ガタン、ゴトン……。
俺と香里奈は今、電車に揺られて移動中だ。
一番酷い時間帯の帰宅ラッシュからは外れているが、それでも多くのサラリーマンや学生と一緒に、夜の童実野町を郊外方面へと向かっている。
「……ねぇ、優輝君」
「ん?」
と、それまで黙っていた香里奈が俺に話しかけてきた。
「あと、何駅くらい?」
「んーと……?」
そう聞かれても、通学でも電車を使わないからパッと駅数が出てこない。
だが、時代というのは変わった。
今はスマートフォンのアプリを使えばすぐに駅数と時間が分かるのだから。
「……あと3駅だな。時間にして12分くらいか」
「そっか、ありがと。それじゃあ、ちょっとお話しても良い?」
「ああ。どうした?」
話を切り出してきた香里奈の表情は真剣なものだった。
もちろん、事態が事態なのだから真剣なのは当然なのだろうが、それだけではない雰囲気が感じられる。
なんというか、思いつめた感もある。
「……うん。あのね、オレイカルコスの結界のことなんだけど」
「ああ」
「あのカードを見てると、なんていうのかな……その、胸がざわつくの」
「……というと?」
「詳しくは自分でもよく分からないから何とも言えないけど……でも、頭の中にノイズ混じりの光景が見えたりするの」
「え?」
香里奈の予想外の言葉に、思わず声が出てしまった。
結界を見て胸がざわつき、謎のノイズ混じりの光景が見えた……。
それは、俺もまったく同じだ。
俺もモクバとハーゲンのデュエルの時、香里奈の言ったのとまったく同じものを感じた。
「……その光景っていうの、もう少し具体的に何か分かるか?」
「ううん、ほとんど……。でも、私と誰かが向かい合ってるのだけは分かる」
「……そうか。それだけじゃなんとも言えないな」
なんて言ったけど、実際俺の心中は穏やかじゃない。
俺と香里奈が、オレイカルコスの結界を見た時に同じような光景を幻視しているというのか?
一体、何を意味しているんだ?
考えるには判断材料が少なすぎる。
結界のカードが俺たちに共通のビジョンを見せているのかもしれないし、俺と香里奈がその光景の場面に関係しているのかもしれない。
だが後者だとしたら、それはいつだ?
今回結界が現れてからそんな場面に遭遇はしていない。
となれば、考えられるのは5年前しかない。
だが、5年前にそんなことがあっただろうか?
正直なところ、5年前の騒動はあまり記憶にない。
気付いたら解決していたというのが正しい。
「……まもなく、○○です。お忘れ物なさいませんようご注意ください」
どうやら、香里奈との会話の後ずっと考え込んでいたらしい。
気付いたら静香さんの住んでいる最寄駅に到着していた。
降りる人並みに置いて行かれないように、俺たちも電車から駅のホームへと降り立った。
ひとまず、この話は後回しだ。
今はとにかく、遊戯さんたちの情報を少しでも得るべく、静香さんに会わないと。
「よっと……はー、やっぱり人がいっぱいの電車は疲れるね」
改札を出て、俺たちは少しだけ一息つけた。
「モクバさんの情報だと、静香さんは駅の南口を出て5分くらいのところのアパートに住んでるって話だったね」
「ああ。早速行ってみようぜ」
このあたりは、童実野町中心部で働いているサラリーマンやその家族、それと大学生が多く住んでいるベッドタウンだ。
住宅地が多く、逆に言えばビルみたいな建物は駅の近くにしかない。
駅から少し離れれば、夜道を照らすのはLED化された外灯と、点在しているコンビニくらいだ。
この時間ならまだ歩いている人がいてそこまで怖くはないが、これより後の時間だと人影が減って、一人で歩くには少し勇気がいるだろうな。
「えっと……優輝君、この道であってる?」
「そのはずだ。地図アプリどおりなら、そろそろ右手にコンビニと公園が見えてきて、その次の道を左に……おっ」
噂をすれば、その通りにコンビニと小さな公園が見えてきた。
「あ、コンビニだね。ゴメン優輝君、ちょっとコンビニに寄ってもいい?」
「ああ。それじゃ、俺は公園のベンチにでも座って待ってるよ」
「ごめんね」
そう言うと香里奈は、小走りでコンビニへと入っていった。
さて、公園に……。
「ん?」
なんだ、夜の公園に人が何人か集まってるな。
中学生か高校生が夜遊びでもしてるのか?
まぁ、俺も高校生だからあまり偉そうなこと言えたもんじゃないが、ベンチに座って巻き込まれたらいやだな……。
「わ、私のターン!」
ん、なんだ、デュエルやってるのか。
それじゃ、人が集まってるのは決闘者と観戦者ってとこか。
香里奈が帰ってくるまでのあいだ、このデュエルでも観戦して待つか……。
それにしても、なんか緑がかってるな。
ここからだとまだよく見えないけど、二人のデュエリストを囲うように緑の光が……。
「……緑の光? ま、まさか……!」
気付いたら、俺は駆け出していた。
この緑の色加減、見ただけで身体の奥底から冷えてくるようなこの感覚、間違いない。
ここでも、オレイカルコスの結界を使ったデュエルが行われている……!
