Fate/Shadow Lie   作:むっすー

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原文書いたのがだいぶ前なんで推敲とかむしろしないほうがいいんじゃないかって気がしてきた。


前哨戦

 

 ヒッポグリフの滑空は始まって間もなく上昇という形で終わる事になった。

「うわっ!?」

 突如眼前に飛来したモノに反応、ライダーはヒッポグリフの手綱を引く。騎乗者の命令を即座に遂行しヒッポグリフは垂直に近い上昇行動をとる。直後、その足元をソレが猛スピードで掠めていった。

 轟音と共に背後に静止したそれは巨大な岩石。判断が遅れていたらどうなっていたかと思うと背筋が凍る。状況的にアーチャーの攻撃なのだろうが、あれは一体どこから出てきたものだろう?

 無論この公園にあのサイズの岩石は存在しない。あったとしても、見るからに細身のあのサーヴァントが投擲できるサイズの岩でもない。

 アーチャーを中心に旋回飛行を続け、ライダーはあれやこれやと思案する。しかし投石されたのは事実だ。飛んだところで気休めにもなるまい。

 案の定、投石の第二波がライダーを襲う。

「今度は小さいのかっ」

 飛来したのは先ほどのものに比べれば小型の石塊。しかしそのスピードは軽く銃弾を凌駕するだ。少なくとも直撃すれば軽症では済むまい。

 ガトリングガンを連想させる勢いで掃射される弾幕を、飛行するヒッポグリフの旋回速度を上げることでなんとか対処する。

 その間にライダーは投石の出所を確認した。

 見たところ、アーチャーの周囲に投石器らしき器具は見当たらない。さらに目を凝らせば、どうにもその石塊は何も無い虚空から発射されているように見えた。

 悠然と立つアーチャーの両肩の辺りから2箇所。2つの砲門から交互に石塊が射出されている。

「……異空間からの攻撃、か。厄介だなあ、遠距離攻撃ってことはクラスはアーチャーかな?」

 しかし判明したところでアーチャーの弾幕攻撃は止まらない。止め処ない弾幕攻撃には近寄る隙さえないのだ。

 亜空間からの投石による弾幕射撃。そんな逸話を持つ英霊など、すぐに言われて思い付きなどしない。

「まあ、マスターの言うとおり、時間稼ぎにはなると思うんだけど……」

 ちらりと目をやると、ロランは早速攻撃を仕掛けているようだった。それが見えていながらアーチャーがロランを攻撃しないところを見るに、彼女の投石攻撃はあくまで一方向にしか対応できないのだろう。そのメカニズムがどうであれ、現状ロランに攻撃の矛先が向かないというだけでライダーは役割を全うしているといえる。

 ロランが敵マスターと戦っている間、サーヴァントにそれを邪魔させないように足止めする。それこそがライダーに与えられた役目だ。

 しかし。

「でも……うーん、これじゃあボクが楽しくないなあ」

 さてどうしたものか、と思案しつつ、ライダーはヒッポグリフを降下させ弾幕の回避に専念する事にした。

 

 

 

(ちょっと、アーチャー!? 敵マスターこっち来る、来ちゃうって! ていうか来た! やばいやばい! ごめん実は勢いで出て来ちゃったから私今なんにもないんだよ!? どうしよう、どうにかできない!?)

 志乃の狼狽が念話によってアーチャーの脳裏に響く。本当に勢いだけだったのか、と内心で嘆息するアーチャー。マスターの意思最優先でこうさせてもらったが、あのアサシンのマスターの言う事も少しは考慮すべきだったかもしれない。これではサポートも期待はできないだろう。そもそも援助を求められている状況でサポートを期待すること自体おかしな話だが。

