海馬コーポレーション。
社長である海馬瀬人を筆頭に、デュエルディスクを中心としたデュエルモンスターズ関連商品を全世界的に展開している大企業である。
近年はテーマパークも世界各地に建設し、さらにはプロデュエリストを専門に養成する学校事業も手掛けている。
そんな、海馬コーポレーションの本社。
最上階には社長室と副社長室があり、副社長である海馬モクバもそこにいた。
現在、社長である海馬瀬人は出張中であり、モクバが会社の全権を任されていた。
「……報告ありがとう、磯野」
「ハッ。……それでモクバ様、これからいかがいたしましょう」
「うーん……」
海馬瀬人が出張で会社を離れることは日常的なことだ。
なので、モクバが一時的に海馬コーポレーションのトップに立つことはこれまでに何度もあった。
そして、社長不在の時に何が起こっても良いように、モクバも日々心がけていた。
だが、今回の事態は完全に想定外のことだ。
オレイカルコスの結界。
その禍々しい輝きは、モクバも5年前に何度か見ている。
負けた者の魂を奪う闇のカード。
武藤遊戯と海馬瀬人のタッグが、ドーマのリーダーであったダーツに挑んだ時、モクバは瀬人の魂が奪われる瞬間も見ていた。
あれはいつ思い出しても恐怖そのものだ。
あの輝きが、再びこの世界に現れたのだ。
「兄様に連絡は取れたのか?」
「いえ、瀬人様とは依然連絡は取れておりません」
「報告のあったデュエル以外に、オレイカルコスの結界が発動されたデュエルは?」
「今のところ、先ほどのデュエルのみです」
「そうか……」
モクバは壁に取り付けられたモニターに目を向けた。
そこには、磯野が報告してきたデュエルの動画が映し出されていた。
東雲優輝という、ちょうどモクバと同い年の少年と、身元不明の男のデュエル。
オレイカルコスの結界を使ったのは身元不明の男だが、勝ったのは東雲優輝であった。
つまり、先ほどのデュエルでは一般人に被害が出なかったことになる。
だが、これは単なる偶然に過ぎない。
東雲優輝がキーカードを引けずに負けていれば、一般人から被害者が出ていたのだ。
何とかしなくてはならない。
だが、どうすればいいのか。
「磯野、何か対応策はあるか?」
「ハッ。オレイカルコスの結界はすでにデータベースに登録されております。臨時の措置として、オレイカルコスの結界を禁止カード扱いにしてみるのはいかがでしょうか」
「それだけじゃ不十分だ。禁止カードにしても、デュエルディスクを使ったデュエルには、リミットレギュレーションを解除して戦うモードもある。そのモードでは防げない」
禁止カードや制限カードを定めたリミットレギュレーションは、公式戦ではディスクにちゃんと設定がなされるが、それ以外のストリートデュエルのような場合には、設定なしにすることもできるのだ。
オレイカルコスの結界を禁止カードに登録しても、効き目は薄い。
「しかし、それ以外では対策は難しいと思われます。後は、デュエルディスクそのものを一時的に機能停止にさせるか、オレイカルコスの結界だけを認識できないようにアップデートするしかありません」
「……」
デュエルディスクは原則として、すべてオンラインの環境下で稼働する。
海馬コーポレーションのシステム室から世界中のディスクに対して、稼働を停止させるような信号を送ることはできる。
だがそれを行えば、会社への損害は計り知れない。
ディスクだけにとどまらず、海馬ランドにあるような設置型のデュエルリングも稼働を止めないといけない。
いくら副社長であるモクバでも、会社の存続に直結するかもしれない決定を独断で下すことは出来ない。
一方、オレイカルコスの結界を認識できなくするアップデートは、それ自体はディスクの稼働には問題ない。
これならば、大規模な混乱や会社への損害を生じさせずに、事態を収拾できるかもしれない。
「今の磯野の、後者の案でいこう。システム室に連絡して、オレイカルコスの結界がディスクにセットされても認識しないよう、アップデートデータを配信するように指示してくれ」
「ハッ!」
モクバの命を受けて、磯野が踵を返して副社長室を後にしようとしたその時であった。
磯野の携帯電話が着信音とバイブレーションの音を響かせ始めたのだ。
「失礼いたします」
磯野はモクバに断りを入れてから、携帯の画面に目を凝らした。
そこには、システム室の文字が。
「モクバ様、システム室からのようです」
「……」
今ちょうど話題にしていた部署からの電話。
