Fate/Shadow Lie   作:むっすー

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開戦
狂気の鐘の音


 

 襲撃者は片手の盾を瞬時に突き出し、振りかざされた大剣を受け止める。角度をつけて受け流すことでその衝撃を最大限に殺し、セイバーの目の前に着地した。

 その隙にセイバーが後退。剣を持ち直し、無粋な襲撃者に相対する。

 横目で確認すれば、マスターは傍らの少女ともども既に退避済みのようだ。

「――召喚直後を狙うとは、風情もへったくれもねえな」

「ほう、風情を気にする英霊だったか。それはすまないことをした……だがこれは既に戦だ。それとも、この戦場において尚、風情を楽しむ程の余裕があると?」

 盾を構え、その向こうで襲撃者は得物を握り直す。

 敵は間違いなくサーヴァント。そして、得物から察するにクラスはランサーと見える。

 ――飾り気の無い長槍、のように見えるが。

「ここを戦場に変えたのはお前じゃないのかよ?」

「その発言、此処を戦場と認めたものであるとするならば、貴様には此処で戦う意思があると解釈するが……構わんな?」

「ハッ、回りくどいのは嫌いでね。それに、んな意思なくても襲うだろう?」

「無論だ」

 ジリリ、とわずかに襲撃者は両足に力を込め、体を屈め僅かに前傾する。

 スタートダッシュの構え。タイミングさえあれば急加速からの刺突が見舞われるだろう。

 戦意と殺気以外に、襲撃者から感じられるものは無い。

「襲われた以上、まぁ応戦しない理由はない。マスターに実力を持って最強を証明する機会にもるだろうし、この聖杯戦争、最初に敵サーヴァントを仕留めるっつー功績だってなかなか上等じゃないか」

「ほほう、さすがはセイバークラスの英霊。だが、自信と傲慢は似て非なるものだと知れよ小僧」

「何言ってんだ? 自分が最強でないと、聖杯には届かないだろう? そういうことだ。だから早速で悪いが、此処で俺の剣に斬られろ小僧」

 不敵な笑みと共に言い放ち、セイバーは大剣を握りこむ。

「――無駄話が過ぎた。せいぜい私の槍についてこい、セイバーよ――!」

 襲撃者が地を蹴ると同時に、

「さあ来いよ、ランサー!」

 セイバーは剣を正面に構えた。

 ――交錯は一瞬。

 風を切る音。

 甲高い金属の衝突音。

 突き出された槍の穂先が首筋を掠めてセイバーの髪を僅かに削る。

 対して振り下ろされた剣は古めかしい盾に阻まれ、ランサーへの打撃とはならない。

 交錯の中、ゼロ距離で両者の目が合い。

 お互いに、ニヤリと笑みを零す。

 

 