 自分の魔術でどうにか対処できないのかと思わなくも無かったが、しかしマスターを護る事はサーヴァントの大事な役割である。

 現在アーチャーの主武装は上空のライダーに対する弾幕攻撃で手一杯だ。アーチャーはもう1つの宝具をマスターの元へ送る事にした。

(ごめんね、私の攻撃はあくまで範囲攻撃が得意なだけだから、完全に別方向に攻撃、っていうのはできないの。代わりに私の番犬を送るわ。敵マスター程度が相手なら十分に働いてくれるはず。危なくなったら撤退するよ)

 そう念話を送り、アーチャーは自らの番犬にマスターの守護を命じる。

 すると、どこからとも無くその足元に一匹の犬が姿を現した。先ほどガレージで志乃達と戯れていた犬だ。

 褐色の毛並みを持つ大型犬。その風体はレトリバーのものによく似ている。

「マスターの護衛をお願いね、ラエラプス」

 ラエラプスと呼ばれた大型犬は応ずるように吼えると、一直線マスターの逃げ込んだ林へと駆けて行く。ラエラプスは本来探知能力に優れた宝具なのだが、元を正せばラエラプスは猟犬だ。宝具へと昇華される程度の戦闘能力は備わっている。

「……敵マスターの力量がわかんないから、なんとも言えないんだけどね……」

 しかしないよりはマシであろう。それに低ランクとはいえ宝具に相当する猟犬だ。

 マスターといえど所詮は魔術師。現世に生きる人間の攻撃程度で落ちてもらっては困る。

 アーチャーは視線を上空へ戻す。

 弾幕攻撃が功を奏しているのだろう、ライダーはやはり迂闊には近寄って来れないようだ。

 しかし数に物を言わせた弾幕攻撃の全てをかわしきっている事もまた事実。アーチャーは遠距離攻撃を主体とするサーヴァントである。この弾幕を突破されてしまうと非常に危うい。最悪の場合、切り札を切らねばならないかもしれない。

 ――ならば倒せなくとも、情報だけは持ち帰ってもらおう。

 志乃の幼馴染らしいあのマスターの事だ、きっとアサシンのサーヴァントをここへ派遣しているだろう。恐らく気配遮断スキルを利用してそこらの木の陰にでも潜んでいるはずだ。

 折角こうして敵をひきつけているのだから、彼らには見合った分の情報を見取ってもらわねば困る。

 

 

 

「痛っ――流れ弾にでも当たったか……」

 左目に再び激痛。恐らくアーチャーの弾幕の餌食となったのだろう。

 先ほどと同じ要領で感覚共有の魔術を切る。するとタイミングよく携帯電話が震えた。

 表示される番号は見たこともない数字の羅列。これがアサシンの魔術によるものだと理解するのに時間はかからなかった。

 アサシンは伝達に特化した魔術の使い手でもある。本人曰く、顔さえわかっていればどんな状況でも意思疎通が可能だという。

 これはその一種ということなのだろう。通話ボタンをおして応じれば、その向こうからはご丁寧に通話レベルの音質でアサシンの声が聞こえた。

「マスター、聞こえる?」

「ああ、アサシンか? 丁度いい、ついさっき流れ弾に当たって使い魔が落ちちまって見えなくなったんだ。そっちの状況は?」

「タイミングばっちりだね。戦況は相変わらず、アーチャーの弾幕攻撃をライダーが回避し続けてる。志乃さんはライダーのマスターの攻撃から逃げるので精一杯みたい。今はアーチャーの猟犬が加勢してるけど……」

 私も助けたほうが良い? とアサシンが問う。

 祐一の召喚したアサシンはいわばイレギュラーだ。姿を見ただけで正体の看破まではできないだろうが、しかし戦闘行動は可能な限り避けるべきだろう。

 ことアサシンに関しては、正体不明であればあるほど有利なのだから。

「いや、このまま監視だけを続けてくれ。仮にもアーチャーの宝具っていうなら大丈夫だろう。それに志乃だって考えはしないがバカじゃない。死にそうになったら撤退くらいするだろうしな」