磯野は嫌な予感を心に秘めながらも、通話を開始して携帯を耳に当てた。
「私だ、どうした」
『報告です! 今から15分ほど前に、我々が配信していないアップデートデータが、世界中のデュエルディスクに送信されています!』
「なんだと!? それで、そのアップデートの内容は!?」
『現在解析中です。ですが、我々の権限では容易に書き換えられようにプログラムが施されており、該当のデータを消去したり上書きするのは、少々時間がかかるかと……』
「……とにかく、解析を続けろ。私は今モクバ様の近くにいる。対応を検討して、追って連絡する」
『承知いたしました。それと……』
「まだあるのか」
『そのアップデートによって更新されたデュエルディスクを使ったデュエルが、早くも童実野町内で行われています』
「では、その映像を私のタブレットに送れ」
『ハッ』
磯野はやや乱暴に電話を切ると、モクバの方へ振り返った。
「おおよその話は聞こえてたよ、磯野。今はとにかく、解析を待つしかない」
「ええ。……モクバ様、映像が届きました」
「モニターに転送してくれ」
モクバの指示を受けて磯野は、タブレットの画像をモニターに転送する。
「どうやら、このビルの近くのようです」
「ああ。対戦者は……レベッカ・ホプキンス? 確か、5期連続全米チャンプの?」
「そのようです。そして相手は、アジアでもトップのヴィヴィアン・ウォンです」
「……ん?」
モクバはヴィヴィアンのフィールドのモンスターに注目した。
カンフーダーロンと表示されているそのモンスターは、モクバがこれまで見たことのないモンスターだった。
「なぁ磯野、『エクシーズモンスター』って、なんだ……?」
「……わたくしにも分かりかねます。ひょっとすると、先ほどシステム室から連絡のあった、謎のアップデートに関係あるのかもしれません」
「このデュエルを見ていよう。オレイカルコスの結界も、関係あるかもしれない」
「ハッ」
―――
5年連続で全米チャンプであるレベッカさんの顔にも、明らかに動揺が見て取れた。
そりゃそうだ。
見たことも聞いたこともない召喚方法で、突然モンスターが特殊召喚されたのだ。
「な、なに、このモンスター……」
「『カンフーダーロン』はね、エクシーズ召喚という新たな召喚方法をカンフーデッキにもたらした、期待の新鋭モンスターってところね」
「エクシーズ召喚……?」
「ああ、あなた達はまだ知らなかったわね。自分フィールドに同レベルのモンスターを複数揃えて、それらを素材にエクストラデッキからエクシーズモンスターを特殊召喚する……これがエクシーズ召喚よ」
「で、でも、そんな召喚方法は今までなかったのに、どうしてデュエルディスクがそれを認識しているの……?」
香里奈の疑問の言葉がすべてだった。
仮にそんな召喚方法が確立されても、ディスクがそれを認識しなければ意味がない。
逆に言えば、ディスクがそれを認識するということは、海馬コーポレーション公認の召喚方法であり、デュエルモンスターズで正式に採用された召喚方法ということになる。
だが、そんなデュエルの根幹を揺るがす様な発表は聞いたことがない。
同レベルのモンスターを複数揃える……聞いた限りでは、融合や儀式召喚よりはるかに難易度が低い。
もし1ターンに何体も特殊召喚されてしまったら、あっという間に場を制圧されてしまうのは想像に難くないな。
「ディスクが認識してる以上、インチキでもなんでもないわ。……さて、今は私のメインフェイズ2の途中だったわね。私はカードを1枚伏せてターンエンドよ」
「くっ……私のターン、ドロー! 神の恵みの効果で、ライフが500回復するわ。そして、ビッグバンガールの効果で、相手のライフに500のダメージ。ターンを進める前に、カンフーダーロンとやらの効果と能力、確認させてもらうわよ」
「ええ、良いわよ」
「ねぇ優輝君、私たちも見てみようよ」
「ああ、そうだな」
香里奈は端末を取り出すと、デュエル観戦用のアプリを起動した。
このアプリを使うと、世界中で行われているあらゆるデュエルを、オンラインで観戦することができる。
また、そこで使用されているカードの効果なんかも見ることができる、デュエリスト御用達のアプリだ。
「えーっと、カンフーダーロンっと……。エクシーズ・効果モンスター、ランク4、光属性、ドラゴン族、攻撃力2800、守備力2400。……ねぇ優輝君、『ランク』って何?」
「いや、俺に聞くなよ」
