Fate/Shadow Lie   作:むっすー

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特異なる英霊

 中央自然公園は都市部に内包された巨大な公園だ。

 間霧山から流れ出る川を囲った巨大な自然公園で、そのまま自然公園と呼ばれ親しまれている憩いの場。

「ねぇ、マスター?」

「どうしたライダー」

 深夜の自然公園に、2つの声が発され消える。

 甲高い少女のような声と、平凡な低い男の声だ。

「本当にここにいるだけで敵が来るの? ボク空とか飛べるよ? そのまま探しにいけるよ?」

 そう言って、ライダーは傍らの魔獣をポンポンと叩く。鳥の顔をした4足歩行生物は鳥の声で小さく喉を鳴らした。

 猛禽の頭部と翼を持ち、下半身は馬の姿。幻獣グリフィンと馬のハーフ。それは魔獣クラスの幻想種、ヒッポグリフに他ならない。

 ライダー、アストルフォの駆る騎乗兵装だ。

 ロランは片手で何かを弄びながら呆れ混じりに返答する。

「やめてくれ。お前、そんなものが空飛んでみろ。たちまち見つかって大騒ぎだ。僕はまだ魔術協会に殺されたくはない」

「大丈夫だよ、ボクがみんな追い払うから!」

「見つかった時点で僕は大丈夫じゃないんだよ」

「じゃあマスターをつれて逃避行とかでもいいんじゃない?」

「何が良いのかわかりやすく説明してくれ」

「ボクがマスターとずっと一緒にいられる」

「ぐっ!? うわ、わ、やめて、その天然なのか狙ってるのかわかんない笑顔はやめて。あと言ってる意味がさっぱりわからない」

 意味がわからずにライダーはきょとんとしてしまう。必至に目を逸らしつつも、ロランの脳裏には街灯を背景に綺麗に笑うライダーの姿が焼きついて離れないでいた。

「……? まあ、いいや。それで、なんでここで待ってるだけなの?」

 再三ライダーが問う。

「あ、ああ。自分たちで探しにいかなくても、相手の監視カメラに引っ掛かれば誰かでてきてくれると思ったからさ」

「監視カメラ……?」

「敵の使い魔だよ。誰だろうな、わざわざ使い魔を使うって事はアサシンじゃなさそうだ……キャスターか誰かじゃないかなあ」

 索敵能力に優れたアサシンクラスを所有するマスターがわざわざ使い魔を寄越すということも考えにくい。

 おおかた、キャスター陣営かアーチャー陣営のどちらかであろう。セイバーとランサーのクラスなら、そのステータス故に使い魔がこちらを発見した時点で即攻撃に転じているはずだ。そうしてこないという事は、必然的に前述した2陣営であろうと予測される。

