「な、なんとか勝ったか……」
際どいデュエルだった。
相手のデッキの構築までは分からないから何とも言えないけど、あの時あのカードを出されてたら……なんて場面がいくつもあった。
無論、結果的に勝ったのは俺だからそれで良いのだが。
「し、東雲、優輝よ……」
「ん?」
気付くと、俺とデュエルしていた男が地面にひざまずいていた。
その表情には、敗北の屈辱と同時に、恐怖のようなものが含まれているように感じる。
「これで終わりではないぞ……もうすぐ、全世界がオレイカルコスの闇に染まる。お前も、お前の友人も……」
「なに?」
「オレイカルコスはどこにでも出現するのだ……いくら倒そうと、消えることはない」
「つまり、アンタみたいなのがまたデュエルを挑んでくるってことか? なら、また勝つまでだ」
「フフ、果たしてその強気がどこまで通用するかな……? 以前武藤遊戯をも飲みこんだ闇の力、見くびらん方が良いぞ……」
武藤遊戯……だと?
第一回バトルシティを制覇し、以来何人たりとも寄せ付けない圧倒的な強さを誇る、あの伝説のデュエリスト?
その遊戯さんも、この力と戦い、飲みこまれたことがあるというのか?
「優輝君、結界が……!!」
香里奈の言葉が聞こえてきた直後、俺とこの男を包囲していた結界がその半径を狭めながら収束し、目の前の男だけを包囲した。
そしてその直後、結界が一際強い緑の光を放ち始めた。
「眩しい……!!」
腕で顔を覆って光を弱めながら、俺と香里奈は緑の光の奔流が天高く昇って行くのを見た。
雲を突き破り、夜の闇に支配されつつある空を一瞬照らす緑の奔流。
やがて、その光の流れも徐々に弱まり、ついには途切れた。
再び、空は闇に支配された。
「な、なんだったんだ……?」
「ね、ねぇ、優輝君……」
近づいてきた香里奈は、地面に倒れている男の元へと恐る恐る向かう。
眠っているように動かない男の顔に指を近付ける。
呼吸を確認しているみたいだ。
「良かった、息はしてるみたい……でもそれなら、この人はどうなっちゃったの?」
「寝てる……ってのが一番あり得そうなんだがな。それはないだろ」
「魂を奪われるとか言ってたけど……本当に、魂を抜かれちゃったのかな?」
「んなことがあるわけ……ん?」
男の様子を観察していると、一枚のカードが見えた。
フィールド魔法を収納する場所が開いていて、そこにそのカードはあった。
読めない文字に、フィールド魔法を示すマーク。
イラスト欄には、六芒星に似た緑の紋章が描かれ、そして……。
「な、なにこれ……」
「……どうやら、負けたら魂がうんぬんというのは、正しいのかもな」
その紋章が檻のようになっていて、さっきまで俺と戦っていた男の顔がカードには描かれていた。
それにしても、不気味だ。
こんなことが、本当に起こり得るのか?
「そういえば、武藤遊戯も何とかって言ってたな……」
「あ、私も聞いてたよ。武藤遊戯さんって、伝説のデュエリストなんでしょ?」
「ああ。第一回バトルシティの優勝者であり、公式戦では無敗を誇る、まさに生ける伝説だ。第二回以降、優勝者は遊戯さんとの頂上決戦に挑めるんだが、その戦いで遊戯さんに勝った優勝者はいない」
「公式戦で勝率10割……本当に伝説だね」
だがこの男はさっき、その遊戯さんもオレイカルコスの闇の力に飲み込まれた、と言っていた。
そんなことが本当に……?
