Fate/Shadow Lie   作:むっすー

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Side by ベアッド・アエレディタス

 深夜の御影港に、およそ人の気配は存在しなかった。

 人どころか、生の気配が無い。

 ただ無機質で不気味な静寂が世界を満たす。

 彼は深海に潜ったことなどないけれど、きっとそこはこんな場所なのだろう。

 開放的で閉塞的。

 そんな奇妙な感覚。

 暗い暗い海の底に1人。

 屋根があるわけでもないのに月明かりさえ遮断しているような錯覚に陥る。

 そんな暗黒を帯びた港の一角に、1人の男が立っていた。

 月光を浴びて輝く長い銀髪を潮風に遊ばせ、彼は再び眼前の魔方陣を見る。

 無人の港を寂しく照らす電灯の僅かな明かりを反射し、描かれた魔方陣は生々しくぬめりと光る。

 ――召喚の準備は整った。

 あとは、彼女の報告を待つのみ。

 それをもって、開戦は告げられる。

 念のため港に張った結界を確認してみる。

 オールグリーン、問題はない。人払いのおかげで普通の人間が寄り付くことはなく、仮に誰かが通ったとしたら一発で判明する。

 だから、ただ彼は待つのみだ。

 冬の海は凍てつくように寒い。心も体も芯から冷めてゆく。たとえ人間から温度という概念が失われたとしても、この海では誰一人泳ぎたいとは思うまい。

 御影市の海は、そんな魔性を感じさせる海だった。

 だからこそ、この地を召喚場所に選んだのだが。

 彼はゆったりとしたカーゴパンツに厚手のパーカーを着込み、少し長めの黒いマフラーを纏って待っていた。

 このゲームの管理者を。

 最愛の少女を。

 ――ふと自分を客観視してみると、どれだけ自分は心酔しているのだろうかと思わず苦笑が漏れる。

 それが戦いにおいては危険なことだと知りつつも、彼にとってその感情はもはや麻薬以上のものだ。本人の意思でどうにかできるものではない。

 しかしそれでも。

 例え彼が優れた魔術師であったとしても。

 どうしたって恋慕の感情は抑えられない。

 深夜の港で血で描かれた魔方陣を前に、想い人の想像をして頬を緩めている。そんなワンシーンがそこにはあった。

 どう見ても命を賭した戦争の前夜とは思えない。

 やがて、彼女はやってきた。

 自分と同じ、銀髪を靡かせて。

 ベアッド・アエレディタスは、笑顔でナヴィス・デウボーソルを迎えた。

「おかえり、ナヴィス。どうだい、進捗状況は」

「うん、全部。予定通り、セイバークラス以外の6体のサーヴァントが召喚されたよ」

 そうか、とベアッドは応じ、思わず頬を緩める。

 予定通りだ、と。

 此度の聖杯戦争において、セイバークラスはベアッドでなければ呼ぶことが出来ない。

 そう細工したのは他ならぬナヴィスだ。

 最強のカードとして誰もが欲するセイバーのカードは、予定された勝者たるベアッドにこそ相応しい。

 そして呼ばれる英霊も、相応の格がなければならない。

 すなわち、狙うは大英雄。

 彼らがあえて最後にサーヴァントを召喚したのは、開幕までの保身の為だ。

 誰よりも先に召喚する事ももちろん可能であったが、いかんせん彼ら自身御影市という戦場に慣れていない。開幕のその瞬間まで手の内は隠すべきだし、少しの情報だって漏洩はできない。