「ハッ、ハッ……!!」
急に走って近づいてきた俺に、デュエルを観戦していた連中が視線を送ってくるが、そんなことはどうでもいい。
緑の光はやはり、オレイカルコスの結界に間違いなかった。
結界の中では、大学生くらいの男女がデュエルを行っている。
いや、それだけじゃない。
男女のうちの女性の方は、俺たちが探していた川井静香さんだ。
「なぁ、このデュエルはどっちが勝ってる?」
「? なんだ急に」
「俺はデュエルをしてる女性の知り合いだ。それで、どっちが勝ってるんだ?」
実際はこれから知り合う訳だが、ここは嘘も方便だ。
「男の方だよ。彼女の方もかなり善戦してるけど、いかんせんライフが残り200じゃ厳しい。あの男が発動してるフィールド魔法が厄介なんだ」
「残りライフ200……」
デュエルは終盤に差し掛かっているようだ。
このままじゃ静香さんが負けちまう。
それにしても、俺たちが会おうとしていた静香さんが、結界を使ったデュエルに巻き込まれる……偶然か?
「ど、ドロー……!」
どうやら静香さんのターンのようだ。
手札は1枚、つまり今ドローしたカードだけだ。
フィールドにはモンスターはもちろん、魔法や罠カードもない。
つまり、正真正銘のラストカード。
「か、カードを伏せてターンエンド……」
「おっと、ならエンドフェイズ時に速攻魔法『サイクロン』を発動だ。残念だったな、それがどんなカードであろうと、このタイミングで無力になる」
「ミ、ミラーフォースが……」
万事休す。
頼みの綱だった伏せカードをあっさり破壊された静香さんのフィールドはがら空きだ。
墓地で発動するカードもなくはないが、それが無ければ文字通り万策尽きる。
「どうやら、私の勝利のようだな。ドロー。ここで川井静香、お前を消せば城之内克也も姿を見せるだろう」
「私を、お兄ちゃんを釣るためのエサにするつもりですね……!」
「そうだ。妹思いの城之内克也のことだ、必ず姿を見せる。さて、バトルフェイズ。さらばだ、川井静香」
なされてしまった攻撃宣言。
静香さんの墓地のカードが発動する様子もない。
よって、この攻撃は成立。
静香さんのライフは0になる。
それはつまり……。
「……!? う、うおっ!? なんだ!?」
それは、突然のことだった。
俺のポケットに入っていたデッキがいきなり眩いばかりの光を放ち始めた。
服の上からでも分かるほどの光量。
目をそむけながらその光の元凶のカードを抜き出すと、それは俺のデッキのエースカード『紫眼の単彩龍(パープルアイズ・モノトーン・ドラゴン)』だった。
「一体何が……うわっ!?」
もうすでに眩しいのだが、紫眼の単彩龍はさらに輝きを増し、辺り一面がすべて白に包まれた。
時間にして10秒ほど。
そして、光は突如として消え去り、辺りは再び夜の闇に支配された……かと思った。
だが、結界のちょうど真上、そこになんと、紫眼の単彩龍が実体化して存在していた。
「な、なにが……」
もちろん、デュエルディスクなんて起動していない。
いや、そういう問題じゃない。
あの紫眼の単彩龍は、本物の龍が息づいているのではと思わせるほどの、圧倒的な威圧感を放っている。
海馬コーポレーションのソリッドビジョンはかなりの技術だが、ここまでの存在感は作り出せない。
「まさか、本当に実体化してるのか? それにしてもパープルアイズ、お前は一体どうやって、なんのために……」
理解が追いつかない俺の質問に、パープルアイズは行動で答えた。
口を開け、白と黒の奔流をチャージし始めた。
あれはパープルアイズの攻撃、『黒白(こくびゃく)のルイン・ストリーム』の時のエネルギーチャージだ。
紫色の両眼の先にあるのは、禍々しい緑光を放っている結界だ。
俺を含めたその場の全員が、突然現れたパープルアイズに視線を奪われている中、ついにチャージが終わり、そして……。
「ッ!?」
パープルアイズの口から黒白のルイン・ストリームが放たれた瞬間、台風並みの風が周囲を揺らした。
パープルアイズのだけでなく、攻撃そのものも実体化しているかのようだ。
黒と白のエネルギーはまっすぐに結界にぶち当たり、そして貫通した。
あっさりと、そんなものかと言わんばかりに。
「な、なんだと!?」
驚きの声をあげたのは、結界を発動したと思われる男。
静香さんの魂を奪おうとまさに収縮を始めようとしていた矢先に、絶対無敵と思われていた結界があっけなくぶち壊されたんだ。
そりゃ、驚きもするだろうな。
いや、一番驚いてるのはこっちなんだが。
パープルアイズ、お前は一体、どんな力を秘めてるんだ……?
――つづく。
勇気と香里奈、二人に共通するビジョンとは……?