した。
「なるほど、中東に各国の軍隊があつまっているのだね」
湾岸戦争の影響だ。
続いて軍事編成や装備に話題は飛んだが、小学生相手に詳しく説明を求められても限界がある。
「今日はこれぐらいにしよう」
バンホーがローを読んだ。
「皆お疲れ様。夕食を用意してるわよ」
食堂には地上と変わらないご馳走が並んでいた。
「わ~い」
「飯だ飯だ!」
子供達がはしゃぐ様子を恐竜人の兄妹は温かく見つめていた。