「撤退できなかったら?」

「……不本意だけど、その時は援護を頼む。可能な限り姿は隠してな……で、敵サーヴァントに関しては?」

「敵のサーヴァントはライダークラス――って、途中まで見てたなら言うまでもないか。真名も自分からバラしてたよ、きっとバカなんだろうね」

「……ちなみに、その真名は?」

「多分だけど、アストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士でヒッポグリフの駆り手なんて、それしかいないもんね」

「ナイス上出来だ、ライダーの対策はなんとかなるだろう。で、敵マスターの顔は認識したよな?」

「もちろん覚えた。これでいつでも『メッセージ』は発動できるよ」

 よし、必要な情報は揃った。

 携帯電話を片手に祐一はほくそえむ。

「ありがとう、監視を続けてくれ。敵マスターの戦い方とかライダーの宝具とか、そういった情報もあると助かる。特にライダーはアーチャーと同様、宝具に有利な補正がかかっているクラスだからな」

「うん、わかった」

 それじゃあ、と電話を切る。

「……しかしあいつ、本当に武装なしで飛び出していくとは……」

 祐一はため息混じりに呟く。彼女自身、あまり使いたくない、という事もあるのだろうけれど。

 しかし、そうはいってもやはり。

 ――本当、もう少しあいつは考える事を知るべきだ。

 

 

 

 ロランの起動させた礼装『天上の双子(ディオスクロイ)』は、一見対を成す2つの光球である。

 礼装の名前も相まって、彼の頭上に浮遊するその様はまさに天上に輝くふたご座を連想させた。

「まあ、意識してつけた名前なんだけどね、『天上の双子』は」

 そんな独り言を漏らしながら、ロランは2つの光球を操る。

 彼の視線は、木々の合間を縫って走るアーチャーのマスターの姿を絶えず捉え続けていた。

「――とりあえず、様子見かな」

 小さくそう呟くと、光球は一直線に志乃の下へと飛来する。

 ロランの下した命令は陽動。手の内のしれない相手ならば、まずはその手の内を知ることが最優先だろう。

 飛来する光球はそれ単体が圧縮された魔力の塊だ。現在の飛行スピードでの直撃はおよそ人間ではありえないレベルの筋力による一撃に相当する。対サーヴァントとしては心許ないが、対魔術師の武装としてはそれなりの役割を果たすだろう。

 魔力の接近に気付き、間一髪で志乃は木の陰へと避難する。先刻まで彼女の背中があったその場所を『天上の双子』の片割れがかすめていく。

 遅れて届いた2つ目の光球は志乃の隠れた木の中腹に突進を仕掛けた。

 ズシンと木が悲鳴を上げる。その威力は小さな光球の外見からは想像もできないほどのもの、車でも衝突したかと疑うほどだ。もう少し威力があればその木は抵抗なくへし折れていただろう。

「きゃっ!? な、なんなのこの馬鹿力!?」

 悲鳴と共に揺れた木の陰からたまらず志乃が飛び出す。

 そして自身を追尾する一対の光球を視認すると、彼女はあろうことか背を向けて走り出した。

 ロランはあからさまに顔をしかめる。こちらの攻撃が終了した直後なのだ、普通なら反撃のチャンスとみて攻撃に転じるだろうと予測していたのだが。

「……戦わないつもりか?」

 そうまでして隠したい手の内なのか。

 それとも、単に戦う手段がないのか。

 だとすればとんだ間抜けだ。戦う用意さえせずに戦場へ姿を現すなど能無しにも程がある。

 しかし相手は初見の魔術師。それが相手の策かもわからない。

 一瞬の思案の末、ロランはもうすこしつついてみる事にした。

 あくまでロランの目的は「他者との戦いを通して経験を積む事」である。拮抗するというのも面倒ではあるが、しかし圧勝できれば良いわけでもない。

 己の本気を相手の本気とぶつけ合い、その末で勝利しなければ意味がないのだ。

 故に彼は決定打を与えない。たかだか少女1人だ、『天上の双子』が直撃すれば動く事はできないだろうし、ロランならば2つの光球を彼女にぶつけるのはさして難しいことでもない。