「ちょっとあなた達、私のダー……武藤遊戯のこと、知ってるの?」
俺と香里奈が、海馬ランドへ行くことも忘れて思考の海に埋没しようとしていたその時。
背後から急にそんな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、綺麗な外国人の女性が一人立っていた。
金髪にアンダーリムの眼鏡、ピンクのカーディガンにエメラルド色のネクタイ。
チェック柄のスカートから伸びる足は長く、白のニーソックスがほどよいアクセントになっている。
西洋人は女性も背が高い印象があるけど、この人はそこまで高くはない。
日本人女性で言うところ、少し高いくらいだろう。
そしてなにより大事なのが、巨乳だ。
こんな美人を彼女にできたら、どんなに良いだろうか。
もしこの人に彼氏がいたら、俺はその人をデュエルで倒してこの人を彼女にもらいたいくらいだ。
「……あなたは?」
俺がつい見とれていると、香里奈がムスッとした表情で西洋女性にそう切り返した。
そうだ、見とれている場合じゃない。
この人、日本語が流暢なうえに、遊戯さんのことも知っているみたいだ。
「私? 私はレベッカ・ホプキンス。こっちじゃ、デュエルにはまってる人以外はあまり知らないかもね」
「レベッカ・ホプキンス……だと?」
「あれ、私も聞いたことあるような……」
香里奈はまだデュエルを始めて期間が短いから、詳しくは知らないかもしれないな。
俺も、顔だけじゃイマイチ分からなかった。
だけど、名前を聞けばその経歴は瞬時に思い出せる。
「12歳の時にデュエルで全米チャンプになり、それ以来5年間、一度もその称号を誰にも譲ってない、アメリカで最強のデュエリスト……!」
「そういえば、そんな人の話を聞いたことがあるような……あなたがその、レベッカさん?」
「そ。よろしくね?」
5年連続で全米ナンバーワンのデュエリスト……。
よく雑誌とかでは、『アメリカの武藤遊戯』なんて書かれ方をしている。
アンケートでたまに、『一番見たいデュエルの組み合わせ』なんてものが行われているが、武藤遊戯VSレベッカ・ホプキンスは毎回必ず上位にくる組み合わせだ。
噂じゃ、遊戯さんとレベッカさんはプライベートでも仲が良いって話だけど……。
「えーっと……その、レベッカさんはどうして日本に?」
「ダー……武藤遊戯に会いに来たの」
「遊戯さんに? それじゃ、今からレベッカさんと友達になれば、遊戯さんに会えるんすか!?」
これはテンション上がるぜ。
レベッカさん本人に会えたこと自体も十分嬉しいことだけど、ひょっとすると遊戯さんにも会えるかもしれないなんて、夢みたいだ。
「あー、残念だけど、実は私も武藤遊戯がどこにいるかは知らないの。というより、その遊戯を探すために日本に来たんだもの」
「あっ……そうだったんですね」
「ところで、さっきからずっと気になってるんだけど、そこに寝てるおじさんは誰なの?」
そう言うとレベッカさんは、魂を奪われた……と思われる男を指さした。
いや、おじさんって言うほど年取ってる感じはしないんだがな。
それより、この状況をレベッカさんになんて説明すればいいんだ?
デュエルに負けて魂を抜かれました、なんて言っても100%信じてもらえないだろうし……というより、俺もいまだに信じ切れてはないが。
でもまさか、だからといって昼寝中みたいですとも言えない。
仕方ない、この男には申し訳ないが、今は適当な嘘をつかせてもらうしかない。
「あー、いや、なんか酔っ払いみたいで……俺と香里奈が通りかかった時、我慢できなくなったみたいで寝ちゃったんすよ」
「……こんな路上で、腕にデュエルディスクをはめて?」
「え、ええ。この人、かなり酔ってたみたいで……正直、絡まれた時は何を言ってるのかも分からなかったんです」
香里奈も俺の意図するところを察してくれたのか、話を合わせてきてくれた。
「ふーん……それで、この人この後どうするの?」
「とりあえず、警察でも呼んで何とかしてもらおうかなって思ってたところです」
「レベッカさんのお手を煩わせることはしません。この場は俺たちに任せて下さい」
「そう……なら、私は遊戯を探しに行くわ。じゃあね」
そう言うと、レベッカさんは俺たちに手を振ってこの場を離れようとする。
……待てよ。
俺たちみたいな凡骨デュエリストと違って、レベッカさんは数々のデュエルを経験してきた全米チャンプだ。
ひょっとすると、オレイカルコスの結界についても、何か少しでも知っていることがあるかもしれない。
魂うんぬんの部分は置いておいて、とりあえずカード名だけでも良いから聞いてみるか。
「あ、待ってくださいレベッカさん。一つだけ良いですか?」
「ん?」
「その、『オレイカルコスの結界』……なんてフィールド魔法、知らないですよね?」
一応、俺はレベッカさんが知らないという前提で聞いてみた。
個人的な予想では、99%知らないと答えると思っていた。
だが、目の前にいる超絶美人なレベッカさんの顔つきが、カード名を聞いただけでみるみる険しいものに変わっていった。
この反応……まさか、知っているのか?