「ランクはランクよ。エクシーズモンスターはレベルを持たないモンスターなの。代わりにランクを持つわ。よってエクシーズモンスターには、レベルに関する効果は一切無意味」
「レベルに関する効果が無意味……ってことは、私が発動したグラヴィティ・バインドも通用しない!?」
「流石全米チャンプ、察しが良いわね。その通り、カンフーダーロンはグラヴィティ・バインドをすり抜けて攻撃ができる」
これはマズイ。
キュアバーンは相手の攻撃を魔法や罠カードで防ぎ、それからビッグバンガールの効果でジワジワ攻めるデッキだ。
だが、ロックをすり抜けて攻撃できるとなると、一気に瓦解する恐れがある。
「効果も持ってるみたいだね。なになに、『(1)自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが戦闘を行わずにターンを終了した場合、次のプレイヤーのスタンバイフェイズに発動できる。フィールド上のカードを1枚破壊する。この効果を使用した場合、このカードの攻撃力は400ポイントダウンする』」
「……ん?」
香里奈が読み上げた今のテキスト、違和感があるな。
ヴィヴィアンが使うカンフーモンスターには共通して、「攻撃しなかった場合、次の自分のターンに効果を発動する」という特徴がある。
だがカンフーダーロンのテキストは、「このカードが戦闘を行わずにターンを終了した場合、次のプレイヤーのスタンバイフェイズに発動する」だ。
この、『次のプレイヤー』ってのは、自分のターンだったら相手のターンに、相手のターンだったら自分のターンに、こういう解釈で良いのか?
だとすれば、このレベッカさんのスタンバイフェイズに、カンフーダーロンの効果が発動することになる。
攻撃しなかった場合ではなく、戦闘を行わなかった場合にテキストがなっているのも、そういうことを示唆しているに違いない。
「私はスタンバイフェイズに入るわ」
「この瞬間、私のフィールドのカンフーダーロンの効果を発動!」
やはりそうか……。
「メインフェイズ2にエクシーズ召喚されたカンフーダーロンは、当然戦闘を行っていないわ。私はカンフーダーロンの効果で、ビッグバンガールを破壊!」
「……助かったわ! リバースカード、オープン! カウンター罠『天罰』発動!! 手札の『堕天使マリー』を捨てて、カンフーダーロンの効果の発動を無効にし破壊する!!」
「やったね!」
「ああ。しかも手札コストに堕天使マリーを使うことができたのも大きい。自分のターンがくるたびに回復効果を使えるのはありがたい展開だ」
「あらあら、良いカードを伏せていたようね。これでダーロンちゃんは墓地へ……しかも、エクシーズ素材の状態で墓地に送られたゴブリンゾンビの効果も発動しないし……」
へぇ、そうなのか。
よく分からないが、エクシーズ素材ってのは特殊な扱いみたいだ。
「なんとかなったわね……私はビッグバンガールを守備表示にしてターンエンドよ」
「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズに、フィールドのカンフーモシュシーの効果を発動」
カンフーモシュシーの効果は、デッキから魔法カード1枚を手札に加えることができる効果……。
ロックをすり抜けるカンフーダーロンを消し去っても、この効果は凶悪だな。
さぁ、何を手札に加える?
ブラックホールか、ハーピィの羽根箒か、それとも他の魔法カードか……。
「私が手札に加えるのはハーピィの羽根箒よ」
「くっ……」
「残念ね、せっかく態勢を整えてたのに。私は手札に加えたハーピィの羽根箒を発動! これであなたのフィールドの魔法・罠はすべて破壊されるわ」
「チェーンして、リバースカードオープン! 速攻魔法『スケープ・ゴート』を発動!! 羊トークン4体を守備表示で特殊召喚する!」
「なんとか壁を作ったってことね。でも、神の恵みとグラヴィティ・バインドは破壊されるわ。さらに私は、手札の『カンフーニャンニャン』を攻撃表示で召喚。バトルフェイズ、カンフーニャンニャンでビッグバンガールへ攻撃!」
これでキュアバーンのコンボは使えなくなった。
状況を立て直さないと、羊トークンだけでは数ターンももたない。
「カンフーモシュシーでは攻撃しないわ。私はこれでターンエンド」
カンフーモシュシーで攻撃しなかったということは、まだデッキから手札に加えたい魔法カードがあるということだ。
まさか、オレイカルコスの結界か?