 しかしそうなってしまうと相手の全力を見ることができないため、彼の目的が達成できなくなってしまう。

 ギリギリ当たらない位置に『天上の双子』を飛ばすのは、彼の想像以上に集中力を費やすものだった。

「……おっと?」

 しかしその均衡は脆くも崩れ去る。

 飛来した『天上の双子』から志乃を護るようにして、一匹の犬がその間に割り込んだ。

 光球の勢いは止まらない。衝撃は大型犬の腹部を容赦なく襲った。

 しかし――犬はさしてダメージを受けた様子でもない。

 ようやくか、とロランは光球を自身の下へと回収した。

 その後、瞬間的に周囲に視線をめぐらし、立地的状況を把握。その後志乃へと視線を向ける。彼女はようやく立ち止まれたようで、荒々しく肩で息をしていた。

 あの余裕の無さから考えれば、この場所に誘いこまれた、というわけでもなさそうだ。

「へぇ、ディオスクロイの直撃が平気、か……その強度、そして出現タイミングから察するに、君の礼装ってわけじゃなさそうだね。さしずめアーチャーの宝具か何かなんだろう?」

 何気ないロランの言葉に、志乃は呼吸を整えて応ずる。

「だったら、何? どの道光の球程度の礼装じゃ、サーヴァントの宝具に傷をつけることなんて無理でしょ?」

「足止めくらいはできるさ。それで、君自身は戦わないのかい? 幸いここは暗い上に時間も遅い、どれだけドンパチやってもそうそう気付かれはしないと思うけど――それとも、君は戦えない人?」

 挑発的な笑みと共に戦闘を促すロラン。しかし志乃は動かない。

「――あんた程度に私の『腕』を見せるなんて、真っ平ゴメンだよ」

「なるほど、それじゃあ今、君は丸腰なわけか」

 ずばりと言い当てる。ロランの”かま”は容赦なく、志乃のかりそめの余裕を引き剥がす。

「な、何を言って――」

「だって今君は見たところ武装を持ち歩いてはいないみたいだし。魔術の気配も感じない。それってつまり、剣士が剣を持っていないみたいなことだろ? 君は丸腰、その犬しか頼る事ができない――或いはまったく気配を感じさせない武装という可能性もあるが、どうもそういう感じでもなさそうだ。拍子抜けだなぁ、全く。仕方ない、その犬だけでも見せてもらおう」

 唖然とする志乃を置き去りに、再びロランは『天上の双子』へと指令を下す。

 今度は先ほどの陽動とは違う。下されたのは徹底的な物理攻撃。アーチャーの宝具、ラエラプスへの攻撃命令だ。

 先ほどとは比べ物にならない程の魔力を放出し、2つの光球はラエラプスへと飛来する。

 咆哮と共に体当たりを持ってラエラプスは迎撃する。衝撃波は周囲の木々を少し揺らした。

 それほどの衝撃を受けて尚、ラエラプスは毅然としている。

 そして1度距離をとり、再び衝突。変わらない衝撃ではあるが、単調な衝突は確実に『天上の双子』とラエラプスを消耗させている。

 そんな中、志乃は1つの疑問を口にした。

「私を……狙ってこない?」

 なぜ丸腰とわかっていて攻撃しないのか。

 マスターさえ殺せればサーヴァントも消えるというのに。

 ライダーのマスターは、一体何を考えているのだろう。

 その答えは、なんと当の本人から弾き出される。

「なんで狙わないかって? 当たり前じゃないか、今は能無しといっても、相手がそれなりに戦えるヤツと分かった以上、僕は君の、その『腕』とやらを見るまで君を殺せないよ。だって意味が無いだろう? 折角他の魔術師の戦い方や礼装なんかが見られる機会なんだから、それを見る前に術師を殺してしまうのは――勿体無い」

