「モクバ様!!」
バン! というドアを開く大きな音が響いて、磯野常務が勢いよく副社長室へと飛び込んできた。
磯野の後ろにも黒服の男が何人かいて、周囲を警戒するようにキョロキョロと見渡している。
「モクバ様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ磯野。負けかけたけど、意地で何とか勝ってみせたよ……」
「瀬人様と毎日デュエルをして実力をつけられた成果ですな……それよりモクバ様、この男はどこから?」
磯野はモクバを椅子に座らせると、魂を奪われて床に倒れているハーゲンへと鋭い視線をむけた。
「見たところ、部屋の窓ガラスは割られていないようですし、廊下にも侵入の形跡はありませんでした。この男はいったいどこから侵入を……」
「それが、俺にも分からないんだ。俺はもちろん、この部屋にいた誰も、この男が現れた瞬間を見ていない。気付いたらそこにいた、としか言いようがない」
気付いたらそこにいた、か。
あるいは、気付かなかっただけで最初からそこにいたのかもしれない。
いずれにしても、人間わざではない。
ここは天下の海馬コーポレーションの本社だ。
セキュリティはこの世界のあらゆる会社の中でも最高クラスのものを採用しているはずだし、それこそネズミ一匹逃さないようにしているはず。
そんな場所に侵入する、しかも誰にも気付かれずになんて、果たして可能なのか?
「……通常なら不可能よね。でも、もし相手が5年前と同じ、ドーマだとしたら? 人知を超えた力を行使できるあいつらなら、海馬コーポレーションの警備をかいくぐってここに人を送り込むことくらい、できるんじゃないかしら」
ポツリとそう呟いたのは、レベッカさんだった。
レベッカさんは5年前、ドーマの力を目の当たりにしている。
そんな人が言うと、現実味を帯びた発言に聞こえる。
「……磯野、状況を報告してくれ」
「ハッ。システム室では解析が進められていますが、進捗状況は芳しくありません。今しばらく時間がかかるものと思われます」
「そうか……。城之内とは連絡はとれたか?」
「いえ。城之内克也のデュエルディスクの反応もリアルタイムで追跡していますが、発見できていません。ですがモクバ様、手掛かりになりそうな人物の場所なら分かります」
「ん?」
「川井静香……城之内克也の妹です。現在大学生で、この童実野町にある大学に在籍しています」
城之内さんに妹さんがいるのか。
……そういえば確か、城之内さんがデュエリストキングダムに参加したのは、身内の誰かの治療費を手に入れるため、そんな話を聞いたことあるな。
「そうか。でも、どうやってその情報を?」
「実は、城之内克也のデュエルディスクを追跡中、偶然童実野町で川井静香のデュエルディスクの反応を検知したのです」
「え、城之内の妹ってデュエルやらないはずじゃ?」
「さぁ、そこまでは……ですが、同姓同名の別人ではないことは確認済みです。童実野町でデュエルをしていた川井静香は、正真正銘城之内克也の妹でした」
「……分かった。兄様と遊戯、それに城之内の誰とも連絡が取れない現状を考えれば、どんな小さな手がかりでも欲しい。もしかしたら、川井静香なら城之内の居場所を知ってるかもしれない」
「なら、俺が城之内さんの妹さんに会いに行くっすよ」
俺の言葉に、部屋の全員の視線がこっちにむく。
その静香さんって人に会えば、もしかしたら城之内さんにも会えるかもしれない。
そうすれば数珠つなぎ的に、遊戯さんにも会えるかもしれないんだ。
可能性は低いかもしれないが、少しでもあるならぜひ行かせてもらいたい。
……それに、俺自身気になっていることがある。
オレイカルコスの結界……明確に記憶にはないが、あの結界を見ているとなぜか胸がざわつく様な感覚に陥る。
もしかして俺は、5年前に何か結界と関係しているのか?
