雪の目覚め
──彼女は深い眠りから目覚めた
目を開ければ星一つ無い漆黒の空。その空に異常な程の存在感を示す大きな月。現実離れした光景に未だ夢を見ているのかと考えるが、しっかりと覚醒した頭が現実だと伝えて来る。
何時から寝ていたのか、全く分からなかった。感覚ではあるが何十年も寝ていた気がする、そんな事有る筈無いのに。
眠りに就く直前の記憶が無かった。その他の事はぼんやりとだが覚えているのに、その記憶だけが切り取られたかの様に思い出せない。
「やあ、起きたかい?」
横から軽い調子の声が聞こえた。声からして若い男性の様だ。
彼女は上半身だけを起こす、周りを見ると何処までも続く様な白い砂漠だった…これまた現実離れした光景に半ば思考を放棄し、声の聞こえた方を見た。
そこに居たのは人では無かった。
人型だが、顔は目がゴーグルの様な半透明な物で覆われ、口元は骸骨の様な歯が剥き出しになっている仮面を被っている。
ゴーグルまでかかった黒い前髪は跳ねまくっており毛先は白くグラデーションがかかっている。
骨で出来た様な白い鎧を纏っており、その下の皮膚の色も骨を思わせる程白く、彼が人間で無い事を物語っている。
ただ、彼を見ても大した驚きは無かった。寧ろ驚く前にその雰囲気に掻き消されたと言っても良かった。
彼はその恐怖を与える格好に似合わず、どこか安心感を覚える…話し掛け易そうな雰囲気を纏っていた。
「…少し驚かせちゃったかな?この格好じゃ無理もないよなぁ……」
先程彼女に話し掛けた時もそうだが、話し方がとても軽い。外見からは想像出来ない程に…
お陰で彼女も彼に対する警戒心は殆ど無くなった。だから、彼女は「気にしないで」と言うつもりで口を開いた。
「──────……?」
言葉を発しようと息を吐いたが、声が一切出ず息の漏れる音だけが聞こえた。
「…ああそっか……声を出せないのか」
彼は少し悲しげに呟いた
「大丈夫、俺には聞こえてるから…『気にしないで』って言ったんだろ?」
何故かは分からないが、彼は彼女の音の無い声が聞こえている様だった。
「───────…?」
「『ここは何処か』だって?そう、だね……」
彼は少し考える素振りを見せてからこう言った。
「
少しだけ時が流れ、二人は果てしなく広がる白い砂漠を歩いていた。
彼女は彼──名をディーク・ラフディオスと言う──から色々と教えられた。
先ず自分達が人間では無く、
自分達、と言うのは彼女自身も自覚は無かったが虚になっていたからだ。自分が化け物になった事に少しパニックを起こしたが、その間ずっとディークが慰めてくれたので暫くして落ち着いた。
その後に彼は名前を教えてくれたのだが、彼女も自分の名を言おうとして固まってしまった。
名前が思い出せなかったのだ。幾ら記憶を探っても、自分の名が出て来なかった。
その事に悲しんでいるとディークは「なら俺が新しく名前を付けてやるよ!」と言い放ち、暫くうんうんと唸りながら考えていた。
そして出来たのが『エフィメロ・ブランカニクス』と言う名前だった。
彼女も嬉しかったし、気に入ったのでそれを新しい自分の名前とした。
それからディークは彼女、もといエフィに自分達の事について教えた。
虚は人間の魂魄を食べる悪霊の様な存在だが、虚圏に居れば食事は必要無いとか。
自分達はその虚の中でもかなり進化した『
虚達は共食いをするので気を付ける事、等を教わった。
「まあ、俺が居れば襲われる事は殆ど無いから安心してね~」
共食いの為に襲われると聞いて内心ビクビクしてたエフィの心を読む様にディークはそう付け足した。ディークは軽くそう言うがエフィは本当に安心出来てしまった。
不用心に思うかも知れないが、彼女にとって今この世界にはディークしか居ないと言っても過言では無い、その者の言葉を疑う事など出来なかったのだ。
その後もディークは無知なエフィに対し親切に様々な知識を教えた。その中には戦闘についても含まれていた。