 戦線からさほど離れてもいない貨物倉庫の中へ逃げ込んだ2人は、開け放たれた倉庫のドアから戦いの様子を覗き見る。

「……ランサーか」

 退避を終えたベアッドは2度の交錯に目を凝らしながら呟く。

 3騎士クラスの一角。俊敏さをウリとする槍使いのサーヴァント。

 しかし、なんだ、あの槍兵は。

 一撃目はまだ上空からの奇襲だったためよく見えては居なかったが、2度目はしっかりと見た。

 その、異常な俊足を。

 サーヴァントだからという理由で片付けられるものではない。

 セイバーまでの肉薄は文字通り瞬きのうちの出来事だ。

「初速、ってレベルじゃなかったよね」

「ああ……それに、あの初速から正確な間合いでの急制動。どうかしてる……」

 高速移動、という言葉さえ正しいかわからない。

 とにかく規格外だ。まさか初陣からトップクラスの強敵と相対することになるなどと、誰が予想したか。

「いや、予測できなかった方が悪いか」

 しかし軽口を叩いている余裕はない。ベアッドは眼前で繰り広げられる接戦を凝視しつつ、次の行動を想定する。

 見たところ、セイバーと襲撃者――ランサーはどちらが優勢というわけでもない。

 かわし、斬り付け、防ぎ、突き。

 接戦である以上、ランサーがマスターを直接狙いに来ることはないだろう。外に目を向けるだけの余裕は無いはずだ。

 それを加味すると、ベアッドが現状気を付けねばならない点はただ1つ。

「ランサーのマスター、だね……」

 ナヴィスの言葉に彼は無言で首肯する。

 少なくとも敵マスターはランサーを視認できる位置にいる、若しくはその位置に使い魔を飛ばしているだろう。

 だが、この結界の中で魔術的な行為が行われれば、即座にその位置情報と規模をベアッドへ伝える。

 そして今のところその反応は無い。

 つまり、あのランサーが単独行動スキルを保有していない限りマスターはこの結界内のどこかに潜んでいるということになる。

 そもそもそうでなくては、結界を突破した2つの反応の説明がつかない。

「くそっ、索敵機能くらいケチるんじゃなかった……」

 誰に言うでもなく――強いて言うなら自分に対して、ベアッドはそう愚痴る。

 彼の言葉通り、この結界はあくまで受動的な機能しか兼ね備えていない。

 通過した反応と結界内における魔術の行使による魔力の反応。そして一般人を対象とする人払い。それがこの結界の力だ。

 結界内における索敵能力などなくとも、境界線を敵が通過した時点で居場所はおおかた特定できるのだ。そこへ行けばいいだけのはずだった。

 しかし結果はどうだろう。結界の伝達とほぼ同時に、敵はこちらまでたどり着いてしまっている。敵のマスターの位置は把握出来ていない。

 予想以上のスピードだったというのが本音だが、うっかりといえばうっかりだ。

 しかしポジティブに考えれば、ある意味目的を達成しているとも言える。

 元々、結界を張ることに関して言えばベアッドはナヴィスに遠く及ばない。けれどこの結界はベアッドが張ったものだ。

 何故か彼に張らせたのか。それは、彼が言うほど結界を張ることを得意としないからである。

 一般人こそ欺けど、魔術師相手なら即座に感知される程度の結界。

 それはつまり、敵マスターをおびき寄せる撒き餌となるのだ。

 狙いはそこにあった。

 彼らが召喚する予定だった――現に召喚された英霊は最優たるセイバークラス。なおかつ、その中身は竜殺しの逸話さえも保有する大英雄だ。

 加えて、ベアッドとナヴィスそれぞれも自身の力量には自信があった。伊達に隔絶された生活を送っていたわけではない。

 敵マスターに出向いてもらうことで、自分たちの労力を可能な限り減らす。そして現れた敵を確実に迎え撃つ。さみしいことではあるが、長い間この港周辺を根城にしていた彼らにおいては、迎え撃つという行為はホームで戦うという行為に等しいのだ。

