ガレージにそびえ立っていたロボットがどこかに消え、西連寺志乃がようやく自身のサーヴァントとちゃんとした会話を始めた頃だった。
「っ――!」
眼球の奥に激痛が走る。使い魔が破壊された反動だ。
しかし突然のことのわりに祐一は冷静だった。即座に感覚共有の魔術を切り、使い魔とのリンクを完全に断ち切る。先程まで別の場所を映し出していた左目は眼前のガレージに焦点を結んだ。
全く、胸糞悪い映像で吐き気をもよおした直後にこの激痛とは、なかなかタチの悪い拷問だ。
リンクを切ったおかげで激痛は収まったが、しかし残留した鈍痛はぐわんぐわんと祐一を揺らす。
「マスター、どうしたの? 大丈夫?」
無意識的に即頭部を押さえていると、異常を察したのかアサシンが声をかけてきた。
「……大丈夫、ただの反動だ。町中に待機させておいた使い魔が一匹やられた――多分、あれはバーサーカーだろうな」
むしろ他のクラスに該当するとは思えない。
とはいえ自分のサーヴァントが既に規則破りではあるから、断言もできないが。
「偵察だったら、私が行くのに。私アサシンだよ? 気配遮断は得意だし、そもそもそういう時のためのサーヴァントなんだよ?」
アサシンは咎めるようにそう言った。
彼女の言うことも最もだ。しかし、それを考慮しない祐一ではない。
「確かに、気配遮断に仕切り直し持ちのお前なら敵状視察に最適だろう。けど、今俺がやっていることはそうじゃない」
きょとんとするアサシンに、祐一は小さく微笑んで言葉を続ける。
「ある程度他のマスターやサーヴァントの情報があるんならそいつを中心にマークすればいい。そういう時はお前に頼む。けど、現状俺たちに他のマスターの情報は志乃達以外にない。そういう時は、一人の有能な偵察者を当てもなく走り回らせるより、多数の無難な偵察者を区域ごとに飛ばしたほうが効率的だろ? それに、俺の魔術はそういう所に特化してるからな」
相馬の家系は元々荒事に向いてはいない。彼の言うとおり、その魔術は索敵や治癒といった後衛的な分野に特化している。
彼の使った魔術は暗示の応用で、なんの変哲もない動物を簡易的な使い魔とするものだ。あくまで暗示をかけているだけの為、それは使い魔でありながら自然の動物に限りなく近い。意識しなければそれを使い魔と認識するのは難しいだろう。
しかし反面しっかりとした動物であるため、完璧なコントロールはできない。故にこういった範囲索敵以外での有用性は低いのだ。
――バーサーカーのマスターには、初めからそれが使い魔だとバレていたようだが。
「……理解はしたけど、なんていうか、それ私のアイデンティティーが危ない気がする」
釈然としない様子でアサシンが拗ねる。頬を膨らませて目線で抗議を送るその様は、外見も相まってなかなかに可愛らしい。祐一はそんなことを思いながら笑顔で受け流す。
「俺のとお前のとじゃ用途も規模も違うだろ? 大丈夫、お前を信頼してないわけじゃない。誰よりも頼りになるサーヴァントだと思ってるよ」
そう言うと、アサシンはようやく嬉しそうに微笑んだ。
口にこそしなかったが、アサシンをあえて動員しない理由が彼にはもうひとつあった。それは情報を利用した攪乱である。
アサシンクラスは索敵能力に優れた暗殺者のクラス……その認識を利用しては、と考えたのだ。
他のマスターが祐一の使い魔を発見したとする。それは間違いなく敵からの監視だと気づくだろう。
ならば次は誰のものかを考える。そうして真っ先に除外されるのは、使い魔など使う必要もないアサシンクラスなのだ。
故に、他のサーヴァント、及び魔術師の情報が少しでも判明するまで、彼はアサシンを使わない。
「……つうか、あいつらは一体何やってんだ?」
視線を上げる。その先には見慣れぬ一匹の犬と戯れるアーチャーと志乃の姿がある。
あの犬はなんなのだろう。志乃は犬を飼っているわけではないし、そうなるとその犬はアーチャーのものとなる。宝具の一種なのだろうか。
少なくともここから見ている分にはただの犬にしか見えないのだが……。
まあ、そんなことはどうでもいい。
――彼女にはいい加減、会議らしい会議をはじめようという気はないのだろうか。
「呼んでこようか?」
「ん? ああ、すまん。そうしてくれ」
アサシンが呼びに行ってくれている間に、祐一は情報を整理することにした。
恐らく、7体のサーヴァントは全て現界しただろう。
現在確認されたのは、自身のサーヴァントであるアサシン、志乃のサーヴァントであるアーチャー。そして先ほど使い魔が捉えた、バーサーカーと思しきサーヴァント。
戦場となった場所にあったあの巨大な屋敷は、おそらく旧住宅街にある屋敷の1つだろう。それもあの規模となれば限られてくる。そこの住人であるならば、恐らくマスターはすぐにでも割り出せるはずだ。
他のサーヴァント、マスターに関してはまだ情報はない。が、今現在はるか遠くの港全域を結界が覆っていることから、あそこでは既に戦闘でも行われているのではないかと予測される。使い魔を飛ばしたいところではあるが、生憎と祐一の即席使い魔はあそこまでの広範囲はカバーできない。