この弱肉強食の世界では自分の身を守れないのは死を意味する、だからこそ力は必要なのだと…少し悲しげにディークは話した。
「だから嫌でも…力の使い方は覚えて貰わなきゃいけない……悲しい事だけどな。まあ、詳しくは
「───……?」
「そう、用事……ほら噂をすれば何とやら、お迎えが来たみたいだ」
「……?」
「エフィちゃんじゃ分からないか……おーい、そこに隠れてる奴等出て来なよ!」
ディークが大きな声を出して呼び掛ける。そこには少し大きめの白く枯れた木が有った。そしてその後ろから二人の男が出て来た。
一人は糸目で、顔つきはどこか狐か…又は蛇を思わせる飄々とした雰囲気の者。もう一人は褐色の肌にドレッドヘアー、目隠しの様な物をしているがしっかりとこちらを見てくる真面目そうな者。
エフィはそれ位の感想しか浮かばなかった。相手が強いか弱いか、そんなものを見るなんて考えは一切無かった。
「ありゃ~簡単にバレてしもたなぁ…」
「この程度、気付いて貰わなければ藍染様のお役に立てる訳が無い」
それぞれの感想を漏らしつつ、二人の男はディークとエフィへと歩いて来た。
「君らが例の…
「そうや、察しが早うて助かるわ…もしかしてボクらの用件も知っとったりするんか?」
糸目の男が関西弁?──エフィは知らないが京都弁らしい──で話す、どこか掴み所の無い不思議な人だとエフィは思う
「ああ、どうせ自分達への勧誘、だろ?」
「そうだ、藍染様はお前の力を欲している。大人しく付いてくるんだな。」
褐色の肌の男が毅然とした態度と言葉遣いで話す
「まあまあ、そんな言い方せんでも…それで、答えはどうなんや?」
「そうだね……彼女も一緒に連れて行ってくれるなら、その誘いに乗ろう」
いつの間にかエフィも話に含まれている様だ、エフィはディークと男達の会話の意味は全く分からない。だから出来れば巻き込まれたく無いと思っていたのだが…
「そう言えば…こんな子の情報は無かったなぁ、誰なんやその子は?」
「先程出会った産まれたばかりのヴァストローデ級の虚だ、まだ戦闘力は皆無だが…彼女を引き入れられるなら君達も損は無いだろう?」
「最上級大虚だと?こいつが…?」
褐色の肌の男がエフィを睨む。実際には目隠しをしているのだが、彼女は突き刺す様な視線を感じた。怖くなって思わずディークの背後に隠れる、それを見て彼は鋭い爪の生えた手を優しくエフィの頭に乗せた。
「おいおい、あんまり彼女を怖がらせないでくれないか?折角君達の仲間になってやると言っているのに…」
「そうやで要、無駄に相手の気を逆撫でする必要も無いやろ。それにその子も最上級大虚なら別にこっちに引き入れても問題無いやろ?」
二人に言われ要、と呼ばれた男はエフィから視線を逸らした。
「それじゃあ案内して貰おうか…君達の
二人の男、糸目の『市丸ギン』と褐色の肌の『東仙要』に連れられディークとエフィは建物内を歩いていた。
建物の名は
その広大な建物の廊下をかれこれ十分以上は歩いている。その間エフィは終始ディークの背中にしがみついていた。
彼女は周りから発せられる視線の様な物に怯えていた、まるで肉食獣が獲物を観察しているかの様なソレに何も分からぬ彼女は、唯一自身を助けてくれるディークに頼るしか無かった。
ディークもそれを読み取ったのか、優しく彼女の頭を撫でている。
「安心しろ…何が来ようと絶対に……絶対に守ってやるからな」
小声で、しかしエフィに確実に聞こえる大きさでディークは呟く。
恐怖は消えない、だが今はディークを信じるしか無かった。
「……ここだ」
東仙が巨大な扉の前で止まる。
「くれぐれも藍染様の前で粗相の無いようにしろ。もし、何か有った場合例え藍染様がお前達の力を認めていようと──」
エフィ達に向かって鋭い圧力が襲う。エフィは思わず息を呑み、声にならぬ悲鳴を上げた。
「──私が斬る」
そう言い終えると東仙は目の前の扉を開けた。続いてギンが中へ入って行く。
一拍置いてからディークとエフィも扉を潜った。