 しかしこうなってしまっては敵マスターを万全で迎え撃つことさえできない。自分の脚と目で直接さがすか、自身の魔術を持って索敵をする他ないだろう。

 その旨を手早くナヴィスに伝えると、彼女はこくりと頷いた。

「じゃあ、ちょっと探ってみる――」

「伏せろっ!」

 彼女の台詞を遮り、ベアッドは叫ぶ。同時に、彼の結界が魔力の反応を伝えた。

 その位置――後方数メートル。

 ナヴィスは彼の叫びに脊髄反射のスピードで頭を抱えてかがみ込む。

 刹那、先程まで身を隠していた倉庫の壁が轟音と共に弾け飛んだ。

 間一髪。

 頭上を通過する死の気配が髪をかすめ、残留した殺気が悪寒となって脊髄を撫でていく。

「いつの間に背後をとられた……!?」

 顔を上げ、ベアッドは何も見えない闇に向かって当てずっぽうに人差し指を向ける。

 指先に魔力が集中する。強力なガンドのたどり着く先、『フィンの一撃』だ。

 物理的破壊力を伴った呪詛は、暗闇に向けて容赦なく発射される。

 それも一撃ではない。ガトリングガンじみた一斉掃射。横なぎに軌道を描く人差し指を追うように、漆黒の弾丸は扇状にばらまかれた。

 暗い闇の向こうにこれといった反応はない。コンテナに隠れたか、若しくは。

「性懲りもなく、上か!」

 上空に魔力の反応。ベアッドは小さく一小節の呪文を口にすると、槍投げの姿勢で上空に魔力を投擲する。

 彼の属性である炎が具現化。それは一筋の閃光。一点集中の意を込められた炎は一種の槍と化す。

 暗闇を裂き、槍は進行ルート上の垂れ下がったランプに衝突して消えた。

 しかしランプは原始的な松明として燃え上がる。電力には遠く及ばないにしても、その光は暗闇を取り払うには十分だ。

 ランプの破片が砕ける音とともに、敵マスターは朱色の光のもとにその全貌を晒す。

 男だった。男はなんということもなく、コンテナの上に悠然と立っていた。

 闇に紛れるような黒いスーツ。日本人らしい黒髪はオールバックにまとめられ、晒された狂気じみた笑みが2人を睥睨する。

 だが、その焦点がベアッドとナヴィスを明確に捉えた瞬間、彼は露骨に肩を落とした。

「――セイバーのマスターってほどだ、どんなヤツかと思ったら……なんだ、只のガキじゃねぇか。しかも外人」

「お前はランサーのマスターで相違ないな」

 しかしベアッドは奥することなくピシリと返す。会話など成立していない。させるつもりも元より存在しない。

「んあ? ああ、そうだよ。ドンピシャご名答、オレがランサーのマスターだ。古式ゆかしい日本の伝統らしく名前のひとつやふたつ名乗っても支障はねぇんが……」

 途端、空間を圧迫する何かがベアッドとナヴィスを押しつぶす。

 発生源は眼前の男。見れば、軽薄そうだった男の何かが膨れ上がったように見える。

 物理的にではない。感覚的に膨張を感じる。

 押しつぶされる。プレッシャー? 違う、そんな内からこみ上げるものではない。

 どす黒く渦を巻くこの感覚は――純粋な殺気。

 男は片手をゆっくりと天井へと突き上げ、

「――殺す相手に教える名前は冥土の土産にしてやろうって決めてるんでなぁ」

 三白眼の視線が槍となって二人を貫く。

 心臓が跳ねる。本能が死に危険信号を発する。

 鍛えられたベアッドでさえこれなのだ。その傍ら、ナヴィスはどれほどの衝撃を受けただろうか。

 やがて倉庫に再び帳が落ちる。光源であったランプそのものが焼失しつつあるのだ。今まで消えずに燃え盛り続けたのはベアッドの特性故の現象だろう。

 当のベアッドは冷徹な視線を男に叩き返す。長い前髪の隙間からのぞく瞳にはただ覚悟だけが燃え盛っていた。

 彼の直感は、眼前の敵を危険だと判断した。同時に他の参加者を舐めきっていた己の認識の甘さに憤りを覚える。

 洒落にならないほど、こいつは強い。

 けれど勝てないわけじゃない。

 否、負けるという選択肢は端から存在しない。

 自分の為にも、彼女の為にも

 敗北という分岐点など、あってはならないのだ。

「――ガキ、といったな」

「あ? おお、言った。だってガキじゃねえか。どうせまだ10代なんだろう? 惜しいねぇ、こんな所で無様に命を散らすなんて」

「それは残念だ。そんなガキに返り討ちに合うんだからな……安心しろ、その汚らしい名前を口にする前に、終わらせるさ」

 炎を纏ったランプがついに落下を始める。急速にしぼんでいく明かりは、場所を貨物倉庫から戦場へ、心情を生から死へと切り替えた。

「言うじゃねぇか……ちっとは楽しませてくれよ? そしてそのまま、俺を楽しませて、」

「お前を殺して、このゲーム最初の手柄を頂く。そのためにも、この炎に焼かれて、」

 ――ランプが落ちて、明かりが消えた。

 セイバーのマスター、ベアッド・アエレディタスに相対するはランサーのマスター、光入観風。

 両者は余すことなく殺気を込めて、静かに暗黒を裂く。

 

「「死ね」」

 

 

 

 時を同じくして、間霧山の麓。渚砂の屋敷には亡くなった玄馬の妻である京子と、父方の祖父母、そして亡き父の座を継いだ渚砂家当代、渚砂綾乃の姿があった。

 今回の件に関し父方の本家で一族の会議が召集されることとなり、分家の党首となった綾乃以外の人間は一時的にそちらへ向かう事になったのだ。

 広い玄関先には、旅立つ直前の重苦しい雰囲気がどんよりと立ち込めている。

「綾乃、無理はしてはいけませんよ。あの人の遺言だからって……あなたが無事でなければ意味がないんだから」

 力ない言葉が母の口から紡がれる。普段の強さはそこになく、ただやつれた弱々しさのみが霞んで消えるばかりだ。

 故に綾乃は、つとめて元気に答える。

「大丈夫よ、お母さん。死んじゃったら元も子もないもん、それくらいわかってる。心配してくれてありがとう。でも、ホントに大丈夫だから。安心して、行ってあげて。私の分まで」