「ふうん、使い魔か。いやだなあ、ボクこそこそやるのは好きじゃないよ」

「そこは騎士だからってのもあるんだろうけど……敵はそういうことにこだわりはないだろうさ。だから僕らはこうやってわざわざ出てきてる――っ!」

 刹那、ロランは言葉を切った。

 空気が一変し、公園が戦場に切り替わる。それを肌で感じ取ったからだ。

 ライダーとロランは同一方向に目を向ける。同時に、その先に2つの影が降り立った。

 既に敵意が満ちている。和解の余地はなさそうだ。

「――まぁ、元々和解するつもりなんてさらさらないんだけど、ね」

 ロランは不敵に笑いつつ、自身の魔力回路を起動した。

 これでいつでも礼装の起動が可能だ。

「――志乃ちゃん、あれ、ライダーだよ」

 降り立った金髪の女性――おそらくあちらがサーヴァントだろう――は、抱えていた少女へそう耳打ちする。

「どうもそうっぽいね……まあ、飛ばれてもあなたなら対処できるでしょ?」

「もちろん。じゃあ、志乃ちゃんは下がってて。サポートは任せるよ」

 わかった、と返すと、志乃はアーチャーの腕から抜け落ち、背後の木々まで後退する。

 それを見送って、ようやくロランは口を開いた。

「……なんだ、君のマスターは戦わないのかい?」

「答える必要はある?」

 しかし返答はつれないものだった。全く、少しくらい話をしたって良いじゃないか。見てくれは美しいが棘のある女性だ。

 次に言葉を投げかけたのは、しかし意外にもアーチャーであった。

「――マスターの退避を狙わなかったのは、騎士道ってヤツなのかな、ライダー?」

「えへへ、まあね。それに、マスターから相手のマスターは狙っちゃダメって調教されてるし」

「お、おいまてライダー! 誰が調教したって!?」

「えっ? マスターが……したでしょ? 強く」

「違う! 調教違う! 強調! 似てるけど意味全然違うから!」

 きょとんとするライダーと慌てふためくロラン。

 そんなコントじみたやりとりを開始した2人を見やって、アーチャーは半眼で訊ねる。

「……あなたたちは、どんな関係なの?」

「どんなって、言うまでもなく主従関係だよ?」

「強い調教をするような?」

「うん、そうだね」

「意味が違うだろうそれ!」

「――ライダーのマスター、私はあなたを軽蔑するよ。こんな可愛い女の子にそんな、調教だなんて……」

「違うっつってんだろうが!」

 ロランの絶叫。続いて、ライダーが打って変わったように叫ぶ。

「おいお前! 誰が女の子だって!? ボクは男だぞ! これでも騎士だ! 聞いて驚け、我はシャルルマーニュ十二勇士が1人っ!」

 …………。

 母音が静寂に成り代わる。

 叫び終えたライダー以外の人間は、それぞれがポカンとしていた。

 ふと気付いてライダーが周りを見渡すも、その反応の正体はつかめない。

「……今の、真名バレじゃないのか?」

 そんな中、ロランがぼそっと呟く。

「――し、しまった!? い、言っちゃいけないんだっけ、名前!?」

 ライダーは青い顔で叫んだ。

 シャルルマーニュ十二勇士でヒッポグリフを駆る者など、1人しか該当しない。

 彼の絶叫は真名への最大のヒントであり、同時に答えと同義ですらあった。

 慌てふためくライダーを、アーチャーはどうしようもないといった様子で見据える。

「……まあ、お調子者と名高いあなたなら、なんとなく……今までの言動も納得できる、かも……」

「な、なんか不名誉な納得のされ方……も、もういい! いいよ! 名乗ったに近いんだから、もう始めるよ、マスター!」

 青かった顔を1人で赤くし、ライダーはヒッポグリフへと騎乗する。そして手綱を取り、どこからともなく身の丈に合わない白い騎乗槍をその右手に掴んだ。騎乗槍には紋章が刻まれている。

 しかしアーチャーは不動。どんな攻撃手段を用いるのかさえわからないが、ライダーは攻撃あるのみと判断。ヒッポグリフを滑空させる。

「ったく、緊張感ないなあ、ライダーは……まあいいや、じゃあライダー、予定通りサーヴァントを頼むよ。僕は……そうだな、やっぱりマスターと戦いたい」

 ロランはそう念話を送り、右手で弄んでいたモノに魔力を流し込んだ。

「さて、自慢の武器のお披露目だ――輝け、『天上の双子(ディオスクロイ)』!」

 

 

 

 