とにかく、強力な魔法カードであることは容易に想像できる。
文字通り、ここからがレベッカさんの腕と運の見せ所だ。
「私のターン、ドロー……! スタンバイフェイズ、墓地の堕天使マリーの効果でライフが200回復する。手札から魔法カード『一時休戦』を発動するわ。お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。そして、次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる」
「フィールドに羊トークンしか存在しないあなたにとっては、まさに一時休戦のカードね。でも、その場しのぎとも言うわよ?」
「何とでも言いなさい。私はモンスターをセットして、ターンエンド」
どう見ても、レベッカさんは防戦一方だ。
ヴィヴィアンにエクシーズ召喚とかいう手段がある限り、レベルに関するロックはあまり意味がないはずだ。
そうなると、光の護封壁のような、レベル以外の要素で相手の攻撃を防ぐしかない。
だが、悠長にしている暇はない。
相手の展開力を考えると、猶予は何ターンもない。
「なら私のターン。スタンバイフェイズにカンフーモシュシーの効果を発動! デッキから『ブラック・ホール』を手札に加えるわ。さらにメインフェイズ、手札から魔法カード『テラ・フォーミング』を発動!」
「『テラ・フォーミング』……デッキからフィールド魔法を手札に加えるカード……!!」
万事休すか……。
いかにレベッカさんといえど、ここまで一方的なデュエルに勝ち目は薄い。
「私が手札に加えるのは……フィールド魔法『ワンリーツァンツェン』!!」
「オレイカルコスの結界じゃ……ない!?」
「読みが甘いわねレベッカ。そして、私を見くびらないで頂戴!! あんなカード使わなくても、私は勝てる!! 『ワンリーツァンツェン』発動!!」
レベッカさんとヴィヴィアンを囲むように、レンガで出来た壁が出現した。
ワンリーツァンツェン……ひょっとして、『万里の長城』のことか?
だとすると、カンフーモンスターに関するサポートカードと見るのが妥当か?
「ワンリーツァンツェンには三つの効果があるわ。一つ目、自分フィールドの「カンフー」モンスターの攻撃力と守備力は300ポイントアップする。二つ目、自分フィールドの「カンフー」モンスターは1ターンに1度、戦闘では破壊されない。そして三つ目、1ターンに1度、自分のメインフェイズ2に、このターン攻撃宣言を行った「カンフー」モンスター1体を対象に発動できる。次の自分のスタンバイフェイズにこのカードがフィールド上に存在する場合、選択したモンスターは効果を発動できる」
戦闘面でカンフーモンスターを援護して、三つ目の効果で攻撃宣言していても効果を使う戦術……。
厄介だな。
「さらに手札から、『ブラック・ホール』発動! 互いのフィールド上のモンスターはすべて破壊される!」
「これで羊トークンは全滅……でも、私がセットしていたモンスターは『ダンディライオン』! このカードが墓地に送られた時、自分フィールドに「綿毛トークン」を2体守備表示で特殊召喚する!」
「またトークン……そのしぶとさだけは認めてあげるわ。私は手札から『達人キョンシー』を攻撃表示で召喚。さらに魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地のエクシーズモンスター『カンフーダーロン』を攻撃表示で特殊召喚!! 2体のモンスターで綿毛トークンへ攻撃!!」
「くっ……」
「メインフェイズ2、私はワンリーツァンツェンの3番目の効果をカンフーダーロンを対象に発動。次の自分のスタンバイフェイズに効果を発動できるようにしておくわ。ターンエンド」
ヴィヴィアンのプロデュエリストとしての気持ちが勝ったのか、オレイカルコスの結界は発動されなかった。
だが、レベッカさんのフィールドはがら空きで、ヴィヴィアンのフィールドには未知のエクシーズモンスターがいる。
こうなると、結果論だがキュアバーンデッキで挑んだのは失敗だったということになる。
この窮地、レベッカさんは切り抜けられるのか……?
本当は今回で終わらせるつもりだったのですが、思いのほか長くなってしまいました。
デュエルパートのミスを減らそうと慎重になりすぎているかもしれませんね……
これでミスがあったら笑えないですね。