 気丈に振舞おうとする彼女の心情を察することのできない母ではない。綾乃とて、ショックであることに変わりはないはずなのだから。

 娘の意を汲み、そうして母を含めた祖父母は渚砂の家を出る。

 親戚の車に乗り込むのを見届け、その車が見えなくなるまで綾乃は手を振った。

 低いエンジン音が空気を振動させる。やがてその音も遠くへ消え失せ、テールランプのぼんやりとした明かりがわかるかどうか。

 静寂を取り戻した綾乃の聴覚を、小さな鐘の音が揺さぶる。深夜0時の鐘の音だ。

 そして音が止み。

「……さて、貴方達はどちら様? あまり他人の家を盗み見るのは関心しませんが」

 凛とした口調で、彼女は背後へ振り返る。

 電灯の明かりの下に、何の前触れもなく。初めからそこにいたかのような自然さで。しかしこれ以上ない違和感を放って。

 そこには影がいた。

 黒い服を身に纏った、不気味な影がそこにいた。

 シルエットの如く黒染めの背丈。影の生み出す彫りの深い顔立ち。どうにもそれは、どこか外国の男のように思えた。

 無表情を貫くその首から下げられた十字架が、月明かりか街頭か、光を反射し不気味に存在を強調する。

 その出で立ちに、綾乃は聞き覚えがないでもなかった。

「ふむ――あまり西洋の魔術事情には通じていないのですが、いわゆる“代行者”と呼ばれる方でしょうか?」

 影は答えない。返答のつもりだろうか、懐から小さな何かを取り出し――それらは刃を成した。

 それぞれの指で挟むようにして、計6本。

「黒鍵……ですか。まあ意図はわかりませんが、少なくとも味方ではなさそうですね。そちらに攻撃の意思があるのならば、私は渚砂家の看板を守らねばなりません。ですが――」

 そう言って一度、綾乃は屋敷の方に目をやる。

 見えざる壁を見るような、そんな目だ。

「……貴方程度では、これをつかうに値しないようね。いいわ、」

 話も半ばに、痺れを切らしたかのように代行者が地を蹴る。前傾姿勢で黒鍵を構え、標的は渚砂綾乃ただ1人。そのスピードは噂どおり人のものではない。

 だが、きっと彼は綾乃の影から飛び出す人影には気付かなかっただろう――

「――っ!? ぐ、はぁっ!?」

 鈍い音。そして代行者は突然後方へと弾け飛ぶ。それが前方から来た腹部への強い打撃だったと、代行者ははたして理解しただろうか。

 奇妙な体勢で宙を舞い、代行者はもといた電柱へと背中から勢いよく衝突した。あの衝撃だ、背骨が無事だとは思えない。

 それでもなお意識を失わないのは、さすが鍛えられた代行者というだけのことはあろう。しかし息も絶え絶えで彼が見た衝撃の正体は、生還を諦めさせるには十分すぎる代物だった。