 なんでもないように、あたかもそれが当たり前であるかのように。

 悠然とロランはそう告げて、志乃は思わず唖然とする。

 その答えに対して志乃は何も感じられない。強いて言うならば、そこには歪んだ何かがあったように思う。

 命のやり取りだというのに、この男は相手の攻撃を欲しているというのだから。

 理解できない、理解できない。

「そんなに変な話でもないと思うんだけどなぁ……僕はただ、色んな経験をしたいだけなんだよ。経験以上に自分の力になるものはないだろう? 色んな魔術を見て、色んな礼装を見て、色んなサーヴァントを見て、色んな宝具を見て、それら全てを体験して――その上で勝利できれば、僕の中に蓄積される経験値は間違いなく僕を更なる高みへと導いて――?」

 しかし語りの途中でロランは言葉を切る。同時に彼の脳内は即座に切り替わり、分割していた思考を全て統合、現状への対応策を即座にたたき出していた。

 視界の端に映りこんだ者に対する策。

 ――この厄介ごとを処理するのはやっぱり面倒だ、アーチャー連中に押し付けるとしよう。

 そのために必要な事も既にはじき出されている。こんなものの処理のために手の内を晒すのはバカらしい。

 思考分割、高速思考は錬金術師の得意分野なのだ。

 

 

 

 突然にしてロランの語りが止まった。不審に思って目を凝らせば、彼はどことなく焦っているように見える。

 何かあったのだろうか?

 そう思って、志乃は自身の右目を『起動』させる。

 彼女の右目は義眼である。それもただの義眼ではない、卓越した技工士の手によって作られた立派な礼装である。

 ロランの言うとおり、起動しなければごくごくわずかの魔力を動力として視覚情報を脳へ伝達するただの義眼なのだ。

 右目に込められた魔術は暗視と遠視。これで夜間における視力はそこらの夜行性動物を上回る。

 どうやら彼の視線はどうやら林の外を向いているようだった。

 その先に何があるのだろうか。それが彼を困惑させている原因なのだろうか。

 様々な疑問が浮かび上がる中、彼女は何の抵抗も無くそちらに視線を向ける。

 そして、志乃の脳裏に危険信号が灯る。

 彼女の視線の先――暗がりの中を逃げるようにして駆け出す人間の後姿があったのだ。

 判断は早かった。

「追うよ、ラエラプス! アーチャーも手伝って!」

 叫ぶや否や、志乃は第三者の追跡を開始した。神秘の秘匿は最優先、魔術師としては当然だ。

 しかしアーチャーまで巻き込んでしまったのは、果たして良い判断だったといえるだろうか。

 内心では間違っていると、彼女自身も理解している。この程度自分でできなければならない。

 けれど1人でその一般人を手にかけられるとも思えない。

 そう――西連寺志乃に欠如していたのは殺し殺される覚悟。十代半ばの少女にはおよそ無縁な、しかし現状、絶対必須の死の覚悟。

 それを自覚した瞬間、彼女はもう引き返せないのだという途方も無い絶望に染まった。

 彼女には己が手で殺すべき一般人を殺せる自信などどこにも無かったのだ。そんな人間が聖杯戦争に臨むなど、笑う事さえ愚かしい。

 しかしもう、引き返せない。

 こうしてアーチャーの戦闘に介入してまで彼女を呼びつけてしまった以上、今現在、志乃は目撃者を確実に殺さなければならないのだから。

 

 

 よし、上手くいった。ロランは心中でそうほくそえむ。

 目論見どおり志乃は危険な状況に思考を乱している。このままなら間違いなくアーチャー陣営は目撃者の抹消に取り掛かるだろう。

 自分たちが手を下すのは面倒だ。

 それに、このままアーチャーのマスターと戦ってもまともな戦いにはならなかっただろう。どの道ロランは今宵決着をつけるつもりなど毛頭無かった。

 次いで取るべき行動はこの場所からの迅速な離脱。そのためにはライダーの力が欠かせない。

(ライダー、撤収するよ)

(うわ!? あ、ああ、これが念話ってやつか。で、えっと、撤収って事はもうマスターはいいの?)