「……ごめんなさい、聞き間違えたかもしれないわ。もう一度、カード名を言ってもらえる?」
「あ、はい。えっと、オレイカルコスの結界……」
俺の言葉は、言い切る前にレベッカさんによって遮られた。
レベッカさんが俺に近づいてきたかと思うと、俺より少し低い位置にある彼女の方から腕が伸び、俺の両肩をガシっと掴んだのだ。
「オレイカルコスの結界……ですって? あなた、名前は?」
「し、東雲、優輝っす」
「ユウキ。あなた、そのカードが何か、知ってるの?」
「えーっと……」
チラリと香里奈に視線を送る。
助けを求めたのだが、香里奈もふるふると首を横に振った。
この事態は香里奈も予想できなかったみたいだ。
「答えて!! 知ってるの、知らないの!?」
「し、知ってます! 知ってるというより、さっきまでこの男をデュエルをしていて……その、この男が使ってきたんすよ」
「……つ、使ってきた? オレイカルコスの、結界を……?」
レベッカさんには、明らかに動揺が見て取れる。
つまり、この人はオレイカルコスの結界を知っているということになる。
それも、この驚きようから察するに、恐らく魂うんぬんの部分も知っているはずだ。
「ど、どうしてオレイカルコスの結界が、今さらこんなところで……」
「ひょ、ひょっとして、アメリカじゃ有名なカードなんすか?」
「いいえ、それは無いけど……それよりユウキ。あなた、無事な所を見ると、そのデュエルには勝ったってことで良いんでしょ?」
「え、ええ。そうっす。この男が負けました。そしたらこんな感じになっちゃって……」
レベッカさんはゆっくりと、まるでスローモーションを見ているかのようにゆっくりと、俺の方から手を離した。
そして、倒れている男へと視線を移した。
「……ひょっとすると、ダーリンと連絡が取れなくなったのと関係あるのかもしれないわね」
「え、レベッカさん。日本に彼氏さんがいるんですか?」
いや香里奈、今聞くのはそれじゃないだろ……。
そこも大事ではあるが。
「遊戯……いやダーリン、どこにいるの……?」
……え?
遊戯さんがレベッカさんのダーリン?
つ、つまり、伝説である遊戯さんと、同じく伝説級の強さを誇る全米チャンプのレベッカさんが付き合っている……だと!?
「「ええええええええ!?」」
俺と香里奈の叫び声が、ダブルとなって童実野町に木霊した。
いやいやいや、これはほとんどの人が知らないトップシークレットな情報だろ。
なんか、すごいあっさりと知ってしまったぞ!?
しかも俺、さっきレベッカさんを見た時に、「もしこの人に彼氏がいたら、俺はその人をデュエルで倒してこの人を彼女にもらいたいくらいだ」なんて考えちまったぞ!?
あ、終わりましたわ、これは。
「ねぇ、ユウキ」
「ははは、はい!!」
「この男が使ってたオレイカルコスの結界、今どこにある?」
「お、俺が持ってます!」
「……なら、私についてきてくれる? これはかなりの緊急事態なの。ダーリンと連絡がつかない以上、そのカードをあの人に見せないと」
「あ、あの人って……?」
「あの建物で一番偉い人」
そう言うとレベッカさんは、童実野町で一番高いビルを指さした。
童実野町で一番高いビル、そんなの、誰だって知ってる。
海馬コーポレーションだ。
そして、その海馬コーポレーションで一番偉い人といえば、遊戯さんと並んでレジェンド的なデュエリストである、海馬瀬人に決まってる。
……ん?
「か、海馬瀬人……?」
「そう。彼なら、5年前の出来事をよく知ってるし、ひょっとしたら、今回の事態についても何か察知してるかもしれない。ダーリンの居所についても知ってるかも。会わない手はないわ」
レベッカさんはそこで言葉を切ると、まっすぐに海馬コーポレーションのビルへと向かって歩き出した。
唖然として立ち尽くすのは、俺と香里奈。
なんか、すごいことになってきた気がするぞ……。