 そして人間関係に対して閉鎖的だった彼らに、この街で完全に身を隠せる場所は無い。

 ならば、自分たちの召喚を持ってゲームのスタートとしようと。

 そう考えての事だった。

「でも、ごめんね。どんなサーヴァントがどのマスターに呼ばれたかまでは、わからなかった」

 申し訳なさそうにそう言ったナヴィスの頭を、ベアッドは優しく撫でる。

「いや、十分だよ。ありがとうな」

「ううん、力になれて嬉しいよ」

 ナヴィスは儚げに微笑む。

 この笑顔が自分に向けられたものだと思うと途端に嬉しくなってしまい。

 この笑顔が自由なものではないのだと思うと途端に悲しくなってしまう。

 ――本当はベアッドにとって悲願など先祖の遺した厄介ものでしかなかった。

 興味がない。そんなことをして何になるというのだ。

 その意図は全くつかめない。

 けれど、彼の姉であるヴェロム・アエレディタスは言うのだ。

『先祖の悲願は子孫がかわりに達するものだ』

 と。

 悲願という名の束縛。

 逃げ出そうかとも考えた。

 しかし考え直すと、長く世俗から切り離されていた彼らに行くあてなどあるはずもなく。

 だからベアッドもナヴィスも従った。従わざるを得なかった。

 これは血筋と先祖の呪いか何かなのだろう。

 そんな中で零す笑みが、自由な笑であるはずがないのだ。

 彼も彼女もやりたくないのだから。

 ――自由に笑って欲しい。

 その一心で、ベアッドはここまで来たのだ。

 その終わりが始まろうとしている。

 ちらりと腕時計に目をやると、時刻はそろそろ日付をまたぐかといったところ。

「早速始めよう、下がっていて」

 うん、と小さく頷くと、ナヴィスは少し遠くに離れる。

 確認して、ベアッドは足元にあったアタッシュケースを開いた。

 中に保管されていたのは、錆び付いた何かの金属片。

 とある聖剣の破片。あるいは魔剣とも。

 これが召喚の触媒だ。

 陣の中央にそれを安置する。

 そして彼は陣の前に立ち、令呪をかざす。

 眼を閉じて――言葉を紡いだ。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 陣に光が走る。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 強烈な魔力の感覚。

「みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。みたせ」

 我らが悲願を達するため。

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 そして、宿命からの解放のため。

「――告げる」

 契約だ。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 悲願の成就を、約束しよう。

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 だから、成就したその時には。

「誓いを此処に」

 俺は自分の為に生きる。

「我は常世総ての善と成る者」

 俺は彼女の為に生きる。

「我は常世総ての悪を敷く物」

 悲願潰えたまま没していった先祖の為。

「汝三大の言霊を纏う七天」

 そして、彼女の自由な笑顔の為。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 この戦争は、俺がこの手で終わらせる――!

 

 

 風を切る。

 風を破る。

 そんなスピードで、空を駆ける人影が1つ。

 そんなスピードで、空へ跳ねる人影が1つ。

 片やスーツ姿の男。撫で付けたオールバックが激しく靡く。

 空を飛んでいるほうはこちらだ。無論超能力などではない。魔術だ。

 魔力を両足で交互に爆散させることで、半ば強引に飛行を実現している。そのフォームは走行というよりスケートのそれに近かった。

 片や軽い鎧姿の戦士。片手に丸い盾、片手にシンプルな槍を持っている。

 ビルの屋上、家屋の屋根、何もなければ電柱の上。

 足場という足場を駆使し、上空を飛ぶように駆け、男と同一ルートをたどる。

 その速度は常軌を逸脱しているという次元のものではなかった。

 2つの影はその眼に闘士を宿し、そして殺気を纏い。

 御影大橋をも数秒のうちに渡りきり。

 そして前方に、巨大な魔力を捉えた。

 男はニヤリと嗤う。

 

 

 光が収束し、ベアッドの眼前に大柄な金髪の男が出現する。

 新緑の外套に赤い鎧。

 そしてその手には、両刃の大剣。

 間違いなく最強のカードを引いたという実感が彼を満たす。

 予想通り。期待通り。

 何という確証があるわけではない。けれど、彼の直感はそう告げているのだ。

 ベアッドが確認のために口を開く。

 同時に、伏せられていた男の瞼が持ち上がる――その時だった。

 結界が2つの存在を捕捉。しかしそれは、ベアッドが危険の肉薄を感知するタイミングと同時だった。

 それも、片方からは膨大な魔力を感じる。

「ベアッド上ーっ!!」

 悲鳴にも似たナヴィスの言葉が港を震わせる。同時に、一陣の風が訪れた。

 視界端に影が躍る。そのスピードに、一介の魔術師であるベアッドの動体視力が追いつくはずもない。

「っ――!」

 とっさに体を横に飛ばし、回避行動を取る。彼の生存本能が叩き出した行動はそれが限界だった。

 しかしベアッドが動くより先に、彼の前に立ち塞がる人影が1つ。

 セイバーだ。

 手にした両刃の大剣が襲撃者を横薙ぎに斬り払う。

 ――鳴り響いたのは甲高い金属音。

 所作に対して空気を震わせる音はか細く。

 静寂の港に狂乱を告げた。

 

 

 ここに7騎のサーヴァントが出揃った。

 そしてこの交錯を持って、御影市聖杯戦争は幕開けとなる。

 それは始まりのゴングとしてはあまりに陳腐で。

 しかしこのゲームのあり方を思えば、これ以上ない程適していたとも言えよう。

 

 完全か不完全か。

 

 本物か偽物か。

 

 真実か虚偽か。

 

 そして、光か影か。

 

 不明瞭な聖杯戦争は、こうして幕を開ける。

 その影のヴェールの向こう側に何があるかなど、誰も知らぬまま。

 神様は残酷に、運命を弄ぶ。

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