(ああ、今倒しても経験にはなりそうにない。僕が一旦車道まで出て走るから、追走する感じで拾ってくれるか?)

(OK了解。すぐいくよ)

 念話はそこで途切れる。見れば、ライダーの回避行動が蛇行から直線へと変わり、一直線こちらへと飛んでくる。アーチャーの弾幕攻撃が止んでいると言うことは、おそらくアーチャー陣営は揃って目撃者の抹消に向かったのだろう。

 深夜という事もあり、都市部の広い車道には車の一台も走っていない。魔獣の滑走路としては申し分ないはずだ。

 飛行していた『天上の双子』を回収し、指示した通りロランは車道へとその身を躍らせ、北に向かって走る。程なくしてロランと並走するようにして接近したヒッポグリフに飛び乗り、首尾よくライダー陣営は深夜の空へと舞い上がる。

「ふぅ、とりあえず戦線離脱かな」

 横目で先ほどまでの戦場を見下ろし、ライダーは一息ついた。

「で、どう? マスター、やりがいはありそう?」

「まだなんとも。少なくともアーチャーのマスターは……正直、期待はしてないよ。ただ……」

「ただ?」

「……引き際に、彼女の右目が突然『礼装』に変わった。不自然ではあったんだ、武装にしてはあまりにも微弱すぎる魔力が、ずっと彼女の全身を覆っていた――でも、あの右目を感じたらすこし仮説が立った。これがもし当たっていれば……最高の研究材料に成り得るかもしれない」

 そっか、と小さく返し、ライダーは次の進路を考える。戦線離脱はしたが、飛び続けることも無理だ。1度拠点へ戻るのが無難だろう。

 しかし深夜とはいえ街中へは迂闊に降りられない。

「どうしたらいい?」

 この辺りの地理にはまだ疎い。ならば良く知るマスターに問うのが一番だと判断した。

「このまま夜空のドライブ、なんてのも粋だと思うけど?」

「やめてくれ、結構恐いんだぞこの高度」

「マスターさ、『吊り橋効果』って知ってる?」

「なんでここでその単語が出て来るんだよ!」

「満天の星空を魔獣に乗って眺める一夜ってのもなかなかロマンチックだよね」

「否定はしないけど!」

「星……綺麗だね。ははっ、君が綺麗過ぎて僕には良く分からないや」

「何を1人で寸劇してんだお前は」

「いやほら、こんなのやろうよ、っていう提案」

「やるわけないだろう! ちなみに、今の僕はどっち側だ」

「キザな方」

「よっぽどありえない!」

「じゃあマスターは受けの方が良い? ボクが攻め?」

「だからなんでそうなるんだ!」

 あはは、とライダーは楽しそうに笑う。しかしロランからすればたまったものではない。少し自分でも想像してしまって赤面してしまったではないかどうしてくれる。

 ロランの思考が乱れているのは、その発言だけによるものではない。

 吹き付ける風にのって先ほどからライダーの髪が眼前で揺れているのだ。鼻腔を突くいい匂いはきっとライダーのものなのだろうと思うと、なぜだかロランは頭が痺れるような錯覚に陥ってしまう。

 心拍が早いのは高所の飛行による恐怖なのだと信じたい。

 くそっ、吊り橋効果だなんていわなければ意識せずにすんだものを!

 どうしたって生物学上は男だけどライダーのそのナリはどう見ても美少女なんだぞ!

「まあ、それはまた今度で良いや。で、マスター、この辺で降りても大丈夫な場所ってどこかある?」

「初めからその話をしてくれよ……うーん、そうだな」

 恐らく街中では迂闊に降下できないと分かっての質問なのだろう。

 確かに都市部、新旧市街地での降下は第三者に目撃される可能性が高い。

 港と工業地帯も周囲が開けているため同様に無理だろう。

 となると、残った降下場所は1つしかない。家までは遠いが、あそこしかないだろう。

 思案の末、夜空を駆けるヒッポグリフは着地場所を求めて間霧山へと消えていった。

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