アサシンの動員も考えたが、前述のとおり現段階でアサシンを直接偵察に向けるのはまだ早い。結界の出来栄えこそ不完全なもののようだが、万が一を考えるとそこにアサシンを向かわせるのは得策ではないだろう。
加えて、現段階で港を戦場にしているサーヴァントを推測すると、セイバークラス、ランサークラス、ライダークラスのいずれかとなる。こと戦闘能力に優れたこのクラス相手にもし見つかった場合、いくら仕切り直しスキルを保有するメリーといえど撤退が確実とは思えなかった。
アサシンクラスはマスターにとって最大の驚異。なにより、少なくとも自分なら、真っ先に排除するだろうと考えたのだ。
キャスターに関しては、必ず霊格の優れた土地に拠点を作るはず。この街には至るところに上等な霊地が存在するのだ。早急に陣地を特定する必要がある。知らず知らず迷い込んでいるなんて失態は笑えない。
「……案外情報集まってるわけじゃないんだね」
「うぐっ」
整理し終えた情報を話し終えると、志乃から情け容赦ない一言が浴びせられる。
返す言葉もなく詰まる祐一。そんな彼をフォローしようとアサシンが口を開きかけるが、先に空気を震わせたのはアーチャーだった。
「まあまあ、志乃ちゃん。まだ始まったばっかりだし、ね?」
「むー、アーチャーが言うなら……で、祐一。どうするの?」
「とりあえずは他の動きを観察……といきたいところなんだが」
それをよしと思わないのが志乃である。案の定、彼女はぶすっとふくれっ面をしていた。
どちらかというと無鉄砲にドンパチやりたいのだろうなあ、と祐一もそこまでは予想ができていたが。
「ねえ、祐一」
「却下」
「まだ何も言ってないよ!?」
「どうせ『引きこもっていても云々』とか言おうとしたんだろ?」
「うぐっ」
やはりか。
自分と同じ詰まり方をした彼女を半眼で見やり、祐一は小さく嘆息した。
「な、なんで、わかったの……?」
「腐っても幼馴染だろうが。それくらい読めなくてどうしてお前をコントロールできる」
「なんか、すごい馬鹿にされてるような……」
「はぁ……お前は少し考えることを知るべきだ。情報は多ければ多いほど有利になる。それにもっと肯定的に考えてみろよ、潜伏期間中はこっちも戦力の備蓄ができる。いざ戦う時に力不足用意足りない、なんて笑えないだろう?」
「うむむ……そう、だと思うけど」
「けど?」
「少なくとも私たちが表に出れば、それを狙った他のサーヴァントは出てくるでしょ? それって情報にならない?」
「その意見はもっともだが、遠距離攻撃を得意とする弓兵のクラスが前線にでてどうする。それに、お前自分のサーヴァントのステータス見てみたか? 筋力耐久敏捷共にEランクだぞ?」
「そうやって数字ばっかりに目を向けるのは祐一の良くないクセだと思うよ。やってみなきゃわかんないことだってあるでしょ?」
「ある。それは認める。だがそんな危険なかけをする度胸は、俺にはない。例えどれだけ低くても勝率は上げるに越したことはないだろう?」
「何、アーチャーがそんなに弱いって、祐一はそういうワケ?」
「そうじゃねえよ、だから考えろって。お前はどこから誰に襲われるかわからない情報皆無の前線に優秀な兵士を送り込むの――?」
話を切り、祐一は視線をわずかに下方向ずらす。話をそらされたかと思い志乃は食いかかろうとするも、それが彼の本気の雰囲気だと感じ取って昂る気持ちを押さえつけた。
「……どうしたの?」
声をかけたのはアサシン。よく見れば、祐一の焦点はどこかずれている。ここではないどこかを見ている、そんな風に見えた。
数秒あって、祐一はつとめて冷静に、視たものを口にする。
「……使い魔の一匹が、サーヴァントらしき気配を感知した。場所は、ええと――中央自然公園、か?」
彼の左目は上空からの視点だった。
木々に囲われた場所。中心を流れる大きな川。それを囲うような芝生。
街灯が照らす暗い公園には、2人の人影のみが見える。
目立った武装は見えないが、その傍らには四足歩行生物らしき影がある。恐らくはライダークラスだろう。
しかしああも堂々としているとは――
「……挑発、か?」
「何が見えたの?」
志乃の問いに祐一は見たとおりのものを答える。
それがトリガーとなってしまったのだろう。
話し終えた途端――志乃はガレージを飛び出していた。
「っ! おい待て! 早まりやがって……アサシン! あいつを止めろ!」
アサシンに命ずるも、時既に遅し。
完全な連携で駆け出したアーチャーは志乃を抱え、家屋の屋根を伝って深夜の戦線へと飛び立ってしまっていた。
ああなってはアサシン1人では止められまい。もはや影さえ夜闇に紛れてしまった。
「マスター、どうするの?」
「……ああなった以上、止めても無駄だ。すまん、後を追ってくれ。俺は残って監視を続けるけど、逐一状況は報告してくれ。状況に応じて指示を出す」
端的に告げると、アサシンはコクリと頷いて姿を消し去る。
アサシンが戦線へ向かったのを確認すると、祐一は深いため息を付いた。
――彼が徹底的な監視を決め込む事ができなかったのは、きっと幼馴染に対する情だったのだろう。
祐一の左目は、ほどなくして相対する2体のサーヴァントを映し出す。