 同刻、御影港貨物倉庫。

 もはやそこに、綺麗な四角形をとどめたコンテナなど存在しなかった。

 或いはひしゃげ、或いは溶け、或いは敵へと向かって突進する。

「くっ……!」

 飛翔した小型のコンテナに向けて、ベアッドは再び一小節の呪文を口にし、右の掌をなぎ払う。

 高温の火球がコンテナに直撃し、投擲武器と化した鉄塊はその速度をわずかに遅らせる。

 その隙にベアッドは射線上から脱出、背後で鳴り響く鉄の衝突音に耳を劈かれながらも、眼前にて立ち回る敵へ炎の槍を生成、投擲。

 しかし、その攻撃は難なくかわされてしまう。

「どうなってるんだ……? 威力が弱い……魔力が、足りないのか……?」

「はっはぁ! どうした小僧、そんな弱火じゃすぐ消えちまうぞぉ!? 唸れよ、窮奇っ!!」

 観風は自身の礼装に再び命令を下す。

 彼が窮奇と呼んだ限定魔術礼装、『變化狂風(ピェンファークァンフン)』はさながら獣のような唸り声を上げる。

 その実体はマスターの命令にあわせて行動する自立した思考回路を持つだけの魔力の塊に過ぎない。

 霊である本体はあらかじめ一定量供給された魔力を消費しながら風そのものに憑依し、風を操る変幻自在の魔物と化す。

 時には刃に、時には盾に、時には槍に、時には壁に。

 必要とあらば、彼の呼んだ窮奇という魔獣の姿を纏って顕現する事さえ可能だ。

 窮奇はマスターの命令に従い、無数の刃となって降り注ぐ。

 服のあちこちを切られながらも、ベアッドはガンドの嵐で迎え撃つ。

 不可視の刃に弾丸を当てる事など容易な事ではない。

 しかしベアッドは、刃を越える数の弾丸を持って弾幕防御を展開する。

「ベアッド、今!」

 そして好機は訪れた。

「……あ゛?」

 流れるように移動を繰り返していた観風の動きが急に静止する。

 磔にされたようにぴたりと動かなくなった体に、誰より本人が驚愕していた。

「動けねぇ……ああ、なるほど。結界の類、か」

 ふと視線をおろせば、観風の片足は黒い線のようなものに触れているように見える。それが結界の類であろうことは察するに難くない。

 禍々しく渦を巻くその小型結界は、どうやら侵入者の肉体を静止させるもののようだ。

「テメェか、小娘」

 三白眼がひしゃげたコンテナの向こう側を忌々しく睨みつける。案の定、コンテナの影からはナヴィスが銀髪をなびかせておどり出た。

 先程から逃げる風を装いつつ、彼女はその結界の起動準備に勤しんでいたのだ。

 なにせこれは今まで収集してきたモノの中でも一級品だ。起動にはそれなりに時間が掛かってしまう。

 気がかりといえば、捕らえられているにも関わらず余裕の態度を崩さない観風が不気味といえば不気味だが……しかし動けない事に変わりはあるまい。発動してしまえばこちらのものだ。

「やっちゃって、ベアッド!」

「援護感謝!」

 そう答えて、ベアッドはほくそ笑む。

 勝機。ここで確実に仕留めさえすれば、まずは強敵たるランサーの排除が完了する。

 しかし生半可な攻撃ではきっと仕留め損ねるだろう。幸いにして敵は身動きを封じられている。意思を持つが故に、彼の礼装も同様に動けずにいるようだ。

 ベアッドは右の手のひらをおもむろにかざし、呪文の詠唱を開始――

「っ!? くそっ、ナヴィス後ろだ!」

 しかし、彼らの連携はいともたやすく崩されることになる。

 ベアッドが呪文の詠唱を中断し叫ぶと同時に、轟音と共に壁をブチ破って人影が飛来する。右手に持った得物は槍――ランサーだ。

 ナヴィスは突然飛来したランサーと、追随するようにして風を切る壁の破片をかろうじて回避する。しかしその集中の途切れが生み出した結界のほつれは、わずかであれ致命的だった。

「今だ、とっとと喰い破れ!」

 命令を受諾する不可視の獣。圧縮された風の刃は結界のほつれを起点にその全てを解体した。

 同時に供給されていた魔力が尽き、窮奇は見えぬまま姿を消す。

「ふぅ……それで、何だ? オレが助かったから結果オーライだが、テメェランサー、その体たらくはどういうことだ?」

 素早く二人の傍から退避した観風の第一声は、足元に転がるサーヴァントに向けられたものだった。

 重傷なのは左腕。ランサーの左腕はセイバーの一撃を受けたらしく、それはもはやただぶら下がっているだけの肉塊にしか見えない。

 滴る――否、流れ落ちる血液は、待つ事無くして観風の足元に血だまりを作った。

 しかしランサーは何ということもなく飛び起き、状況を説明する。

 それだけの重傷を負いながらも表情1つ動かさないその英霊は、2人の若い魔術師を震え上がらせるには十分だった。

「盾を過信しすぎたようだ。やはり英霊の武器を相手に現代の盾では無謀だったらしい」

「その結果がその傷ってか? ……けっ、そんなじゃまともな勝負にすらならねえだろうなあ。――オレが離脱するだけの時間を稼げ」

 サーヴァントの返事は聞かない。聞く必要もない。

 それが当たり前だと言わんばかりの態度で、観風は悠然と戦線から離脱する。

「おいおいランサー、お前捨てられてんじゃねえか?」

 声と同時にガラガラと瓦礫の崩れる音がする。

 目を向ければ、無造作に壁を切り払いながら戦線へ復帰する青年の姿があった。

「……セイバー」

 反応するランサーの視線には憎悪と殺意以外の感情は見て取れない。

 そんな呪詛めいた視線に晒されながらも、セイバーは余裕そうな笑みを零した。

「時間を稼げ、ってか。運が悪かったなランサー、俺が相手じゃなけりゃ、まだ生き残れただろうに。――ああ、そうだ。悪いな、マスター。本当ならこいつをとっととねじ伏せてマスターには敵のマスターを追ってもらいたい所なんだが……そうするとあんたらが危険だ」