1つの部屋としては大きすぎる程の空間。そこを支配しているのは恐ろしい程の重圧。上司の前で話す時や大勢の人の前に立った時の物とは比べ物にならない。
それを、ただ一人の男が発していた。
薄く笑みを張り付けたその整った顔は揺るがぬ頂点に立った者にしか出来無い様な、酷く達観している表情だ。それは、この場の重圧と合わさって化け物を通り越し神の様な存在感を放っている。
化け物と形容するに相応しい外見をしているディークや先程脅して来た東仙さえも霞む様な圧倒的な何か。それを前にし、エフィはしがみつく手に更に力が入り、小さく震えだしてしまった。
「件の
東仙が頭を下げながらその男に向かって報告する。
「ご苦労だったね、要、ギン」
男は二人に短く労いの言葉を掛けるとディークとエフィを見た。
「ようこそ虚夜宮へ──知っているとは思うけど私が『藍染惣右介』だ。早速だけど君達の名を、聞かせて貰えるかい?」
「…ディーク……ディーク・ラフディオスです、以後お見知り置きを。それと彼女は声が出ないので紹介します。エフィメロ・ブランカニクス、自分と同じ最上級大虚です」
「──────……」
念のためエフィも出ぬ声で「宜しくお願いします」と言っておいた。
それを見て藍染は少しだけ笑みを深める。
「まさかもう一体最上級大虚が来るとは思わなかったよ、嬉しい事だ。さて、ディーク、エフィメロ、君達を新たな我らが同胞として歓迎しよう───」
◇
今現在ディークとエフィの二人は虚夜宮の廊下を並んで歩いている。
既に儀式として藍染に仮面を剥がされた後、つまり二人は虚では無く破面となった。それのせいか、来た時と構図がかなり変わった。
エフィに関しては大した変わりは無い。元より人間に近い最上級大虚だった事もあり、変わったのはゴテゴテした仮面が右の目元辺りに飾りの様に残して無くなった事位だ。
仮面が剥がれ
そして変わったのがディークの方だった。
背が高く、全身を刺々しい白い鎧の様な物をつけていた化け物姿のディークだったが、今はその面影は殆ど無い。
背は横のエフィと同じ──跳ねた癖毛の分を除けばディークの方が小さい──位に縮み、鎧の変わりに藍染から貰った白い死覇装を羽織っている。上着は前を閉めずに着ているので、真っ白な肌と鳩尾に空いた
仮面はゴーグル部分を残して剥がれており、口元等を見ると身長に見合った若い印象を受ける。
結論を言えば、ディークは化け物から少年の姿になっていた。
エフィも本当は周りからの視線の様な物が未だに怖いのでディークにしがみつきたい所だが、身長がほぼ同じなので必然的に抱き付く様になってしまう。
それは流石にエフィも嫌だったのでこうして隣を歩いているのだ。
「大丈夫かエフィちゃん?」
「─────……」
「え?この姿?ああ、平気平気、弱くなった訳じゃあ無いしね。寧ろ体が軽くなったみたいだよ!」
そう言ってスキップをして見せるディークだが…エフィは何と言うか頼り甲斐の無くなった彼に戸惑っていた。彼女としては全く羞恥心が無い訳では無かったが、気兼ね無くしがみつけた大きなディークの方が良かった。
そんな様子のエフィを見てディークは真剣な表情に変えた
「…君を巻き込んで悪かったと思ってる、でも
顔を俯かせ、本当に申し訳なさそうに彼は言った。
エフィでも分かる、確かにこれは仕方の無い事なんだと。力が無ければ生きて行けない世界で、こうやって破面となる事が最善なんだと。
だから、ディークを責める事などしない。出来る訳が無い。
と言うより、彼女がディークを勘違いさせる様な態度をとっていたのは別の理由なのだが。
「─────……─────……」
「体が大きい方が…頼り甲斐があって良かった?」
エフィの言葉にあからさまに驚くディーク。
「……この方が怖がられなくてすむかなぁと思ってなったのに…」
……そして落胆するディークだった
第1話です!
今回は主人公となる二人の登場です
物語を早く進めたい気持ちのせいで結構場面が飛んでますね。読みにくかったらスイマセン