 或いは、いっそ気を失ったほうが幸せだったかもわからない。

 ――童女を見た。

 白い着物を着た、美しい童女がいた。

 けれどそれは童女ではなかった。

 その手にはアンバランスな――無骨な金棒が握られていたのだから。

「ますたー、あれ、ころしていいの?」

 背後に立つマスターへと、童女は再三確認を取る。

 その無垢な表情に、綾乃は笑顔で答えてしまった。

「ええ、やっちゃって、バーサーカー」

 マスターの命令が下った。途端、バーサーカーは倒れ伏す代行者の元へ急行する。

 代行者は声さえ上げられない。

 なんだ、この純粋な殺気は。この清純な狂気は。

 サーヴァントとは、これほど異常なものなのか。

 彼の思考は驚愕と恐怖に塗りつぶされ。

 生存本能などとうに死滅した。

 代行者にはもはや抵抗の気力さえ残されていない。振り上がる金棒を前にしても、体が動かない。動かそうとも思わない。動かせるとも思えない。

 そこにいたのは、やはり童女などではなかったのだ。

 強いて言うならば、そう。

 それはまるで――

「――鬼……」

 金棒は容赦なく、一撃で頭蓋を破砕した。

 脳漿が飛び散り、歯が砕け、肉片が転がり、べちゃり何かがアスファルトに染みを作る。

 殺戮の瞬間。

 人が肉塊に変わる時。

 その瞬間を肉眼で捉え。

 途端――綾乃は無意識のうちに口を押さえ屈み込んでしまっていた。

 襲い来るのは強烈な嘔吐感と生理的な嫌悪感。それは間違いなく、人の無残な死を直視したが故の反応。

 私の知っている人間は。

 あんな死に方はしない。

 自分の命令と自分の心情が矛盾していることに気付き、ようやく綾乃は理解した。

 しかしそれが覚悟の欠如だったと、彼女は思わない。

 彼女は戦う覚悟を決めた。

 傷つけ、傷つけられる覚悟を決めた。

 必要ならば殺し、最悪の場合殺される覚悟を決めた。

 そう、覚悟はあった。

 けれど、彼女には決定的に足りないものがあった。

 ――彼女は、人を殺すということを知らなかったのだ。

 殺人という行為が与える衝撃を、彼女は何一つ知らなかったのだ。

 猟奇的な殺人などは言うまでもなく、空想や作り話以外で見聞きした事はない。その空想だって、たかが知れている。

 そもそも、覚悟や知識云々以前の問題だ。

 彼女がいかに優秀な魔術師とはいえ、魔術師である以前に、彼女はまだ18歳の少女なのだから。

 目を向ければ、白い着物を返り血で染めながら尚も凶行に及ぶバーサーカーの姿がある。

 やめて、やめて。

 そんな懇願は、ついに逆流した吐瀉物によって阻まれてしまう。

 目を伏せても聞こえてくる。

 耳を塞いでも伝わってくる。

 脳裏に焼きつく惨劇の様子が彼女という正気を揺さぶる。

 しかし、殺戮を命じられた鬼の虐殺は止まらない。

 力を得た無垢なる悪鬼の殺戮衝動は止まらない。

 バーサーカーは肩を砕いた。

 鎖骨と肩甲骨が肉を食い破り、千切るように肩を分断した。

 バーサーカーは胸部を砕いた。

 1秒前まで生きていた心臓がつぶれ、赤い噴水がアーチを作った。

 バーサーカーは腹部を砕いた。

 潰されひしゃげ、元の形を伴わない臓器が宙を舞った。

 バーサーカーは腰を砕いた。

 骨盤が瓦解し、不恰好に皮膚を貫いた。

 ――そうして、凶行の末。

 出来上がったのは、黒いボロ布の上に広がる赤い花園。

「っ――おわっ、た、の?」

 バーサーカーの動きが止まったからだろう、綾乃から流れ出る魔力の量が幾分軽くなったように感じた。

 息も絶え絶えに綾乃が小さく声を漏らし、確認を取る。バーサーカーは問いに対して、きっと笑顔だったのだろう。

「ころしたよ。こわしたよ。ますたーのてき、たおしたよ」

 かろうじて顔を上げれば、目の前にはやはり笑顔のバーサーカーが立っていた。

 しかしその貌は変わり果てている。

 透き通るような肌にはいまだぬめり気を保持する赤色で落書きが成され。

 白かった着物は、いつの間にか朱色に染まり。

 手に持っている金棒には、元の形すらわからない何かがへばりつく。

 そんなバーサーカーに、綾乃は――幽かな笑顔を向ける。

 マスターの言うことをきちんと守ったのだ。

 怒ることなど、何もない。

「……はは、みっともないな。折角敵マスターが見てるんだから、宣戦布告のつもり、だったのに……かっこわるいなあ」

 まるで誰かに向かって語りかけるように、綾乃はそう吐き捨てるように呟く。

 バーサーカーは首をかしげた。

「まだ、てき、いるの?」

「……ええ、いるわ。最後よ、そこの電柱の上。黒い鳥が、敵よ」

 その場所を、綾乃は見ていない。見なくともわかる。少なくとも、見られていることはわかる。

 バーサーカーはくるりと踵を返し、ふと足元に転がっていたソレを手に取る。

 ゼラチン質のそれは、どうにも先ほどの肉塊から転がりでた眼球のようだ。

 大きく振りかぶり、バーサーカーは眼球を投擲する。

 風を切る音に次いで、グチャという肉の弾ける音がして、最後に鳥が撃墜された音を聞いた。

 あの使い魔がどのサーヴァントの使い魔かはわからないけれど。

「はは。あえて見せ付けて、警戒させて、あとは引き篭もってようと思ったんだけど……作戦、失敗、かぁ……」

 綾乃は小さく苦笑をもらす。

 バーサーカーは忠実に命令を行使した。

 それに耐え切れなかった自分のミスだ。

 まさか序盤からこうも大きなヘマをするなどとは思っても見なかったのだろう。

 今、彼女の頭の中は真っ白だ。

 あの肉塊の事後処理などという仕事はこれっぽっちも頭の中にない。

 足取り重く、何も考えられないまま、ふらふらと彼女は我が家の玄関まで辿り着き。

 そしてプツリと、意識が飛んだ。

 

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