「ごちゃごちゃ言われなくても、とっくに追跡できる範囲にいないよ、ランサーのマスターは。俺たちは大丈夫だ。だからお前は、ランサーをここで駆逐しろ」

「……合理的なマスターだな、全く――了解した」

 声と交錯は同時。セイバーより僅かに早く、ランサーの一撃がセイバーの腹部を掠める。同時にセイバーの剣戟は、肉塊同然だったランサーの左腕を切断していた。

 おびただしい量の血飛沫がほの暗い倉庫に舞う。しかし尚、ランサーは表情一つ動かさない。

 そして何の支障も無かったかのように俊足を持ってセイバーの背後に回りこみ、その脚部へと槍を突き立てる。

 その速度にベアッドが青ざめるも――ランサーが化け物のようであるように、セイバーもまた彼に異常を見せ付ける。

 槍の穂先は切り裂くはずだった脚部に刺さる事さえなく、その攻撃を阻まれていたのだ。

「――俺の肉体は特別製でね。生憎、物理攻撃ならAランクの筋力持ちでもかすり傷しかつかない」

「なるほど……道理で、私の槍が通じぬわけだ――しかし!」

 ランサーはそのままセイバーの体を沿わせるように槍の穂先で斬り上げる。

 肉体は鋼といえども、その身に纏う武装はその限りではない。ランサーの槍は深緑の外套をばさりと切り落とし――

「――そこまでだ、答え合わせはあの世でしな、ランサー」

 振り返ったセイバーの剣が、ランサーの胸部へと深々と突き刺さる。

 サーヴァントの体を保たせている霊核は、それぞれ心臓と頭。そのどちらかを破壊すれば、サーヴァントは消滅――すなわち聖杯戦争から脱落する事となる。

 セイバーの一撃は、間違いなくランサーの心臓を貫いていた。

 しかし。

「……く、くくっ! いい一撃だ、だが甘い――」

 瀕死のランサーが浮かべた表情は苦悶でも憤怒でもなく。

「セイバーよ。外套に隠れた汚点、しかと目に焼き付けさせてもらったぞ……また、合間見える日を楽しみにしている」

 それは勝利を確信した武人の笑み。

「――私に負わせたこの傷は高くつくぞ、北欧の大英雄『シグルド』よ……!」

 真名の看破、その事実に驚嘆するベアッドとナヴィス。同様に戸惑いを隠せないセイバー。

 3者3様の反応をじっくりと観察するように見回し。

 そして、ランサーはその姿を消失させた。

「――霊核をやったはず、だろ?」

 震える声でベアッドが問う。セイバーは血に濡れた大剣の柄を握り締め、応じる。

「間違いなく、心臓をやった。けど……ランサーは、消滅していない。あれは霊体化、だろうな。手ごたえがまるで無かった」

 淡々とセイバーは事実を口にする。言語化されたその事実はベアッドにさらなる混乱をもたらした。

 霊核たる心臓を破壊して尚消滅しないサーヴァントなど、彼らの考え及ぶ常識の範囲ではないのだ。

 困惑を隠せない2人の間に、先ほどまでだんまりだったナヴィスが口を挟む。

「でも、そういう英霊だってきっといるよね? ランサーの真名を調べるヒントになるはずだよ……死ななかったのは、事実なんだから」

 彼女の言葉はあくまで前向き。言葉では理解しベアッドは同意するも、頭の中は未だに混乱したままだ。

「……とにかく、だ。マスター、一旦ここは離れたほうがよさそうだ。長居して他者に見つかるのもゴメンだし、とっとと拠点で回復に努めるべきだろう」

「……そうだな、セイバーの言う通りかもしれない。一旦引き上げよう、ナヴィス。1度落ち着いて、それから色々考えることにする」

 正直なところ、ベアッドの疲労具合は半端なものではない。

 連続した魔術の行使に、生死の駆け引きによる重度の緊張感。それらは重なり融合し、大きな疲労とストレスとなってベアッドを蝕んでいる。

 混乱がいつまでも解けなかったのは、そこにも原因があるのかもしれない。

 程なくして彼らは港から離れ、そこには元の静寂が舞い戻る。

 しかし月光が暴く御影港には、数刻前までの魔的な美しさなど微塵も存在しない。

 ただそこには、炎の残滓と鉄塊の散乱する無骨な戦の傷跡以外、何も残ってはいなかった。

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