「……優輝君? どうしたの、ボーっと床ばっかり見つめて」
「香里奈……いや、何でもない」
何でもない、香里奈にはそう言ったけど、実際は何でもなくない。
脳に一瞬だけ、ノイズだらけの謎の光景が浮かび上がる。
ノイズだらけで何の光景だかサッパリだが、自分と誰かが相対しているのだけは分かる。
だが、それだけだ。
これはいったい、何の光景なんだ……。
「それじゃあ、東雲に川井静香の件は任せるよ」
「しかしモクバ様、無関係の人間をこの一件に巻き込むのは……ましてや、もし相手がドーマだったらなおさらでは?」
「いや、東雲はもうすでに結界を見ているし、実際に結界を使ったデュエルにも巻き込まれてる。もう十分に関係してるさ。それに、結界を使った相手に勝ってるし、実力もある」
「ですが……」
「磯野の言いたいことも分かる。だけど、じゃあ磯野が行って、もし結界を持った相手にデュエルを挑まれたら? 勝てるか?」
「そ、それは……」
「だろ? 俺が行っても良いけど、本社を責任者不在にする訳にはいかない。」
もちろん、モクバの言葉にも危ないところはある。
今日初めて知り合ったばかりの俺にそんな役目を任せるのは、いささか危険な判断なのかもしれない。
だが、社長である海馬瀬人が不在の今、モクバが海馬コーポレーション本社を離れてしまう方がはるかに危険、そういう判断なのだろう。
「それじゃあ、私たちがついていくってのはどう? 私もダーリンに早く会いたいし、少しの手掛かりだって欲しいわ」
「いや、レベッカさんは俺とは別行動をお願いできませんか?」
「え? どういうこと?」
やや不満そうなレベッカさん。
まぁ、それはそうだろう。
レベッカさんこそ、この場の誰よりも遊戯さんに会いたい人なのだから。
「もし復活したのが本当にドーマで、この童実野町、いや世界中でオレイカルコスの結界のカードと、未知の召喚方法を広めてるのであれば、それも由々しき事態だと思います」
「まぁ、それはそうね」
「特に、結界のカードをあちこちにばら撒かれて、結界に魂を奪われる人が続出したら大変です。そこで、レベッカさんには結界の乱用を防ぐためにも、ばら撒いている諸悪の根源について調べて欲しいんです」
「つまり、事情を知っているかもしれないダーリンたちを探すのと同時に、私たちでも犯人捜しをする……そういうことね」
「はい。デュエルの実力は俺なんかよりレベッカさんの方がはるかに上です。調査中に結界を使ったデュエルに巻き込まれたとしても、上手く切り抜けられ……ますよね?」
「あら、私は5年連続全米チャンプなのよ? そう簡単に負けるはずないでしょ?」
最初は不満そうな表情だったレベッカさんだったが、俺の案を飲みこんでくれたのか、最後には不敵な笑みを浮かべて俺の言葉に返してきた。
流石は全米チャンプ、流石はアメリカ人、といった感じだ。
「頼もしいっす、レベッカさん。……というわけだ、モクバ副社長。川井静香さんのことや結界のカードのことは俺たちに任せてもらえないっすかね? そっちはそっちで、遊戯さんたちの追跡やらデータの解析やらで忙しいだろうし、ここは役割分担ということで」
「……よし、東雲の案でいこう。俺はここに残って指揮を執る。もちろん、東雲たちのサポートもさせてもらうよ」
「海馬コーポレーションの副社長の手助けがあれば大丈夫っすよ。それじゃあ、俺と香里奈は川井静香さんのところへ、レベッカさんは童実野町内で結界拡散の阻止と情報収集をお願いします」
「なら、私もレベッカと同じ任務を任せてもらおうかな。新たに手に入れたエクシーズカンフーモンスターの実力、もっと試してみたいし」
そう言ってきたのはヴィヴィアンだ。
ふざけた効果を持つオレイカルコスの結界には嫌悪感を持っていたように感じられたヴィヴィアンだが、同時に提供されたエクシーズ召喚には特にマイナス感情は抱いていないようだ。
むしろ積極的に利用していこうとしているあたり、勝負の世界で生きているデュエリストらしい。
強くなるには、こんな感じの貪欲な精神が大切なのかもしれないな。
「じゃあ、それぞれ役割が決まったところで、早速動き出すとしよう。磯野、引き続きデータの解析を進めてくれ。俺はここで、東雲たちの手助けになりそうな情報を集めてみる」
「ハッ!」
「よし、それじゃあ俺たちも動き出そう。なんとか夜が更ける前に、静香さんに会わないと」
俺たちは海馬コーポレーションを出ると、二手に分かれた。
レベッカさんとヴィヴィアンは結界のカードが広まることの阻止と情報収集のため。
俺と香里奈は、城之内さんの妹さんである静香さんへ会うべく、それぞれ夜の童実野町へと戻っていった。
――続く。
遊戯王の映画、今からすでに楽しみです。